ケダモノの群れだな第45話
降り出した雨は次第に強くなり、だんだんと嵐のさまを呈してきた。
行きの道で、ここの道路状況を見た限りでは、確実に何処かがぬかるんで、馬車の足を奪うだろう。
まぁ、そうなれば、またここまで馬車を取りに来ればいい・・・、と言う楽観的な考えをするようには俺はできていない。
ついでに言えば、森の入り口に入った辺りからボチボチ殺気とも、憎しみとも取れる気配が漂っている。
横に居るホロの方も、相手を感じ取ろうと鼻を何度かスンスンと鳴らしているが、この雨で臭いをたどるのは厳しい。
さて、お気楽愉快な旅も、もうここまで。
保険は保険らしく、護る者を護ろう。
(チャチャゼロ、何人感じる?)
そう、念話で問えば、
ディルムッドは、雨で濡れた髪をかき上げるフリをしながら周囲を見て、
(気配で20~25。肉眼では捉えられないが、概ね合っていると思う。)
そう、何処か険しいげ表情をしながら返してくる。
20~25か、手っ取り早く分断する方法は・・・・、囮を出すか。
まぁ、そうなるとか弱そうに見える女性が該当す。
よって、
(チャチャゼロ、私とロベルタが囮になる。
お前の方は、馬車に残ったやつらを護ってくれ。)
そう言うと、ディルムッドはふと考え込んだ後、
(君が、一般人に後れを取らない事は知ってる。
だが、あまり舐めてかからない方がいい。
徒党を組み、1つにまとまった集団は時に1頭の獣となる。
多分、森に潜み息づいているのはそんな連中だ。)
そう返してくるが、まぁ、それは既に慣れ親しんだ集団戦の極意だ。
自衛隊で規律と階級、制服などでの統制を取るのは、そういった獣を育成するためのモノだ。
故に、それの潰し方もまたいくつか覚えがある。
(獣なら、眼を潰し、頭を叩き、ただの烏合の衆に仕立て上げる。
それが手っ取り早い、指揮統率の無いただの集団戦では、獣ではなく飼い犬以下だ。
それに、夜は私のテリトリー、知っているかチャチャゼロ。
戦では全ての行動は霧の中や、月光下の如く見えにくい。
そして、敵は異様で実際より巨大に見えるものだよ。
まぁ、実際に彼等にとって、私は上等すぎる獲物で手に負えないだろうがな。)
そうニィッと笑いながら返すと、ディルムッドは苦笑しながら、
(我が主ながら末恐ろしい、ロベルタ話は聞いてるんだろ?)
そう、ディルムッドがロベルタに話をふると、
今まで沈黙したまんまのロベルタは、女座りで首をカクンと下に落としたまま片目を開き、
(お嬢様が出陣される時に、お供できるのは光栄です。
森に潜むものが何かはしりませんが、敵として出てくるのなら、的として散ってもらいましょう。
それこそもう、後腐れなく、憂い残す事無く。)
そんな感じで、念話で話していると、
横にいるホロが、チョイチョイと袖を引っ張りながら、
「ぬしらは何をニヤニヤしておる?
それに、さっきからわっちの耳がざわついておる。」
そう、雨に濡れながら言ってくるが、もしかして、ホロが本来の姿なら、
ここでこうして念話で話しているのを、そのまま耳で聞いていたのかもしれない。
・・・、いや、この場合聞いていた貰った方が話は早かったかもしれないが、聞いていないのだから仕方ない。
まぁ、この雨なら早々声があたりに響かないから、大丈夫だと思うが、それでもあまり目立つ事はしたくない。
一応、リーベルトの方を見てみると、リーベルトは雨の中前だけを見て馬の手綱を操っている。
「ホロ、聞こえていたら袖を引いてくれ。」
そう、小声でリーベルトの方を見て話すと、
クイクイとホロが袖を引いてきた。
「そろそろ、私達が私達の意味を果たす時がきたらしい。
事が起これば、先ず私とロベルタが囮として残って敵の数を減らす。
その間お前達は逃げて距離を稼ぎ、逃げた先にも敵がいた場合を想定して、
私が保有する“最高戦力”である私の騎士を護衛につける。」
そう、とある部分を強調して話してやると、ホロはディルムッドの方ジッと見て、
「働きを見てからじゃな、最高戦力。」
そう言葉を返してきた。
が、逆説的にいえば、働きを見ていると言う事は、襲われていると言う事になる。
「見ない方がいいものもあるよ、賢狼。」
そう返すと、ホロは面白そうに、
「ぬしの言う最高戦力が、わっちらを全力で護るのじゃろ、
なら何の心配もないでありんす。」
と、そう返されてはこちらも引くに引けないが、後は敵しだいと言う所か。
「まぁ、それなら後はロレンスとノーラの説得を頼む。
私達が囮になった時、どちらかが無理に残ろうとすれば事だ。」
そう言うと、ホロはコクリとうなずいた。
さて、事は決まった。
なら、後は囮は囮らしく目立つとしよう。
(ロベルタ、一曲賛美か・・・、いや、鎮魂歌を歌ってやれ。)
そう念話で送ると、ロベルタはゴトゴト揺れている荷台ですっくと立ち。
「旅の祈りを捧げます、ロレンスさん、リーベルトさん、ノーラさん。
お邪魔でなければ、そのままでお聞きください。」
そう前置きを1つして、歌いだした。
賛美歌や、鎮魂歌、そう言った教会よりの歌はほとんど知らないし、
どういった意味合いがあるのかは知らないが、生前の映像だと思うものが頭をよぎれば、
そこには教会と路面電車の映像、ん~、何処だろうここ?
後、出て来るのは、路面電車に乗るシスターの映像なんかも出てくるんだが。
多分住んでいた所か、或いは何かした所だと思うがあまり思い出せない。
まぁ、どちらにしろ俺の思考は仏教より出しあまり意味は無いか。
そう思っていると、馬車がガクンと揺れ、立っていたロベルタが片膝をつき、
前の方からロレンスが、何度か馬に手綱を打っている音が聞こえてくるが、
どうにも、馬車は動きそうに無いらしい。
「チャチャゼロさん達、馬車がぬかるみに嵌りました。」
そう言って、ロレンスがこちらを振り返ってくる。
さて、これは罠か、それとも偶然か。
まぁ、ちょうどいいチャンスではあるか。
何か知らんがさっき、ロベルタが鎮魂歌を歌いだした辺りから、
剣呑だった相手の気配が、明確な殺気へと変貌した。
カレン辺りなら、早漏の駄犬と森の中のケダモノたちを罵りそうである。
「ロレンスさん、リーベルトさん、ここは森のどの辺りですか?」
そう聞くと、ロレンスとリーベルトは互い話し合い、
「大体中間辺りですよチャチャゼロ婦人。
後、ノーラさん羊の進み具合はどうです?
朝までには町に入れそうですか?」
そう、リーベルトが、雨の中杖を持ってた佇むノーラに聞くと、
ノーラの方はずぶ濡れの顔をぬぐいながら、
「はい・・・、このまま進めれば朝までには。
今の所狼も出ませんし、全ての羊を連れて森を抜けれそうです。」
そう答えながらも、ノーラの目線は羊の列とエネクの動きに注がれ、
今もなお羊達は列をなして、町を目指し歩み続けている。
「ロレンスさん、一旦馬車を置きここから先は馬でに行きましょう。
今ここで馬車を引っ張り出すより、日を改めて晴れた時引っ張り出したほうがいい。」
そういうが、馬はロレンスの馬車の1頭と、リーベルトの馬の1頭。
割る振りどころか、どう頑張っても一人あまる。
まぁ、別に気にしないが。
「すみません、ロレンスさん、リーベルトさん。
ロベルタさんが先ほどの揺れで、躓き足をくじいたようです。」
そう、ロベルタの足を診察するフリをしながら口を開く。
無論、ロベルタがこの程度でどうこうなるほど、やわな作りをしてはいないが、
この際、囮となって攻勢に出た方がいいかもしれない。
そう思っていると、リーベルトが、
「なら、どうします?
馬に乗せて町までもつなら馬に乗せますが?
それとも、この場でただ1人の医者である貴女が診療しますか?」
そう、馬上からジロリとこちらを見てくる。
時間が無くて苛立っているのか、それとも、襲撃地点は別だったか。
まぁ、殺気が取り巻いている以上、ここで囮になる方がいい。
「この場で診療します。
あなた方は時間が無いようですので、このまま進まれて結構ですよ。
それとアナタ、町まで行ってカバンと薬を取ってきてくださいな。
流石に手持ちの道具と薬では、やりようがありません。」
そう言うと、ディルムッドはポンと俺の肩をたたき、
「君をここに置いて行くのは忍びない。
だが、君が君の仕事を果たそうというなら、俺も俺の仕事を果たそう。」
そう言って微笑みながら抱きついてきたので、
俺の方も反射的に抱きつく。
そして、その肩越しにはホロが、馬を馬車に繋いでいた器具を外すロレンスと、
その横にいるノーラに、事の顛末を話しているようだ。
たぶん、ディルムッドはこの光景を見せたくて抱きついてきたんだろう。
そう思っていると、リーベルトがウンッと咳払いをして、
「奥さんとの別れが辛いのも分かりますが、早く町に行き、
器具を取ってくればまた会えます、早く行きましょう。」
そう声をかけてくる。
こうしてリーベルトを見ていると、商人としての二枚舌を、
別の才として働かせた方が、よっぽど儲かりそうな気もするが、
それもまた、彼がそれに眼を向けない限りありえないことか。
そう思っていると、ディルムッドは俺を放し、今度はロベルタをお姫様抱っこして木の下に移し、
「ここなら少しは雨宿りになるだろ?」
そう言いながら、こちらに戻ってきた。
フフッ、流石は色男、こういう事がサラッと出来るから、
他の男達から、煙たがられなかったのだろう。
まぁ、フィンをのぞいてだが。
「ええ、ありがとうございますアナタ。」
そう言いいながら、今度はこっちから抱きついてやって別れは終了。
ロレンス達の方も、ここでリーベルトの眼をひきつけている間に全部準備は出来、
馬上にはロレンスとホロがいた。
「行きましょうチャチャゼロさん、時間を取れば彼女達がずぶ濡れになる時間が増える。」
そう言ってロレンス、リーベルト、ホロ、ノーラ、ディルムッドは行ってしまった。
と、そういえばディルムッドには1つ教えておかなければならない事があったんだった。
(チャチャゼロ、聞こえるか?)
そう、念話を送ると、
(どうしたんだ、寂しくなったか?)
そう、念話を返してくるが、
俺が文句を言う前に、
(チャチャゼロさん、あんまり調子に乗っていると、後で料理を食べさせる事になりますよ。)
普通なら、それはご褒美なのだろうが、
この2人に関しては、どうやらそれが罰になるらしい。
と、そんな事はどうでもいい。
(馬鹿ばかり言うな、そのうち脳・・・、が無いんだったなお前等。
まぁ、それはいい。真面目な話だ、もしお前の出せる速度で誰かを護れそうに無いという時、
近くにホロがいたら、どんな代価を払ってもいいから、そこに連れて行ってもらえるようお願いしろ。)
そう送ると、ディルムッドからは、
(彼女がそんなに足が速いようには見えないが?)
そう返してくる。
まぁ、ホロの見た目で、本来の姿を想像しろと言うほうが無理があるのか、
それとも、うちの騎士がホロを侮っているのか・・・。
まぁ、どちらにしろ、
(チャチャゼロ、ホロは賢狼で私なんかよりも長く生き、知恵が廻り、豊穣の女神とまでたたえられた。
それが、そんな存在が強いとか弱いとか言う次元の者と思うか?
言っておくが、今のホロは本来の姿ではない。)
そう、念を送り返すと、
(解った。オスティアでの一件もある。
そうならないよう行動するが、もしそうなった場合は力を借りるとしよう。
それに、ここに来て今更姿がどうと言う事もないよ、エヴァが言い実例だしね。)
そう、念話が帰ってきて念話を終了。
実際の問題としても、もうチャチャゼロ達の姿も見えず、
エネクの羊達を威嚇する鳴き声も、この雨のせいで聞こえなくなっている。
そして、殺気を漂わすケダモノ達は今か今かと、奴等の頭が指示を出すのを待っている。
だが、こちらとて相手の流れに乗る気もない。
キセルを取り出し、魔法薬を詰め火を落とす。
雨のせいですぐに火は消えそうに見えるが、魔法を使って消えないようにするという、
技術の無駄使いをしながら、大きく煙を吸い込みフ~っと一息。
横のロベルタの方を見ると、辺りをねめつける様に様子を伺っている。
「さてと、そろそろおっぱじめるとするかメイド長、らしく行こう。」
そう言うと、ロベルタは自身の服に手を置き、着ていた服を影に送り、
代わりに、何時ものメイド服を取り寄せて装着。
俺の方を見て、ニィッと口を吊り上げ、
「Let's Beginでございます。」
そう返してくる。
・・・、ムギムギとか返した方が言いのだろうか。
いや、うん、さっさと始める意味で言ったんだろうから、
そんな馬鹿な事を言うと、多分ロベルタからもれなく冷たい視線を頂く事になるだろう。
と、言う事で今はツッコミではなくスルー。
なにせ、待ちきれないケダモノどもが1人また1人と、森から姿を現してきている。
そして、そのおかげでレメリオ商会の裏切りは確実となった。
なにせ、彼等の着ている鎧のほとんどは、戦場で使い込まれたような傷が刻まれているが、
一部の者は、どこか真新しい鎧を身に着けている。
それを盗賊として奪ったと言われればそれまでだが、
それは後でレメリオ商会にある鎧の仕入れ帳簿を見れば事足りる。
「どうされました、こんな森の中に大所帯で。
私達は人を待っているので、どこかへ行っていただけませんか?」
そう、出てきた先頭の男に口を開くと、
こちらの言葉を聴いているのか、聞いていないのか、
兜を目深にかぶっているせいで、よくは見えないが、話を聞く気はないらしい。
「異端者が喋るな、空気が汚れる。
貴様の横の異端者が服を呼び寄せるのを見た。」
そう、ただ淡々と1人が喋り、残りは暗い兜の置くからこちらを見る数十の眼で視る。
「あら、坊やには刺激がお強いようでしたね。」
そう、ロベルタが淡々と返すと、
現れた男達は次々に、十字を切りながら剣を抜き、
「黙れよクソ異端者がぁ!
貴様等が生きていい場所なぞ無い!貴様等が歩いていい場所なぞ無い!」
そう言いながら、こちらに駆け出してくるが、
「さてさて、あのいきり立ってるバカ共をとっとと始末しよう。」
そういって、前に出ようとすれば、
ロベルタがふっと俺の前に手をかざし、
「お嬢様はそのままで結構ですよ、
その一服を堪能しておいてください。」
そう言いながら、両腕を大きく持ち上げ、下に振り下ろす。
そして振り下ろされた両手には2振りのナイフ。
背後からは剣を大きく掲げ、男は一気に振り下ろしたが、ロベルタはジロリと振り下ろされた剣先を見て、
振り向きながら左のナイフを剣にあわせて軌道を変え、右のナイフを鎧の隙間から挿し込み、首を刺す。
すると、とたんに鎧の首周りから、血が涙のように溢れ出し、
男が両膝から崩れ落ちた所を、更に回し蹴りで鎧を頭ごと蹴り砕いた。
そして、辺りの男共を首を斜めにして睨みつけながら、大きく舌打ちし、
「チッ!今殺してやるから逸るな駄犬がぁ。
尻尾を巻いて逃げ出すなら生かしてやる。」
そう、メイドが言うと、後ろの白髪の女はニヤニヤしながら、
後ろの木に背を預け、
「任せたよメイド長。
ゆっくり、ゆっっっくり一服するとしよう。」
そう言って、腕を組んでパイプを吸い出した。
が、我等はそんな事を気にしない今逝ったやつは天に召された。
後は残った我等が異端を狩るだけ。
「死ねや異端者ぁ!!
地獄に戻り、業火で焼かれ死ねぇぇぇぇい!!!」
「塵は塵に、灰は灰に。
異端者には裁きの剣を!!」
そう、口々の聖句や威嚇の言葉を吐きながらか剣を抜き、
男達は1人のメイドに襲い掛かる。
しかし、メイドはその姿を『ハッ』と鼻で笑い、
「喋るしか能がないなら、舌を噛んで死ね。」
そう言い、1人目の男が剣を振り下ろすのをナイフで受け流し、
回し蹴りで蹴り飛ばす、今の男ももう駄目だろう、
蹴られた一部が大きくへこみ、血が溢れている。
そんな中、メイドが動き剣を振り上げた男の懐に入り、その男の首を突き刺す。
しかし、メイドは、
「チッ!浅い!」
そう言って、もう1本のナイフを首に差し込もうと、手を上げようとするが、
それより先に、ナイフを刺されている男が、跪く様に抱きついたまま下にしゃがみ、
そのしゃがんだ男の背後から迫る男が、
「殺ったぁぁ!!!!!」
そう雄叫びを上げながら、男はメイドの顔めがけ剣を鋭く差し込む。
しかし、聞こえるのは肉が裂け、骨が砕ける音ではなく、
ギャリギャリギャリギャリギャリ・・・・・!!!!!!!!!!
そう、メイドの顔から火花と共に、鉄がこすれる音がする。
そして、その光景にいっせいに、迫っていた男達がピタリととまり、
ザーーーーッと言う、雨の音の中、
パキン!
と言う、どこか浮世離れした音が聞こえ、
まるで死神の鎌のように、漆黒のメイド服のメイドはナイフを掲げ、
一気に剣を突き刺した男の額に突き刺し、口の中の剣の欠片をはいてから、
「雄叫びは殺ってからで十分ですよ。」
そう、男の額からナイフを抜きながら、口を開いた。
それと同時に、俺が、俺の同胞達がいっせいに十字を切り、
大きく口を開いて笑みを作る。
「我等修道騎士団、今怨敵を見つけたり。
我等がここにある理由、今この時満願成就せり。
では、逝きます副長ぉぉぉぉお!!」
そう言い、男達はたった一人のメイドに走りよる。
剣を掲げ、雄叫びを上げ、歓喜し、聖句を唱え。
ある男は、ナイフではなく顔を殴り飛ばされ、頭が消えた。
「生者のために施しを」
またある男達は、他の男達の礎たるため、剣を捨て飛び掛りナイフで刺されるも、
両手を封じ、後の男達がメイドに切りかかるのを助けたが、
メイドはその両手の男を振り回し、他の男を殴り飛ばした。
「死者のためには花束を」
修道騎士団で剣に長けた男達は、メイドと何度か打ち合うことが出来た。
だが、それもそこまで、戦える男たちはいたが、武器がもたない。
一振り、また一振りと男達が持っていた剣がナイフで砕かれ、
或いは切り飛ばされていく、当然だろう、あの怪力を有するメイドが扱っているナイフがそんなちゃちな訳が無い。
「正義のために剣を持ち」
メイドは、まったく動かなかったわけではなかった。
低空タックルで、メイドの足を掴もうと走りよった男は、
同じく走ったメイドに顔を飛び膝蹴りで砕かれ、その後ろから来た2人の男が、
合わせる様に左右から袈裟切りを放つが、メイドは振り上げた手を一気に振り下ろし、
膝で顔を潰した男の背にナイフを突き刺し、その反動で一気に前宙返りをして剣線を避け、
着地と同時に、左右の男の喉を切り裂いて殺した。
「悪漢共には死の制裁を」
先に死んでいった男達が辺りに転がり、屍の山を築くが、
それにかまっている暇は無い、剣を持ち異端を見つけ、
それを裁くのが我等の仕事、斬りかかり、斬り殺し、斬り捨てて前に逝く。
メイドに切りかかれば、メイドは細くこの光もなく、暗い雨降る森の中で、
2つの銀閃を操り男達を沈めて行く。
「しかして我ら――――聖者の列に加わらん」
森にはメイドの謳う聖句が木霊す。
死の国に死を築くために、異端者が黒衣を纏い闊歩する。
そんななか、メイドを連れてきた白い髪の女は今だ木に背を預け、
パイプから煙をユラユラと立ち昇らせながら、このこの戦を視ている。
しかし、それでも今は腕を組んでいない。
とある男が、メイドではなく白髪の女に挑みかかれば、
女は、まるで『こちらに来るな』と、言わんばかりの視線を投げかけ、
その後、組んでいた腕を解き、何か口を動かした後、手を動かしただけで、
男の上半身が消え、そのまま手を下まで振りぬくと、襲い掛かった男は足だけを残し、
この世界から姿を消し、女はその一部始終を、ただ無表情に眺めていた。
「サンタ・マリアの名に誓い、すべての不義に鉄槌を!」
私が聖書にあった1説を説いている間に、悪漢共は地に伏していきました。
しかし、まだ1人残っていますね。
どうせなら、聖句が終わるまでに、すべて終わらせてしまえばよかったのですが、
そう思い、残った男を見ます。
「アナタが最後ですか?」
そう問えば、男はぬぅっと剣を抜き、
「神罰の代行者にして、神の意向を示すもの。
神も力に頼らず、神の力に魅せられず、神に祈りを捧げ、神に我が身を捧ぐ。
塵は塵に、灰は灰に。我が使命は、我が神に逆らう愚者を、その肉の一片まで根絶やしにする事。
すべての父と精霊の名において・・・・・・、Amen!」
男は剣片手に地を走り、受けて立つメイドもまた、
ナイフ両手に疾走し激突する。
煌く剣閃、縦横無尽に動く切っ先、雨の中、激突した2人は、
「うぁぁぁぁぁぁぁ・・・!!!!!!!
如何したケダモノ、キサマの太刀筋他の者とは違うが、まだ遅いぞ!?」
「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!
黙れ異端者がぁ!!!この場で屠り、殺してやる!
1片残らず塵1つ残さず、キサマのいるべき地獄のそこへ叩き落してくれる!!!!」
そうして切り結ぶ中、1度間合いが切れ、最激突しようとした時、
メイドの横から白い手が男の首を捕まえ、そのまま俺を持ち上げる。
「一服が終了した。」
そう言って、今俺の首を持ち上げる女は俺の顔を見上げながら、
「隊長を出せ。」
そう、静かに問うてくる。
が、異端者に喋る言葉なぞ持ち合わせていない。
その女の顔に唾を吐きか切れば、
「お嬢様に何を!!!
キサマァ!!楽に死ねるなどと言う寝言を吐くなよ!!
四肢を砕いて切り飛ばしてから殺してやる!!」
そういきり立つメイドを女は手で制止、
碧眼で俺の目を見ながら、
「口が利けないなら、喋るな。」
そう言い、治りかけた頬の傷を再度えぐり、
その傷に口を近付け舌を這わせる。
「キサマァ!!死ねぇ!!!」
そう、叫びを上げ女の体を剣で突き刺すが、
剣の切っ先は女に届く事無く、女の肌近くの宙をさまよい続ける。
そして、その剣さえもメイドの手によって握りつぶされた。
クソ、どうやればこれを殺せる!!どうすればいい!!
ただの人間である俺は、如何すればこれを倒しきれる!!!!
そうしている間に、白髪の女は俺を投げて木にたたきつけ、闇で拘束し、
まるで、今の俺に興味がないと言わんばかりに、こちらを振り返る事も無く!!
「行くぞ、隊長とやらは出口付近にいる。」
そう言って歩き出し、
メイドの方は俺の事を鬼の形相で睨みつけながら、
「命拾いしましたね・・・、下衆!!!」
そう言って、俺の視界から姿が消えた。
「殺してやる、貴様ら異端者を殺してやる。
フリークス・・・、フリーーーーーーークス!!!!
今すぐこれを解いて追いかけて行って殺してやる!!
確実に、的確に殺してやる!!!!!」