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No.996の一覧
[0] 誘宵月[アービン](2005/11/23 13:06)
[1] プロローグⅠ[アービン](2006/03/25 15:59)
[2] プロローグⅡ[アービン](2006/03/25 16:00)
[3] 第一話 暗黒烙印Ⅰ[アービン](2005/11/23 15:57)
[4] 第二話 吸血姫[アービン](2005/11/23 15:58)
[5] 第三話 死猟[アービン](2005/11/23 15:59)
[6] 第四話 暗黒烙印Ⅱ 前編[アービン](2005/11/23 16:01)
[7] 第四話 暗黒烙印Ⅱ 後編[アービン](2005/11/23 16:03)
[8] 第五話 カルマ[アービン](2005/12/26 21:43)
[9] 第六話 妖の聖歌 前編[アービン](2006/03/08 01:49)
[10] 第六話 妖の聖歌 後編[アービン](2006/03/08 02:09)
[11] 第七話 割れる日々 [アービン](2006/03/25 15:44)
[12] 第八話 境界線 [アービン](2006/07/30 02:36)
[13] 最終話 在る理由 前編[アービン](2006/09/30 04:00)
[14] 最終話 在る理由 中編[アービン](2006/09/30 04:01)
[15] 最終話 在る理由 後編[アービン](2006/10/01 01:30)
[16] エピローグ 夕映えの月[アービン](2006/10/05 02:01)
[17] 後書き[アービン](2006/10/05 01:50)
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[996] 第五話 カルマ
Name: アービン 前を表示する / 次を表示する
Date: 2005/12/26 21:43






理由も無く目が、覚めた。





「う…ん……」

時計を確認する、寝てまだ3時間しかたっていない。

昨日は散々な目に遭って疲れきっているはずなのに。

「もう一度寝よ……」

今日は学校の創立記念日で休みだから遅くまで寝ていても問題無い。

しかし、身体は疲れているのに、寝ようとしても寝れない。

「ああもう、全然眠れない!!」

しばらくして俺は諦めて起き上がった。

「散歩でもするか……」

気分が変われば眠たくなるかもしれない。

そう思って俺は外に出る事にした。















あてもなく散策していると中庭の壁に落書きを見つけた。

「うわぁ……なつかしいなこれ」

子供の頃、秋葉とよくやっていた陣地取りのゲームで書いた名前の跡だ。

シキ、志貴、シキ、志貴、秋葉、シキ、志貴、シキ、志貴、秋葉。

やはり男の子の方が行動範囲が広かったのか俺の名前の方が随分多い。

これじゃあ負けず嫌いな秋葉を散々悔しがらせただろう。

「まったく、少しは手加減してやればよかったのに」

まあ今更言ってもしょうがないが。

なんとなく懐かしい、平和な心持ちになって中庭を散歩していく。










「翡翠……?」

裏庭にやってくると、ちょうど翡翠の後ろ姿が目に入った。

翡翠はこちらに気付いていない。

何をしにいくのか、翡翠は森の中へ入っていく。

「……?」

気になって、少しだけ後についていく。

翡翠が歩いていった先には、ちょっとした広場があるようだった。

「……あれ? あんな所に広場なんてあったっけ?」

普通に歩いている分にはまず見つけられないぐらい隠れた広場。

翡翠が行かなかったらこの屋敷にいても一生気がつかなかったかもしれない。

少なくともあんな所で秋葉と遊んだ記憶は……

――――ない、ような、気が、する。

「……? あんな所、あったかな。あったならかっこうの遊び場になってたはずなんだけど」

どうにも記憶が曖昧だ。

「…………」

しばらく考えて、俺は広場に入っていった。










「なんだ――――ただの空き地じゃないか」

広場には特別何も無かった、先に入っていった翡翠もいない。

きれいにまったいらににされた土の地面と周りを囲む深い森の木々。





蝉の声と。

溶けるような強い夏の陽射し――――





「え…………?」

蝉の声? 今はもう秋なのに?

「い――――痛ぅ…………」

胸の傷が痛む。

ザクリと、包丁で胸を刺されたかのような痛み。










みーん みんみん

みーん みんみん

みーん みんみん――――

白く溶けてしまいそうな夏の陽射し。

遠くの空には入道雲。

見えるのは空蝉のこえ。

足元には蝉のぬけがら。

ぬけがら。誰かの、ぬけがら。





塞がったはずの傷が開く。

胸が真っ赤に染まる。





……うずくまる誰かの影法師。

近寄ってくる幼い少女の足音。

遠くの空には入道雲。空蝉の青い空。

気がつけば、





目の前には

血まみれの秋葉の泣き顔。





「あ――――ぐ」

胸が痛い。

――――なんてこと。

俺の傷は、ぜんぜん治ってなんかいない。







イタイ

コワイ

コレガ






――――死トイウ衝動カ――――







意識が沈む。

どさり と、自分の身体が地面に倒れ込む音を聞いた。




















「一体どういうつもりなの翡翠。
 兄さんをあそこに近づけてはいけないって、
 あなたも知っているでしょうに……!」

「もうしわけ…………ありません」

……話し声がする。

ここは、シキのへやだ。

あきは と ひすい がなにか話している。

「謝って済む問題じゃないわ。
 あなたを兄さん付きの使用人にしたのは、
 こういう事態を避けさせる為でしょう?
 それを忘れて、あなたは何をやっていたっていうのよ……!」

秋葉は普段では考えられないくらい、感情を剥き出しにして怒ってる。

起き上がって止めようとしたがとしたが体に力が上手く入らない。

「答えなさい翡翠。あなたはいったい何をしていたの?」

翡翠は答えない。

秋葉は表情をさらに険しくして翡翠に近づいた。

どう見ても翡翠に手を上げるつもりだ。

「――――ちょっと待て秋葉」

「兄さん――――気がついていたんですか!?」

「ああ、秋葉があんまりにうるさいんで、今、目が覚めた」

「あ…………」

秋葉は気まずそうに視線をそらした。

「あのさ、あんまり翡翠にあたるなよ。
 事情は知らないけど、ようするに俺が倒れたことでもめてるんだろ?
 なら翡翠に責任なんかないよ。こんなの俺が勝手に倒れただけなんだから」

腕に力を入れて、何とか上半身だけベッドから起こした。

「まったく、お前も俺の事なんかで喧嘩なんかするな。
 大人びたように見えてまだ子供なんだな」

「でも――――
 兄さんはあれからずっと気を失っていたんですよ?
 十時間以上も昏睡しているなんて、今まで無かったはずです。
 もし、兄さんがあのまま目覚めなかったら、
 私はどうすればいいんですか……!」

「ばか、縁起でもない事言うなよ。
 こんなのはただの貧血じゃないか。
 ……ってなんだぁ!?」

時計を見るともう六時を指していた。

「ですから、兄さんは朝から今までずっと気を失っていたんです」

遠慮がちに秋葉は語る。

そりゃ、心配するのも当然だな。

「悪かった、秋葉、心配かけて……
 でも、だからと言って翡翠にあたるのは間違いだろ?」

「それは……
 ……いえ、わかりました。
 確かに少し感情的になっていました」

よかった、どうやらちゃんとわかってくれたみたいだ。

と、体を支えていた腕に力が入らなくなって、俺はベッドに倒れこんだ。

「兄さん!?」

「大丈夫だ、ちょっと疲れただけだから……」

「兄さん……もういいですから休んでください」

「ああ、悪いけどそうさせてもらう」

約束の時間にはまだある、休んでも大丈夫だろう。

もう目を閉じればすぐに眠ってしまいそうだ。

……あ、そういえば、

「秋葉、うちの庭に、あんな場所あったっけ?」

「ええ、私たちが子供の頃、良く遊んだ場所です」

「そっか、何だか、よく覚えてないな」

本当に、そこの記憶が曖昧だ。

「それともう一つ。……変なことを聞くんだけど、
 子供の頃さ、俺と秋葉と――――もう一人ぐらい、
 子供がいたとかいう話は知らないか?」

「は?」

秋葉はわけがわからない、といった顔をする。

「いや、なんでもない。忘れてくれ」

自分でもなぜそんな事を思ったのかよくわからなかった。

「そうですか。兄さん、ゆっくり休んでくださいね」

「ああ、そうする」

今度こそ、目を閉じる。

すぐに俺は眠りに落ちていった。




















「うう…………」

何か、おかしい。

自分の手の平をみる、手の震えが止まらない。

何か、得体の知れない黒い衝動がこみ上げてくる。

昨日、戦ってからずっとこうだ。

「はあっ、はあっ、はあっ……」

息が切れる。

熱に浮かされているようで、それでいて身体が芯から冷え切っているような感覚。

飲まれてはいけない。

直感的にそう思った。

感覚が異様に研ぎ澄まされている。

空気の音さえ耳障りなほどに。





だからだろうか、

突然飛んできた物に対して咄嗟に対応できたのは。





頭に何か剣のような物が飛んできた。

反射的に首を横に曲げる。





パサッ





髪留めが千切れて縛っていた髪が解けた。

「な、何?」

頭が状況についていけない。

だが再び飛んできた剣に対して身体が勝手に反応した。

すばやくその場から飛び退くと、遮蔽物の多いほうへ移動する。

ようやく、頭が理解した。

自分は命を狙われている、と。

「誰なの!?」

物陰に隠れながら、剣が飛んできた方を睨みつける。

「出来れば気付きもしないうちに一撃で葬ってあげようと思ったのですが……
 やはりそういうわけにもいかないようですね」

聞いた事のある声に私は動揺する。

そんな……あの人だと考えるなんて馬鹿げている。

誰かが近づいてくる、

薄暗い中でも吸血鬼の私はその姿がはっきり見えてしまった。

青い髪に整った顔立ち。

眼鏡はかけておらず、服装も普段と違うもののその姿は紛れも無く……





「シエル……先…輩?」

私の先輩だった。





理解できない、

どうして先輩がここにいるの?

なぜ私を殺そうとするの?

「死徒、弓塚さつき……貴女を浄化します」

ぞっとするほど冷たい声で先輩はそう言った。

学校にいる時の暖かく、柔らかい表情は欠片も無く、

その顔からは感情が全く感じられない。

それはまるで別人だった。

だが、先輩は私に悠長に考える暇など与えてくれなかった。

一瞬のうちに、剣が投擲される。

その数は六本。

私はかわそうとしたが、一本、腕をかすめた。

瞬間、焼けるような痛みに襲われる。

かすっただけで、これほどこの身体が痛みを感じるなんて普通じゃない。

殺される、本当にそう思った。

次々と剣が飛んでくる。

かわそうとするがかわしきれず、傷が増えていく。

かろうじてもろに剣が刺さってはいないがそれも時間の問題だ。

もし剣が一本でも刺されば動きが止まって針鼠のようにされてしまうだろう。





ダッタラ、ソノマエニアイツヲ■■シテシマエバイイ





「…………!!」

私、今、何を…………

ドスッ

私の左足に鈍い音と共に剣が刺さった。

神経が焼き尽くされるような痛み。

「あ、あああああぁぁぁぁーー!!!」

思考に囚われた一瞬の隙、それはこの状況であまりに致命的だった。

あっという間に右足にも刺さり、

続いて、両肩、両腕にも刺さった。

もはや、身じろぎすることも出来ない。

「これまでですね」

シエル先輩が近づいてくる。

「どうして!? どうして先輩がこんな事をするんですか!?」

「貴女のような吸血鬼を狩る事が私の仕事だからです」

抑揚の無い声で先輩は言った。

その言い方が私にはなぜかひどく癪にさわった。

抑えている黒い衝動が強まっていく。

それに飲まれそうになって歯を食いしばって耐える。

「貴女の身体を蝕む吸血衝動。
 それがある限り貴女は血を吸わずにはいられない。
 人を殺め、その血をすすることでしか生きられない。
 いえ、それはもはや生きているとは言えない」





……ウルサイ





「人の身で生を受けたにもかかわらず、
 人の命を喰らわねばならないという矛盾。
 吸血鬼というのはその存在自体が罪となる」





……ダマレ





「私だって……なりたくてなったわけじゃない!!」
 
「ええ、それはわかっています。
 しかし貴女は紛れも無く被害者であり、
 これから先、間違いなく加害者となる」





……ヤメロ





先輩はゆっくりと剣を構えた、

「諦めなさい。
 吸血鬼は死ぬ事が救いであり、
 それ以外に救いはありません」





その言葉を聞いた瞬間、

私の中で、





――――ナニカガ、ハジケタ――――




















「やめろおぉぉぉぉぉ――――!!!!」

自分の叫び声で俺は眼を覚ました。

「はあっ、はあっ、はあっ」

心臓が恐ろしいほど速く打っている。

痛いほど強く握り締めていた手は真っ白になっていた。

「弓塚……」

なぜあんな事になっているのかはわからない。

わからないが今俺がしなければならない事は……

「行かないと……」

立ち上がると眩暈がした、けど今はそんな事に構ってられない。

ナイフを取ってポケットに入れる。

「志貴様!!」

翡翠が部屋に飛び込んできた。

「ああ、翡翠、悪いけど俺、ちょっと出かけてくる、どうしても行かなければならない用事を思い出した」

翡翠の返答を待たずに横を通り抜けて部屋から出る。

翡翠には悪いが今は問答をしている時間は無い。

「兄さん!! どうしたんですか!?」

間の悪い事に秋葉に出くわした。

俺の声に驚いてやってきたみたいだ。

「秋葉、俺ちょっと用事を思い出したから出かけてくる」

それだけ告げてさっさと行こうとしたが、秋葉に腕を掴まれた。

「馬鹿な事言わないで下さい!!
 そんな身体でどこに行くというのですか!?
 もっと自分の身体を大事にしてください!!」

「放してくれ秋葉!!
 一刻も早く行かなければならないんだ!!」

俺は秋葉の手を振りほどこうとしたが秋葉はさらに強く掴んできた。

「だめです!!
 部屋に戻ってください兄さん!!
 無理すればまた倒れてしまいます!!」

「秋葉!!」

俺は秋葉を怒鳴りつけた。

「あ……」

怯えたように秋葉は身を竦ませた、掴まれていた腕から手が離れる。

「今は話している場合じゃないんだ。
 今行かないと俺は絶対後悔する」

そう言って俺は外へと向かった。




















「はあっ、はあっ、はあっ」

少し走っただけで息が切れる、今にも倒れてしまいそうだ。

だが今は急がなければいけない。

早く行かないと取り返しのつかない事になる。

俺は廃ビルに向かってひたすら走った。










「着いた……」

ようやく廃ビルの手前まで来た。

廃ビルの中に足を踏み入れようとして、





ドクンッ





「何……だ?」

身体が震える、この中は危険だと直感が告げる。

「くっ」

ここまで来て、何を怯えているんだ俺は。

覚悟を決めて中に入る。

「なっ!?」










そこには有り得ない光景があった。

砂塵が漂う、血の様に赤い空。

全てが枯れ果てた不毛の地。

そして……べったりと纏わり付く『死』の気配。

何て……『死』に満ちた世界。










「何だよ……これ……」

目の前に広がる光景が理解できない。

身体の震えが止まらない。

「くっ、うう……」

かすかに誰かの呻き声が聞こえた。

声のした方を見ると見覚えのある人が倒れていた。

両手両足が戒めを受けているように木の葉で覆われている。

その顔は激しい苦悶の表情を浮かべていた。

そして……





「人の事言えませんけど随分しぶといんですね先輩、
 死の救いを説く割には生き汚いとか思いません?」

――――その後ろで、苦しむ姿を笑って見ている見慣れた少女。





いつもとはあまりにかけ離れたその姿。

いつもと違う、結ばれていない髪。

いつもと違う、紅く染まりきった瞳。

そして何よりも……





――――いつもと違う、恐ろしい程冷たく残酷な笑み――――





「弓……塚?」

呆然と呟く。

信じられない、あれは本当に弓塚なのか?

その声が聞こえたのか弓塚は顔を上げてこちらを見た。

「あれ? 志貴くん来ちゃったんだ?
 今日は随分と早いんだねー」

目の前の光景に全くそぐわない話をする弓塚。

それがより異常さを際立たせる。

「ねえ志貴くん聞いてよ、シエル先輩ったらひどいんだよ。
 私が苦しんでいる時にね、いきなり襲って来たんだよ?
 もう全然躊躇無しに私を串刺しにして殺そうとするし、
 おまけに『死が救いです』なんて言うの!!
 いくらなんでもひどすぎると思わない?」
 
さっ、と弓塚が手を上げる。

すると突然何も無い空間から無数の木の葉が現れる。

弓塚が手を振り下ろすとシエル先輩に向かって飛んでいく。

グサグサグサッ

「かはっ!!」

信じられないことに木の葉はシエル先輩に刺さった。

しかもおかしな事にかなり深く刺さった様なのに血が全く出ていない。

「ふざけないで欲しいよね。
 私がどんな思いで吸血衝動を我慢しているとか、
 志貴くんとアルクェイドさんがどんなに必死で私を助けようと頑張ってくれているとか、
 何も知らないくせに……知った風な口で全てを否定するような事言わないでよ!!」

弓塚が音が聞こえそうな程強く手を握り締めた。

シエル先輩に刺さっている木の葉がさらにめり込んでいく。

「ぐああああぁぁぁぁーーー!!!」

「どうですか先輩、私の渇きが少しはわかりましたか?
 身体から血が失われていく怖さがわかりますか?」

悲鳴を聞いてようやく俺は我に帰った。

「やめろ弓塚!!」

きょとんとした顔で俺を見る弓塚。

「何で志貴くん?
 先輩ものすごいふざけた事を言った上、私を殺そうとしたんだよ。
 殺したいって思うのは自然だと思わない?」

やばい、今の弓塚は完全に正気を失っている。

これではまるで弓塚が吸血鬼になってはじめて会った時の様だ。

「落ち着いてくれ弓塚、今のお前は正気じゃない。
 とりあえずその力を止めてくれ」

「何を言ってるの志貴くん?
 私は全然大丈夫だよ?
 むしろ最近で一番調子がいいくらい。
 いつもの吸血衝動も今は随分少ないし、
 身体もびっくりするぐらい軽いの。
 それは多分この力のおかげなのに」

「弓塚……
 俺は弓塚に人を殺して欲しくないんだ。
 だから頼む、もうやめてくれ」

弓塚の目を見つめながら必死に訴える。

どうしても弓塚が止めないのなら力づくで止めなければならない。

でもそれは絶対に避けたかった。

「………………わかったよ。
 志貴くんが私に頼み事するなんてめったに無いから
 こういう機会は大事にしないとね」

弓塚が手を横に振ると周りの景色が元の光景に戻る。

戒めが解けた先輩に向かって弓塚は言った。





「逃げれば? 今なら見逃してあげるわよ、先輩」





嘲笑うかの様に弓塚は言う、その様を見るのが辛い。

「くっ……」

シエル先輩はよろよろと立ち上がるとどこからか剣の様な物を取り出す。

「シエル先輩!!」

「なに? ほんとに殺されたいの?」

構える先輩に俺は動揺し、弓塚はむしろ嬉しそうな表情をする。

緊張が走る。

「何をしているのかしらシエル?」

それを破ったのは殺気と共に現れたアルクェイドだった。

怒りを露にしてアルクェイドは先輩を睨みつける。

「ちっ……」

舌打ちをして先輩は窓を叩き割って外に飛び出した。

「待ちなさいシエル!!」

アルクェイドがシエルを追って飛び出す……

ぐっ

「え?」

いつのまにか弓塚がアルクェイドの腕を掴んでいた。

「いいんだよアルクェイドさん。
 志貴くんに見逃すって言っちゃったし、
 それに……」

寒気がするほど冷たい笑み。

「あれは私の獲物だから、
 アルクェイドさん、横取りはだめだよ」

「さつ……き?」

いつもと全く異なる弓塚にアルクェイドは動揺している。

……これ以上耐えられない。

弓塚のこんな顔を見ていたくない。

「弓塚!!」

弓塚の両肩を掴んでいまだ紅い瞳を見つめる。

「しっかりしろよ!!
 何のために今まで頑張って来たんだ!?
 人間で……人間としてありたいと思っていたんだろ!?
 こんなところで負けるなよ、正気に戻れよ!!」

「あっ……」

怯えたように弓塚が身体を震わせた、紅かった瞳が黒に戻っていく。

「あっ、あああっ……」

その瞳から大粒の涙がこぼれる。

「わた…し、なん…てこと……を」

手で顔を覆ってかがみこむ弓塚。

その姿はさっきとは逆にひどく弱々しかった。

「弓塚……」

「ごめん……今日は一人にしてほしい」

俺は迷った、今の弓塚を一人にしていいのだろうか?

「怖いの、またさっきみたいになるのが、
 志貴くんやアルクェイドさんを傷つけてしまいそうで、
 だから……お願い……一人にして……」

「……志貴」

アルクェイドが俺の腕を引く。

「わかった弓塚、また明日来る」

「うん…………」




















廃ビルから出た俺達はしばらく無言だった。

「くそっ!!」

俺は苛立ち、壁を殴りつけた。

途端に疲労を身体が思い出したのか眩暈がした。

身体が倒れそうになる。

「志貴!?」

「大丈夫だよ……」

「大丈夫って……
 顔、真っ青じゃない!!」

「大丈夫だって言ってるだろ……」

そう、弓塚に比べればこの程度なんだというのだろう。

「何でだよ!? いったい弓塚が何をしたっていうんだよ!!
 どうして弓塚ばかりこんな目にあわなくちゃならない!?
 何でだよ……」

「志貴……」

弓塚に何もしてやれない自分がどうしようもなく腹立たしい。

「……行こう、アルクェイド」

「え?」

「死徒を探しに行く」

今の俺に出来る事はそれしかない。

「無茶言わないで、そんな身体じゃ無理よ」

「これぐらい大した事ない。
 こんな貧血は日常茶飯事だから平気だ」

「全然平気じゃないわ、志貴はわかってない!!」

アルクェイドが声を荒げた。

「いい? 志貴の貧血は普通の貧血より深刻なの。
 志貴はひどく不安定な身体をしている。
 よく気絶するのも志貴が危険を感じるより早く、
 身体自体が察して活動を最小限に抑えているから。
 身体が不調を訴えてるのに無理に動こうとしたら、
 本当に死んでしまうかもしれないのよ!?」

「それでも……俺は……」

「ああっ、もう!!
 はっきり言って今の志貴じゃ足手まといなの!!」





その言葉に俺は固まった。

確かに今の俺がどうあがいても邪魔にしかならない。

それが……現実。

「そっか……そうだよな……」

「あ…………」

アルクェイドが俺の顔を見て気まずそうに目を逸らす。

「アルクェイド、俺、帰るよ」

「うん……
 とりあえず今日はもう休んで、
 今の志貴は本当に危ないんだから」

「ああ……」

アルクェイドに背を向けて歩き出す。

「志貴……その……ごめん」

「……いいんだ」

俺は振り返らなかった。




















「兄さん!! いったいどこに行っていた……の…ですか?」

帰ってきた俺を見るなり凄い目つきで睨んできた秋葉は俺の顔を見てなぜか動揺した。

「秋葉……ごめんな……突然飛び出して行って」

「兄さん……いったい何があったんですか?
 そんな顔で謝られても困ります」

「…………悪いけどそれは言えない」

「兄さん!!」

「本当に悪いと思ってる、けど……言えない」

秋葉はそんな俺を悲しげに見ていたが、

「……わかりました、今回だけは不問にします」

「ごめん、秋葉」

「わかっているなら……あんまり私に心配させないでください」

「秋葉……」

「もういいですから早く休んでください。
 また倒れてもらっては困ります」

「うん……ありがとう」










自分の部屋に戻ってベッドに入る。

身体はもう指一本も動かせないぐらい疲れている。

「何も……出来ない」

そう、今の俺は何も出来ない。

弓塚を支えてやる事も、

アルクェイドと共に死徒を探す事すら出来ない。

「俺に出来る事は何だ……?」

暗い部屋の中で俺は考える。

夜明けはまだ遠かった。






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