日はもうとっくに暮れてそろそろ真夜中になろうとしている。
そんな時刻に俺は路地裏の廃ビルにいた。
中は真っ暗でほとんど何も見えない。
「弓塚、いるか?」
俺は暗闇の中に声をかける。
――――と、真っ暗だった部屋に小さな明かりが灯った。
「志貴くん、入ってきていいよ」
それを聞いて俺は中に入っていく。
明かりが点いたとはいえまだ暗く、足元がよくみえない。
「あ、そこ段差があるから気をつけて」
彼女はそれなのに見えているかのようにそういった、
いや、実際見えているのだ。
彼女がさっきまで明かりを点けていなかったが見えなかったわけではない。
彼女には明かりなど必要がないのだ。
なぜなら彼女は・・・吸血鬼であるから・・・
「ほら、頼まれた物は買ってきたよ」
「ありがとう、今日はちょっと遅かったね」
「ごめん、なかなか屋敷を抜け出すタイミングがなくて」
秋葉達が俺の為に歓迎会を開いてくれたのが長引いてしまった。
「いいんだよ、だってこれは私のわがままなんだから・・・本当は志貴くんはこんな事しなくてもいいのに・・・」
弓塚はそう言ってうつむいた。
「それは前にもいったろ、俺が弓塚の少しでも助けになるなら喜んで手を貸すよ。助けるって約束したじゃないか」
「うん・・・ありがとう」
「礼を言われる事はできてないよ。俺は弓塚を助ける事ができない・・・弓塚が苦しんでいてもただ見ている事しかできない俺は・・・何もできていないんだ・・・」
「そんなことない!!
私が今の私でいられるのは志貴くんがいるから!!
本当の吸血鬼になりかけていた私が戻ってこれたのは志貴くんがいたから!!
人を平気で殺めてしまった私が生きていられるのは志貴くんが許してくれたから!!
志貴くんがこうして来てくれるから私は苦痛に耐えることができる!!
だから・・・そんな事いわないで・・・」
「弓塚・・・ごめん」
弓塚は吸血鬼でありながら確かに人間だった。
今、弓塚は吸血衝動を必死に抑えている。
そしてそれは真夜中に最も強くなるらしい。
その前に、俺と話していると、落ち着くらしい。
俺には話す事と弓塚に必要な物を買ってくる事ぐらいしかできない。
無力な自分が恨めしい。
「あっ、うう・・・・・・」
弓塚が苦しみだした、時間が来てしまったのか。
「弓塚・・・・・・」
「志貴くん、出て行って・・・」
「ああ・・・・・」
こうなったら俺は出て行くしかない。
下手すると弓塚が俺を襲いかねない、そしてそれはどちらにとっても望まない事だ。
俺はビルから出て行く。
後ろから弓塚の呻き声が聞こえる。
「くそっ、俺はなんて・・・無力なんだ」
屋敷に戻る足取りはどうしようもなく重かった。