『東方聖杯綺譚』~その21(仮)~
知らず知らず彼女は浮かれていたのだろう。
聖杯戦争に参加早々、イレギュラーな、英霊とも言えないようなサーヴァントを召喚。
しかしながら、その"アーチャー"の実力は正規の英霊と比べても決してヒケを取らない
ものだった。オマケに戦闘という非日常の場だけでなく、日常生活に於ても完璧な
――まるで、彼女のずぼらな本性に応えるが如く、完璧な従者、メイドだった。
さらに、"最優"と言われる"セイバー"のマスターである衛宮士郎や、密かに気にかけて
いた妹の桜と同盟を結ぶことができた。その桜のサーヴァント――イレギュラーである
"ドールマスター"から、今回のアクシデントは、聖杯に原因があるらしいことを
知らされ、さらには監督役、言峰の陰謀をも察知できた。桜とドールマスターの
コンビが危なげなく"ランサー"を降したのも、朗報だった。
そして、一敗地に塗れたものの、鬼神もかくや……というより鬼神そのものと言って
よいであろう"バーサーカー"に、いま負けを認めさせた。
これで、聖杯戦争も峠を越えた……そんな予感がした。
あとから思えば、そんなことは全く根拠のない妄想にしか過ぎなかったというのに。
* * *
「さ、どうするの、イリヤ? 大人しく負けを認めるなら、手荒な真似はしないで
あげてもいいわよ?」
本来であれば、こんな提案などするまでもなく、相手のサーヴァントを叩き殺してから、初めて交渉の席につくべきであろう。
しかしながら、なまじ先程の晩餐で親しく言葉を交わしたせいか、問答無用、という
のは少々躊躇われる。
凛としては、「これもまた心のぜい肉か」と思わないでもないのだが……。
(……しょうがないじゃない! もうっ、これは衛宮くんのせいだからね!!)
と内心八つ当たりしつつも厳しい顔つきは崩さないのは、流石猫被り優等生
の面目躍如といったところか。
「クッ……」
対するイリヤの心中は複雑だった。
負けてあげてもいい……とは言わないまでも、目の前の3人をできれば殺したく
ないと思ったのは事実。
とはいえ、一度力を解放した萃香(バーサーカー)の力はほぼ無敵と言ってもよい
存在だ。仮にこちらが負けるとしても、向こうのサーヴァントのひとりやふたりは
特攻や自己犠牲で死んだあとで、かろうじて萃香も消耗して判定勝ち……という
事態が、字義通り万に一つくらいの可能性であるかも、といったつもりだった。
それが、自分もバーサーカーも、それどころか相手方のサーヴァントさえ、誰
ひとり欠けることなく、明確に勝利を宣言されるなんてことは想定の遥か彼方だ。
「――いいわ、負けを認めてあげる」
それでも敗北は敗北。
如何に強大な力を持つとはいえ、萃香が純粋な日本古来の鬼であり、そのために
鬼としての属性、伝承に縛られるということを見落としていたのは自分の落ち度だ。
また、萃香が言った「一度対戦して勝った相手だ」という言葉にも甘えていた。
勝った相手について深く思い悩む者は少ないが、負けた相手に雪辱を果たすため、
研鑽を積む者は数限りなくいるというのに。
文字どおりの"豆鉄砲"を構えた人形たちに囲まれて、半ベソをかいている萃香の姿を
確認して、溜め息を漏らす。
「ふぅ~……萃香、戦闘状態を解除して」
こうなったからには、素直に負けを認めるしか……。
「――ふん、くだらんな」
ザシュッ!!!
次の瞬間、いずこからか飛来したひとふりの剣、いや刀が少女の姿をした鬼の背中を
貫いた。
「……あ?」
その嘆息のような声は、誰があげたものだったのか。
たった一太刀。
それだけで、無敵とも思えたバーサーカー、萃香は地に倒れ伏していた。
* * *
いつの間にか、衛宮邸の屋根の上に、見知らぬ男が立っている。
髪を派手に逆立たせ、首から下をプレートアーマーで覆っている。そのいずれも、
色彩は黄金。普通の人間がそんな格好をすれば、噴飯物のコスプレにしかならない
はずだが、男の全身から発せられるオーラが、そんな感慨を抱かせない。
傲岸にして不遜。
絶対的強者にして生まれついての支配者。
万人に対して無慈悲なるがゆえに、ある意味公平なる存在
たとえ、男の素性を知らぬ者が見ても、まともな感性を持つ人間なら、100人が
100人とも、彼の印象をこう答えたに違いない。
すなわち――"覇王"
男の背後では、紫の張った強固極まりないはずの結界の一部が切り裂かれている。
おそらく、何らかの能力を使って結界を切り裂いて来たのだろう。
「戯けが。これは戦争だ。勝った方が滅し尽くし、奪い尽くす権利を持つ。
雑種と言えど、その程度の道理がわからぬわけでもあるまい」
ふん、と憎々しげに鼻を鳴らす仕草さえも、板について絵になっている。
「やっぱり来たのね、金ピカ王」
普段滅多に見せない緊張感を漂わせながら、紫が空間のスキマから身を乗り出して
現れる。
「ふん、盗人め。此度も我にはむかうつもりか?」
その顔を彩る不機嫌そうな表情をさらに濃くしながら、"金ピカ王"と呼ばれた男は
腕組みを解くと、身を翻して背後の空間の裂け目へと戻っていく。
「まぁよい。元より今日は単なる視察だ」
男が完全に姿を消したあとも、裂け目からは声が聞こえてくる。
「どのような状態であれ、聖杯は我のものだ。まだ器が満たされてないようだから
しばしの間、その聖杯は貴様ら雑種に預けておこう」
男の姿が見えなくなった瞬間、金縛りに近い状態だった士郎、凛、桜、そしてイリヤ
の4人は期せずして同時に息を吐き出した。妖夢たち3体のサーヴァントも似たような
状態だった。
「! そうだ!! 萃香は!?」
我に返った途端、スーパーお人好しの面目躍如というべきか、先程まで戦っていた
はずの相手の安否を士郎が気づかう。
ほどなく、その場の全員が、倒れ伏す萃香の元へと集まった。
「だいじょうぶ……とは言い難いかしら。はは、ドジっちゃった」
背中から剣、それも西洋の両刃剣ではなく、むしろ日本刀に近い形状の片刃の刀剣に
貫かれ地面に縫いとめられた体勢のまま、力なく顔を上げる鬼の少女。
「どうしたのよ、萃香! 貴女なら、そんな剣くらい……」
「まぁ、普通の剣ならそうなんだけど、どうやらこれって、特殊な宝具みたい。
体中の力が抜けて、集中できないし」
切迫した表情のイリヤに対して、他人事のように淡々と現状を報告する萃香。
「姉さん、早く抜いてあげないと」
「待ちなさい桜! 迂闊に触るのは危険よ。衛宮君、この剣を解析して!!」
ハラハラして、いまにも刀剣に手をかけて引き抜こうとする桜を凛が止めた。
「え!? わ、わかった」
こと武器、中でも剣に関する士郎の解析能力は、およそ裏の世界でもトップクラスだろう。魔力回路を起動すると同時に、剣に手をかざして、その素性を探る。
「こいつは……頼光の髭切太刀だ!」
「ヒゲキリ?」
ヨーロッパ出身のイリヤにはピンと来なかったようだが、この場に集ったそれ以外
の人間は、全員日本(幻想郷も広義に考えればそうだろう)の住人だ。源頼光の鬼退治の
逸話は知っていた。その歴史と知名度から考えれば、対となる膝丸太刀と並んで、妖怪
とくに鬼の属性を持つものを滅するのに、これほど適した刀は日本にはあるまい。
この二振りは、のちに代々源氏の嫡流に伝えられ、髭切は頼朝が、膝丸を義経が
継承したという逸話もあるくらいだ。
「とにかく、呪いの妖刀とかじゃない。早く抜こう!」
士郎が柄に手をかけて渾身の力を込めて、萃香に刺さった刀を引き抜く。不思議な
ことに、萃香はそれほど出血している様子はなかったが、明らかに顔色が悪かった。
「ありがと、士郎。とはいえ……ちょっとマズいわね。えーと、イリヤ」
「何、萃香?」
「ごめん。私はここでリタイヤみたい」
言い終わるよりも早く、萃香の身体がその実体を失い、霧のようなものへと"解ける"。
「え……ウソ!?」
(さっきの一撃で、霊核をごっそり削られちゃった。まだ完全に消滅ってわけじゃ
ないけど、当分は能力を扱って実体を保つことさえ無理ね)
「当分……ってことは、そのうち復活できる!?」
(いくらイリヤが膨大な魔力を制御してても、私自身には到底及ばないわよ。
少なくとも、この聖杯戦争中はムリね)
「そっ、か……ごめんなさい、私、あなたの力を十分に活かしきれなかった」
(こっちこそ、大見得きっといて、イリヤを勝たせてあげられなくてゴメン。
とりあえずそちらの3人のお人好しに頼めば、保護くらいはしてくれると思うわ)
「ちょ……、何よ、お人好しって」
言いかける凛を手で制して、士郎はイリヤの肩に手を置き、萃香(の意識がいると
思しき場所)の方を向いて、厳粛に頷く。
「あぁ、わかった。聖杯戦争が終わるまでは、俺達が責任をもってイリヤを匿う」
背後のほうで、「なんだって私に断りもなく」だとか、「まぁまぁ姉さん」だとかいう
やりとりが聞こえたものの、気にしない方針で。
いや、あとのお叱りモードのことを考えると、頭が痛いのだが、このシリアスな場で
言うべきことではあるまい。
(そっか。じゃちょっとだけ安心かな。だって士郎は……)
最後に萃香が何を言ったのか、ただひとりの例外を除いて聞こえなかった。
-つづく-
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<後書き>
難産です。
すでに26話までのあらすじはほぼ決まっているにも関わらず、この
21話と続く22話が異様に筆がノリません。
しかも今回のは(仮)バージョン。
うまく書き直せたら、修正アップします。
以下、ネタバレなので、読まないこと推奨。
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<今後のダイジェスト>
たぶん書くだけの気力があるかわからないので、一応予告など。
22話
金色の鎧の男、ギルがメッシュについて紫から警告を受ける一同。
早急に"汚れた聖杯"を確保するためにも、ムリをおして柳洞寺に向かう6人。
山門で一行を迎え撃つのは、異様に長い刀を扱う侍、アサシンだった。
23話
妖夢&士郎コンビにアサシンの相手を任せ、先へと進む凛たち。
一方、妖夢はアサシンの超絶剣技に翻弄されていた。
「その年にしてはなかなかの腕前。では、ちょっとした大道芸を披露しようか」
つばめ返しの軌跡のうち、ふたつまでは両手の剣で受け止めたものの、同時に
襲い来る3つ目の太刀筋に敗北を覚悟する妖夢。しかし、それは投影した
白楼剣を持った士郎がかろうじて受け止めていた。
寺の境内に入ったとたん、大魔術の洗礼を受ける凛たち。とっさに
アリスが張った障壁でことなきを得る……と思った瞬間、物陰から
急襲する無手の暗殺者、葛木宗一郎。そちらは咲夜&凛が受け持ち、
自然とアリス&桜は、キャスターと戦うことに。
24話
楼観剣をも投影し、刀に蓄積された戦闘経験を読み出すことで、
ふたりの戦いに介入する士郎。2対1でも強敵だったが、
何とかアサシンを倒すことに成功する。急いで境内に駆け込み
膠着状態の2組に助太刀をしようとしたとき、士郎たちだが……
25話
キャスターたちとの暫定休戦を結んだ士郎達のもとへ、予想どおり
襲来する英雄王。GOBが開かれんとした瞬間、紫が現れる。
「今宵こそ、決着をつけるぞ、盗っ人!」
26話
ギルを紫&柳洞寺組に任せ、衛宮さんチームは聖杯へ。
だが、闇に満たされた聖杯と言峰に、苦戦を強いられる。
はたして、勝機はあるのか!?