『東方聖杯綺譚』~その13~
おそらく、彼は浮かれていたのだろう。
聖杯戦争などという厄介極まりない揉め事に巻き込まれたものの、最優と言われる
"セイバー"のサーヴァントを相棒として(偶然だが)召喚し、同じくマスターに選ばれた
知り合いのふたりと共闘関係を結んだ。さらには、母代わりであり、じつは強大な力を
秘めた人外の存在であった女性も駆けつけてくれた。
彼が養父より受け継いだ理想――"正義の味方"へと至る道は未だ見えないが、それでも
この聖杯戦争を勝ち抜いて生き延びれば、何かそれに繋がるヒントが見えて来るのでは
ないか……そんな予感もあった。
彼の妹分である桜たちが、苦戦しながらも無事にランサーを下してみせたことも、
先行きが明るい証左に思えた。
だが、彼は――いや、彼らは忘れていたのだ。
いまだ、まったく正体のわからないサーヴァントが残っていることに。
* * *
「久しぶりに士郎くんの手料理が食べた~い!」という紫の主張(というより駄々)に
より、その日の夕飯は士郎が中心となって和食を作ることとなった。
メニューは鮭の切り身の塩焼き(なぜか手土産代わりに紫が新巻を1匹持ってきて
いた)と、タケノコとひじきの炊き込みご飯。食いしん坊対策に、具材のたっぷり入った
豚汁もいちばん大きい鍋に満杯用意した。箸休めに馴染みの漬物屋で買ってきた
カブの漬け物をザクザク切り、自家製のキュウリの一夜漬けと合わせて山盛りにする。
さすがに8人(例の如く藤ねえもたかりにきたのだ)分となると、ひとりでは大変で
桜と妖夢の手を借りたが、味つけその他は士郎が取り仕切ったので、紫を失望させる
ことはないだろう。
総勢8人が丸い卓袱台について「いただきます」と唱和する光景は、非常に微笑ましい
……メイド服やゴシックロリータやらの格好は少々シュールだが。
「うーん、士郎くん、また腕を上げたわね。さすがはマイサン」
炊き込みご飯の絶妙な風味にうなりながらも、口を休まず動かす紫。
「ほーんと、士郎ってば、お料理がうまくて、お姉ちゃんうれしい!」
大いにはしゃぎつつ、次々に料理を口の中に放り込む藤ねえ。
……いったい、このふたりの口の構造はどうなっているのだろうか?
「――って、アンタ、いったい誰……って、ゆゆゆ紫サン!?」
「はぁい、大河ちゃん。お邪魔してるわよ」
気さくに片手を挙げて挨拶する紫。その一方で、見慣れぬ人物の正体に思い至った
藤ねえは、ポロリと箸を手から落とす。
瞬間、ズザザサッと卓袱台から跳びすさり、正座して頭を下げる。
「お、お、お久しぶりです、紫サン!」
普段の傍若無人ぶりからは想像もつかない彼女の様子に、凜たちは驚いた。
「ねぇ、なんで、藤村先生、あんなに緊張してるの?」
「凜お嬢様、あれは緊張しているというより……」
「明らかに恐れている、わね」
小声で3人に聞かれて士郎はうーむ、と腕を組む。
「何でって……紫さんがいるときは、藤ねえは大体いつもあんな感じだぞ?」
中学のころ、何度か紫と顔をあわせたこともある桜も同意する。
「そういえば、確かに大人しかったですね、藤村先生」
首を捻る一同を尻目に、妖夢だけは憐れみの視線をタイガに送っていた。
(お気の毒に……きっと、紫様にヒドい目に合わされたことがあるに違いない)
自らも被害者だったことのある妖夢の推察は、限りなく真実に近かった。
* * *
藤ねえを紫が適当に言いくるめて帰らせたのち、一同は今夜の準備を始めた。
「そう言えば……色々あって聞き忘れてたけど、衛宮くんの魔術の特性って何なの?」
本来は大聖杯確認後に正式に同盟するはずだったのだが、なし崩し的に同盟を
組むことになってしまった凜が、改めて士郎に聞いてくる。
「あぁ、一方的に聞くのは等価交換の原則に反するわね。私の魔術特性はアベレージ
ワン。すでに見てたからわかると思うけど、おもに宝石に魔力を溜めて発動させてるわ」
「アベレージワンって……五大属性を全部使えるってことか!? すごいなぁ、遠坂!」
「フッ、まぁね。そういえば、桜、アンタはどうなの?」
「わ、私ですか? 私は一応、間桐では蟲使いと水元素を仕込まれてたんですけど、
どうもいまひとつ体質が合わなかったらしくて……」
「すでに私が間桐の干渉をできるだけ排除してあるから、本来の属性である"架空元素"
が復活してるはずよ。とはいえ、アレはなかなか扱いが厄介だから、一足飛びには使い
こなせないだろうけど」
ことが魔術がらみとあって、アリスも口を挟んでくる。
「架空元素って、影とか霊とかに関わるものだろ? すごいじゃないか、桜!」
目を輝かせて我が事のように喜んでくれる士郎の言葉に、桜は照れ臭そうに目を
伏せる。
「あ……ありがとうございます、先輩。でも、まだまだですから」
そんなふたりを見て、複雑な表情を浮かべる凜。
「で、結局、士郎さんの特性は何なのかしら?」
このままでは話が進まないと思ったのか、咲夜が凜の質問を繰り返した。
「そうですね。私もサーヴァントとして士郎様の魔術の傾向を知っておくことは
有用だと思います」
「そんな大層なものを期待されても困るんだけどなぁ」
妖夢にまで促されて、士郎は頭をかく。
「俺が得意なのは"強化"。物体の強度を上げる基本的な術がメインで、自分や
他人の肉体的能力を引き上げることもできる。あとは、ちょっと特殊な"投影"と、
一応"変化"もできるぞ……成功率低いけど」
最後の部分はボソッと小さな声で言ったため、そばにいた妖夢以外には聞こえ
なかったようだ。
「強化と投影ねぇ……また、地味なのと効率悪いものを。まぁ、いいわ。とどの
つまり魔術師としては半人前ってことね」
「まぁ、ありていに言うと……。でも、俺、魔術師っていうより魔術使いってほうが
正確だと思うぞ。"根源"とか目指す気ないし」
「なによ、それ……」
言いかけて凜は、言峰の言葉を思い出した。
(あの男の夢はな、凜。"正義の味方"になることなのだ)
「……ま、衛宮くんは、それでもいいのかもね。とにかく、聖杯戦争じゃ、多少の
強化くらいじゃ……」
「そうとも言えないでしょう。とくに私のように接近戦を挑むタイプのサーヴァント
にとっては、いくらかでも衣服など強化してもらえるのは助かります。それに、サー
ヴァント自身にとっては微々たるものでも、マスター自身の身を守るには、決して
無駄にはなりません」
頭からクサそうとした凜の言葉を、妖夢が遮る。さすがにマスターを無能呼ばわり
されるのは見過ごせないらしい。
ムッとして反論しようとした凜の言葉を、今度は別の声が封じた。
「――そうね、それに士郎くんの投影を見たら、そんな言葉は言えなくなるのじゃない
かしら?」
声の主は、一同の準備に加わらず、お茶の間でドラ焼きをパクつきながらテレビを見て
いた紫だった。家を守っていると言った言葉を実行するつもりらしい。
「?」「紫さん!」
よくわかってない風の士郎と、咎めるような桜。
(何かあるって言うの?)
いずれも一筋縄ではいかないサーヴァント3人が、一目置いている大妖、紫の言う
ことだ。何かすごい隠し球があるのかもしれない……紫が親馬鹿でなければ、の話だが。
そして、さきほどからのやりとりを見た限りでは、紫に親馬鹿の疑いは濃厚だった。
「……まぁ、いいわ。いずれにせよ、サーヴァント同士の戦いに、私たち魔術師が直接
介入できる余地は少ないってことを、覚えておいたほうがいいわよ、衛宮くん」
「あぁ、わかってるさ……」
そのあとに続く士郎の言葉は、口の中だけで呟かれたので、今度こそ誰にも聞き咎め
られることはなかった。
(それでも……女の子にだけ戦わせて見てるだけなんて、できるわけないだろう?)
* * *
「結構遅くなりましたね、先輩、姉さん」
「そうね。そういえばアリス、大聖杯ってどこにあるの?」
「言ってなかったかしら? 柳洞寺よ」
「な「なんだってーーーーっ!?」」
士郎が大声をあげる。
「あそこは、一成や親父さんたちがいるんだぞ!」
中学以来の親友の実家が目標地点と聞かされて、さすがに狼狽えているようだ。
「柳洞寺住職たちのことかしら? それは大丈夫。大聖杯があるのは地下だし、
まだ直接影響が出ているということはないはずよ。それに……多分、住職は
そのことを知っているから」
アリスによると、この冬木の霊力の流れの集積地として、もっとも目立つのは
遠坂邸だが、実は柳洞寺もそれに匹敵する霊地なのだという。ここ数十年で来た
新参者ならともかく、柳洞家は江戸時代以前からこの地に根づいていた旧家だ。
当然、その霊地を守護/管理する一族として、下手すれば聖杯戦争以前から機能
してきたはずだ。
「まぁ、伝承が疎かにされていなければ、という但し書きがつくけれど、ね」
さらに言うなら、このテの秘密事項は一子相伝なのがふつうだから、まだ
学生の身である一成が知っているかどうかは、はなはだ怪しい。
もっとも、士郎にとっては、親友の実家までが聖杯戦争に関連があったという
だけで十分混乱しているようだ。
何とか、心の整理をつけ、士郎が何事かを言おうと口を開いた瞬間――。
「ねぇ、お話は終わった?」
幼く愛らしいが、それでいてどこか落ち着かない響きを秘めた声が、
一行に呼びかけてきた。
ハッ、と士郎が顔を上げると、緩やかな上り坂のうえに、お揃いのコートを
着たふたりの少女が立っていた。
一見したところ、10歳くらいの、よく似た背格好の女の子たちだった……
その片方の頭に、2本の角さえなければ。
「こんばんは、お兄ちゃん」
角のない方の少女が、月を背にしてひっそりと笑う。
それが、最強のサーヴァント"バーサーカー"を連れた少女……イリヤスフィール・
フォン・アインツベルンとの出会いだった。
-つづく-
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<後書き>
仕事が忙しくて、しばし間が開いてしまいましたが、13話です。
うーむ、やはり6人まとまって行動させるのは難しいですな。どうしても
目立たないキャラが出てきます。今回は意識して、「Fate」キャラを優先させた
つもりですが……やはり、地味だな、桜(ヒドっ!)
また、ゲーム本編のアーチャー(英霊エミヤ)がいないことで、伏線面での
進行がスムーズにいかないことを、書きながら痛感してます。さすが(?)守護者。
とりあえず、ようやく次回がバーサーカー戦。ここまで順風満帆だった
衛宮同盟にも、初の危機が訪れる……はずです。
乞う、ご期待。