『東方聖杯綺譚』~その10~
「さぁ、みんな、準備はいい? カチコミかけるわよ!!」
(どうします、先輩?)
(どうって……止めてもムダっぽいぞ)
(……ですよねぇ)
桜とアイコンタクトをかわしながら、溜め息をつく。
どことなく、朝晩メシをたかりに来るトラと似てなくもない、怪しい気合いを
爆発させる凜を見ながら、士郎はまたひとつ"憧れの優等生"に対する幻想が
ガラガラと崩れ落ちてくいくのを感じていた。
* * *
結局、なし崩し的に、凜の提案(というより強制に近いが)に従って、新都の方に
行くことになったものの、その際、ちょっとしたアクシデントもあった。
咲夜やアリスはともかく、妖夢が霊体化することができないことが、判明したのだ。
いや、厳密に言うと、霊体化そのものはできる。できるのだが……。
「プッ…あはは、何それ!?」
「……えーと、でっかい人魂?」
思わず笑いだす凜や、呆然とした士郎を尻目に、アリスと咲夜は顔を見合わせた。
「あれは……」
「えぇ、きっとアレね」
そこに浮かんでいたのは、青白い光を発する光の塊り……幻想郷にいたころ、妖夢
の周囲をつかず離れず飛んでいた、半人半霊たる妖夢の半身である白い霊魂だったのだ。
(え? え!? 私、どうなったのですか?)
どうやら本人に自覚はないらしい。
通常、サーヴァントが霊体化すれば不可視となり、そのマスターと同じサーヴァント
同士でもなければ、その存在を確認できなくなるものだが……これでは台なしだ、
いろんな意味で。
「――どうやら、妖夢の半幽霊という特性が、意外な形で発現したみたいね」
士郎に説明されて落ち込む妖夢に、アリスの解説がとどめをさす。
「うぅ……私、ここでもやっぱり半人前なんですね」
「そ、そんなことないって。妖夢は十分よくやってくれてるから!」
"ここでも"という言葉が気にはなったが、とりあえず士郎は必死でフォローする。
「ところで姉さん、みんなを霊体化させることに何か意味があるんですか?」
「何か意味って……あのねぇ、サーヴァントを人目にさらして連れて歩けるはずが
ないでしょう」
「? なんでさ、遠坂」
「なんでって、アンタねぇ……」
言いかけて、ふと考える。
外套さえ羽織っていれば、咲夜が別段人目をひかないことは、すでに一昨日の
巡回で証明済みだ。妖夢はごく普通にその辺を歩いている少女とさほど変わらない
カッコだし、アリスの服にしたって多少少女趣味だが、いまどきはもっとすごい
ゴスロリドレスを着た女性が、繁華街を闊歩したりしている。
結論。"ヘンな格好して目立つ"ということはないだろう。
逆に、霊体化することのデメリットは、以前咲夜と外出したとき考えたとおり、
不意打ちへの対処が難しくなることだ。
ここにいる以外のマスターは、綺礼を除くと3人。その3人やサーヴァントが
彼女たちの姿を見た場合、サーヴァントであることには気づくかもしれないが、
クラスや真名にはたして気づくことができるだろうか? いや、まず無理だろう。
そうなると、霊体化することに、デメリットばかりあってメリットはないことになる。
「……そうね、私が悪かったわ。このまま出かけましょ」
* * *
言峰のいる教会に来るまで、大きなトラブルはなかった。
生まれて初めてバス(というかクルマ)に乗る妖夢が隠そうとはしていたが、微妙に
はしゃいでいたり、車内で咲夜に痴漢を働こうとした愚か者が、女性陣に袋叩きに
されたうえ、警察に突き出されたりといった、微笑ましいエピソードはあったものの、
とりあえずは大過なく、教会の見える場所まで来ることはできた。
「さて、ここからは敵陣と思ったほうがよいわね。綺礼を問い詰めるのに、わたしと
咲夜は決まりとして、桜とアリスか、衛宮くんと妖夢のどちらかは、警戒のために
外に残っていたほうがいいわ」
「でしたら、私たちが残りましょう。ああいう手狭な場所で戦うのは、私より妖夢
のほうが適任でしょう? 私の魔術だと建物ごと吹き飛ばしかねないから」
とんでもなく物騒なことをサラリと言うアリス。
「幻想郷(ほんば)仕込みの魔術かぁ、見てみたい気もするけど……でも、それが
妥当ね。衛宮くんも、いい?」
「ああ、構わない。俺も、その神父に聞きたいことがあるから。妖夢、ついて来て
くれるか?」
「もちろんです。私は、士郎様の剣にして盾。何があっても、士郎様をお守りして
みせますから」
力み返る少女剣士に、士郎は微苦笑する。
「いや、とりあえずは話し合いにいくんだけど……まぁ、いいや」
「じゃ、行くわよ!」
凜を先頭に、何かあれば彼女を庇える位置に咲夜がつき、その次が士郎、
しんがりを妖夢が警戒するというRPGさながらのフォーメーションで、
彼女たちは教会の扉口へと近づいていった。
「――で、私に用があるんじゃなくて、ランサー?」
4人の姿が扉の中に消えると同時に、アリスがなんでもないことのように
傍らの茂みに声をかける。
「チッ、お見通しかよ」
茂みをガサリとも言わせずに、軽快な動作でランサーがふたりの前に姿を現した。
「まぁ、おおよそ見当はついているけど、一応聞くわ。ご用は何かしら?」
「ハッ、話が早くて助かるぜ。お察しのとおりさ。俺と一戦交えてもらおう」
陽気な笑顔のまま、右手に槍を出現させる。
「身ごなしをみたところ、武人って感じじゃねぇが……魔術師か? キャスターは
すでに別にいるのを確認してあるから、あとはライダーしか残ってないはずだが」
「さて、ね。私のクラスが何なのかは、これから試してみればわかるんじゃない?
……桜、下がってて」
「わかりました、アリスさん。あの……気をつけてくださいね」
「心配しないで。わかってるわ。奥の手もあることだし、ね」
ニッコリ笑うと、安心したのか桜が教会の建物のそばまで後退する。
それを見届けたあと、表情を消してランサーのほうに向き直る。
「おーい、もういいか?」
「あら、待っててくれたの? 意外に紳士ね」
「おいおい、その言葉を聞かされたのはふたり目だぜ。俺ってそんなに卑怯な男に
見えるのか?」
「うーん、どっちかって言うと、卑怯と言うより……野蛮?」
「抜かせ!」
腹を立てたランサーが槍を構えて突っ込んでくる。
それがふたりの戦いの開始の合図となった。
* * *
広い荘厳な礼拝堂だった。
これだけの規模の聖堂を維持するには、さぞかし多くの信徒を集める必要が
あるだろう。そこを任されているのだから、ここの主はかなりのやり手なの
かもしれない。
「なぁ、遠坂、その言峰って、どんな人なんだ?」
堂内に満ちた荘厳な雰囲気にやや気圧されたのか、士郎が口を開く。
「言ったでしょ。兄弟子で一応師匠。さらに言うならバリバリの代行者よ」
「いや、そうじゃなくて、性格というか人格というか」
「そうね、アイツとはもう十年来の腐れ縁だけど、いまだよく掴めないわ。
できれば知り合いにはなりたくなかったことだけは確かね」
「――同感だな。私も師を敬わぬ弟子など、持ちたくはなかった」
かつんという足音。
彼らが来たことに気づいたのか、祭壇の裏からカソックをまとった男が
姿を見せた。
錆びた声で問いかける。
「凜よ、再三の呼び出しにも応じないと思ったら、また珍妙な客を連れて
来たな。彼が"7人目"か?」
-つづく-
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<後書き>
てなわけで、ついに次回はアリスvsランサーの真剣勝負(ガチンコバトル)と
凜vs言峰の舌戦(エッ、士郎たちの立場は!?)をお届けします。
ようやく、ランサーが全サーヴァントと戦うノルマが達成できたわけです(笑)。
(バーサーカーとも戦ってます。ほうほうのていで逃げ出しましたが)
ちなみに、妖夢がゲイボルグの1撃で死ななかったのは、どなたかが推察
されていたように、彼女が半人半霊だから。人としての部分、あるいは幽霊
としての部分、いずれかを"殺され"ても、他方が無事なら、ノーダメージでは
ないものの生き延び、自己修復が可能……ノリとしては、「エヴァ」の分裂使徒
イスラフェルを思い浮かべていただければ、近いかと。もっとも、これは、
私なりの解釈ではありますが。
さて、アリスには、ゲイボルグを凌ぐ秘策があるのか、それとも宝具を
使わせる前にカタをつけるつもりなのか……次回にご期待ください。
多分、GW中にもう一回更新できるかと思います。