『東方聖杯綺譚』
遠坂凛は、優秀な魔術師である。
まだ若年ながら、その力は、自らがセカンドオーナーを務める冬木の地で
聖杯戦争に参加するに足る……すなわち、サーバントを召喚できるだけの
実力を持つことからも、容易に推察できよう。
「……抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
(かんっぺき! 間違いなく最強の札を引き当てたわ!)
しかし、もうひとつ忘れてはならないことがある。
ドカーーーン!!!
「な、何? なんなの!?」
遠坂凛は、先天的な大ポカ体質なのだ。
* * *
(あぁ、もうっ、腹が立つっ!)
彼女――凛は、口には出さないものの、心の中で悪態をつきながら、地下室の
階段を駆け上がった。
わかっていたことではあるが、遠坂の血に潜む「大事なときに限ってミスをする」
体質が、心底憎い。
今回の召喚には、万全を期して、手持ちの宝石から良質のものを上から数えて
20個つぎ込んだのだ。これで最優のサーバント"セイバー"を引き当てられなかった
のなら、間違いなく大損である。
「ああっ、もう! 邪魔よ!!」
廊下のところどころが崩れた中、ひん曲がって開こうとしない居間のドアを
苛立って蹴破る……と。
「あらあら、随分乱暴な入り方ね」
天井や壁の一部が崩れ、家具の大半が倒れた中、奇跡的に無事だったソファー
には、見慣れぬ服装をした人物が座っていた。
紺色のワンピースと白い半袖のブラウス。腰から下には、同じく白のエプロンを
着け、胸元には黒いリボンタイ。銀色の髪の左右を三つ編みにしてリボンを結び、
頭頂部にはホワイトプリムを着けたその姿は……紛うことなく、メイドであった。
ややスカートが短めであることを除けば、おそろしくトラディショナルなメイド
スタイルだ。それも、コスプレ喫茶あたりのなんちゃってメイドさんとは格が違う、
完全で瀟洒な雰囲気が漂っていた。
「え、えーと……あなた、誰?」
「誰、とはご挨拶ですわね。人に名前を尋ねる時の礼儀をご存知ないのかしら」
あくまで優雅に、しかし僅かな軽侮を込めて問い返されて、凛の頭に一気に血が
上った。
「いいから、答えなさい! あなたがわたしのサーバントなの!?」
「その言いようからして、貴女が私のマスターのようですわね。本来ならお嬢様
以外に仕えるいわれはないのですけど……。まぁ、よいでしょう。しょせん、この
身はただの模造品(コピー)。数週間の戯れに付き合うのも悪くはなさそうです」
意味不明なことを呟いたのち、メイド姿の女性は立ち上がり、スカートの裾を
摘まんで恭しく頭を下げた。
「令呪とパスを確認しました。貴女をマスターと認めます。お名前をお伺いして
よろしいでしょうか、マスター」
「え、あ……り、凛よ。遠坂凛」
態度を一変させたメイドに戸惑いながら、凛は名乗った。
「では、以後、凛お嬢様と呼ばせていただきます。サーバント"アーチャー"、
此度の戦いにて、貴女の剣となり、盾となることを誓いましょう」
「ええ、よろしく……って、あなた、アーチャーなの!?」
「はい、そうですが……何かご不審でも?」
「い、いえ、なんでもないのよ、うん」
(てっきりイレギュラークラスで"メイド"あたりじゃないかと冷や冷やして
たけど……三騎士のひとつ、弓騎士(アーチャー)とはね。まぁ、たしかに
"メイドの英霊"なんているわけないか。セイバーじゃなかったのは痛いけど、
召喚をミスったにしては上出来だわ)
「それで、"アーチャー"ってことは、弓が主武装なの?」
「いいえ、私の武器は、これですわ」
凛の問いに、アーチャーがどこかからともなく取り出して見せたのは、
銀色に光る小振りな刃物だった。
「……銀のナイフ?」
「正確には、投げナイフです。十分な呪力が込めてありますから、概念武装
として魔の者や妖怪だってたやすく屠れますよ」
複数のナイフを器用に両手の間でジャグリングして見せる。
なるほど、確かに、アーチャーの第一条件は、"遠隔攻撃能力"だ。
落ち着いてよく見れば、目の前の女性"アーチャー"から伝わってくる魔力の
気配も人間とは到底思えぬほどに高い。
優美な外見とはかけ離れた、危険な戦闘力の一端がうかがえた。
「それが宝具なの? それほど強力には見えないけど……」
「これはあくまで通常時の武器ですわ。私の宝具は、武器の形をしているわけ
ではありませんので」
「武器じゃないって……じゃあ、盾とかの防具ってことかしら」
「いいえ、コレです」
アーチャーが取り出して見せたのは、5枚のカード。
「正確には、この札そのものではありません。この"スペルカード"が象徴して
いる術そのものが、私の宝具なのですから」
「へぇ……」
大いに興味をそそられたが、召喚の反動か急激に眠気が襲ってくるのを感じ、
凛はひとまず休息を取ることにした。
「詳細は、明日の朝聞かせてもらうわ。魔力と体力が限界みたいだから、
寝るわね。アーチャー、部屋の片づけをお願い」
「かしこまりました、凛お嬢様」
メイド姿の女性に、恭しく頭を下げられるのは何だか自分が本物のお嬢様に
なったようで、凛としてはどこかくすぐったかった。いや、一応、遠坂家は、
この冬木においてはいっぱしの名家なわけだが。
「――あぁ、そうだ……」
寝室へ向かおうと、足を踏み出しかけて、クルリと凛は振り返る。
「大事なことを忘れてたわ。あなたの真名は何、アーチャー?」
その質問を聞いて、アーチャーがちょっと困ったような表情を見せる。
「申し上げてもご存知か、どうか……私の名は、十六夜咲夜。生前……と申して
よいかどうか微妙なのですが……は、幻想郷にある紅魔館で、メイド長を務めて
おりました」
-つづく?-
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<後書き>
はい、以前からどうしてもやってみたかった、「東方プロジェクト」と「Fate」の
クロスです。凛の場合、イメージがどうしてもレミリアと重なるため(そういえば、
あのお嬢様の、ふたつ名は"永遠に赤い幼き月"でしたっけ?)、サーバントは
やはり咲夜さんにしようと、固く決意しておりました(中国、もとい紅美鈴という
線も考えましたが、不採用)。まあ、あくまで、一発ネタの読み切りってことで、
妄想のネタにでもして頂ければ幸いです。もし、続きを書くとしたら、士郎の
サーバント、セイバーは、白玉楼の庭師、もとい剣術指南役、魂魄妖夢でしょう。
丁度、東洋剣の二刀流なんで、士郎の師匠役にはピッタリかと。まだ幼い少女
(の姿)なのに剣の達人で、気真面目なところなんかも、本家セイバーと似てますしね。
あとは、バーサーカーは、「萃夢想」の伊吹萃香でいこうかなぁ……というくらい。
キャスターは、パチュリーか、それとも魔理沙か、アリスはちょっとイメージ違う
なぁ……と、じつは細かい所までは、煮詰めてなかったりします。