笛を手に、思い浮かべるのはかつての昔。―――馬鹿みたいにムシ暑かった、あの夜。持つもの何も無く。泥だらけだったガキの自分。ウチらが初めて出逢った日から、呪印が刻まれる前までの生活。夢を語り合った日々を思い出し、音色に載せる。「――――――」チャクラと共に、音色が疾走する。大気を満たす。風が吹き、束ねる紐糸が切られた多由也の髪がたなびく。艶に溢れた音色が、聴衆を、そして取り巻く世界を変質させた。~~「これは………笛の音?」突如聞こえていた笛の音に、カブトは戸惑いを見せる。その横、鬼灯水月と切り結んでいるサスケは、にやりという笑い顔を見せる。「くっ…………何がおかしいんだよ!」水月はサスケの笑みにこめられた意味を勘違いして捉えた。侮られたと思い、その笑みに怒りを見せる。一歩下がり、切り札の一つである術を使った。水遁・豪水腕の術。肉体を自在に液化させることができる"水化の術"、水月だけが使える術の応用で、腕部の筋肉を一時的に膨張・強化することができる忍術。Bランク、高等位にあるその忍術によって強化された腕が、大刀を握り締める。そして掛け声と共に、振り下ろした。再不斬もかくや、かという速度で、大刀がサスケの脳天に振り下ろされる。完全に殺すつもりで放っている。そうでもなければ止められないと思ったのだろう。水月とて、かつては神童と呼ばれた程の才能を持っている。その才能が、眼前の敵の能力の高さを気づかせたのだった。そして、その予想を裏切ることなく。サスケは、唐竹に振り下ろされた一撃を悠々と避ける。ただの一歩、横に踏み出すだけで大刀の致死範囲から抜けたのだった。写輪眼の洞察眼と、大刀の恐怖に怖じない精神力は勿論のこと、その上に鍛えられた反射神経と筋力が無ければこうはいかない。並の中忍ならば真っ二つ、それなりの力を持つ上忍でも避けることで精一杯だったであろう。水月の一撃はそれほどに速かった。―――だが。「鋭さが無えんだよ!」サスケはもっと速く、そして容赦なく鋭い一撃を知っていた。だから速度は同じでも、鋭さに劣る水月の斬撃を恐れることはない。「しっ!」呼気と共に、上段の回し蹴りを放つ。サスケは悠々と回避しながら、攻撃の予備動作を取っていたのだ。踏み出された足を軸に全身を回転させ、常人ならば必殺の回し蹴りを放った。回避できないタイミング。だが、足の先に期待していた手応えはなかった。ぱしゃり、という音と共に、水月の顔が弾けて水になる。「!!」サスケは目の前のあまりの光景に、驚きを隠せないでいた。というか見た目がすごくグロいのだ。予想外すぎるそれは、サスケの集中力を一瞬だが奪った。その間に、水月はサスケから距離を取る。「ちっ!」サスケも舌打ちしながら一歩後退し、体勢を立て直す。「………やるね。うちはサスケ」「お前もな………っと、そういえば名を聞いていなかったな」「………鬼灯水月だよ」「そうか。じゃあ、水月よ」サスケは立ち塞がる敵の名を呼びながら、刀を握っている手に力をこめる。サスケは、どうにも嫌な予感がしてたまらなかったのだ。それはまるで、死神に心臓を握られているような感覚。だから、一秒でも速く駆けつけなければならない。サスケには今、自身の安全、いや命よりも大事な失いたくない相手が居るのだった。だから死なせるものかと、吠える。そしてその意志を言葉にして、相手に告げた。「あいつが、待っている――――いいから、そこを退きやがれ!」~~水月とサスケが戦っている隣、待機していたカブトは、突如聞こえてきた笛の音、その音源を探る。「やはり、多由也か…………!?」同時、驚愕に眼を見開いた。「重吾達のチャクラが………弱まっていく!?」まさか、とかぶりを振る。次郎坊達に盛った薬は特性のもので、それは呪印の効果を暴走させる。体内のチャクラ流を暴走させ、呪印のチャクラ強化と共に、体内門を擬似的に開かせる効力を持っている。外部からは干渉できず、死ぬまでその効力は消えない。対象の体内に流れるチャクラ流を強引に制御する幻術は意味をなさず、過剰に負荷をかけらている身体が限界を迎えるまであの3人は倒れないはず。「だけど、これは………」戦闘の音が聞こえない。重吾や次郎坊達のチャクラは一瞬でなく、徐々に弱まっている。「笛の音で、相手のチャクラを操っているのか!? まさか、不可能だ!」暴走したチャクラは大雨の後の河のように激しく、他人がそれを制御するなど不可能なこと。だが現実、今あそこで起こっている。常識外の展開に、カブトは動揺を隠せないでいた。そこに、イタチの声がかけられる。「―――――操っているのではなく、正常に戻している。治療だよ。強引に制するのではなく、正常の状態に戻そうとしている」そう言ったイタチの足元には既に一体、強化人形が転がっていた。一体あの短時間で何をしたというのか。目にも留まらぬ早業とかけられた言葉に、カブトは冷や汗を流した。「戻している、だって? 馬鹿な、それも不可能だよ。外からだけの干渉で、元に戻れる筈が」「外だけではない。内からもだよ、薬師カブト」イタチはカブトの言葉を途中で遮り、結論だけを叩きつけた。「本人達も望んでいるということだ。自由を………いや、元に戻りたいと、そう願っている」~~やがて演奏はオーラスに入る。多由也の額からは、汗が吹き出ていた。それもそのはず、この秘術・七音に全てを賭けているのだ。残りのチャクラを使い切るつもりで奏でた音色、それは見事に4人の暴走体を捉えたのだった。演奏から数秒後、まず最初に次郎坊と重吾が。やがて鬼童丸、左近・右近の順に動きが止まった。そしてみるみる内に、全身に走った呪印の黒が収まっていく。(重吾に関しては完全に賭けだったが…………どうやら上手くいったようだな)呪印というものは持ち主のチャクラを過剰の暴走させ、強めるもの。強められたチャクラは全身を駆け巡り、持ち主の能力を高める。だがその反作用で身体が変形したり身体の色が黒くなってしまう。それは本来ならば不自然なもので、身体からすれば害にしかならないもの。多由也はその性質を知るが故に、笛の音を奏でたのだ。こめた思いは三つ。自由に成りたいという想い。身体に走る痛みから開放されたいという想い。そして、戦いたくないという想い。音色で心を揺さぶりチャクラを元に戻しながら、その効力を強めるために精神、身体そのものに訴えかけたのだ。やがて笛の音が途切れる。同時、どさりと倒れる音が4つ。呪印から開放された次郎坊達が倒れた音と、力つきた多由也がその場に座り込んだ音だった。「何とか、上手くいったな」次郎坊達は見事に共感してくれたらしく、3人は皆その場に倒れ伏していた。多由也の耳に、正常な状態へと戻った鼓動音が入ってくる。一方、多由也からすれば三つ目の想いがどうか、という不安感を持っていた重吾だが、戦闘の意志なくその場に立ちすくんでいるだけだった。「………というか、お前は何をそんなに驚いてるんだ?」呆気に取られた顔のまま、硬直を続けている重吾に、多由也は言葉をかけた。「い、いや………」硬直がとかれた後、重吾は再起動を果たす。その顔には信じられない、という表情がありありと浮かんでいた。「つーか雰囲気変わりすぎだろ。元はそんなんか、お前」先程までのひゃっはーぶりは何処に行った、と多由也は溜息をつく。「………あ、ああ」今だ信じられない重吾は、しどろもどろになるしかなかった。「はっきりしない奴だな………まあ、いいか。それよりもお前、まだ戦るのか?」「………やらない。というよりは、出来ないようだ」重吾は自らの身体を見ながら、そう返事をする。「呪印が抑えられている……お前の笛の音のおかげだ」「そーかそーか。それは何よりだ。というか、お前自身は戦う気は無かったってーのかよ」「………呪印を抑えてくれる大蛇丸様の、恩義に報いたくてな」「あのカマやろーがそんなタマか。お前、利用されてるだけだっつーの」「そうだろうな。それでも――――」「ああ、いいや。戻ったんならどうでもいいさ。それよりも――――」多由也は立ち上がり、重吾に問う。「ウチの笛、良かったか?」その問いに対し、重吾は間髪いれずに答える。考えるまでも無い、即答だった。「ああ、素晴らしかった」真剣に答える重吾。それに対し、多由也は満面の笑みを浮かべる。「なら、良かった」そして再び、風が吹いた。3年前に比べればかなり伸びた、多由也の髪が風にたなびく。「――――――」可愛いではなく、綺麗といえる、整った容貌。そして何より、誇らしげな笑顔が重吾の眼に入る。その含むもの一切ない純粋な砲弾は、重吾の胸を直撃して、四散して弾けた。重吾の心の中に響き渡る衝撃。それと共に、雷が走った。言いようのない感情が、重吾の胸を駆け巡る。多由也はそんな重吾の内心の動きを知ることなく、まずは仲間と合流しようと、そのまま立ち去ろうとする。――――そんな時だった。多由也の耳に、複数の足音と話し声が入ってきた。大半が、多由也の知らない者によるもの。だが一人だけ、多由也が知っている"音"があった。それは、まだ幼い女の子の声。少し前にきいた、先日まで落ち込んでいた少女の声だった。多由也は声と人数と話しの内容から、近づいてくる集団の目的と、おおよその事態を察する。そして逡巡すること、数秒。その後に、集団は森の中から姿を表した。「………多由也さん!」「ホタル!?」網に所属している金髪の少女、ホタルが音の忍び達に捕まっているのだ。後ろでに縛られ、無理やり連れてこられたようだ。――――人質か。ホタルの嫌がる声と、音忍達の「大人しくしろ」という声は聞こえていた多由也。まさか、とは思ったが故の逡巡の後、実際に目の前に突きつけられた事態に対し、怒りを顕にする。「おっと、動くなよ」音忍の忠告を聞いた多由也が、怒りのまま前に踏み出そうとしていたその足を止める。見れば、ホタルの首筋にはクナイが添えられていた。頚動脈の横だ。身体が未成熟なホタル、一度その太い血管を切り裂かれれば、ひとたまりもあるまい。「ちっ………お前ら、一般人を巻き添えにするのかよ」忌々しげに吐き捨てる多由也の言に、音の忍び達は嘲笑を返す。「ふん、これも大蛇丸様の為だ。手段はどうでもいいのだよ」「そう、目的こそが重要なのだ。それにこのガキはお前の関係者だ」「無関係ではあるまい。それで、どうする? 大人しくするか、それともこの少女を見捨てて戦うか」「ひっ………」ホタルの首筋が、僅かに切り裂かれる。赤い雫が一滴、首筋を通り服の下へと滑り込んで行く。「っ、やめろ!」多由也は、音忍に対し叫ぶ。そして背後、後方の音を探る。(誰か近づいてやがる………これは――――――)仲間かもしれない。一瞬だけ抱いた期待だが、しかしそれは泡へと消えた。やってきた相手に、音の忍びが役割を果たしたとの報告をする。「カブト様、人質の少女の捕獲を完了しました」「ご苦労。それと、うまくいったようだね」「あちらの方は?」「水月と人形達が頑張っているよ。だが旗色が悪い」だから足止めを置いて、こちらに移動してきた。カブトはそういいながら、多由也の方を見る。「おい、そこの糞メガネ。これはいったいどういうつもりだ?」「………久しぶりの再会だってのに、出てくるの言葉がそれなのかい? ―――口の悪さは昔と同じ、変わっていないね」「はっ、余計なお世話だよ。根暗メガネとの再会を喜ぶような趣味なんか持ち合わせていねえし。それよりも………さっきの質問に答えやがれ」「フン、見て分からない? 分からないのなら、それでいいよ。どのみち知ったところで、君にはどうする事もできない」余裕の笑みを浮かべるカブト。それに対し、多由也は舌打ちを返すことしかできなかった。事実、その通りだからだ。多由也はチャクラをほぼ使いきっており、完全でない状態で無茶をしたせいか、身体は重たく走ることもできそうになかった。「ああ、ヒントを上げよう。わらしべ長者っていう話を知ってるかい?」「………ホタルを盾にウチを捕まえ、ウチを盾にサスケとイタチさんを、って事か」多由也は相手の言いたいことを即座に理解し、口に出した。カブトは満足そうに頷きを返す。「相変わらず、頭がキレる。それに、この3人の暴走を収めた笛の術といい………昔とは違うね。本当に成長したようだ。呪印の力も借りず、よくここまで………」カブトが話している言葉、途中のところで多由也は割り込みの声を入れ込んだ。「逆だよ。あのクソ呪印から開放されたから、ウチはここまでこれたんだ」「いやいや、そんなことは無いよ。君のその笛の術と呪印の力を合わせれば、更なる高みへと達することができるだろう………そこでだ」名案を思いついた、とばかりにカブトが言葉を走らせる。「サスケ君と一緒に、音に戻ってくるつもりはないかい? こちらにはその用意がある」今ならば僕としても口添えはできるよ、というカブトの提案。それを、多由也は一蹴した。「一昨日きやがれよ薬馬鹿のゲスメガネ。いやむしろ来んな、大蛇丸の所で一緒に丸まってろ、とぐろメガネ。あんなクソ貯めに戻るくらいならな。それこそ"死んだ"方がマシなんだよ」「………ずいぶんと、言うね。それは君を助けたっていう、あの金髪の悪魔の影響かい?」「ああ、ナルトか? ―――違うよ。お前がクソだっていう気持ちは、ウチ自身のもんだよ」「ふん………でも、今はあいつもいない。それで………今がどういう状況か本当に、分かっているのかい!?」言葉と同時に、カブトは多由也の腹に蹴りを叩き込んだ。折れている肋を蹴られた多由也は、叫びを上げながら後方へと転がっていく。「………ずいぶんと、温い、蹴りだな。所詮は大蛇丸程度の右腕にすぎない、ってーことか?」挑発をする多由也。耳にした音の忍びが、それに反応する。「貴様! 裏切り者の分際で!」激昂する音忍。それをカブトは、手で制した。「よせ。所詮は挑発だ、のるな。それよりも己の役割を全うしろ」カブトは激昂しかけた音忍達を落ち着かせる。同時にカブトは、多由也はもう策を持っていないことを確信していた。チャクラも少なく、また軽くない怪我を負っているのを、今の一撃で見破ったのだった。反撃もできず、受身もとれていない多由也を見てそう想うのは、無理もないところであった。これで上手くいく。カブトは勝利を確信し、思わず笑みを浮かべてしまった。「………ストップだ。」笑うカブト。その前に、一人の男が立ち塞がった。「………無茶はよせ。この人はけが人だ。肋が折れているんだぞ。乱暴して折れた肋骨が内臓に突き刺されば、死んでしまう」敵であるはずの重吾は転がっている多由也を背に庇い、カブトに対して静止の言葉を投げかける。「………どういうつもりだい?」カブトが予想外だ、という顔になる。「どうもこうも無い。これ以上は不味いと言っているだけだ」「……殺人衝動も収まっているようだし………いいや、今はいい。そこをどいてくれ」「しかし――――」「いいから――――」「重吾、貴様――――」止める重吾と、裏切り者を許せない音忍達と、諌めるカブトの間で口論となる。まとまりのない、音の忍びの弱さが露呈した瞬間だった。そしてその背後で、多由也は機有りと判断する。多由也は地面に転がりながらも、笛を握り締め、術を使う。『………ホタル、聞こえるか』秘術・音遠投写の術。多由也はホタルだけに聞こえるように、言葉を伝える。簡易版のため、言葉は小さく持続時間も極小だった。それにチャクラの消費も激しい。『今しかない。奴らに隙をつくる。サスケも後少しで到着する………出来るな?』端折った多由也の言葉に対し、ホタルは頷く。『はい。私だって、ウタカタさんと一緒に修行した身です』『なら、頼むぞ………全速だ。逃げる事だけに、全精力を傾けろ。出し惜しむなよ』『はい! それよりも、こんな………すみません』『お前が謝るな。謝るのは巻き込んでしまったウチの方だ………それより、あと5秒後だぞ』そこで言葉を切り、多由也は笛を握った。多由也のチャクラは残り少なく、忍具袋に入っている兵糧丸を使えば一曲だけ奏でられるだろうが、その隙を見逃す相手ではない。だから、賭けるしか無い。そう判断した多由也は、心の中でカウントダウンを始めた。(これは、罰だ。ナルト達には気をつけろと言われていたのに………)それなのに多由也は、警戒を怠った。浮かれ気分のまま、迂闊な行動に出てしまったのだった。(あの二人がくれば何とかなる………それにあと20秒程稼げれば、ここに到着する、か)音からサスケ達との距離を割り出した多由也。(でも、ホタルが捕まったままじゃあ、無理だ)だがそれに甘えることは許さないと、眼に意志の炎をともす。どのみちホタルが捕まったままならば、自分たちは動くことができないと判断したのだ。一方、揉めていたカブトと重吾。カブトが重吾を強引に横に押しよけ、道を譲らせていた。当然、視界に入るのは多由也の姿。「――――不味い! 全員、耳を………」忠告の言葉。だがそれは一瞬遅かった。多由也は即座に笛を口に持って行き、思いっきり吹いた。直後、甲高い一音が周囲の大気を震わせる。極まった高音の砲弾が、周囲に居る全員の鼓膜を震わせた。――――裏秘術・一音。五音や七音という、癒しの音韻術の研究中に生まれた術で、多由也にとっては邪道といえる術だ。この術はチャクラで増幅された高音を特定の相手にぶつけることによって対象の鼓膜を震わせ、三半規管を僅かに揺らすことができる。だが効力はほんの一瞬で、並の忍びでも数秒あれば元の状態に戻ってしまうほどに短い。使いどころも難しく、一対一では意味がなく、およそ使えないというカテゴリに分類される術だと言える。しかしこの場においては、最善と言える術でもあった。ホタルは視界と意識を揺らされて僅かに緩まった背後の忍びの腕を解き、斜め前方に疾走する。チャクラを全開に、安全域へ一直線に走る。音忍はホタルの事を一般人だと思い込んでいたため、初動が遅れる。そして予想外の速さで疾駆するホタルへ、すぐに追いつけないでいた「クっ…………!」多由也の方は痛む身体を引きずりながら、忍具袋からクナイを取り出し、ホタルの走る方向に向って疾走を開始する。「させるか!」自己治癒に優れるカブトは誰よりも速く立ち直り、走るホタルの足目掛けて千本を投げつけた。「きゃっ!?」投げられた千本は寸分違わずホタルの足を貫き、ホタルは痛みのあまり足をもつれさせ、そのまま前方に転倒してしまった。「くっ!」一方、二度目の投擲は許さないと、多由也がホタルの元へ煙玉を投げつける。白い煙が立ち込めた。「逃がすか!」それを見た多由也が、転んだホタルの元へ、走る。ホタルを抑えていた音忍が、再び捕まえるべく、走る。距離は多由也の方が近い。一歩速く駆け込んだ多由也は、音忍の正面に立ち塞がり構えた。音忍が叫ぶ。「そこをどけ!」「お前がな!」譲らない二人は、正面からぶつかりあった。多由也は歯を食いしばり、右手のクナイに力を入れる。対する音忍はクナイを握り、更に足を早める。そのまま、二人は激突した。森に、鈍い音が響き渡る。「くっ………」やがて、数秒の後。煙が晴れた。誰ともしれないクナイが地面に落ち、キンという甲高い音が鳴る。間もなく、音忍の膝が折れた。ゆっくりと、前のめりに地面へと倒れて行き、そのまま地面に横たわる。そして、動かなくなった。もう一方、多由也の方は倒れてはいなかった。「多由也さん!」ホタルが喜びの声を上げる。多由也の方が打ち勝ったと思ったが故の言葉だ。事実、多由也の背中は崩れずそのままで、地面に倒れ伏してはいない。「…………?」だがホタルはそこで、疑問を抱いた。何やらぽたり、ぽたりと、いう音が聞こえるのだ。周囲ではカブトを含む全ての者が、驚愕の表情を顕にしている。それを見たホタルは何が起こっているのか、より一層わからなくなる。その答えを知る機会は、すぐに訪れた。「―――――ごふっ」多由也が咳をする。と、その場に尻餅をついた。「多由也、さん?」ホタルの眼に、赤いものが映る。かけられた声に反応し、多由也が振り返ろうとする。だが、それは叶わない。多由也はそのまま、振り返ることもできず、ゆっくりと後ろ向きに倒れ込んだのだ。「―――――え?」倒れた多由也の胸の中心。そこから、水が噴出していた。その赤い液体は身体を沿って流れ、やがて地面にたどり着き、池となっていた。そして鼻に感じるのは、独特の―――――鉄の臭い。ホタルは、絶叫した。~~~~「悲鳴? ――――ホタルか!」水月を雷遁で打ち倒したサスケは、人形を昏倒させたイタチと共に、多由也の元へと向かっていた。そして現場にたどり着く直前、覚えのある声を耳にする。サスケとイタチはその声の持ち主を断定したと同時、互いを顔を見ると頷きあい、更に速度を上げた。現場手前で足に力をこめ、跳躍。悲鳴の後、僅か数秒での到着。たどり着いたさき、サスケが見たものは、色々あった。一つ、その場に立ちすくむ音の忍び。一つ、巨漢の男。一つ、水月達を置いて逃げた薬師カブト。そして、最後。サスケの視界の端に、鮮烈な赤色が映る。「―――――え?」充満する鉄の臭い。赤い池。その上に、目的の彼女が横たわっていた。「――――」それを見たイタチの方も、声を無くしていた。二人は、網の少女、ホタルを見た。そしてその隣に横たわっている、赤髪の少女の姿をはっきりと見た。――――そして。胸に深々と突き刺さっている、鉄の塊を見た。サスケが駆け出す。音忍が、そこに割り込んだ。「貴様、ま「退け」ぎっ!?」咄嗟にサスケの進路を塞ごうと前に出た音忍は、無造作に振られたサスケの一撃によって、音もなく弾き飛ばされた。一方、カブトはイタチの足元を凝視している。視線をあわせると、月読に取り込まれるからだ。カブトにしても、多由也の方は気にしないでいた。医療忍者である彼の目から見ても、多由也がもう間に合わないことを察していたからだ。チャクラが、徐々に小さくなっているし、鼓動の音も弱まっている。これでもう、人質を取る策は使えなくなったと、人知れず舌打ちをしていた。(人質が使えないのであれば、逃げるか、戦うかしかないか)カブトは、残るホタルの方は、サスケに対する人質には成り得ないと判断していたのだった。そしてカブト以外の音忍は全て、イタチが放つ殺気に呑まれ、動けなくなっていた。裏切り者の死を喜ぶ暇も無い。全身に突き刺さる殺気に抗おうという思いだけで、精一杯になっていた。そんな、不自然な静寂が場に満ちる中。サスケは、横たわる多由也の元へとたどり着く。そして横たわる多由也を片腕で抱き、持ち上げた。「お、そかったな………」声も絶え絶えに呟く、多由也。サスケはその胸に突き刺さっているクナイを見ると、声にならない悲鳴を上げた。クナイは心臓の上にあった。根元まで突き刺さっている。誰がどう見ても、手遅れ。紛う事無き、致命傷であった。「み、てのとおり、だ………ドジっちまった、よ」切れ切れに、多由也が話す。口からは、血が溢れていた。「しゃ、しゃべるな。いま医療忍者を――――」「ムリだよ。それより、あいつら、あのデブ達3人を頼む。あと、あそこにいるうすらでかいやつと、草むらにころがってる、赤い……げほっ、ぐ」「っ喋るな! 大丈夫だ、気をしっかりと持て! 助かる、絶対に………」「赤い、女も。蛇やろーの、犠牲者だから。だから、たすけ、てやってくれ」「分かった、分かったから! 待て、頼む…………置いていかないでくれ!」サスケは、悲痛な叫び声を上げていた。脳裏に、かつての月夜が思い浮かぶ。大事な者が全員、動かなくなってしまったあの夜のことを思い出す。サスケの首筋に残っている、封印術が施されていた呪印が揺らぐ。それを察知した多由也は、喉をふりしぼって、何とか声にする。「それは、ダメだ。おしえて、もらっただろう」「だが――――」泣きそうな声を上げるサスケ。信じられないと首を振る。数時間前まではあんなに元気だったのに、と首を振り続ける。多由也はそんなサスケを見つめながら、ゆっくりと手をあげる。そしてその手でサスケ頬を撫でながら、優しく告げた。「サ、スケ。忘れるな」「何を!」「あの隠れ家の、日々だ。一緒に鍛えた………知った………」弱くとも、意志に満ちた声。「相手を憎むな、誰かのために怒れ………そうすれば、お前はつよく………誰よりも………」多由也の手から力が抜けた。腕が、地面へ落ちる。「多由也!? っ、多由也!」サスケは、何度も多由也の名前を呼び続ける。だが多由也の全身からは、力が抜けている。どこからもチャクラを感じられない―――筋肉の強ばりも、全く感じ取れない。でもサスケは叫ぶことをやめなかった。自分の腕にかかっている、多由也の―――――力の入っていない身体特有の、妙な重みを、認められない。自分の眼に映る、途切れたチャクラも、途絶えた鼓動も信じられない。あれほど煩かったのに、声もなく。今はもう、抱いても感じられない。(違う!)――――全てが、死を告げているとしても。(嘘だ!)サスケは、信じようとしなかった。しかし、状況がそれを許してくれるはずもなく。「サスケさん………」ホタルが声をかけた。だが、名前を呼ぶことしかできず、すぐに顔を背ける。「…………え」その背けた先から、人影が見える。シンとサイが到着したのであった。「無事か! ――――な」「多由也さん…………?」二人は予想外の光景を前に、絶句する。そこに、声がかけられた。「………シン、サイ。手伝ってくれ」多由也の言葉を聞いていたイタチが、シンとサイにその内容を告げる。そして、イタチは、重吾にも声をかけた。「………しか、し」重吾にも、多由也の言葉は聞こえていた。だが重吾は、イタチ達に素直についていくことができなかった。「話は後で聞く――――いいから、黙ってついてこい」静かに、怒りの声を上げる。歴戦の忍び、それも世界でも指折りの忍びが放つ本気の殺気だった。垂れ流すだけでなく、まるで刀のように研ぎ澄まされた殺気は、重吾を問答無用で黙らせた。それは背後にいるシン、サイも一緒だ。そして音忍が動けないことは、言うまでもなかった。「サスケ………多由也を」「………」無言になったサスケの肩に手を置き、イタチは多由也をこちらに渡してくれという。「そのままでは戦えないだろう。俺が運ぶから………後は、頼んだぞ」「………」「サスケ」「………分かった」サスケは立ち上がると、カブト達に背を向けたまま、動かない多由也をイタチに引き渡す。「サスケさん………」「お前も行け。ここにいたら、どうなるか分からない」「は、はい」そうして、イタチ達は撤収を開始する。サイが超獣偽画で大鳥を出し、次郎坊達を運ぶ。重吾は近くで気絶していた香燐を運び、シン達と一緒に去っていく。やがて、時は過ぎ。その場に残ったのはサスケと、カブト達音の忍びだけになった。カブトはイタチが居なくなったことに安堵の溜息をつき、やがて目の前の敵に集中を始める。彼の心の中には、あわよくば誰か一人だけ連れて帰れないものか、という思いがあった。このままでは任務は失敗、加え戦力を損失した上で手土産もないとなれば、自分が殺される。そう思っていたからだった。だからカブトは戦法の定石としてまず、挑発を始める。うっすらと笑みを浮かべ、侮蔑の言葉をつづった。「………もしかしてたった一人で、僕達をやろうってのかい? 敵討ってことだろうけど、たかが女一人がそれほどまでに「喋るな」」だがそれは途中で遮られた。問答無用の一言。カブトはそれで、挑発が無駄だということを察した。挑発をするまでもなく、サスケの怒りが既に頂点に達していることを悟ったのだった。だからカブトはうすら笑いをやめ、機を伺う。彼は、何もまともに戦うことはないと思っていた。部下たちを囮にしてサスケをすりぬけ、撤退している一団を、後方から急襲するつもりでいるのだ。カブトの力量はイタチを除けば、一番と言える。それを理解している彼は、もしかしたら一人は奪えるだろうと思っているのだった。だから後ろ向きに、音の忍び達に手で合図を送る。それは一斉に飛びかかれという合図だった。だが、その直後。「おい――――カブト。お前、何処を見てやがるんだ」怒りに染まったサスケ。一時の復讐者となった彼の勘は、ある一点をおいて最大になっていた。それは即ち、相手が何処をみているのか、ということ。対象が自分を見ているか、意識が何処にあるのか、敏感に感じ取っていた。だから、塞いだ。意識を逸らす事は許さないと、刀を握る。殺気を叩きつける。俺に貫かれ、俺に恐怖しながら死んで行け。そう、言うがために。サスケは身体の中で暴れる憤怒をチャクラに込めて、やがて炎に変換する。直後、雷文の鯉口が切れる音がする。ひゅおっ、という風切り音。斬線が地面を撫でて、納刀の音が響く。―――――直後、大気が鳴動し、斬線の跡から、猛烈な炎が立ち上った。「な…………!?」突如巻き上がり、道を塞ぐ炎の壁を見たカブトが、戸惑の声を上げた。サスケはそれに構わず、自らの生み出した炎を背後にしながら、開戦の口上を述べる。「よくもやってくれたな―――――――やってくれやがったなァッ!!」サスケは腰を落とし、構える。練られ溢れたサスケのチャクラ、そこから漏れ出た一部が雷文へと流れこむ。怒りに燃える脳髄。全身から、その意志を具現したかのよう、青く純粋な雷が迸る。そしてその輝きは閃光となって、場を照らした。「逃さねえ――――残らずここで死にやがれェッ!!」死闘が、始まった。