やあどうも。俺です。
ハイランドの兵士になって何日目かは忘れました。
あの後、タマネギ将軍は傭兵隊の砦って所に攻め込んであえなく敗走。入れ替わるようにでっかい人が攻め込んで行った。
俺はというと、見張り君との会話に花を咲かせつつ、タマネギ将軍の隊にくっついてミューズ方面へと向かっていた。タマネギ将軍はでっかい人にすごく怖い目で睨まれてたけど、俺と同じで切り飛ばされることもなく、経過はどうあれ無事に復帰、ってことになったらしい。だからタマネギの隊なのにタマネギだけはいない。ちょっと嬉しい。
そういえば、と思いついたけど、あのでっかい人って相当エライ人だってことはなんとなく分かってるけど、どういう人かは全く分からない。
俺の視点からすれば、第一印象はあのリューベでの鬼畜な言動で埋め尽くされてるからとにかく怖い人だけど、こんなに部下がいっぱいいて反乱? とかも起こらないんだから実は人気者ってこともありえるんだろうか。
素朴な疑問を見張り君にぶつけてみた。
「人気者ってのとはちょっと違うな。お前じゃないけど怖いから逆らえないっていうのが大きいとは思う。ただ、あの方にはなんていうか、ある種のカリスマ性があるから、一部の人間は憧れのようなものを持っているのかも知れない」
というお答えが返ってきた。
「逆に聞くが、お前はリューベの惨状を当事者として体験しているんだろう?」
うん、と頷いてみせる。
「それなのに結果的に殺されはしなかったとはいえ、本能的に怯えるとか、憎むとか、そういう感情が全く見えないんだよ。何かを企んでいるのか、それともどこかキレちまってるのかはわからねえけど」
でっかい人ほどじゃないけど、タマネギ将軍くらいには怖い目で睨まれた。でも、怖いのを我慢して言い返してみる。
「アンタはさ、俺がいつもあの人に呼ばれたとき、一番初めにすることが何なのか知らないからそんなことを言うんだ」
不審そうな目で俺を睨み続ける見張り君。
「怖いなんてもんじゃないんだよ。震えるとか怯えるとか通り越してもうカカシみたいに突っ立ってることしかできないんだよ。だからってそのまま突っ立ってるとどうなるか、お前に分かるか!?」
「な、何だよ。はっきり言え!」
「失っちゃうんだよ!? 男としてって言うか人間として大切な何かを! だから」
「だから?」
「トイレへ行く」
周り中の空気が凍りついた。
なんて言ってみたけど要するに、みんなまるで初めて俺が「ブタ(略)」を聞いたときのようにポカーンとしている。
いつの間にみんな聞いてたの?
「……トイレ?」
なんだよ、見張り君! バカにしてるんだな?
「そうだよ! ちょっとよく考えてみてよ? 怖いじゃん。でもプライドって大事じゃん。だから、トイレに行くじゃん。俺が人としての尊厳を保つために、トイレへ行くことで回避しようとしている事態がなんだか分かるでしょ!?」
「分かった。分かったよ。だがじゃあ、お前のあの口の利き方は何なんだ? 怖がってるどころか対等を気取ってるようにしか」
「あのさ。俺ってしがない旅行客だったわけ。アンタ達と違って軍人教育どころか、ぶっちゃけると読み書きの教育すら受けてないわけ」
なるほど。お互いに理解しあえてなかったって訳だな。道理でよく怒られると思った。主にしゃべり方で。ここは今後の俺の為に精一杯説得するしかないね。
「それでもちゃんと温泉のアルバイトとかしてたから、です、とか、ます、とかの店員さん語ならなんとか喋れるよ。あの人がエライ人なんだってことぐらいは俺でも分かってるからその程度の言葉なら頑張れば使えるけどさ。ギリギリ普通にしゃべれる状態で、それがやっとなのよ。だから怖すぎてテンパってる時までそんな言葉を使えって言われても俺、ムリ」
「ちょっと待て。旅行客って、お前、もしかして都市同盟の生まれじゃないのか? その腕っ節で旅なんてできるわけがないし、俺はてっきりリューベの……」
見張り君、食いついて欲しいところが違うよ。俺はしゃべり方なんてよく分からないってところがって、あれ。そういえば誰も俺のことなんて聞いてこなかったから出身地とか言ったことなかったな。
「何? もしかして軍の人たちが俺にめちゃくちゃ冷たかったのってそのせい? 敵国人だからキライだーってヤツ?」
「あー。まあ、否定はしねえよ。で、どこの出身だって?」
「群島だよ。群島諸国にあるヘンな島」
ネコボルトに育てられましたー。何でだか知らないけど。
そんなこんなで、いきなり打ち解けてくれた兵士さんたちと一緒にミューズ市の近くまで近づいたころ、見張り君は急に鎧とか剣を着替え始めた。初めは脱いだらそのままかと思ったけど、別の鎧を着込んだりしてたから今日はここでキャンプ、とかではないらしい。
「あれ、休暇か何か?」
「ああ、似たようなもんだと思ってろよ。お前とおれは隊から離れてミューズで待機だとさ」
俺たちだけ? 何でだろう。まあいいけど。
「あ、じゃあアルバイトとかもオッケ?」
「好きにしろよ。だが、基本的におれはお前と一緒に行動するから、そのつもりでいろ」
やった。実は俺、隙を見て逃げ出してやろうっての、完全に諦めてはいないんだよね。アルバイトでガンガン稼いでいつか来る日の用心棒代にするんだ。
「そういえばさっきの話に戻るけどよ。お前群島なんて遠くから旅してきたってんなら、この辺りまでの地理とか結構詳しいのか?」
なんか、ヤなこと、聞かれたよ?
「もちろんさ! ……って言いたいところだけど、実はここまで来るの、いろんな人に連れてきてもらっただけだからぜんぜんわかんないんだよね。さっきみんなと話してて、やっとこの都市同盟が群島の北だってこと知ったもん。島を出たときは確かに西に向かってたハズなのに、なんでだ」
見張り君にまで大笑いされました。
こんなバカ相手に警戒してた自分もかなりのバカだ。とか言ってたけど、あんまりバカバカ言われるとへこんじゃうからやめて欲しいな、と思ったり。でもやっぱり言わない。なんかもう軍人さんってみんな怖いから。
怖いのはあの人だけじゃありません。ハイランド軍人みんな俺にガンつけすぎ。喧嘩、いくない。
下らない事を話しながら歩いてるうちに、ミューズ市が見えてきた。壁に囲まれてるし、門番さんとか立ってるし、予想以上に大きな街だ。
「おい、通行証を用意しておけよ。入るときにもたつくと不審がられるからな」
おお。忘れきってた。
慌てて唯一と言ってもいい荷物の道具袋からおくすりをかきわけて通行証を取り出す。
「あった!」
「お前、いつの間にそんなにおくすり溜め込んでたんだよ。しかもそんなに奥に入り込むほど前からミューズの通行証を受け取ってたのか」
「ああ、これ? うん、この前ひとりでクマの砦って所まで行ったときにそこの副隊長さんがくれたんだよね。自分は何とでもなるから持って行けって言ってくれてさ」
その時のことを思い出してつい笑顔になった俺を、見張り君はなんだか複雑そうな顔で見てきた。
「お前が行ってきた砦ってそりゃ……」
「お?」
「いや、何でもねえよ」
「なんだよー、変なヤツだな。でもホント、いい人たちだったよ。もしまた会うことがあったらまた面白い話聞かせてもらうんだ!」
「……そうか」
「アンタこそ、なんで通行証なんて持ってんの?」
「トトで拾ってきたらしいぜ。本隊から離れる前に将軍から受け取った」
略奪してきたってことじゃん。
軍人さんって怖いです。
ミューズ市は、一言で言うと、とても活気に満ち溢れていた。
人も多いし、店も多い。思わずウキウキするのも仕方ないと思う。どこで働こうか? どこなら働かせてくれる?
考えるだけで嬉しくてたまらない。
いやね、旅行の前はどっちかって言うと働くのはキライな方だったんだよ。でもさ。こうしていざ金に困ってみると、嫌でも働かせてくれる場所があったなんて俺って結構幸せ者だったんじゃないかな、なんて思うわけだ。
兵士になってからは金がなくても一応食うものくらいはもらえたんだけど、金ってもらった事ないんだよね。
だから見張り君も金は持ってないんだと思う。しばらくはずっと一緒だよ、って言われたことだし、2人で、なおかつ住み込みで、働ける場所となると。
「ねえ、アルバイト先は宿屋がいいと思うんだけど、どうだい?」
「あ!? おれまで働かせる気か……っと、そうか。2人で住み込みできるところを考えたのか」
「そうとも! 仲良くやろうぜー」
なんか見張り君は何か言いかけて、別のことに言い換えるクセがあるようだ。口下手さんだね。
見張り君が快くオッケーしてくれたから、しばらくのバイト先は宿屋に決まった。おかみさんに頼み込んでみたら、人手が足りなかったらしくて二つ返事で雇ってくれたし、これは幸先がいいかもしれない。
一番の収穫は、一階にある酒場でつい最近働き始めたというお姉さんがもんのすごく美人なこと。あれ、もともと働いてたのが帰って来たんだったっけ? どっちでもいいや。とにかく、際どいスリットの入った赤い服がすごくお似合い。ぜひとも仲良くしていただきたい。
勢い込んで話しかけに行ったら、バカな男とナンパな男は大嫌いなんだよ! と怒られたから大人しく帰った。軍人さんだけじゃなくて美人さんも怖い。
俺、そろそろ怖くないものってなくなってきたかもしれないよ。
おかみさんから与えられた屋根裏部屋で落ち込んでたら見張り君も帰ってきた。今日はご飯あげるからゆっくり休むといいよー。明日から仕事よろしくー。ということになったらしい。
ありがたく、今日はもう寝てしまうことにした。あっ。でっかい人のご機嫌取れるような面白話もちゃんと仕入れておくの忘れないようにしないと。
明日から、でっかい人やタマネギ将軍のいない、開放ライフが始まるのさ! そう思うと嬉しくて眠れないよ。そんな俺の、20歳の春真っ盛りのことでした。
2話コメント、本当にありがとうございます!
全部で3つ4つ頂けたらラッキーかな、と思っていたんですが、予想以上の愛あるツッコミといくつもの暖かい励ましを頂いて嬉しい限りです。とても励みになっています。
2話投稿の時に、ルカ様に殺されなかった理由どうしよう! と書いたところ、都市同盟以外の出身ってことにして膨らませていったら? というアドバイスを頂いたので、まずはこんな形で表現してみました。肝心の1話はもう少し保留します。
それでは、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!
なぜか湧き出るやる気がおもむくままに次回も頑張ります。