高級そうな絨毯の敷き詰められた会場に身なりのいい人たちが溢れかえっている。
喧噪に包まれた場内、目立たないように小さくなる私の格好は、パープルの大人っぽいドレス。薄いネイビーのストールを肩に掛けて大人っぽい感じ。隣のはやても髪をアップにして、グリーンが基調のかわいらしいドレスでおめかししている。
ただ一人、地上本部の制服を着ているなのはがひどく浮いてるのは気のせいじゃないはずだ。
──ここ、“ホテル・アグスタ”はクラナガン南東に位置する老舗の高級ホテルだ。深い森にひっそりと建つ白い建物はどこか厳かで格調高い。
以前、観艦式の後夜会で訪れた“アグスタ・sis”の本店で、あちらは支店──つまり妹さんなんだそうだ。
さて、どうして私たち機動六課がそんなところに来ているのかといえば、当然お仕事である。
今回の任務は、ここで行われる管理局主催のオークションの警備と来客の警護。
仮にも実戦部隊である私たちに、こういった類の任務が回ってくるのはお門違いも甚だしいのだけど、地上本部直々のお達しだから従うほかない。私はともかく、なのはやエリオたち四人の能力に問題はないと思うし。
さておき。オークション開始までまだ猶予がある。
好奇の視線に堪えられなくなった私たちは、打ち合わせという名目の雑談で時間をつぶしていた。
「ごめんねなのは。私たちだけ、こんな格好で……」
「いいよ、べつに。外のみんなは誰かが見てあげなきゃなんだし、気にしないでフェイトちゃん」
そう言われても、仕事中にこんな姿してたら遊んでるみたいで居心地が悪い。
警備チームの指揮を担当するなのはには本当に申し訳なく思う。立場上、お偉方の応接とかもしなきゃならない私とはやては、緊急時の防衛戦力となるのが今回のプランだ。──私はとある密命を受けているのだけど、いまは置いておく。
「まあ、適材適所っちゅうヤツやな。……それはともかくフェイトちゃん、またおっぱい大きくなったんやない?」
「え? ああ、うん、実はそうなんだ」
若干場違いなはやての指摘を受け、ついと視線を落とす。露出が多い服装だからバレたのかな、と両手で挟んでふにふに確かめてみたりして。
最近、バストサイズがまた上がってしまってすこし難儀している。どうせ成長するならもっと身長が伸びてくれればいいのに。シグナムくらい背丈があったらリーチも伸びて戦いやすくなるし、格好もつくのになぁ……。
「あんまり大きくなっても鬱陶しいだけなんだけどね。邪魔だし、肩も凝るし」
でもまあその……、ユーヤとおつき合いする上ではいろんな意味で役立ってるから無駄じゃないというか──
うん? なんかいま、ぶちって音が聞こえたような……?
「あははー、さっすがカレシのおる人は余裕ですなー。こないなけしからんもんをぶら下げてからに、いやはや……」
「ちょ、や、はやて、なにしてっ!? んっ、そんなに、あんっ、強く揉まないでよーっ!」
「おっぱいマイスターもびっくりですなー。ザコムネの私にイヤミですかーそうですかー」
なぜか額に青筋を立てたはやてに、むんずと胸を鷲掴みされた。ぐわしぐわし、と遠慮なしで揉まれるのは痛い。ていうかはやて、言うほど小さくないじゃん!
「なのはー、助けてー」
「いいんじゃない? はやてちゃんに揉まれたらもっとおっきくなるよぉ〜、きっと」
「そんなぁ!?」
ニコニコ言い放つなのは。変なオーラが出てるのは気のせい?
親友に裏切られ、進退窮まった私の視界に鮮やかなブルーが過ぎった。
「セクハラするんじゃない、このエロボケだぬき」
「あだっ!?」
ぱかんっ! と高速で飛来した物体がはやての後頭部にヒット、膝から崩れてうずくまる。
私は逃げるように、オールバックと蒼いタキシードでビシッと決めた救い主──ユーヤのところへ駆け寄った。
「ぬぐぅぅ、ついに黒幕のご登場やな……!」
ゆらりと立ち上がるはやてを大きな背中に隠れて眺める。──あ、私の選んだコロンの香り。使ってくれてるんだ。
「誰が黒幕だ。フェイト、そのドレスよく似合ってるね。かわいいよ」
「あ、ありがと……」
「私らは無視かい! ていうかたぬきちゃうわ!」
「まあ、いつものことだよね」
恥ずかしくなってうつむくと、床に転がる十円硬貨が目に入る。どうやら飛んできたのはこれらしい。痛そうだ。
「ったく、女の子同士のスキンシップの邪魔なんて無粋やで?」
「どこがスキンシップだ、どこが。お前のはいちいち過剰なんだよ、不愉快だ」
「はっはーん、攸夜君、嫉妬やな? 男の子のヤキモチはみっともないなぁ〜」
「嫉妬じゃない。俺の許可なくフェイトの身体に触れるなと言っているだけだ」
「うわ、なにその傲慢」
そっか、私ってユーヤの許可なしに誰かに触れられちゃいけないんだ。うん、これは大事なことだ、覚えておこう。
「ところで攸夜くんはなんでここにいるの?」
「お仕事やろ。フェイトちゃんから聞いてへんの? 私は本人から聞いたんやけどな」
「あれ、ユーヤも来てるって言わなかったっけ?」
「……私、ぜんぜん聞いてないんだけどな〜……」
ゴゴゴゴゴ……、なのはからそんな音が聞こえた。
びくぅっ、全身が恐怖で強ばる。全力全開ヤメテコワイゴメンナサイ。
「まあ、落ち着け。はやての言う通り仕事でね、貴婦人のお守りをやっている」
持って回った言い回しで答えるユーヤ。──彼がここにいるということはつまり、“あの人”も近くにいるということで。
「お守りだなんて失敬ね、攸くん。それからあなたたちも、こういった場ではしゃぐのはあまり感心しませんよ?」
甘い蜜のような声が私たちをやんわりと咎めて。イヤな予感を感じつつ振り返る。
パニエで広がった宮廷ドレスは血のように紅く。豪華絢爛な黄金の髪は縦カール。白銀の瞳がまるで彫刻みたいな端正な美貌を彩る。──絶世の美女が、そこにいた。
「やあ、姉さん」
「「「うう……」」」
異口同音。共通の“天敵”の登場に、私たちの声は見事にハモったのだった。
第十七話 「騎士と姫、魔女と獣 前編」
「こんにちは、フェイトさん、なのはさん、はやてさん」
「「こんにちは、ルーさん」」「──にちは……」
なんとか挨拶を返す──遅れたのははやてだ──と、ルーさんがはんなりと微笑み、影のように付き従う褐色のメイドさんが一礼した。幸いうめき声は聞こえなかったようだ。
いまの私たち三人に共通しているのは、怯んでガチガチになっているということ。
ルーさんに対して、私は美人すぎて気後れするという印象が拭えないし、なにより“おしゅうとめさん”だから頭が上がらない。なのはにとってはおてんばな頃を知られてる近所のお姉さんだし、はやては単純に命を賭けて戦った間柄。シグナムたちとの折り合いも最悪だから苦手らしい。
──要するにこの女性ひとは、私たちにとって天敵なのだ。
「えと、ルーさんもこのオークションに?」
「ええ、そうよ。出品される美術品に興味があったから。それに、ユーノ君の晴れ舞台も見てみたいし」
ユーノの話題が出た途端、なのはの頬が薄く紅潮した。なんてわかりやすいんだろう。
今回のオークション、無限書庫の司書長にして著名な考古学博士でもあるユーノがプレゼンテーターを務めるのだ。道すがら、ヘリの中でそのことを誇らしそうに語っていたなのはが印象的だった。
……“恋する女の子”というものをはじめて間近で見た気がする。
「どうやってこないなとこに紛れ込んだんですか? まさか、なんぞ非合法な手段で……」
「お言葉ですけど、これでも管理局のスポンサーよ。お呼ばれくらいします」
ピッ、と人差し指と中指で挟んだ招待状を示しつつ、ルーさんは心外そうに口を尖らせる。
高級そうな黒い紙はたしかに正式のものだった。
「はぁ、さすが金ぴか。羽振りのいいこって」
「賞賛として受け取っておくわ。手慰みに始めた事業だけれど、会社の経営というのもなかなか楽しいものよね」
“あちら”でもやってみようかしら? ルーさんは「商売繁盛」と筆で書かれた扇で口元を隠し、くすくす不吉に笑っていた。
十年前、海鳴に住んでいた頃には株式売買や資産運用で生計を立てていたらしい。コツは「適当に選んでほっとけばいいのよ。黙っていてもお金は増えるわ」だそうだ。
同じようにミッドチルダでもこの数年で巨万の富を築き、いくつかの大企業のオーナーを勤める次元世界有数の資産家になってしまっている。“ルリア・モルゲンシュテルン”といえば、経済界で知らない人はいないんだとか。
……なんというか、“魔王”というものは例外なくスケールが大きい。ユーヤにしたって、いつの間にか時空管理局の重要なポスト──方法の是非についてはこの際置いておく──に納まってしまっているし。
彼らには様々なものを引きつけて巻き込んで、ぐんぐんと引っ張ってしまう力がある。良くも悪くも“世界”に強い影響を与える不思議な引力──こういうのを“カリスマ”、というのだろうか。
──だからって、私とユーヤぎに釣り合えてないなんて思わない。意地でも思わない。
釣り合わないなら釣り合うように、なにかが足りないなら足りるように──諦めないで努力したらいいんだ。
ダメなのは諦めること。無理だと決めつけて、投げ出してしまうこと。
それに──、
ユーヤの居場所は私だけ。ユーヤのとなりにいていいのは私だけなんだから。
不安に思う必要なんて、ない。
「そろそろ入場時間だな」
その声にはたと正気に返る。周りを見渡せば、たしかにさっきより人の流れが慌ただしくなっているみたいだ。
ぱちん、扇を畳む音。
「……そうみたいね。じゃあ私はもう行くから、攸くんも“お仕事”、頑張るのよ」
「ああ、わかってる。姉さんは安心してオークションを楽しんでいて」
「ふふ、頼もしい言葉……、それでこそ私の“弟”よ」
ルーさんがうれしそうに微笑む。すると、“姉弟”の間に他人には立ち入れない独特の空気が生まれた。
……上手く言葉にはできないけど、二人の姿はとてもサマになっている。まるで最初から、そうしているのが自然なことのように。
ズキッ、胸の奥の方に鈍い痛みが走った。
「エイミー、後の事は頼む」
「お任せくださいませ、若様」
すらすらとよどみなく会話は進んでいく。相手がなにを話すのか、なにを求めているのか、それがわかっているみたいだ。
──じくじくと、胸の痛みは消えてくれない。理由はわかってる。だから無視する。
「あなたたちも、しっかりやりなさいね」
「「「はい」」」
母性を感じるやさしげな微笑みを残して。
優雅にスカートの裾を翻したルーさんは、しずしずと続くエイミーを伴い肩で風を切るように私たちの前から離れていく。
──私は、彼女たちの姿が見えなくなるまでずっと、ユーヤの服の裾を強く握りしめていた。
開始時間も迫ってる。そろそろ気分、切り替えなくっちゃ。
じゃあ私も行くね、と自分の持ち場に戻ろうとしたなのはを「待て、なのは」とユーヤが呼び止めた。
……?
私はなんのつもりだろうと若干ドキドキしつつ、その様子を黙って見守ることにした。はやても口を出す気はないみたい。
「外は半人前たちとシャマル、ザフィーラで抑えるんだったよな?」
「うん、そうだけど」
質問に、「疑問を感じてますよ」という感じで答えるなのは。マジメだ。
今回は警備任務ということで、索敵要員のシャマルと防衛戦のエキスパートであるザフィーラが作戦に参加している。──それにしても、“半人前”って……。
「それがどうかしたの?」
「俺も一緒に行こう。そのメンツじゃあ心配だ」
はやてが眉間を指で抑えてため息一つ。「え?」と疑問符を頭の上に浮かべた私となのはに、ユーヤはいつもの不敵な笑みを見せ、
「──手を貸してやると言っている。魔王おれの力、上手く使えよ?」
ふてぶてしく、言い放った。