瓦礫と廃墟が攅立する灼熱の釜の底、機械仕掛けの姉妹の死闘が続いている。
「うおおおッ!!」
透き通る空色の魔力が、濁った紫色の魔力と真っ向から激突した。
魔力の粒子が弾け飛ぶ中、金色に輝く禍々しい瞳がスバルを捉える。その瞳孔は開ききり、視点は虚ろで危うい。
「あはは、うふふ――、戦うのって楽しい! 光が、炎が迸って、魔法が飛び交って! 全部カチ上げて、蹴散らして、全て弾けて、ブチ撒けて――」
「ギン姉、目を覚ましてよ!」
「何もかも粉々に、バラバラに吹き飛ばすの!!」
どこか熱に浮かされたような狂相を浮かべ、支離滅裂な言葉を口走る姉に妹の叫びは届かない。
「この強さがあれば――、この力を手に入れて! あのひとにもっと見てもらえる! 振り向いてくれる!!」
響き渡る悲鳴にも似た衝突音は、心を削って肉親と戦わなければならないスバルの、あるいは暗黒に囚われたギンガ本来の心の叫びのようで――
「簡単にコワれるものは……、コワされるべきものなのよッ! だから、みーんなぶっコワす――スバル、あなたもねェェェェェッ!!!」
「くううううう!?」
高速回転する結晶のドリルが拳の先に展開された魔力障壁を抉らんと、夥しい火花を生み出す。
バキンッ、と嫌な音を立て、ついにシールドにヒビが入る。
障壁が粉砕されると同時にすぐさま飛び退くスバルに、ギンガはそのままドリルを突き出して追撃する。バランスを崩して一瞬硬直したスバルには、渦巻く衝角に抗う術はない。
――もっともそれは、彼女一人であった場合の話だ。
「行けッ!!」
強く吐気を吐き、ティアナが相棒(デバイス)のトリガーを引く。二対のクロスミラージュから放たれたオレンジ色の光の塊が、ギンガに迫る。
特殊チャンバー内に魔力エネルギーを一定時間充填して、一気に解放するダブルトリガー専用戦術のひとつ、“チャージショット”。左右合わせて二十発からなる魔力弾の群れが、開いたスペースを通ってギンガに直撃する。
爆音を伴う小規模の魔力爆発。――膨れ上がる爆炎を切り裂いて、紫色の砲弾が飛び出した。
「うわっ!?」
「スバル!」
「っく、だいじょうぶ!」
「アハハハハ!!」
噴煙から飛び出したギンガは大したダメージもない様子で、瞬く間にスバルへ肉薄する。
激しい拳打の応酬が再開され、ティアナは援護のタイミングを逃した。ギンガほどの相手では、文字通り付け焼き刃の近接戦闘ブレードでは役に立たない。
(ッ、これでも駄目なの!?)
渾身の一撃を与えてなお健在な姿を目にして、立ち竦んだティアナは、目の前が暗くなるような錯覚を覚えた。
“闇の落とし子”と化し、ただでさえ頑丈だったギンガの装甲は常軌を逸した堅牢さを誇り、生半可な攻撃ではびくともしない。また、ギンガを傷つけてしまわないかと無意識に力をセーブしていることも決定打を打てない原因のひとつだろう。
――今の二人には、師匠(なのは)ゆずりの思いきりの良さが決定的に欠けていた。
「ぐっ!」
一方のスバルは、苦戦を強いられている。
両者、母譲りのストライクアーツを駆使して戦う様は、構えと装備の差異も合間って鏡映しさながら。
しかし、技術の完成度や力量という点に置いては同一とは言いがたい。
――やっぱりギン姉、強い……!
「ダメよォ、戦いの最中に考え事しちゃあ!」
「っ!?」
拳打の間隙に生まれる空白を縫い、蹴り上がるギンガの左足。
不気味に光る結晶に取り込まれたブリッツキャリバーは、まるで氷上を滑るスケートの刃。鋭く光る刃が、スバルの首を狩り取らんと一閃する。
間一髪で無理に体勢を反らしたスバルの眼前ギリギリを刃が掠め、前髪が数本ハラリと舞う。
ぐるり、と上段回し蹴りの威力をそのままに、流れるような身体操作で繰り出された追い討ちの後ろ蹴りが、スバルの腹に深々と突き刺さる。
魔力を纏い回転するブレードがバリアジャケットの防御を抜き、素肌を深く傷つけた。
「あぐっ!?」
「あは、スバルの血はキレイな色ねえ!」
身体をくの字に曲げ、後退するスバル。
本来のギンガならばするはずもない残虐な戦い方――、ダメージを受けた当人はもちろん、ティアナも激しく動揺する。
――ここで、二人の固い絆が裏目に出た。
「っっ!」パートナーの流血を見て気が動転し、冷静な判断力を欠いたティアナは、半ば反射的に両手のデバイスで乱射しながら飛び出してしまう。
「――来ちゃダメっ!!」
スバルが叫ぶ。
ギンガが腕を振り上げる。
――――紅い花が、弾けた。
「ぐあああああああああ!!」
「スバルっ!」
不意を突かれたスバルは、右腕をリボルバーナックルごと肩の付け根まで大きく抉り取られて吹っ飛ばされた。
構成の甘い防御フィールドを易々と貫いたモノケロスギムレットには、赤々とした鮮血がベッタリと染み付き、滴り落ちる。
ティアナは激痛に叫ぶ相棒のもとに駆け寄って、抱き寄せる。――しかしてそれは、致命的な悪手だった。
「うふふ――」
ギンガの左腕が弓のように引き絞られる。それに合わせ、水晶体の円錐がより一層速く、より一層激しく回転し、唸りを上げた。
あまりにも高まった莫大な魔力は空間を歪め、肉眼で視認できるほど。
空気を巻き込む邪悪な竜巻が、スバルとティアナに向けて解き放たれる。
「バイバイ、スバル」
■□■□■□
機動六課、上空。
「無様だねぇ、口ほどにもないよ」
「っ、くぅぅ……!」
漆黒の曇天をバックに紅い翼を広げた堕天使を見上げ、荒く乱れた息を吐くなのは。純白のバリアジャケットはすでにボロボロでインナーが大きく露出しており、防護服の体裁を為していない。
しかし彼女は相棒(デバイス)を握る手に力を込め、気力を振り絞る。
「まだ――、まだだよっ! ブラスター……!!」
『3rd!!』
レイジングハートが残り少なくなった魔力カートリッジを炸裂させ、解除コードをコールする。空薬莢が排出されるのと同時に、なのはの身体の内側に激痛を伴った莫大な力が膨れ上がる。
最後の奥の手、ブラスターモード第三段階を切ってもまだ、“冥刻王”の余裕(慢心)を崩すには至らない。
「へぇ、まだやるの?」
「ヴィヴィオを、取り返すまでは!」
血を吐くような叫び。白い砲弾が、一直線に冥魔王に迫る。
侮っているのだろう、メイオルティスは迎撃の素振りも見せない。なのはは臆せず、相手の懐に飛び込む。
「っ!!」
「おっと、危ないなぁ」
すれ違い様、レイジングハートを乱雑に振り回し――最初から当たるとは思っていない――、メイオルティスの背後に回ったなのはは、くるりと宙返りするように半転。金色の穂先を未だ振り返り切っていない背中に突きつけた。
コンマにも満たない刹那、広がる魔法陣の中心に収束する魔力――
牽制のショートバスターを撃ち、カートリッジロード。圧縮空間に格納した予備パーツで構成された、レイジングハートの分身を呼び寄せる。
「ブラスタービットッ!」
「相手してあげるよ」
牽制の砲撃をあっさりと躱したメイオルティスが杖を掲げると、背後に広がった魔法陣から五機の飛翔体が姿を顕す。
あえてなのはのブラスタービットと同数だけ呼び寄せたのは、余裕と侮りの現れ。
そしてそれは、間違いではなかった。
「くぅっ!?」
「ほらほら〜っ、狙いが甘いよ?」
それぞれの杖から砲撃を撃ち合いながら飛翔する両者。
その背後では、二組五機の浮遊砲塔が尋常ではない軌道を描き、魔力砲撃を放って交錯する。
ドンッ、と小さな爆発を起こして、ブラスタービットが一機爆散した。
「ど、どうして!?」
「キミたちヒトとは、存在としての位階(ステージ)が違うんだよ」
冥魔王が魔導師を嘲る。
呆気なく、一方的に撃墜されていくブラスタービット。バインド効果の魔力帯を発生させて自爆特攻を試みるも、メイオルティスのビットが展開した魔力の牙の餌食となってあえなく破壊された。
だが、なのはは諦めない。
ならばと魔力を最速で高め、自らがもっとも信頼を置く魔法を紡ぐ。
「それならッ! ディバイィィィィイン!!」
「おおっと、チャージなんてさせないよ!」
ぱちん、とハンドスナップが鳴り響く。
「!?」
瞬く間に展開した機動砲塔が、夥しいばかりの光条を照射する。十字砲火の檻に捕らわれたなのはは、四肢を撃ち抜かれる。
黒天に、爆炎の花が咲いた。
「きゃあああっ!」
悲鳴をあげ、なのはがついに墜落する。
六課の瓦礫に墜ち、全身を強かに打ち付けてのたうつ。辛うじて気を失うことは避けられたが、致命傷であることは明らかだ。
地面に這いつくばるなのはを見下ろすメイオルティスの眼は、取るに足らない虫けらを見るように冷たい。
「……なんかもう、飽きちゃった」
子どもじみた無邪気な表情を消し去り、メイオルティスがぽつりと漏らす。
「でもま、キミはヒトにしてはそこそこ愉しめたから、特別にごほうびあげちゃう♪」
「……なに、を!」
「――新たな“冥刻王”誕生の瞬間を目に焼き付ける名誉を、ね!」
一転、ご機嫌な様子で結晶の檻を呼び寄せる。
そこに囚われたままのヴィヴィオは、涙の滲んだ瞳でじっとメイオルティスを見返していた。――優しいけれど、戦いのときはいつも毅然としていた“ママ”みたいに。
「なーんかその目、ムカツクなー……」
メイオルティスは紅紫の瞳を細めると、おもむろにヴィヴィオに手を翳す。
「ひっ!?」パリンッ、と硬質な音を鳴らし、クリスタルの牢獄が砕け散る。重力に引かれて落下する少女のか細い首を、冥魔王の白魚のような手が乱暴に掴んだ。
「うぐっ」ヴィヴィオが呻き、身を捩る。ニヤリとメイオルティスが無邪気な暗い笑みを浮かべた。
「……死んじゃえ」
瞬間、漆黒の電撃がヴィヴィオを襲う。
「きゃあああああああああああ!?」
「ヴィヴィオ!」
全身を痙攣させた少女の口から、痛ましい悲鳴が上がる。
残酷な言葉とは裏腹に、あくまで苦痛を与えるためだけの攻撃。しかしそれは、幼い少女の脆い身体に致命傷を与えるには十分な威力で。
「あああああああああああああああ――――!!!!」
「ふふっ、ニエの分際であたしに歯向かうから痛い思いをするんだよ。いーいきみっ、あはははっ」
「やめて! もうやめてーっ!!」
なのはの叫びを無視して、“冥刻王”は魔力を流し続ける。その残虐な折檻はおよそ三分間にも及んだ。
「これで身の程がわかったかな? ……ってもう聞こえてないか」
「……」
全身から白煙をあげ、ぐったりとするヴィヴィオ。指先や両足がわずかに痙攣していることから、息はあるように見える。
だがそれも、もはや語る意味のないことだ。
「じゃあ最後の仕上げだよっ♪」
ぶわり、と膨れ上がった色濃い暗闇がヴィヴィオを徐々に呑み込んでいく。
その悍しい様は、まるで彼女の存在ごと捕食するかのようで――、ただその様子を見上げるしかないなのはの目にそれは映った。
うつむき震える小さな唇が、声にならない言葉を形作る。
――ママ、と。
「ヴィヴィオーーー!!」
叫びは虚空に消えて。
ついに、少女の全身は闇に飲まれて潰えた。
「――うふふ、ふふはは、あはははははっ! 馴染む、馴染むよ! “聖王”の力がよく馴染む! あたしに誂えて造られただけのことはあるねぇ」
瞠目した双眸を、ヴィヴィオと同じ紅と翠のオッドアイに染めたメイオルティスの狂った哄笑が、廃墟に響き渡る。
吹き荒れる澱んだ魔力はかつてないほどに膨大であり、もはや人知を超越していた。
莫大にして絶望的な力が周囲の空間を瞬く間に制圧し、邪悪な思念で汚染していく。
その背中から生えた二対の翼は、血潮の如き深紅から夜闇よりも冥い漆黒へと染まっていた。
青紫の瞳に絶望を浮かべるなのはを見やり、メイオルティスは無情にも高らかに告げる。
「あえて名乗るなら“冥刻聖王”――、この世に滅びの福音をもたらす存在だよ♪」