2002年2月14日木曜日17:11 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 8492戦闘団第一臨時編成陸上艦隊 旗艦『ビックトレー018号艦』CIC
合計で108発の燃料気化爆弾を搭載した27機のパンジャンドラムによる突撃。
続けて投入された陸上艦隊による乱打戦。
それらによって稼がれた時間で回復した砲兵と、増援を受け取って再投入された戦術機甲師団。
BETAがいかに物量に優れた存在であったとしても、ただの地表での殴り合いでここまでされては磨り潰されないわけがなかった。
そもそもの話になるが、物量に限った話であっても、限定的ながら砲撃を行える人類は、局所的優位に立っていたからだ。
北部戦線のH26エヴェンスクハイヴを巡る戦いは、ハイヴ周辺の制圧を目的として軌道降下した部隊と地上部隊が 合流を果たした事で、その目的の大半を達しつつある。
もちろんBETAたちはいつものように増援を呼び寄せた。
だが、際限のない増援合戦の果てに、BETAたちは遂に息切れを起こし、競り勝った人類によるハイヴへの突入を許してしまったのだ。
「突入中の第569戦術機構中隊全滅。692中隊も全滅です」
「722中隊目標地点に到達、中継ポイントF022の確保を開始」
「エリアA-05に異常振動検知、大隊規模のBETAと推定されます」
「本艦搭載の機動歩兵大隊、補給を完了、ただし戦闘中のため継続的な補給が必要」
「桜花作戦東方軍集団司令部より入電、北東戦線接続点の補強完了。逆襲部隊による戦果拡張を開始」
作戦は順調に推移している。
ハイヴ地上構造物周辺には突入待ちの部隊と支援部隊とが行列を作っており、BETAの死骸除去すら始められていた。
油断を誘う罠となっているのではないかと誰もが恐れを持っている。
だが、数えきれないほどの中隊が、多数の大隊が、複数の連隊が、つまりいくつかの師団が突入しているという結果に変わりはない。
G弾や核弾頭で吹き飛ばすのでなければ、突入と反応炉破壊はやらなければならないことだからだ。
「突入部隊はハイヴ推定深度の75%を突破、現在のところ損害は想定範囲内」
ハイヴの中では、陸上戦艦の破壊力も、砲兵の鉄量も、戦車隊や機動歩兵による支援も期待できない。
当然ながら、ここに来るまでの経緯から考えれば、続出と形容すべき損害を許容しなければならなかった。
まあ、それであっても従来の常識から考えるには少なすぎる犠牲ではあったが。
「輸送陸上艦隊は砲兵の収容を開始してください。
ここまで取り付いてしまえば、進むにしろ踏みとどまるにしろ砲兵の出番はありませんからね」
途中参加でありながら北部戦線の指揮権を掌握したゴップ准将は、柔和な笑みを浮かべたまま命じた。
陸上艦隊がハイヴを目視できる距離まで接近し、数個師団がハイヴへと突入している現状では、砲兵は必要ない。
そして、陸上輸送艦という狂った装備品は複数の連隊規模の砲兵に速やかな陣地転換の自由を許すことができる。
突撃の援護のため、あるいは防戦の支援のために、砲兵の火力は必要不可欠であるので、8492戦闘団の人間にとってそれはなにも不思議ではない手当てだ。
それ以外の人々にとってはそもそも陸上艦という存在自体が異常であるが、便利であり、実際に役に立っているという事実が、追求の手をはね除けていた。
機動歩兵たちは大活躍を続けている。
もともとこの艦隊は陸上兵器としては異常な密度の火砲を備えているが、BETAの物量と行動もまた、異常なものだ。
明らかに陸上艦艇を最高位の脅威と認識し、形振り構わず潰しに来ている。
戦車砲に相当する155mm速射砲と、戦術機から見れば主兵装と呼ぶべきCIWSを複数搭載した艦艇が複数いたとしても、特に戦車級の波を完全に押し留めることはできない。
「弾をくれ!早く!」
舷側の全周に張り付いている機動歩兵たちからの支援要請は絶えない。
彼らは近接防御兵器としての役割を期待されていた以上に果たしているが、BETAたちの物量は想定を遥かに超えていた。
<<補給が追い付かん!艦からも人手を出してくれ!>>
このとき、ビックトレー018号艦の上甲板には一個大隊規模の機動歩兵が展開していた。
全員が戦車級にも効果がある武装を装備し、艦自体からの支援を受けており、それでも人手不足となるほどの圧力がこの艦には寄せられていた。
洋上の艦隊とは異なり、地上を進む陸上艦隊には至近距離という概念が存在する。
レーダーピケット艦による外周防御という概念は、BETAの物量を相手にした陸上艦隊という特殊な立地の場合成り立たない。
飽和攻撃にしても常識的な数量が予想される人類同士の戦争とは異なり、陸軍師団同士の殴り合いを超える物量を敵が持っているからだ。
「手榴弾投擲!機関銃座は援護しろ!」
銃撃だけでは押し留められない距離と数が至近距離まで接近した事に気が付いた士官から、手榴弾の使用許可が出る。
通常の歩兵用装備であればわざわざ命令する必要はないのだが、彼らは倍力機構を備えた装甲服を装備していた。
つまり、使用する手榴弾は、文字通りの手持ち榴弾であり、キログラム単位での炸薬を備えた、金属で梱包された爆薬とでも呼ぶべき存在である。
そのため、艦への影響を考えた運用が必要とされる。
「投擲!投擲!」
重機関銃が、対物ライフルが、機関砲が、無反動砲が猛烈な勢いで放たれ続けられる中、号令に従って凶悪な外見の手榴弾が次々と投擲される。
倍力機構とシステムのアシストを受けた半自動投擲動作により、手榴弾たちは人力だけでは到底不可能な飛距離を叩き出した。
それらは押し寄せている戦車級の集団の中に放り込まれ、少なくない数が踏みつぶされて無効化されるが、それでも必要とされただけの数量は起爆に成功する。
無視できない規模の爆発が連続して発生し、それを切り裂くようにして追加の銃弾が叩き込まれていった。
この艦に置かれた一個大隊、つまり360人ほどの機動歩兵たちは、艦上であるために艦の揚弾機や無人補給車両の力を借りており、恐ろしいことに320人が銃を持って戦っている。
そのため、文字通りの意味での絶え間のない弾幕を張っていた。
「破片に注意!攻撃を続けろ!」
大隊長による指揮官先頭を実践していることもあり、安全な陸上戦艦の甲板上という事もあり、機動歩兵たちの士気は旺盛。
損害は皆無であり、弾薬にはまだまだ余裕がある。
だが、それでも物量というどうしようもない相手の前には、焼け石に水とは言えないが、不足があった。
<<大隊指揮所より各員、これより艦隊はプランBへ移行し、各艦の距離を200mへ狭める。各中隊長は火制区画の重複に留意されたし>>
陣地では行えない贅沢な通達が入る。
通常、歩兵による防御線は、変更を加える場合には最低でも日数単位での調整が必要だ。
だが、立っている地面、正確には甲板ごと移動している陸上艦隊の場合、その調整は容易に行える。
何しろ、腰を抜かしつつ目の前の敵相手に引き金を絞っているだけでも陣地転換が行われるのだ。
「ヤベェな」
コールサイン:ラフネックス031こと新井宮軍曹は、クレーンに吊るされて舷側を超えた状態のまま呟いた。
彼の視界いっぱいに広がるBETA戦車級の群れ。
それは物量に蹂躙され続けてきたというこの世界の経緯がある中でも見たことのない規模のものだった。
絶え間のない弾幕が敵を沈黙させ、砲弾が薙ぎ払い、起爆した手榴弾たちによって消し飛ばされ、それでも敵は次から次へと押し寄せている。
<<大隊本部より各員、戦術機甲大隊による支援を要請中。
引き続き奮闘に期待する>>
全ての搭載火器を全力で使用し、機動歩兵までを全力投入している艦隊司令部にとって、各員の奮闘に期待する以上のことはできない。
ハイヴに突入することが出来ない以上、陸上艦隊は突入部隊の盾となり続けなければならないからだ。
この時期は地球各地で戦史に残る大規模な戦闘が同時多発的かつ継続的に発生していたが、カムチャッカの地において行われたそれも大規模なものだった。
その地において最前線を任されたゴップは、与えられた戦力を用いて最大限の成果を上げ続けていた。
同日17時24分、ハイヴ突入部隊より玉砕の報告。敵の総数不明。
同日17時49分、消耗していた突入部隊の最後の中隊が撤退を完了し、再構築された後方陣地へと収容される。
同日17時55分、戦線の一部に出来た突出部に存在したBETAを殲滅。
同日18時41分、戦線の再構築に成功。砲兵の陣地転換完了。
同日19時11分、H26エヴェンスクハイヴへの再侵攻を開始。
同日21時30分、第一臨時編成陸上艦隊は全ての砲弾を基準以下になるまで撃ちまくり、後退を開始した。
「もっと砲弾を積めればよかったのですが」
後退を開始した艦内で、彼は残念そうに呟いた。
砲身命数にはまだ余裕がある。
そして、味方にはまだまだ火力が必要だ。
艦隊による支援が行われている間に補給作業を完了した砲兵は既に展開を終えている。
だが、それでは任意の場所に砲戦力を展開できる艦隊の穴を埋めきることはできない。
前進を再開した今、艦隊が支援できないのは余りにも惜しい。
「しかしながら、戦線の維持と前進の再開ができたことは大きな成果です。
補給部隊と合流できれば、次の殴り込みでも活躍できると思われます」
副官の意見は正しい。
彼が先程漏らした感想は、全軍前進に移った今だからこその贅沢なものだ。
数時間前の、敵の前進を阻めれば全艦喪失でも安いという状況からすれば、彼の決断は大きな成果を産んだと称すべきだろう。
だからといって、土煙を上げて前進する戦車隊や、中隊単位で固まって進む戦術機、武装ホバークラフトたちとすれ違っていれば、物足りなさを感じるのも仕方がない。
「補給が終わったら直ぐに出ます。
補給拠点との打ち合わせは任せましたよ」
彼がそう命じ、椅子へと座り直した瞬間。
2002年2月14日木曜日 21時30分51秒。
喪失が始まった。
2002年2月14日木曜日21:30 ソビエト連邦領 カムチャッカ戦線 8492戦闘団第一臨時編成陸上艦隊 旗艦『ビックトレー018号艦』
「緊急!エリアE-2にBETA多数出現。
初期照射を確認、重光線級多数と思われる、照射来ます」
それは余りにもいきなりであった。
敵が確認されていないはずの、地中聴音でも異常がなかったはずの場所へ突如出現したBETAたちは、多数のレーザーをもって人類側への返答を開始した。
止める間もない、一瞬の凶行だった。
周囲にいたオペレーターたちがゴップを押し倒すと同時に、ビックトレー018号艦は被弾した。
レーザーは複数の方向から、同時に彼女を陵辱した。
特徴的な形状の艦橋にレーザーが殺到し、防爆ガラスを一瞬で溶解させる。
頑丈な装甲板に致命的な損傷を与えられるそれらは、当然ながら十分なエネルギー量を保ったまま内部へと侵入し、全てを焼き払った。
コンソールを蒸発させ、要員を殺傷し、構造物を切り裂く。
巨大な主砲塔へもレーザーが命中。
赤熱した砲が脱落し、砲塔側面に融解した金属が撒き散らされる。
装甲などあるはずもない副砲群は蒸発し、いくつかの不運なCIWSは掠めたレーザーで熱せられた機関砲弾を暴発させながら倒壊する。
もちろん、被害は外観だけではない。
兵員室が中身ごと蒸発し、通路が文字通り輪切りにされ、戦闘や艦の維持に必要な機材が壊滅的な打撃を受ける。
まさしく、致命傷であった。
「艦橋全滅!」
「艦上構造物からの応答途絶、メインマストは倒壊の模様!無線室の応答なし、通信不能!」
「レーダー停止、安全のため針路を一時固定します!」
「ダメージコントロール班出動中、左舷の電路遮断が多く自動消火装置作動不能。現在手動にて消火活動中も対応は困難!」
「電路遮断は上甲板を中心に広範囲。主砲および副砲作動不能、CIWSは後部第二と第四のみ作動中!」
「機関室より報告、衝撃により主機に異常発生、出力低下中!」
非常灯が灯されたCIC内部では、被害状況の確認と報告が入り乱れている。
重量のある金属が曲がり、崩壊し、散らばっていく轟音により、CIC内部ですら大声が必要となっている。
「本艦はもちませんね?」
オペレーターたちに助け起こされた彼は、落ち着き払った様子でそう尋ねた。
彼にとって、絶望的な状況は日常のようなものだ。
この世界にきてから些か鈍っているところはあるが、だからといって忘れられるものではない。
「電路遮断が広範囲すぎるため、復旧は不可能です。
弾庫誘爆は射耗していたために避けられましたが、機関も間もなく停止します」
現在のこの船は、まだ止まっていないだけという最悪の状況である。
突然出現したBETAが光線級だけのはずもなく、直に突撃級や要塞級、後続の要撃級や戦車級によって蹂躙されるだろう。
「総員退艦せよ。
ビックトレー019号艦へ発光信号で伝達、ワレニカワリテシキヲトレ、以上だ」
ゴップの決断は早かった。
友軍が前進を再開している最中とはいえ、未だにここは敵地。
戦闘能力を失った陸戦艇一隻を守るために、艦隊を失うことはできない。
「こちらCIC、総員退艦せよ!総員退艦せよ!」
思わず腰が浮く恐ろしい音色の警報が鳴り響き、直ちに退艦可能な全員に行動するよう命じる。
「総員退艦を命じます。
規定Z-13に従い、本艦内における准将閣下の指揮権を退艦完了まで一時剥奪します」
人間の損耗を避けるために設けられた絶対のルールに従い、オペレーターたちは装具を整えつつ命じる。
「まったく、こんな見麗しい女性たちにここまで思われて、私は幸せものですね」
彼も手早く装具を整えつつ、一切の異論なく退艦を開始した。
のんびりしている暇はない。
直ちに僚艦へと移乗し、艦隊の指揮を再度掌握しなければならない。
状況をミリ秒単位の遅れで把握している上位司令部の指揮に不安はないが、前線にいて指揮を取れないというのはストレス過剰すぎる状況だ。
彼の戦意は旺盛であり、それは全ての戦線の全ての将兵に些かも劣るものではない。
旗艦喪失という状況において、それでもカムチャッカ戦線は前進を継続しようとしていた。
ビックトレー018号艦の喪失は、戦域司令部にとって大きな衝撃を持って迎えられた。
損失自体は大きな問題ではない。
彼らにとって、製造に馬鹿げたコストの掛かる陸戦艇だが、そうであっても替えの効く兵器の一種類でしかない。
そこに座乗していた貴重な指揮官の生命が無事とあれば、これはもう、単なる駒の損失のレベルまで程度が落ちる。
最前線の兵士達からすれば当然別の意見があるが、とにかくその程度の重要度であり、そもそも戦闘艦艇の喪失とは常に想定されていなければならない事だ。
そんなことよりも、彼らが受けた衝撃の発生源は、理由となったものだ。
全くの前兆なしの増援?
今までであればそういう事もあったたかもしれないが、現在の人類には8492戦闘団がついている。
新たな工法を見つけたのか、あるいは短距離ワープでも発明したのか。
理由は分からないが、ハイヴ付近だけと限定しても、重光線級の集団を前線に送り込めることは恐ろしい。
陸上艦隊に限らず、通常の戦術機甲部隊であっても、位置関係を無視してのそれは戦術を根底から覆してしまう。
後期のカシュガルハイヴ攻略戦のように、地上部隊は全滅を前提にひたすら撃ちまくるしか選択肢がなくなってしまうからだ。
2002年2月28日木曜日07:30 朝鮮半島北方 国連信託統治地域 ビックトレー級陸戦艇『リョジュン』 桜花作戦臨時司令部
「報告、第三次H26攻略部隊は全滅。
第四次攻略部隊の編成は完了済みです」
現在のこの地において、人類は8492戦闘団出現以来の初めての劣勢を経験していた。
陸上艦艇64隻、軌道爆撃機128隻、戦術機25,651機、支援車両210,242両。
冗談のような数量が、一ヶ月にも満たない期間で失われている。
ここに加え、前衛を8492戦闘団が強引に受け持ったことからとはいえ、人員の損失が0という点も冗談のようである。
「重点攻略対象であるГ(ゲー)標的01、02ともに健在。」
г標的と呼称される未確認種は、9つの照射膜を持ち、50以上の小型衝角触腕と、要塞級と同等の大型衝角触腕を一つ持つ化物である。
全てを叩き落とすガトリング照射は制圧射撃を全弾迎撃し、全門を用いた極大照射は師団の半数を一撃で薙ぎ払った。
ここに既存のBETAたちが同道する事で、人類は死に物狂いで奮闘し、後先を考えない増援投入を行って初めて後退を免れるという苦戦を強いられている。
「3度目の正直でも駄目か。とてもやりたくないが、プランBだな」
この日、俺は8492戦闘団の司令部を朝鮮半島へ移し、作戦指揮を取ることとなった。
全く呆れたことに、BETAたちは単体相手に戦略レベルの対応が必要な個体を、二つも投入してきたからだ。
「H08およびH12ハイヴ攻略完了を確認。
H05、09、16、17、18、19ハイヴ攻略戦において、Г標的の存在は現在確認されておりません」
BETAより多い戦術機を、BETAより多い砲弾を前線に展開し続ける。
8492戦闘団の戦略は、物理的な意味で困難であるという点を除けば、非常にシンプルで有効なものだ。
結果として、大苦戦を強いられているカムチャッカ戦線ではハイヴ攻略以前の状況でありながら、それ以外の全戦線での突破を実現している。
予算的な何かがあるのか、ハイヴ間での政治的な強弱があるのかはわからないが、とにかく他のハイヴにはГ標的がいないからこその快挙だった。
ヨーロッパ方面では既に『後方』という言葉が生まれ、拡張され続ける港湾に付随する工業地帯が稼働を始めていた。
全く素晴らしいことに、アメリカ欧州軍に至ってはプレハブながら歓楽街の建設すら始めたらしい。
人類が一度は追い落とされた欧州という場所。
8492戦闘団の戦力が投入されているとは言え、人類は確かにそこへ戻ってきていた。
アフリカ方面では、既にアフリカ大陸は完全に人類の勢力圏としての立場を確保している。
彼らから見た前線とは、地中海によって分断はされているものの攻め進んでいく過程の地点であり、その線は東進を続けている。
東南アジア戦線も同様だ。
北上以外の言葉はなく、しかもそれは実際に進められている。
極東戦線も西進を続けているが、これはカムチャッカ方面の遅延を受けて歪な戦線構成をしていた。
北ほど進んでおらず、南ほど進んでいく。
本来であれば瓦解してもおかしくない形となっているが、今のところは計画の遅れという一言で済まされる程度の誤差だ。
「カムチャッカ戦線からの部隊を主攻撃とし、それ以外の全戦線を助攻撃とした当初の作戦案は崩壊してしまった。
だが、BETA達が生真面目にこちらを向いていてくれるおかげで、ヨーロッパおよび極東反攻は順調以上に進んでいる。
人生万事塞翁が馬とは言ったものだな」
続々と押し寄せるBETAの増援すら受け止めているカムチャッカは文字通りの地獄であるが、それ以外の地域の進捗を考えるに、人類は負けてはいない。
逆に、押しているとすら言える。
であるならば、思考の転換を行うべき状況と判断すべきである。
敵戦線の突破という目標は残したままで、カムチャッカ戦線を囮とし、それ以外の戦線の突破のための材料と考える。
何しろ敵が勝手に注目してくれているのだ。
この状況を利用できないのであれば、指揮官としては無能以下の何かだ。
「8492戦闘団指揮官よりH26ハイヴ第四次攻略部隊へ攻撃開始命令。
今度という今度こそ終わらせるぞ」
増産に努めたMLRSと陸上アーセナルシップ、戦術機だけの戦術機甲師団、陸戦強襲型ガンタンクだけで構成された戦車師団、諸兵科連合を突き詰めた通常編成の師団。
それら全てを、完全充足状態で用意した。
これで駄目なら次は衛星軌道以上からの第二宇宙速度絨毯爆撃しかないと言うレベルの陣容を用意した。
それでも障害を乗り越えることは困難かもしれないが、ここの突破に時間がかかった結果として、他の戦線の突破が進むのであれば、最終的な収支はプラスだ。
人類がBETAに勝つという大目標の前に、取り返しがつくレベルの作戦変更は誤差といえる。
「作戦参加全部隊に通達、アイリーン、繰り返す、全部隊アイリーン」
オペ娘から作戦開始の符牒が伝えられる。
BETAは無線傍受の類は行っていないはずであるが、これは人類の軍隊としてのお約束のようなものである。
その符丁に不吉なものがないとは言い切れないが、なあに、符丁は符丁、何であろうと勝てばいいのだ。