「ッ、っはぁ、はあ…。一体何なんだよ……!」
夜の峠。
それを俺は走っていた。
バイクで? 車で? 違う、文字通り走ってだ。
何故こんな所に来た?
っは!! それこそわからないね!
むしろ俺が聞いてやりたいよ、後ろを走るトラックにな!!
「畜生……! なんだってんだよ!!」
そう、叫んだ瞬間。
俺は弾き飛ばされていた。
「え、ッが……?」
薄れゆく意識の向こうで聞こえたのは、トラックの運転手の声。
「悪いな。だが、お前のためとも言える。お前も、魂を利用されるのは嫌だろう? だから、異世界に避難するのが最善だ」
……どういうことだよ…、畜生……!
「じゃあな」
じゃあな、って……。
「チ、マタ貴様カ。ツクヅク邪魔ヲスル」
「そうそう好きにさせるかよ」
おい。
「フン、ダガ、次ハサセン」
おい、人殺しといて何勝手に話してんだよ……。
「好きにしろ、できればな」
意味わかんねぇよ、畜生、畜生……!!
オリ主ハーレムと思っていたらタカミチに告白されていた
「……ょう。……くしょう。ちくしょぉおおおおおおおおおおおおっ!! って、あら?」
気がついたら、俺は暗い森の中にいた。
ここ、どこだよ。
あー、意味がわからん、落ち着け、さっき俺は死んだはず……?
いや、死んだかどうかは定かじゃない。
もしかしたら偶然ここに転がってきつつも生きていたとか、治療されてここに転がされたとかありえなくは……、ありえないな。
あ、ちょっと待て。
俺は、胡坐をかいて着ていたトレーナーを捲り、腹や背を確認してみる。
そして、頭もぺたぺたと手で触って確認。
「傷、一つねぇ」
……、夢、か?
ん、そうかも知れない。
こんな所で寝ていたから悪夢でも見たんだろう。
そして、このことから、トラック運転手に引かれた後、運転手か他の誰かに治療されて転がされた説はなくなる。
が、それだと一つ問題が発生することになった。
ここ、どこだよ。
そう、冒頭のセリフと同じ疑問が発生だ。
多分、森、か? ここは。
いや、まて向こうに明かりが見える……、建造物?
落ちつけ。
何でここにいる?
と、そこで俺は記憶喪失の節を疑い始めた。
……、前後の記憶なく、俺という自我はいきなりここに発生した、って感じか。
格好よく言ってみたが、いきなりこんなとこに居て理由に心当たりもなく転がっていればそちらを疑う。
まさか……、痴呆か?
早くも老化現象……、か?
いや、落ち着け、ここでそれを指摘しようがしまいがこんな所ではアルツの治療もできん。
現状把握に努めろ。
あー、俺は一 一。
いちいちなんて呼ばれたり、わんことか言われたりするが、にのまえ はじめ、だ。
ちなみに、名前を書く時に楽。
ただの大学生で、アパート住まいの一人暮らし。
そして、大学帰りに、大型トラックに追いかけられ、はねられる、夢を見た。
が、夢を見る前の記憶にはここに転がされるような記憶は、ない。
……。
どうしようか。
いや、まずは落ち着いて人がいるところへ向かおう。
さっきの大きな建物の所に行ってみよ――。
え?
俺が、立ち上がって建物の方へと歩き出そうとした瞬間。
金髪の少女が、俺の視界を通り過ぎて行った。
「お? あ、おーい、ちょっと待ってくれよ」
ほとんど、反射で俺は声を掛ける。
いきなり建物の方へ赴くより、現地の人間に案内してもらおうと思ったのだ。
別に、金髪幼女とか、ロリとか、そのようないかがわしいことは全く考えておりませんのでご了承くださいませ。
と、話がそれた。
ともあれ、俺は、間抜けな声を上げながら、金髪少女が通って行った方へと歩き出した。
そして、ほどなくして、俺は少女と対面する。
「どうしたんだ? ぼうや」
!
その声を聞いた瞬間、俺は固まっていた。
思考は停止し、喉は凍りつく。
ただ、その視線だけは、見惚れるように彼女を見る。
「いけないな……。そのようなイイモノを持って無防備に夜で歩くのは」
な、なんだ。なんなんだこれは!!
「私のような――、悪い魔法使いにさらわれてしまうぞ?」
少女は、楽しげに俺の首元に顔を寄せ。
「あ、あ、あ、あなたは……?」
有り得ない。
絶対にありえない。
だが。
それでも。
俺の首元で、心底愉快そうにささやく少女。
彼女は――。
「私か、私は――」
俺の目の前にいるのは――。
「「エヴァンジェリン・マクダウェル!!」」
そう、そこにいたのは、漆黒の服で身を包む、金髪幼女。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
「なんだ……。知っていたのか。まあ、いい。私は今日機嫌がいいからな、見逃してやろう」
微妙に不満そうな表情で、エヴァは俺から離れる。
俺は未だショックから抜け切れない。
が、一応聞いておかなければ。
「その……、いいもの、って?」
そう、そこが肝心だ。
これだけ聞けば、すべてはっきりする。
そう思って、聞いてみたら、エヴァは少し目を丸くして、すぐに戻すとこう言った。
「なんだ、自覚がないという事は裏表の境界にいるのか。と、それは私が気にすることじゃないな。それで、イイモノの話だったな? それは、お前の莫大な魔力だよ」
ああ――、そうか。
俺は、ネギまの、オリ主になってしまったらしい。
◆◆◆◆◆◆
俺はエヴァをぼんやり見送りながら。
一人、森に取り残された俺はこれからのことを考えていた。
さきほど言われたとおり、俺には膨大な魔力がある。
ちなみに、少し集中して力んだだけで、手に火が灯るほどだ。
詠唱の一つもいらないなどとは反則に近い。
が。
吐くかと思った。
いや、実際に倒れた。
頭が鉛のようになって、指も芋虫のようにしか動かせず。
それから三十分近い、と言っても主観だが、それくらいの時をぐったりしていたわけだ。
理由は何となくわかる。
俺の定規は百メートルだがセンチの目盛りがない。
要するに大雑把にしか出せないってか、制御は素人だから気の向くまま駄々っ子みたいに振り回すしかできんみたいだ。
すごい重たいハンマーだってぶんぶん振りまわすだけなら遠心力で簡単だけど、精密動作しろ、なんて言われたら無理。
そりゃ上手くいかん。
ともあれ、オリ主能力に俺が付いていけてないことははっきりした。
うーん、いや、これはある意味どのオリ主もそうか……、力に振り回されてる件においては。
と言ってもあれだろう。
しばらくすれば慣れてくるか、修行すりゃ何とかなるはず。
オリ主的に考えて。
多分、しばらくはフルスロットルじゃないとオリ主力は使えないと思うが。
ともかく。
そこは後回しにしよう。
問題はこれからの身の振り方である。
テンプレはどうだったか、うーん、そこまで好きでたくさん読んだわけでもなぁ……。
そうだ、俺の読んだのではエヴァの家に転がり込んだりしていたな――、それにしても。
生エヴァたんは可愛かった……。
これでは、まさに恋。
否、これは愛。
そうだよね、原作好きキャラいたらハァハァしちゃうよね。
「落ちつけ。落ち着いてこれからの身の振り方だ。まず、エヴァの家に行くのは、きついか?」
多分だが、行けばうまく行く気がする。
これも予想だが、俺には主人公補正が付いている。
根拠はエヴァの態度。
あの状況、機嫌がいいようなことを言っていたが、血を吸われてもおかしくはなかった。
いや、リアル補正がついていたらここで完全に無事なのは有り得ない。
要は、主人公への無条件の好感が発動している可能性がある、という訳だ。
という訳で、無理じゃないとは思うが勘違いかもしれんし、それにあちらに付き合うのは早計だ。
顎で使われたり辛い生活が待つ可能性もないとは言えない。
何より、学校側は気にしてないとはいえ、いや、説明しにくいな。
要するに、後ろ盾も住所も戸籍もない俺が。
いきなり魔法世界の世間一般で悪と呼ばれたりする方へ着いたら、取り返しのつかないことにあるかも知れん。
ということだ。
正直、現在ポジションもはっきりしないのに軽々しくそちらへ行くと、なんか魔法世界と取り返しのつかない溝が発生しそうだからな。
断罪イベント発生とかマジごめん、かっこいいかもしれないけど無理無理無理無理無理。
殺せないよ俺は。
いや、一人殺しちゃったら後はすっぱりずるずるなんだろう、と、思うん、だけど。
きっと一人殺せばその後しばらく何も思わず何人でもやっちゃうんだろうけど。
差し迫ってピンチでもないし格好付けでもないからできるだけ回避。
こういうことするのはどうしようもない時だけでいいよ。
では、学校に接触するのが妥当か?
でも、それからどうするべきか。
正直に事情を話して大丈夫だろうか。
いやー、トラックにひかれたらサー、異世界に来てしまったのサー? なんて言って。
嘘だッ!! って言われて怪しい奴め、死ね! とか言われたりしないだろうか。
それとも――、ぼかして説明する?
記憶喪失でーす、気がついたら貴校の森林に転がってましたー。とか?
嘘くさ。
いやでもここでの戸籍もあったもんじゃねーし。
それにあの学園長当たりなら笑って了承してくれるかもしれない。
よし、行こう!!
という事で、俺はすぐに学校へと向かった。
もう半分は夢だと割り切って。
てか――、トラックに追いかけられて、気がついたら知らない世界に飛ばされた――、なんて言ったら、本当は怖いのだ。
今まで考えないように頑張って色々考えたけどね?
恐怖心Max。
もう、ネットで読んだ小説と現実を重ね合わせるしかできない。
情けない、俺の物語はいつ始まるのだろうね?
まだエヴァにあっただけで精神的にはガクブルで、未だプロローグも終わっちゃいない。
だけど一歩も進みたくない、投げ出したい。
だけど、誰でもいいから人に会いたい。
「独り言でも言っていないと、怖くて一歩も動けなくなりそうだ……」
何で他のオリ主たちはあんな簡単に現実受け止めれんだよ。
いきなり諸外国に文なしで落とされた様なもんだぜ?
実際は戸籍とかもっと酷いけど。
例えテレビとかで馴染みのある国だって放りだされりゃ怖いし、日本の自分の行ったことのない地方に文なしで飛ばされただけでも俺は半べそどころか全べそだよ!
こう、ここまで非現実すぎるのが、俺をなんとか支えていた。
明日が来ないと思えるまでの現実感のなさが明日の糧とか、身の振り方に対する不安を和らげてくれた。
恐怖を紛らわすために、俺は夜の森に声を響かせる。
「嫌だ嫌だ、とっとと誰か――、タカミチ辺りにでも保護してもらおう……」
その瞬間、俺以外の声が返ってきた。
「呼んだかい?」
おっと、ここでデス眼鏡高畑・T・タカミチの登場だぁ!!
高畑・TのTはなんなんだ、テスタロッサなのかこの野郎いい加減にしやがれよ。
いや、あれか? そういや高畑・Tじゃなくてタカミチ・T・高畑か。
いやどうでもいいよそんなことまじでいやこれがそれでまああのその。
「ここで魔法を使ったのは――、君かい?」
マジかよ。
◆◆◆◆◆◆
そして俺は――、すべてを一切合財ぶちまけることとなってしまった。
「それでー、まー。こう、なってー、いたんですー」
色々と相手が要領を得なかったりするたびに再度説明したせいでもう俺はぐだぐだのくたくたよぉ!!
うん。
疲れたよ?
なぜならこの人数。
えーと理事長室に、まず当然エイリアン爺。
デスい眼鏡、ここまではいいんだ。
この二人なら重くならない気がするんだ。
だけど、他にも。
ガンドルフィーニさん。
葛葉 刀子さん。
でぶ。
修道女といったら、いんでっくす、いや違うけど。誰だっけ、シスタージョスリン? いや、あの魔羅様は違う。
なんか漢字が難しいかたらぎとか言う人と、あと――、あれなんだっけ。
ドラゴンボールのセルみたいな――、いや外見は関係ないけど。
セル画?
競原、せるはら?
せる、瀬流……、セルなんだっけ……。
もうセルでいいよ、そっちのが強そうだし。
そいつらに取り囲まれながら、俺は理事長と対面しながら高級そうな木の椅子に座らされてんだよ。
超怖い。
うん、で?
要するに、俺を中心に?
遠めから見てもわかるような異常な魔力的な圧力を感じたから見に行ってみたら、俺がいたんだそうな。
よくある展開だなあ。
ともあれ、俺は全部吐かされてしまったわけだ。
まほうが使えることまで。
いやね? 黙っておこうと思ったんだけどね?
「近づくと、もう一度魔力を感じたんだが、それは?」
眼鏡キラーン。
キラーとキラーンをかけ……、いや、いい。それ以上は俺がみじめだ。
ともかく、言わないわけにはいかなかった、
ただ、元の世界にこの世界の漫画があるとか言うとめんどくさいので偶然力んだらぴょっと出たことにした。
で、やっと話が終わりそうになったわけだ。
と、見せかけて。
そうは問屋が卸さない。
「だったら、我々にその魔法を――、見せてもらえないか?」
おいてめガンドルフィーーーーニ。
今まで一番空気重くしてたのに何我がままいっとるんじゃボケが、エイリアンとセルを見習え。
あと上の一行だけ読んだらネギまじゃないわこれ。
うん。
あ、でも刀子さんはいいよ。
女性だから。
女性はいるだけで空間が華やぐ。
そう言えば、結婚、大丈夫なのかな……。
思って、見詰めていると、ふと目があった。
目があったので、微笑んでみるとなんか驚かれた。
ちくせう。
と、そう言えば魔法の話題だったっけ。
自重しろよガンドルフィーニ。
セルなんてほとんどついて行けてない陽気なオーラ出してるんだぞ?
しかもあれはつい前まで寝てて叩き起こされた顔だね、かわいそうに。
うん、陽気なセルについて吹いたのは俺だけじゃないはず。
と、まあいい加減に話を進めよう。
「魔法、ですか。ただ、加減が聞かないのでずがんといっちゃいますよー!」
テンションが変なのは恐怖のあまりだ。
こう、説明の途中にどもりまくって、『えと、それで、そそそのあたたとてぱらりらぱらりら』、とかなって次第に『うるせぇええー!これが人に説明求める態度かー! どもって何が悪いんじゃー』となったわけだ。皆引いていたが。
「ふむ、そうか。じゃあ、外に出てグランドに向かって撃ってもらえるかの?」
「へいりょうかいっさー! 空豆じいさん!」
もういいよもう。
キレるよ。
ここまで来たらもうキレるよ。
命の心配はないみたいだし。
ここで用務員になるみたいだし。
俺オリ主だし。
調子に乗っても、いいよね?
と、言う訳で、全員がグランドにそろって俺を見る。
あ、でも冷静になったらやっぱこえええ。
夜の寒さが俺のバースト脳を冷やしていく。
うん。
やはりつつましく生きよう。
「さて。うーむ」
格好よく右腕を空に突き出してみたけど。
そもそも、俺って何ができるんだろうね。
さっきは火が出たけど。
でも呪文なしに火とか結構おかしいよな。
呪文なしで魔力を火に変換できるのかー。
じゃあ、本来だったら、魔力塊を飛ばすのか?
例えば、こう、光の槍みたいな。
「っ!!」
不意に、周りが息をのむ声が聞こえる。
「え?」
何事かと思って頭上を見ると、バチバチと眩く迸る閃光。
レモン型のそれは、まさにプラズマサンダー。
「おお、すげ」
オリ主ってやるね。
こんなもんだせんだ。
しかも、こんな適当な使い方なら消耗もしないらしいし。
って、使い勝手悪!!
常に全力全開フルバーストかよ!
何もない空間での敵対俺ならいいけど、搦め手系とか敵対味方俺重要建造物とか室内とかになったら酷いことになるじゃん。
具体的に言うならネイキッドでヴァイオラアージェイト戦に挑んで敵の剣を弾こうとしたら一刀両断フラグだよ。
が、言っても仕方ない。
まずは、投げる。
投擲、着弾。
閃光が、爆ぜた。
「これは……」
タカミチがそれを見て呟いた。
ともあれ。
俺の魔力塊はグラウンドに数十メートルのクレーターを開けることに成功した。
俺の力、本当に使えるのか?
◆◆◆◆◆◆
そうこうしながら早くも一週間。
俺は、見事にピンク色な異常なオリ主ハーレムを作っている。
嘘だ。
ウキウキしながら頑張ってみたのだが。
そうですよねー、ただの用務員に皆興味なんてないですよねー。
どっかの正義の味方さんあたりは一風変わった外見があったりしますからねー、人の興味を引くんですねー。
俺なんざ誰の目も引きませんぜ兄貴。
むしろこの学園髪色異常過ぎ。
もうこん中にちょっとイケメンでもない黒髪が居たってなんら目を引きもしないね。
このまま女の子に声かけられるのを狙うならサンバカーニバルにでもなれというのか。
無理だ、少なくとも人の目を引いて警察ハーレムは起きても女の子に好きになってもらえるわけはねえ。
というわけで、俺は未だに慎ましやかに用務員人生を送っているのである。
ああ、それとネギ少年はまだこちらへ来ていないらしい。
つか、皆一年の後期の模様。
てことは冬、かぁ、雪積もってないけど。
ま、とりあえず、現在情けないことに俺はクラスに接触ゼロ。
あ、そういや大河内さんにちょっと挨拶したな。
言ってて悲しくなってきたなんてことはない。けっして。
「む、やあハジメ」
と、モップがけをしている俺に声を掛けてきたのはガンドルフィーニだった。
にこやかに片手をあげて挨拶してくる。
俺は、原作での彼しか知らんので頭の固い奴としか思っていなかったが、これでもいい奴である。
右も左もわからん俺に根気よく色々なことを教えて回ってくれた。
俺のために、最も走りまわってくれたのが、この人だったのだ。
最初空気読めとかセルを見習えとか正直すいませんでした。
「精が出るな、頑張ってくれよ」
それに俺は笑顔で返した。
「はい! それで、ガンドルフィーニさんは? 授業ですか?」
ガンドルフィーニさんマジ感謝してる。
「ああ。行ってくるよ」
「頑張ってきてくださいっす」
そう言って見送って、俺はモップがけを再開した。
そう、既に俺はオリ主というよりバイト気分だった。
「あれ? おーい、瀬流彦ー?」
モップがけを終えた俺は、言われていた机の修理に向かう途中でセルに出会った。
ちなみにセルにはタメ口。
タメでいいと言われたし、俺もそれがいい。
「何やってんだ? 物置の前で、さぼりか?」
物置側の廊下の人通りは少ない、そもそも生徒がここに来る用事はないので当然であるが。
そんなセルは、廊下の壁に寄り掛かってこちらを見る。
その表情に元気はなく、疲れた様子を見せていた。
「ひどいな、魔法先生のお仕事だよ。まったく、僕は荒事得意じゃないってのに」
いいながら、セルは溜息を吐く。
「そういう君は?」
「お仕事。机直してくれってんで天板回収しにきた」
「ご苦労さま。だけど、君もがんばるね?」
それに俺は肯いて見せた。
「いい人ばかりだしな、やりがいもあるってもんよ」
すると、そこにはあきれた表情のセルがいた。
「はは、変わってるね。実際帰りたいとかわめくんじゃないかって皆心配してたんだけどな」
「あー、確かに帰りたい気もするけどね。じたばたしてもしょうがないでっしょう、という訳でさあ、瀬流彦の旦那」
笑って言ってみたが、
うーむ、半分嘘だ。
俺が帰ろうと焦っていないのは俺がオリ主だからだ。
しばらくしたら、望郷の念とかホームシックとかあるかもしれないが。
少し前までと違って手に入れたこの力がちょっと惜しい。
最低ものとか言われたりするけどやっぱり最強ものは憧れるわけで。
ってか、誰しも一回は考えたことあるはず、多分。
そして物語としては面白くないかも知れんが、自分がなったとなれば話は別。
帰る方法は探してもらったりするけどしばらくはここでオリ主しようと思う。
ってか、与えられた力とハーレムをホイホイ手放すなんてできないよねー。
どこのハーレムオリ主だよ。
って俺か。
「でも、ご家族とかはいるんじゃないのかい?」
「いない」
「そうなの?」
「そうなの」
残念だが、これも帰りたがらない一つの原因だ。
親父も御袋も他界したよ、二人とも笑って逝ったから悔いはない。
「それに、大学行くのきつかったからなー」
日々のバイト代ではキツイものがあったわけで。
しかもバイトクビだろうなー、と思う訳で。
そうすると大学中退だろうなーってわけで。
帰りたくないなー。
まさに臭いものに蓋気分。
「だから、ここで用務員として一生を終えても問題ないのっさ」
「そっか」
「じゃ、俺は行くぜ」
「頑張って」
俺は手を振りながらセルのもとを去ると物置の中へと入って行った。
その後は、カタラギ先生と光先生に会ったりして、俺はやっと仕事をひと段落させることに成功。
「よし、昼飯だ」
俺は意気揚々と食堂でトレーを持ちながら歩いていた。
そんななか、暗いオーラを放つ席を発見する。
「……、刀子さん?」
虚空にはなった言葉は届くことなく、虚しく消えた。
そして俺は、何を思ったか彼女の前に座ってみることにした。
「刀子さん、前いいっすか?」
聞こえるかどうか不安だったか、なんとか肯いてくれた。
「……、構わないけど…。私みたいな陰気な女と一緒にいると運気が下がりますよ…?」
本当に落ち込んでいる様子。
はたして、どうしたというのか。
「あー……、どうしたんですか?」
聞くと、刀子先生はぽつらぽつらと話し始めた。
「付き合っていた、彼が――、居たんです」
ああ、それだけで大体察した。
学園祭編で言っていた人とは違う人、なのだろうか。
「それで、昨日、言われたんですよ。君みたいな人は僕には合わないんだ、僕にはもっと明るい無邪気な子があっているんだよ、って……!!」
うお、急に空気が剣呑になった。
やばいやばい、ここで刀抜いちゃだめですよー?
だが、それにしても。
「もったいないっすね?」
「そう、でしょうか?」
「センセ、美人でしょう。性格だって可愛いし。俺だったら絶対こんなことにはしませんよ」
うん。それにしても美人ふるとか。
死ねよ、いやむしろ死ぬの?
「そ、そう、なんでしょうか。私って、まだ、大丈夫ですか?」
彼女がいたためしのない俺に謝れよ!
どげじゃして謝れよ!!
間違えてどげじゃ、って言ってしまったのは秘密な!!
「え? あ、うん。まだ大丈夫どころか引く手数多っすよ」
貰っていいなら俺が貰いたい。
彼女に萌えたのは俺だけじゃないと信じている。
「その……、ありがとうございます。ちょっと、元気でてきました」
おお? もじもじしながら感謝されてるぞ?
ぺろ、これはフラグっ!
なわけはないが感謝されて悪い気はしないぞ?
ということで俺は最高の微笑みを返してみた。
「いえいえ、お役に立てたなら恐悦至極! さて、それじゃ、俺は行きますね、午後からも仕事がたんまりで」
「あ、はい。頑張ってくださいね」
そう言って、刀子さんも笑顔を返してくれた。
よし、元気でてきた。
俺は気合を入れて、校舎を走りだした。
のが悪かった。
「ぬぉうわっ!!」
廊下の角で、誰かとぶつかってしまった。
だれだ?
いや、これはチャンス。
オリ主としての女の子とのフラグメイクが――。
「大丈夫かい? 君も、そそっかしいな」
「チェーーーンジッ!!」
タカミチかよ!!
くそ、今ならゲッターのチェンジの掛け声だってできる気がする。
「? 大丈夫かい? ほら、つかまって」
「だ、騙されないからな、そんなことしたって俺は騙されないぞ!?」
言いながらも手を取り、立ち上がる。
「大丈夫みたいだね。でも、次からは気を付けないといけないよ?」
くっ、何をさわやかにいっとるんだこの眼鏡。
どうする。
速く撤退するんだ。
「はい、次から気を付けます! じゃ、SA☆YO☆NA☆RA!!」
走れ俺っ!
時速百キロを超えて!!
これが俺の全力全開ッ!!
◆◆◆◆◆◆
「ぜっ、ぜっ、っは、きっつ……」
流石のオリ主チートボディとは言っても、こういうもののメインは魔力であるはずで。
まあ、身体能力も異常ではあるが、やはりキツイ。
だが、
偶然にも、
何はともあれ、俺は何故か朝から来ようと思っていた空き地に居る。
これはチャンスだ!
これでまずは一つ目のフラグメイクと行こうじゃないか相棒。
「うふふふふふ」
おっと、まずい。
これでは普通の魔法使いだ。
「よっし、落ち着いた。さあ行くぞ、さあこい猫たち!」
そう、これだ!
茶々丸の可愛がってる猫だ!
ここで猫と戯れながら遊んでいると茶々丸さんが来て、そのままお家にお呼ばれしてエヴァたんのフラグが立つ。
完璧な計画だ。
ふふふ、まあ、そんなに期待してるわけじゃないが、上手く行けば茶々丸さんとなら、程度には期待度高し。
ふふふふふ、それにしても猫かわええ。
でい、キャッチ。
今だ、撫でまわせ。
ふふふ、耳の裏とか、腹とか足とかふわふわだぜ。
さて、リリース。
すると、今度は猫の方からすり寄ってきた。
目をつむりながら、俺の脚に頬を擦る。
……これは…、主人公補正!?
猫にフラグ立っちゃったよ。
可愛いけど。
「ふはははは、愛い奴め愛い奴め、抵抗しても無駄よぉっ!」
地面に猫を転がしつつ、腹をぐりぐり首をわさわさ。
気がつくと俺は、猫に囲まれていた。
「ふふふふ、まあまて、落ち着くんだ。順番だ、そう、順番だ。喧嘩するんじゃない。俺にはお前達のどれかなんて選べない! みんな大切なんだッ!!」
おお、なんというオリ主臭い台詞。
猫相手だけど。
そして。
そんなこんなで猫と遊んでいたら、不意に足音が聞こえた。
「うりうり、しかしお前顔ぶっさいくだな。いや、そこが可愛いんだけどさ。ほれほれ、ここが弱いのかい? いけない子だ。――って茶々丸さん!?」
やべえ、これは恥ずかしい!!
ご、ご、ご、誤魔化すんだ。
できるだけ不自然にならないように、ゆっくり立って後ろを振り向く。
「……一君?」
そこに居たのは、タ カ ミ チ だった。
「っひゃああああああいッ!!?」
チェーンジッ!!
チエェェェエエエンジッ!!
正直に言おう。
茶々丸さんなら耐えられた。
だが無理だ。
これは耐えられん。
うおおおおっ!!
「猫! 爆! 撃!!」
俺は、動転の余り両脇を後から掴んで持ち上げていた猫を、タカミチに放り投げた。
「うわっと」
それをタカミチは顔面でキャッチ。
だが、このままでは終わらんよ!
このことを忘れるまでこの攻撃は続く!
「今だっ! チームアルファ、ベータ、クラブ、アングリフッ!! 吶喊し、突貫せよ!!」
にゃー、とばかりに十を超える猫たちが、鬨の声を上げ、タカミチに迫る。
それに抵抗できずタカミチは、無残に猫に駆け昇られ、猫の塊と化した。
「く、くく、やめてくれ、こちょばしいよ」
タカミチは、勢いで地面にまで倒され、猫の洗礼を受けている。
「ふふふ、圧倒的じゃないか我が軍は!」
それを見下ろし、俺は言った。
一度は言ってみたかったねこの台詞。
そんな中、タカミチは一人一人、もとい一匹一匹丁寧に猫を剥がし、おもむろにしゃがみこむと、猫を撫で始める。
そして、タカミチは言った。
「好きなのかい? 猫」
俺は思わず肯く。
「お、おう!」
その後しばらく、タカミチは猫をなで続けていた。
俺も無言。
なんとは無しに、何も言えなかった。
そして暫く。
「可愛いな、猫は」
不意にタカミチが呟いたので、脊髄反射で俺は肯定した。
「あ……、ああ」
そののち二人で猫と戯れること三十分。
俺はふと、我に返った。
俺は何を、
男
二
人
で猫と戯れているのだ。
しかもこの髭眼鏡と。
「は、はは」
「どうしたんだい?」
不意に立ち上がった俺に、タカミチは視線をあげて答えた。
「いやー、もうこんな時間かー。いやはや、そろそろ帰らんとなー」
俺の視線が存在しない腕時計を見つめる。
俺の脳内時刻においては、俺の脳内約束の脳内五分前。
「もう、行くのかい?」
そう聞いてきたタカミチに、
俺は肯く。
「君は、よくここに来るのかな?」
「いや、そんなことはないけどたまに来るっていうか行きはするけどそんなにこないさー」
意味わからん。
いや、でも茶々丸さんには会いたいし、かといってタカミチとは会いたくないなぁー。
別にタカミチ嫌いじゃないけど、こう、男だし。
男だし、
男だし、
男だし。
まあ、男だからなぁ。
ふむ、なんとなくこう、苦手なんだよ。
何かと遭遇してしまうしな。
ううむ、どうしようか。
と、そこで気付く。
もしかっすっと、茶々丸さんここの空き地の猫にまだ会ってない可能性もあるんじゃ。
あれ、原作でいつからとか言及されてたっけ。
……、おっと、そんな瞳で見つめないでくれ猫よ。
うん、また来るよまた来るさ。
きっと茶々丸さんも現れる!
「うっし、それじゃあまた今度!」
そう言って俺は走りだす。
後ではタカミチが笑顔で手を振っていた。
◆◆◆◆◆◆
やれやれだぜ……。
今日は走ってばかりだ。
しかもやけにタカミチと遭遇するし。
そんなことを思って、学内の敷地を歩く。
「また会ったな」
!?
聞き覚えのある声に、俺は思わず辺りを見回した。
いや、聞き覚えがある、というのはおかしいか。
正確には、聞いたことはあるはずなのに先生達の様に日常的に聞く声ではない、そう、知っているが馴染みのない声だった。
「エヴァンジェリン!?」
俺の目前に立つ幼女は、まさにエヴァンジェリンだった。
思わず心臓が高鳴った。
思い返してみると、俺がロリもいけるかも、と思ったのはエヴァが初めだし、
片足突っ込んだ状況だった俺が沈み込んだのもこの作品。
「いきなり呼び捨てとは…、不躾だな。――だが、許してやろう、それより少し来るがいい」
「へ?」
思考に沈んでいた俺は気が付けば、手招きされていた。
「いいから来い。早くしろ」
「は、はい……?」
疑問符を付けつつも俺はエヴァの後を追う。
そして、
たどり着いたのはエヴァさん宅でした。
「早く上がれ」
そう言ってエヴァは扉を開いて俺を招き入れる。
「はあ……」
歯切れ悪く応答すると、俺は室内に入った。
そして、ソファに座らされる。
「さて、お前をわざわざここに連れてきたわけだが……」
そう言って座る俺を見下ろすように言ってくるエヴァを見て、俺は思う。
これは、チャンスだ。
そう、フラグを立てよう。
オリ主補正か何か知らんが彼女はこちらに友好的。
ここで攻勢に出るっ!
「あ、あの――」
「まあ、お前に詳しい話はいいか、まず、血を吸わせろ」
気がついたら俺は首を噛まれていた。
「え、あ、あ、あ、あ、あ」
動転と、首から血を吸われるという感触に、思わず声にならない声を上げ――。
そして唾液の糸を引きながら、エヴァの唇が俺の首から離れた。
動揺しまくりの俺を見て、エヴァは愉快そうに笑う。
「くく、血を吸われるのは初めてか? 大層美味かったぞ?」
「……初めてじゃない人のが少ないかと」
「ふん、生意気な。だが、流石の高濃度の魔力だ。上手く使えば、この学校から解放されるやもしれんな……」
その言葉にふと思い出した。
途中の辺りから気にならなくなったが、彼女は呪いを受けていたのだ。
やはり、そういうことなのだろうか。
「なあ、そんなに、この学校から出たいのか?」
なんとなく、敬語はやめる。
ふん、ここからはオリ主タイムだ。
見て腰抜かすなよ?
見事なSEKKYOUを言ってみようじゃないか。
すると、エヴァは肯いた。
「当然だ! こんなふざけた呪い、いつまでもこのままでいられるか!!」
よし、この辺りで説教と行こうか。
「確かに、そうかも――」
だが、その言葉はエヴァに遮られてしまった。
いや、半分自主的にやめた。
彼女が、ひどく悲しく、寂しげな目をして笑っていたから。
「こんな呪いがあるから――、私はこんな呪いを掛けた奴を殺しに行きたくても……」
その瞳は、切ない恋する乙女のようで。
俺ははっきり自覚した。
俺は、原作を読んでいた頃から。
彼女に恋をしていたんだな――。
そしてそんな彼女を、俺はきっと好きにさせることができる。
願ってもない幸運。
だが。
俺の好きだった彼女は。
ナギ・スプリングフィールドが大好きで、その息子にちょっと歪んだ愛情を抱く彼女は。
こんな何の努力もせず力を手に入れたぽっと出の男に惚れるような女だったか?
否。
俺は。
この恋する瞳を穢しちゃいけない。
「――探すことすら出来やしない……」
おい、ちょっと出てこいスプリングフィールド(父親)。
俺の説教相手はあんたみたいだ。
「そっか……」
俺はそう呟いて、決意する。
スプリングフィールド親子をこの子の前に引きずりだす。
そんで、正々堂々彼女に告白する。
ああ、馬鹿な話だ。
勝ち目がない挙句に塩を送ろうってんだから間違ってる。
だが、それで尚、俺を好きになってもらえないなら――、
そんな恋、意味はない。
◆◆◆◆◆◆
俺が今いるのは、用務員の宿舎だった。
辺りは既に暗く、俺は布団の中に入る。
「ふぅ……、今日だけで、色々あったな……」
色々あったけど、悪いことばかりではなかった。
とりあえずやることは決まった。
ネギは勝手にここに来る。
なら、俺はナギを探してみよう。
オリ主能力があれば、難しくはあっても出来ないわけじゃない。
とりあえず長い休暇があれば魔法世界にでも行こうか。
ううむ、だが、俺は原作二十四巻までしか知らんからな……。
気の長い話になるが仕方ない。
最悪ネギに協力して一緒に探すことになるだろう。
歴史への影響?
確かにあるかもしれないが、俺は確かにここに存在しているのだ。
存在する以上、俺は動き続ける。
動き続ける以上、世界に影響は与えられ続ける。
だったら、好きにさせてもらおうか。
その代り、何かやらかしたなら俺が全力で責任を取ろう。
さ、寝るか。
明日も早いんだ。
……………………。
…………。
………。
……。
眠れん!
いや、首筋の感触とかね?
すごい思い出しちゃってね。
真っ赤だぜ!!
くそ暑い。
俺は布団を蹴り飛ばし、水を飲みに行こうとし、ふと思いなおす。
そういや、気にしてなかったけど、俺が最初いた森、もう一回行ってみるかな。
今になると感慨深いもんだ。
この世界初めての場所、所謂思い出の場所だからな。
うん、行くか。
たまにあるよね、夜中じっとしていられなくなる現象。
ともあれ、俺は玄関のスニーカーに足を入れると、意気揚々と外に繰り出した。
◆◆◆◆◆◆
「ふ、それでは代わってもらおうかエヴァンジェリン」
「くっ、貴様…」
「これは、万事休すか……」
なんだこれは。
何が起こっている?
俺が森に来て見たのは、浮いている銀髪赤目の黒いコートの男と、膝をついたエヴァ。
そして立っていながらも、その方は上下していて、確実にダメージが見えるタカミチ。
なんだこの状況。
エヴァは一人。
茶々丸さんは?
相手は?
フェイトじゃない。
その関係でもない。
ヘルマンでもない。
こんなキャラは知らない。
「さて、さよならだ。僕の物語のために、犠牲になってくれるかな?」
男が、エヴァに向かって拳を振り上げた。
俺は、――気がついたら走りだしていた。
「させねぇええッ!!」
俺はすぐに奴とエヴァの間に入ると、全力で魔力をぶつけた。
白い閃光が俺と相手の間に閃光が炸裂する。
「おや、君は?」
「っ!!」
男は、俺の全力の魔力塊を、あっさりと受け止めていた。
そして、目を丸くして俺を見ていたが、すぐに納得したように手を叩く。
「そうか! 先客がいたのか!! これは予想外だ、修正しなくちゃならない」
意味のわからない言葉を放つ男に、俺は虚勢をこめて叫んだ。
「お前は誰だ!? 何の目的でエヴァを殺そうとしている!!」
すると、男は愉快そうに笑う。
「君からその質問がくるとはね。殺す? 違うよ。これからこの世界に来るとある男にとってこのエヴァンジェリンとタカミチは少々邪魔だ」
この世界に、来る男?
「だから、代えるのさ。原作という世界から少々外れたエヴァンジェリンという僕の作る物語に居るに最も適した存在に」
その言葉で理解する。
こいつは、二次創作者だ。
実際の二次創作が現実にあるとして、この男は自分の送りこむオリ主に適した世界を作りに来たのだ。
だが。
だがである。
「代え、る?」
男は心底愉快そうに頷いた。
「そうさ! 君の転生は世界にあまり影響を与えてないみたいだけどね。なんというか、君だけに主人公補正と巨大魔力がついてきたみたいだ」
なんとなく、その言葉に自分が同じことをしていないことを安堵する。
だが、そんなこと。
都合が悪いから代えるなんて。
「許されるわけねえだろぉおおおおおおおおおおッ!!」
俺は天に向かって手のひらを突き出した。
その手のひらに、白い閃光が集まり、巨大な雷撃と化す。
そして、それを放とうとして――。
「残念だけど。僕の主人公のために、君には降りてもらおう」
雷が、霧散した。
「え?」
もう一度、俺は魔力を出す。
いや、出そうとした。
だが。
でない。
何故。
それは、男がわざわざ説明してくれた。
「世界を、ずらしたんだ」
どういうこと、だ?
「君の大きな魔力は。別世から壁を突き抜けた際に間から引っ張ってきたものだ。位相をずらせば、君の力は切られる」
だから、魔力が出ないと?
みなぎっていたはずの力が、すべて消えている、と?
更に。
それだけでは終わらない。
「それと。ずらした世界は、原作よりだ。これによって、君は世界の修正を受け、主人公補正も消える」
( なんだ これ )
( 俺が、俺の意識が――、物語に )
俺の精神に、異常を感じる。
( 物語に )
(閉じ込められる!?)
おかしい、これはおかしい。
俺が私がこれが僕が君が貴方がそれが俺で一で俺は、
一は―――。
「さよなら主人公、今日から君はモブキャラだ」
男の手が一に触れる。
(ああ、俺、死ぬのかな?)
「逃げるんだ一君!!」
その瞬間。
一 一は、この世から塵も残さず消失した。
「一ええええぇえええええええええッ!」
タカミチの声が響き渡り、そして、無情にも男は動きだす。
「さ、死んでもらおうかな? 大丈夫、僕の作った二人がちゃんと代役をこなす」
男が、拳を振り上げた。
タカミチは、跡形もなく消えた一の居た場所を見つめ続けていた。
抵抗は、もうない。
だが。
だが、それでも尚。
(俺は)
一は。
( 俺は!! )
一は。
( 俺はッ!! )
俺はッ!!
「させねえっつってんだろうがああああああああああああッ!!」
タカミチと男の間。
そこに、俺は立っていた。
戻ってきた世界の感触に、俺の精神が、細胞が歓喜を上げた。
俺は、俺だ。
「させねえよ。俺の後ろにいる奴らに手を出すなんて。死んだってさせねえッ!!」
高々と宣言した俺に、男は驚愕した様子で手をとめた。
いい気味だ、初めてみたぜ余裕のない表情。
「馬鹿な…! 君はもう原子に分解されたはずだ…!! それにもう何の特殊能力もない、なのにどうしてここに居る!!」
「知るかよ」
言って、走りだそうとする俺を、タカミチは止めた。
「やめるんだ。君からはもう、なんの魔力も感じられない…。僕が時間を稼ぐから、君は彼女を連れて逃げろ…」
その言葉を俺は、
「断るッ!」
一刀両断した。
「勝てないなら意味ない。だから、勝てないってんなら守ってやるよ、タカミチセンセ」
そう言って、俺は不敵に笑って見せた。
確かに、俺にもう特別な魔力は無い。
「一君……」
「落ち着いて先生はそこで待ってろよ。殴れたのか知らないけど顔赤いぞ? ゆっくり治しとけ」
そう言って俺は相手に向き直る。
タカミチは、それ以上止めなかった。
「わかった……、だけど絶対勝ってくれ!」
「誰に物を言ってるんだか……」
俺は。
天下無双のオリ主?
否。
俺は、相手に向けて走り出す。
「うおおおおおっ!!」
拳を振り上げ、突き出そうとした瞬間。
「さっきの復活には驚いたが、魔力はもう持ってないみたいだね。ご苦労さま」
俺が、消滅する。
だが。
「おおおおおおッ!!」
奴の斜め後ろにいた俺が、もう一度拳を放つ。
「っつ!? テレポート? いや、確かに消し飛ばした。仕方ない、もう一度」
奴の手が俺にふれ、もう一度、俺が消失する。
だがそれでも。
「あああああああああああああッ!!」
今度は奴の横にいた俺が拳を放ち、
「何なんだ貴様はぁ!!」
今度は爆発し、俺の体は右腕だけが宙に舞う。
俺は誰だ?
天下無双のオリ主様か?
努力なしで巨大な魔力を行使できる暴君様か?
人の心踏みにじって奪い取る強欲か?
否。
否!!
「俺が! 世界最強のモブキャラだッ!!」
不意に空中に現れる俺が、宙を舞ったもう一人の俺の腕を掴み、奴に振り下ろした。
「なっ、っがああッ!」
俺の腕の骨が、奴の腕に突き刺さる。
「くう……! モブキャラごときに何ができる!! 貴様何者だ!! 答えろッ!」
その問いに、俺はわざわざ奴の前に止まって応えてやった。
「はん、てめぇこそモブキャラを、――舐めんじゃねえよ」
そこには、三十人の俺が、奴の前に立っていた。
「なっ」
「驚いてる暇は与えねえ」
俺の一人が奴に跳びかかる。
だが、難なく消失。
それを囮に、もう一人が奴に迫り、消し飛ばされ、
だが、それもフェイク。
いきなり奴の後ろに発生した俺が、攻撃。
その手に握っていたのは、消し飛ばされた俺の、腕。
その骨を切っ先に、もう一度、今度は腹に突き刺す。
「ぐぅうあああああっ!」
ついに、奴が膝をつく。
そう、俺はモブだ。
そう、俺は一人にして群衆と化した。
「な、何故……」
原作に関わることはできない。
だが。
「俺はどこにでもいてどこにもいない。俺は何人でもいて一人もいない」
もう、俺とエヴァが関わり合うことなくとも。
その代りに。
俺は彼女を守ることができる!!
俺は心折れるまで。
絶対に消えない。
何人でも増えてやる。
ただの一般人の俺一人では、きっとこいつは倒せない。
なら、何人なら倒せる?
千じゃ無理か?
なら万だ。
それでもだめなら、億でも兆でも持ってこよう。
例えそれが那由多の彼方でも。
俺は惚れた女くらい。
守って見せるさ!!
「ぐうっ、だったら、先にそこの奴らだけでも吹き飛ばす!!」
不意に、男が右手をタカミチとエヴァンジェリンの元に突き出した。
瞬間、赤い閃光が駆け抜ける。
だが。
まきあがる煙の中に。
俺と、タカミチとエヴァンジェリンは。
無傷でそこに立っていた。
男の顔が恐怖に歪む。
「何故だぁああっ!?」
「させねえっつったろうが……。確かに、俺は一人じゃ一般人程度だが。三千人いればお前のビームなんか――、へでもないね」
そして、俺は、いや、俺達が男ににじり寄る。
その瞬間、男の居た地面が弾けた。
「うわぁああああああああああああッ!!」
あの野郎、逃げやがった。
戦闘機のような速度で奴は森を滑空する。
「だが。逃がすと思ってんのかよ」
男の前に俺が現れた。
その俺は、あっさりと弾け飛ぶ。
だが、もともと俺もこれで止まるとは思ってないさ!!
奴の前に俺が現れる。
現れる、現れる。
現れる、現れる、現れる。
現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける現れる弾ける。
そしてついに。
男の勢いが、止まる。
「ああ、くそ。くれてやるよ」
三人の俺が、奴の両腕と胴を掴んで疾駆する。
今までの道を、俺と男は逆走して行く。
「ネギでもナギでもいい。エヴァンジェリンは、お前らにくれてやるよ」
きっと原作通りが。
彼女にとって一番幸せなのだろう。
だから、幸せにしてくれるなら、笑って送ろう。
だから……。
だから。
俺は男に向かって言う。
「てめぇにだけは。絶対にくれてやんねぇ……!!」
絶対に、必ず。
何度死んでも諦めない。
引き際も交渉もわからない。
故にこそ。
俺は諦めない。
「てめえなんかに、くれてやるかあああぁぁぁぁあああああッ!!」
走る。
走る、走る。
そして。
「やれッ、タカミチ!! 俺ごと……、撃てええええぇぇええええええええッ!!」
タカミチの、拳が唸る。
迫りくる光の奔流。
俺の意識は、そこで途切れた。
◆◆◆◆◆◆
「う、ここ、は?」
そこは、森だった。
俺がここにオリ主として生まれた土地。
そして、もう一度モブキャラとして生まれ変わった土地。
不意に、俺は頭の下に柔らかく温かい感触を感じ、胸が高鳴る。
こ、これはエヴァたん膝枕フラグ!!
うん?
でも、なんか女の子の膝にしては硬い。
恐る恐る、俺は視線を上に動かす。
「目が、覚めたかい?」
「チェエエエエェェェェエエエエエンジッ!!」
俺の叫び声が森に木霊し、そしてまた俺は意識を失いかける。
「……ああ、なんか疲れた…、疲れたのに大声なんて出したからな……。うん、眠い……」
そう言った時には、俺の意識が飛んでいた。
「よく、やったよ、ハジメ」
どこかの金髪幼女が、そう言った気がした。
そして結局。
今だ俺は用務員をやっている。
「おはようございます刀子さん」
「あ……、おはようございます、一」
むう、また沈んでるのか刀子さん。
「また、振られでもしたんですか?」
「はい……」
あの後、俺はエヴァに会っていない。
いや、会えないと言おうか。
主要メンバーじゃない人とはこうやって普通に話せるが、主要メンバーとは話すら不自由。
現在俺はどこにでも一瞬で現われることができるわけだが、ネギの前にはモブキャラ以上で登場できない。
主要メンバーと原作に影響を与えられないのだ。
「そうですか……、だったら、俺と付き合ってみます?」
だが、まあ後悔はしてない。
きっと、あのままだったら一度も見せられなかった俺の最も格好よかった瞬間を、惚れた女に見せることができた。
「ふぇ……? あ、あの!! え?」
それに、これからも俺は彼女を守ることができる。
ここは、原作に近い、分岐した世界。
だから、異次元からの侵入者がまた現れることがある。
それを、誘導、排除、手助け。
俺は原作を守る者となるようだ。
それで、構わない。
「いやいや、冗談ですよ冗談」
「あ、はい……、冗談ですよね」
それで彼女の幸せが守られるなら、これほどうれしいことはない。
「さて、仕事しないとな……。まあ、増殖できるから便利だけど」
そう呟いて、俺は刀子さんに手を振って、駆けだす。
そんな俺の背に、彼女は声を掛けた。
「あの…、応援してますから!!」
応援?
おお、そうだな。
俺は、肯定の意味で親指を立て、振り向きながら、叫んだ。
「仕事頑張るぜー!!」
さて、そろそろ、オチを付けようか。
「で、どうしたんすか? タカミチセンセ」
俺は、休憩中、タカミチととあるカフェテラスで向かい合うように座っていた。
「いや、話したいことがあってね」
ちなみに、タカミチとは自由に話すことができる。
彼は主要メンバーと言えなくもないが、タカミチならさして進行に影響を与えないから、のようだ。
「で、なんだよ?」
ちなみに、俺の敬語のメッキは完全にタカミチ相手だと剥がれ切っている。
今までのチェンジと叫ぶような状況のの回数が原因だ。
すると、タカミチは、高そうな手のひらサイズの箱を差し出してきた。
「これを、受け取ってもらえないか?」
まて、まてまてまてまて。
それはもしや。
「給料、三か月分だ」
結婚指輪。
「チェエエエエェェェェエエエエンジッ!!!」
「戸惑うのも無理はない、けど、これが正直な気持ちだ。猫と遊んだり、女の子にも、僕にも優しくある君が、好きだ」
「チェエエエエエェエエェエエエェェェェェンジッ!!」
どこだ!
どこでフラグを立て間違えた!!
ってか原作キャラに必要異常な影響は与えられないとか言ってなかったっけ!?
ってもしかして、エヴァに恋人いると本編変わるけどタカミチに恋人いたって問題ないと言えば問題ないよねってか!!
「うわあああああああああああああっ!!」
俺は即座に立ち上がると逃げた。
逃げまくった。
本当はその場で消えればよかったんだけど、そんな能力なんて忘れて逃げた。
そして、途中に刀子さんに出会った。
「どうしました!?」
俺の必死さに、驚きながらも聞いてくる。
俺は、言葉にならないながらも必死で伝えようとした。
「た、たか、タカミチ」
「高畑先生がどうかしましたか!?」
「こ、ここ、告白、ぷ、ぷろぷろ、プロポーズ!!」
「誰に?」
「俺にっ!!」
「え?」
その瞬間、タカミチは、俺の後ろに、トン、と降り立つ。
「恥ずかしがらないでくれ、僕と愛を語り合おう」
「た、助け」
「まさか、本当に?」
こちらを見て問う刀子さんに俺は首をぶんぶん振って応えた。
俺は涙目だった。
涙目の余り、刀子さんの顔が赤く見えるくらいだった。
「可愛いかも……」
そんな俺の肩に、刀子さんは優しく手を乗せ。
「大丈夫、私がなんとかしますから、行ってください」
その言葉に、如何ほど感謝したろうか。
大きく肯くと、感謝の言葉を叫んで、俺は再び走り出す。
「邪魔するのかい?」
「はい」
「今の僕は、容赦できる自信がない」
「私もそうです」
後でなんか不穏な会話が聞こえたが、足止めをしてくれている刀子さんのために俺は止まらない。
止まれない。
「一君を、奪ってでも連れて行く!!」
「一は、私が守ります」
そして、剣戟音。
なんか更に不穏な言葉も聞こえたがあーあー、きこえなーい。
「俺が何をしたっていうんだあああああああああああ!」
ネギまの世界に行って。
なぜかオリ主からモブになって。
なぜかタカミチフラグが建っていて。
エヴァとはもう会えなくて。
でも。
それで尚、悪くないと思っている俺は――、
末期なのだろうか。
―――
長いッ!!
ここまで読んだ人いるのか?
と、まあ、これがタカミチものの全容です。
色々とありましたが、戦闘シーンは新しい試みなせいで読みにくかったんじゃないかと。
あと、ネギまっつっているけど、ネギパーティで出てるのEさんだけ。
闇の福音さんだけなんですね。
後は教師とか。
ちなみに、この話のメインヒロインは刀子さんです。
一 一
コンセプトはオリ主チートもとい、モブ主チート、真のチートとは。
ふと思うのですが、チートチートいいますが、チート同士がぶつかれば決着はつくものです。
そうすると負けた方はチートじゃなくなってしまう。
では真のチートとは何か。
死なない。千回殺そうが、世界破砕しようが神の意向だろうが、どこかでひっそり生き続けられる。
要するに、何年かかっても倒せず、その内負けてしまう、というのが真のチートだと。
何人でも増え、どこにでも存在できるチート。
出現消失思いのまま、ただし、原作を著しく変えることはできない。
ちなみに一君、一人で軍隊組めるレベルです。
弱点としては、精神的に消耗すると、復活までラグが出ます。
ぶっちゃけると、一瞬にして何でも吹っ飛ばすと痛みがないので二次創造神の攻撃は効果がないのであります。
有効打を与えるなら火攻めとか、痛苦しい奴が最適。
ただ、苦しくなる前に消えられたら意味ないんですけどね。
いかがだったでしょうか。
さて、こっからは与太話。
最近、電波をよく受信します。
正義の味方!
そう彼は、お隣さんの佐々木正義(マサヨシ)さんだけの味方!!
足利義輝無双。
畳に突き刺した無数の名刀、アンリミテッド・足利・ワークス!
ここは平和で長閑なアリギシの街です!
とかいう街の前に立ってる人が実は街の平和を守っていた。
迫るモンスターを相手に、「ここは平和で長閑なアリギシの街です……。決して、お前らが人を殺すような土地ではない」と無双発動。
卸業を営む男が癒着の現場を斬る。
「そうは問屋が卸さない!」
あと、こっから二次創作で、
ゼロのワルドに憑依。
迫る死亡フラグに抗いながら、ワルドに付与されたロリコンの魂を持て余しつつ駆け抜ける話。
誰か書いてくれないだろうか。
探せば見つかるかな。
さて、こんなもんでおさらばです。
ではまた別な品で。