――ギャルゲーの主人公になりたかった。
夢にまで見たラブコメ世界。
会う女性皆美女や美少女ばかり。
ここはパライソ。
桃源郷、シャングリラ。
俺が持っているのはそこそこの容姿と、多量の金。
素晴らしいアドバンテージ。
そして迎えた、小学生の春。
これからヒロインになるかもしれなかった彼女との出会い。
「ねえ、きみ、なまえなんていうの?」
教室の隅で、そう聞かれた。
幼馴染フラグ。そう、これは多分幼馴染フラグだった。
だが俺は。
「――さ、触るなっ!!」
あっさりと、それを手折ることに成功した。
俺の病名を、ヒロイン恐怖症という。
どうしてこうなった。
とりあえず、俺は俺が恐ろしい。
【一発ネタ】放課後破壊神
なんか死んだ俺と、因果律がどうの言う神。
予定外のなんか死にっぷりに、俺の願いを三つ叶える事で俺の信仰を得、その力で因果律を調整するとか云々。
まあ、詳しいことはどうでもいい。
テンプレな世界で三つの願いを叶えてくれると言われて、俺が主人公のラブコメ世界と、金、そして、神の力を要求した。
欲望に塗れた分かりやすい願い。
それが全ての間違いだった。
くそったれめ! どうしようもない神に災いあれ!
無論考えなしだった俺にもだ!
俺の意識が目覚めたのは小学生になる少し前のとき。
その時は何も困らないと思っていた。
この世界の、巴香石 柴(はかいし しば)としての記憶もあったし、このままこの生活をスタートできるだけの材料はあった。
だが。
だがしかしである。
問屋というものはどうやら意地悪なようにできているらしい。
卸してくれなかった。色々と。
ひらりと俺のいる部屋に入ってきた一枚の紙が、全てをぶち壊しにしてくれた。
『君の神の力は破壊神だ。君の名にぴったりだろう。とりあえず、君に壊せぬものはない、おめでとう』
紙に書いてあった神の言葉。窓が閉まっていた部屋にひらりと舞い込んだあたり神からで間違いないんじゃないだろうか。
しかし。
「……は?」
なんだそりゃ、と。俺はその時までは軽く考えていた。今となっては神に出会った辺りからこの辺までの俺をぶん殴っておきたい。完全消滅確定だけど。
だが、まあ、軽く考えていた俺は、なんだそりゃ、と持っていた神を指で弾いた。
その瞬間。神の紙は弾けて消滅した。
「は……?」
二度目の『は?』が出た頃には不安を感じて、俺はまさか、と部屋を見渡し、とりあえず壊してもいいもの、鉛筆を見つける。
それを机に置いてチョップ。
机ごと割れた。
……ああ、自業自得だ馬鹿野郎。
「待て待て待て待て」
机はただのチョップで粉々に粉砕。
まさか、まさか。
この頃にはその時の俺も流石に気が付いた。
これは俺、下手を打つと――、
春の空、ヒロイン達の、頭がパーン。
つまり、だ。あまり高望みをすべきではない。
身の丈にあった生活こそが至高である。
破壊神として生きた十年ほどで学んだ真理だ。
野球をしたならら、球を投げればバットをへし折り、球を打てば球が弾けながら悟った心理である。
初めての一度以来、野球はやっていない。というか球技類も格闘技も、どれも駄目だ。格闘技とか特に駄目だ。
そうして、俺は高校生になるまでの期間を、破壊神の力の制御に費やしたのだ。
ここに至っては、よほど予想外のことでなければ壊してしまうなんてことはなくなった。
そうして俺は、身長百八十五センチのショートカットのナイスガイに成長した。
が、まあ、しかし。
「巴香石くんっ」
「うわあっ!」
俺のヒロイン恐怖症は治っていない。
ヒロインを見るたびに脳裏に浮かぶのだ。弾ける頭が。
なにかの弾みで裏拳でも当ててしまったら。
この目の前の活発そうなショートボブのこの子が。
『たわばぁっ!!』
うわあっ、お、お前はもう死んでいる。
「ひ、酷いよ巴香石くん……」
いや、しかし。しかしだな。
君だって、たわばぁ、で、ひでぶぅ、な状況にはなりたくないだろ?
俺も女の子に向かってアータタタタタタ、とかしたくもないし。
そもそもスプラッタは嫌いなんだ。
しかし、苦手であることと嫌いであることは違う。
スプラッタは嫌いでも、大の得意である。スプラッタにすることに関しては。なにかの弾みで出ちゃうくらい。
どんなに制御に時間を費やしても、ついうっかり、
『ひでぶぅっ!!』
なんてことになりかねない。
ヒロイン怖い。これが世紀末ヒャッハーな人たちならまだしも、罪もなき無辜な女の子がだから余計に悪い。
ヒロイン怖い、と俺は彼女を眼力で追い返す。
なんの用があったのか知らないが、彼女は小走りで去っていった。
何かプリントでも渡す気だったんだろうか、と思っていると、チャイムが鳴って、授業が始まった。
授業中、眠くなることってあると思う。
決して寝たくはないのだけど、頬杖突いて、うとうとと船を漕ぎ始め。
そして頬がついに手を離れて顔面が自由落下を開始し。
ズガァンっ!!
机に当たって目が覚める。
「巴香石……」
先生の声に俺ははっと身を起こした。
「すみません、寝てました」
殊勝な態度を見せる俺に、先生は。
叱るより先にこう言った。
「……それよりその顔面のめり込んだ机をどうにかして来い」
……やっちまった。
そんなこんなで、俺が机を交換してもらって帰ってきた頃には授業が終わっていた。
俺が俺の席に机を安置し、座る。
すると、何故か女子達が集まってきた。
「すごかったねー、どうやったの?」
何故だ! 何故俺の周りには女子が寄ってくるんだ!
俺がラブコメ主人公だからか! 嘘だろ、どう考えてもスペックがラブコメ向きじゃない!
来るな来るな寄るなっ。
いいか? 俺はお前達八人を殺すのに四秒だ。それ以上は要らない。
……なんで俺だけこんなに世紀末仕様なんだ。
そもそも四秒もいるかすらわからない。
あれだろうか、俺への興味を破壊すれば楽なんだろうか。
この体、そう言ったことも可能である。
昔、人形が欲しいとダダをこねる妹の頭を触ったら、すっぱり人形の事を諦めた。一瞬にしてだ。
それから幾らかの試行の末、俺は微妙なものまで壊せることが発覚した。
「ねえねえ? 聞いてる?」
んなこといわれても。八人の女の子に囲まれるという素敵な状況は、俺の脳内では俺がくしゃみをした瞬間右から順に、パパパパンッ、と軽快な音を立ててなんて愉快なクラッカー。
流石にそこまで気にすることはないんじゃないのか、と思う皆さん。
考えて欲しい。
崖から、もしくは学校の屋上から落ちる彼女。咄嗟に手を掴む俺。手を掴んだと思ったら肉塊しか掴んでいませんでした。とか。
他にも、何らかのことで感極まる俺。思わず彼女を抱きしめて――、彼女は、
『もげぇ……!』
ほら、嫌だろ。
だから俺は、
「知らねぇよ。眠かったからな」
素っ気無く言って寝たフリを始めた。
机に突っ伏して、嵐が過ぎ去るのを待つ。
彼女らも、次第に俺に興味を失い去っていった。
そうして、俺は気が付いたら本当に寝ていた。
「ねえ……、ねえ」
「うわああっ! お、おおお前は既に死んでいる」
寝ていた俺は、女の声で一息に身を起こすこととなった。
「……いきなり何を」
俺を起こした彼女は、少しばかり目を丸くして俺を見ている。
彼女の名前はなんだったか。国東 静(くにさき しずか)で良いのか悪いのか。
「国東、か?」
「そう」
合ってたのか。しかし、国東といえば寡黙、無表情で知られるアイスガール。
長い長い黒髪に、百五十センチくらいの身長。興味がないものは一切映さないような冷たさのある、感情の読めない瞳。
人形のような少女だった。
そんな彼女に何の用が。
「俺がなんか?」
俺は、必要以上に素っ気無く言う。
もう癖と化したヒロイン恐怖症だ。寄るんじゃねぇとばかりにフルオートで毒を吐いたりする口である。
しかし、そんな俺を気にした風もなく、国東は言った。
「もう、放課後」
そして指差される時計。
いや、そんなもの見なくても分かる。差し込む日差しが茜色だから。
しかし、放課後になってしばらく経っているな。一時間くらい?
そこまで起きない俺を哀れに思って起こしてくれたのか。
他に起こしてくれるやつはいないのかって? はははこやつめ、町内で知らぬ人のいない寂しい奴ことこの俺を掴まえてなにを。
「……帰るか」
寂しくなってきた。
立ち上がる俺。鞄を引っつかんで歩き出す。
教室を出て、国東と廊下を歩き――、
「って、なんで居るんだ!」
一瞬にして左を向いて国東へ叫ぶ。
国東は何事もなかったかのごとく口を開いた。
「私も帰る」
「あ、そうか。それもそうだな」
まあ、当然だ、放課後だしな。
「って、なんで俺の隣なんだ!」
「一緒に帰ろうと思う」
「何故っ!」
「なんとなく」
アイスガールの言うことはよく分からない。
表情から何も読み取ることはできないし、何を考えているんだか。
しかし、俺としては。
「お前となんて帰りたくもない。お前に行動を制限される理由はない」
こう返さざるを得ない。
はははコイツぅ、とか言って『指が頬を貫通したぁっ!』ってなるような男の隣は危険がいっぱい過ぎるんだ。
「そう」
彼女はこくりと頷いた。
ほっと一安心。
俺は玄関を出て、校門から右に曲がり、国東と一緒に道を歩く。
「って同じネタかよ!」
叫んだ言葉が無駄に町内に響いて消える。
「何で居るんだ……!」
威嚇するように低く呟いた言葉はまるで柳に風。
「柴に私の行動を制限される理由はない」
「ぬぐぅっ。って柴っていきなり呼び捨てかよ!」
「犬みたいで可愛い」
ああ、柴犬的な。そうですか。
「第一、なんで俺に付きまとってんだ」
不機嫌そうに、俺は言い放つ。
「柴に、興味があるから」
「意味わかんねぇ……」
てんで意味がわからない。
怒鳴っても、邪険に扱っても、国東は離れようとしないし、こんなのは初めてだった。
理解できない。
「それにお前、なんであんな時間まで残ってたんだ?」
どうにか俺は、俺に理解できる話題に変えようと、ここ最近まともに働いていない話術というものを使用してみる。
「本を読んでいたらあんな時間になった」
「ああ、お前いっつもああだもんな」
休み時間にハードカバーを開く彼女の姿は、日常の風景と化している。
どころか、既に教室の置物だ。主に机に突っ伏して寝る俺と、本を読む国東は。
しかし。
それにしてもしかし。
会話が続かない。
俺は国東を理解できない。
そしてそんな国東を隣においておくのは、宇宙人を隣においておく事とさほど変わりない気すらする。
彼女を宇宙人からただの隣人に戻そうにも、俺の話術は久々に働いたせいでとっとと長期休暇をとってしまった。
無言の空間が続く。
結局俺は、宇宙人を隣に、家までたどり着いてしまった。
「俺の家ここだから」
言って、少し考える。
国東は正直どうでも良いんだが、聞いておかなければならない。
「なあ、俺って無愛想だよな? そこそこ、嫌われてるタイプだよな?」
これまでずっと、無愛想キャラで通してきたつもりだ。
それがそうでもない、と言われたらこの先どのようにして生きていけばいいのか――。
「怯えた兎みたいで可愛い」
アイスガールが、微笑んでいた。
くそったれめ! 愉快犯のような神に災いあれ!!
当然恥ずかしい俺にもだ!
国東の微笑みは、悪魔の微笑みである。
がちがちに固めてきたつもりの俺の壁が、実はぺらっぺらなカーテンと変わりない、と彼女は言ったのだ。
事実彼女は、俺から離れることもなく家までついてきた。
このことから俺は甘かったことが見受けられる。
あの笑顔。そう、あの笑顔が全てを物語っているのだ。
甘い、と俺を笑っているのだ国東は。
「くそっ、甘かった」
握った箸が折れるどころではなく消滅した。
学校の屋上で、弁当片手に箸を失った俺はどうすればいいのか。
「柴、その箸を消失させる手品を唐突に放ってどうする気?」
ああ、このアイスガールめ。宇宙人め。
「ところがどっこい箸はもう戻ってこない」
お前のせいだよ国東ぃ! と叫んでみても何のことだか分からないのだろう。
箸が消滅したことと己の関係性を知るにはあまりにも人間という奴は想像力が貧困だ。
そして、仮に想像で真実にたどり着けたとしたらそいつはただの妄想野郎だ。
「どうする気」
「インド式」
幸い米は食べた後。素手にてから揚げを摘んで口に放る。
しかし、こいつ、なんでここに居るんだ。
ああ、今日は厄日だ。
くそったれめ、今日もあの神に災いがありますように。
と思って強く握ったら弁当も消滅した。
「また手品」
「しかしもう帰ってこない」
本当に厄日だ。しかし気をつけよう。大地を踏みしめたら踏み抜きかねないし、苛立ちに任せてフェンスでも叩けば屋上がしばらく立ち入り禁止になるだろう。
青い空が嫌味ったらしくて、憎らしかった。ぶっ壊してやろうか。
考えながらも、実行には移さない。なんというか、多大な力があればあるほど、厳しく己を律さなければならない、というアニメ的な台詞に今ならうなずくことが可能だ。
本当にやっちまったらこの世は世紀末だぜヒャッハー。
「戻るか」
弁当も消えたしな。
「柴」
「なんだ?」
立ち上がる俺に掛けられる声。
国東は首をかしげてこう言った。
「食べる?」
差し出される弁当。
悪魔の微笑を思い出したせいで、少し、心臓が高鳴った。
この悪魔め、次は何をたくらんでいるんだ。
「食べない」
俺が手を伸ばせばあれこれ手折ってしまいそうで俺は彼女に背を向けた。
彼女は本当に悪魔だ。心臓に悪い。あの笑みを思い出すだけで、俺の今までの努力は無駄に等しかったのだ、と心臓が悲鳴を上げる。
実は俺の無愛想が大したことはない、と吹聴しないかと考えるだけで俺は彼女から目が離せない。
本当に厄日だ。
心中で呟いて、俺は屋上を後にした。
なんで彼女は俺の近くにいるんだ。
こんなにも俺は破壊神なのに。
俺は、俺が恐ろしいというのに。
「柴」
「んだよ」
放課後、また起こされる。
その日は夕方手前。授業後のホームルームが終わった直後らしい。
「帰る」
「帰れよ」
「柴も」
「なんでだよ……」
言いながらも立ち上がる。
目を放した隙にどうなるか分からないからだ。
そう思って一緒に帰ることにした。
ただまあ、そのときはこんなことになるとは思っていなかったんだ。
「金貸してくれよお嬢ちゃん?」
「ヒャッハーっ、さもなきゃ血祭りだぜ!!」
「グハハハハハ!」
なんでこんな現代で世紀末じみた不良に絡まれにゃあならんだ。
「そんなものは、ない」
四人で囲んでくる不良たちに、国東はそう返した。
挑発しているとか拒否しているとか言うより、本当にないみたいだが。
どうにも国東、聞いた話では親がいないという。クラスメイトの噂の又聞きだが。
しかし、それでは家計もきついと言うものだろう。どうやって生活してるかは知らないが。
だが、それにしてもこの不良たち。本当に世紀末気味だな。
「ないなら体で払ってもらおうじゃねーの」
俺は心中で毒づいた。
「そこのカレは帰っていいよ」
くそったれめ、あのいい加減な神に災いあれ!
ついでに目の前の不良たちにもだ!
厄日もいい所だ。
「あんた、そこのコーヒー貸してくれるか?」
嫌なんだ。嫌いなんだ。
喧嘩なんて心の底から御免なんだ。一歩間違えれば相手を一撃で消滅せしめんなんてオーバーキル、その辺の不良に使うもんじゃない。
しかもこの能力を、自分の意思で使うことが一番嫌いなんだ。
大嫌いなこの力を、肯定しているようで気に食わない。
「あれ、君頑張っちゃうの? 危ないよ」
お前らがな。
「怪我するぜ?」
お前らがなっ! 怪我だけですまねえけどっ!
「おら、後悔すんなよ!?」
お前らがなっ!! ほんとマジで勘弁してください!!
逃げてください!
もう笑うしかなくなってきた。
飛んできた未開風のコーヒー缶を俺は受け取る。
ああ、くそったれめ。
もちろん考えなしに国東と一緒に下校した俺にも災いあれ!
放つデコピン。
弾ける缶。飛び散る中身。
「頭も同じノリにしてやろうかくそったれめ」
まるで滴る血を示唆するかのように、薄暗い液体が地面を濡らす。
見た目を派手にするために、缶を完全に消滅はさせなかった。
軽く撫でて破壊しただけだ。そして、コーヒー自体は完全に無傷。
さあ、マジでこれで帰ってください。
さもないとあんたらの頭が潰れトマトなんだって! 本当なんだよ!!
どきどきと、相手を見る。
彼らは……、既に死んでいた。
まあ、闘志的な意味で。さすがに余波で本当に死んだわけではない。
後ろを向いて、走り去っていく彼らを、俺は見送った。
胸中に嫌なものが渦巻く。
「……柴」
自分で使ってしまった嫌悪感とか、やっぱり人を殺しかねないとか、人とのつながりを絶つべきかも知れないとか。
だから、自分でも驚くほどに、不機嫌だった。
「うるせえ、寄んなボケっ、近づくな!!」
俺は叫んで、走って逃げた。
ああ、考え無しに神の力を要求した俺を破壊神の力でぶん殴ってやりたい。
これは罰か? 安易に神の力を欲した馬鹿への。
確かに俺が馬鹿だった。しかし、如何に反省してもこの力はどこにも行かない。
国東へは、半ば八つ当たりだ。そんな俺にさえ嫌悪感がある。
こんな風にあっさり感情を発露させて、何か取り返しのつかないものを壊しかねない。
あれから幾年、成長したつもりだったが、そうでもなかったみたいだ。
修行が足りないとしか言いようがない。もっと制御に自信ができるまで山に篭ればいいんだろうか。
俺は、俺が恐ろしい。
「……っ」
家の前まで走ってきて、俺はへたり込んだ。
しかし、あそこまで言ったんだから国東ももう明日からは俺に構わないだろう。
明日からいつもどおりの生活で、少し、気が楽だ。
だというに、心は晴れないまま俺は溜息を吐く。
それでも構うまい。とっとと立って、家に入ろう。
そしたら、寝よう。明日には全部元通り。
そう思って立ち上がろうと手を突いたその瞬間だった。
「柴」
「……国東?」
そこには国東が立っていた。
別に俺は走るのが速いわけではないし、これといって身体的に優位点があるわけじゃない。
しかし、これほどの早さで追いついたってことは、国東も走ったということ。
彼女が走った、ということは、俺が立ち上がることを忘れるほどに驚きだった。
「柴」
「……んだよ」
今一度、彼女は俺の名を呼び、俺は無愛想に返した。
いつものように壁を作る。
ここに至るまで何度も繰り返した自然な言葉。
俺が、俺を恐れているから。
しかし、彼女は。
「柴が。別にそんなに怯える必要はないと思う」
いつも柳に風なんだ。
俺が何に怯えてるって!? こんな力があって何に怯えられるんだか。
例え強盗犯が相手でも、俺は殺せないし、余裕で消滅させられる。意識してるなら簡単だ。別に手で触れる必要もない。包丁でも、弾丸でも触れる先からぶっ壊せばいいんだから。
それに、触る必要すら本来はないんだ。触った方が楽ってだけで。
そんな俺が。
そんな俺が……。
「――私は、大丈夫だから」
……そんな俺が聞きたかったのは、そんな、無責任な『大丈夫』の一言だったのかも知れない。
今一度見た彼女の微笑みは、やはり俺の鼓動を速くした。
あれから、半月経った。
「帰るか、静」
「わかった、柴」
俺は結局、静との関係を破壊していない。
少しだけ変わったけど、壊れちゃいない。
「今日の、夕飯は?」
「味噌煮込みうどんだ」
最近静はよくうちで飯を食う。彼女に親が居ないから、だと思う。
飯を作るのは俺の特技だ。料理というのは、包丁を使って食材を切る。
「そういえば私、最近いつも誰かに見られている気がする。柴?」
「俺じゃないぞ」
それは、破壊の加減を知るのに最適だった。失敗すればまな板ごとぶった切れたり、野菜が消滅したり砕け散ったりだが、今では失敗することもない。
そんな料理練習を始めて以来、台所は基本俺の城だ。
「まあ、それはいい。それより夕飯が楽しみ」
「そうかよ」
「なんだか、柴」
そして不意に、神妙な顔で、静が俺を見つめてくる。
「んだよ」
「変わった」
「今は怯えてない兎みたい」
「結局兎かよ」
こんな可愛くない兎いらねえだろうに。
「おら、着いたぞ。今日はうちで寝るなよ?」
「その保障はできない」
「家族が勘違いしてるんだよ! まったく……」
「……そう」
「帰るぞ」
「わかった」
それから更に半月経っても、変わってない。
壊れちゃいなかった。
「夕飯は?」
「エビフライ」
「そう」
「ああ」
「最近、柴の視線が凄まじいように思える」
「俺じゃねえつってんだろ」
一緒に飯を食い、最近では風呂にすら入っていくようになった。
流石に泊まりだけはいかんから送っていくんだが。
そう。
その日もいつものように送っていって。
そして、その日俺は俺が破壊神だということを忘れていた。
「いつも、ありがとう」
「いや、流石に一人歩きはあぶねえだろ」
街灯が照らす道を二人歩く。
相変わらずあまり会話は弾まない。
無言の時間。
宇宙人ではなく、国東静を横に置いての夜の散歩。
気まずくもない。
ただ。
ただちょっとばかし会話がなかったから、聞いてしまったのだ。
「そういえばさ、お前って。なんで一月前の俺に構ってきたんだ?」
素朴な疑問のつもりだった。
今はそれなりの、それなり以上の友達だと思っているが、当時はかかわり自体なかったはずなのだ。
それが、どうして、と。
聞いただけだったが。
その言葉は衝撃的だった。
「――柴が好きだったから」
どうやら俺は空気まで破壊神だったらしい。
いや、そんな能力は無いけどな。しかし、俺は今までのほのぼのとした空気すらぶち壊しにした。
まるで、ハンマーで殴られたようだ。
「は? いや、どの辺がだよ」
思わず変なことを口走る。
なのに、静には効いた風もなく、いつも通りに。
「初めて柴と帰ったとき言った、本を読んでいた、というのは嘘。本当は」
いつも通りに彼女は言ったのだ。
「本当は柴の寝顔を見てた」
「えっ、い、いや、なんでだよ」
思わず聞いてしまう俺。
到底惚れた腫れたの格好よさとは無縁だった気がするんだけどなっ。
「柴が、一人ぼっちだったから」
彼女は言う。
「私も、一人ぼっちだったから」
彼女はそう、家族がいない。家族も、と言うべきかも知れないが。
「私は、好きで一人ぼっちな訳じゃない」
そう、その通りだ。口下手で、人付き合いが苦手なだけだ。
俺がスプラッタは嫌いで、しかし得意なように。
静は人付き合いという奴が好きで、しかし不得意なのだ。
どちらかと言うと寂しがり屋なくらい。
「だから、自ら遠ざけて一人ぼっちになる柴にちょっとだけ憧れた。どんなに強い人なのだろう、って」
でも、と彼女は言う。
「蓋を開けたらそこには、怯えた可愛いウサギさんが居ただけだった」
そうして彼女は。
「一人ぼっちの私は、一人ぼっちの強がりで怯えたウサギさんが好き。だから私は柴が好き」
頬を赤らめて告白した。
「お……、おう」
俺はとりあえずそれしか言うことができずに居た。
これから来るであろう選択肢に怯えながら。
「柴は?」
やはり、来た。
受けるか、否か。
胸中に渦巻くのは、破壊神のことだった。
これから先、何かあったときに彼女を壊してしまわないか。
そんなことばかり考える。
だから、二の足を踏んで。
「答えは、今じゃなくていい」
答える機を逸してしまった。
「ゆっくり、考えて欲しい」
歩いていく静を、俺は立ちすくんで見送った。
俺は数十秒立っても動けずに居る。
静が、俺を好き?
それは本当か。いや、そんな冗談をはく奴じゃない。芝居のできる奴じゃない。
問題はやはり、俺が受け取るか受け取らないかだ。
怖い。
やっぱり俺は彼女を壊しかねないと思う。
俺は、俺が恐ろしい。
しかし。
だけど、でも、だ。
答えが出ない。
ぐらぐらと視界が揺れだして、立っているのもかくや、となってくる。
そうして、本当に膝を付きそうになったとき。
『――私は、大丈夫だから』
それがフラッシュバックした。
そうだ、彼女は大丈夫だ。根拠はない、証拠はない。
でも彼女は太鼓判を押して笑ってくれた。何も知らないくせに。
だから、大丈夫だ。
歪んだ視界が戻ってくる。
そう、彼女は大丈夫。壊れない。
「あいつまだ、家に着いてねえよな?」
大丈夫じゃないと言うなら、その事実から破壊する。
静を追って走る。
前とは立場が逆になった。
答えが決まったら、後は答えに行くだけである。
だから俺は走った。
告白を受けて返して、そしてまた少し変わって壊れることなく続いていく。
大丈夫だ。
そう思って走る。
だが。
くそったれめ! 碌な運命を用意しない神に災いあれ!!
静を一人で帰した迂闊な俺にもだ!!
道端に落ちていた、静かの鞄が、ただ事ではないことを証明していた。
どこだ……!? どこにいる!?
破壊神なんて言う割りに、酷く、無力だ。
あっちこっちを駆けずり回る。
疲れはない。自分の体は理解し易いから、疲労を破壊するのも楽だった。
だが、走り回るだけで見つかるならもっと話は楽だった。
もしかしたら、俺の力で静がここに居ないと言う事実や、見つからないと言う事実を破壊して彼女を見つけることができるのかもしれない。
しかし、なんでも壊せるこの力は、俺がそこにあると思えるものしか壊せない。
事実なんてものが一体どこに転がっていると言うのか。
俺は壊さないことばかりに力を注いで、使いこなす方向にはまったく努力してこなかった。
だけど、悔やんでる場合じゃない。
しかし、走って走って、それでも見つからない。
だが、ふとそこで思い出すものがあった。
くそったれめ。苦労ばかり押し付ける神に災いあれ!
GPSの存在を忘れていた馬鹿な俺にもだ!
おあつらえ向きに、あいつのGPS情報は俺の携帯に登録されている。
静は基本的に携帯は鞄に入れず身に着けるほうだからどうにかなるはずだ。
俺は携帯を取り出し、急いで操作する。
それは簡単に見つかった。
「居た……。そう遠くない。廃ビルだ!」
再び走る。
目的地が分かった今の足取りは、少なくとも先ほどまでより軽かった。
無事で居てくれ、と心で唱えて全力疾走。
手加減が効かず、アスファルトが砕け気味だが、この際関係ない。
その廃ビルへは、思ったよりも早く着いた。
火事場の馬鹿力でも出たのか、それとも無意識に空気抵抗とかを破壊したのか。
ただ、勢いに任せて廃ビル駆け込む。
「ははは……、起きたみたいだね静ちゃん」
「……」
そして、声が聞こえて足を止めた。
どうやら、受付だった所の向こうに職員用の部屋がある。
そこに、静と、それを攫っていった男が居るらしい。
いきなり飛び出しては、静も危ないかもしれない。
俺は部屋の外からこっそりと中をうかがった。
「君が悪いんだよ。君があんな男と一緒にいるから。これじゃ、はは、心中するしかないよね」
ストーカーか……! もしかして、静の感じてた視線の正体か?
黒いパーカーの中肉中背の眼鏡の男だった。
しかも、目つきからして正気ではない。
「春も夏も秋も冬も君を見つめてきたのに!」
そう言って、男は包丁を取り出した。
これは、本当にやばい。
「でも、君と僕にぴったりな心中方法を考えてきたんだ。派手に、ドカーンっ、ってね。ここのビル、知ってるかい? 老朽化で壊されるんだ。それでね、柱に爆薬を巻いて置いた。火をつけたら、僕と君がド派手に圧死さ。でも、その前に逃げれないように四肢を切っておこうね?」
男が歩き出す。
ストーカーって奴は怖い! 人は思いつめたらそこまでするのか!!
「さあ、一緒に死のう」
そんな言葉にただ一言。
静は、まさに名の通り、静かに言い放った。
「真っ平御免」
「……うわああああっ!」
飛び掛る男。
既に駆け出していた俺は、男と静の間に割って入った。
男は、咄嗟に動きを止める。
「き、君は、邪魔をしに来たんだね? なら、先に逝っててくれよ!!」
「柴っ」
今度は俺を狙って突き出される包丁。
「心配すんな」
俺は、静に笑って答え、そして、包丁に手の平を合わせて受け止めた。
「こんなのじゃ俺は止められねえよ!」
手のひらに触れる先から、粉々に包丁が砕けていく。
あっさりと包丁は柄だけになり。
「なっ、なっ――!」
驚く男に、俺の拳が突き刺さった。
無論、破壊も何もないただの拳だったが、男が地面を滑る。
「君は一体なにをしたんだ!」
使えない力だが、この時ばかりは都合がいい。
静を守れる、高揚感すら覚える。
「――自分、破壊神ですから」
そんな台詞に男は笑った。狂ったように笑った。
「は、はは、なんだそりゃ。なんだそりゃ。もういいよ、とりあえず爆破さ。うん、それがいい」
そう言って地面を這い、男はポケットから携帯を取り出した。
まずい、あれは多分爆破スイッチだ。
「あっ、お前!」
気が付いた俺が追いかけようとするが、遅い。
それもそうだ。相手は指を動かすだけでいい。
「そうすれば、心中は遂行できるよね」
あっさりとボタンは押され、周囲で爆音が響いた。
「馬鹿野郎!」
もう一度ぶん殴って、男は地面を転がった。
起き上がってこない。多分気絶しただけだ。
しかし。
ぱらぱら、ぱらぱらと、建物のコンクリートが落ちてきている。
建物そのものが揺れて、今にも崩れんとしている。
逃げるには、出口が遠かった。
「柴っ……!」
静が、俺に抱きついてくる。
その目が、涙に濡れていた。
「私のこと、好きっ……!?」
……ああ、好きだとも。
「悪い、今は答えらんねえ」
「っ――」
でも、ここで言うのは死亡フラグみたいだろ?
それに――。
「こんな勢いで言っちまいました、ってのはご免だぜ。後できっちり、な」
俺は笑う。できるだけ安心できるように。
一つだけ、心に決めて。多分、この先彼女に答えを返すことはないだろう。
ああ、ついにビルが崩れた。
コンクリートが砕けて、周りに降り注ぐ。
俺は。
俺は――。
拳を上に突き上げた。
ああ、くそ。
くそったれめ。
こんな使えねえ神にしてくれた神に感謝してやるっ。
考え無しだった当時の俺にもだ――。
壊してしまおう。
破壊してしまおう。
全てが終わった更地で、俺はそう決意した。
静の頭に触れる。
そう、静の俺に対する好意を、記憶を壊してしまおう。
こんなトラウマ染みたことごと、俺を忘れて貰おう。
ビルを壊して、自覚する。俺は余程破壊神だ。
それであることに後悔はもう、ないと思う。
守れたことも誇らしい。
ただ、強すぎるという事実だけは、どうしようもない。
大量破壊に使うのは初めてだったが、まざまざと見せ付けられた。
ビルがあった形跡すら残っていない。
俺は、俺が恐ろしい。
だから、消してしまおう。
まかり間違って、彼女を破壊してしまうより楽だろうから。
破壊神になったことは俺の自業自得。責任くらい俺が持つさ。
できる。欲求を消すことすら可能だったのだから。しかも、俺に関することだからイメージし易い。
できるという確信があった。
よし、やろう。
「――私は、大丈夫」
彼女は笑った。
俺は容赦なく、彼女の記憶を破壊した。
胸が痛んだ。
廃ビルがあったそこは、まっさらな更地になった。
今頃通報しておいたから警察が来て、男を発見してるだろう。
「やっぱり、できるなら。すぐに答えを、聞きたい」
背負った静が呟いた。澄ました無表情だったが、いわく、腰が抜けたとか。
彼女は負けず嫌いで背負われたくなどないようだったが、動かないわけには行かないしな。
しかし、答え、答えか。
出ちまってるけど、な、いざ言うとなると、あれだ。
しかし、言えというなら。
「今更、今更一人になったら寂しくて死んじまうよ。ああ、くそったれめ」
吐き捨てるように俺は言った。
「つまり?」
「言わせんな馬鹿」
俺はもう、俺が恐ろしくない。
無意識に手心を加えてしまっただけかもしれない。偶然かもしれない。
だがしかし。
俺にも、――壊せないものがあったみたいだからな。
ああ、くそったれめ。恥ずかしいこと言わせる運命を押し付ける神に災いあれ。
無論実際恥ずかしい俺にもだ。
だが、まあ、今回においては少しだけ感謝してやる。
だから、感謝の言葉を送ってやることにしよう。
ああ。
――くたばっちまえ、アーメン。
あっ! と書き。
次書くならヒーロー物の続きだね、と言ったはずが、有言を実行できなかった残念男こと、兄二です。
なんか色々と申し訳ない気分になった本作ですが、とりあえずチラ裏の方では、ご無沙汰しておりました。
ここまで読んでいただけた方に感謝を。
このネタ自体は、最初の方に書いてある受信した電波として、大分前に構想があったものです。
しかし、なんだかんだと書かないでいたと。で、なんか久々に引っ張り出して書いてみたり。
本当は、もっと違う話だったんですけどね。
ヒロイン賭けて喧嘩の約束して、相手を殺さないために昼夜問わずサンドバックに向かって全力で手加減の練習をする柴君に、私のためにあんなに頑張って……、キュンッ、っていう勘違いネタで攻める予定だった気がします。
なんだかんだでそんな放課後破壊神。
一応シリーズ化もできそうなんですけどね、時間さえあればこんな奴……っ! という死亡フラグしか立たないです。
あと、ついでにですが、遂に作品タイトル統一します。
【一発ネタから一発ネタまで】放課後破壊神
となっておりますが、墨付き括弧の中だけ今後一切変わりません。
キャラ紹介。
巴香石 柴(はかいし しば)
名前的に明らかに破壊神になるために生まれてきた男。
とりあえず転生すると知れた当時は浮かれていてなんも考えていなかった。
口癖はくそったれ。付随してなんちゃらの神に災いあれ。更に付随して俺にもだ。
ただ、あんな言い草だけど神のことさほど嫌いじゃなさげ、というか気軽に口にだしてフレンドリー。
いわゆるツンデレ。
本人的には、孤高のクールキャラ気取り、というか他人を寄せ付けないオーラを意識的に出しているつもりだが、実際は寂しがり屋である。
作中言われたとおり怯えたウサギさん。まあ、猫がフシャアと毛を逆立ててるのと変わりない。
とりあえず言ってみたら本当に神パワーが手に入って破壊神に。
自業自得だと分かってるから逆に辛い。人のせいにできた方が楽ではある。
破壊神の力はかなり融通が利く。
記憶だろうが、現象だろうが、果ては病気だって粉砕可能。
ただし、本人のイメージに酷く左右される。
壊せると信じることが大事。そこにあると思えないと、破壊不能。
長編化するなら、最終話は破壊神の力を破壊神の力で破壊するか、破壊神であることを受け入れて終わるエンドでしょう。
ツンデレ。
国東 静(くにさき しずか)
素直クール。作者のイメージは長門とかその辺り。
ただし、負けず嫌いの気とかがある。
作中では尺の問題上書かれなかったが、両親を事故でなくし天涯孤独。
持ち前の社交性のなさから友達もおらず。
そんななか、自ら一人であろうとする柴を見つけ、すごい人だと気になりだす。
が、作中の通り、怯えた小動物のような柴に、可愛さを見出したりしつつ、結局好きだった。
人と関わろうとしないくせに寂しがり屋である。
本編終了後はなし崩し的に巴香石家に宿泊したり、誰も居ない自分の家に柴を宿泊させたり。
それでは書き散らすにいいだけ書き散らしたのでこの辺で。またネタで見たら笑ってやってください。