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No.8346の一覧
[0] 【一発ネタから一発ネタまで】何故RPGで村が無事なのか?【ファンタジー・オリジナル】[兄二](2011/02/11 22:45)
[1] 【一発ネタ】ニコぽ、ナデぽについて本気で考えていたら百八十度ひん曲った作品ができた。[兄二](2009/06/15 11:16)
[2] [ハイパーネタタイム]ローマ字系主人公とかORIKYARAについて本気んなって考えてみたら、すごいことになった。[兄二](2009/05/23 20:27)
[3] 【真・一発ネタ】ネギまオリ主ハーレムと思っていたらタカミチに告白されていた[兄二](2009/06/21 20:58)
[4] 【銃に込められた一発のネタ】ヒーローとか悪の組織に生きる変な人とか。[兄二](2011/02/06 22:37)
[5] 【一発どころじゃないけど一発にまとめたネタ】バケモノラプソディー[兄二](2009/06/20 23:39)
[6] 【激・一発ネタ】異世界転移だの転移の際のオリ主チートだの笑わせるぜぇっ! とか考えてたら俺の予想斜め上をいった。あと筋肉とか。[兄二](2011/02/06 22:38)
[7] 【撃・一発ネタ】俺が最強主人公だぜッ! と思ったらそうでもなかった。[兄二](2011/02/06 22:40)
[8] 【爆・一発ネタ】 なんか妙なものに憑依しました。[兄二](2011/02/06 22:41)
[9] 【絶・一発ネタ】女の子が俺の剣、なんて思っていた時期が僕にもありました。[兄二](2011/02/06 22:41)
[10] 【一発ネタ】ヒーローものだと言い張りたい。[兄二](2010/06/22 22:10)
[11] 【一発ネタ】放課後破壊神[兄二](2011/02/06 23:02)
[12] 【一発ネタ】何故RPGで村が無事なのか?[兄二](2011/02/12 00:51)
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[8346] 【一発ネタ】ヒーローものだと言い張りたい。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:10f6e79b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/22 22:10





 俺の名前は手崎 一十四(てさき かずとし)。


「今日も現れたな怪人めっ!!」

「ふんっ、貴様の正義、捨て置けんっ!」

『こちらイェーガー。所定位置に着いた。狙撃を始める』


 この中に、俺の台詞は含まれない。

 そう、俺は夕暮れの街に立っているヒーローでもなく。

 それに相対する怪人でもなく。

 そして、盲進する狙撃兵でもない。

 俺は、彼らの傍に、背景の様に存在している。

 そう。

 俺の名前は手崎 一十四。






 職業――、




 ――戦闘員。
















=ヒーローものを書いていた気もしないでもないがそうでもない。=




ヒーローものを書いていた気もしないでもないがそうでもない。[ひーろーものをかいていたきもしないでもないがそうでもない] 前作、ヒーローとか悪の組織に生きる変な人とか。の後の話となっている。そちらを読まなくても一応読めるようにはなっているので問題ない。



戦闘員[せんとういん] 最近お株上昇中の戦闘員。昔は顔を隠したバイク乗りに一蹴されるだけの存在であったが、今はそうでもなく、ネット上では戦闘員を主人公にした作品もよく見かける。また、一般の書籍であっても、愛嬌のある描写が多い。











――捨て置けない、正義がある。








 髑髏をモチーフにしたヘルメットに、各所にプロテクターの装備された黒い上着。それはどこからどう見ても戦闘員それそのもの。


「お疲れさんでしたー」


 ここは、悪の組織ヴァイスドラッフェ本部。

 少し前に、威信を賭けてヒーローと戦い、次元を転移した後も。

 相も変わらず、日本の京都の地下にある。

 戦闘員、一十四はそんな廊下を歩く。


「一十四さん、お疲れさまでした」


 一十四は、廊下の入り口に立つ女性怪人に一つ頭を下げると、その隣を通りすぎた。

 結局、一十四はヒーロー相手にどうすることもできず、周辺住民の避難をさせた後は傍観するだけだったのだが。

 そんなことを気にせず頭を下げる女性怪人に、照れくささを覚えながら一十四は歩き続ける。

 そして、ある男とすれ違った。

 黒いコートに高い背、同じく黒い目。三十代位のオールバックの男。


「中さん、お疲れさんです」


 一十四が言えば、男は無愛想に返事を返した。


「……ああ。そっちもな」


 彼の名は、二十八 中。つい先ほどの戦闘に出ていた狙撃兵。

 その腕は確かであり、元居た世界の巨大ロボのエンジンを停止させる役目を担い、更には実は本部中で最もヒーローの撃破数が多いというヴァイスドラッフェきってのエース。

 平の一十四と比べれば、雲の上の人間だ。

 そんな雲上人に対し、一十四は話しかける。


「しかし……、あのヒーロー。強いっすね。中さんとホルンさんで組んでも負けないなんて……」


 そう、ヒーロー。先程戦っていたヒーローとは決着がつかなかった。

 ヴァイスドラッフェのエース二人であっても、ヒーローと引きわけが限度だったと言う。


「そうだな……、あれは厄介だ。特に、あれの能力は危険だな。だが――」


 強大な的に対し、中はこう呟いた。


「……あの正義、捨て置けん」










 ヒーローとの戦い。

 世界が一つ変わったにも関わらず、ヴァイスドラッフェのやることは変わっていない。

 そう、少し前の事件。

 元居た世界の怨敵、巨大ロボを打ち滅ぼしても、ヴァイスドラッフェのやることは、変わらなかった。

 巨大ロボを打倒し、世界を渡り、活動も落ち着くかと思われたのだが、否。

 そこには捨て置けない正義があった。

 わかりやすく言おう。そこに在ったヒーローは、ヒーローと呼ぶことすら、憚られた。

 白い騎士の様な装甲に、鋭い赤き眼光。まさしく、それはヒーローであった。

 しかし、違う。

 銀行強盗を蹂躙せしめ、果ては引っ手繰りすら叩きつぶすそれは、悪を倒すヒーローとはかけ離れていた。

 悪を求めて彷徨う、悪鬼。

 そこには、捨て置けない正義が横たわっていた。



















「はぁ……、今日もオレの活躍は無かったなぁ」


 とあるアパートの四階の一室。ヴァイスドラッフェから自分にあてがわれた部屋の中で、疲れたように一十四は呟いた。

 そう、彼は今に至るまで、重要な戦果をあげたことは、ない。

 実質、目立った戦果をあげたことがあるのが中と怪人のシュツルムホルン位しかいないのだから、当然と言えば当然だが。

 一十四は、髑髏をかたどった様なヘルメットを脱ぎ、黒を基調にした上着を適当に脱ぎ捨てた。

 出て来たのは、普通の日本人の顔だ。中肉中背、髪は短く切りそろえられている、それだけ。精々特徴があるとすれば、戦闘者としては、年若いくらいか。大体二十にも至っているかどうかという外見は、あまり多くない。


「オレも中さんみたいな狙撃の腕があれば……、ホルンさんみたいな強い体があればなあ……」


 ベッドに倒れ込んで、今一度虚空へ呟く。

 一十四は弱い。ヴァイスドラッフェに拾われて、改造手術を受けた、とは言ったものの、その能力値は常人の約三倍。

 それでも十分強いはずだが、しかし、ヒーローたちの戦いに踏み込むにはあまりに弱すぎた。

 一十四が格闘漫画において強いキャラクターだとすれば、ヒーローや中、ホルンはファンタジーにおける強者だ。
 住む世界が違う。例え幾ら格闘技で強くたって、魔法には太刀打ちできない。

 ただ、どうにもならない現状への鬱屈だけが、溜まっていく。

 組織に拾われ、役に立ちたいと誓ったはずなのに、しかし、なにもできない、どうしようもない現状。

 もっと強い改造手術が受けられれば、と一十四は歯噛みする。


「言っててもしかたねぇか」


 言う通り、改造手術は不可能だ。ヴァイスドラッフェにおいて戦闘員以上の改造手術は、手柄を立てたものしか受けられない。

 誰かれ構わず改造すれば戦力は上がる。しかし、力に呑みこまれては組織の根本から矛盾している、と最高権力者の七海・オーエンは言う。

 その件に関し、一十四は納得済みだ。元々力に呑まれたヒーローへのカウンターとしての組織であるがゆえに越えられない一線があるのは当然。


「筋トレ、しよう」


 内に溜まる鬱屈に任せて、一十四はベッドから跳ね起きる。

 そして、徐に腕立てを始めた。

 毎日、一十四はトレーニングを欠かしたことは無い。トレーニングした程度ではヒーローに一矢報いることすらできないのはわかっている。

 わかっているが、なにか頑張っているという自己満足が無ければ、それこそ、一十四のやる気は無くなってしまう。

 故に、怪人になるためと銘打って、一十四はトレーニングを続ける。

 腕立てから始まり、腹筋、はては素振り打ちこみ、鬱憤が晴れるまでやれば、既に時刻は夜の十時を回っていた。


「……眠れない。眠れねえな」


 気がついた時には体に熱が入っていて、いつもの運動を終えた今まさに、ギアはトップ。

 さあ、これから何処まで走る? と体が聞いて来ていた。


「行くか……」


 一十四は、その衝動に逆らわないことにして、玄関から靴を持ち出して、窓から飛び出した。

 このままベッドの上でクールダウンを待つのもいい。しかし、一十四は、そう言ったことが苦手である。

 故に、上がりきったテンションのままに、マンションの四階から一十四は飛び降りた。

 飛び降りて――、

 ――後悔した。


「えっ、あっ、あー……」


 わざわざ、窓から飛び降りたのは迂闊。


「お兄さんは、誰ですか?」


 そこにいたのは、少女。

 果たして、年の頃はいくつくらいだろうか。言葉の幼さからして、小学校高学年ですら、ないだろう。

 外見は、美少女、と呼ぶに差し支えないものであった。無論日本人であるからして、黒い髪で、それは大体腰まである。

 そして、活発そうな大きい瞳が、一十四をじっと見つめていた。

 実質、こんな夜に少女がこんな所を歩いているのは問題である。そして、そんな少女の前に立っている一十四は、警察を呼ばれるか否かの瀬戸際という意味で問題である。

 しかし、本当の問題は――、


「お兄さんは、いま、お空から、ふってきましたよね?」


 そこだった。

 白いワンピースの少女は、事の一部始終を見ていた。

 一部始終とは言っても、一十四が飛び降りて着地するまでだが。

 しかし、人間の三倍の身体能力で四階から飛び降り、無事に着地する、一十四の戦闘員としての姿を、はっきりと捉えていたのだ。


「お兄さんは、なにものですか?」

「……ええと、オレはぁ……」


 問われて、一十四は言葉を濁した。まさか、戦闘員だとばらす訳にもいかない。

 まず、戦闘員であることは原則秘密だ。組織に迷惑がかかるため、誤魔化す必要がある。

 あるのだが……、言い訳のしようもなかった。


(しまった……せめて着替えてくりゃよかったっ!)


 今の一十四の格好は、巷を騒がせる悪の組織の戦闘員の上着を脱がしたそれそのものである。

 暗いから、走ってる分にはわからないだろう、とたかを括ったのが間違いであった。

 正に迂闊。


「オレは……、オレは、ええと……」


 言い訳を考えて、彷徨う視線。


(いっそ逃げるか? それで後は組織に別の住居を用意してもらって……、最後はそうするしかないな……。ごくつぶしが迷惑かけるのはあれなんだけどなぁ……)


 さしたる活躍もない男が組織に手間ばかり掛けるのも申し訳ない。だが、ばらす訳にはいかない。

 そう考えて、一十四は逃げ脚を用意した。

 そんな時だった。


「お兄さんは、『ひーろー』なのですか?」

「……へ?」

(ヒーロー? この俺が?)


 一十四がそうであると言うには余りに縁遠い単語。

 有り得ない、と首を横に振りたかった一十四だったが、しかしこれは好機であった。

 きっと暗いし、随分と小さな子だから、超常な身体能力だけしか捉えられなかったし、捉えていないのだろう、と一十四は判断し、頷くことに決めた。


「あ、ああ。うん、そうなんだ」


 組織には迷惑をかけたくない。

 これで誤魔化すことができたなら、自己解決の範囲内だろう。

 と、一十四は誤魔化しに掛かった。


「ただ、まあ、俺の正体は秘密なんだ。だからこのことは秘密だよ?」


 すると。

 純粋なその瞳は、頷く動きにしたがって、縦に揺れた。


「はいっ、わかりましたです」

「ありがとう」


 純粋なその瞳が痛くて、苦笑気味に、一十四は頷き返す。

 急いでこの場から逃げ出したかった。

 しかし、少女の言葉はまだ続く。


「もしかして、ひーろーのお兄さんはパトロールってやつなのですか?」


 続いた言葉に、まだ何かあるのかと身構えた一十四だったが、これは渡りに船だ。


「そうなんだ。じゃあ、そういうことだから」


 パトロールにかこつけて、この場から逃げ出そう。

 そう考えて歩き出そうとした一十四。

 だが、しかし。少女は逃がしてくれないようだった。


「待つです」

「な、なにかな?」

「わたしも、連れてってほしいのです」


 少女は言う。

 思わず、一十四は固まった。

 小学校中低学年くらいの少女が、これから夜の外出についてくると言うのだ。

 心配ごとなら、数えるほど出てくる。


「ええ、と、お嬢ちゃん、危ないから家に帰った方が……」


 親切心においても、また、自己の保身においても一十四はそう言うのだが、


「連れて行ってくれないと、お兄さんがひーろーなこと、ばらしちゃいます」


 弱みを握られている以上、どうすることもできなかった。

 ……結果。

 一十四は少女と共に、目的もなくふらふらと静かな街を歩いている。


「ところで、お兄さんは『ズィルバリオン』なのですか?」

「は? じるばりおん?」


 聞き慣れない単語に、少女は得意げに語った。


「今、巷を騒がせてるヒーローです」

「あ、なるほど」


 一十四は納得して手を叩いた。あの白い鎧のヒーローのことか、と。

 残念ながら、あれがまともに名乗ったことはない。果たして、本人が語った名前なのか、それとも周りが付けた名前なのか。

 基本的にヴァイスドラッフェでは白い奴、とか、暫定コードネームのラプターと呼ばれてたので、一十四には思い当らなかったのだ。

 しかし、当然一十四は、白い奴でも、ラプターでも、ズィルバリオンでもない。


「いや、別口のヒーローだよ」


 無論、ヒーローですらなく、ただの戦闘員なのだが。


「そうなのですか。だったら……、おてつだいしないのですか?」

「お手伝いって……」

「お兄さんのこと、わたし知らなかったです」


 どうやら、ズィルバリオンとヴァイスドラッフェの戦いに介入しないのか聞かれてるようだ、と一十四は当たりを付けた。

 実際の所一十四はヴァイスドラッフェなのだから、介入もなにもあったものではないのだが、しかし。

 少女の前ではヒーロー故に。


「……いや、今までは様子見してたんだ。そろそろ頃合いかなって思ってるけど」


 だから、一十四は当たり障りのない言葉を選ぶ。

 しかし、対照的に、少女は突き刺さるような言葉を、選んできた。


「どちらに、ですか?」

「――え?」


 ヒーローならヒーローに加勢するのが道理。

 しかし、そこを少女は問うた。


「それは、どういうことかな?」


 少女が見せた知性の欠片、とでも言えばいいのか。

 ただ、少なくとも、驚いて見た少女の横顔は、一十四にとって、自分より大人びて見えた。


「わたしは、ズィルバリオンが正義の味方だと、おもえないです」


 その言葉は、なによりも、知性的だった。


「みんなは、ズィルバリオンが正義だっていうけど。あくの反対が正義じゃないのもわかってるし、正義の反対があくじゃないのもわかってるけど。でも、わたしは……」


 そう、世間は未だ、ズィルバリオンを正義と疑わない。

 ズィルバリオンは、悪人、犯罪者しか倒さない。それが過剰であれど。

 故に、世間は徐々に加速していった影響もあって、ズィルバリオンという正義に酔っている。


「ズィルバリオンがたおした人にも――、かぞくがいましたです」


 ズィルバリオンが『倒した』、『殺した』ではない。

 だが、かなりギリギリのラインなのだ。重症の身も、少なくない。

 ただ、万引きをしただけなのに半死半生で、集中治療室から出られない者もいる。

 第一死んでないと言うのも、現在死んでいないだけであって、いつ死人が出るかわからない。

 魔が差しただけだから、と言って罪が無くなる訳ではない。しかし、魔が差しただけの人間に無慈悲に振るう拳になんの意味があろうか。

 故に、行き過ぎた執行をヴァイスドラッフェは止めねばならない。

 しかし、一十四個人としては?


「そう、か……」


 そうとしか、返せなかった。

 だが、少女は逃がしてくれない。


「お兄さんは、どっちにつくのですか?」

「オレは……」


 一十四は、ここに来て初めて。

 ヴァイスドラッフェに所属しているからではなく、ただの一十四としてヒーローと戦うと、


「ズィルバリオンにはつかねぇよ」


 意識することもなく言葉にした。



















「あ、ここ、わたしのいえです。そろそろ帰らないといけないから」

「ああ、女の子の夜道は危ないからな」


 とある家の前で、少女は止まる。しかし、その家に電気は付いていない。

 もしや、家族はいないのだろうか。

 しかし、聞くこともできなかった。ここまで明らかな地雷を踏めるほど、一十四は短慮で居られない。


「じゃあな」


 後ろを向いて立ち去る一十四。


「お兄さんのおなまえは?」


 そんな背に声が掛かる。


「本名はまずいですから、ひーろーのほうのお名前を」


 足を止めた一十四は思わず戸惑った。


(そんなもん決めてねぇよっ! ああと、そうだなぁ……)


 出て来たのは、格好良くもない、言ってしまえば残念な言葉。


「……ヒーローマン」

「ださいのです」

「うるせ」


 後ろから笑い声が聞こえて、一十四は赤くなる。

 そして、照れ隠しに、一十四も聞いた。


「お前の名前は?」


 すると、少女はまるで楽しげに、嘘を吐くように言葉にした。


「A子、とでもなのっておきますです。お兄さんに合わせてぎめい、なのです」


 そう言って、彼女は笑う。

 一十四はまあいいか、と笑ってそこを立ち去ることにした。


「じゃあな、エーコ」

「はい、それでは。ヒーローマンのお兄さん」


 一十四にはその言葉が、どうにも――、くすぐったかった。











◆◆◆◆◆◆












『こちらイェーガー、所定の位置についた。これより狙撃を開始する』


 京都のとある市街で、怪人とヒーローが、少女の言う名を信じるなら、ズィルバリオンが戦っていた。

 ズィルバリオンそのものの強さは、さほどではない。


「甘いわっ、そこ!」


 今も、まるでカブトムシを人型にしたかのような怪人、シュツルムホルンが押している。

 さらに、正確無比な中の狙撃だ。

 その弾丸が装甲の隙間を穿とうとして――。


「――変身」


 ズィルバリオンが唱え、その白い装甲が一瞬の輝きを放った。

 瞬間、ズィルバリオンが加速する。

 弾かれる弾丸、吹き飛ばされるシュツルムホルン。


「変身」


 再び、装甲が瞬いて、更に加速。


「変身」


 加速。


「変身」


 加速。


「変身」


 加速。


「くそっ、またかよっ!」


 見ていることしかできない一十四は悪態を吐いた。

 そう、これだ。

 ズィルバリオンは変身の一言を言う、それだけで、飛躍的に能力が上がる。

 これによって、未だにヴァイスドラッフェはズィルバリオンと決着を付けられないでいた。

 不意の加速によって、吹き飛ばされたシュツルムホルン。弾丸の再装填の間が必要な中。

 そんな中、加速していくヒーローがその目に捉えたのは――、スリの男であった。


「正義、執行だ」


 白い鎧から聞こえた声に、腰を抜かした男が悲鳴を上げる。

 そして――、振り上げられる拳。


(当たったら、あれ、死ぬかもしれねぇな……)


 スリを行っただけで。行っただけ、というのは間違いかもしれないが、しかし、死する程の罪であろうか。

 瞬間、一十四の脳裏に過る言葉。


『ズィルバリオンがたおした人にも――、かぞくがいましたです』


 その時には既に、一十四は敵の眼前へ体を投げ出していた――。


















「あーっ、くそっ! オレだってヒーローになりてぇよ! オレだって……、変身できればなぁ」


 一十四は、自室のベッドから起き上がり叫ぶ。

 流石は常人の三倍の身体能力と言った所か。目立った外傷はない所か、殴られた顔はじんじんと痛むが、医務室にすら運ばれないレベルであった。

 更に、相手が座りこむ男に向けて拳を放ったのもあったろう。

 その拳を立っている一十四が顔で受けたのだから、トップスピードには至っていない。

 それ故、一十四は頭が吹き飛ぶこともなく、生きていた。


「変身さえ、できればな……」


 どんな相手とだって格好良く戦える。どんなものも格好良く守れる。

 そう呟いて、溜息。

 幻想だ。変身なんてできはしない。一十四はヴァイスドラッフェの戦闘員なのだから。

 ただ、前の世界で、横暴なヒーローによって家族を失い、家すら失い、街を彷徨っていた一十四を拾ってくれたヴァイスドラッフェに対する恩義に比例して、歯がゆさだけが心に残る。


「どうして、ヒーローってのはあんなのばっかなんだろうな……」


 前の世界のヒーローもそうだ。

 一十四の家をあっさりと砕いた赤い男は、酒に酔って、苛々としていただけだった。

 それだけで、一十四は家族を失い、全てを失った。

 だが、それでもヒーロー達としてはまったく問題が無かったのだ。

 問題が無いと言わせるだけの力があるから。


「あれが、力に呑まれるってことなんだろうな……」


 何でもできる力があるからそうなってしまう。

 思わずして、一十四は思考の海に潜ろうとした。

 この世のろくでもないヒーローたちへ。

 しかし、その意識は、あっさりと浮上した。

 間の抜けた、チャイムの音。


「誰だ?」


 戦闘員の手術は、神経にも及んでいる。

 思考の海に沈んだ状態から、一十四は淀みなくすぐに立ち上がった。


「どちらさん――」


 その声に応えたのは、聞き覚えのある、少女の声だった――。


「エーコなのです」

「っはい?」


 思わず、一十四は扉を開けてしまう。

 しまった、と思った時には玄関の中で、この間あった少女がそのままの姿で笑っていた。


(そう言えば……、四階から落ちてくる姿を見られたんだった……)


 住所特定するまでもないじゃないか、と一十四は己の迂闊さを呪った。

 しかし、幾ら呪っても、事態が好転することなどあり得はしない。

 少女は、一十四の心中も知らず、極めて明るく言葉にする。


「出かけませんか? お兄さん」

「拒否権はないんだろ?」

「そうなのです」


 そう言って悪戯っぽく笑う少女に、一十四は溜息混じりに返した。


「わかったよ」


 そんな言葉に、無邪気に笑う少女。なんとなく、一十四の鬱憤も少しだけ晴れた気もしないでもない。


「じゃあ、さっそく行くのです」


 表情の柔らかくなった一十四に、更に少女は笑みを深める。

 そんな少女を一十四は眺めながら、外へ歩き出した。


「で、どこへ行くんだ?」


 当たり前のように飛び出した当たり前の質問。

 しかし、その答えは。


「あ、どうしましょうお兄さん」


 どうにも間抜けなものだった。


「どこか、いきたいとこ、あるですか?」


















「それではしの上ですか。お兄さんも渋いのです」

「うるせ、センスが無いってはっきり言えよ」


 結局、行くところなんてどこにもなく、一十四はふらふらと歩き、果ては橋の上に出た。

 それにしても、何故こんなにもこの少女は自分に構うのだろう、と一十四は疑問に思う。

 それと同時、何故この年の少女が、同年代の友人と遊びもせずにいるのか、と。


「なぁ、お前……」


 言いかけて、やめる。今自分は何を聞こうとしていたのだろうかと。

 無関係な人間が首を突っ込んでも、地雷を踏むだけではないか、と。

 しかし。


「……いいんですよ、『ヒーローマン』のお兄さん。聞いたって。むしろ、聞いて欲しいのです」


 少女は思うよりも聡明だった。

 その空気に気圧されて、一十四は口にする。


「なんで、お前は昨日夜一人で出歩いたり、なんてーか、今日もそうだ。どうにもらしくねえっていうか……」


 上手く言葉が出て来ない、とでもいうような一十四。

 しかし、少女はそんな言葉を汲み取った。


「お兄さんは、わたしが小学生として変だ、っていいたいんですね?」

「まあ、有り体に言ってしまえば」


 夜道の一人歩き、点いていない家の電気。

 嫌になるほどの、聡明さ。


「この性格は、もともとなのです。もんだいは、わたしが夜でもふらふらしていることなのですが――」


 少女は言う。


「少し前に、わたしのお父さんが入院したのです。ズィルバリオンに、ぶたれて。いまも『しゅうちゅうちりょうしつ』、とやらなのです」

「そうか……」


 なるほど、だから家に電気が点いていなかったし、夜の独り歩きをしても咎められなかったのか、と納得すると同時、頷くことしかできない自分に気がついた。


「わたしのお父さんは……、りすとらされて、わたしをやしなうために、ごうとうしたのです」


 ああ、不況の時代だ。そんな話どこにでも転がっている。

 しかし、違うのは警官隊に逮捕されたという結果ではなく、ヒーローに倒されたという結果か。

 強盗未遂。罪である。しかし、未遂だ。生と死の境を彷徨うような真似であろうか。


「ねえ、ズィルバリオンは正義ですか?」


 ざっくりと、その言葉が一十四に突き刺さった。


「『ヒーローマン』のお兄さんは――、どう思いますか?」


 上手く、言葉が出せなかった。

 否定したい。あんなもの正義ではないと。しかし、真っ向からそれを否定する術を、一十四は持たなかった。

 何せ、一十四は悪の組織の一員なのだ。


(オレがもしも本当にヒーローマンなら――、あんなのは正義じゃないって言えたのに……)


 悪の組織の一員である以上、一十四に正しさなど、欠片もない。


「……お兄さん?」


 だから、答えも中途半端。

 そう、一十四はヒーローでもないし、怪人でもない、戦闘員なのだから。


「一概には、言えないな……」


 呟いたことばは、まるで意味なく虚空に消えた。

 ただ、ただ――。

 悪の組織の戦闘員でもなくて、ヒーローマンでもない、ただの一十四としてならば。


「だけど、オレの思う正義とは、ずれてると、思う」


 その正義を否定したかった。

 うだつの上がらない一十四であっても、それだけは言いたかった。

 自信もなく途切れ途切れの言葉だったが、


「――そうですか」


 少女は笑った。


「……所で」


 それが何か気恥かしくて、一十四は露骨に話を変えたくなった。


「なんでオレに構うんだ?」


 それ故、適当に気になっていたことを口に出す。

 一十四には少女に好かれるようなことをした覚えはない。

 だから気になっていた。

 そうして、帰ってきた答えは、些か意外だった。


「お兄さんが、迷子の目をしてたのですよ。まるで、どうすればいいのか何もわからないみたいに」

「なんだそりゃ」


 子供に言われちゃお仕舞いだな、と一十四は心中で笑う。

 夜出歩く子供を心配しているつもりだったが、逆に心配されているとは。

 ただ、一十四にも見栄や意地はある。


「どうしてわかるんだ?」


 だが、嘘を吐くのも憚られ、はぐらかすような言葉が出た。

 その言葉に、少女は真っ向から返した。


「わかるのです。わたしも――、おなじだから」

「え?」


 最後の言葉は、よくわからなかった。

 迷っている? 一十四の幼少の頃はもっと何も考えてなかったはずだ。


(どういう、ことだ?)


 しかし、聞こうと思う前に、先手を打たれた。


「お兄さんの気は、少しははれましたか?」

「……」


 本当に心配されているとは、本当にお仕舞いだ、と今度は一十四は自嘲した。

 それと同時、顔には苦笑が現れた。


「ああ」


 幼心の気遣いが、少し嬉しく、そして気づかいさせる自分が少し恥ずかしい。


「それはよかったのです。『ヒーローマン』のお兄さんにはがんばってもらわないといけませんですから――」


 応援してますです、と。

 そう言って笑う少女に、照れたように一十四は目線を逸らした。










◆◆◆◆◆◆









 それからしばらくたった日の昼。


「強くなりてぇ……」


 飽きもせずに、その日も一十四はトレーニングを行っていた。

 強くなりたい。その想いは、前より強い。

 少女に見栄を張りたいだけだとわかっていながら、いや、わかっているからこそ、トレーニングに熱が入った。

 そんな時だ。

 再び家のチャイムがならされる。


「ん? エーコか?」


 悪の組織の一員たる一十四の一般人の知り合いは当然少なくなる。そうすれば、来客など本当に限られてくる。

 故に、最近頻繁に現れるようになった少女以外の選択肢が思いつかなかった。

 しかし、その予想は、


「こんにちは、お兄さん」


 半分当たって、


「今日はわたしのお兄ちゃんを連れて来たのです」


 半分外れていた。


「えっと……、どうも。神蔵 丞(かみしろ すすむ)っていいます」


 そこに立っていたのは、眼鏡をかけた優しげな青年だった。

 白いワイシャツにスラックスを着たその姿は、社会人のようだったが、童顔であることと優しげな雰囲気が、彼の年齢を低く見せている。


「あのー……、もしかしてエー……じゃなかった、こいつのお兄さん?」

「あ、はい」


 肯かれて思わず、一十四は肩を震わせた。


(状況的にオレ不審者じゃねえかよっ!!)


 妹が、知らない男と知らぬ間に頻繁に会っていたらどうするだろうか、その選択肢の内に、通報が入る人間は少なくないはず。


「えっと、オレは手崎 一十四です」


 戸惑うままに、とりあえず、と一十四は自己紹介した。

 本名を唱えてしまった迂闊さを後に気付くがもう遅い。


「それじゃ、いくのです」


 少女に連れられ、二人の男はふらふらと外へ出たのだった。



















「えっと、神蔵さんは、何やってる人なんすか?」

「ああ……、と、今、求職中です」


 とあるファミレスにて、一十四と丞は今一つ気まずい空気で会話していた。


「あっと……、申し訳ないっす」

「いえ、構いませんよ」


 人好きのする笑みで、丞は言う。

 そんな、煮え切らない会話に、遂に少女が痺れを切らした。


「お兄ちゃんたちはもっと仲良くしてもいいと思うのですっ」


 そう言うと、少女は立ち上がり、去っていく。

 その方向が女子トイレであったため、二人は追うこともかなわなかった。


「あいつ、なに考えてんだか……」


 思わず、一十四は呟いて、そう言えば、と一十四を見つめる丞の視線に姿勢をただす。


「その、自分……、怪しいものじゃないっすよ?」


 しかし、飛び出した言葉は、結局中途半端なまま。

 明らかに怪しい自分の状態をどうにかしようと思ったのだが、結局中途半端で、更に怪しくなっている。

 だが、そんな一十四を、丞は笑って受け入れた。


「そんなの、あの子の態度を見てたらわかりますよ」

「あの子って……、エーコの?」

「えーこ?」

「あっ、ええと、子供の遊びみたいなもんっすよ。スパイごっこでコードネーム、みたいな」


 流石に、自分と少女の出会いの下りを説明するにもいかず、なんとか一十四は誤魔化そうとする。

 しかし、気にした様子もなく、丞は肯いた。


「あの子の面倒を見てくれて助かります。恥ずかしながら、求職活動中で構ってもやれなくて……」


 挙句、父親は重症で入院中。無理もない。


「あ、いや」


 一十四は、そんなことはない、と言おうとして、丞に遮られる。


「ありがとうございます」


 さらに頭を下げられ、一十四は思わず照れてしまった。どうにかしようと思って言葉を探る。


「そういや、神蔵さんって何歳なんすか? オレとそんな変わらないみたいだけど」

「ああ、十九です。高卒ですけど」

「へぇ、オレと同い年なんすね。オレと違って随分としっかりしてるみたいっすけど」


 同い年だと言う丞に、一十四は少し親近感が沸いた。

 そして、丞もまた、その接点に親近感が沸いたのは同じらしい。態度が少し、和らいだ。


「いやぁ、僕なんて、取り柄の一つもなくて、未だ就職できない有様ですよ。手崎君は大学生なのかい?」


 しかし、その質問に正直に答える訳にはいかない。

 むしろ、戦闘員などと言えば、正気を疑われるか、もしくは、通報される。


「ああ、まあ、そんなもんっす」


 だから、そんな曖昧な答えしか返せなかった。


「そっか、所で、妹と、いつも何やってるのかな」

「なにって……、別に変なことは……」

「ああ、そういうのじゃなくて、あの子がなにを好んでするのかな、って。僕はコミュニケーション苦手だから……」


 一十四はうろたえ、次に胸を撫で下ろす。

 遂に通報か、と思われて、いやに喉が渇いた。

 一十四は、その乾いた喉を癒すため、サービスの水を一口喉に流し込む。

 そして、潤った喉で言葉にした。


「うーん、散歩と、ゲームっすかね。二人で遊ぶ時はもっぱら、ゲームかなぁ。後は精々俺の本棚から漫画とって読んでるとか」

「へえ、ゲームって、主になにをするんだい?」

「落ちものパズルっすね。苦手なんすけど、てか、小学生相手に一度も勝ててないっす」

「ああ、僕も苦手なんだ。どちらかというと格闘ゲームの方が……」


 一十四は以外だ、と思いつつも、ゲームという趣味に更に親近感が沸く。


「へえ、オレも格ゲー好きなんすよね。全然強くないんすけど、大好きで」

「以外な所で趣味が合うね。そうだ、好きなタイトルは?」

「うーん、めぼしいとこは全部やってるっすけど。楽しかったのは、『別件3』かな」

「へえ、やっぱり。この世界の格闘ゲームは――」

「……この世界の?」

「いや、その――」


 そして、格闘ゲームの話題で盛り上がりかけた所で、遂に、少女が帰って来た。

 帰ってくるなり、少女は言う。


「仲良くなれたみたいでなによりなのです」

「はは、おかえり」


 丞はそれを笑って迎え入れた。


「ところで、これからどうするんすか? 時間だけは余ってますけど――」


 呼び出しがあれば、一十四は行かなければならないが、呼び出しが無ければ、いつまでも暇、ということになる。

 ここはとことん少女に付き合ってやろう、と一十四は決意して、二人を見つめた。

 すると、声を上げたのは丞だ。


「とりあえず、ここでご飯を食べて、そうですね、映画でも見に行きましょうか?」


 当たり障りない所だ。果たして面白いかは別として、初対面の人間と行くことに意義があるだろう。

 そして、その後に、ちょっと変わって、丞はわざとらしくにやりと笑った。


「その帰りに、ゲームセンターにでも、行きませんか?」


 その笑みに、一十四は更に笑みを返したのだった。























「優しそうな兄ちゃんだな」

「自慢の兄なのですよ」


 夕方、世界が赤くなった頃、少女と一十四だけが並んで歩いている。

 想いの他、悪くない外出だった、と今日を一十四は振り返った。

 映画は、何故か満場一致で特撮ヒーローものを見て、帰りにゲームセンターで格闘ゲームを数戦しただけだったが、丞とも友達と呼べる領域に至れたのではないだろうか、と一十四は思っている。

 ただ、丞は、帰りにふと、寄る所がある、といなくなってしまい、少女の送りを託された一十四と、少女の二人きりであった。


「お兄ちゃんは、昔神童なんてよばれてたらしいのです」


 らしい、というのは、少女が生まれる前の話だからだろう、と勝手に一十四は納得し、話を促す。


「そうなのか?」

「そうなのです。立って歩けるようになった時にはもう読み書きができてたってお父さんはいってましたです」

「そいつはすげえな」


 心から、素直に感心する。そういう人間もいるのだな、と。

 しかも、それであんな性格の良い兄ができるのだから驚きだ。

 そして、少女が早熟なのは、その兄の影響なのだろうか、と勝手に予測する。


「なんでもできる、すごい兄なのです。……すこし、羨ましいくらい」


 胸を張って自慢する少女に、一十四に自然と笑みがこぼれた。


「そっか、すごい兄貴、か」


 一十四にも、兄がいた覚えがある。既に生きてはいないが、確かに、何でもできるように見えた背中だった。

 そんな過去を、思い出として振り返られる程度には成長したのだな、と更に苦笑する。


「さて、ここだよな?」

「そうなのです」


 記憶のある家の前で、一十四は立ち止まる。

 今日も、人の気配はない。


「じゃあな」

「またなのです」


 一十四は、片手を上げてそこを後にした。






















 その後、夕飯を食べてから、一十四は唐突に声を荒げた。


「はっ!? ホルンさんが負傷した!? 有り得ねえ!」

『それが、本当でして……、緊急対策会議を開きますから、来てください』


 アパートの一室で行われた電話越しの会話。

 一十四は携帯を閉じて、ベッドに放り投げた。

 ズィルバリオンとの戦いで、怪人の一人が負傷したという。それも、もっとも強いと言うシュツルムホルンが、だ。

 言い知れない焦燥感が胸を焼く。


「くそっ、勝てるのかよ……!」


 一十四は、思い切り壁を殴りつけた。















◆◆◆◆◆◆













 その日も、一十四は、少女と、丞と一緒に出かけていた。

 ズィルバリオンへの焦燥は募る。しかし、相手が出て来なければ、発散することもできない。

 ただ、少女と丞との時間が過ぎていった。


「今日も、楽しかったのです」

「はは、それは良かった」


 相も変わらぬ優しい笑顔で、丞は言う。


「優しい兄貴だな」


 期せずして、一十四は呟いていた。

 丞は、恥ずかしげに笑う。


「はは、そんなそんな、僕なんて取り柄もなくて。そう……、取り柄の一つも……」


 最後に唐突に暗くなった言葉。

 一十四は眉をひそめ、それに気がついた丞は、取り繕うように明るい声を出した。


「っとと、僕はちょっとお金を降ろしてくるから、ちょっと待っててよ!」

「んっ、ああ」


 駆けだして、銀行へと入っていく丞を、一十四は見送った。

 一十四は、なんだろう、と先程のことをしばらく考えていたが、次第に気のせいだ、と思うようになっていった。

 そして、何分経ったろうか。

 やけに、丞が帰ってくるのが遅い。


「遅いですね、お兄ちゃん」

「そうだな……」


 この後、夕飯を食べに行く予定なのだが、それだけの金を降ろすのにどう手間取ればいいのか。

 次第に心配になって来た頃――。

 不意に銃声が響いた。


「なんだっ!?」


 驚きに、一十四の体が跳ねる。鋭敏化した感覚が、戦いの匂いを感じ取り、体が戦闘態勢に移行していく。


「お兄さんっ!」

「おうっ!!」


 少女が叫ぶと同時、一十四は駆けだした。

 シャッターが下りる寸前。その瞬間に、滑り込む。


「って、ついて来てるのかよ、あぶねぇぞ!」

「もんだいないですっ」


 予想外に腕にひっついていた少女と共に、一十四は銀行内に侵入した。


「誰だっ!?」


 銀行内にいた、銃を持った男が反応し、一十四に銃を向ける。

 一十四は、その瞬間には既に、飛び込むように男にひざ蹴りを叩きこんでいた。


「ぐべっ……」


 声を上げて倒れ込む男を一瞥もせずに、一十四は着地し、後ろを向く。

 そして、一足飛びにもう一人の強盗犯らしき男に向けて、拳を放った。

 腐っても、常人の三倍。ただの人間が耐えられる訳もない。

 行内に床が肉を打つ音が響く。

 そしてそれを見守って、一十四は気配を探った。


「忙しなく動いてるのが……、二階?」


 そう、縛られた人質であふれかえっている割に、一階には二人しか強盗犯がいなかった。

 人質を縛った数を考えてみれば、もっと多いはず。

 そう考えて気配を探れば、二階があわただしい。

 と、そこで思い出したかのように、一十四は当たりを見渡した。


「お兄ちゃんはっ?」


 そう、少女の言う、丞はどこか、と。

 だが、丞はどこを見ても見当たらない。


「まさか……!」


 一十四は階段へと走り出した。


(要らんことに巻き込まれてんじゃねぇだろうな!)


 後ろからついてくる少女にすら構わず、全力で一十四は階段を駆け上る。

 それは一瞬。

 そして二階。

 そこに、丞はいた。

 確かに、存在した。

 ただ。









「すす、む?」










 強盗犯に悠然と相対するという予想外の形で。


「お兄ちゃんっ……、やっぱり……っ!」


 取り囲むようにして、丞を警戒する、十人ほどの強盗たち。丞を知る人間にとってこれほど異常な光景は無い。

 遅れて辿り着いた少女が息を呑む。

 そしてまた、驚いたように目を見開いていた丞は。

 諦めたように笑った。


「見られちゃったか」

「おい、丞、何やってんだ……、オレが、なんとかするから、お前は逃げろよ……」


 幾分動揺したように、まるでうわごとのように一十四は呟いた。

 しかし、丞は首を横に振った。


「駄目だよ。その必要はないし。僕が僕であるために、逃げられない」


 瞬間、強盗犯たちが遂に、均衡を失い、怒号と共に打って出る。

 引かれる引き金。

 放たれる弾丸。

 そして――。


「――変身」


 確かにその言葉が放たれるのを、常人の三倍の耳が確認した。
























 拳を振るうたびに、強盗犯が吹き飛ばされていく。


「ねえ、一十四君。キミは異世界って信じるかな」


 不意に、白い騎士が呟いた。


「まあ、信じてくれなくてもいいや。ともかく、僕は、異世界の記憶を持って生まれたんだ。いや、転生したって言う方がしっくり来るかな? キミたちとしては、前世の記憶があるって言った方がわかりやすいかもしれない」


 一十四にはそれが否定できない。もとより、一十四も異世界から来たものであるからして。

 何も不思議なことなど無い。

 だが、一十四は気押されて何も言えなかった。


「その時に、神様にこれを貰ったんだ。変身ベルト。その時のことは僕の妄想かもしれない。だけど、ベルトはここに在る」


 そう言って、騎士は自分の腰を指さした。そこにあるのは、腰に巻かれた白銀のベルトだ。

 嘘か本当かなど、関係ない。少なくとも、神から貰おうが貰うまいが、ベルトはそこに存在する。


「だから、思ったんだ。前世取り柄のなかった僕は、今回は、上手くやるって。悪を倒す、皆から尊敬されるようなヒーローになろうって」


 そして、丞の心に抱えるモノもまた。語った言葉が嘘か本当かなど関係なく存在する。

 男たちの悲鳴をBGMに、騎士は呟き続ける。


「だけどっ、そこには敵がいなかったんだ!」


 まるで、懺悔。


「平和で、悪は無くて、僕には相変わらず取り柄が無くて。ただ、無為に過ごして」


 罪を重ねながら懺悔する、その姿は、正に異常。

 一十四は怖気に震える。


「そんな時、小さな事件に会った。その時も強盗犯相手だったね。そう、これまで生きて、初めてここだ、って思った。ここでヒーローになれるって」


 それで、丞は、ズィルバリオンは、初めての変身を迎えた。

 そう、誰だって、何もない状況、そこにベルトがあれば、使ってしまう。

 そして――、味をしめてしまった。


「そしてこれが。これだけが――、僕の取り柄になった」


 力だけが。強さだけが。


「正義だけが、僕の取り柄なんだ! これしかないんだ!! だから、悪を見逃すわけにはいかない、絶対に……!! でないと僕は……!!」


 ただ犯罪者を捕まえるだけならよかった。だが。

 ままならない自分への焦りが、上手くいかぬ人生へのフラストレーションが、



「だから……、テメェの親父さんも……、ぶっ飛ばしたのか?」


 ヒーローを悪鬼にした。

 既に丞の正義は強迫観念。しがみついているに、すぎない。


「――他に……、ないんだ。なにも」


 圧倒的なはずの白い騎士が、まるで弱弱しく。

 だが、一十四は動けなかった。

 地に伏す強盗たち。動けぬ一十四。

 そして――、振り上げられる、騎士の拳。


「それじゃあ、正義執行だ」


 誰も、誰も動けない。

 一十四もまた、その一人。

 その中でただ一人、――少女だけが、動いていた。


「お兄ちゃんっ、駄目です!!」


 拳の前に飛び出した少女を見て、ぴたりと騎士が動きを止める。


「やりすぎ……、なのです、お兄ちゃん!」

「これは、正義なんだ」


 己を止める言葉に、絞り出すように騎士は答えた。

 だが、少女は首を横に振る。


「そんなの、正義じゃないですっ! 正義じゃ――、ないです!!」


 きっぱりと言い放たれた言葉。


「駄目だ……っ」


 思わず一十四は呟いた。

 そう、丞は他にない、と言った。丞の存在意義はその正義にしかないと言ったのだ。

 そうして父親すら半殺しにした。

 だから、それを否定するものは妹であっても――。


「正義、執行」


 前は半殺しでも、今日は生きていると限らない。

 脳裏に過るのは、頭を吹き飛ばされる少女の姿。


「うおおぉぉおおおおおぉおぉおおぉッ!!」


 気がついた時には、一十四は駆けだしていた。

 常人の三倍程度の脚力で、少女の元まで突っ込んで、拾い上げる。

 振り下ろされる拳を、数ミリの差でかわして、一十四は窓を破って飛び出した――。
























 走る、走る。

 きっと正義を否定した妹を、丞は追ってくる。逃げなければならない。


「なぜ、にげるのですか?」


 当然、勝てるわけがないからだ。


「『ヒーローマン』のお兄さんは、ひーろーなんですから……、むりょくなわたしと違って……」


 無念そうに呟かれる言葉。

 一十四の、なにかが切れた。


「オレはヒーローじゃないんだっ!!」

「えっ?」

「あんなのに勝てるわけねえっ! ヴァイスドラッフェのコードナンバー024でっ、オレはただの戦闘員なんだよ!!」


 一十四の中で、なにかが、崩れ落ちる音がした。


「そう、だったのですか……」


 切れる息が苦しくて、一十四は適当な廃ビルに入り、座りこんで少女を離す。

 常人の三倍の身体能力、といった所で、常人の三倍走れば疲れるし、息も切れてしまう。


(こんなんであんなのに立ち向かえる訳ねーだろうがっ!!)


 すぐにまた逃げようと、一十四は必死で息を整える。

 はあはあと、息を吐く音だけが、廃ビルに響き渡る。


「あとちょっとでっ……、回復するからっ……、すぐ逃げ――」


 すぐ逃げる、と言おうとしたその言葉。

 だが、最後まで言わせてもらえなかった。


「――もう、いいのです」

「は?」


 壁を背に座りこんだ一十四を、立ったまま正面から見据えて、『エーコ』は言う。


「お兄さんには、ずいぶん、無理をさせてしまったのです」


 嫌な予感がして、何でもいいから言おうとして、しかし、荒い息がそれを許さない。


「お兄ちゃんの狙いはわたしなのですから、わたしが行けば――」


 震えている。常人の三倍の視力が、確かにそれを捉えていた。

 でも、体が動かない。震えているのは、一十四も似たようなものだ。

 ズィルバリオンが怖かった。組織最強の怪人を倒した敵が。


(くそっ、くそっ! 何が常人の三倍の身体能力だ!! こんなんじゃ、何にも使えねえじゃねえかよっ!! オレに、力があれば――!!)


 力があれば、ヒーローなら。

 少女を守れるのに。

 だが、一十四はどうしようもなく――、


「――それじゃ、ばいばいなのです。『戦闘員』のお兄さん」


 戦闘員であった。


「エーコっ……!」


 絞り出せたのはそれだけ。

 消える背中。見送る一十四。

 そんな中、一十四の耳の骨に仕込まれている通信機から、聞き覚えのある声が響いた。


『こちらイェーガー。配置についた。作戦開始だ』

(中さん、来たのか……)


 その事実に、一十四が覚えたのは。

 どうしようもない安堵。


(中さんが来た。多分他の怪人も皆来てる。オレにできることはもう、何もないよな……)


 なんせ自分は一戦闘員。彼らの戦いに交わることすら許されない。

 そう心で言って、自分を安堵させる。


(これでいいんだ)


 壁に背を預けたまま、目を瞑る。

 疲労感が、意識を闇に落とそうとする。


(エーコも、きっと助かる。きっと……)


 保証はない。むしろ、今は最強の怪人が抜けているのだ。押さえられるかすら、保証はない。


(やるだけやったさ。あれを相手にエーコを連れて逃げただけで、大金星だろ……。あれが戦闘員の限界さ)


 自分を安心させるためだけに、心で呟く。

 次第に、意識がぼんやりとしていく。

 まるで落ちるように、意識が無くなってきて。

 全てを投げ出そうとして――。


(本当に、それでいいのかよ?)


 心のどこかが囁いた。


(そんなんで、一生、うだつの上がらない戦闘員でいいのかよ)


 心の呟きに、意識が覚醒する。

 疲れているはずなのに、頭だけは、高速回転していた。


(オレは、エーコを見て、何も思わなかったのかよ)


 今になって思う。きっと少女は兄がズィルバリオンであることを、知っていたのではないか、と。

 少女は前、一十四に言った。

 一十四と少女は同じ、迷子なのだと。

 そして、先程兄を見た時、やっぱり、と。

 だとしたら、やはり兄がズィルバリオンであることを知っていたのだ。

 一十四は、力が無くてどうしようもない毎日に苛々していた。

 そして、それと少女が同じなら、もしかすると少女は、兄を止めたかったのではなかろうか。

 兄が正しくないと思って、だけど、力が無くてどうしようもない。止められない、正せない。


「力が、ないから……」


 きっと少女も言ったはずだ。


『力があれば。自分も変身できたら。ヒーロー、だったなら』


 それは、ただの逃げだ。今になってわかる。

 一十四もそしてきっと『エーコ』も逃げていた。


(だけど、だけどっ、だけどっ!! エーコはいま立ち向かってる!!)


 果たして、『エーコ』とは何だったのだろうか。

 もしかすると、『エーコ』とは、それまでと違う、変わりたい少女の想いの表れだったのではないだろうか。

 弱い少女ではない、兄に立ち向かえる『エーコ』に。

 だから戦おうとしている。ヒーローでもない、ましてや戦闘員でもない癖に。

 震えていたくせに。

 何故、あんな風に立ち向かえるのか。

 一十四には理解できない。だが。

 ただ、ただ一つだけ。

 一十四はあの背に思ったことがある。


「あの時、エーコは。俺よりも、ズィルバリオンよりもずっと――、強かった」


 ああ、それが答えか。

 と一十四の胸にすとんとなにかが収まった。

 なるほどそうか。

 ただの少女は、あの時。

 ――変身していたのだ。



























「変身」


 市街に倒れ伏す、無数の怪人、悠然と立つ白い騎士。


「変身」


 騎士が、エーコへと向かって歩く。


「変身」


 一歩一歩、恐怖を与えるかのように。


「変身」


 その歩みを飛来した銃弾が、止めようとする。


「変身」


 だが、その銃弾も、あっさりと手で弾かれた。

 その場に少女を救うヒーローはいない。

 ただ、エーコは騎士を見つめて立っていた。


「お兄ちゃんはまちがっています。このままじゃ、だめなのです」


 足は震えて、立っているもかくやという状況で、しかし、その瞳だけは強くそれを睨みつけていた。


「わたしをころしても、事実はかわらないです。むしろ、永遠にのこりつづけるのです――」

「正義、執行」


 振り上げられる拳。

 危機にさらされる少女。

 少女のピンチを救うヒーローは、この場にいない。

 いない、だが。

 ――だがしかしである。

 古今東西。

 今も、昔も、今までも、これからも。

 過去も昔も変わらない。

 そして今日も――!


「――俺の名前は手崎一十四。職業、戦闘員。そして――!!」


 ――ヒーローは遅れてやってくるものであるっ!!




『髑髏をモチーフにしたヘルメットに、各所にプロテクターの装備された黒い上着。それはどこからどう見ても――』


 それが少女を救うため立ち向かう姿は。


『――ヒーローだ』



















「おぉおおおおおぉぉおおおっ!!」


 裂帛の気合と共に放たれた拳が、騎士の喉元に当たり、弾かれる。

 だが、諦めない。何度も何度も、拳が放たれては、弾かれる。


「変身」


 そんな一十四を鬱陶しく思ったか、裏拳気味にはなった拳で、騎士は一十四を弾き飛ばした。

 だが、それでも。

 一十四はビルの壁面に着地し、ばねのように跳ねて、今一度、騎士を殴る。

 効かない、強い。そんなことは承知の上だった。

 それでも、諦めない。


「変身」


 再び囁かれる言葉。

 正義の味方の証。変身とは、正義の味方だけに許された、キーワードだ。

 だが、違う。


「違う……!」


 目の前に立つのは、正義の味方などではない。


「お前は、正義なんかじゃねえっ!!」


 真っ向から、一十四は丞の正義を、否定した。

 そう、妹を殺す正義など、認められるわけがない。


「お前はっ、ヒーローですらねえ!!」


 拳が再び弾かれる。


「違うんだよ、違うんだっ!!」


 悲痛な程の叫び。騎士の動きが、思わず止まった。

 一十四はずっと力があれば、と思っていた。

 ズィルバリオンみたいに変身できれば、と思っていた。

 だが、違う。ズィルバリオンは、一十四の目指すものではない。


「変身ってのはさぁ! もっと、こう、違うんだ!! 変身ってのは、そんなに軽くねえんだよっ!!」


 必死で、悲痛で、真っ直ぐな。


「変身できるから変身するのかよ。ベルトがあるから変身するのかよっ!」


 その拳からは、耐えきれず、破れた布の隙間より、血があふれだしていた。


「違うだろっ!? 守りたいから変身するんだよっ! なにかを貫きたいけど、そのままじゃ駄目だから変身するんだよっ!!」


 それでも、拳は止まらない。


「変身ってのはさっ、ツールや、ベルトじゃないだろうっ!?」


 変身に必要なのは、ベルトや、道具ではない。一十四は叫ぶ。

 ベルトや道具だけの変身は、変身ではない、と一十四は叫ぶ。

 本物の変身とは。本物の変身に必要なものは、そんなものではない。

 必要なのはたった二つ。思い描く理想と、それに辿り着くための努力だ。


「だからっ、お前はちがうっ! 拾っただけの力を振りまわしてるお前はっ、変身なんてしてないっ!!」


 騎士が、その言葉にたじろいだ。

 そして、まるで逃げるように、駄々をこねるように拳を振り上げる。


「お前はっ、ヒーローじゃない――!!」

「変身、正義執行」

「お兄ちゃんっ! もうやめてぇ!!」


 エーコの悲痛な叫びが響いたその瞬間、白い騎士の拳が、一十四に振り下ろされた。

 避けることも守ることもできない。無抵抗に、一十四は吹き飛ばされる。

 彼は、ビルに直撃し、コンクリートを砕き、背中で地面に着地した。

 誰もが、立ち上がれないと思った。

 むしろ、見ていたものは戦闘員なのによくやった、とその働きを、地に伏しつつ動けないながらも心中で褒め称えた。

 果たして、ここで立てなくて誰が一十四を責めようか。

 所詮一十四は戦闘員。常人の三倍の身体能力しかない。

 だが――。

 それでも。

 ただの戦闘員であっても。


(こんなオレでも――)


 変身に必要なものはベルトでも道具でもない。

 理想と、努力。この二つだ。

 ならば――。


「――変身」


 ――できるはずだ。

 立ち上がりながら呟かれた言葉はまるで祈るようで。


「うだつの上がらないオレから、俺の望むオレへ――、だ……!」


 小さい癖に、強く響いた。

 ヘルメットは割れ、顔はむき出しとなり、拳からは相も変わらず血が流れている。

 プロテクターなどは、逆に損傷しているし、全身が痛くて仕方ない。

 変わっていない。外見上は、何も変わっていない。

 だがしかし。

 一十四は、理想への努力を、怠らなかった。

 だから、その努力を支える芯。

 心が、丸ごと変わっていた。


「ああぁあああああああぁぁぁああッ!!」


 雄叫びをあげて、拳を振るう。

 何も変わっていない、ただの常人の三倍の拳が、騎士の喉に――、食い込んだ。


「が、ふっ」


 思わず、蹲る騎士。

 本当の変身とは身体を変えることではない。なにかのために、己を変えること。それが変身。


「ヘンッ……、ジッ」


 騎士が、呟こうとして、しかし失敗する。

 一十四はずっと、喉を狙っていた。喉を潰して、上手く発声できなくなれば変身の効果が出なくなるのではないか、と。

 それは、確かに、当たっていた。


「ああ、やっぱり違う。喉を潰した位でできなくなるような変身は、やっぱり違うよ……!」


 だがしかし、これまでに何度騎士は変身と呟いたろうか。

 これから強くなることはないが、これまでの強さが無くなった訳ではない。

 対して、こちらは騎士に一撃当てただけ。

 ズィルバリオンが圧倒的有利。

 ただの戦闘員であるはずの一十四など、一蹴されて終わる。

 だが。

 その圧倒的苦境において、一十四は不敵に笑った――。

 立ち上がったズィルバリオンが、思わずたじろぐほどに凄絶に、強く。


「なんで笑えるんだ、って感じだな」


 笑みを崩さず、激しくもなく、呟く声は、ただ、力強く。


「そんなの簡単だ。ピンチに笑う」


 確かに、一十四は、変身していた。


「そっちの方が、ヒーローっぽいだろ?」


 そして、一十四が、大きく拳を振りかぶる――。



























 振り上げて、拳を叩きこむ、それまでの数秒。

 まるで、スローモーションだった。

 ズィルバリオンも無抵抗だった訳じゃない。

 拳を振ろうとするオレに、それより早く、拳を放とうとしていた。

 無論、オレに避ける術は無い。

 だが、ズィルバリオンの動きはなにかに弾かれるように、止まった。

 不意に、響く声。


『――お前が俺の弾を弾くと言うなら。こちらもお前の手足を弾くまでだ』


 ああ、中の旦那。あんたも負けず嫌いだね。

 ――なあ、旦那も、変身したのかな。してるんだろうなぁ……、オレよりずっと前に。

 だから、強いんだ。


『さあ、行け。脇役の出番はここまでだ。――決着をつけろ。ヒーロー』


 言われなくても。言われなくてもやってやるさ。

 オレは弱いよ。あんたらに比べれば、足下にも及ばない。

 所詮常人の三倍だし、あんたらみたいな技能もない。

 だけど、それでも、だ。

 オレは諦めない。

 いつか追いつく。

 いつの日か、隣に立って戦ってやる。

 だから、その為の。

 追いつくための。

 一歩目の。


「今日、そう、今日だ。今日の、この瞬間だけでいい。そう、今日のこの瞬間だけ――」


 ――変身。






「――オレは『ヒーローマン』だ……!!」






 もう、何もわからない。ただ。

 ただ一つ伝わって来たのは、オレの拳が何かを砕いたことだけだった。



















◆◆◆◆◆◆















 この街から、白い騎士は消えた。


「ねえ、一十四のこの間の活躍で、皆が納得したよ」


 別に丞が死んだわけではない。ただ、丞もまた、少し変身しただけだ。

 それでもまた力に呑まれるなら、ヴァイスドラッフェが再び相手となる。それだけの話。


「貴方を戦闘員から、怪人に手術してもいいって」


 今頃、親子仲良く入院中だろう。きっと、『エーコ』に看病されながら。


「で、どうする?」


 組織の最高権力者たる少女に聞かれて。

 ずっと待ち焦がれていたそれが目の前にあると知らされて――。


「いや、いいっす」


 一十四は首を横に振った。


「そう、やっぱりね。中もそう言ってた」


 そう言った、悪の組織の首領へ、一十四は笑う。


「俺には――、自前の変身がありますから」























「やっちゃってください、『ヒーローマン』のお兄さんっ」

「おうとも、行くぜ『エーコ』」




 俺の名前は手崎 一十四。

 職業、戦闘員。

 そして――。






 ――趣味で『ヒーローマン』をやっている。




 今日もどこかで、声が響く。



「――変身」









































後書いて1年ぶり。

御無沙汰しとりました、兄二です。
なんだかその気になれなくて、一年も短編を放置してまして恐縮ですが、何故だかあの頃の情熱を取り戻したので、書いてみました。
まあ、正直続きがあるとか言っといて放置とか最低この上ないので申し訳ないですが。


とまあ、そんなわけで、今回は変身とは何か、ってことをテーマに進んでみました。
男なら、誰でも一度は抱く『変身』願望。その果ては? と格好つけてみればこんな感じです。

ただ、当初は普通の変身モノだったのですが、今ではそんなこともなかったぜ。
やたら変身変身うるさい人とか、変身しない癖に格好つけて変身、とか言っちゃう人とか、色々と、まあ書いてる方は楽しかったです。
特に、ヒーローとは遅れてやってくるものである、とか今時はやらない台詞を真っ向から書けると言うのは実に楽しかった。
今時流行らないようなダサい熱さが好きでたまらない。
私も変身してみたいもんです。男の子の憧れですよね。


ちなみに、この調子だと次回作もヒーロー編の予感。光になって霧散しちゃった人とかもやりたいんですけどね。





あと、なんだか聞いてみれば、タイトル変わってわかりにくいそうなので、次回作が出るまでになにか考えて固定します。なんかいい名前案、ありませんかね?

ぶっちゃけると一発ネタの短編ものなんて一期一会、見て楽しめれば儲けもので、出会ったらそれっきり、みたいなものだと勘違いしてた節があるのですが、再びみたいと言う方もいるのを再確認し、固定します。

まあ、次回作がいつ出るかもわからないし、次回作が書けるかも怪しい状態で恐縮ですが。本当に申し訳ないです。
なんというか、本当に個人的で申し訳ないんですけど、モチベーションが上がら無いとどうしても書けなかったりするんです。ごめんなさい。





手崎 一十四(てさき かずとし)ヒーローマン

なんかフラストレーション溜まり気味のその辺に居そうなあんちゃん。ヴァイスドラッフェ戦闘員。
閉塞気味の現状に鬱屈ばかり溜まっていたが、変わりたい少女、エーコとの接触の後、最終的に精神的な変身を遂げる。
身体能力は常人の三倍。常人ってどのくらいだ、と思わなくもないが三倍。
しかし、変態達の中に加えるとしょんぼり。
正に、格闘漫画の強キャラ。ファンタジーには敵わない。
ちなみに、名前は適当。姓はなんとなく悪の手先だから。
事件後は、目立ったこともなく少女とのんびり過ごしている。ただ、たまに起こる事件に『ヒーローマン』として相棒の『エーコ』と立ち向かう位はしてるらしい。
センスは無い。なんてったってヒーローマン。




少女A子(エーコ)

最後まで名前出てない。
親父がぼこられ、その犯人が兄貴だと気付いていたが、自分の無力故にどうすることもできない現状を嘆いていた。
その点で言えば、一十四とまったくもって似ている。ただ、一十四よりちょっと大人。幼女なのに。
多分小学三、四年。男気幼女。力があればと嘆くばかりであったが、一十四へ名乗ったA子の偽名。今までの自分じゃないなにかへなりたいという想いを土壇場で実行。
兄貴にぼこられる寸前でヒーローマン(笑)に救われる。
あと、神童だった兄貴の影響で結構早熟。作者としては、文中のエーコと少女の使い分けが結構たるかった。
エーコと少女が地の文に交互に出てたりするのは仕様。
尚、事件後は兄貴と父親の介護をし、また、一十四と一緒に遊び、時に『エーコ』として、『ヒーローマン』と事件に立ち向かってる模様。




神蔵 丞(かみくら すすむ) ズィルバリオン

エーコの兄で、ズィルバリオンにして、転生者。
どうやら神様手違い系の転生者の模様。その際にベルトを貰った。また前世はテンプレ通り、冴えない大学生だったらしい。
そして、新たな世界で一念発起するが、そこには倒すべき敵がいなかった。
かといって、異世界に来て人生やり直したからとあっさり変われるはずもない。そして、最初は神童と呼ばれても、所詮凡人、十八になる頃には一般人レベル。前世と同じくさしたる取り柄もなく、焦りだけが募る。
そこで手に入れた正義に、踊らされる羽目となった。強さと力しか、その上拾っただけの物でしかなかったため、まるで強迫観念のように正義を執行しなければならなかった。
次第にそれがエスカレートし、リストラされ、強盗に走った父すら半殺しの目に合わせることとなった。
その後は、妹に正義を否定され、殺そうとするも、一十四に倒され、改心した、というよりは自分探しの旅に出る様な出ないようなそんな感じ。
一旦負けて、憑きものが落ちたようなもの。ただし、劇的に変わった訳でもないので、何かあったらすぐズィルバリオンに逃げると見て良し。
事件後は入院。退院後、職を探しながら、自分を見つめ直すことにしている。
次回作を書くなら主人公はこいつ。


ちなみに、ズィルバリオンは、白い甲冑みたいなヒーローで設定上は「ヒーロー」という概念そのもの。
ヒーローがピンチを変身の名のもとに打ち砕くイメージによって生み出された鎧で、「変身」のワードを唱えるたびに性能が上がる。
一応、なんでただの戦闘員がそのスーツを打ち砕けたかという裏設定として、ヒーローという概念上、それを真っ向から否定されて、威力や速度はそのままでも、存在自体の強度は下がっていた、というのがあるが、やっぱり最後は中の意地と、一十四の気合と根性。




二十八 中

真っ直ぐな狙撃手。前作の主人公だが、今回は脇役に徹すること林の如し。
一十四に言わせればファンタジーな人。
今回で負けず嫌いなことが発覚した。いや、前作からか。
ただ、むしろ台詞の一つもなかったシュツルムホルンのが哀れ。
なんだかんだと七海と上手くやってるらしい。悪の首領に玉の輿フラグが立っている。





まあ、これだけ書いてあれですが……、描写はまだまだ足りないようです。未熟ですね、そいつは精進するしかない訳ですが。
見ての通り一十四はともかくエーコと丞の心理描写はまだまだやっても足りないぐらいなんじゃないかと思います。
ただ、まあ、色々と長さとかその他諸々でこんな感じになってしまいましたが。果たして面白かったかなぁ、これ。
自分じゃ相変わらず良くわからないので、感想くれると嬉しいです。
ともあれ、変身、もとい変心する戦闘員の話はここまでです。







最後に、やたらめったらぐだぐだ長い本作をここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。

ここらで私は書き逃げと相成ります。
また変な一発ネタで会えると嬉しいです。


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