この話を読む前に。
ニコぽ[にこ‐ぽ] にこりと微笑んだだけで美少女が惚れる必殺技。
オリ主に多い。商業作品で有名なのは吸血鬼ハンターD、らしい(また聞き)。
よっぽどの技量がないと痛い。
ナデぽ[なで‐ぽ] 撫でただけで美少女が惚れる超奥儀。
オリ主に多い。よっぽどの技量がないと痛い。
貴方は、一目惚れを信じるだろうか。
俺は、信じたくなかった。
ニコぽ、ナデぽについて本気で考えていたら百八十度ひん曲った作品ができた。
不意に、耳朶を打つ鐘の音。
そこでやっと俺は学校が終わったことを知る。
「帰ろう……、いや」
俺の名前はやまなし つなし。
いつもひらがなで紹介するのは誰も初見で名前を正しく発音できないからだ。
月見里 十。
今年で高校三年生になった俺は、無愛想に定評がある。
黒髪黒眼、中肉中背、何か際立つわけでもない俺にとって、その無愛想だけが特徴だ。
そんな俺は、高校入学の際、絶対に笑わないことを決めたのである。
大口をあけて笑うのはいい。
嘲笑うのも構わない。
だが、絶対に微笑まない。
だから、今の俺は仏頂面で、口を一文字に閉めている。
おかげで、友人は減った。
話すことが少なくなったので、性格もそれに準ずるものとなった。
だが、俺は絶対に微笑まない。
頬を緩めるなど言語道断。
確かに、何を馬鹿なと思うかもしれないが、俺には――、
笑えない理由がある。
あれは――、中学二年生の最後のことだった。
◆◆◆◆◆◆
休み時間、俺が窓の外を見て、電線で戯れる小鳥を見て微笑んだとき、それは起こった。
「なっ!」
不意に、高い声が上がったのだ。
それに気がついて教室を見ると、なんか顔が赤い奴がいた。
確か、空手部の主将で、全国にも記録を残すような奴だったはず。
厳しい練習で体調でも崩してんのかな、と思うだけで俺は視線を戻したのだが――、
その帰りに俺はこの不運を呪うこととなる。
そう、その帰り、下駄箱に恋文が入っていたのだ。
『校舎裏に来てください。話したいことがあります』
おお、なんてお約束な!
俺はもうウキウキしながら校舎裏へ行ったね。
ラブレターなんぞ初めてだ。
付き合うかどうかは別として、いい気分に浸ったっていいだろう。
そう思っていた、が後悔した。
校舎裏に立っていたのが、
空手部主将だったから。
さて、だいたいの人が気付いてると思うが。
奴は男だ。
更に言うなら、ムキムキマッチョの角刈りだ。
そいつが、胴衣で、俺に、
「好きです!! 付き合ってください!!」
お ま え は な に を い っ て い る ん だ 。
落ちつけ、なにが起きた?
よしおーけい俺は冷静だ冷静だ冷静だ。
突き合う?
あの、空手の正拳突きの練習みたいな?
吐き合う?
よーするに愚痴吐いたりしてお互いうさ晴らそうぜ、的な?
いや、わかってる、わかってるんだ。
現実逃避だって。
これだと、好きです!の意味がわからんからな。
だが――、
認めたくねぇんじゃぁあ!!
どうして?
何これ!?
彼はどうしちゃったのッ!?
誰か三文字で説明しろ!!
「俺は、お前の笑顔に、一本取られたんだ……!」
動揺しまくる俺を余所に、野郎は近づいてきていた。
「ちょ、やめろよ」
「大丈夫だ…、すべて俺に任せろ」
「さわんな、さわんなよ……!!」
「いやもいやよも好きのうちって言うもんな」
「うっせバーカ!!」
「さあ、素直になるんだっ!!」
「ちょ、マジやめ、うわ、ッアーする! このままじゃ『ッアー』しちゃう!! ッアーーーーーー!!」
三文字で説明?
簡単さ。
ホ
モ
だ。
これだけじゃあない。
三年生の夏もそうだった。
そのとき、俺はバスケ部に所属していたんだが。
俺達は、僅差で全国に出場できなかったんだ。
その時、一緒に出ていた二年の奴が泣いていたのを見て、俺はそいつに近寄っていったんだ。
「よう、悟。負けちまったな」
決して明るくも暗くもなく。
俺は悟に声を掛けた。
悟は、俺の声に反応すると、僅かに顔を上げた。
「先輩……、ごめんなざいっ! お、おれの、ぜいで……」
俺は、そう言って泣く悟の頭を小突いてやった。
「ばーか。お前一人がチームのつもりかよ」
「でも、おれ……っ! 最後にシュート、ばいんなぐで・・・ッ!!」
「それこそ馬鹿。リバウンド取れなかったのは俺だし、フォローできなかったのはチーム全体だ。一人で回るチームなんて潰れてしまえ」
言いながら、俺は悟の頭を撫でた。
「そうだな、それでも負い目を感じるんなら――、来年、お前らが行ってくれや。最高のバスケを、俺の前で見せてくれよ」
「先…輩……!」
「ほら、涙拭けよ。ひどい顔になってんぞ? 目も顔も真っ赤だ」
俺は自分のタオルを悟に渡してやる。
そして、踵を返すと、片手をあげて、俺はそこを後にした。
その次の日の放課後。
俺は、下駄箱に一通の手紙を見つけた。
またか。
そう、何故か俺は最近、こういう手紙が増えていた。
だが、前回のトラウマが祟って、その場所には行っていない。
ただ、今回の手紙は、後輩のものだった。
「うん? 悟か、行ってくっか」
何故こんな回りくどいのかわからんが、俺も部を引退だしな。
言いたいことの一つもあるかもしれない。
それこそ、何らかの決意を見せてくれるなら、俺にとって最も、いい形で部を終われるだろう。
そう思って、校舎裏へ行って。
また、後悔した。
「好きです!! 付き合ってください。」
ブルータス、お前もか。
「いや、いやだ。もう嫌だもうごめんだ、いやだいやだいやだいやだ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「先輩?」
俺のトラウマは激しく刺激された。
もう嫌だ、誰か三文字で――。
説明するまでもない。
ガ
チ
だ。
そのあと何回か、似たような経験を男とも女ともして、俺はこう結論付けた。
我ほほ笑みはニトロの如し。
撫でるな危険。
そう、何故か告白してきた奴は、俺が笑っていた時にいた奴か、もしくは撫でた奴。
だから、俺は絶対に笑わないし誰も撫でない。
そう決めたのだ。
◆◆◆◆◆◆
所は変わって、放課後の橙に照らされる廊下。
俺はその無表情を保ちながら、ある場所へと向かっていた。
好きな人の元へ、だ。
別に付き合っているわけでも何でもない。
ただ、一方的に好きで、俺は毎日のように図書委員の彼女の元へと向かっていくのだ。
多分、話を聞けば、彼女に微笑みかければいいだろう、と万人は言うだろう。
だが、俺は絶対に彼女の前でだけは笑いたくない。
果たして、微笑みかけただけで手に入れた愛情にどれほど安心を抱けるだろう。
怖いのだ。
微笑んだだけで好きになられるという感情が。
果たして、微笑みかけただけで手に入れた愛情にどれほどの価値があるだろう。
まるで、ゲームでいうチート。
自分でやったわけじゃないから、達成感等何もない。
だから、俺は彼女の前では笑わない。
例え、どんなに不利でも。
無愛想なやつだと思われようとも。
俺は、彼女の心だけは――、
穢したくないのだ。
俺は、もう一度、手で表情を確かめて、図書室に入る。
木造のドアを開いた先、カウンターの向こう、夕日の光に照らされる中。
そこに彼女は立っていた。
東四柳 一二三。
ひがしやなぎ ひふみ。
確かに、茶色がかったショートをピンでとめた、釣り眼気味な美人だ。
だが、
俺が彼女に好意を抱いたきっかけは、名前だろう。
俺と同じ読みにくい名前、ってことで共感をもって、次に興味をもった。
それから、彼女を眼で追うようになって――、気がついたら。
あとは言わなくてもわかるな?
そんな俺は、まずは彼女を素通りして、本棚へ向かう。
その中から、ライトノベル、純文学、歴史ものと、節操無く選んで。
そして、俺はめぼしいものを持ってカウンターへ行った。
「貸し出しで」
「はいはい、ちょっと待って」
これが、俺と彼女の交わす少ない会話。
話しかけるなど、できない。
こんな無愛想な笑わない野郎がいきなり話しかけて好印象なんてありえない。
だから、俺は何も言わない。
このあと、俺は学年と名前を聞かれて、図書室を後にする。
はずだった。
「えーと、学年と名前は? って、またあんたなの? 十」
「む、俺の名前、覚えてたのか?」
心なし、俺の声は硬い。
あれから、笑わなくなって性格が変わったのもあるが、好きな人といつもと違う会話をしていることが大きい。
そんな俺に、彼女は呆れたように言う。
「同じクラスで、ほぼ毎日通われたら、いやでも覚えるわよ」
「そう、か。俺の名前を覚えるのは嫌、なのか」
へこむ。
マジへこむ、が。
名前を覚えてもらっていただけ一歩前進。
よし、明日もがんばろう。
そう思って顔を上げると、妙に慌てた一二三がそこには居た。
「えっ、いや、あの、別に嫌な訳じゃなくて、むしろ喜んでっていうか……、ってあれよあれ! 物の例えよ!!」
「そう、なのか?」
「そうなの!」
ならよかった。
心の中でほっと胸をなでおろす。
そして、しばらく無言の時間が流れる。
俺は、その場に立ち尽くし、一二三は貸出記録に記入して行く。
俺は、彼女の鉛筆の音だけが響くこの瞬間が好きだった。
……だが、全く持って予想を裏切って今回だけはどこかおかしかった。
今だ緊張の収まらない俺を余所に、一二三は言う。
「ねぇ、あんた。本当に本が好きなのね」
俺は、肯いてしまおうか考えて、あいまいな返事をした。
会話を長く続けるために、聞き返す余地を残して。
「前は、好き、じゃなくなったんだが、また、好きになった」
「前? どういうことよ」
食いついた。
思わず頬が緩みそう、というかもう精神的にとろけそうになる。
が、好きな子の前にいるという緊張感が、俺を耐えさせた。
「前は、病気の母の、病院の待ち時間で本を、読むようになってから、好きになった」
俺は続ける。
「母が退院してからは、しばらく本を読まなくなって、それで、最近、また好きになった」
彼女は、俺の話を目を丸くして聞いていた。
「へぇ、そうなんだ」
その時の彼女の微笑みは、きっと俺みたいな呪いのようなものがついてなくても誰もが恋に落ちると思うのだが――、
これは惚れた弱みというやつだろうか。
ともあれ、俺は早鐘を打つ心臓を気取られぬよう、ぶっきらぼうに返した。
「……東四柳は?」
「私? 私は……」
言葉の途中で、彼女は先程とは違う、快活な笑みを浮かべた。
「そりゃ、大好きよ。じゃなきゃ図書委員なんてやってないしね。ま、あんたには負けるかな?」
そんなことはない。
俺は君に会うために本を読むようになったのだから。
まあ、今では本を読むのはかなり好きになったんだが。
とりあえず、否定の言葉を出そうとして、遮られた。
「そうだ! あんたさ、今度いい本見繕ってよ」
「え?」
「あんたが読んで面白いって思った奴、今度教えて、って言ってるの。できるだけたくさんがいいかな」
会話の種ができる。
俺は矢も盾もたまらず肯いた。
「あ、ああ」
図書室の窓の向こうにある夕日だけが、俺の震える拳を見ていた。
◆◆◆◆◆◆
次の日、俺は意気揚々と登校した。
無表情でスキップする姿が連綿と語り継がれたのは余談として。
俺は席に座る一二三に話しかける。
「東四柳」
「あによ、って、十じゃない。ってか、東四柳って呼びにくくない? 一二三でいいわよ一二三で」
一二三。好きな人を名前で呼ぶことに緊張を覚えるが、ここで固まるのは良くない。
「じゃあ、一二三」
「うん、で、なによ」
俺がどうにか絞り出した言葉に対し、簡単に聞いてきた一二三に、俺は持っていた紙袋を机の上に乗せて答えた。
「昨日、言っていた」
すると、一二三は少し考えていたが、すぐに手を叩くと、こう言ってくる。
「ああ!! 昨日のあれね? もう持ってきてくれたんだ。ありがと」
正直に言おう。
たまらん。
雲上人だった好きな子って奴と俺は日常の会話をしてるわけで。
「それと、読んだけど持ってない奴は、メモに、書いてある」
「え? そうなの? ほんとだ、結構ある……」
一二三が、紙袋の中のメモを取り出して呟いた。
「うーん…、今度、探しに行ってくるかな?」
……!
この言葉に、俺の口は勝手に動いていた。
「今度、一緒に見に、行かないか?」
「え?」
キョトンとしている彼女に向かって、俺は続ける。
「俺なら、詳しく、知ってるから――、それと、今ちょっと、懐が温かいから、一冊何か、贈らせてもらう」
「え? いいの!? ほんとに?」
「ああ、断然、構わない。むしろ、同じ趣味の、友人ができたのだから、何か一冊、送りたい気分だ」
行け。
ここは好機だ。
機微などわからないけども。
可能性を指咥えて見送るなんてしていたら、俺は死んでも思いを告げられない。
どうなる、断られるか……?
馴れ馴れしすぎたか?
不安になる、が、彼女の答えは意外と普通だった。
「……、うん。じゃあ、お言葉に甘えようかな?」
来たっ!!
何が?
俺の時代が。
「じゃあ、いつが」
「それじゃ、次の日曜日がいいかな」
「わかった」
言って、俺は自分の席に着く。
歓喜に震える拳を隠しながら。
そして、放課後のチャイムが鳴り。
「それじゃあ十、約束忘れんじゃないわよー!!」
「ああ」
俺は無表情で鼻歌を歌いながら家路に着いた。
◆◆◆◆◆◆
そして、日曜。
俺は緊張のあまり眠れなかった、
なんてことはない。
逆だ、楽しみで本番を失敗してどうするというのか。
という訳で、俺は先々日から悩んで決めた服に予定通りに袖を通し。
「それじゃ、行ってくる」
俺は、意気揚々と、誰もいない家を飛び出した。
「ごめん、待った?」
「いや」
彼女が来たのは一時間前。
あれ?
何故?
いや、俺は五時間前からここにいたわけだが。
「約束は、一時間前だった、と、記憶しているが」
すると、彼女は慌てた様子で、
「え、あ、え、そ、そうだっけ!?」
そんな彼女を俺はフォローして見せる。
「気にするな。誰だって、間違えることは、ある」
すると、彼女は何かに気づいたように俺に詰め寄った。
「そ、そうね、って。あんたは何で一時間も前に来てるの」
……。
そう言えば。
こんなのは想定外だ。
……、くそ、俺にこんな時、いい嘘なんて思いつくわけがない。
「待たせるのは、悪いと思った、から」
素直に白状。
そりゃ一二三を待たせるわけにはいかない。
すると、彼女は予想以上に驚いた顔をした。
「そ、そうなの!?」
「あ、ああ」
「そう、なんだ……」
何か俺はまずいことを行ってしまったのだろうか、そう思って、取り繕おうとするが、上手く声が出ない。
が、話は勝手に進んだ。
「うん、そっか……。じゃ、行くわよ」
「あ、ああ」
俺は、歩き出した一二三の後を追い。
このようにして、俺の休日はスタートした。
◆◆◆◆◆◆
恋人程近くもなく、他人程遠くもない。
微妙な距離を保って、俺は好きな人と道を歩いている。
歩いている、はずなのに。
何も言えなかった。
そもそも、俺に楽しげな会話を期待する方が間違っている。
こんなツラになってからは人と話すことすら稀だというのに。
トラウマのせいで半対人恐怖症だし。
などと心で悪態をついていると、不意に隣から声が上がった。
「ねえ、十」
「なんだ」
思わず、高圧的な声が出た。
「私と居るのはそんなにイライラするのかしら?」
どきりとした。
俺は、どうしても愛想良くなれない。
なったが最後、己も、彼女も軽蔑してしまう。
不利なのはわかっていた。
だが、こんな早く追及されるとは――!
俺は、なんとか誤魔化そうと声を絞る。
「…そんな、ことは」
「じゃあなんでそんな仏頂面なのよ」
責めるような口調の一二三に、俺はなんとか口を動かす。
「この顔は、癖で。楽しくても、変わらない」
「じゃあ、楽しいの?」
俺は肯いた。
「なら、笑えばいいじゃない」
これまた難問を繰り出してくる。
「それは、無理、かと」
言うと、彼女は唇を尖らせた。
「むぅ、何でよ」
「癖ばっかりは、どうしようもない」
「でも、直そうとしないと治らないわよ。だからほら、ここで笑ってみなさい、って」
不意に、一二三が俺の前に現われて、シャツの袖を引っ張る。
心臓が、飛び跳ねた。
頭に血が上る。
目の前にいる彼女に、焦点が合わなくなりそうになりながらも、片時も逃すまいと目を凝らす自分がいる。
「ごめ、無、理……」
そう言うと、一二三は俺のことに気づいた様子もなく、
「そうね、そう簡単に治ったら苦労しないか……。じゃ、これから練習して行きましょ?」
彼女は俺の左隣へ戻った。
「お、ああ」
って、これからは頻繁に笑う練習に付き合ってもらえるのか!?
それでも、俺は絶対笑わないけど。
でも、そしたら、しばらくは、一緒にいる口実が――!!
人とは違って非効率的かもしれないが、仕方がない。
仕方がないのだ。
俺は笑えないのだから。
「って、十? ねえ、もう通り過ぎてるわよ?」
「え? ああ」
いつの間にか、俺は本屋を通り過ぎていた。
◆◆◆◆◆◆
「そう言えば、このメモの中ではどれがお勧め?」
人の少ない、こじんまりとした書店の中、彼女はそう、聞いてきた。
はて、どれがおもしろかっただろうか。
俺は必死に記憶を探る。
「……、文学なら――、河原。死後の独特な解釈をした作品で、作者は実体験だと言っていた」
「へぇ、どんなストーリー?」
「ただ、地獄の名所を回っていく。そして、最終的に手続きで突っ返されて、現世に、戻ってくる」
すると、彼女が突如吹き出した。
「っぷ、…どんな物語よそれ」
「確か、作者は山中、名人」
あとは、お勧めとしてはなんだろう。
「そう、だな。あとは、ライトノベルなら、トラックライダー、か」
「なにそれ」
「そのトラックで轢かれると容赦なく異世界へ飛ばされてしまう、という話」
「そうなんだ」
「これも、作者は実体験だって言ってる。 ネタだと思うけど」
俺はそう言って、何の気なしに、棚を見る。
何の気なしに、というのは隣の美少女に緊張して集中できない、という意味だ。
仕方がない。
こんなにこりともしない男と、可愛い女の子なのだから。
そんな彼女が、一冊の本を俺に渡した。
「うん、それじゃ、これ、お願い。でも、本当にいいの?」
俺は、その言葉に肯いて返した。
「俺が言ったんだ。構わない」
「そう、じゃ、お願いね。それと、…ありがと」
「う、ああ」
ありがとうの一言に、腰が砕けそうになりながらも、俺はレジへと向かった。
「合計で、七二〇円になります」
財布から丁度出して、俺は商品を取り、一二三の元へと向かう。
ほどなくして、棚の前で一二三を見つけた俺は、その前で、立ち止まった。
不意に、思う。
可愛いと。
美人で、快活な笑みと優しい笑みを浮かべ。
俺にも分け隔てなく接する。
それに対し。
俺はどうだろうか。
笑わないし。
格好いいわけでもない。
俺は、彼女に釣り合うのだろうか。
否。
違うはずだ。
俺は、彼女と図書室で一言会話するだけで十分だったはずだ。
高望みしてどうする。
俺にはこれで十分すぎる。
第一、俺が告白して、叶う訳がない。
仕方ない。
俺は笑わないような男だから。
よし、大丈夫だ。
俺は拳を握りしめ、一二三の元へ向かう。
「買ってきた」
すると、一二三は先ほどまで立ち読みしていた本を棚に戻し、こちらを向いた。
「ありがと、大切にする」
ああ、これでいい。
大きな幸せなんてなくたって。
日々の糧と転がる小さな幸せさえあれば、俺は、生きていける。
◆◆◆◆◆◆
そして、時間は過ぎて。
予想外に、一二三に昼食に誘われたり、買い物に付き合ったりもしたものの。
当初の予定通り、俺は一二三を家へと送り届けている。
ああ、この後はまた、いつも通りの日常が始まるのだ。
「今日はありがと」
「いや」
少し前とは少し変わった関係で。
読書好きの友人として。
それで、終わる。
卒業と同時に、消えるのか。
もっと前に疎遠になるのか。
それとも、卒業後も続いてくれるのか。
だが、今日はこれでは終わってくれなかった。
不意に、一二三が口を開く。
「でも、さ。何で、今日は誘ってくれたのかしら?」
一瞬で、思考が止まった。
彼女は、何を言っている?
「ただ、同じ趣味の友達にお近づきのしるしに本を送りたかっただけ?」
俺の心がささやく。
肯いてしまえ。
お前には無理だ。
どうしようもない。
なぜなら笑えない理由があるのだから。
大丈夫だ。
普通に首を縦に振ればそれで終わる。
明日からもまたいい友人としての日々が続くだけだ。
彼女と別れるまで。
仕方ない。
仕方ないさ。
こんな物を与えた天が悪いのさ。
―――本当に、そうか?
……嘘だ。
嘘だ!!
逃げてるだけだろうが!!
仕方ない、俺の力ではどうしようもないって。
ハンデがあるから仕方ないってなぁ!
阿呆らしい、本気を出せばどうにかなるけど本気を出せない?
そんなのどうにもならないことへのかっこつけじゃないか!
ああ、俺は一二三と恋人になりたいよ!!
できるなら結婚したい。
死ぬまで一緒にいたい。
笑えない? 知ったこっちゃない。
それでも、好きなんだよ。
その癖、一歩も踏み出す勇気がない。
それを、笑えないせいにする。
満足できないくせに、半端でやめようとする。
ああクソ!!
高望みして何が悪い。
それで手に入らなかったら自分の責任だ。
どうせ半端にしか手に入らないなら。
手に入ってねえのと同じだろうが!!
だから、俺は言う。
ああ、言うさ。
これから先、何度でも。
望むなら、諦めないで手を伸ばすんだ。
「俺、は――。東四柳一二三。君が、好きだ」
「え?」
ああ、そう言えば物語の無謀な主人公達はこぞってこういうんだ。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。
ああ、その通りだなぁ。
だが、あいつらは、恐れ知らずの蛮勇などではなかった。
「だから、俺は、君を、誘った」
何かを手に入れる資格があるのは、恐れを知らぬ者じゃない。
かといって勇気ない者じゃない。
その資格があるのは、怖くても、失う覚悟をしても尚踏み込む、勇気ある者なんだ。
「だから、俺は毎日夕方の図書室に通っていた」
微笑んだだけで手に入る愛なんて嘘だ。
「正直、いつもと違うことを話しかけられた時は、飛びあがる思いだった」
撫でただけでやってくる恋なんてない。
「その次の日。君を誘って、承諾を得た時なぞ、拳が震えた」
何もせずに手に入る人生などに価値などない。
「君に、本を贈って、礼と共に微笑んでくれたときなんか、腰が砕ける気がした」
ああ、天よ。
「それで、諦めようと思った。釣り合わない、笑えない俺なぞ何をしても手に入らない、と」
艱難辛苦を我に。
「でも。諦めきれない。いや、負けたくない。どうしようもないことで、思いまで踏みにじられるのに、耐えれるわけがない」
それでこそ、歩く価値がある。
「もう一度言うよ。俺は絶対に笑わない男だし、大したこともできない。だけど、
――君が、好きだ」
ああ、くそ。
すっきりした。
見たか、俺にこんな物を与えた神様とやら。
お前のせいで、俺は恋もできなくなるところだった。
だが。
負けてなんかやらねえ。
どんなに天に人生捻じ曲げられたって。
意志だけは貫いてやる。
例えどんな結果になってもな。
そして、笑って死んでやるよ。
我が人生に、一片の悔いなし、ってな。
◆◆◆◆◆◆
俺の一世一代の告白の後。
一二三はしばらく黙りこんでいた。
だめ、か。
文字通り、俺は当たって砕けたらしい。
が。
まあ、いいか。
砕けられたんだ、いっそ、清々しい。
そう、砕けてしまったんだ。
だから、一からまた、やり直せる。
不完全に終わったら、歪み続けるだけだしな。
きっと、家で泣くだろうけど。
少なくとも今は清々しい。
そう思って、なんとなく、天を見上げた。
夕方の赤い空が、やけに、綺麗な気がした。
そして、俺の前の彼女は――。
「っぷ、はははははははははははっ!!」
突然、笑いだした。
「な、に、が?」
俺には当然状況は掴めない。
俺の告白、失敗したんだよな。
と、思っていたら、
「ひ、ひー。ごめん、ただ。好きな子を誘うのが本屋で、それでただの帰り道に告白、って言うのがどうしても、ひ、はは」
息も絶え絶えに彼女は言う。
だが、それよりも。
「返事、は」
まあ、火を見るより明らかだ。
俺は、彼女の答えを待つ。
すると。
「でも――、あんたには似合ってるのかもね」
彼女は言う。
否定のセリフを。
「いいわよ。付き合ったげる」
言っ、
あれ?
「うん。ムードがないなぁ、私達。ああ、おかしい」
今、なんと?
「好きな人に本屋なんて色気のない所に誘われた、と思ったら、それで終わりなんて展開になりかけて。その後ただの帰り道に告白されちゃうんだもん。これじゃ、ロマンチックなこと考えてた私が馬鹿みたいじゃない。ほんと滑稽で、笑えるわ」
「いや、その、すまない」
「ばか。謝る必要なんてないわよ」
だけど、ここじゃなかったらきっと言えなかったと思う。
だから、後悔はしていない。
反省はしているけど。
「で、その、返事が、よく、聞こえ、なか、った、んだが」
俺は、恐る恐る聞く。
そう、ここをはっきりさせる必要がある。
すると、彼女は、怒ったような、呆れたような、困ったような表情を作る。
「だから……、好きだったわよ。あんたのことが。ずっと前から」
果たして、頬が赤いのは夕陽のせいか、違うのか。
ただ。
今回ははっきり聞こえた。
もう一度、俺は天を仰ぐ。
先ほどとは違う思いで。
「ああ。くそ、そんなの嘘だと思っていたんだがなぁ……」
「なにが?」
「事実は――、小説よりも奇なり」
「そうかもね」
いつもの夕方の図書室と同じ夕日が――、俺たちを照らしていた。
◆◆◆◆◆◆
そして俺は、他人程遠くなく、友人よりも近い距離を、一二三と歩いている。
「私が、あんたの話を初めて友達に聞いた時は――、なんか微笑みの貴公子だ。なんて言われてて、嫌いなタイプだ、なんて思ってたんだけどね」
なんだ、そのあだ名は。
「で、初めて同じクラスになって。で、私と同じで読めない名前の奴がいるなー、って思ったら十だったのよ」
「俺と、同じだ」
「で、そう言えば十って、友達の言ってた、と思ってそのままだったんだけど。あんたが図書室に来るようになってからは、印象ががらりと変わった」
まあ、高一の際にはすでに無愛想で通ってたからな。
友人もほとんどいなくなったし。
知り合いの少ない学校を選んだし。
「いけすかないって印象だったのに、微笑むどころかにこりもしない、果てには口を開けたかどうかもわからない、って」
ああ、そう言えば最初の時は今よりずっと固かったか。
よく、ここまで漕ぎ着けたな、俺…。
「でも、にこりともしないくせに足繁く図書室に通うあんたが、好きになったな……。その後、終いにはあんたが借りたのと同じ本読んだりして。どんなことを考えてるのかなー、なんて想像して。ダメね、ここまで来るともう自制なんてさっぱりだったわ」
「そう、か。だが、俺も、あまり変わらない」
「うん。知ってる? 図書委員って、当番制なのよ?」
そうだったのか。
毎日いた、というのは……、つまり。
「……そういうことよ」
頬が赤いのは、夕日のせいなんかじゃないんだろう。
今なら、わかる。
「さて、私の恥ずかしい話はこれで終わり!! 今度はあんたよ!?」
「へ」
……、何を話せというのだろうか。
「あんたはどうして笑わないの?」
「……」
そう、いえば。
さっきも笑わなかったな。
心の中では狂喜乱舞してたけど。
ただ、隠す理由もないので、俺は全てぶちまけた。
「……。微笑んだだけで惚れるぅ?」
「疑って、いるな」
だが、マジだから手に負えんのだ。
すると。
突如、一二三が悪戯を思いついた子供のような表情を見せた。
「ね、笑って見せてよ」
俺は絶句。
だが、なんとか途切れ途切れに声を吐き出す。
「だから、それはしたくない、と」
だが、彼女は首を横に振った。
「だいじょーぶよ、多分。私はもう、あんたに惚れてんだから」
その微笑みに、胸が高鳴る。
ああ、応えたくなった。
「じゃあ、行くぞ? 笑う、なよ?」
「いいわよ? そんな笑いなんてしないって」
「ああ、それじゃ――」
そして俺は、本当に、本当に何年振りかに、不器用に、微笑んだ。
「……!」
突然、横を歩いていた一二三がそっぽを向く。
……怒らせてしまったのだろうか。
「な、なあ」
言い募ろうとする俺を、一二三は遮った。
「……笑うのは、私の前だけに――、しといてよね」
……。
「ああ……」
きっと、この期に及んで俺は人前では笑わないだろう。
「ああ……!」
何故なら、俺は彼女の前で笑っていられればそれでいいのだから。
俺の口端は――、自然に吊り上っていた。
it's a ト書き
反省はしている、後悔もした、けど、これでよかったと思っている。
えー、俺賽読んでる人は二日位ぶり。
読んでない人ははじめまして、同板で、小説なぞ書かせていただいてる兄二ともうします。
突然、電波を受信したので書いてみました。
さて、どうだったでしょうか。
本当は、途中の男に惚れられるところで終わる予定だったのですが、なんか、まあ。
途中からニコぽ関係ないけど気にしないでください。
ちなみに、十君は明らかにニコぽ主人公ですけど、思考はニコぽされた側の思考回路を模した、つもり、です……、多分。
ちなみに、類似ネタとして受信したのが。
腕相撲ポ
あまりにも腕相撲をする姿が美しく、凛々しいため、相手は惚れる。
そもそも話が広がらないので没。
他にも。
ネギまでオリキャラマンセー、と思ってたらタカミチに求婚されていた。
なんだか、ネギまの世界にオリキャラが行って、なんかエヴァンジェリンに一目惚れ。
俺最強でtueeeeし、これはエヴァたんとちゅっちゅできるぜ、とおもっていたらタカミチを助けたりと順調にイベントをこなし、求婚される、という話。
なんか誰も望んでないので没。
こんなんばっか。
では、これで書き逃げします。
またどこかで会った時はまーたこいつ馬鹿な話を……、とか思って放っといてください。
では。