鬼を沈めた。 次は豚だ。 アカの手先なオフェラ豚に、豚の様な悲鳴を上げさせてやる。 ガタガタ震えて命乞いしてションベン漏らしたところで、首を刎ねてやる。 と気炎を上げる。 心の中で。 声が出せないのだ。 否、声だけじゃない、体中が痛い。 痛くて堪らない。 タリスマンの治癒の限界を越えたのか、体中がバラバラになりそうに思える。 だが止まらん。 止まるか。 幼い妹が首輪掛けられて引っ張られているのだ、それを救わずして兄と言えるか。 言える筈が無い。 かつて大人だったと言えるのか。 全く言えない。 男であると言えるのか。 断じて言えない。 であれば、動くしかない。 男なのだから。 気が付けば右膝が地に着いていた。 残身のつもりだったが、振り抜いたまま勢いに負けたか。 感覚が薄い。 音も聞こえない。 回りも良く見えない。 疲労が捕らえているのかもしれないが、ブッチャケて根性無しなのである。 意地が無いとも言える。 そんな情けない右足の太ももを柄で殴る。 1発。 2発。 お休みの時間はもう少し後だ、マイ・ボディー。 お前も俺の一部なら、意地を見せろってものである。 3発。 4発。 痛みが足に力を取り戻させた。 宜しい、ならば戦闘だ! ショートソードを逆手に握りなおして、地に立てる。「っっっっっっっ」 喉を震わせ、力を込める。 切っ先を地に刺してなんて、剣士としては論外だろうが構うものか。 剣士としてではなく、人としての意地なのだから。 力を込める。 四肢に、背中に、腹に。「っっっっうぅっ!」 自らの声に背中を推される様に、膝が地面を離れた。 立てる。 動ける。 であれば俺は━━そう思った瞬間、拘束されていた。 否。 抱きしめられていた。 豚からの拘束等では断じてない。 まだ目は良く見えないが、間違う筈が無い。 薄い視界を占める、きらきらとしたものは鮮やかな金髪だろう。 俺の大切な妹、ヴィヴィリーだ。 安堵の念が湧き上がると共に、全身に行き渡っていた力みが消えた。「助かった……の…かっ」 掠れたような声が出た。 音が返ってくる。 視野が少しだけ広がる。 ヴィヴィリーの顔が見れた。 汚れてはいるが、怪我はしていないっぽい。 良かった。「おにいさま、おにいさま、おにいさま、おにいさま」 悲鳴のように俺の名を呼びながらヴィヴィリーは、その整った顔をぐしゃぐしゃにして抱きつき続けている。 俺の手で助けたかったんだがなぁと思う反面、ヴィヴィリーが無事に助かったんだから結果オーライっと思える。 抱き返してやりたいのだが、ちょいと無理っぽい。 広がっていた視野が急速に狭まりだした。 体がフワフワと浮かぶ様な気分になった。 体が途轍もなく重く、そして全てが軽く思えた。 眠い。 眠くて仕方が無い。 徹夜で麻雀をやってた時も、こんな感じだったなぁと思い出した。 良く卓を囲んだダチ達の顔も。 麻雀大好きで、徹夜で遣りたがり、そして沈みそうになった面子に対し、寝るなーっ! 寝たら死ぬぞーっと言ってた阿呆なダチ。 うん、実際に死ぬ。 死んだ。 仕込み的イカサマな意味で。 目を開けて最初に牌を切った瞬間、役満のトリプルアタック食らうとか、マジ有り得ない。 ムダヅモ仕様の世界なんて、マジ洒落になりませんですってぇの。 笑うしかない。 ったく、あの馬鹿をやってた連中、今、何をしているんだろう。 そんな、埒も無い事を考えつつ、俺の思考は闇に沈んだ。 異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント0-18先ずはひと段落 夢か現か、胡蝶の夢か。 ふわふわとした、現実感の感じられない感覚。 只、気持ちだけは良かった。「どうだい、ビクターの様子は?」「寝てます………苦しくは無いみたいです。汗も大分引いてます」「薬が効いたんだね。それなら後は大丈夫だね」「薬なんですか? 魔法じゃなくて??」「あははははっ、魔法はそれ程便利なモノじゃないよ。特に体力の低下している時になんて状態じゃね」「そういうものなんですか?」 水の音がする。 首周りってか、顔とかが気持ちよくなる。 スッとする感じだ。 何だろう、気持ちが良い。「ああ、そういうものさ――しかし、手際が良いじゃないか」「色々とありましたから………」「色々、な………」「………」「あっ、あの……」「ん?」「あのっ、そのっ、つっ、強くなるにはどうすれば良いのですか」「強く、か。まぁ色々と手段はあるよ。直接的な剣とか武器でとか、或いは魔法か。まぁ魔法は素質とか大事だし、何より金が掛かるから余りお勧めは出来ないねぇ――何でだい?」「…………ビクターさんはヴィヴィーを助けに行きました。活躍したって、アデラさま達は言ってました……」「自分で助けたかったかい?」「………そんなんじゃ、ない…です。只、何も出来なかったから…」「それは別に恥じる事じゃないよ。子供は護られときゃぁ良いんだよ」「……でも、ビクターさんは………」「………ん~」「…だから、私も――」「強くなりたい、か」「はい」「ビクターといい、そんなに急いで大人に成らんでもってアタシは思うんだがね」「………もう、お母様も………………」「ああ、そうだったね。そんなに泣きそうな顔をしないでおくれ。アタシは子供のそんな顔は苦手なんだよ」「……すいません」「あーんーんーっ、そうだねぇ………………………うん、そうだ。1つ思いついた事があるんだが、強く成れるし、他にも利点があるんだけど聞くかい?」「何だって聞きます!」「良い返事だ」 スッキリした目覚め。 だがその直後に、衝撃を受けた。 あ…ありのまま、今起こった事を話すぜ!『目が覚めたらノウラから「お早う御座いますお坊ちゃま」と話しかけられていた』 な…何を言ってるのか わからねーと思うが おれも何をされたのかわからなかった… 頭がどうにかなりそうだった…転生だとか憑依だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…(AA略「何事!?」 思わず漏らした一言。 だって漏らすでしょ、普通。 常識的に考えて。 そもそも失神したのか俺とか、その前にホントに俺はオーガーを殺せたのかとか、実はアレだ、全て夢でした(w とby神様の悪意満載なドッキリとか、本気で心配しました。 しましたですよ。 思わず周囲を確認する俺。 何か田舎臭い部屋で、よく見るとノウラの隣にマルティナさんが居た。 悪戯成功って顔をしている。「何慌ててんだい?」 スゲー良い笑顔だ。 ムカつく位に良い笑顔だった。 この人の、基本悪戯好きって性格を考えるに、何ぞ嵌められたのだろう。 何時もの事ではあるが。 てゆうか、そもそも、雇い主の子供に悪戯して喜ぶって、この性格の太さ。 流石は元傭兵って話なのかもしれない。 畜生め。「慌てますよ。何事かって思うじゃないですか」「あははははっ、ビクターは相変わらず素直だな」 勝てない。 色々な意味で、まだ勝てない相手だ。 何時かは勝ちたいものである。 が、それ以上に1つ、興味が。「坊って呼ばないんですか?」「何、戦闘処女(チェリー)卒業だかな。それ相応に扱おうって思った訳さ。不満かい?」「とんでもない!」 端っこ的な感じではあるが、大人の扱いを受けたみたいで素直に嬉しいものである。 こそばゆく思える位だ。「結構! で、だなビクター、ノウラだがヒースクリフ家で見る事になった。アタシが雑事を教えて、マダムが戦闘術を教える。まっ妹弟子みたいなものだね」「(゚Д゚)ハァ?」 思わず、ノウラを見た。 ほんのりと頬を染めていた。 うん、アレだ。 一言で言える。 どうしてこうなった、と。 可愛かったけど。 かなり、可愛かったけど。 大事な事なので2度言いました。 さてさて。 このノウラのMy実家への就職が、マバワン村での最後の大きなイベントだった。 村の被害復興などの手配は父がやってくれていた。 普通は辺鄙な寒村に支援が来るなんて難しい話なのだが、何故かすんなりと国の援助が下りる事になっていた。 まだ若いし、官吏としては上級じゃない筈なんだけど我が父、どーやらコネは色々と持ってるっぽい。 武威によって男爵位を賜った嫁持ちの夫と云うだけじゃないのだろう。 欠片もその気配は無いけど。 俺がガキ過ぎて、父の偉大さが見えないだけかもしれないけども。 その他に、ノウラの家の資産の整理もあった。 ノウラは母親共々に母親の実家の世話になっていたので、家財道具その他は全て実家に引渡し、チョイとばかしの支度金をノウラの為にゲットした。 基本は寒村なマバワン村なので、僻みとかの諸々の感情とか計算とか余裕で考えられた。 人間、そうそう綺麗事だけで生きてられないのである。 <黒>の襲撃によって、人手とかが減っているこの村で、結婚適齢期にそう遠くないノウラの価値は、そう低くはならないだろうからだ。 ノウラの母方の実家が、そうそう裕福でも無いって事も、俺の判断理由であった。 そんな訳で、働き手がとか子供の嫁にとかノウラを家財の如くに考え、ゴネるかと思ってた俺だが、現実は母親様が笑顔で「引き取りたいのです」と告げたら、もろ手を挙げて賛成をしていた。 どうやら俺が思う程に世の中は黒くないらしい。 うん。 母親様の笑顔だが、脅迫だとかは思わない。 オモワナイデスヨー(棒 <テンペスト>を担いで挨拶に行ったけど、きっと装飾で淑女の嗜みすよ。 多分。 後は、復興作業を尻目に、村長さんの屋敷に逗留して休養三昧の俺と妹。 怪我とか色々あるし、そもそも男爵家の子供たちって事でしょうねぇい。 暇なので、手伝いたかったりしたんだけど、残念! である。 そんな訳で俺と妹は、メイド見習い兼付き人ってな按配のノウラと3人で、休養を堪能したのでした。 戦災にあった村で非常識な! と、良識的日本人であれば吠えたでしょうが、ここは<黒>の襲撃が頻繁な我がトールデェ王国。 実際問題として、この程度(・・・・)の被害で村人がへこたる筈が無いのです。 というか、そゆう村に貴族ってか富裕層が逗留し、金をばら撒く事は大きな意味があるのです。 災害復興とかそゆう意味で、現金収入は大事ですから。 尚、そゆう形で逗留する富裕層は、もてなしに文句を付けてはならないという不文律ってか、マナーがあります。 マナーなので文句を付ける自由を富裕層は持ちますが、これをした場合は確実に社交界での評判を落とします。 つか、ライバルが落とす為に使ってケチった家は名誉を喪います。 富裕層、特に貴族などは名誉こそを誇るので、先ずは有り得ない話に成る訳ですが。 まっ、そんな訳で適度に散財しつつ過ごした夏。 そして家へ。 ノウラは家事に訓練に、順当に慣れていっていた。 最初は大変そうだが、マルティナにせよ母親様にせよ、生かさぬ様に殺さぬ様にと見事に教導しており、まぁ頑張れと云う感じだ。 そして俺は、訓練を続けていた。 手に持つのは、訓練用に刃の無いショートソード。 それを両手に持つ。 使ってみて、使い勝手が良かったのだ。 左を前に触覚として出し、右を肩に当てて背負うように構える。 実戦の中で形になって見えてきたスタイル。 それを再現する。 呼吸。 心を落ち着ける、ゆっくりとした呼方。 目の前に立つのは立ち木。 以前のよりもう少し太い奴だ。 ぶっちゃけ、丸太が立っている様なものだ。 深呼吸を1つ。「Kieeeeeeetu!!」 右の斬撃。 だがその切っ先が、丸太に刺さる事は無かった。 弾かれていたのだ。 オーガーを2枚に割ったが、まぁなんだ、火事場の糞力の類であった模様。 平時の今で、その力が簡単には出せない。 何時かは一刀両断をしてみたい。 そんな風に思った。