ここまでは、原典「三国志演義」の後を追走しながら書いて来れましたが、ここからは「正史」を離れて行きます。その「外史」を書き切れるかどうか、未熟で無謀な作者に対して、どうか、温かく接していただけるようお願いします。――― ――― ――― 「前ふり」以来、何回か提示してきましたが、後漢帝国の人口は“5000万余人”と記録されるのに対し、“正史”の三国を合計しても、“約500万”とも推定されます。この“人口5000万”を回復するのは、天下太平を実現した唐帝国においてでした。百のイデオロギーよりも、この数値によってこそ、1人の皇帝によって統一された『中華帝国』は正当化されるべきでしょう。--------------------------------------------------------------------------------††恋姫無双演義††講釈の46『赤壁水火(後編)』~華容道に夢見果てたり~焼け残りがくすぶる、烏林の「元」魏軍本営。占領した呉軍が勝利の儀式を行っていた。荊州軍から投降した蔡瑁・張允の首はあったが、曹操を始めとする魏軍の主だった者の首が無かった。趙雲に追われて雲夢大沢(うんぼうだいたく)に逃げ込んだ、までは確認できていた。「逃げ延びたか?蜀軍の手にかかったか」冥琳に取って、それが次の戦略に直結していた。すでに、彼女はこの勝利の先を見ていた。「天下は渡さない、蓮華様以外には。断金の誓いにかけて。そうだろう…雪連」――― ――― ――― 華容道を進む華琳たちの、片側の華容山の所々から、これ見よがしの様に狼煙(のろし)が上がっていた。黙々として、そしてトボトボと進む華琳たちに次第に近付いて来る。そしてついに、斜面を駆け降りて来た1隊が華琳たちのやや後方に、それは華容山の地形と、華容道の曲がり具合とのホンの気まぐれだったが、少し離れた後方に降り立った。他の場所よりは逃げる機会があるにしろ、それが大きいとも思えない。先頭を切って迫る錦の1騎を見れば。「ここで馬超を出すとは、本気で殺す気ね」これでも心の折れないのは、華琳だからだろう。尚も生存と勝利に向って、愛馬「絶影」を進めようとする主君を見上げて、ニッコリ笑って沙和がその場に座り込んだ。「何だか~おバカになったみたいなのぉ~。だけど~おバカが1人必要みたいなのぉ~」他の誰かが何かを言う前に、凪と真桜が沙和の左右に座り込んだ。華琳が何か言う前に稟が言い切った。息も絶え絶えにも関わらず。「華琳様は生き延びる義務がお有りです。彼女たちのためにも」「……。…ありがとう、稟」沙和、凪、真桜。私は、貴女たちの死後に、忠誠をたたえる詩なんかは歌いたくないわ。絶対に、生きて帰って来るのよ。そこまで言うと、絶影の馬首をめぐらせた。側近たちも後を追う。春蘭などは「加勢を」と言いかけたが、「華琳様の護衛が必要でっしゃろ」「無用。いや、予備の剣とかが、あると助かる」春蘭たちは、腰の剣を抜いて3人の手が届くところに突き刺すと、華琳を追っていった。「おいおい。見せ付けてくれるじゃないか。曹操どものくせによ」翠にすら、そう言わせていた。・ ・ ・ ・ ・やっとのことで、華容道を抜けて、少し開けた湿原よりは地面のしっかりした場所が近付いてきたが、そこには「劉」と「十」の旗を立て、“八陣図”で布陣した蜀軍が待ちかまえていた。「是非に及ばず、ね」ついに華琳ですら、そう言った。いや、華琳だからこそ理解できた。たとえ「五虎大将」の大半を分散させていても、こちらはいつもの「武」を発揮できる状態のものなどいない。残る武将、軍師をそろえて、“八陣図”のようなすきも無い陣形で待ち受けられては、もはや奇跡の起こしようもない。華琳には、あの「お人好し」たちが次にしそうな事まで、予想がついていた。――― ――― ――― 「速やかに江陵へ進軍すべきです」冥琳は断言していた。「曹操を追い払った事に満足するだけならば、遅かれ早かれ、また同じ事になるでしょう」わが孫呉と、曹魏と蜀に三分された天下を争う、この荊州の地を、わが孫呉が、天下を取るための、足がかりとして初めて勝利なのです。したがって、まず最初に確保すべき拠点が江陵なのは明白です。「しかも、現在、曹操は江陵を目指しており、ここを反撃の足がかりにするつもりでしょう」――― ――― ――― 桃香と北郷一刀は、陣頭に進み出た。「今さら、何を言うつもりなの」華琳の方からの切り出しに対して、桃香は答えた。「私たちには、もう戦う理由はありません」・ ・ ・ ・ ・前夜、蜀軍とて、眠ってはいなかった。桃香と一刀を盛り立てる蜀軍の主力は、この地点への移動と“八陣図”の布陣に1夜を消費していた。その間も、桃香と一刀は語り合っていた。この乱世に理想を掲(かか)げてここまで戦ってきた、心優しき「義」の英雄。そして、その「彼女」と“パートナー”となった、もう1つの「この時代」を知る「天の御遣い」と。そう、どれほどの英知に恵まれた軍師でも、忠誠あふれる部下でも決して他人に影響されてはならない、ただ“パートナー”であるお互いのみが語り合う事の出来る、戦う理由。その根幹。… … … … … その上で、いま最大の敵である、曹操に対していた。・ ・ ・ ・ ・「私たちには、もう戦う理由はありません」桃香は言い切った。「貴女も私たちも、同じ理想のために戦って来たのではありませんか?」力の無い人たちが笑顔で暮らせる国をつくりたい。ただ、それだけで。その私たちがお互いに戦って、これ以上、人々を戦の犠牲にする必要などありません。「もう、やめましょう。そして、協力してください」そうだったかもしれない。ただ、1人は、自分だけの力では理想に届かない事を知りつつも、自分に出来る限りの事をしようとし、そして、同志たちと、その同じ理想を追いかける事が出来た。もう1人は、自分の力を信じ、後に続くものたちの陣頭に立って戦って来た。ただ、それだけが異なっていたのだろうか。「貴女の科白は、まるっきりのハズレでもないでしょうね」でも、だからこそ、同じ理想のために戦っていたからこそ、決着はつけるしか無かったのよ。所詮、天下は1つしかない。天下を三分しても、その3つが互いに争うしかないわ。天下を三分する、その中のただ1つが他の2つを倒し、喰い尽くして始めて、貴女の言う、同じかも知れなかった理想が実現できるのよ。だから劉備。貴女が、この曹操孟徳と同じ理想のために戦うというなら、ここでこの首を取りなさい。「そして、魏も呉も喰い尽くして、ただ1つになった天下で、貴女と私の理想を実現するのよ」逆に決断を迫られる形になって、桃香は一刀に寄り添った。そう、彼女には決断を共にする“パートナー”がいた。華琳もそれを見止めた。「貴方たちは、2人で戦って来たのね」すこしだけ、一刀が勘違いしたかもしれない。「俺は少しだけ、他のみんなが知らない事を知っていただけだ。それに、曹操にだって……」「そうね。「天の御遣い」。私は使い切れなかったみたいだけど」一瞬だけ、桃香も一刀を見詰めてしまった。「俺たちは、ただ「知っていた」だけだよ」この時代は最悪の場合、桃香いや劉備も、曹操も、孫権すら地上にいなくなっても乱世が終わらない。その時には、それこそ最悪なら、曹操は後漢の官僚だったから知っていただろうけど、人口5000万もいたのが、三国を合わせても500万ぐらいにまでなってしまう。俺たちはそんな最悪の結果を「知っていた」から、その前にこの「時代」を終わらせたくて、俺達が「知っている事」をみんなに伝えて来た。「ただ、それだけだよ」俺「たち」という所に、ツッコミを入れたい者もいただろう。だか、それ以上に生々しい数値が、初めて明らかにされた。一刀も、桃香や蜀の同志たちにも、ここまで生々しく数で告げてはいなかったし、華琳も弟から聞いていなかった。その生々しさを、当の「天の御遣い」以外は「天」から見下ろすものと、受け取った。そうかもしれない。まさしく「後世の歴史」というものは、見下ろす視点と傲慢(ごうまん)さを持ちかねない。一刀は、桃香が自分の腕を抱き締めているのに気付いた。「ごめん、桃香。もう、阿斗だっているのに」俺はもう、2度と桃香や阿斗やみんなを「天」から見下ろしたりしない。おそらく「天の国」に帰る事も無い。「ずっと、一緒だよ」その2人を見詰めるうちに、華琳の表情には、側近の乙女たちですら見慣れないような微笑が浮かんでいた。「この首を取る以外の、決着のつけ方があったわね」華琳は絶影から地面に降り立ち、腰から剣を足元に落とした。「華琳。私の真名よ」この行動と、自ら「真名」を名乗ることの意味は、その場で理解するだけなら簡単だ。実際、華琳の背中で、春蘭や桂花などは一瞬、驚愕し、次いで号泣してしまった。その次には硬直してしまった。華琳の一言に。「私が女で都合が良かったわね。首以外にうばえる“もの”があって」瞬間、一刀は桃香の胸に埋まってしまった。「妹」や同志たちには後宮の国の王族らしい態度だったのが、初めての反応だった。もっとも、そのおかげで一刀は硬直せずにすみ、そのおかげで命を捨てずにすんだ者がいた。「と、桃香。そ、曹操がああしているなら、もう停戦するべきだろう」「え?あ?!そうですね!す、翠ちゃ―ん!!」普段のおっとり振りからは、意外な程の大声が華琳たちの頭上を飛び越えて行った。結果「3人娘」は「生還せよ」との、華琳との約束だけは守れた。――― ――― ――― 赤壁と烏林から、再び進撃する孫呉軍。長江をさかのぼり、水上から江陵にせまったが、江陵城の上にかかげられた旗は意外なものだった。「劉」に「十」。それを視認した冥琳は、旗艦に同乗していた蓮華というより、その横のシャオに向けて、思わず主筋には無礼な程の、つまり、思わずシャオが姉の後ろに隠れる程の、視線を向けてしまった。「こ、これはご無礼を。小蓮様を疑ったりなどいたしません。きゃつらは、小蓮様まで引っ掛けたのです」蜀軍は曹操の首さえ後回しにして、江陵を占領した。シャオには「にせもの」の情報を持ち帰らせて置いて。この早業はそうとしか解釈できない。しかし、想像のななめ上を飛び去る現実というものは、存在するものである。たとえ、悪夢だと信じたくとも。… … … … … 事態を把握するとともに、抗議するべきは抗議するため、蓮華の名で使者に出したシャオと諸葛子瑜と魯粛。最悪、この面々だと、劉備にたぶらかされるとか、竜鳳にあしらわれるとかの危険はあった。蓮華を裏切る心配などはしていなかったが。しかし、他の面子では、最悪ケンカになりかねなかった。結局、シャオは戻って来なかった。そして、魯粛と子瑜が報告した“事実”。それは冥琳を憤慨の余り、気絶させる代物だった。曹操以下、魏軍の主要な面々のほとんどが、蜀の「人質」になってしまった。そのため、江陵ばかりか、襄陽や許昌にまで降伏勧告の急使がすでに出発している。「うそだ!うそだ―っ!!ありえない。この孫呉が曹操に降伏する以上にありえない」これが現実なら、天よ。なぜ、この周瑜公瑾と同時に生まれさせた?あの蜀の……そこまでだった。冥琳は旗艦の甲板に倒れていた。--------------------------------------------------------------------------------クライマックスのはずなのに、シリアスに成り切れなかったかもしれません。しかし、それが「恋姫」の良いところと、考えてもみたいです。それでは続きは次回の講釈で。次回は講釈の47『華林酔夢』~後宮の小ばなし(その1)~の予定です。