諸葛孔明に対するひいきの引き倒しで、“あほう”などと流言飛語を飛ばす者もいますが、「阿斗」とは、本来は「守るべき大切なもの」と言う意味だそうです。史実においても、はっきり「普通の人」であり、むしろ、孔明が過労死するほどの人材不足、国力不足の“蜀”を、何とか、あれだけの年数、維持できたものだという評価をすべきでしょう。… … … … … 以前にも書きましたが、この「外史」の設定では「真名」は“幼名”でもある、としました。つまり、“「字」を名乗る年頃までは、真名のみで家族の中で育つ。”と言う設定にしたわけです。例えば、璃々ちゃんなどがそうだと考えました。そういうわけで、今回は特に「正史」での名前以外での「真名」を設定していません。--------------------------------------------------------------------------------††恋姫無双演義††講釈の38『成都爛漫(せいとらんまん)』~阿斗ちゃんは天の落とし子~蜀の成都。今日も昨日と変わらない、だが、変わらないこそ大切な1日が更(ふ)けて行く。・ ・ ・ ・ ・愛紗は赤兎に乗って現場から戻ってきた。今日も治水工事の監督である。さて、報告のため「執務室」へと通る。丁度、埋もれるような書類を抱(かか)えた朱里と雛里が退出して来た。「ご苦労さん。愛紗。こちらも今の報告で、今日の予定分が終わったよ」北郷一刀は私室へ下がるべく、桃香を補助して立ち上がらせた。「「ヨイショ」」などと、掛け声を合わせて、重くなった身体を奥へ運んで行く。どこの名も無い「夫婦」でもありそうな、微笑(ほほえ)ましい光景。「…夫婦…」「どうしたのだ?」途中で一緒になった鈴々と、なぜか顔を見合わせてしまった。… … … … … 成都城の一番奥、桃香と一刀の私室に「3人」の人影があった。「ラマーズ法」の指導を華佗に依頼して「専門外」と言われてから、なぜか出没するようになった謎の美女。例えば「ハクション大魔王」の娘が無事に成熟したら、こんな感じかとも見える、「おネェ言葉」以外は完璧な美女である。“貂蝉 ”と名乗られて一刀が納得したぐらいだったそれが、なぜか「ラマーズ法」の指導法を知っていた。「今日はこれぐらいでいいわねん」もう“予定日”も近いし、やり過ぎると練習が「本番」になりかねないわよん。「なあ、貂蝉。「ラマーズ法」に限らず、俺と普通に会話が成り立っているし、もしかしてお前は……」「残念だけど、アタシは「天の国」から来たわけじゃないわよん」でもね、例えば、あの「華佗」とかが「天の国」から落ちてきた事とは無関係じゃないわよん。「?」「まあ、何時(いつ)かはお話できるかも分からないわね。それより、すぐにでも、大事な事があるじゃないのよん?」「大事な事?」「そうよん。親になる人の大事なお役目」特にね、この世界の女の子たちは、真名というものをどれだけ大事にしているかしらん。「名前か」劉備の子供の名前なら、すぐに思い出す名前がある。でも……「ご主人様」一休みしていた、桃香が口を挟(はさ)んで来た。「まさか、考えていらっしゃらなかったはずはないでしょう」女神の微笑み。「当たり前、だよ。そ、そうだ。みんなの意見も聞いてみないか?あくまで参考で」「参考ですね」もう1度、ニッコリ。「もち論、最後は、俺と桃香で決めるよ」… … … … … 「参考意見ですか」公務上の会食なので、主な面々はそろっていた。「しかし、まずご自身で、お考えになってはいないのですか?」何人から、逆にそう聞かれ、一同の注目が集まる。それに、すぐ隣から桃香の瞳に見詰められ、思わず口に出た。「阿斗…」さらに、桃香の瞳に見詰められ、「いや、これじゃ男の子の名前かもしれないよな。もしも女の子だったら、真名は大切だし」「いいえ、まだ、どういう意味か聞いてみないとわかりませんが?」「北斗の斗。桃香はどう思う?」「北斗ですか。星座にちなんだ名前でしたら、男の子の幼名にも、女の子の真名にも使えますが…」少し考えて、竜鳳の軍師がこんな解釈をした。「北斗七星は、北極星の周りを回る星座です」「その北極星は、全ての星々がめぐる中心に位置してほとんど動かないため、玉座に例えられる事があります」「その場合、北斗は、その玉座を守る7人の将に例えられます」「もしかして、ご主人様は…」愛紗が何かを思いついたようだ。「いつか、われら「五虎竜鳳」がそろっている事が、蜀の理想のためだと」われら7将によって、北斗が北極星を守るように、この御子が守られる事を希望されておられるのですか。「五虎竜鳳」だけでなく、7人以外も含めたほぼ全員が「我も、我も」と言い出して、考え過ぎだ、などとは言えなくなってしまった。「ありがとう、みんな」桃香などは、もう感激しまくっていた。「あなたはこんなにみんなに愛されて、この地上にやってくるんだよ。阿斗ちゃん」そんな事を言いながら、一刀の手を取ってお腹に触れさせていた。――― ――― ――― 蜀の側では隠すつもりも無い。そのため、この情報は魏や呉にも伝わった。「北斗…七星に守られる北極星…「五虎竜鳳」に守られる、蜀の王」華琳にしてみれば、よくぞ見破られた、という感覚だった。ただし、曹仲徳だけは「真相」を知っていたが。(…考え過ぎだよ。華琳姉さん。やれやれ…)――― ――― ――― 蜀の成都では、北斗星から名付けられた「天の落とし子」が、地上に誕生していた。「天の国」の“らまあず”とか言う風習にしたがって両親が協力して誕生させたのだが、一刀の方は力尽きてしまい、見かけによらない、もっとも「この」世界の女の子には珍しくないが、力持ちの貂蝉に運び出されてきた。「とぉっても、可愛いらしいお姫様よん。阿斗ちゃんは」やきもきしていた愛紗たちが祝福の歓声を上げ、天へも届けどばかりにこだました。北斗七星の見守る空へと。――― ――― ――― 呉の建業。孫呉の拠点は、蓮華によって秣陵から改名されていた。「そう、蜀には「天の落とし子」が……」姉、雪蓮は「天」を「呉」に呼び込む事を考えていた。「蜀」をまるで「あらかじめそうなると分かっていた」かのように成立させた「天の力」。その「力」は、雪連自身を眠らせる結果になったような、邪教とは異なる何かであろうと考え、呉を守護する「力」として呼び込めないかと、そう考えていたようだ。「だからといって、私自身が「天の落とし子」を生む事などあるまい」――― ――― ――― 蜀の成都。桃香と北郷一刀は協力して、政務と育児を何とか両立させていた。当然、同志たちも公務などで協力していたが。最近の愛紗は、自分自身が不審だった。なぜか、桃香と一刀と阿斗を見ている時に、甘酸っぱい感情がよぎった。その想いを吹っ切るように首を振ってしまったが、隣りにいた鈴々にいつもの幼さと異なる何かを感じてしまった。… … … … … 成都城外の、とある場所。愛紗は鈴々を遠乗りに誘っていた。赤兎より先に、荷物の軽いはずの方の馬が息を切らせたので、適当に休んでいたのだが。「愛紗が思っている事は、もしかしたら鈴々と同じなのか」「まだ子供には分からん」いつもの様に、河豚になるかわりに、急に大人びた表情をした。「鈴々もお兄ちゃんの事は大好きなのだ。でも、お姉ちゃんも好きだから、2人が幸せなのは嬉しいのだ」「鈴々の言う「好き」とはちがうと思うぞ」「愛紗も同じなのだ。きっと。でもお兄ちゃんにはお姉ちゃんがいるのだ」(…バカバカしい。大体、ありうるはずが無い。ご主君に嫉妬などと…)この場合、姉妹は失念していた。姉妹の長姉は王族、それも「後宮」が「法制度」として整備されている国家の王族だという事を。――― ――― ――― 「いったい、何を考えているのですかな?」「貴方たちこそ、何が楽しいのん?あんなに一生懸命な子たちの邪魔をするばかりで」「楽しいかどうかで、行動されても困りますね。我々とて「正史」の傀儡に過ぎませんのに」「それが融通が利かないのよん。大体、今出かけてる方だってん」「彼は「左慈」としての役目を果たしに行っただけです」――― ――― ――― 21世紀ならば「ひな祭りの五人囃子(ごにんはやし)」というだろう。ここは数世紀後には日本と名乗る「彼女」たちにとっては夷国(いこく)。巫女王、卑弥呼が「国事行為」としての「神道儀式」を行っているその間、いってみれば「BGM係り」をさせられている、珍道中5人組だった。――― ――― ――― 「桃香様。いかなる御用ですか」「あらたまっちゃって。「姉妹」じゃないの」城の奥にある私室であり、確かに桃香と愛紗と鈴々の他には、まだ口の聞けない阿斗だけだ。なぜか、一刀も席をはずしていた。桃香は阿斗に授乳していた。無論、王族だから、乳母くらい付いている。しかし、桃香自身が王族としては没落していた育ちのせいか、こうした事は面倒くさがらない。むしろ、幸福そうだ。(…こんな事を、見せ付けようとなさる方ではない。だからこそ、主君として、姉としてきた…)「もしかして、愛紗ちゃんや鈴々ちゃんも、阿斗ちゃんみたいに、ご主人様との子供が欲しいんじゃないの?」「何をばかな事を」という言葉すら、とっさに出なかった。「ご主人様のこと、好きなんでしょう」反論が出来なかった。思わず視線をそらすと、子供と思っていたはずの鈴々が完全な「女」の顔をしていた。「り…鈴々!あの…桃香様、いや、姉者。た…例え、そうであっても…」「遠慮する事はないのよ」慈母のような微笑みの桃香。「最後は、ご主人様が選ぶ事よ。後宮であろうと、何人であろうと」やっと、長姉が王族であることに思い至った。「愛紗ちゃんや鈴々ちゃんだけじゃなくて、朱里ちゃんや雛里ちゃん、他のみんなも」きっと、ご主人様のことが好きなのよ。わかるわ。私もご主人様のことは大好きだもの。決めるのは、ご主人様。ただ、ちょっと迷っているみたい。「まさか「天の国」には、後宮が無いのかしら」・ ・ ・ ・ ・北郷一刀は、現代日本人である。一夫一妻が常識であり、恋愛結婚が普通の「世界」から落ちて来た、大した恋愛経験も無い青年でしかない。彼の脳内では、少なくともプライベートに関する部分では、桃香と阿斗だけで当面は容量一杯だったのである。--------------------------------------------------------------------------------今回の展開では、後半になって、変な方向へ行ったと思うかもしれませんが、“原作”がこういう「ゲーム」だった、ということで、ご容赦願います。それでは続きは次回の講釈で。次回は講釈の39『天下三分』~新たなる動乱へのいざない~の予定です。