††恋姫無双演義††講釈の36『官渡逆襲』~燃える烏巣の夜~戦線は膠着していた。官渡水を堀にして防御を固めた華琳の戦術は、とりあえずは成功していた。とりあえず。「孫子」(謀攻篇)に曰く戦わずして降伏させる事が善の善なのだから、上手な攻め方は策謀、次いで外交的に孤立させる、次いで敵兵力の撃破、城攻めなどは下策でやむを得ないからするものだ。孫子とほぼ同時代には墨子という、侵略戦争を否定する手段として城壁都市の防御技術を極(きわ)め、墨守などと言う言葉を残した者すら居た。現状の官渡水における華琳は孫子というより、まるで墨子まがいに戦っていた。だから、4倍か、下手をすればそれ以上の兵力で押し寄せる麗羽と、互角近くに戦っていられたのだが。・ ・ ・ ・ ・それでも、優勢な敵相手に、互角では何時かはジリ貧になる。華琳ほどの兵法家にそれが理解できないはずも無い。思わず、許昌の留守を守る桂花との連絡の手紙で、泣き言めいた文言を書いてしまい、叱咤される始末だった。日頃の華琳と桂花の関係を知るものからすれば、ありえないとすら思えたろうが、桂花にすれば軍師の務めを果たしただけで、それほど華琳ですら追い詰めれた心理になる瞬間もあった。それほど、きわどい戦いが続いていた。… … … … … 「華琳姉さん。大丈夫だよね」「……。…心配するなんて、弟の癖に生意気よ」(…無理しているな…)実のところ、どこまで自分の弟の「正体」について信用しているか。今1つ、仲徳自身にもつかみきれない。ただ「天のお告げ」には最低限しか頼ろうとしない。「孫子」(用間篇)は情報の重要性を説く。その後に続いて、こうも言う。情報は神頼みでも、占いに頼っても得られない。必ず“人”を使って入手せよ。「卜占」が「科学」だった時代に、こう主張するリアリズムが「孫子」であり、この「書」を後世に残した曹操だった。(…それは理解しているんだがな、ここは「歴史」通りに勝ってもらわないと…)「姉さん。「天のお告げ」なんかじゃなくて、弟が部下の1人として進言する、ぐらいで聞いてくれないか」「何よ」「烏巣について、情報を取って見たらどうかな」――― ――― ――― 黄河の支流の1つ、済水につながる烏巣沢という湖がある。この時代の物流において水運は重要だが、その中でも重要な運搬物といえば、帝国各地で租税として取り立てられた穀物であり、その穀物の「積み換えポイント」と言うべき施設の1つが、烏巣沢のほとりにあった。その烏巣の施設を袁紹軍が占領して、自軍の食糧輸送と配給のために利用していた。麗羽とて軽視はしていない。だからこそ、烏巣に淳于瓊といった武将を配置していた。淳于瓊は、華琳や麗羽とともに西園八校尉に抜擢された実績もある武将だ。華琳や麗羽のような有力な「コネ」も別に無しに抜擢されたのだから、無能なはずも無い。しかし、有能だからこそ「コネ」で同僚になっている「小娘」に、内心ではどう思っていたか。だが、今は「大将軍」で4州の主である麗羽の部下として、食糧を守っている。しかも敵の主将は華琳で「丞相」まで成り上がっている。その事が不満なのか。任務に今1つ、気が入っていない様子だった。――― ――― ――― 「勝負に出るわ」華琳は決断した。10万余りの大軍だからこそ、烏巣の食糧を失えば、袁紹軍は一撃で飢える。しかし、官渡の曹魏軍の陣地から烏巣までは、約「50km」その間は袁紹軍が布陣している。完全に敵中だ。「奇襲しかないわね。少数精鋭で行くわ」自ら、5000の精兵を選抜する。残りは官渡の陣地を守り続ける。・ ・ ・ ・ ・用間、すなわち情報戦術の効果が表れていた。官渡から烏巣まで、夜間であれば、5000兵程度はすり抜けられる抜け道を把握していた。それでも賭けにはちがいない。しかし、華琳は賭けた。――― ――― ――― 烏巣。湖の船着き場を囲んで、田舎の県城よりは立派な城壁が守っている。その中には民家など無い。積み換え用の「穀物タンク」が立ち並ぶ。備蓄用の「半地下式タンク」とは用途が異なるが、それでも、直径「3m」高さ「5m」程の「地上式タンク」が、城壁内いっぱいに立ち並んでいた。その「タンク」が、爆発した。粉状あるいは粒状の可燃物を貯蔵した容器というものは、消防理論からすると爆発物である。それも1つだけではない。次々と爆発する。たとえ内心の不満があっても、淳于瓊も無能な将ではない。何が起きているかは理解した。だが、応戦と消火を命令する前に、少なくとも、その命令が実行される前に、奇襲に選抜されていた凪の一撃で鼻をもぎ取られていた。――― ――― ――― 袁紹軍の本営は混乱してた。しかし、まだ「パニック」ではない。問題は、いつもの事ながら、武将や軍師たちの意見が割れてしまった事だ。「全部の食糧をまだ(この時点では)焼き尽くされたわけではない。直ちに烏巣へ救援を」「曹操は官渡の陣地を空にしている。今こそ総攻撃の好機。官渡を落せば、曹操の帰る場所が無くなる」麗羽は決断できなかった。結果、最悪の選択をしてしまった。烏巣への急援軍と、官渡への攻撃軍を、両方とも派遣してしまった。当然、それぞれの軍勢は、総勢を挙げた場合より少ない。しかも、烏巣への救援を主張した張郃・高覧といった武将に官渡への攻撃を命じてしまった。奇襲を見破れなかった事より、この対応が致命傷となってしまった。――― ――― ――― 華琳は尚も烏巣を焼き続けていた。そこへ急援軍が到着したが、中途半端な兵力だったため各個撃破されてしまった。――― ――― ――― 官渡の守りは堅い。元々、兵力不足を補うだけの守りの堅さを示してきた。仲徳たちが留守を守る官渡を、張・高たちは結局、華琳が戻って来る前に落せなかった。こうなると、自分の進言とは逆の命令を実行させられていただけに「それ見た事か」という気になる。戦いの最中では、それも陣地攻撃中の後ろに出撃部隊が戻ってきた時に、そう思えば心が折れる事もある。この時の張・高たちがそうだった。そのまま、降伏してしまった。――― ――― ――― 焼け落ちた食糧。総攻撃の失敗。張・高たちの降伏。1度に不利になった事を、袁紹軍の兵士たちまでが理解してしまった。いまだに数万が残っていた筈の袁紹軍は、総くずれになって敗走を始めた。麗羽も本営を捨てて逃げた。・ ・ ・ ・ ・袁紹軍が敗走した後の本営を占領した華琳は、押収した文書をそのまま焼き捨てた。「いいのですか」部下の中には疑問を口に出す者も居たが、「何の証拠が必要なの?私に貴女たちを疑う必要があるかしら」現実には、部下を疑ってなどしている暇も無い。袁紹軍が大いに優勢、から互角ないしは曹魏軍がやや優勢まで、やっと押し返した段階なのだ。これからである。これから、得物としてはまだまだ大き過ぎる袁紹陣営を追い詰めていかねばならない。それも、蜀や呉が再び動けるようになる前に。――― ――― ――― 孫呉。蓮華が冥琳から報告を受けていた。その蓮華の容姿は、少しだけ以前と変わっていた。姉から伝家の愛剣「南海覇王」を受け継いだ時、その剣で自らのうしろ髪を断ち切ったのだ。「蓮華様。曹操は官渡の勝利の後、以前より盛んに、用間を放ちました。そう断定してよいでしょう」「敗戦で、袁家の内部に不満が生まれる。その不満をあおる好機と見て、つけ込んだ」「御意」すでに、河北の各処で、反乱が起きています。その中でどれだけが、曹操にけしかけられたかまでは、不明ですが。――― ――― ――― その反乱を制圧して回っていた麗羽たちの元に、急報が届けられた。留守にしていた拠点、冀州南皮城が「クーデター」にあって乗っ取られた。袁家の内部なら、一番の「ライバル」のはずの妹の美羽は連れて来ている。現に美羽の側近、七乃が、麗羽の側近、猪々子と斗詩に詰め寄られて必死に弁明している。では、誰が。・ ・ ・ ・ ・冀州州牧の仕業だった。反董卓連合軍の当時にさかのぼれば、帝都洛陽で朝廷の名誉職に就任していた、麗羽、美羽姉妹の叔父に当たる人が当時の袁家の当主である。その叔父を見殺しにする結果になっていた。その後、その叔父の子を冀州州牧にしたのは、信頼して見せて恨みを薄れさそうという意味もあった。袁紹陣営の勢力圏、華北4州の中で冀州は拠点、南皮があるだけでなく、他の3州に囲まれた中央に位置している。冀州を通じて4州は互いに連絡していたのだ。さらに、人口、産業の視点からも、4州の中で最も豊かだ。冀州こそ、袁家勢力の「本国」だったのである。その「本国」の州牧をあずける事で、信頼と袁家の結束を示すつもりだった。同時に、近くに置いている方が監視しやすいという事もある。・ ・ ・ ・ ・だが、人的組織としても大き過ぎる袁家では、反主流派の存在が避けられない。そして、その不満は、情勢が不利になった時に表面化しやすい。しかも、そこにつけ込むものである。当然ながら、曹魏側の用間は。そして、完全につけ込んでいた。南皮での「クーデター」とまったく同時に、冀州の州牧公邸が置かれていた城壁都市、朝廷が機能していた時代での帝都との連絡上から、あまり黄河から離れない位置に置かれていた、「魏城」が曹操軍に明け渡されていた。「正史」での曹操陣営が「魏」を名乗るのは、実はこの都市を拠点としてからだったりする。いずれにしろ、南皮での「クーデター」と魏城の曹操軍の両方に、袁紹軍は同時に対応できなかった。その後、ズルズルと冀州ばかりか、各個撃破される形になった他の3州までも占領されていった。… … … … … 当事者であれば、なおさら、信じたくもないだろう。麗羽で無くとも。官渡の戦いの前までは、いや、烏巣が火攻めされた夜の昼間までは、あれほどの強大をほこった袁紹「王国」は、まるで、CGのポリゴンがほどける様に解体されつつあった。--------------------------------------------------------------------------------「正史」をなぞった「天下三分」も次第に近付いて来たようです。そして「三国」の直接対決も。それでは続きは次回の講釈で。次回は講釈の37『倭使渡来』~姦雄と名家の決着~の予定です。