「正史」の周瑜にとっても「天下三分の策」は、孫呉が天下を取るための障害という認識だったでしょう。「彼」にとっては、天下を取るべきはあくまで孫策でした。その信念が、結果としては「彼」の悲劇につながります。--------------------------------------------------------------------------------††恋姫無双演義††講釈の24『子を思う弓は偃月刀に挑み 呉を思うゆえに蜀の侵掠をおそる』荊州南部の長沙郡の郡城を前に、蜀軍は軍議を開いていた。といっても、出席者は愛紗に桔梗、蛍だ。…そこへ、見張りの兵が「不審人物」を連れて来た。「姓は魏、名は延、字は文長」「貴女でしたか」「知り人か?蛍」「どういう行動をしたかは聞いています」・ ・ ・ ・ ・「益州侵掠」を前に荊州で待機していたとき、荊州に仕える武官ながら劉備軍へ仕官を申し出た。それだけでなく荊州の州都、襄陽に劉備軍を引き入れ、益州ではなく荊州を劉備軍に侵掠させようとした。少なくとも、荊州州牧、劉表の側近はそう疑った。そのため軍師たちから「ダメ出し」をされたのだそうだ。「あの時は、劉表陣営からの協力で、益州に入ったのです」いや、今回の件でも、何とか劉表に恩を着せる形にして「あの」時の「借り」を返す形に出来ないか、軍師たちは策謀をめぐらせているくらいだ。「だから、益州にも連れて行けませんでした」その後、襄陽にも居辛くなって、劉表から見れば間接支配の状態になっている、この長沙に身を寄せていたのだと言う。「それで……今度は、引き取ってくれた先を裏切るのか」「私は劉玄徳様に、忠誠を捧げたいだけです」その証拠に有益な情報を教えましょう。黄漢升どのは、私や貴女たちが劉玄徳様に向けている様な忠誠を、長沙郡の太守、韓玄に向けているわけではありません。それどころか韓玄は、黄漢升どの愛娘をダシにして戦わせようとしています。「むしろ、黄漢升どのは愛娘のために戦っているのです」黄忠とは旧知の桔梗がうなずいている以上、話の内容自体には信憑性はある。だが、魏延の「裏切り」を認めるかどうかは別だった。… … … … … 翌朝、愛紗は陣頭に立って長沙城に近付いた。結局、魏延はそのまま帰らせた。だが、黄忠の事情について知ったからは、戦い方に影響しないとも言えない。「正々堂々の1騎打ちが、武人の情けだ」愛紗らしい結論だった。だが、その「正々堂々の1騎打ち」が始まろうとした時、城内から、引き揚げの合図であるドラが鳴らされた。「何だ?いったい」しかし、いくら愛紗でも、振り上げた大刀の振り下ろしどころがない。――― ――― ――― 長沙城の西門に向かって迫る蜀軍。その反対の東門から駆け込んできた1隊があった。「では、味方になると。周…公瑾どのとか申したの」「当然です。この長沙まで蜀の魔の手に落ちれば、次はわが楊州ですからな」朝廷からの使者だった劉巴を伴っているから味方らしいが、兵の数が中途半端だ。「これから順次到着します」・ ・ ・ ・ ・「孫子の兵法」はこうも言っている。百里の道を急げば、全軍の十分の一しか到着しない。弱兵から順に脱落するからだ。五十里を急げば、全軍の半分しか到着しない……それでも、長沙が持ちこたえている間に、到着する必要があったのだ。…兵は拙速(せっそく)を聞く…とも「孫子」も言っている。・ ・ ・ ・ ・自分自身と証人になる劉巴が間に合うように到着するのが、冥琳にとって最優先だったのだ。「しかし、こちらの援軍も順次、到着しますが、蜀軍も順次、到着します」荊州南部4郡のうち、3郡をすでに降伏させた以上、この長沙に全軍が集中してくるのは時間の問題だ。ただし時間を稼げれば、それだけ情勢の変化もありうる可能性がある。いずれにしても、少しでも持ちこたえるためには、敵の全軍が集中する前の各個撃破が必要だ。「ふむ。すると今日、漢升を引き揚げさせたのはまずかったかのう?」「いえ、むしろ今晩を有効に使うようにしましょう」今晩はその長沙の勇将を、ご家族とか大切な人と過ごさせてやって下さい。… … … … … その夜、黄忠(真名紫苑)は1人の母親に戻って、幼い娘、璃々と過ごした。「眠~い」と璃々が訴えるまで、存分に甘えさせ、抱き締めて眠らせた。子守唄を聞かせてやりながら、明日の決戦を決意していく。――― ――― ――― 翌日、陣頭に立って長沙城に近付く愛紗に対し、紫苑は「1騎打ち」の挑戦を受ける。陣頭に進み出て、弓を構え矢をつがえる。心中で今は亡き夫、娘の父の面影を浮かべた。(…あなた…私たち母娘を見守って下さるのなら、私に力を。璃々を守る力を与えて下さい)「む!?!」放たれた矢の威力は、愛紗ですら、いや愛紗だから青龍偃月刀で軌道をそらして直撃を免れた。それが精一杯。…長兵は儂(わし)以上。愛紗殿とて、偃月刀の間合いまで近寄らねば苦労するぞ。桔梗の警告通りだった。それどころか近寄れない。急激な回避運動を繰り返させられて、愛紗より先に馬が限界になった。「初めて、他人の馬に嫉妬(しっと)する気になった」一旦、替え馬の位置まで下がった愛紗だったが、「あの呂布を乗せている「汗血馬」にでも乗っておれば」「無理もありません。今の彼女は乳虎でしょう」古典的に中国では、危険人物を例えて、「アイツに出会うなら、乳飲み子を連れた母虎の方がましだ」などという。「乳虎か」現実に手強い上に、倒すのに気が進まない事も無い。「これは手間取るな。しかし、正々堂々が武人の情けだ」新しい馬に乗って再挑戦していく。一方、桔梗と蛍は、両軍が「1騎打ち」を見守っている間に、ジワリジワリと自軍を前進させていた。… … … … … 変化は突然だった。「1騎打ち」を続ける紫苑の後方で、長沙の城門が突然開き、楼門上に「劉」の旗が立った。「!?!」「!?!」「!?!」城内にいた韓玄、劉巴そして冥琳も仰天した。冥琳ですら、とっさに城門を閉める事が間に合わなかった。それより前に、いつの間にか自軍を前に出していた桔梗と蛍が先に反応し、桔梗が突入してしまった。――― ――― ――― 数日後、桃香と北郷一刀を押し立てて、蜀の本軍が到着した。武陵郡と桂陽郡を降伏させた、という報告を受け次第、零陵郡を進発して長沙郡攻略の援軍に来たのだが、来て見ると長沙城は落ちていた。――― ――― ――― やっとの事で、冥琳は後続というより、急行軍の途中で置き去りにしてきた部下の兵と合流した。言い方を変えれば、ここまで逃げてきた。蜀軍が長沙城の西門から突入してきた時、結局は兵力不足で有効な手段が取れなかった。いや、自分が蜀の手に落ちて、孫呉が介入した証拠を取られなかっただけで良しとするしかなかった。韓玄も劉巴も、おそらく蜀の手に落ちただろう。今回はしてやられた。「だが、渡さぬ。荊州も、天下も。劉備にも、曹操にも」天下を取るのは、わが孫呉。わが主君たる雪蓮だ!――― ――― ――― 突然、城門が開いた。その好機を逃がさなかった事自体は、桔梗と蛍の功績を認める。それが公正だ。だがしかし、自分から城門を開いた行為については、別に確かめる事があった。「これは裏切りではないのですか」本軍に従ってきた胡蝶が、文官として問い質(ただ)していた。「私は、劉玄徳様にこそ、忠誠を奉げたいだけです。劉表や韓玄ではなしに」魏延はそう主張した。「どうかな。悪い人でもないみたいだけど」(…桃香はそう言っているけどな。確か魏延はトラブルメーカーじゃなかったかな…)とはいえ、まるで「宝塚スタァ」でも見ているような、見エ見エの態度で桃香を見上げる魏延を見ては、追放する気にもなれなかった。一方、劉巴や黄忠にも危害は加えていない。だが、向こうが引きこもっていた。「「しょうがないわ(な)。こちらから説得に行きましょう(こう)」」「こちらから?それもお2人おそろいで?」「それが一番有効でしょう」と桂陽から到着した雛里、武陵から到着した朱里も賛成してくれた。… … … … … 最初は、侵掠したのはそちらだ。と言う態度をどちらも崩さなかったが、それでも「カップル」で説得に来た事で先入観が変化したようだった。最初に、幼い璃々がなついた。すっかり、璃々に遊び相手と認められた頃には、母親の方も真剣にこちらの話を聞いてくれるようになった。ここで、旧知の桔梗にも加わってもらい、何とか口説き落とした。・ ・ ・ ・ ・長沙城の一室。新たな主となった蜀軍が、新たな同志を歓迎していた。「姓は黄、名は忠、字は漢升、真名は紫苑。よろしくお願いします」「璃々で―す。これからよろしく―」「姓は魏、名は延、字は文長、真名は焔耶。よろしく頼む」・ ・ ・ ・ ・ここまで来て、ついに劉巴も根負けした。「どうやら、使命をしくじって、許昌の都にも戻れそうにもありません。成都でも、どこでも連れて行っていただきます」… … … … … 次は外交攻勢である。向こうは朝廷を使える。その相手に既成事実をどう認めさせるか。そこで、つけいる好機は見逃さなかった。――― ――― ――― いまや帝都である許昌。古都長安からの報告に華琳たちが困惑していた。――― ――― ――― 北郷一刀は心の中で思っていた。これで、五虎大将のうち4人がそろった。伏竜鳳雛もいるし後1人。--------------------------------------------------------------------------------長安からの報告は「ラスト・ワン」の運命にかかわります。それでは続きは次回の講釈で。次回は講釈の25『はるか涼州の草原に燃ゆる心 錦(にしき)の驃騎(ひょうき)は謀に破れて亡命す』の予定です。