『銅馬車』秦始皇帝の陵墓から、皇帝専用車を再現した青銅製の精密模型が出土しています。皇帝の馬車は「安車」とも呼ばれる小宮殿型の「リムジン」で、今1台「立車」とも呼ばれる古代戦車を「ベース」にした軍用車もありました。私見ですが「立車」には儀仗兵を指揮する将軍が乗って、皇帝の「安車」を先導していたと思います。… … … … … オリキャラの『真名』設定太史慈=瑪瑙=めのう元ネタは「走れメロス」です。--------------------------------------------------------------------------------††恋姫無双演義††講釈の21『江東に飛翔するは小覇王 都の花は許昌に流れつきて咲く』この日、孫策(雪蓮)はある相手を待っていた。彼女の後ろでは、妹の孫権(蓮華)や親友の周瑜(冥琳)をはじめとする部下たちが見守っている。黄蓋(祭)・陸遜(穏)・甘寧(思春)・呂蒙(亞莎)・周泰(明命)・・・長江下流部の南側に広がる平野部には、その名も「太湖」とよばれる大きな湖がある。雪蓮たちは「保護」下にあった袁術陣営を出発し、長江を北から南へ渡渉した後、太湖を周回する様に戦ってきた。その間に、1人また何人かと孫呉軍に加わって来た。遠く洛陽の中央政府よりも、長江の北を占領した袁術陣営よりも、母、孫堅(水蓮)の夢見た「呉」の国に希望を抱くものたちが集まってきたのである。例えば、祭のように水蓮の代からの譜代もいれば、思春のように長江の水賊や太湖の湖賊が降参したものもいる。そうした良く言えば多士済々、悪く言えば雑然とした同志たちが雪蓮を中心に1つになろうとしていた。… … … … … 現在、雪蓮が待っている相手は太史慈、字は子義という。ここまでの戦いで一番苦戦した相手。というより、相手の主将よりも部下の太史慈に苦戦したが、主将の方は太史慈を使いこなしてはいなかった。そのおかげで勝てたといえば大げさでも、使いこなされていればもっと苦戦しただろう。このことを遺恨(いこん)に思うより、むしろ太史慈を大いに評価した雪蓮は自分に仕官させたいと考えていた。・ ・ ・ ・ ・ついに、最後の拠点に追い込まれた太史慈だったが、その面前に、何と敵将がわずか数騎の側近を連れただけで現れた。「太史子義よ」この上は、誰のために戦うつもりなのか。貴女の主君はもう部下も領民も捨てて、どことも分からず逃げ落ちた。むしろ惜しい。貴女ほどの武将が仕える主君に恵まれず、この苦境に落ちた事を。ここで無駄に死ぬよりも、貴女にふさわしい主君のために生きるべきではないか。…これが例えば、関羽とかなら自分の主君たちをこんな風に言われれば、返答は青龍偃月刀だったかもしれない…しかし、そういった“カリスマ”を感じさせる何かを、このときの太史慈は、これまでの主君ではなく目の前の敵将に見てしまった。城門は開いた。… … … … … 「貴女様に仕えるにあたって、条件が1つのみございます」「言ってみなさい」「私1人だけを惜しまないで欲しい」これまでの戦いで逃げ散った、私の同僚や部下、兵士たちも貴女様に仕えさせて欲しいのです。お許しがいただければ、私が彼らを説得して、ここに連れてきましょう。必ず、貴女様のお役に立てるだけの兵力を集めて見せましょう。雪蓮は許した。そして、日限を約束して送り出したのである。部下たちは、どちらかといえば疑う方が多数派だった。これっきり帰ってこないと断言するものさえいた。だが雪蓮は「私は信じるわ。もし、この約束を破るような女なら、惜しくなんかなかったわよ」・ ・ ・ ・ ・そして、今日がその約束の日なのである。そして今、雪蓮たちの目前には、太史慈を送り出した方向からこちらに近付いてくる軍勢があった。いつの間に作ったか「孫」に「呉」の旗を押し立てて。「遅くなりました」「お帰り。子義」「瑪瑙。この名を孫将軍にささげます。わが真名を」「わかったわ、瑪瑙。私は雪蓮よ」――― ――― ――― 曹魏の拠点、許昌。西の古都、長安の方面へ遠征していた曹魏軍が凱旋してきた。だが、許昌のような地方都市では見慣れないような立派な行列を護衛するようにして、静々(しずしず)と戻ってきた。行列の中央には「安車」とも呼ばれる小宮殿型の立派な馬車。その1台前の「立車」とも呼ばれる古代戦車に乗って、華琳みずから先導していた。――― ――― ――― 雪蓮や冥琳たちはあらたに瑪瑙を加え、軍議を開いていた。現状、長江の南岸から、太湖の周辺まで確保している。だが、長江を挟(はさ)んで北には、当面、好機をうかがうしかない袁術陣営があり、東は海、南はこの時代では「中国」の範囲内でなく「南蛮」と意識されている未開発地帯。西の荊州もうかつに手を出せば、失敗の記憶がまだ生々しい。とはいえ、それぞれの境界まで制圧したわけではまだない。そこで、南は未開発地帯の手前、西は荊州との州境まで進軍することになった。それぞれの担当も決まる。南は雪蓮、西は冥琳が指揮する。ただ、雪蓮は1度だけ冥琳をからかった。「私が荊州へ行くと、暴走すると思った?」「雪蓮様(苦笑)」「わかっているわ。南へ行くわよ」全軍の拠点は長江南岸の秣陵に置く。この拠点と孫一族の非戦闘員は蓮華と思春が守る。穏をはじめとする文官たちも秣陵で後方支援に当たる。さらに遊撃部隊として、太湖の湖賊を再編成した部隊を明命があずかることになった。・ ・ ・ ・ ・いずれにせよ、当面の目標は水蓮の時代の勢力圏を取り戻す事。その後は……ここまでの快進撃ですでに、孫策こと雪蓮は小覇王と呼ばれるようになっていた。小覇王の快進撃は尚も続く。――― ――― ――― 予州潁川郡の許昌は、いまや後漢帝国の帝都となった。所詮「帝国」では、皇帝を手中にしたほうが、正義。その「正義」を曹操こと華琳は、ついに手中にした。だが、あの“董卓”が「相国」という地位にいきなり就いたような、露骨(ろこつ)な反感を買うようなまねはしない。華琳みずからの地位は「三公」の1人に留(とど)めた。残りの2人は、洛陽から従ってきた朝廷の忠臣に譲(ゆず)った。一方、河北の拠点に居て一番文句を付けてきそうな袁紹(麗羽)に大将軍の「名目」を譲っておく。その一方で、欠員だらけになっていた朝廷の文官職は、桂花、稟、風たち、曹魏陣営の軍師である潁川「名士」グループで埋めた。さらに曹仲徳、春蘭、秋蘭、季衣、凪、真桜、沙和、流琉たち、曹魏軍の武将たちも、正規の武官職に就任した。いってみれば、朝廷と曹魏の実質的な「一体化」を優先したわけだ。… … … … … そうした人事も一段落すると、華琳は「文武の臣」となった部下たちを集めた。ここで油断するつもりも無い。あらためて現状の分析と今後の対策を討議する。河北(黄河以北)にあって各軍閥の中でも最大勢力の袁紹陣営が、最大の敵であることは明白だった。ただし、麗羽の決断力次第である事も確かで、こちらからあわてて挑戦するのも下策のようだ。では、それ以外は?「油断のならないのが、2つあるわ」華琳は言い切った。「劉備と呂布よ」それなら自分が討ち取ってくると、季衣が言い出し、桂花に笑われた。「勇気を出せば、討ち取れる相手なら、こんな軍議も無用よ」「なら桂花には策があるの」「はい。華琳様」…でもな。両虎競食の策、とかいっても、劉備のところに呂布が居るわけでもないけどな。仲徳はひそかにそう思った。――― ――― ――― 玉門関。万里の長城の西の端であり、後漢帝国の西北の角。草原の騎馬の民にしてみれば長城の南北、玉門間の東西に関(かか)わらず同じ彼らの草原かもしれないが、「漢」の側の認識では長城の南、玉門間の東は後漢13州の1つ涼州である。その玉門関にも近い草原を、2騎の少女が駆けていた。涼州の軍閥の1人、馬騰の長女、馬超(真名翠)と末娘、馬岱(蒲公英)だが、最近、騎馬の民らしくもない策謀に熱中している、としか翠には思えない、母親とその参謀たちにイラつく思いで、妹を誘って遠乗りに来た。いつの間にか、玉門関に近付いていた事に気が付いて流石に翠も馬首を返した。一応、彼女も「漢」の臣下ではあることは自覚していた。その時、涼州と西の関外の間に連なっている山々の1つから「声」が聞こえたような気がした。「何だよ」「お姉さま。確か、あの山は魔王が落ちて来たと伝えられているあの山なんじゃ」「蒲公英は信じているのか。あんな話」「そんなに昔話でもないよ。せいぜいお祖母さまの時代じゃなかったかな」確か、その魔王が天帝さまにさからったから、その時から地上でも天子さまがおかしくなったとか。そんな言い伝えだったと思うけど。その姉妹の背中に届いた「声」は、どこかの「天の国」なら「体育会系」といわれそうな翠すらゾクッとさせた。「…さびしいよ。まだ、たった50年…500年なんて長すぎるよ……」……早く来て。三蔵。あたしは待っている。お前があたしのところに来るのを………なのにまだ、お前は生まれてもいない……さびしいよ。三蔵……--------------------------------------------------------------------------------実は「公式」キャラが発表されるまで、馬岱の真名は、翡翠=ひすいの「翡」が入っている、と思っていました。むしろ、孫姉妹や夏侯姉妹、袁姉妹と違って「翡翠」と無関係な真名だったのに少し驚きました。それでは続きは次回の講釈で。次回は講釈の22『天の医は仁術で勇士を救い 許昌では名分もって策をめぐらす』の予定です。