『天下三分の策』ここでもう1度「正史」を確認しますが、「三顧の礼」の時点で、天下の北半分は曹操に、南半分のさらに東半分は孫権に制圧されかけていました。孔明は劉備に、残る西南に拠点をつくった上で、天下に対する戦略をと、そう勧(すす)めたのです。しかし、この「外史」では、劉備の「蜀」が先行する事になりそうです。--------------------------------------------------------------------------------††恋姫無双演義††講釈の14『西南には希望を求めて出立し 東北には故郷に知己を送る』華琳もとい曹操が、手から筆を落して驚いたのを見て、周囲の部下たちの何人かが驚いた。益州州牧を拝命した。それは確かに、後漢13州の1つを支配し、それを正当化する「名分」を得たということ。しかし、現にその「名分」を得ていた筈の劉焉ですら、いまだに益州に入れも出来ないでいる。その劉焉が官兵から、引き抜いていった兵力より、さらに小勢力の「私軍」でしかないのに。「麗羽(袁紹)にもそう思わせたでしょうね。でも、決定的な違いがあるわ」劉焉は益州どころか、今、足踏みしている荊州にも、人脈も拠点もないわ。それが、いまだに立ち往生している大きな原因ともいっていいわね。でも、あの「お人好し」に仕えている「はわあわ」言っている軍師は、どこの出身だったかしら。…曹仲徳には、理解できた。「正史」の劉備も、孔明1人だけを得ただけではない。臥竜とまで荊州の名士グループ内では名声があった秀才だ。その人脈で、何人もの荊州の名士出身の人材を得て、結集したマンパワーで、隣の益州を侵掠、蜀の国を得たのだ…仲徳以外にも、理解できだした。彼女たちとて、華琳が期待する人材である。同時に、彼女たち自身が、予洲潁川「名士グループ」として、華琳を押し立てた。だから分かる。そう、劉備の軍師は「水鏡女学院」の出身。師母、水鏡先生自身が荊州襄陽「名士グループ」の中心に近い。彼女からたどれる荊州名士の“ネットワーク”において「伏竜鳳雛」とまで期待された秀才を仕えさせている。それだけで、荊州経由での益州侵掠には、どれほど有利か。いや、下手をすると…現在の荊州軍閥、劉表でさえ、見方によれば、荊州「名士グループ」の上に乗っているようなものだ。最悪、益州ばかりか、荊州まで…「どうされます」洛陽から、荊州を通って益州へ行くなら、まず、この許昌を通ります。その時に…「今、邪魔したら、私たちが逆賊よ。まだ、私たちは、陛下をお迎えしていないのよ」いま、やるべき事は、この予洲から兗州にかけての勢力を充実させる事よ。予定通り、いいえ、繰り上げてでも兗州へ出陣するわ。でもその前に、せいぜい、接待して送り出してやりましょう。――― ――― ――― 帝都洛陽。桃香もとい劉備は、皇帝に礼式通り、暇乞(いとまご)いをすませた。後は、出立するばかりである。ただし、皇帝以外に別れを告げる者たちがいる。… … … … … 白蓮もとい公孫賛と桃香との別れは、単純にはいかなかった。まず、ここまでの劉備軍は、早い話が公孫軍の傭兵隊だった。それが「名目」なら郡太守の白蓮を差し置いて、州牧となっただけでも、白蓮個人の性格と桃香との友情がなければ許しがたい。もっとも、桃香を推挙(すいきょ)したことによって、白蓮自身も「奮武(ふんぶ)将軍」という肩書きを得て、軍閥としては「名目」上、州牧と同格になっていた。結局、白蓮当人としては、この件については、他人が勘繰(かんぐ)るほど、こだわっていない。「まあ、同門だったころから、なぜか不思議なくらい人望があったからな。桃香は」いつまでも、私の下にいるとも、心のどこかでは思っていなかったかもな。このことは、どうやらしこりを残さなかったようだった。「この上、厚かましいんだけど」楼桑村を含む涿郡は、劉備一党にとって、故郷である。今も、同志のそれぞれに懐(なつ)かしい人がいる。そして、そこが公孫賛の勢力圏内にあることも、いまだ変わらない。「ああ、少なくとも、私が治めている限りは、ロクでもない官吏が赴任したりはしないさ」… … … … … 北郷一刀には、もう2つ心残りがあった。「天の御遣い」だから、知っている。公孫賛は結局、袁紹に滅ぼされる。見方を変えれば、そこから逃げ出す形とも言える。いま1つ、趙雲(星)が、公孫軍の客将から、劉備軍に仕官しても良いと言い出したのだ。「正史」でも関羽・張飛に続いて五虎将軍の3人目となる、趙雲である。いずれは「蜀」に仕えてほしかったが、今の白蓮には、より切実に星ほどの雄将にいて欲しい筈だ。「所詮、客将にしかなってくれなかったしな。私の人望は桃香に及ばないという事さ、ここでもな」白蓮が桃香に言っているのでなければ、僻(ひが)んでいるような言葉だが、この場合は素直に聞いておいてもいいだろう。だが、桃香や一刀たちは「お人好し」だけに借りを残して行く気分だった。北郷一刀は「天の御遣い」として、公孫賛が袁紹に滅ぼされるまでに「犯した」いくつかの失敗について、助言した。「これで借りを返したことになるかは分からないけど」「いや、役に立つ」・ ・ ・ ・ ・そして、帝都洛陽からの出立の日は来た。白蓮にしてみれば、麗羽より早く自分の拠点に戻らないとならないし、劉備軍にも、グズグズする理由はない。・ ・ ・ ・ ・連合軍の集結地だった「敖倉」まで、両軍は戻って来た。ここから、公孫軍は黄河を渡って、東北の幽州へ帰る。一方の劉備軍は、西南の「蜀」へ向かうべく、まずは南の荊州へ進路を転じる。… … … … … 簡雍が手紙を集めていた。桃香から母への手紙をはじめ、劉備軍のそれぞれが、故郷の懐かしい人にあてた手紙。簡雍自身、残して行く簡家の跡継ぎについて、指示を書き送っていた。そうした幾(いく)通もの手紙が、公孫軍に便乗して馬を仕入れに行く張世平に託された。… … … … … やがて、進軍する道は、分かれた。桃香は白蓮の姿が見えなくなるまで、手を振り続けていた。――― ――― ――― 漢の時代、ある程度以上の身分のものが、来客をもてなし、あるいは目をかけている部下をねぎらう場合、鼎(かなえ)という三脚の大きな青銅器で、羹(あつもの)、つまり牛や羊の「ス―プ」をつくってふるまう。いま、正面の庭で、その鼎がグツグツ煮えている。つまり、正式の接待な訳だ。上座には「ホスト」である華琳と、客人の桃香、一刀は正式の官位はともかく桃香たちが下座に置く気がないため、桃香の隣。そのため、釣り合いのためなのか、華琳は隣に弟を座らせている。その前には、左右2列に向かい合って、曹操軍と劉備軍の諸将が並んでいる。当初は、にらみ合ってもいたが、酒と料理が回るうちに、それなりに和(なご)んできた。… … … … … しかし、一刀にはどうも、居心地が良くない。仲徳がいることで、何故か。その仲徳が、酔って絡(から)んだ「ふり」をしてきて、連れ出されてしまった。「やってくれたな」「先輩、邪魔をするつもりですか」「まだ“赤壁”どころか、はるかに前だぞ。ここで、劉備に蜀を侵掠させるなんて「歴史」の繰り上がりどころか、暴走だ」「先輩」俺は「この世界」に落ちてくる寸前「この時代」について言われた事があるんです。「こんな時代はさっさと終わるべきだったのよ」人口5000万が500万になる様な時代が10年か20年縮んでしまうなら、歴史を変える、変えないがそんなに大事でしょうか。少なくとも、いま、この時代を生きているあの娘たちはあんなに一生懸命じゃないですか。それこそ、本物の「天の御遣い」とかでもない限り、むしろ黙っている方が傲慢なんじゃないですか。「“この時代”を早く終わらせたいなら、北郷たちこそ、華琳姉さんの邪魔をするな」「邪魔なんてしませんよ。少なくとも「天下三分」までは。「三分」が早く来れば、犠牲者もそれだけ少なくなるでしょう」「本気で「天の御遣い」にでもなったつもりか」・ ・ ・ ・ ・見た目にも、酔いも醒(さ)め果(は)てた一刀と仲徳が引き揚げて来たのをみて、何人かは、不審(ふしん)を記憶した。が、宴席自体は、白けはしなかった。客人の側に従ってきた“メイド”として「ホスト」側の陪席者に“メインディッシュ”の羹を取り分けて回る、月たちに、霞たちが恐縮(きょうしゅく)していたりするのは、むしろ、微笑(ほほえ)ましかった。――― ――― ――― 後漢13州の1つ、荊州の主城、襄陽。そして、長江に合流する漢水を挟んで、襄陽とは双子都市の樊城。そして、樊城から北東へと伸びる街道へ続く城門の外。ここから「伏竜鳳雛」を乗せた「4輪車」の4輪は回り始めた。そして戻って来た。・ ・ ・ ・ ・「「蛍先輩、ただいま」」あの時「水鏡女学院」を代表して見送りに来ていた、徐庶が出迎えた。その徐庶の隣にいる、前回、見覚えのない少女。一刀の見るところ「(良い意味で優等生だな。学生同士で頼りにされそうな)」ただ、脱色もしていないだろうに、眉の色が髪より薄い。(眉が白い?それじゃ馬良か)馬良季常孔明につながる、荊州「名士グループ」から劉備に使えた中でも、優秀であり、集団の中でも優れたものを「彼」の眉の色から『白眉』と呼ぶ故事成語を残した。ちなみに「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る」の馬謖は『白眉』の「弟」でもあることからも、孔明は期待していた。「天の御遣い」は思った。『白眉』が出てくるようなら、荊州「名士グループ」の協力は、期待できそうだ。益州の侵掠も。そう、これが迎える側からは、侵掠である事も承知で、それでも理想との狭間(はざま)で揺(ゆ)れ動く。それも、劉備玄徳らしかった。 --------------------------------------------------------------------------------次回から数回は、“『益州侵掠』編”とするつもりです。それでは続きは次回の講釈で。次回は講釈の15『益州侵掠(その1)』~豪天砲VS八陣図~の予定です。