後漢王朝の帝都、洛陽。旧「董卓」軍に対する連合軍の出兵は、すでに戦後処理となっていた。しかし、ここで各陣営の思惑が交叉し、戦場とは別の「闘争」が、昨日までの味方の間に始まっていた。そんなある時、連合軍の諸侯は、比較的すんなり解決しそうな事案から先に協議した。戦利品の分配である。もっとも、比較的すんなり分配できそうな物からだったが。元々が、草原の騎馬の民である、涼州軍閥の1つを壊滅させたのだから、それなりに良い軍馬が、それなりの数、鹵獲(ろかく)されていた。ただし、あの「汗血馬」だけは、呂布が乗って行ってしまったが。その「おすそ分け」は、公孫賛軍の下の「義軍」まで、何頭かは来たのだが。・ ・ ・ ・ ・「それにしては良い馬だな」この時代の、ある程度の武人なら、ある程度は馬の良し悪しは分かる。「まさか、これでわが義軍の手柄をごまかすつもりか?」そういったセコい事を考えてないともいえないだろうが、それではもう、ごまかせない程に、手柄は立て過ぎていた。・ ・ ・ ・ ・いくら「白馬長史」でも、白蓮ほどの騎兵指揮官が、白馬以外の馬の良し悪しも分からない訳も無い。「だが、今回は私の手柄まで、桃香たちに立ててもらったようなものだからな。私からも、もらって欲しい」白馬以外だがな。桃香などは、素直に旧友の好意を受けているが、北郷一刀には引っかかる事があった。曹操や袁紹の思惑以外にも、何かがもやもやする。… … … … … 結局、その場で受け取った数頭の馬を宿舎、その時宿営していた、馬商人、張世平の洛陽での店屋敷、まで引いて帰って来た。「ほう」馬は馬商人、だろう。「鑑定どうかよろしく」というところだったが、ある1頭を見て、首をかたむけた。その様子を見て、一刀は思い出した、ある「エピソード」を。まさか?時期が合わない…しかし、時期とか、年代とかは、もう微妙に狂っているし…その直後、一刀はある「暗躍」を始めた。… … … … … ます、張世平と2人になる機会をつくった。「あの馬は「的盧(てきろ)」じゃないのか?」「そのような事まで、ご存知でしたか。“天の御遣い”様は」次に趙雲(この時期は正式に仕官していなかった)に依頼して、曹魏軍の軍師に居る知り合いを仲介してもらった。まさか、“的盧”と知っていて、おくり付けて来たんじゃないよな?――― ――― ――― 「zzz…」「俺っチたちは、曹孟徳さまこそ、日輪として支えるつもりなんだ。汚い手段だって使う覚悟はあるぜ」どこからが韜晦(とうかい)なのか。本人はお眠で、頭上の「太陽の塔」らしきものに答えさせている。「だからって「的盧」は無いだろう」「ありだよ。それとも、劉備というのは、その程度で守れなくなる主君なのかよ」…どこからが、本音なのやら。――― ――― ――― 結局、一刀は、趙雲にも口止めしておいて、桃香たちに「おねだり」をしたのである。「今の俺の馬術だと「宝の持ち腐れ」は分かっているけど、逆に、それだけ賢い馬に乗っていたいんだ」・ ・ ・ ・ ・数日後、洛陽の城外で、的盧に乗って練習していると、桃香たちがやって来た。無論、愛紗と鈴々が姉を1人で城外に出すほど、無用心ではない。今の桃香は、漢王朝公認の“お姫様”なのだし。「やはり、まだ馬に乗せてもらっておりますな」愛紗に言われるまでもない。「1人で稽古するより、誰かに教えてもらうべきなのだ」鈴々の言っている事ぐらい分かっている。ところが、想像のななめ上を飛び去る行動に出るものがいた。乗ってきた馬を降りた桃香が、一刀の後ろに乗って来たのである。「ちょっと、あの」一刀はあせった。馬の鞍というものは、1人乗りである。こういう乗り方をすれば、こうなる。(…ぷにぷに…)「だから、あの…何をしているんですか?桃香さん」「馬術の稽古ですけど」確かに、この頃の一刀よりは、桃香の方がまだマシで、この「的盧」も「持ち腐れ」にならない程度には上手だ。それに、教える効率だけを言えば、この体勢は効率的だろうが。だが、しかし…(…ぷにぷに…)…一刀はあせっていた。「聞きました」(ぷにぷに)「え?」「“的盧”の事」「…。…だったら、なおさら降りてくれよ」「キライです。そんなご主人様は」「そんな事を言って。桃香の立場は軽くないぞ。“的盧”のタタリなんかで何かが起こっても良いほど」「ご主人様はどうなのです?」「俺は本来、この時代には居る筈の無い存在だしな。劉備玄徳とはちがうよ」「キライです。そんなご主人様は」(ぷにぷに)「だ、だから降りてくれよ」… … … … … 本当に凶馬だったかもしれない。的盧がとうとう暴走し始め、2人そろって、洛陽城の水堀に落ちてしまった。――― ――― ――― お約束のように、2人そろってカゼを引いてしまい、張世平商家の奥で数日、寝込む羽目になったが、これでどうやら、“的盧”の「厄落とし」には成ったようで、すっかり素直な馬に成っていた。ところが問題は、不特定多数が出入りする商家であるという事だった。ただの宿営ならともかく、カゼの様にウツるかもしれない病人を隔離できる病室が1部屋しか用意できなかった。「男女七才にして同席せず」の儒教が支配した古代中国だが、もっとも、この時代は、すでにある意味「同席せず」どころではなくなっていたが、夫婦でもないのに同室となると話しは別だ。結局「緊急避難」という事になった。病人同士で「間ちがい」もないだろう。――― ――― ――― 「間ちがいが起きても、かまわんつもりなのだろう」微妙きわまる笑顔を、趙雲にされて、実に微妙なる表情をする愛紗と、微妙な表情を見合わす朱里と雛里だった。実のところ「あの“バカップル”は単独行動してくれない」などと言われるのは、今回の「事件」の後だったりする。--------------------------------------------------------------------------------何とか「拠点イベント」らしきものになったでしょうか。少しずつ、こうした途中での「書き落とし」を拾って置きたいとは、願望だけは持っています。