この時点で主人公は、”羅馬”からやって来た「老師」に出会っていません。--------------------------------------------------------------------------------††恋姫無双演義††講釈の12『帝都落月』~洛陽は燃えているか~(後編)後漢王朝が帝都としてきた、洛陽の城。その城門の1つ。西方の、かつての前漢王朝の都だった、長安へ続く門が開かれた。城外にあって包囲し続けてきた、連合軍の内、この門と街道を封鎖してきた軍が、道をあける。その道を通って、涼州兵たちが、帝都洛陽を出て行った。――― ――― ――― 帝都近郊の「食糧備蓄基地」その「タンク群」を守る城壁の上から、感慨深げな表情で見送る少女2人。何故か「この」世界の、特に女性の服装は、北郷一刀や曹仲徳が「天の国」で想像していたよりも、ずっと個性的だった。例えば、あの「十常侍」の半数は後宮に仕える侍女だったが、「天の国」なら、秋葉原のメイドカフェにでも居そうな衣装を着て仕えていた。その「メイド服」を「ただの侍女」と主張した翌日には、主張した霞たちに持たせて寄こしたのである。いまだ捕虜扱いが完全になくなっていないから、正式の使者として弟の仲徳が付き添っていたが、伝えた口上は「侍女ぐらいいてもいいじゃない。「中山靖王」のお姫様とか、「天の御遣い」とかなら」「(華琳姉さん、遊んでいるな。やれやれ)」もっとも、月本人は、素直に受け取って、詠にも渡した。そして、取り付いていたものが落ちた様に、桃香や一刀に仕え始めた。とはいえ、仕えられる側が、身の回りの世話をされた経験が母親ぐらいしかない育ちだったのだが。ともあれ、かつて率いていたはずの軍を「メイド」姿で見送っていたのである。… … … … … 「貴女たちも涼州へ帰りたいの?」「桃香様。いまの月はただの侍女です。そう「天の国」では“めいど”でしたか」――― ――― ――― 涼州軍が遠ざかるのを待ちかねた様に、連合軍は帝都の城内に雪崩れ込む。だからといって、ここで火を付けたり、略奪を始めては、自分たちの「正義」に傷がつく。それよりも、はるかに大きな目標があった。皇宮に。ところが、先を争って乗り込んだ皇宮には、目指す目標がいなかった。――― ――― ――― 洛陽から、長安あるいは、その先の涼州へ続く街道は、西の函谷関を越える。ところが、洛陽が東の地平線に沈んだ直後、涼州軍を呼び止める1軍があった。「何だ。約束を破るのか」いつの間にか、この軍を率いる将軍を気取っていた済成は、自分の方が正当とばかりの応対をした。「それはどっちよ。おそれおおくも、陛下を拉致してもかまわない等と、わざわざ言う訳がないじゃないの」華琳の反論に、わざと“スルー”していた事に初めて気が付いた。まんまと、城壁の外におびき出された事も。な、なんの。曹操軍だけだ。後の連合軍は、まだこっちに気付いていない。この小娘、手柄を独り占めする気で、他の軍を出し抜きやがった。その通りではあった。しかし、このときの涼州軍は、虎牢関などで連合軍が戦った涼州軍とは、別の軍も同然だった。呂布や張遼、華雄といった勇将もいなければ、賈駆や陳宮の策戦もない。それどころか、済成や、李傕・郭汜といった連中を先頭に、略奪三昧で調練すら怠けていた。ひしめく雄将・策士が、潁川以来の連戦で、華琳の操縦するシステムとしても鍛え上げられてきた、「現在の」曹操軍にかなう筈がない。帝都の、この帝国第1の城壁を盾にしているのでもない限り。しかも「孫子の兵法」の曹操である。目的のためにこそ手段は選ぶ。華琳がわざわざ、呼び止めてまで問答したのは「大義名分」のためでもあったが、こちらに反応した敵の陣形の変化で、読み取ったのである。こちらに奪われたくないものを陣中のどこに隠しているのかを。まさしく「徐(しず)かなること林の如く、そして、動かざること山の如く」から突然、変化した。その変化の突然ぶり、それ自体が奇襲となる。その奇襲の効果があるうちに、「疾きこと風の如く、そして、動くこと雷霆(らいてい)の如く」目を付けた1点を突破する。そのまま、華琳みずから抱き取った幼帝を陣頭に「疾風雷霆」のまま、帝都の方へ反転する。涼州兵たちは、完全に主導権を取られ、組織的な反撃など出来ない。それでも、済成や、李・郭は、皇帝を奪われては、ただの「賊軍」になってしまうことを理解していた。かき集められる兵だけかき集めて、曹操軍を追走する。が、代わる代わるしんがりにつく、季衣や流琉たちに、その度、追い散らされていた。いま1つ、誤算というか、目前の曹操軍に気を取られて、忘れたいた事があった。他の連合軍とて、いずれは、皇帝を拉致されたことに気が付く。曹操に出し抜かれたことにも気が付く。そうなれば、追撃に出てくるという事になる。――― ――― ――― 北郷一刀の知っていた「三国志」では、連合軍は、焼き払われた洛陽を目前に戦意を消失し解散する事になっていた。しかし、その「歴史」は改変された。今の連合軍には、涼州軍の追撃をためらう理由の方がない。もっとも、劉備軍は「食料基地」で忙殺されていた。開放された洛陽の民衆に「備蓄基地」の食料の配給を再開する仕事で。――― ――― ――― 遅ればせながら、憤慨しつつも、涼州軍を追撃しようと西へ向かった連合軍に対し、曹操軍を追撃する涼州兵は、自分から接近する結果になった。連合軍の方には、ここで攻撃をためらう理由もない。たとえ、曹操軍の後退を援護する形になったところで。結果、涼州軍に対する連合軍の総攻撃になった。その間に曹操軍は、帝都へそして皇宮へ駆け込むと、自らの一番手柄を宣言する。皇帝の「御旗」に従うように「曹」と「魏」の旗を立てたのである。・ ・ ・ ・ ・帝都洛陽。今晩は解放感に浸(ひた)っていた。連合軍のほとんどは、帝都の城内に招き入れられていた。麗羽や美羽、そして華琳も、城内の自家の邸宅に帰っていた。流石に、かなり荒らされていたが。さらに、名誉職をあてがわれて、帝都に留まっていた叔父を見殺しにした形だったが、実のところ「船頭が多くて船が山に上がる」ほどに人材を抱え過ぎていた袁家では、この叔父と麗羽や美羽をそれぞれ「神輿」に担いでの派閥争い状態だった。一方、華琳は、前回の“董卓”がかぶった悪名を繰り返すつもりもないため、とりあえず、皇宮の警備は、連合軍から部隊を提供し合う事にして、自分は曹家の邸に一旦、引き上げていた。「義軍」一同も、公孫賛軍に混じって、帝都に入城していた。桃香や一刀ら、主だった者たちが落ち着いたのは、張世平の商家だった。長年、長城近くで馬を仕入れて、この帝都etc.まで馬群を移動させて来て売っていた。その経験から、流石に、騎馬の民と付き合う“ノウハウ”を持っていて、無事だった。逆に、涼州兵たちから、情報を聞き出していた。やはり、涼州兵たちを扇動して、略奪暴行をけしかけていたのは、あの“成り済まし”だった。どうやら、先帝と母后を、軟禁されていた楼閣から突き落としたのも、済成が勝手にやって、知らん振りをしていたらしい。・ ・ ・ ・ ・市場には、李・郭など、主だったものの首が晒(さら)されていたが、どうやら、黒幕だったらしい、済成の首がなかった。いったいどこへ、消えうせたのやら。――― ――― ――― 「名山」の山中。「歴史」の陰で暗躍するものたち。「アイツは傀儡としては、一応の役目を果たしてくれました」アイツが欲深にふるまった結果、かなり「正史」に近くなりました。それでも、この「外史」は「正史」と乖離(かいり)し続けています。やはり、あのイレギュラーたちは、邪魔ですね。もう少し、この欲深にも、踊ってもらいますか。――― ――― ――― 数日、董卓とその軍師は「メイド」姿のまま、生き晒しになった。「こうするのが、一番いいんです。月さんたちの命を救うためにも」「伏竜鳳雛」はこう言って、月本人よりも、詠や、主君の桃香を説得したものだった。自らが主君ではなく、主君に仕える侍女の姿を、天下に晒したのだから、「公人」としては、すでに死んでいるのも同然だ。もはや「真名」以外の「公式名」を公式の場で名乗る事も無い、ただの侍女として、生きて行くしかないだろう。これが隠匿(いんとく)でもしていたのなら「時限爆弾」だったかもしれないが、こうなれば「首」に近い手柄である。先に2つの関門を突破したときの分も加えて、もう連合軍も握り潰せない。かくて劉備は、皇帝の拝謁(はいえつ)を賜(たまわ)る事になったのである。… … … … … 拝謁は、形式に従って、執り行われた。その際、先祖についても尋(たず)ねられた。当然、中山靖王の末裔であると奉答する。劉備の父は若死にしたため、没落した家を建て直す時間が無かった。それでも、初級の地方官吏にまではなった。また、伯父が楼桑村の村長を勤めた。その程度の家柄ではあったこともあって、宮廷に保管してあった、劉家の系図を引っ繰り返せば、中山靖王の父皇帝、前漢の景帝から、劉備までの系統が確認できるのである。こうして、劉備(桃香)は、漢王朝につながる“お姫様”として、天下公認になった。・ ・ ・ ・ ・「すみません、すみません、すみません」月や詠に「生き恥」を晒させて、それで自分がお姫様になって、その月たちに身の回りの世話をさせる、そんな事が平然と出来る桃香ではない。ないから、主君に選んだ者たちばかりなのだ。その桃香を一国の主にするため、さらに同志たちは、工作を続けるつもりだった。この好機に。その結果「あの」王国への道が開けようとすることになる。「この」歴史は、やはり加速しつつあった。--------------------------------------------------------------------------------初めての「前後編」ですが、何とか、一応の形になって、そして次へ続けられそうです。それでは続きは次回の講釈で。次回は講釈の13『魔王は消えて思惑が交叉し はるか蜀の天地に希望を抱く』の予定です。