『汗血馬』前漢時代、遠く西方(現代のキルギスからウズベキスタン)に名馬を求めて、遠征が実行されました。そうして、連れて来られた名馬は、血の汗を流しながら、1日に千里を駆けたと「正史」は記述します。「演義」の赤兎馬は、この「汗血馬」だったとされます。--------------------------------------------------------------------------------††恋姫無双演義††講釈の10『汗血を駆るは人中の雄将 今こそ義軍は関を破って名を示す』北郷一刀は、連合軍が虎牢関を目前にするまで1人になれず、したがって、曹仲徳との密会の好機もなかった。ただ2人だけ、速攻で目前の関門を突破する理由を知っている同士である。しかし、今となっては、姉である曹操にどれだけ、“董卓”の「奥の手」を吹き込めたか、を心配するだけだった。――― ――― ――― 虎牢関では、憤慨していた。僚友である華雄が未帰還となった。その覚悟はしていなかったわけでもない。だが、戦闘の詳細を、逃げ帰ってきた生き残りの兵から聞いて、華雄が挑発されたこと、そして、その挑発の内容に憤慨したのである。――― ――― ――― 虎牢関からやや下って、連合軍は陣営を設営し、軍議を開いた。軍議から戻ってきた白蓮から、途中経過を聞いて、一同は先ず唖然とした。「まあ前回、良くも悪くも目立ったようだな。おかげで私まで巻き添えだ」とはいえ、流石に「伏竜鳳雛」だから対応策はすぐ思い付いた。で、白蓮は聞かされた修正案を持って、軍議に戻り、「採用された。曹操と孫堅が賛成してくれたぞ」・ ・ ・ ・ ・虎牢関の城門に接近する、公孫賛軍。今回は、第1陣として、攻城兵器を整えての進軍である。城内の董卓軍は、相手が公孫軍であることに気付いた。いや、その軍に混じっている「劉」に『天の御遣い』を示す「十」の旗に気付いた。楼門の上から、凄(すさ)まじいとしか言いようのない、強弓で放たれた大矢が、「劉」と「十」の旗の立っている辺りに飛んで来ると、いっそ潔(いさぎよ)い程の勢いで、攻城兵器も捨てて逃げ出す。そのまま、味方の連合軍の中央を、ひたすら後方へ逃げる。実は、これが、伏竜鳳雛の修正した策戦だった。連合軍は、波状攻撃のための、縦深陣を単純にしいているだけではなく、実は2つの縦深陣を左右に並べていて、その中央には回廊が通っていた。その回廊を、ひたすら逃げる。「白馬義従」が自慢の公孫軍が主力だから出来た戦術ともいえた。… … … … … 「逃げろや逃げろ」北郷一刀は、必死で逃げていた。「何だよ。逃げる演技ばかり上手になって」などと、突っ込みを入れる余裕などなく、本気で逃げていた。「追っかけてくるのは呂布だぞ」あの「モンスター」に追い付かれたらヤバイぞ。おまけにあの「赤兎馬」で追いかけてくるんだぞ。本気で逃げないとすぐ追い付かれるぞ。荊州への旅の頃から、桃香とかに馬術は習っていた。教師との相性が良かったのか、運動神経も現代人にしてはいい方だったおかげか、結構、マシになっていた。今のところ、馬に乗せてもらっている段階だが、馬の邪魔はしていないレベルにはなっている。乗っている馬も、いい馬である。純白の「天の衣」を引き立てる黒馬。今の一刀には「宝の持ち腐れ」かもしれないが、今はこの馬が頼りだった。「伏竜鳳雛」も4輪をガラガラいわせて走っていたが、その車中から、戦況を把握しようとする。「変です」「味方が動いていない?!」早い話が「釣り野伏」戦法の筈だった。敵を挑発してしまった公孫軍(劉備軍)を、ここで囮にするつもりでも、自分の手柄を見逃したりはしないだろうと、そのつもりで、修正案を出してみた。おそらく、曹操や孫堅もそのつもりで賛成した筈だった。いや、そのつもりにはちがいなかったのだが……「敵が出て来ていません」結局、味方の後方まで、全力疾走しただけになった。「敵にも策士がいないわけでも、その言う事を聞かないわけでもなかったわね」(華琳)あらためて、正攻法である波状攻撃に切り替えたのだが……――― ――― ――― 虎牢関では、憤慨しつつも、敵の狙いを見抜かなかったわけでもない。帝都の詠からも、ほとんど泣き落としに近い文面で、挑発に乗らないよう警告してきていたし、この虎牢関でも、音々音が恋に泣き付かんばかりにして止めていたのである。その結果、抑え付けられた戦意は、むしろ上がっていた。――― ――― ――― あらためて、通常の縦深陣に組み直し、袁術軍から、順に攻めかかる。その出鼻に、今度こそ、恋を陣頭に立てて、逆襲してきた。事態を理解した時には、袁術軍の中央を、本当に突破していた。そう見せかける策戦でもなんでもなく。主将である袁術(美羽)自身、ぎゃあぎゃあ喚(わめ)く間に側近の張勲(七乃)に抱(かか)えられて、安全地帯へ連れ出されていた。そのまま「汗血馬」の快速にまかせて、第2陣に突入する。そのまま蹴散(けち)らして、第3陣の方へ突破していく。突破した後の左右や後方に残った敵などは、自隊を中軍でまとめている音々音や、追走してくる霞たちに任せて、ひたすら、突破していく。まさしく、20世紀の戦車部隊がお得意の「電撃戦」だった。「電撃戦」の恐るべきは、戦況の展開が、防御側の対応より速くなってしまい、主導権を取り戻せなくなる事。そうなりつつあった。連合軍ゆえの連携の弱点もあって。――― ――― ――― 現在、劉備軍は後曲に下がって、高見の見物の格好である。だが「正史」と異なり、現段階の劉備軍には「伏竜鳳雛」がいる。結果として、戦況を観察できるようになった位置から、介入の好機を探る。… … … … … 「今です」――― ――― ――― 「袁」の旗を立てた、一際(ひときわ)豪華な天幕。連合軍の総帥、袁紹の本陣を視野の内にして、血の汗を流す愛馬を、いま一駆けさせようとした、刹那(せつな)左と右から、「青龍偃月刀」と「蛇矛」が同時に襲い掛かった。そう「演義」での顛末(てんまつ)を知っている「天の御遣い」の「お告げ」があって、もはや、卑怯も体裁もなしに、最初から総攻撃に出たのだ。さらに、星も「龍牙」と名付けた愛用の槍をしごいて、参戦する。この3人でなら何とかなるかもしれない。呂布みたいに、単純に強い相手には、直接の策となるとこれぐらいだった。「総がかりとは、卑怯なのです~。あ~それにこいつら、月殿を侮辱したやつらなのです~」「(無言)」ただ一振りする「方天画戟」。理解した。「お告げ」にあった「もんすたあ」という意味を。それでも、この「3人」でかかれば、流石に恋も止まった。その場で「4騎」が渦を巻く。そして「止まった」事がこの瞬間には重大だった。元々、恋が「汗血馬」の快速にまかせて突破し続けていてこそ「電撃戦」が成立していたのだ。その恋が止まって、その場で決闘している。それはつまり、主導権を奪われていた連合軍側に、立て直しの時間を与える事になる。「まずいです~」その事を理解した音々音は、恋を何とか援護するか、決闘の場から連れ出そうとするが、恋が強すぎる。何人がかりにしろ、その恋と現在、互角に戦っている相手との、凄まじい戦いには割って入れない。その間に、連合軍の中には、立ち直る軍が出だした。たしかに、こうなった時に、精鋭度の差が出る連合軍だったが、その中で、曹魏軍、続いて孫呉軍が立ち直り、虎牢関目指して逆に進撃し始めた。「ヤバイでぇ」このまま、留守の虎牢関を占領されたら、帰れなくなる。今までは頼りにしてきた堅城が自分達の帰還をはばむ。虎牢関に帰れなくなれば、帝都に帰れなくなり、帝都に帰れなくなれば、涼州に帰れなくなる。「戻るで~。後続のうちらから先に戻らんと、恋たちの邪魔や」だが霞の部隊の、その動きは華琳に見破られた。結果、反転した曹魏軍と、正面衝突した。やっと、音々音の警告が恋に届いた。「・・・」思いっ切り一振りして、一瞬の隙(すき)をつくると、そのまま馬首をめぐらす。「逃げるのか~」と言っても、馬が限界だった。駄馬ではない。公孫賛自慢の白馬の中から、さらに選んだ馬を借りてきていた。(白蓮だって今さらケチりはしない)それでも、「汗血馬」が相手では格上、いや別物過ぎた。体重の軽い鈴々を乗せていた1騎だけは、追いかけようとしたが、「お馬さん、どうしたのだ。疲れたのか~」… … … … … 少数の留守部隊だけが残っていた虎牢関に、文字通り、先を争って押し寄せる連合軍。先刻までは、あわや総くずれかと思えば、一転して、虎牢関占領の手柄争いになった。その連合軍を掻き分けて、帰ろうとする呂布軍に、再び連携を乱され始めた。――― ――― ――― こうなると、周囲の味方が邪魔で、連合軍の他の軍より少数の孫呉軍などは、進軍に苦労し始めた。「ええい。わが孫呉の軍が袁紹、袁術軍ほどとは言わん」せめて曹操軍ほどもいれば、前回に続いて、この虎牢関も落せるのに。水蓮も、娘の雪蓮に同感だった。しかし、孫呉軍を増強するためにも、ここで功績を上げるしかない。――― ――― ――― 「今です」極論すれば、愛紗たち以外の劉備軍(と公孫軍)は、先刻の全力疾走の後、休憩していた。愛紗たちが、馬を乗り換えれば、まだ戦える。戦場が虎牢関の方へ動いたため、いま桃香たちがいるあたりは、再び静かになっていた。そして、虎牢関の前面で両軍が衝突しているため、関城の門の直前に空白が出来ている。今こそ、劉備軍の名と功績を世に送り出す好機だった。…付き合い切れん…と白蓮は思ったか、それとも、これ以上、連合軍の中で出る杭になりたくなかったか、いや、もっと善意で手柄を譲ってくれた(桃香などは正直に信じようとしているみたいだった)のか。しかし、この場合は、少数精鋭の方が小回りが利く。… … … … … 先刻の恋がそうだったように、愛紗と鈴々、それに「こちらが面白そうだ」と客将の気軽さで付き合った星が「戦車」役となって突破口を開き、「劉」と「十」の旗を押し立てた「義軍」は一気に戦場を駆け上がる。最初に放置してきた、攻城兵器のところまで戻ってくると、そのまま再使用を始めた。さらに「連弩(れんど)用意…撃て」古代から中国の戦争では、弩(ボ―ガン)による射撃戦の比重が高い。「正史」の孔明は「連弩」つまり、連発式ボ―ガンの改良でも有名だ。一斉射撃とつるべ撃ちで、城壁上の、今はあきらかに数不足の敵兵に頭を引っ込めさせる。その隙に、楼門の真下まで駆け寄ると、愛紗が鈴々の首根っこをつかんで放り上げた。楼門上の敵兵が「丸腰の子供が1人?」などと思う暇(ひま)も与えず、下から投げ寄こした蛇矛を振るって、辺りの兵を追い払う。「鈴々、向こうだぞ」「承知なのだ」そのまま、城内の方へ飛び降りると、城門を「内側」から蹴(け)り破った。所詮、外側からの攻撃に対してこそ固かったのである。見た目は子供でも「あの張飛」に内側から蹴られては、外側へ開くしかない。愛紗と星を先頭にして、一気に城内に雪崩(なだ)れ込むと、楼門上に「劉」と「十」の旗を高々と掲(かか)げた。――― ――― ――― この旗が、トドメになった。何とかして帰ろうとしていた、関城に敵の旗が揚(あ)がるのを見れば、大抵の兵は戦意を失う。恋や霞だからこそ、それでも戦場に踏み止まって戦い続けられたのだ。「ここまでなのです。恋殿。今はとにかく戦場を脱出しましょう」詠も承知していた。所詮、音々音の主君は恋であり、その恋のためには、月を天秤にかけるだけの計算力もある。その上で、今だけ、恋の武力を月のために、と依頼して送り出したのである。「どこへ」「いまはとにかく安全な場所へ。そして再起を図りましょう。かならず、恋殿の力を振るう時と場所があります」「してやられたわね」「おのれ、雑軍が手柄を盗みよって」「今は、私たちのために帝都への道を開いてくれたと思うことにするわ」忘れないで。本当の大手柄は帝都よ。それに……張遼といったかしら。この状況でまだ、流琉達の相手をしているなんて、欲しいわね。あの娘を生け捕りにしたら、一気に帝都へ進軍するわよ。・ ・ ・ ・ ・落日の虎牢関。「劉」と「十」の旗が尚も高々と楼門に翻(ひるがえ)る関門を、次々と連合軍が通り抜けていく。帝都に向けて。現時点での劉備軍は、楼門上から、それを見送る形だった。――― ――― ――― ひたすら、競うように帝都への道を急ぐ連合軍の中にあって、曹操軍の1員、華琳もとい曹操の弟である曹仲徳は、ほとんど帝都に心を向けていた。この時代の「御曹司」と呼ばれる身分に生まれて十数年。帝都は彼にとっての青春の都でもあった。「焼かれてたまるか。この歴史だけは改変させてやる」――― ――― ――― 中国歴代の王朝が天地を祀(まつ)ってきた「名山」その山中に暗躍する何者か。「傀儡どもが踊るがいい」--------------------------------------------------------------------------------無謀と思いながら書き始めて、やっとここまで、辿(たど)り着きました。それでは続きは次回の講釈で。次回は講釈の11『帝都落月』~洛陽は燃えているか(前編)~の予定です。