第30回クイーンズブレイド最終トーナメント開始から3日目。準々決勝の後2日の調整時間を挟んでいるために次の試合は明後日、5日目ということになる。
ガイノスは、2日後行われる準決勝の話題で持ちきりだった。
まず、ともに四強と若手という対決の組み合わせである。「生ける伝説」であったエキドナ、アレインは既に敗退しているが、「現代の四強」であるカトレアとクローデット、その二人に、新進気鋭の注目株としてプレオーダーから駆け上がっていった二人の美闘士、メローナとリスティが挑むという図式にファンからの期待が寄せられている。
次に、カトレア対リスティの試合は、「どちらが最強のパワーファイターなのか」というところにも焦点があてられているし、一時期カトレアに稽古をつけられていたリスティとの師弟対決でもある。
そしてクローデット対メローナの試合は、「伝説を打ち破った者同士の対決」である。メローナは無敗の傭兵として最強を謳われていたエキドナを破るというデビューを飾っているし、クローデットは先日、激闘の末に大陸でも最強クラスの実力者として戦士たちの規範とされてきたアレインを破っており、それはまだ大陸に住まうものの記憶に新しい。
さまざまなドラマや記録を残した第30回クイーンズブレイド大会だったが、神話の戦いにも等しいと伝説にまでなった最終決戦を別格として除いて、もっとも盛り上がったのはこの準決勝戦だった、とクイーンズブレイドファンの間では囁かれることになった。
その噂の「武器屋」カトレアは、「荒野の義賊」リスティを訪ね、その宿を訪れていた。
「あいよ。誰だい?」
カトレアが部屋のノックをすると、リスティが顔を出した。
「こんにちは。少しいいかしら?」
「なんだ、カトレアじゃねえか。…まぁ、入んな。」
リスティの身体は、魔法治療により包帯や添え木こそすぐに外れているが、傷が塞がっただけであり、ダメージは回復していないのは明らかだった。
「で、何の話だい?」
椅子を勧め、自分も座って、カトレアの話を促す。
「ええ。単刀直入に言うわね。明後日の試合、貴女が自分の負けだと判断したら、すぐにギブアップして欲しいのよ。」
リスティの顔がぴくりとひくついた。
「ほぉ。そりゃまた…随分な自信だねぇ。自分が勝つのは決定で、おおごとにならないように気を使ってくれようってわけだ。」
「ええ。そのつもりよ。…リスティ、貴女、準々決勝での怪我がひどいでしょう?どれだけ最高の魔法治療が施されたとしても、ダガーが突き刺さったまま暴れた手足や、剣を受け止めた手のひらはこの2日で治るようなものじゃないはず。
…試合となれば、容赦なく私はそこを突かせてもらうわ。一気に決めるためにね。」
「上等じゃないか。遠慮なくそうすりゃいい。あたしは真正面からそいつを迎え撃ってやるさ。」
「貴女、無理していい身体じゃないでしょう!
…赤ちゃん、いるんでしょ?」
この指摘には流石にリスティも驚き、なぜカトレアが執拗に自分にリタイアを強いるのかを理解した。
「は、ご承知ってわけだ。…けど、悪いがあたしは引く気はないよ。女王への挑戦も、メローナに借りを返すのも。」
「…そう。どうしても?」
「くどい。あたしを止められるのは、あたし以上に女王の座を望むヤツだけだ。適当なところまで頑張って、あとは任せようとしてるあんたじゃあたしは止められない。」
「わかったわ。明日、私は全力であなたを止める。この役目を決勝であの人に背負わせるわけにはいかないから。」
じゃあね、と言ってカトレアは去っていった。
「悪い、メローナ、カトレア。でも…あたしはこの思いを止められないんだ。あんたらに、勝ちたいんだ。ごめんよ…。」
「この子を抱えたまま、リスティもリスティの子も救わなきゃならない…できるかしら?」
二人の母親は、ともに命の宿る腹部を押さえて、明後日の対決のことを思った。
同刻…メローナは、次の対戦相手であるクローデットのことを考えていた。このトーナメントにおいて、メローナが最も自分にとって手強い敵となりうる、と考えているのは他ならぬクローデットなのである。
たしかに今までクローデットは多くの強敵を退けてきている。だがその単純な事実以上にメローナはクローデットと戦うに当たってその強さを上方修正した上で危険視していた。
今までのクローデットが相手にしてきた名だたる美闘士…いろは、シズカ、アレインについては、いろはは短刀使いであるし、シズカは得意武器である鎖鎌などを封印し、意図的に金属を使わない攻撃で攻めてきていた。アレインは金属を嫌うエルフであり、その身に金属など纏わないうえに武器である戦杖も対アンデッド仕様の金冠装着時ではなく、石と木で作られたものであり、狙い済ました一撃でなければ雷を落とすことは不可能だったろう。
ゆえに、今までの戦いでクローデットがサンダークラップの利点をフルに活かしきっていたとは言えない。にも関わらず勝利をおさめてきている。それだけでもクローデットは強いと言えるのだが、ことメローナにとってはさらに危惧する理由がある。
メローナは、自分に対しては極めてサンダークラップが有効である、と考えていた。電気を武器として戦うサンダークラップは、シズカやアレインを倒したように着弾点を狙わずとも、「金属製の長物」を得物に使う敵に対しては適当に落とすだけで雷を当てられる。はっきり言って自分はカモであると言っていい。
さらに、シェイプシフターという種族が持つ特性の一つに、「打撃、斬撃にある程度強い」というものがある。が、それ以外の攻め筋に対してはこの利点も使えないのだ。このクローデットの雷撃しかり、ニクスの火炎しかり、メナスの音響兵器しかり。
メローナは単純な斬撃に対しては「ダメージ覚悟で敢えて避けず、次の攻撃に専念する」という作戦を取ることもある(トモエとの2度目のプレオーダーなど)が、雷撃を流し込まれる危険性からそういう戦法が封じられる影響もまた大きかった。
「改めて現状を分析すると…天使の力を温存した上で勝利するってのはかなり厳しいな。
といって、シズカみたいに普段と違う武器で挑めるほど精通した武器の選択肢が他にあるわけでもない…」
だが、やらなければならない。メローナはその方法を必死に考え続けたのだがしかし。
「結局、当日までに取ることができたのは策ともいえない応急措置だけか…。」
「旦那様、頑張ってくださいね!」
「メローナ様なら絶対に楽勝ですよ!」
コロッセオに到着して応援団の皆と別れ、控え室へ向かう通路でメローナは今日の対戦相手にばったりと会った。
「メローナ。以前の約束は覚えているだろうな?」
そういえばそんな話をしていたな、とメローナは思い出した。
「ああ。お前が女王になったら俺がお前に仕える。俺が女王になればお前が俺に仕えてくれるんだろう?」
「ちゃんと覚えていたようだな。今日、ヴァンスは、私は勝ってお前を手に入れる。必ずだ。
――だから、思い切りいかせてもらうぞ。お前のことだから死にはしないだろうが、しばらく再生が利かなくなるくらいの覚悟はしておけよ。」
びしっ、とメローナを指差しそう宣言して去っていった。
「…やる気十分ってわけね。いまいち色気のないラブコールなのがモチベーション下げるけど…
ここまで来たら、こっちも思いっきりいくしかないか。」
むん、と気合を入れなおし、頬をぱんぱんとはたく。
「まずは、3日後の対戦相手を観ておくか。」
まもなく準決勝第一試合が始まろうとしている。
「さあ、四強対ルーキー対決、一本目はこのカードじゃ!リスティ対カトレア!
最終オッズでは1対14と圧倒的にカトレア有利と言う見方じゃが、まだまだわからんぞ!」
「へっ、上等。格上をぶっ潰してこそ盛り上がろうってもんだろ。」
「あら。そうそう簡単に潰されはしないわよ。…手加減や油断は期待しないことね。」
「荒野の義賊、リスティ!」
「武器屋、カトレア。」
「試合、開始!」
「今大会でも1,2を争うパワーファイター同士のこの対決、まあ、わしとカトレアの戦いもそうじゃったがの。とにかくこの馬鹿力対決をエキドナ、おぬしはどう見る?」
「まず、カトレアだとは思うけどね。パワーが同等ならその他の引き出しの差で勝つ。けど…リスティは理屈を吹っ飛ばす勢いがあるからねぇ。悪いけどこの試合は自信がないね。」
「へっ、万能ジャベリンが一本しかないじゃねーか。足りるのかよ?それで。」
「キメラの襲来やら、ユーミルとの対戦やらでいろいろね。でも怪我人相手にはこれで十分かもしれないわよ?」
「言ってろよな!」
開始から力任せに攻めまくるリスティ。担ぐような構えからの振りかぶった一撃をカトレアは巨人殺しで受け止める。
「つっ…本当に強くなったわね、リスティ。」
「そろそろロートルには引退願おうか!」
鍔迫り合いの形になり、互いに五分の力で圧しあう。
「失礼ね!私はまだまだ若いわよ!」
微妙な話題に触れられたカトレアがリスティを押し返す。が、すぐに体勢を立て直したリスティが、押しの体勢のままのカトレアに向かって右のハイキックを放った。
「おらぁ!」
「ぬん!」
頭部に当たるところだったそれを、カトレアがぐっと持ち上げた左腕の三角筋と上腕三頭筋で受ける。
お返しとばかりに出したカトレアのローキックがリスティの軸足をしたたかに打ち据えるが、リスティの脚は根を張ったように揺るがない。
続くリスティのシールドバッシュで、一旦水が入る形になり、両者離れた。
「…どちらも、化け物クラスの頑丈さじゃのう。並の美闘士ならばガードの上から吹き飛ぶなり骨が粉砕されるレベルの攻撃を、どちらも平然と流してみせたぞ!」
「だが…カトレアはきちんと力学的に流すような受け方をして、身体の頑丈な部分を使って受けている。対してリスティは馬鹿正直に真正面から。
それで互角なら、リスティはもう単純なパワーではカトレアを超えているってことだねぇ。半年前のプレオーダーでは完敗していたってのに。」
「ふんっ!」
ジャベリンを構えジャンプしたカトレアが、そのジャベリンを地面に付きたてると、ジャベリンの柄を体操の鉄棒に見立てたごとく、鉄棒を両手で握りそれを中心にぐるりと回転しつつ両足の蹴りをリスティに浴びせる。
「んなぁあっ!!」
両腕でそれをなんとかブロックしつつ、さしものリスティもこの全体重のかかった蹴りによろめく。
「んなろぉ!」
軋む腕を振り上げ、渾身のダウンスイングを繰り出すと、それを受けたカトレアのジャベリンが真ん中から折れた。
「くぅっ…。これで、巨人殺し一本か。なかなかやるわね、リスティ。」
「へっ!そいつも叩き折ってやんぜぇ!」
一瞬得意げになったリスティの表情が次の瞬間凍った。
「はぁあっ!」「うお!?」
地面に突き立てておいた巨人殺しを引き抜いた直後、大剣とは思えぬ軽やかな取り回しで切りつけたカトレアの斬撃が、慌てて受けるリスティのシールドを叩き壊す。
「ふーっ、ふーっ。」
「んんぐぐ…ぐるる…」
互いに獣のような声を漏らし、火を吹かんばかりの視線をぶつけ合いながらにらみ合う。こんなにも闘志を剥き出しにしたカトレアの姿を初めて見る観客たちは、カトレアの本気とそれを引き出すリスティに戦慄した。
「互いに譲らぬ攻防。いまだに均衡は崩れぬ!リスティの予想以上の健闘に会場は興奮の坩堝じゃ!…ん?どうしたのじゃエキドナよ。黙りこくって。」
「ああ、悪い。正直、ここまでリスティが食い下がるとは試合前には思ってもいなかったよ。
ここから、両者とも本気を超えた力をなりふり構わず出してくるだろうね。リスティは限界のリミットを外すバーサークを、カトレアはパンプアップによる肉体のマックシングを。ここから先は、どういう結末が待つかわからない。どちらかが相手を圧倒するのか、相打ちの引き分けになるのか、あるいは片方が自滅するか、はたまた両方がそうなるか…」
ぶちっ…びちみち…パンプアップしていくカトレアの筋肉に耐えかね、エプロンがぶちぶちと千切れていく。腕の太さは成人男性の胴回り程にも膨らんで見える。
バーサークを発動し、ざわざわとたてがみの様に髪の毛をざわつかせるリスティの牛眼が、毛細血管がちぎれて真っ赤になり、爛々と敵を凝視している。
この二人の間に割り込んだら、野生の熊、いやトロウルやオーガだって一撃で肉塊に変えられてしまうに違いない。
「ふぬぅうううう!」
「んがぁああああ!」
鏡で合わせたように同じ両手持ちのダウンスイングの構えを取った二人は、同時に得物を振り下ろし、二人の真ん中でそれらが激突した。二人の間で発生した衝撃だけで、カトレアのメガネにひびが入る。
巨人殺しと鉄の恋人が、ともに宙を舞って飛んだ。無手になった二人はがしっと手四つの形で組み合う。
「正直、こんな展開は予想外だったわよ。怪我とかなんとか、本当に関係なかったわね。もう、なるべくお手柔らかに勝つ、とか無理ね。悪いけど全力で倒して止めるわよ!?せいぜい無事を祈っててね!」
「ぬかせ!こちとらもとより五体満足で終われるなんて思っちゃいねえよ。そっちこそ腕の一本や二本ぶち折れる覚悟はしてやがれよ!」
「のぉおおお!」
「ぐがががぁ!」
ごしん!と音を立てて互いに頭突きをかます。額が割れて眉間と鼻唇溝を伝って二人の血が混ざって流れ落ちる。睨みあいながら二人はその血をぺろりと舐め取ると、それが合図だったようにばっと離れた。
「…次が、最後の攻防となろうな。」
「ああ。だが、攻防にはならないな。どちらも防御なんざ毛ほども考えてない。いよいよもって相打ち自爆の可能性が高くなってきたね。」
距離を取った二人が、それぞれ巨人殺しと鉄の恋人を掴むと、相手への助走を開始した。
「ぐおおおおお!!!」
「んぬぅううう!!!」
雄たけびを上げつつ殴りかかるリスティと歯を食いしばって突進するカトレア、二つの重戦車が正面からぶつかり、一際大きな激突音を奏でると同時に、鈍い音が鳴った。
ごくっんっ。
も…ぎっ。
互いに2,3歩後退したあと、座り込むリスティと立ち尽くすカトレア。
「………」
リスティが立ち上がり、肩を脱臼した左腕をそのままぶら下げ、右手に鉄の恋人を持って前進する。
カトレアは…ありえない方向に曲がった右腕をぶらつかせたまま、残った左手を上に向け、振ってみせた。
「……私の負け。」
おおおおおおおお!
カトレアが己の敗北を宣言すると、大方の予想を覆す大番狂わせに会場中が怒号に包まれた。
「…正直、この結果は予想できなかったね。」
「しかし、リスティのあの肩、ただの脱臼では済んではおるまいのう。それ以外の部分の筋肉もバーサークでかなりズタズタじゃろうの。果たして決勝戦をまともに戦えるかすら怪しい。と、なると…。」
「次の、もう一つの準決勝が実質上の決勝戦であると言って差し支えないね。」
「けっ。言ってろよな。あたしは、負けねぇぞ…。」
ずるずると身体を引きずるように退場していくリスティの背中に、カトレアは「決勝は棄権しなさい。」と言いかけたが、この準決勝で彼女を止めることができなかったのは自分だと、ぐっと歯噛みした。
(だめ…あれじゃあ、リスティも、赤ちゃんも危ない…こうなったらもう、メローナに何とかしてもらうしかない…。)
負けた自分では彼女の翻意は引きずり出せない。そう実感したカトレアは、とにかく今はメローナが勝利して決勝に駒を進めてくれることを祈るしかなかった。
「…カトレアが敗れるとはな。リスティの実力と意思をまだまだ見縊っていたらしい。だが、それでもいかんともしがたいものはある。ここまでだろうな。
では、事実上の決勝戦を始めに行くか。」
クローデットは控え室内にある転移装置を起動して、既に来ていた彼女の対戦相手を見やる。すると、メローナが持っている武器は、彼女が見慣れたものとは違っていた。
「何だあれは?」
よく見ると、いつもメローナが愛用している神鉄の剣ではあったが、その束に何かが垂れ下がり、じゃらじゃらと音を立てているのである。
「鎖…か?そんなものでいったい何を。」
そんなことをしている間に、開始時間一杯である。メローナとクローデットはともに開始線に付いた。
「その鎖、差し詰め対私に特化した対策ということか?だがどんな小細工で来ようと負けはせんぞ。」
「まぁ、細工は流々仕掛けをごろうじろってね。…行くぜぇ。」
「…雷雲の将、クローデット。」
「千変の刺客、メローナ。」
「試合、開始!」
開始直後、クローデットはメローナが剣先を上に立てているのを見ていぶかしむ。
(サンダークラップを前に、長物を無防備に高く掲げるとは…落雷が来るのはわかっているだろう?)
雷は高いところに落ちる。それがわかっているから、今までの彼女の対戦相手はみな武器を伏せ、雷撃の直撃を避ける構えを取っていた。しかるに今のメローナの構えは無防備すぎる。何かたくらんでいるのかとも思ったが、探ってみなければその罠もわからない。
「……食らえ!」
破れるものなら破ってみろと、サンダークラップへと精神力を込めて雷撃をメローナに向けて落とす。狙いは違わず、メローナがその手に構える神鉄の剣に雷撃が落ちた、が―
「ぐっ!」
さしたるダメージを受けた風もなく、メローナは堪えてみせた。
「何だと!?」
「ふへぇ。話には聞いたことがあったが、実際受けるまで生きた心地しなかったぜ。」
自分の目の前で起きたことをにわかに信じられなかったクローデットはさらに今一度メローナに雷撃をお見舞いする。が、今度もまた剣に落ちた雷撃は地面へと散らされた。
簡単に言えば、メローナが用意したものはアースである。避雷針として敢えて高く構えた剣に伝導率の高い銅の鎖を繋げて、その鎖の先を地面に触れさせることでそちらに電気を逃がすという単純な策に過ぎないが、どうにか成功したようである。
実際に、落雷に打たれた女性が、たまたま地面を引きずるような変わったネックレスをしていたために、ネックレスに触れていた首筋に極々軽度の火傷を負っただけで済んだ、などという話もある。要は肉体より電気抵抗の小さい逃げ道を用意しさえすれば、クローデットの雷撃のバリエーションの内、落とすタイプは対策が取れるということだ。
だがしかし、
「なるほど。理屈はわからんが、その方法で雷撃を受け流すことができるのは確からしい。だがそれなら貴様の身体に直接このサンダークラップを斬り付け、この雷の力を叩き込んでやればいいだけのこと。そして!」
クローデットが中段の構えから脚元を刈るような軌道で斬ってくる。メローナはそれを捌いたが、なんとかかろうじて、という形だった。
目論見が当たり、クローデットはにやりと笑う。
「こりゃあ、メローナにとってはまずいね。早くもネタがばれちまった。」
「どういうことじゃ?」
「余計な重りが付いたことでメローナの太刀筋のキレは落ちている。さらに、鎖を断たれるとあの雷を受け流す作戦が成り立たなくなるから、鎖まで防御しなきゃいけない。分は大いにクローデットの方にあると言えるね。」
「むう、言われてみれば当然のことじゃが…。そんな明確な欠点があるにもかかわらず、それ以外に取る術がなかったというのかの?」
実際この方針で戦い続けるのはきつい。だが、不利を承知でこの作戦で挑まなければならないほど、「金属製の長物使い」であるメローナはこの「雷使い」であるクローデットに対して相性が悪いのである。
(準々決勝でアレインが負けた時点で覚悟はしていたが、相性最悪だぜ、実際!)
じゃらじゃらと鎖を引きずってのチャンバラが続く。こちらの傷ばかり増えていくが不利を嘆いても仕方がない。じっと、決定的な一撃をもらわぬ様に防御に徹する。
自分ががクローデットに対して見出せる勝機は、アレインと同じく、「持久戦」にある、とメローナは踏んでいた。しかし、
「ふっ!」
「おっとぉ!」
(問題は俺に、アレインほどのぎりぎりの見切りができるセンスも経験も足りてないってことだよな!)
中段の突き、と見せかけてそこで薙ぎに変わった一撃を受けながら、メローナは内心で愚痴をこぼした。
そんなことを考えている間にも次の攻撃が来る。
(くっ、要は、雷撃を流し込まれさえしなければいい!突きこまれて、刀身を身体の中に残されるような攻撃だけをかわせ!一瞬なら斬られても耐えられる!)
地面に投げ出されている鎖の端をクローデットが踏みつけた。そうしてメローナの剣の動きを制限した上で、上段からの面打ちを見舞うクローデットに対して、メローナは硬化させておいた手刀でそれを弾き、
「らぁあ!」
「ぐっ!」
そのまま肘打ちを入れる。
が、クローデットもそのままでは退かない。行きがけの駄賃とばかりに飛び退きざま剣を片手持ちで真横に走らせ、メローナの胸に一文字に斬りつけていった。
「づあっ!…くそっ!」
「これじゃあ、ジリ貧だねえ。」
「なぜじゃ?確かにダメージはメローナが上じゃが、消耗はサンダークラップを使い続けるクローデットのほうが上のはず。そこまでの有利不利はついておらぬのでは?」
エキドナは苦い表情になる。
「そりゃあ、クローデットが回復しなければの話だろ。
メローナが美闘士としてのクローデットしか知らなかったことが誤算か。クローデットは補給にも戻らずに最初から最後まで前線を支え続ける将軍として慕われているんだよ。傭兵やってた頃は、頼もしい味方だったり、手強い敵だったりしたもんさ。」
「んげ!?そんなのあり!?」
メローナの目の前で、飛びずさり距離を取ったクローデットが腰に巻いたパレオの中から「霊薬」を取り出し、ゴクゴクと喉を鳴らして飲み干す。サンダークラップに満ちる精神力が幾分回復したのが傍から見てわかった。
ぐいっと手の甲で口元を拭い、クローデットはメローナに告げる。
「とまあ、こういうことだ。残念だったな。普段は2時間ぐらい暴れてから使うのだが、こうも早く使わねばならないとは思っていなかったぞ。」
個人が携帯して持ち込める武器・アイテムはクイーンズブレイドにおいてルール内である。通常、そこまで疲労する前に決着が着くし、回復アイテムよりも飛び道具などの類を持ち込むほうが有利なのが常なので、メローナも完全に失念していた。
もっとも、そんなものを持ち込むのは武器の関係上精神力の消耗が激しいクローデットと、個人の趣味で戦闘中にソーセージなどを食するエリナくらいなのであるが。
「さて。もう薬はない。追い込まれたわけだが…お前をそれ以上に追い込むことには成功したようだな。」
サンダークラップが勢いよくバチバチと空中放電し、あたりにオゾンガスのいやな臭いがたちこめる。
「…………。」
「だが油断せず決めさせてもらう!」
距離を詰めてきたクローデットの中段突き。メローナはなんとかそれをかわすが、体勢を崩す。そこに追い討ちの蹴りが飛んできて、まともにそれを食らったメローナは地面に転がった。
ざくっ、ざくっざくっ!と、転がるメローナを追いかけるように放たれる突きが連続して地面を穿つ。最早逃げることしかできないか、とみなが思ったとき、
「うわっ!?」
突如クローデットがバランスを崩す。いつの間にか、メローナが鎖の両端をその手で掴んでいた。引いた鎖が上手くクローデットの脚にかかる位置に転がりつつ移動して引っ掛けたらしい。
「せやっ!」
「うぐっ!」
自分に向かって倒れこんできたクローデットの右脇腹にメローナの蹴りが突き刺さる。蹴られた勢いで押され、体勢を整えることに成功したクローデットは、一旦仕切りなおすべく飛び退いたが、
「くっらえええっ!」
ここが勝負!とばかりに神鉄の剣に繋げた鎖の端を握ったメローナが、ありったけの力を込めてそれをハンマー投げのように振るう。鎖の先の神鉄の剣が振り回されて宙を舞い、先程蹴りを叩き込まれたクローデットの脇腹を剣の平の部分で強打した。
「ぐはぁああっ!?」
「プレオーダーにおいて、イルマを仕留めた技が決まったのぅ!あれは肋骨がいったぞ!」
「ああ。これは相当のダメージが入ったね。しかし…この続きがやばいよ。」
観客たち同様、エキドナとユーミルも手に汗を握っていた。
「ぬぅんっ!」
ふらつき、口の端から血を垂らしながらもメローナを睨みつけ、クローデットは自分を強打した剣に繋がる鎖にサンダークラップを突き立て、地面に縫い付けた。そして放電するための力を込めようとする。
「やべ!」
メローナは慌てて鎖から手を離す。このまま握り続けていては鎖を通して雷撃を食らってしまうためである。
クローデットはサンダークラップを地面から引き抜いて再び鎖を自由にすると、間髪いれず鎖を掴んで引き寄せ、メローナの手元から遠ざけた。
「これで、無手になったな。いや…ダガーの2、3本くらいはあるかもしれんが、その程度どうということもない。」
(くそ、どうする、どうする!?ここから先の手がもうない!次の一撃で終わりだ!天使の力を使うにも時間がねえ!)
「これで終わりだぁああっ!」
走り寄りつつ上段から真っ直ぐにメローナへ剣を振り下ろしたクローデットは勝利を確信した。が、次の瞬間何かが視界に入る。
(何だ?)
メローナの両肘から紐のようなものが伸びている。それが触手だと気付いたとき、
「どっせいぃぃ!」
メローナが両の拳でサンダークラップを両側から白刃取りしていた。
「ならば!」
クローデットが雷撃を流し込む。
「そいつを待ってたぜ!」
同時にメローナの両肘の触手がダガーを持ち、クローデットの両肩にそれを突き刺した。メローナの腕、触手とダガーを通してクローデットも雷撃をくらう。
「ぐおおおおおお!」
「がああああ!」
二人の身体を雷撃が駆け抜ける。リンの焦げる悪臭が鼻を付いた。思いもよらなかった奇襲に、クローデットは思わずサンダークラップの力を緩め、くずおれる。
メローナはまともに雷撃を食らったが、それでも自分の剣のところへ這いずりながら移動する。
(へっ、どうでぇ!サンダークラップは自分が放った雷撃で自分を傷つけないって話だが…一旦相手に通った雷撃に対してはそのルールも適用外だったみたいだな!また一か八かの賭けだったが、今度も勝ったぜ!)
「ぬぐうぅ…っ。最後の最後まで…だが今度こそ!」
両肩にダガーが刺さったまま剣を支えに立ち上がったクローデットがふらつきながらサンダークラップを構える。
一旦メローナの身体を通したため、クローデットへの雷撃のダメージはメローナの数分の一ほどだった。それでもほぼ不死身のメローナと人間のクローデットとでは耐ダメージの絶対容量の差がある。立ち上がれることが既に奇跡だった。
「うおおおお!」
叫びながらメローナに突進するクローデット。やっとのことで鎖のところまでたどり着いたメローナは、鎖を掴んで思い切りじゃららっと引き寄せる。
サンダークラップが振り下ろされると同時に、メローナの右手が鎖に引かれて飛来した神鉄の剣を掴み、そして――
がきん!という音が聞こえたとき、クローデットは自分の攻撃が剣で防がれたことを理解した。ならば、とサンダークラップに力を込める。
「い………か…づ……ち…」
だがすでにクローデットは限界に達していた。どさりとサンダークラップを取り落とし、気を失って自分の上に倒れこんできたクローデットをメローナは受け止める。
乱れていない呼吸音と鼓動を聴いて、この分なら死にはしないだろうとメローナは安心し、クローデットを優しく横たえるとよろよろと立ち上がり勝利をアピールした。
「勝者、メローナ!」
「メローナ大勝利じゃーっ!見事、クローデットを破り、決勝戦進出を決めたぞっ!」
巨人殺しにサンダークラップ。カトレアの経営する「武器屋カトレア」の二枚看板とも言えるこの二つの武器がともに敗れ去り、ユーミルは上機嫌だ。しかも、内一つを破ったのは自ら手がけた剣を持つ御主人様である。はしゃぐのも無理はなかった。
「これで、大陸四強は全て敗退。一つの時代が終わりを告げたねぇ。…さぁて、新女王が誕生し、新たな時代を築くことはできるのか?全ては三日後の決勝と、一週間後の女王決定戦だ!」
メローナ!メローナ!
リスティ!リスティ!
勝ち残った二人の美闘士を称える声がコロッセオを揺るがす。
「か、勝ったぜこんちくしょう…トモエに続いて、また臣下ゲット…あと、リスティは今日の様子だと決勝戦は無理っぽいし、残るはアルドラか…。」
そこまで呟いて、メローナもどさりと座り込んだ。
アルドラとの対戦を前に、今一度ピンチが待っているとはメローナを含め誰も想像もしていなかった。
クローデット戦はなんかアメコミ映画化チックになってしまった。間違いなくこの間友達と「ウルヴァリン」を観に行ったせいです。書いてて楽しかった。
アルドラを別格とすると残る美闘士の中で一番の強敵はやはりクローデットだと思うので、何回戦で当たるかはともかく主人公であるメローナとクローデットとの激突は書かないわけにいけないと思っていました。原作の公式ではラスボス前のボスですしね。まあ、公式ではレイナが主人公ですから因縁キャラを持ってきたというのもあるんでしょうけど。
作中でも触れましたが、クローデットはメローナに対して強い強い。どうやって勝たせるか、結構悩みました。サンダークラップは置いておいて、実際のゲームではクローデットの技で私が嫌いなのは「飛びずさり、霊薬を飲む」の技ですね。ヒットアンドアウェイとかマジでいやらしい。「ザ・デュエル」のほうでもこの技は便利なドローソースなのでずるいです。反面、サンダークラップ関連が「魔剣の暴走」以外あんまり使われない…。
リスティ対カトレア。「師匠越え」はやりたかったことの一つなので、回収するならここで、ということで準決勝にもってきました。メローナのエキドナ越えはいまいち不透明な形に終わっていたので。ノワのアレイン越えやイルマのエキドナ越えでもよかったんですけど、この二人が師匠を超えられる絵面が浮かばないし、あんまり活躍してない。うちのリスティなら勢いで何とかしてくれそうかなー、と。
ともかく、次は決勝戦。
ラスト2話です。