パチ、と目を開くと、真っ先に見えてきたのは白い天井。
知らない天井とは既に言えない。もはや知ってる天井である。
医務室……あー、そうか。戦技披露会。
最後はどうなったんだろうか。ヱルトリウムバスターを紙一重で避けて突撃したところまでは覚えているんだけど。
っていうか何あれ……集束砲撃にカートリッジ追加とか。馬鹿か。
最近になってカートリッジシステムは安全と言っていい水準に達しているけどさぁ。
額に手を当てて身を起こし、胸元に寂しさと覚えた。
……ペンダントがない。それと、Seven Starsも。
ベッドサイドを見てみるが制服の上着があるだけ。
誰かが預かってくれているのだろうか。
そう思っていると、不意にベッドを囲むカーテンが開かれた。
窓から差し込む陽は、もう赤くなっている。
眩しい茜色を背負って姿を見せたのは、はやてだ。
「ん、起きた?」
「はやて。……今、何時?」
「六時をちょっと回ったぐらい。お祭りも一段落したわ。
エスティマくん、よー寝てたね」
「みたいだね。頭もすっきりしてる。……身体の節々は痛いけど。
そういえば、俺となのはの模擬戦、どうなった? 良く覚えてないんだ」
「んとな、引き分け。
モードB・EXのA.C.S.で突撃したのはええんやけど、魔力刃突き刺して零距離砲撃を連射している最中になのはちゃんがバスター振って顔に当たったんよ。
で、ドロー。今年も決着つかずやね」
「またか。勝てると思ったんだけどなぁ」
ま、顔で良かった。身体に当たったらレリックは爆発していたし。
中将も俺がレリックウェポンだって知っているんだから、いい加減に戦技披露会から外してくれても良いのになぁ。
思わず溜息。するとはやては、くすくすと控え目な笑い声を上げる。
「結果が引き分けで、みんなも悲喜こもごもって感じやったよ」
「む。俺が負ける方に賭けてる奴もいたのか」
「そりゃなぁ」
失礼します、とはやては一言いって、ベッドに腰かける。
そして身を捩り、顔をこちらに向ける彼女。
……顔が近い。なんとなく身体を引こうと思ったのだが、布団に着いていた手にはやての手が重ねられて、動きを止めた。
……え?
え、や、何?
手を着こうとして偶然重なった……って様子ではない。
いつもの彼女なら慌てて引っ込めそうなものだけど、今は違う。
きゅっと俺の手を握り、控え目だが、離さないとでも言っているようだ。
「はやて、どうかした?」
「えと……うん。どうかしてる」
何その答え。
そう茶化そうとして、できなかった。
「……あんな」
はっきりと聞こえるぐらい、深呼吸に近いほど、大きく彼女は息を吸い込む。
しかし言葉の続きが吐き出される様子はない。
じっと黙ったまま俺の手を握って、彼女は固まっている。
俯き加減になってしまっているので表情は分からない。
耳まで真っ赤になっているような気がするが、それは夕陽のせいなのか、違うのか。
外から聞こえてくる喧噪が遠い。日常から隔絶したような錯覚。
……変な雰囲気。
最近は――というか、もう十年近くご無沙汰だった雰囲気じゃないのかこれは。
気付いた瞬間、まさか、と考えを切って捨てる。
だって俺だぞ? 散々迷惑をかけている。
仲が良いって言っても、それは幼馴染みだとか、友達とか、ご近所さんとか、そういったものだ。
……そうだと、ずっと思っていたんだけど。
今まで抱いていた彼女への印象と現在のギャップがあんまりにもあんまりで、どう動いたら良いのか分からない。
すると、
「あんな、エスティマくん」
掠れて、ようやく絞り出した声がはやての口から漏れた。
「エスティマくんは、誰かを好きになったことって、ある?」
「……ないなぁ」
「そ、そっか……あ、言っておくけど、likeやないからな!?
loveの方やで!?」
「分かってるってば」
「……本当かなぁ」
疑わしげに声を上げる彼女。それでも顔は俯いたまま。
誰かを好きになったことはある。
もっとも、それはずっと昔のこと。元の世界での話。
エスティマ・スクライアとして誰かを、異性として好きになったことはないだろう。
……ない、はずだ。
そっと胸元に触れても、ペンダントの感触はない。
服ごと手を握り締めても、シャツが潰れる感触があるだけ。
「誰かを好きになるって、すごい幸せなことだと思うんよ。
何をしたら喜んでくれるのかって考えるだけで楽しいし、感謝されたらすごい嬉しい。
けどな、きっと人って、貪欲やから。
どんなに楽しくて嬉しくても、もっと大きなものが欲しくなる」
「……うん」
「それでな。私も、その、貪欲な子だったりするんよ。
今が幸せでも、もっと幸せになりたいって思ってしまうような。
……だからな」
はやては舌で唇を湿らせると、ずっと俯いていた顔を上げた。
吐息が熱っぽいと思うのは、俺の勘違い……じゃないんだろう。
「エスティマくん。私、ずっとエスティマくんのことが好きやった。
それで、えと、その……これからは、好き以上になりたいと思ってる。
……あはは、何言ってるんやろ。意味分からない」
笑ったはやての顔は、今にも泣き出しそうだった。
段々と握る力が強くなる手からは、彼女の本気が伝わってくるようだ。
……俺は。
どう答えたら良いんだろう。
今まではやてが俺にしてくれた数々のことを思い出して、無下に出来ないと打算的な考えをする自分がいる反面、受け入れても良いのだろうか、と弱気な自分もいる。
嫌な言い方だが、はやてが俺に好意的な感情を向けてくれるのは闇の書事件の云々があったからだと思っていたんだけれど。
……いつから彼女は、俺を異性として見ていたのだろうか。
それが分かってところで、何が変わるというわけでもないが。
「……はやて、俺は――」
「な、なんちゃって!」
「……へ?」
「なんちゃってーって。エスティマくん、驚いた?
こういう話を切り出したら男の子がどんな反応するのか、ずっと気になってたんや。
あはは……は……。
その……ごめんな?」
重なっていた手が離れ、はやてはベッドから腰を上げる。
どうしよう。……うわ、情けねぇ。
どうしようって、生まれてから何年経ってるんだよ自分。
何か言わないとと、そればかりを考えて、
「……ありがとう」
「え……? あ、うん。
って、なんやそれ。イエスかノーじゃなくて、ありがとうって」
「う……」
かっと顔が熱くなる。
……恋愛回路がすっかり錆び付いているみたいだ、俺。
「けど、嬉しかったから」
「だーかーらー、嘘やって。嘘なの! 私はエスティマくんをからかっただけだけ!
この話はおしまい!」
俺に背中を向けて声を上げるはやてだが、肩は下りてて落ち込んだ様子。
……先延ばしに先延ばしを重ねている人生だけれど、もうそろそろ、色んな決着をつける時期がきたのかもしれない。
あれがしたいこれがしたいとワガママばかり言っているのも、限界かな。
――その時だ。
今までの穏やかな雰囲気を吹き飛ばすように、轟音が部屋を揺らした。
違う、これは爆音。それも魔法ではなく、質量兵器の。
反射的にSeven Starsを握ろうとしたが、アイツはここにない。
舌打ち一つしベッドから飛び出ると、はやてを対象に入れたサークルプロテクションを発動させた。
「な、何!?」
「分からない。取り敢えず、外に――」
「主!」
窓から外へ出ようと思っていると、医務室の扉が廊下側から勢いよく開かれる。
顔を出したのはザフィーラ、ヴィータ、リインフォースにエクス。
……タイミングが良いな。不自然なほどに。
首を傾げつつサークルプロテクションを解除して、ベッドサイドに置いてあった制服に袖を通す。
ネクタイはポケットに突っ込んで、と。
「何があったん?」
「まだなんとも。しかし、AMFが周囲に展開されています。おそらくはガジェットが……」
「取り敢えず、アタシは空に上がるから。エスティマ!」
説明をするザフィーラ。ヴィータは俺の名を呼んで、手に持っていたスーツケースとSeven Stars、そしてリングペンダントを投げて寄越す。
「サンキュ」
「先に行ってる!」
「頼んだ。はやて、俺たちも空に上がろう。リインフォース、はやてとユニゾン。
悪いけど、エクスも協力してくれ。まだ会場に残っている聖王教会の人と協力して一般人の避難誘導を。
ザフィーラは彼女の護衛を」
「心得た」
「分かりました」
小さく頷き、二人は足早に外へと。
……さて、それじゃあ。
はやてと顔を見合わせ、お互い、セットアップを開始する。
日本UCATの装甲服型バリアジャケット。握るのは、白金のハルバード。
カスタムライトは片手槍の状態で腰に差し、窓から二人で空へと上がる。
「……あれは」
思わず目を細める。
ガジェットがいるのはザフィーラからの報告があったので驚かない。
しかし、問題はそのガジェットを吐き出しているもの。
正四角形――いや、菱形か。見覚えのある魔法陣が次々展開されて、際限なくガジェットが吐き出されている。
……あれはアルザスの召還魔法じゃないか?
いや、今は考えている場合じゃない。
「はやて、破片や残骸の処理を頼む。リインフォース、シャーリーと連絡を」
「了解!」
『はいです!』
「やるぞ、Seven Stars!」
『はい、旦那様』
右手に握ったハルバードのロッドを脇に挟んで、左手で片手槍のカスタムライトを構える。
そして術式を構築しつつ、脚を止めて施設を爆撃するガジェットへと狙いを。
『ショートバスター』
Seven Starsとカスタムライトからそれぞれ、砲撃魔法が連続して放たれる。
一撃で風穴を開けガジェットはスクラップへ。落下する破片をはやてが人のいないエリアに吹き飛ばす。
近寄るガジェットⅡ型を、Seven Starsで粉砕する。
……キリがないな。
「はやて、少し派手に蹴散らす!」
「いつでもええよ!」
左手に握ったカスタムライトを再び腰に差し、両手でSeven Starsを握る。
……よし、戦技披露会の状態のままだ。リミッターは解除されてる。
「フルドライブ、エクセリオン!」
『アークセイバー、プラス』
莫大な魔力を吸い上げ、全能力が底上げを。
……なのはとの模擬戦があったからか、疲れが身体に残っている。
それでも泣き言を言える状態ではない。
ピックに鎌の魔力刃を生みだし、刃の腹に手を添える。
バチバチと爆ぜる音と共に魔力刃が変形し、鎌が十字の巨大な刃と変わる。
「引き裂け……!」
『Zero Shift――ファングスラッシャー』
スイングすると共に、アークセイバー、否、十字型の誘導式魔力刃、ファングスラッシャーが射出される。
音速超過で放たれた刃は高速回転をしながら、次々とガジェットを食い破る。
AMFにより少しずつ刃を小さくされるが、それでも計二十機ほどの爆装したガジェットを落とし、ファングスラッシャーは消滅した。
だが、全てのガジェットを撃破するには――
「……あれは」
再び、轟音。
今度は爆発音ではなく、砲撃魔法によるものだ。
桜色と金色。なのはとフェイトが放ったであろうそれは、密集していたガジェットを次々と蹴散らしてゆく。
……戦力過多だな、こりゃあ。
取り敢えず、フェイトは嘱託として三課から協力依頼が、とでもしておこう。
緊急時とはいえ、あとあと面倒なことになるし。
「リイン、シャーリーとの連絡は?」
『念話でこっちの様子は伝えたです。けど、通信が繋がらないですよぅ』
「なんだって?……Seven Stars」
『はい。どうやら、民間、管理局、両方の通信システムがダウンさせられているようです』
「……悪い、はやて。少し頼む。もっと上に行って、周りの様子を見てくる」
「え?」
「わざわざ通信システムをダウンさせてここだけ襲うってことはないだろう。
……嫌な予感がする」
「分かった。気を付けてな」
小さく頷いて、大気を引き裂きながら上空へ。
そうして、高度を二百メートルほどまであげた辺りか。
一望できる夕日に染まる街並み。
だが、所々で黒煙が上がっているのはやはり……。
『旦那様』
「なんだ」
『どうやら、襲撃を受けているのは管理局に関係のある施設のみのようです』
「……無差別テロってわけじゃない、か」
……そんな馬鹿げたことをする奴を、俺は一人しか知らない。
だが、これはなんだ? 知らない。こんなことが起きるなんて――バタフライ効果だっていうのか、これも。クソが!
……落ち着け。悪態を吐いている場合じゃない。
今成すべきことは……戦技披露会の会場に残っている部隊と連携して、避難誘導を終わらせると共に現状の把握。
それぐらいしか出来ない。どんなに魔導師として実力があったとしても、こんな風に同時多発テロなんか起こされちゃ、どうにもできない。
諸悪の根源であるマッドサイエンティストを捕まえようにも、部隊の連携が取れていない状態じゃあどこにいるのかすら分からない。
ギリ、と奥歯を噛み鳴らして、俺は再び地上へと。
『エスティマくん!』
『どうした』
『ガジェットが施設内に入り込んだ。空は私やなのはちゃんでなんとかなるけど、屋内はマズイ』
『分かった、急いで向かう。フェイト!』
『に、兄さん!?』
『ユーノたちは?』
『うん。クロノと協力して民間人を安全な場所まで転送してる。けど、終わるまでまだ時間がかかるよ』
『分かった。今、どこにいる? これから施設内に入り込んだガジェットを一掃しないとなんだ。
手を貸してくれ』
『分かった』
フェイトに指示を出し、一気に地上へと向かう。
途中で擦れ違ったはやてに頷きを返し、着地。
そしてSeven Starsを握り締め、
「モードC!」
『モードC・EX。メーネ』
ハルバードの外装が剥がれ落ち、フレームが流動。
鍔もとにデバイスコアの収められた片手剣と盾が形成されると、腰からカスタムライトを引き抜く。
片手槍。ロッドが短くなり、ダガーと言っても良いほどになる。
そして、ガンランスの刃とSeven Starsの柄から高出力の魔力刃が。バリアジャケットのブーツに脚甲が追加構成されると、俺は施設内へと突撃した。
エリアサーチをばらまいて廊下を疾走しながら、目に付いたガジェットへと肉薄して一閃。一撃で両断し、次を。
何体が入り込んだのだろうか。放たれるレーザーを回避し、左腕の盾で弾きながら淡々とスクラップを量産する。
そうしていると、だ。
AMFの影響なのだろう。掠れて、何を言っているのか読み取れない念話が届く。
指向性のない、全方位への念話だが――
『――すけて』
『待ってろ』
辛うじて聞き取れた、助けを求める声に気付いて、念話を返した。
エリアサーチには誰も引っ掛からない。フェイトの方も、念話を送った人物を見付けていないようだ。
どこかの部屋に籠もられていたら発見が遅れるが――
焦りを抱きながらガジェットを破壊し、廊下を進んでいると、剣戟の音が耳に届く。
それだけじゃない。気迫を込めた叫びもだ。
カスタムライトの柄尻を壁に叩き付け、
『ブレイクインパルス』
壁を粉砕し、踏み込む。
壁の向こうにいたのは、十人ほどの民間人。それと、四人ほどの倒れ伏した局員。
ガジェットの残骸もあるにはあるが、まだ戦闘は続けられていた。
戦闘を続けているのは、ピンクのポニーテールと騎士甲冑。両手で握った長剣。一目で誰だか分かる。
それともう一人。
紫に近い青の近代ベルカ式魔法陣を展開して、民間人をガジェットから護っている女の子。
二人は壁を粉砕して入ってきた俺へと顔を向けて、目を丸くする。
……戦闘中に敵から顔を逸らすなって。
思わず苦笑し、
『――Phase Shift』
迷わず、稀少技能を発動させる。
視界のすべてが遅い。
ガジェットによって引き起こされた火災。踊る炎も。
シグナムやギンガちゃんの動きも。護られている民間人も。
そんな中で動けるのは、俺だけだ。
Seven Starsとカスタムライトの柄尻を連結させて振り上げると、俺はガジェットに接近する。
振り下ろした一撃で一体。物理破壊設定だったので、魔力刃が地面にめり込んでしまう。
裾を翻し、ステップを踏んで、脚甲で魔力刃を蹴り付ける。
勢いを乗せて、返す刃でもう一体。更に一体を破壊して稀少技能が切れると、最後に魔力刃をアークセイバーとして射出。
この部屋にいたガジェットを殲滅すると、シグナムたちの方を向いた。
……取り敢えずは、民間人の方を。
抜き身のレヴァンテインを力なく地面に向けたシグナムの横を過ぎ去りながら、彼女に念話を送る。
『ちゃんと民間人を守れたじゃないか。良くやった』
『……いえ』
自分一人でガジェットを潰せなかったことが堪えているのだろうか。それとも、俺の力を借りたくなかったのだろうか。
気落ちしたようなシグナムが気になるが、今は後回しにしないといけない。
駄目な親、と苦笑したくなるのを堪えて、ギンガちゃんの方へ。
「時空管理局執務官、エスティマ・スクライアです。救助にきました。
現在外では安全地域への転送が行われています。誘導するので、着いてきてください。
怪我をしている方は――」
ざっと救助者を見回して、最後にギンガちゃんへと目が行く。
右の太もも。酷くはないが、火傷をしている。おそらくはガジェットのレーザーが当たったのか。
怪我をしているのは彼女だけのようだ。
「ごめんよ」
「あ、ちょ、エスティマさん!?」
カスタムライトを腰に差して、ギンガちゃんを肩に担ぐ。お姫様抱っこ、なんてもんじゃない。荷物か何かのような扱い。場合が場合なんで許してください。
「シグナム、レヴァンテインに外までのルートを送る。先導、頼めるか?」
「はい、スクライア執務官」
エリアサーチで得た情報をシグナムへと。
救助者を置いていかないように歩調に気を付けながら、急ぎ足で外へと。
そうしていると、肩のギンガちゃんが居心地悪そうに身動ぎした。
『ごめん、変な運び方して』
『いえ、気にしないでください。
……けど、驚きました』
『何が?』
『救助とか、するんですね。戦うだけだと思ってました』
『そういう風に見られていたか』
不謹慎だが、思わず苦笑してしまう。
……っと、
視界の隅に映ったガジェットへと、ヴァリアブルコーティングしたクロスファイアを放って撃破。
『まぁ、この通り、戦うのがメインだけどね。
基本的になんでも屋かな』
『色々あるんですね。
……その、エスティマさん』
『なんだい?』
『……ありがとうございます。念話に気付いてくれて』
『気にしなくて良いさ。それに、頼まれたからさ』
『……頼まれた?』
『……あ、いや』
そこまで言って、やべ、と自制する。
……クイントさんにギンガちゃんとスバルのことを頼まれた、なんて言ったらどんなことを言われるか分かったもんじゃない。
俺が悪いのは分かっている。死なせたくないと思っておきながら、結局はあの人たちに命を救われて、今の俺がいる。
だから、責められたら甘んじて受けるべきだとは思うのだけれど、それが辛くないわけじゃないんだ。
居心地の悪い沈黙。その中を、先導するシグナムの援護をしながら淡々と進む。
そしてようやく外に出ると、施設の出口付近では掻き集められた部隊が展開していた。
「クロノ!」
「エスティマか?」
「追加の救助者! あと、この子に治療を頼む!」
「あ、ああ」
「部隊長!」
「あ、あの、エスティマさん! 頼まれたって――!」
何か言いたそうなギンガちゃんを肩から降ろすとクロノに任せ、後ろからの呼び声に振り向く。
そこにいたのはシャーリーだ。
彼女は血相を変えて俺に駆け寄ると、肩で息をする。
「ご無事で、何より、です……」
「そっちも無事だったみたいだな。
悪いけど、分かる範囲で今の状況を説明してくれるか?」
「はい。転送魔法によって出現したガジェットとクラッキングで、大分混乱しています。
現状把握に手一杯で……。
民間人の転送はかなり進んでます。フェイトさんが助けた人たちが到着したら、それが最後になるでしょう」
「分かった。
なぁ、シャーリー。なんとか通信だけでも復旧できないか?」
「はい。インテリジェントデバイスを介したネットワークの形成を、やっつけ仕事ですが現在――」
『プログラムを受諾します。
……。
旦那様。通信が入りました』
シャーリーの説明が途中だというのに作業を始めてしまう辺りはコイツらしいというかなんというか。
「誰からだ?」
『この場で通信を繋がないことを推奨します』
……ここで繋がるとマズイ相手、ってことか。
真っ先に浮かぶのはマッドサイエンティストなんだが、それはないだろう。
だとすると、中将かオーリスさん。
シャーリーに一言二言告げて物陰に行くと、通信を繋げる。
画像は送れないらしい。サウンドオンリーと浮かんだディスプレイが、展開する。
「エスティマです」
『儂だ、エスティマ。今、どこにいる』
通信の相手は中将か。声には怒りが込められているように、酷く低い。
何か指示があるのか。それとも、別のか。
「戦技披露会の会場です。ここの避難が完了次第、近辺の避難誘導を行うつもりです」
『それはいい。お前には――いや、三課には、他の任務に当たってもらう。
三時間ほど前から、最高評議会との連絡が途絶えている。
それと、今し方繋がった通信で、彼らの生体反応がロストしたことも報告された。
今から指定する場所へ部下を引き連れて向かえ』
「……そこに、何かがいるのですか?」
『ああ。目的地にある建物は破壊ではなく、占拠されている。
ならば、何者かがいると見て良いだろう。だが、偵察を送るような余裕はどこにもない。
……もし最高評議会が生きているのならば、彼らの指示に従って、このテロを起こした連中を捕らえろ。
もし生きていないのならば――』
そこまで中将が言った瞬間だ。
死んでいた通信システムが、唐突に復活――否。
本来の役目を奪われ、ディスプレイには不愉快な顔を。スピーカーからは、耳障りな笑い声が響く。
上空に位置したガジェット。もしくは、施設の巨大ディスプレイに、男の顔が映った。
紫の頭髪に、黄色の瞳。スーツの上から羽織った白衣。
奴の背後に見えるのは、数多のプレートが宙に浮かんだ空間。
……あの場所は、たしか。
上空に映し出されたそれを見て、呆然としながらも、思わず手を握り締めた。
『ミッドチルダ地上の管理局員諸君。
祭りの最後は、華麗に飾れたかな?
はじめまして、と言っておこうか。私の名前はジェイル・スカリエッティ。
この祭りの演出家。
君たちによって、違法研究者の烙印を押された者さ。
それは、私だけではないのだがね。
治安維持。ロストロギア規制。そういったものに圧迫された。
そうとも。
今日という日は、祭りなのだよ。怒りの日。
そう、法の名の下に日陰へと追いやられた我々が、立ち上がる日だ!
駆り立てられるばかりではない。一矢報いるために、我々は団結し、君たちの目の前に広がる火の海を作り上げた。
……我々「結社」は、君たち管理局に反抗する。
今は違法研究者のレッテルを頂いているが、それが撤回されるまで――』
長々と続く口上。
奴の声が耳に入る度に、腹の底へドロドロとしたものが溜まってゆく。
同時に、背筋を凍らせる悪寒も。
耐えきれずに壁を殴り付けるが、痺れるような痛みが広がるだけで何も解決しない。
くそ。
……クソォ!
何がどうなってる。こんな大惨事を起こすような引き金を、俺はいつ引いたっていうんだ!?
今すぐにでも叫びだしたい衝動を必至に堪え、歯を噛み締める。
『聞いたな、エスティマ』
「……はい」
『首都防衛隊第三課に命じる。
ジェイル・スカリエッティを捕らえろ。場合によっては殺傷も許可する。
部隊との連携が復活次第、増援も送ろう。
どんな手を使っても構わん。必ず奴を捕らえろ』
「はい」
それだけ答えて通信を切り、へたり込みたくなるのを我慢して、脚を動かした。
頭の中でぐるぐると今までのことが回想される。
俺はどこで間違ったんだ? こんな……もう、最悪とも言えない状況を引き起こしたのは、何が原因なんだ?
分からない。有り得ない。
「……なんで、こんな」
『旦那様。愚痴を言っている暇はありません。
戦ってください』
「分かっているさ」
『分かっていません。これはチャンスです。
幸せになる、という、あなたと私の勝利目標。
ある意味、今の状況はそれを達成できる、またとない機会です。
戦ってください、旦那様。私にその役目を命じたのは、あなたです』
「分かってるよ!」
Seven Starsに怒声を放ち、少しだけ頭が冷めた。
そう。そうだ。スカリエッティを捕らえればいい。挽回は利く。
アイツを捕まえれば――排除すれば。
……そうだ。絶対に排除しなければならない。
酷く重い足を引きずって、物陰から出る。
スカリエッティの宣戦布告があっても、局員がやることは変わらない。
次々と送られてくるガジェットを相手にし、今も修羅場は続いている。
その中に見知った顔を見付けて、俺は足を向けた。
「……なのは」
「エスティマくん? もう、どこ行ってたの!?」
声を荒げる彼女だが、俺の顔を見てすぐに口を閉じる。
なのはの目を真っ直ぐに見て、
「なのは、頼みがある。協力してくれ。
さっきの放送に映っていた、この事件の首謀者。
アイツを捕らえるよう、命令が下ったんだ」
しかし、なのはの反応は芳しくないものだった。
彼女は視線を動かし、負傷した局員の集まっている方を見て――そこにはシャマルがいる――口を引き結ぶ。
「……ごめん。私、ここで戦わないといけない」
「なんで」
「側で護ってあげるって、約束したから。だから、ここを動けない。
ごめんね」
申し訳なさそうに頭を下げるなのは。
そんなことを言っている場合か、と喉元まで言葉が出かかる。
しかし、それは、そう。いつからか擦れ違った、俺と彼女の違いなのだろう。
ここでシャマルを含んだ大勢を守る。それが彼女の選択か。
……良いさ。
なのはに背を向けて、空へと上がる。
その最中にザフィーラとはやてへ念話を送り、ことの詳細を説明。
どうやらフェイトは別の地区へと向かってしまったようだ。三課の戦力だけで、なんとかしないとならない。
合流すると、中将から送られたポイントへと向かう。
ずっと空間制圧を行っていたせいだろう。はやての息は上がっている。ザフィーラだって顔に出していないが、疲れているだろう。
俺だって、戦技披露会でのダメージやら何やらがある。
しかし、戦わないといけない。
俺がやらないといけない。こんな状況を作る切っ掛けは、きっと俺が生み出してしまったのだから。
「ねぇ、エスティマくん」
「なんだ?」
「これから向かう場所に、スカリエッティがいるん?」
「多分ね」
「そか」
意識を向けなければ、はやての声を聞き逃してしまいそう。
何を考えているわけでもないのに、意識がぐらつく。
相当キてるな、これは。追い詰められている自分を、客観視してしまう。
飛び続けて、十分ほど経った頃だろうか。
ようやく見えた目的地は、中将が言っていたようにガジェットによって占領されていた。
突破するのも、建物に取り付くのも一苦労か。
おそらく、中にもガジェットが入り込んでいるのだろうし。
……鬱陶しい。
「Seven Stars、建造物のデータを呼び出せ。地下まで貫くぞ。角度修正は任せる」
『了解しました』
「ちょお、エスティマくん!?」
握り締めたSeven Starsを変形させる。
モードB・EX。巨大な砲口と地上へと向け、カスタムライトを接続。
フルドライブ・エクセリオン。
莫大な魔力が放出されると共に、高揚感が身を包む。
深く息を吸い、吐き。
両手でグリップを握り締めると、腰だめにSeven Starsを構えた。
「ディバインバスタ――!」
『Zero Shift――エクステンション』
Seven Starsの、カスタムライトのカートリッジがそれぞれ二つずつ炸裂する。
サンライトイエローの光が上下の砲口に集まると同時、限界まで溜められた砲撃魔法が解放された。
音速超過で放たれたサンライトイエローはガジェットを薙ぎ払いながら地表へと激突。
轟音を茜色の空に響かせながら地面を掘削する。
十秒近くの放出を終え、ずきり、と痛みを訴えるリンカーコアに顔を顰めながら、Seven StarsをモードAに戻してカスタムライトを腰に差す。
今の砲撃でやられたとは、とても思えない。
確実にこの手で倒さなければならない。
そう――俺が、アイツを倒さなければならない。
「……はやて、ザフィーラ。俺はたった今作ったルートを通ってスカリエッティの元へ行く。
お前たちはここで、ガジェットの相手をしてくれ」
『旦那様。それは無謀です。敵がどれだけの戦力を用意しているのか分からない今――』
「黙れ。それじゃあ、頼むぞ」
静止の声が聞こえた気もしたが、今はかまっていられない。
可能な限りの速度でバスターで開けた穴へと向かう。殺到してくるガジェットを切り払い、ひたすらに突き進む。
そしてぽっかりと空いた空洞に身を投げ、真っ直ぐと。
視線だけは真っ直ぐに。それでも頭の中を占領しているのは、何が悪かったのか、という考えだ。
スカリエッティの存在を知りながら、アイツを捕らえる努力を怠ったのが悪いのか?
幸せだなんだと言って、足枷を作り続けたのが悪かったのか?
中将と結託して奴を追い詰めるのではなく、すべての縁を切り捨てて、ひたすらに奴を追うべきだったのか?
分からない。
順調だと思えていた毎日が、急速に色褪せてゆく。
……違う。
間違いなんかじゃない。
楽しかった。皆と一緒に生きる毎日が、どうしようもなく居心地が良かった。
辛いことがなかったわけじゃない。けどそれ以上のものを、皆は俺に分けてくれた。
それを間違いだなんて言わせない。思いたくもない。
……そうだ。
だからこそ、ここでスカリエッティを捕らえて終わりにしてやる。
諸悪の根源を排除して、俺は――
『――Zero Shift』
「――っ!」
空洞を抜けた刹那、Seven Starsが勝手に稀少技能を発動して俺の腕を動かす。
それと同時に感じたのは、激突の衝撃。
戦闘経験により条件反射と言えるほどになった姿勢制御を咄嗟に行い、ぶつかってきた相手を目にする。
「またお前か!」
「雪辱戦といかせてもらいましょうか、エスティマ様ぁ!」
戦闘機人Ⅲ、トーレ。
彼女が叩き付けてきたのは、インパルスブレードにも似たサーベル。追加装備なのだろうか。
それがSeven Starsの斧とぶつかり合い、火花を散らす。
ハルバードを一閃し、距離を取る。が、すぐに肉薄され、咄嗟に左腕を。
紫電を散らす掌でサーベルを受け止め、
「スカリエッティはどこにいる!?」
「今目の前にいるのは私でしょう!?
……そう、眼中にもないのですね。
ですが、それは――戦闘機人である私にとって、この上ない屈辱です!」
「知ったことか! お前に構っている暇はないんだ!
この前といい、今といい、どうしてそう――!」
「あなたが私を敵と認識しないからだ!
戦うために生み出された私は――!」
ギリ、と俺とトーレは同時に歯噛みする。
「俺の話を――!」
「私の話を――!」
「――聞けぇ!」
異口同音の叫びと共に、お互いの得物をぶつけ合う。
……上等。そんなに戦って欲しいのならば、やってやる。
これを倒したら次はスカリエッティだ。それだけのこと。
屋内ではあまり飛び回れないため、バリアジャケットの剥離効果は期待できない。
なら、
「アークセイバー、プラス!」
『ファングスラッシャー』
音速超過で放たれた魔力刃がトーレを追う。
プレートの浮かぶ空間を縦横無尽に飛び回る奴と魔力刃。
回避したところで、ファングスラッシャーは奴を襲う。
そして、トーレが切り払う動きを見せた瞬間、
「ブレイク!」
重なっていた魔力刃が分離し、二枚のアークセイバーとなって左右からトーレへと殺到する。
それらをインパルスブレードで受け止めて防ぐが、動きは止まった。
宙に浮かぶプレートへと足を付け、このまま砲撃に――
その瞬間だ。
がっちりと足首を掴まれる感触。
目を落とせば、プレートから突き出した手が俺の足を掴んでいる。本来ならば有り得ない光景。
特殊なIS――セインか。
更に、
『高エネルギー反応。ISにより隠されていたのだと推測します』
上を見れば、動けない俺を楽しげに見下ろす影があった。
クアットロ。それに高エネルギー反応は、俺を狙っているディエチか。
戦闘機人四体を同時投入? フィアットさんは――余計なことを考えるな。
足首を掴む力は強い。Seven Starsで切り裂くとしても、その前に砲撃が突き刺さるだろう。
ならば――
「モードB・EX――リミットブレイク!」
『リミットブレイク――Ashes to Ashe 1st ignition』
瞬間的に変形したSeven Stars。
そしてガンハウザーとなった金色のフレームが、燃え上がるように光を放つ。
――胸が軋む。
「ぐ……!」
『Zero Shift――デュアルバスター』
胸だけじゃない。全身に走る慣れない激痛に顔を顰めながら、それでもSeven Starsを保持し、砲撃魔法を放った。
発砲は同時。
二つの砲口から放たれた砲撃魔法と、イノメースカノンからの物理破壊砲が激突し、薄暗いフロアを照らす。
そして――
刹那の間拮抗した光と光の衝突は、サンライトイエローが正面から打ち砕くことによって終了した。
砲撃魔法によって吹き飛んだのは二人。クアットロとディエチは防御手段を展開する間もなく光の奔流に押し流されて、壁へと激突。
今のを予想していなかったのだろう。足首を掴んでいた力が弛んだ隙に再び飛行し、Seven StarsをモードAに戻す。
リミットブレイクによる今の一撃。文字通り限界を超えた攻撃の反動で、身体から悲鳴が上がる。
ただでさえ万全とは言えなかった身体にヘドロのような疲労感がのし掛かり、指先に軽い痺れが。
……あと二回。大丈夫。使える。
自分自身を宥め賺して、気を抜けば遠退きそうになる意識を保つ。
消費した魔力をフレームに供給。
次はトーレを――
プレート群の中からトーレを見つけ出そう警戒していると、不意に、手を打ち鳴らす音が響いた。
同時に、四つの転送魔法陣が宙に展開する。
その中から姿を現すのは、どれも小柄な影。
全員が身に付けている青を基調としたボディスーツにより戦闘機人だと分かるが……戦闘機人?
待て。今まで戦ってきたのに加え、更に四機?
後期組のナンバーズ……だとしても時期が早い。早すぎる。
もしかしたら、あいつらは違う存在なのか? それに、後期組ならば残る一体はどこだ?
現れた四体の戦闘機人を見つめながら、薄ぼけた記憶の中の姿と照らし合わせる。
目の前にいる彼女たちに保管されるようにして、イメージはピッタリと合った。見た目だけは同じようだが……。
そこまで考え、ふと、四人の中の一人――髪の色は違うが、スバルと瓜二つの容姿である少女――ノーヴェに目が行った。
正確には彼女に、ではない。彼女が腕に嵌めているデバイス……リボルバーナックルに。
見間違えるわけがない。何度もこの手でメンテナンスしたんだ、あのデバイスを。
ギリ、と奥歯を噛み締める。
……そうか。どうりで。
『旦那様』
「なんだ」
『オーバーSランクの魔力反応を、転移してきたすべての者から感知しました。
撤退を推奨します。勝利条件が達成困難と分かった以上、退いて戦力を立て直すべきです』
オーバーS? 戦闘機人じゃないのか?
なら、俺と同じレリックウェポン?
だからノーヴェがリボルバーナックルを使っているのか?
……いや。だとしても、俺がすることに変わりはない。
「黙れ。退くつもりはない」
『……了解しました』
Seven Starsとのやりとりを終える。
そして、それを待っていたかのように、暗がりからゆっくりと姿を現す者がいる。
「なるほど、なるほど。なかなか面白いところに目を付けた。
今のリミットブレイクは、Seven Starsの機能拡張と考えるべきだろう。
フレームの構築に使われている魔力を解放し、攻撃に転化する。
強力無比な一撃必殺。より過激になったカートリッジシステムとでも言うべきか。
……随分と重い一撃のようだね、今のは。君にとっても」
それを目にして、思わず目を見開いた。
「はじめまして、エスティマ・スクライアくん。
君の敵である、ジェイル・スカリエッティだ」
恭しく一礼する、白衣の男。
――無意識の内に、俺はSeven Starsの矛先を向けていた。
放たれるショートバスター。
だがそれは、奴を打ちのめすことなく歪む。
逸らされる、とも違う。展開されたシールドに着弾すると同時に、進行方向をねじ曲げられた。
……ディストーションシールド?
高ランクの空間歪曲式防御魔法か。
……それがどうした。
奴がどんな魔法を使おうと、関係ない。
「おやおや。随分と手荒い歓迎だね。もっとも、君らしくはある。
嗚呼……エスティマくん。君ならばここへ来てくれると信じていたよ」
「黙れ! なんのつもりだ……こんなことを、遊び半分に!
外が今どんな状況なのか、分かっているのか!?」
思わず声を荒げてしまう。
つむじが焦げ付くような、爽快感にも似た怒りが際限なく沸き上がる。
しかしスカリエッティは、
「面白半分……?」
心外だ、と、顔を横に振った。
「私は本気だというのに……それを感じ取って貰えないとは、悲しいなぁ。
せっかく今日という日に、君の妹たちも間に合わせたのだがね」
「……妹? そんなもの、一人しか心当たりはない」
「そうだね。君の妹と言えるのは、兄妹機であるフェイト・テスタロッサ嬢だけだ」
フェイトを素体扱いする言い様に、喉元まで怒声が込み上げてくる。
しかし、ここで話を中断するわけにもいかない。
ご丁寧にもあの戦闘機人たちについて説明してくれるのならば、聞いてやろうじゃないか。
「ふむ。腹違いの妹、といったところだろうさ。この子たちは。
君が積み上げたレリックウェポンとしてのデータを反映させて生み出した、ナンバーズの第二期モデル。ナンバーズType-R。
そして彼女たちの使うデバイスは、Seven Starsと名付けられたそれの量産機だ。
……AMF下でも、そうでない状況でも、絶対的な戦闘能力を発揮できる存在。
なかなかのものだと、自負しているよ」
嘘ではないのだろう。自らの作り上げた娘たちを手で示し、スカリエッティは胸を張る。
……そうだな。厄介そうではある。
なら、成長する前にここで叩き潰せば良い。倒すべき敵が増えただけ。それだけだ。
黙り込んでそう考える俺に、スカリエッティは肩を竦める。
「反応が芳しくないなぁ。もっと驚いてくれても良いだろうに。
しかし、それも仕方のないこと。
ようやく顔を合わせたのだ。相互理解をしなければ」
「お前と話すことなど何もない。
……時空管理局執務官、エスティマ・スクライア。
俺は、お前を捕まえる。そのためだけにここへ来たんだ!」
暗い空間に怒声が響く。
俺の声を聞いたスカリエッティは、両手で身を抱き、ぶるぶると震える。
だが、それは恐怖や戦慄。そういったものではない。
俯き、顔を上げ、奴は笑い声を上げる。
はは、と、甲高い不愉快な笑い声を。
「熟成された憎悪が、こうも心地よいものだったとは!
……だが、いけない。
いけないなぁ、エスティマくん。
まだ純粋ではない。
私はね、管理局の執務官ではなく、宿敵であるエスティマくんに会いに来たのだよ。
故に――
一つ、昔話をしてあげよう」
「……昔話?」
「そうとも。これを聞けば、あるがままの君に戻れるはずだ」
語るスカリエッティの笑みには狂気が混じり、嫌な予感しかしない。
しかし、隙を突こうにもどうするか。
再びゼロシフトでのリミットブレイク……いや、軽々しく使える状態じゃない。
敵も更に増えた。トーレだって、まだどこかに潜んでいるんだ。
……どうする。
考えている内に、スカリエッティは口を開く。
楽しげに、どこか思い出すような表情をしながら。
「今から、そう、五年近く前のことになる。
あるところにいた、主人想いのデバイスと、そのご主人様の話さ」
エスティマ・スクライアのデバイスであるSeven Starsは、今の状況を分析しながら、どうすれば勝利することができるのかと考えを巡らせる。
もし主人が万全な状態ならば、少しは打ち勝つ確率も上がるだろう。
だが、それは仮定の話だ。
限りなく零に近い――否、零だ。勝てない。主人は敵対する者たちに勝つことはできないだろう。
エスティマと同種の高魔力反応に、戦闘機人のエネルギー反応。あの四体の戦闘機人はおそらく、レリック搭載型の戦闘機人なのだと察することができる。
通常の戦闘機人と戦うだけでもリミットブレイクを一度使っている。残り二回。もし戦闘機人を倒すことが出来たとしても、それは相打ちに近い形だ。
さきほどスカリエッティの見せた歪曲シールドを突破できるだけの余力は残らないだろう。
主人が上手く戦闘を進めたとしても詰む。敗北は目に見えている。
そう、エスティマがこの場で勝利することは、不可能なのだ。
ならば、自分はどうするべきか。
主人の未来を切り開く役目を科せられた武器である自分が取るべき最善の行動は、何か。
……最終的に勝利を納めることができるならば。
人工知能が導き出す酷く屈辱的な回答に、Seven Starsは歯噛みしたい気分になる。
現行最高性能と言っても間違いではない自分が、こんな――
「スターライト――ブレイカー!」
振り下ろしたシュベルトクロイツから放たれる、巨大な桜色の光。
一体のガジェットに着弾すると、それを中心にして光は膨らみ、次々とガジェットを飲み込んでゆく。
びっしりと額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら、私は唇を噛んだ。
『主、休んでください。この程度の敵ならば……』
『あかん。ここのガジェットを倒せ、ってエスティマくんに言われたんや。
……だからここのを殲滅して、エスティマくんの助けに入る。それで文句も言われへんやろ』
『……はやてちゃんもエスティマさんも偏屈ですよぅ。
ここはザフィーラに任せて、エスティマさんを助けに行けば良いじゃないですか!』
『分かってる。私だってそうしたい。
けど、ガジェットを放っておくわけにもいかん。AMFが強くなったら、私らなんもできなくなる』
敵のまっただ中にいるエスティマくんが魔法を使えなくなったら。考えただけで嫌な汗が出そう。
エスティマくんを側で守ることができないのならば、できることをしないと。
気持ちを再び身体に込めて、騎士杖を握る手に力を込める。
次はどの魔法を使うべきか。
魔力は無尽蔵と言われるだけあって、尽きる気配はない。
しかし、戦闘を続けているせいで疲れが無視できない。
いくら魔力があっても、体力が限界に達すれば戦えなくなる。
なるべく負荷の少ない魔法を――いや、やはり大技で一気に――
そんな風に、どうするか、と考えあぐねているときだ。
『はやてちゃん! Seven Starsから通信です!』
『Seven Starsから?』
エスティマくんからじゃなくて?
嫌な予感を抱きながら、私はSeven Starsと念話を繋げる。
『どうしたん?』
『はい。敵の増援が現れ、旦那様の勝利が不可能になりました。
しかし、旦那様に退くつもりはないようです。
八神はやて、お願いです。どうか、旦那様を連れてこの戦域から離脱してください』
『……分かった』
淡々とした口調で届いた念話に感情の色は見えない。
けれど、そのお陰で私は慌てずに状況を飲み込める。
『撤退するよ! 私もエスティマくんを助け出したら転移する!
ザフィーラはギリギリまで時間を稼いで!』
『心得ました』
『行くで、リイン!』
『はいです!』
人間形態のザフィーラが鋼の軛を振ってガジェットを粉砕するのを尻目に、私はエスティマくんの開けた空洞へと身を投げる。
防御、回復、転移、強化。
必要だと思うすべての魔法を組み立てながら、突き進む。
そして、狭かった視界が一気に開き――
目の前に広がった光景に、眉を潜めた。
視界の中心には、こちらに背を向けたエスティマくんがいる。その向こうには白衣の男――スカリエッティが。
彼の周りには、戦闘機人の身に付ける戦闘スーツに身を包んだ四人の女の子。歳は十歳ぐらいか。
『は、はやてちゃん……』
『分かってる』
ユニゾンしたリインが、怯えたような声を上げる。
それもそうだろう。センサーを使わなくても分かる。余裕でオーバーSを越えた魔力量を保つ敵が四人もいるのだから。
……なのはちゃんやフェイトさん、ヴィータやザフィーラがいたらなんとかなるかもしれんけど。
しかし、今は違う。ここにいる味方は三人だけだ。それも、満身創痍の。
……退くしかない。
それは分かっている。けれど、視界の中心にいるエスティマくんの背中は、欠片もそのつもりがなさそうだった。
それを証明するように、エスティマくんから念話が届く。
『下がれ、はやて』
冷たいとも、刺々しいとも違う、怒りの燻った声。
返答に困ってしまうような声色に、言葉に詰まる。
そんな私にかまわず、スカリエッティは大仰に手を開き、はは、と笑い声を上げる。
それが酷く楽しそうで、不愉快だった。
「中断して悪かったね。それでは、続きだ。
エスティマくん、君も分かっていたんじゃないのかい?
一応は技術者なのだから。
フルドライブならば耐えられた。なのに壊れたのは、封印したリミットブレイクが発動したせいなのだとね」
「だとしても、Larkは俺のために死を選んだんだ!
お前はアイツの死まで汚す気か!?」
声が掠れるほどの叫びをエスティマくんが上げる。
……Lark。Seven Starsの前にエスティマくんが使っていたデバイスの名前。
あの子を馬鹿にされてエスティマくんが怒らない理由はないけれど……なんで今、そんな昔の話を?
「だからそれが間違っているというのに。
彼女は君のために壊れたのではない。私に壊されたのだよ。
この違いが、分かるかい?
……ああ、そうだ。せっかくゲストが見えたのだし、あの子にも分かるように説明してあげよう」
「余計なことを――!」
するな、と続く言葉は、呻き声に変わった。
血のような魔力光が瞬くと共に、エスティマくんがワイヤー状のバインドで絡め取られる。
強固なのだろう。バインドブレイクを実行しているのにもかかわらず、一向に引きちぎれる様子はない。
助けないと!
しかし、
「そこのお嬢さん。八神はやて、と言ったか。
エスティマくんと私の因縁を、知りたくないかい?」
「はやて、聞くな!」
不意に名を呼ばれ、続いて怒鳴りつけられ、思わず身体を震わせた。
元よりスカリエッティの言葉を聞くつもりはないけれど――
「君にも関係あるのだよ? なんせ彼との付き合いは、闇の書事件が切っ掛けになって始まったのだから」
――闇の書事件。その単語一つで、再び私は動けなくなった。
「黙れこの野郎っ……!――この、バインド如きで!」
エクセリオンの出力を上げたのだろうか。エスティマくんの身体が魔力光に包まれ、ワイヤーが千切れ飛ぶ。
しかし、追加で生み出された紅い糸が再び彼を絡み取る。
足掻くエスティマくんをじっと見つめながら、私は動くことができなかった。
……闇の書事件からエスティマくんが? 戦闘機人事件からじゃなくて?
それは一体――
「知っていると思うがね。彼はヴォルケンリッターによって、一度殺されたことがあるのだよ。
ここで一つ問題だ。死人が生き返る。そんなことが有り得ると思うかい?」
……生き返らない。
それは身に染みて分かっている。
お父さんやお母さんがいなくなったように、たくさんの人が犠牲になって闇の書事件が終わったように。
死んだ人は絶対に生き返らない。
分かっている。けど、それと今の話になんの関係が?
……いや、死んだ?
死、という単語が頭に引っ掛かる。
何か、大切なことを私は忘れてしまっている。けれど、それがなんなのか思い出すことができない。
「有り得ないんだよ。死んだ人間は生き返らない。
だが、不思議だろう?
ヴォルケンリッターに殺された彼は、今もこうして生きている。
だが、違う。
彼は生き返ったのではない。生まれ変わったんだ。再び戦うため、レリックウェポンとして二度目の生を受けた。
そして戦い続けるためにデバイスを失い、仲間を失い――
そう。彼がこんなにも足掻いているのは、私の目に留まってしまったのは、一度死んでしまったからなのさ」
そうだ。
エスティマくんは一度死んで――だからこそ私は、ユーノさんやフェイトさんから恨まれている。
けど、エスティマくんは生きていて――違う、生まれ変わった?
分からないことが多い。理解できない単語だってある。
けれど、一つだけ分かるのは――
「……私の、せいなん?」
エスティマくんが大切なデバイスを失ったこと。
普通の人なら逃げ出してしまいそうな状況に身を投げていること。
私が支えてあげなければいけないと思うような境遇に彼がいるのは、私のせいなの?
「違う! 全部俺が悪いんだ! シグナムやシャマルが俺を殺してしまったのも、こんな状況を作ったのも!
だからはやて、何も聞くな! 俺だけ恨んでいればいい!
――くそ、頼むから、もう止めてくれよっ……!」
「おや? まだ振り切れないのかい?」
エスティマくんの涙混じりの叫びに、場違いな、意外そうな声をスカリエッティが上げた。
だが彼の表情は、虫をいたぶって喜んでいる子供そのものだ。
私は、その光景をただ見ていることしかできない。
動こうと思っても、麻痺したように身体が言うことを聞いてくれない。
「ははは……!
それにしても、残念だったねぇ。
兵器として生まれ変わり、大事なデバイスを失ってまで得た束の間の平穏も、これで終わりだ。
君の努力も、犠牲になった人たちも――
無駄だったわけだ」
「………………無駄?」
「そうとも。君を庇った女性たちも、さぞ無念だろうねぇ」
「……そう、か」
……エスティマくん?
がっくりと項垂れた彼の姿に、怖気が走った。
意気消沈とは違う。Seven Starsを握る手からは、ギチリ、と鈍い音が上がっている。
カチカチと鳴り始めた音は、歯の根が合っていない証拠。けれど、それは恐怖や寒気からではない。
あれは――
「……バラバラにしてやる」
触れることを躊躇うほどに、熱の籠もった怒りだ。
足元にサンライトイエローのミッドチルダ式魔法陣が展開される。
それと同時に、彼を縛っていたバインドが一斉に弾け飛んだ。
一歩踏み出し、足元の地面を割り砕いて、エスティマくんは顔を上げる。
「お前だけは殺す……刺し違えてでもだ!」
『……Ashes to Ashe 2nd ignition』
『はやてちゃん!』
胸の内から怒声が届く。
聞かずとも分かる。
何をしている。これで良いのか、とリインフォースⅡが、泣きそうになりながらも声を上げてる。
……そうだ。
……どんな罪があっても関係がない。
私はエスティマくんが好き。
彼がどんなつもりで戦ってきたのか分からないし、私のことをどう思っているのか知るのが怖い臆病者だ。
けど――それでも。
自分でも驚くほどに早く術式を完成させ、今にもスカリエッティに飛び掛かろうとするエスティマくんをバインドで拘束する。
そしてフラッシュムーヴを発動させて距離を詰めると、彼を抱き締めて強制転送を発動。
彼が何をしたとしても、どれだけ必死で歩いてきたのか知っている。
誰よりも近くでこの人を見てきたのだ。何をしていたかは分からなくても、どれだけ頑張ってきたのか分かってる。
だから、こんなところで死なせない。
死なせてたまるか……!
古代ベルカ式魔法陣と私の魔力光が瞬く。
そして一瞬の内に転移が終わると同時、視界が真っ暗になった。
地面に転がり込んで、青臭い草木の匂いが鼻に満ちる。
周囲は暗い。もう、夜になってしまったのだろう。それでも視界が確保できるのは、赤色混じりの光が木々の隙間から差し込んでいるせい。
勢いのままにエスティマくんを抱き締めて転移したため、押し倒す形になってしまった。
私の下にいるエスティマくん。
お互い、息づかいが聞こえるほどに顔が近い。
「……なんでだ」
ポツリ、と彼が呟いた。
彼がどんな顔をしているのかは分からない。
しかし、声にまったく感情が込められていない、さっきと正反対の声色に不安が押し寄せる。
けれどエスティマくんは先を続けた。
「……なんで止めた、はやて」
「……だってエスティマくん、死ぬつもりやった。
刺し違えても、って……本気でしょ?」
「ああ」
「だったら、当たり前やんか」
「……当たり前。当たり前、か。
はは……こんな命に、どれだけの価値があるってんだ。
踏み台にしてきた人たちが無駄じゃなかったと証明もできず、奴を殺すこともできず。
……まるっきり役立たずじゃないか、俺は」
退いてくれ、と押し上げられる。思いの外腕に込められた力が強くて、私は転がるように横へ。
エスティマくんはSeven Starsを杖のように地面に突き立てて、一歩一歩、歩き出す。
ボロボロの背中。バリアジャケットも裾が破れ、見ただけで身体が限界なのだと分かる。
それでも彼は地面を踏み締め、脚を動かす。
「……どこへ行くの?」
「戦いに。まだクラナガンじゃ、ガジェットが猛威を振るっているだろうから。
……俺には、これぐらいしかできない」
多分に自虐の混じった言葉。
彼にどんな言葉をかけたら良いのか、私には分からない。
手を伸ばしても、ゆっくりとだが、彼は前に進んでしまって届かない。
私ができたことは――黙って、彼のあとを追うことだけだった。
ジェイル・スカリエッティを中心に結成された違法研究者集団。通称、『結社』。
この日を境にしてミッドチルダ時空管理局地上部隊は、彼らとの小競り合いを続けてゆくこととなる。
彼らの掲げる、違法研究の合法化。それを呑むことなどできるわけがないために。
AMF搭載型機械兵器と戦闘機人を中心とした彼らの戦力に対抗できる魔導師は地上部隊に一握りしか存在しないため、地上部隊は徐々に劣勢へと追い込まれる。
聖王教会と連携することで盛り返すこともできたが、それでも、お互いが疲弊した故の小康状態に持ち込んだのが限界だった。
そして、すべての切っ掛けとなった日から三年後。
時空管理局本局が、ミッドチルダへの本格的な介入を決断。
『結社』対策部隊として、陸、海、聖王教会の戦力が集まった大隊が設立されることとなる。
――舞台は、stsへと。