マシュー・バニングスの日常 第九話 入院日記○月×日 リンディさんのご厚意で、時空管理局本局付属病院に入院することが出来た。ちなみに個室である。これから、早くても3ヶ月の入院生活の始まりだ。なんでもハラオウン家は、結構な家柄で力もあり、特に本局内にはコネもあるので、本局付属病院なら多少の融通も利くそうだ。 フェイトさんは公式の取調べとか裁判とかがそろそろ始まるそうだ。これも数ヶ月かかるらしい。ていうか裁判なのにわずか数ヶ月で終わるというのは大したものである。日本とかアメリカではありえんのでは。いや司法取引を含めた簡易裁判って話だから、ありえる範囲内なのかな。 姉ちゃんに連絡して、本格的な入院が決まったことを報告。何かあったら時間とか気にせず、いつでも連絡するようにと念を押された。学校の時間とか深夜とか気にして、変に遠慮した場合は相応の処置をとると宣告された。何をする気なのかガクブルである。 入院費等については、俺は気にしてるのだが、姉ちゃんはクロノが刺激したことで俺が植物状態になってしまったという裏事情を聞いた瞬間「向こうが悪いのだから全面的に賠償させろ!」と凄い剣幕になってしまった。アメリカ流の訴訟社会の勉強もきちんとしてる姉ちゃんの怒りはシャレにならない。場合によっては高町さんを脅して言うことを聞かせて、次元の果てまで追いかけて取立てを始めそうな勢いだったので、とりあえず入院費は何も気にせず受け取ることにした。○月△日 検査検査の毎日である。地球と変わらない血液検査みたいのも多いが、検査の半分が魔法関係なのが面白い。俺のリンカーコアは出力過剰、入力過少の状態でアンバランスに固まってるのがやはり問題らしい。出力にリミッターってのをかける安全策を当面は取るにしてもできれば将来的には自力でバランスが取れるようになるのが理想だそうだ。枷を嵌めることで体の他の場所に負担がかかる可能性を考慮して、体の他の場所に治癒魔法というのが施される。なんでも魔力を補給することで、補給された部分を一時的に活性化し、同時に補給された魔力が続く限りは通常より頑丈にすることもできるそうな。治癒魔法が内臓にも施された影響からか、異様に腹が減る。生まれてこの方経験が無い勢いでガツガツとメシを食った。 取調べが続いてヒマなフェイトさんが来た。同じことを繰り返し言うだけなので大変らしい。しかも被疑者なので行動の自由が少なく、自由に高町さんと連絡を取ることもできないとグチってた。フェイトさんの使い魔のアルフも元気が無かった。フェイトさん、果物の皮を剥こうとして、なぜかナイフがすっぽぬける。俺の枕に柄まで刺さった。○月□日 クロノが見舞いに来た。何か必要なものは無いかというので、魔法の練習用に安いデバイスでもあれば助かるという話をした。 管理局の武装局員とやらが使う、標準的なストレージデバイスをくれた。中古だがモノはしっかりしてるそうだ。さらにそれを一回、初期化して、ありとあらゆる種類の初歩魔法を入力しといてくれたそうだ。助かる。 治療の方は、まずは治癒魔法を活用して、肉体をとにかく頑丈にして基礎体力を付けることに集中してる状態である。何か大胆な手術ぽいものをするにしても、俺にはそれに耐える体力がそもそも無いのが問題だからだ。 ここにきて治癒魔法というのをわが身に受けてから常々考えていたのだが、俺が自分に自分で治癒魔法を施すことができれば、それだけでかなりの問題が解決するのではないかと思うんだよな。まずは治癒魔法の習得を目指すとしよう。俺のリンカーコアが、過剰に放出してしまう魔力を、そのまま我が身の治癒回復に充てることができれば・・・○月▽日 ついにはっきりとしたことなのだが、俺の肉体それ自体には、どこからどう調べても、やはり異常は無かったそうだ。何度も精密に検査された心臓についても、別にどこにも異常はない。リンカーコアの異常による魔力障害からくる肉体の慢性的衰弱である、ということが明確になった。 姉ちゃんに、俺の肉体自体には何の異常も無いことを報告すると、また泣いて喜んでくれた。 しかし生まれつき崩れていたリンカーコアの出力・入力バランスを取る、それもできれば自力で、というのが理想的な状態であるとはっきりしたために、俺自身が頑張らねばならない部分が思ったより多かったとボヤくと、目を三角にして叱咤されてしまった。「あんたはこれまで寝て過ごしてたんだから、ちょっとは根性見せなさい!」と、さすが姉ちゃんである。 だがリンカーコアにどうしてそんな形成異常があるのか、という点については原因不明・・・現状では対策は見つからないらしい。 例えば生まれつき、冠状動脈に形成異常があるとかだったら、外科的手術で形を整えてしまうこともできるわけだが、本質的には、「ある程度の秩序をもったエネルギー体」に近いリンカーコアでは外科手術するというわけにもいかない。 またリンカーコア自体に過剰な接触をすれば命に関わる危険性も高いので、やはり俺が制御できる状態にまで持っていくという遠回りな安全策こそが、最も優れた治療法ということになるらしい。×月○日 看護師さんに付き添われたまま、魔力リハビリルームで地道な訓練を繰り返す。看護師さんもDクラスくらいの魔法なら一通り扱えるということだが、良く分からない。まずは明らかに得意であると思われる探査魔法を発動してみようとすると、デバイスが過負荷で壊れかけたのでそれは後回しにしろと言われた。使ってみたい魔法No.1である治癒魔法は、まあ悪くないが上の下くらいの適性であると言われた。攻撃の基本であるという初歩の砲撃は、超ショボかった。花火くらいのレベル。防御の基本である楯を作ってみるとまた、超ショボかった。強度は紙一枚といったレベル。実戦で重要になるという高速移動は・・・なんか気持ちだけ速くなった様な気がしないでもない程度。 しかし結界、転送については探査に次ぐくらいの高レベルであると言われた。並べてみると(探査)>>(結界)=(転送)>(治癒)>>>(越えられない壁)>>>(防御)>(攻撃)>(移動) 完全に補助系魔道士の適性しか持たないと、自信を持って断言されました。いやいいんだけどね・・・ 苦手なのは完全に後回しにして、得意なのだけ伸ばすことにしよう、まずは。治癒は特例で最優先だが。(後年日記のこの部分を見直した時の補足) 探査は超天才Sオーバーレベル、ほとんどレアスキルで誰も真似できないレベル。結界と転送も十分天才Sレベル。治癒は秀才、頑張ってAAAくらいまで持っていけたレベル。しかし防御紙、攻撃ゴミ、移動なめくじw×月△日 攻撃魔法についての適性は絶望的だから、捕縛系(バインド)も試してみるべきだと言われてやってみた。少なくともロープで縛るくらいの束縛は与えるはずだったのだが、ティッシュで作ったこよりくらいの強度しかなかった。ううむ、こよりバインドにティッシュシールド、花火砲撃と来たか・・・前線で戦うのは絶望的とのこと。将来像としてはどう考えても探査役になるから、探査して、すかさず転送で逃げる移動式レーダーがせいぜいらしい。 今日はリンディさん、クロノ、フェイトさんが3人で見舞いに来てくれた。リンディさんとクロノは地上に戻ったのは久しぶりなために溜まってたデスクワークの山と激闘中だそうだ。フェイトさんはまだ証言と裁判の日々。お役所の手続きは煩雑で手間がかかるのはどこでも同じらしい。 俺の魔法の傾向について話すと、どうやら俺は魔力を収束させるのが苦手なのだろうとのこと。逆に、拡散させた魔力を操る方には尋常ならざる才能があるはずだと、リンディさんとクロノは口を揃える。ちなみに高町さんは収束系の天才で、彼女の砲撃は他に類例を見ないくらいのレベルだそうだ。フェイトさんは超高速移動から至近距離で魔力でぶん殴るみたいな攻撃が得意で、これもやはり収束がちゃんとできるからだろう。俺には絶対にそういうことは出来ないらしい。 普通に探査魔法を発動しようとしたら、このデバイスは壊れかけたので試すことも出来ないという話をすると、しばらく難しい顔で考え込んでいた。今の俺はリミッターをかけてDクラス程度の出力しか無いはずなのにそれでも壊れかけるということは、恐らく魔力自体の出力の問題でなく、同時に拡散された多量の探査球から送られる情報処理のための演算性能に問題があるのだろうとのこと。初歩なら一個しか出せないものが、俺は同一の魔力しか使わなくても10個以上を余裕で出せるようだ。すっごく密度が薄いのに、機能は失っていないようなのを。しかもそれでも余裕があり、本気でやれば現状でも20はいけると思う。そういう俺の特性に耐えるためには、頑丈で、しかも演算性能に特化したデバイスが必要になり、オーダーメイドする必要があるとか。 既製品の中古である今のデバイスと違い、オーダーメイドは桁違いに高いらしい。どうしたものやら。 探査は保留してやってみてる結界と転送はやはり得意だな、俺。近頃その練習ばかりしてる。×月□日 リハビリが一段階進み、リミッターを一時解除してみる日が来た。 俺は無意識に魔力をリンカーコアから発散させ続けて、それが肉体への負担になっていたわけだから、その発散を抑えて自力で制御できるようになるのが理想であるわけだ。 リミッターを外した瞬間、体から力が抜ける。ひどい貧血に近い状態だ。立つのもきつくてふらつく。 なるほど俺は魔力の拡散・発散というのが得意なのだな・・・ていうか自動的に全身から魔力が蒸発していってるぞこれは・・・そうかこれまでは意識できなかったが、ずっとこの状態に耐えていたのか俺って凄いな・・・ 心臓の鼓動が浅く早い・・・治癒だ治癒魔法・・・心臓に魔力を込めることができれば・・・ 力が戻る、やったか・・・と思った瞬間。 いきなり呼吸困難に。左肺が破れたか? 吐血する、だめだ肺の中に血が溢れて・・・地上で溺死する・・・やばい・・・ 目が覚めたらまたベッドの上だった。この感じは久しぶりだな。 これまでは心臓に直で負担がかかったわけだが、今回は肺になった。前よりはマシになったと言えない事も無い・・・らしい。 とりあえず結構な量を吐血したらしく、しばらく安静にしていろとのこと。 リミッターはC相当程度に直した上で、まだ付けておく。少しずつ慣らす以外に方法は無いそうだ。 やれやれ・・・やっぱり先は長いなあ・・・ 思ったんだけど、制御するというのは、押さえ込むということで、収束するというのに近いわけだ。俺の特性は発散であり拡散。まるきり逆で、もとから苦手なんだな多分。「肉体の細胞一つ一つに魔力をこめていく」という治癒魔法は、比較的、拡散するという方向性に近いから俺にもできるわけなんだろうが・・・やっぱ治癒しかないのかな。×月▽日 寝て無くてはダメで暇なので姉ちゃんに連絡する。 隠してたら怒られるので、事態の経緯をちゃんと説明。 難しい顔で、そのリミッターをずっと付けているだけという状態にするのは無理なのか、と訊かれた。 それは俺も思わないでも無かったのだが・・・何せこれは俺にとってはリハビリ用の補助具のようなもので、やはり理想的には補助なくして、完全に自立して安定しなくてはいかん。そこを目指しての治療なのだから、補助具に依存するような状態は避けたいという旨を伝えると、渋々ながらも納得してくれた。 その後は、俺の背が伸びたとか、肉付きも良くなって少しは見られる顔になってきたとか嬉しそうに話してくれた。 結界術って色々あるんだなあと学習中。しかし実践では魔道士以外を人払いして微妙に位相をずらすタイプのものくらいしか使われてないみたいね。完全に閉じ込めるタイプのは余程の凶悪犯相手にしか使われず、しかもそういう凶悪犯が強力な魔道士だったりするとすぐに破られたりするらしい。 転送は、見える範囲内の移動という初歩から、遠くにあらかじめマークしておいて、そことの間の転送という中級に入った。しかし見える範囲内の簡易転送に比べ、遠距離転送は発動が遅いな。なんとかならんかな。 治癒魔法は日々努力してるが、技量はジリジリとしか上がらんなぁ。不得意では無いが、それほど飛躍が望めんかも知れん。△月○日 今日はみんなで相談して、一緒におしゃべりしようと約束した日だ。フェイトさんが見舞いに来ており、通信機の向こうには姉ちゃん、高町さん、月村さんがいる。フェイトさんもそろそろ裁判が終盤で、やっとリアルタイムで他者と連絡する許可が降りたらしい。 姉ちゃんたち4人が凄い勢いで喋っている・・・女の集団の姦しいお喋りには全くついていけない。 俺に気を使ってくれたのか、月村さんが俺に話をふってくれる。さすが月村さん、真の癒し系だ。 俺の魔法適性の話とかしてみる。攻撃防御の適性ゼロで、完全に補助か探索しか出来ないということを言ってみる。 それはユーノ君に似てるね~と高町さんが言う。ユーノ君とは高町さんの肩に座ってるオコジョのことらしい。「へ~そのオコジョも補助系魔道士なんだ。使い魔みたいなもん?」 と尋ねると、なぜかみんなが爆笑。オコジョは何か必死に抗議している。 オコジョの話によると、自分の今の姿は仮のものであり、実は人間の魔道士だとのこと。あとオコジョではなくフェレットだとか抗議してたが、オコジョとフェレットがどう違うのか分からん。オコジョもフェレットもイタチもテンも似たようなもんだろう。 大体、好きでオコジョになってるんだろうからオコジョ扱いされて怒るのは変だろうオコジョ。 ユーノ・オコジョはからかうと面白いということは分かった。 探査魔法は、そ~っと発動すれば出来ないことはないと分かった。これまで各種補助魔法はリソースを等分にしてデバイスにインストールされていたのだが、探査については逆にリソースを極小に切り詰めた。これはデバイスにかかる負荷を減らすと同時に、俺から探査時に発動される魔力も思い切り減らすという行為なわけだが、そこまでやってやっと落ち着いて制御できるレベルになった。しかしこの状態でも半径数百メートルが簡単に「見える」。看護師さんも驚いてた。探査は天才だと持ち上げられた。ちょっと気分が良い。探査魔法については、どういうわけか知らんが俺の異常な探査性能に、デバイスがついてこれないってことなのかな。 後は結界、転送のリソースもいじくってと・・・治癒には最大スペースを与えて、どーせ使えない攻撃防御とかはガリガリと削りまくったw△月×日 再びリミッターを外す日がやってきた。今度はあらかじめ、心臓と肺に注意しておく・・・ リミッター解除、脱力、心臓に治癒、続けて肺に治癒、次はどこに来る・・・? 頭がドクンと脈打つ、おし頭か! 速攻で頭に治癒、おし、安定したか・・・? 数分はそのままだったと思う、おし安定したか・・・と少し気が抜けた瞬間。 腹部に激痛! 胃が破れたか? 喉元に胃液と血が混ざってせり上がってくる、激しく吐血、きつい、連続して激痛が襲ってくるのに意識が鮮明なままなのが超きつい、激痛の余り全身から力が抜け、激しく嘔吐しながら地面に倒れる。やべえ痛い、しかも意識が途切れない、気絶できない、うわこれまでで一番きついかも、痛い痛い痛い・・・ 目が覚めたらまたベッドの上だった。看護師さんが俺を気絶させて強制的に安静にしてくれたらしい。 なんでも信じられない速度で胃壁に大量の潰瘍が出現し、大出血したそうな。 それでもリミッターはB相当まで緩めることにしたそうです。 ただ、魔力の出力量とか、俺の治癒術のレベルとかいろいろバランスを考えると、今のアプローチではこれ以降は改善する余地が見込めないとか・・・出力量は俺自身で抑えるのがそもそも出来ないわけだから、俺の治癒術のレベルに進歩が無ければ、この状態からのさらなる向上は難しいそうだ。 リミッターをつけている分には、日常生活は保障できると言ってくれたのだが・・・ この状態では、俺の日常は、リミッターという名の補助具に依存したままになってしまう・・・△月□日 リンディさんが来てくれたので現状の相談をする。 俺のリンカーコアの出力過剰の状態はどうにも先天異常で直る見込みが薄いこと、自分自身に治癒術をかけることでバランスを取れる可能性はあること、しかしそのために必要なレベルの治癒術とは、一般的なレベルではダメで、専門的な治癒魔法の勉強とかが必要になること。 その上で、そういう専門の教育機関は無いものか、と尋ねてみた。やはり医学校みたいのはあるらしい。 ミッドは就業年齢が低いので、俺でもそういう医学を学ぶ機会はあるそうだ。 そのうち、学費のかからないところは無いかと訊いてみると・・・ 時空管理局付属ミッドチルダ中央魔法医学校というのがあるそうな。実質、軍医養成所に近いところで、タダで教育してくれる代わりにその先、一定の管理局への貢献が義務付けられる学校だ。 リンディさんは、なんだったら学費は貸してあげるから、普通の民間医学校に行けばどうかとも言ってくれたが。 いくらなんでもそこまで借りを作るわけにはいかねーよな・・・ ただでもリミッターは借り続けなくてはいかないわけだし。 俺は退院し、帰省して姉ちゃんに報告した上で、その中央魔法医学校に進むことを決めた。 フェイトさんも裁判が終わり、高町さんに会いに地球に行くという。微罪で済み、管理局への短期の奉仕義務だけになったそうだ。 久しぶりの地球である。△月▽日 フェイトさんは、リンディさんに養子にならないか、と薦められてるそうだ。どう思うかと相談された。フェイトさんは天涯孤独の身の上なのだそうだ。でも今でも生死不明の母親に対しては強い愛情を持ってるようで・・・正直困った。こういう重い相談になんてどう答えたらいいのか分からない。 リンディさんが良い人であるのは分かってる。今でもフェイトさんの法的な保護者をしてくれてるらしい。さらに正式に養子にまでしようというのは純粋に好意なのだろう。俺という、無責任な第三者の立場から言えば、フェイトさんが養子になることは、基本的には良いことのように思えるのだが・・・しかし肝心なのはフェイトさんの感情だしなあ。 話を聞いて相槌を打つくらいしか出来なかった・・・良さげなアドバイスもできない未熟なガキの自分にちょっと自己嫌悪。 もうすぐ地球に着くことだし、高町さんにでも相談に乗ってもらうとしよう・・・ 結界の勉強でもして気を紛らわそう・・・ 明日は地球につく・・・(あとがき) 以前の半死人の状態に比べれば、何とか半病人くらいになりました。 アリサが管理局付属の医学校への進学を認めてくれるか、どうやって説得しようか頭が痛いです。 次はいよいよ闇の書と守護騎士たちが登場する予定。主人公の援護が渋く光ればいいなあ・・・と思ってます。もちろん戦いません。