マシュー・バニングスの日常 第八十二話 はやてちゃんなら納得できる。 でも今は、はやてちゃんが明らかに一線引いてる。 それでも彼に待っててほしいとか、お互い待とうとか思ってるのかもしれないから。 だから、そんなことを思ったらダメなんだよ! なんで分からないのすずかちゃん! なんでそんなひどいことしようとするの! 家同士の関係とか持ち出してそんなふうにしてマシュー君を取っていこうなんて! しかもそんなの口実でしょ! 本当はただ彼が欲しいだけだというのは、すずかちゃんのことなんでしょ! それなら私も! 私も? 私「も」・・・ 違うよ。 絶対違う。 だから違うんだって。 ずっと混乱してた。 彼の顔を見たとたん泣き出すくらい、もう末期。 彼の顔をみて、立ち尽くして、硬直して、声も出ず。 私の目からは涙がぽろぽろとあふれてきて。 そのうち鼻も喉もつまってきてグスグスシクシクって泣き声まで出てきて。 そんなに大声で泣き出したわけでは無いんだけど。 彼の顔を見るなりいきなり泣き出した私を見て・・・ マシュー君はなんだかバタバタと慌てて。 だって考えたらここは研究所の正面入り口の受付付近。 まず受付のお姉さんがいた(複数) さらに受付席のそばに守衛さんも(複数) 入り口付近には守衛詰め所みたいのがあって、そこからこっちを遠巻きに見てる視線が(十名以下程度?) さらに大きな研究所の正面の出入り口なんだから、通る人多数(少なくとも十名以上) この衆人環視の状況でいきなり泣かれて。 どうしたものかと迷ったらしいマシュー君は、迷った末に・・・ いきなり私の手をとって走り出す、そのまま彼の個人的な研究室みたいな所に飛び込んだ。☆ ☆ ☆ ふはははは。 てめえ泣いてんじゃねーぞコラ。 泣きたいのはこっちだあああああ! あの有名な空のエースが来るというのでだな! いつもより人目が多かったんだよ! そこで俺の顔みるなり意味ありげに泣き出すとか、高度な嫌がらせかコラ! 俺は「知る人ぞ知る」って感じで玄人筋には知られてるって程度の有名人に過ぎんが。 お前は一般人にも空のエースとして知名度あって、管理局広報ポスターとかにも何度も出てる有名人なんだぞ! マジでミッドの週刊誌ネタとかにされる可能性あるぞ! もうちょっと慎重な行動をとってくれえええ! 研究室に連れ込む、椅子に座らせる、飲み物持って来る。 なんとか落ち着かせようと話しかけるのだが。 まだ泣いてる、泣き止まない、ただぽろぽろと目から涙を流し続けて。 潤んだ目で俺を見上げる、不覚にも少しドキっとした。「どうしたんだよ高町・・・」 正直焦ってて混乱してって内心を押し殺して、なんとか優しげな声を出して問いかける。「わかんないの・・・・・・」「わかんないってお前・・・」 十分もすれば涙は止まり、落ち着いてくれたのだが。 だけどやっぱり・・・普通じゃ無い精神状態だな、まだ。 しかし基本的に高町ってやつは俺から見れば、いつも無駄に元気で。 それで全力全開で駆け回ってて、それを横から見ながら俺が突っ込みいれるみたいな感じで。 つまり高町が弱ってて、はかなげな感じというのは実に珍しく対応に困るのであり。 撃墜されて入院したときは確かに弱ってたが、あの時は・・・ 俺はせいぜい、いたずらに刺激しないように、腫れ物に触れるように接していただけで。 高町が元気でないと調子が狂う・・・ しかし近頃、桃子さんやら姉ちゃんやらに煽られてるということは知ってるんだが。 それでもせいぜい俺の前に来ると固まってしまう程度だったのであり。 いきなり泣き出すとか・・・前より状態が悪化している・・・ なにかあったのだろうか? あったんだろうな・・・ で、俺はそれを尋ねるべきか? そうやって高町の内心に踏み込むべきか? あああ~~~くそ、わからん。 こういうときはとりあえず対応を八神に任せて・・・といういつもの手が使えないのが痛い。 くそっ! 身近に八神がいないとやっぱり色々不便だ、不便すぎる。 はやく八神を嫁にしなくては・・・という決意を新たにする俺だったが。 そういう将来の話は現状、役に立たない。 結局、おっかなびっくり・・・慎重に慎重に高町に声をかけて、なんとかなだめようと努力してみる。 なんとか三十分ほどで・・・せめて普通くらいの状態になったように見えたので・・・「あ~っと、研究協力の内容は聞いてるか?」 あえて事務的な話をする、そうして何かを誤魔化してたのかもしれんが正直他に手が無い。「うん、聞いてる、けどあんまり詳しくは・・・」 この程度の普通の受け答えはできるように、よかった助かった。「そかそか、それじゃあ詳しい説明を」 そうやって俺の専門分野の話を説明することで雰囲気をニュートラルにしようとしたところで。 急に研究室のドアを叩く、ノックの音がした。 ん? どうしたのかなと疑問に思いながら立ち上がりドアを開けると。 そこには当研究所の受付のお姉さんが。「えと、どうしました?」「すいません、バニングス先生、お取り込み中だとは思ったのですが・・・」 なんだかすごく申し訳無さそうな顔の受付嬢。「いえいえ別に何も無いです。それで・・・」「はい、高町二尉の研究所への通行認証がまだ済んでいないので・・・手続き上きちんとチェックさせて頂かないと・・・」「あ」 研究所の入り口に来た高町、出迎えた俺、俺の顔を見るなり泣き出す高町、焦って部屋に連れ込んだ俺・・・ 一連の流れを振り返ってみて今さら気付く、確かに忘れてた。 ここは様々な機密も扱ってる研究施設で人の出入りには厳しい、正式に呼ばれて来た高町でも通行許可の認証を受けねば勝手に入ったりしてはいけないのが当然で、それを俺がいきなり連れ込んだもので手続きが済んでない、こりゃまずい、軽犯罪モノだぞ。「しまった! すまん高町、通行許可証は貰ってきてるよな?」「え? うん当然、えっとこれがそのためのパスで・・・」 レイジングハートからディスプレイを開き、その情報を引き出して提示する高町。「はい確かに。問題無いですね。気をつけてくださいよ? 無許可の立ち入りは管理局員でも禁止されてる場所ですから・・・」 お姉さんは端末を操作して簡単に入力して、レイジングハートと少し情報のやりとりをしてすぐにOKを出してくれた。「えと・・・すいません、これって履歴に残ってしまったりしますかね・・・」 恐る恐る俺が聞くと。「当然ですね。無許可侵入はそれで何もしなかったとしても軽犯罪になりますし」「すいません! そこは俺が連れ込んだわけですし、どうにか俺が悪いってことに出来ませんか?」「・・・実際に見ていた私たちは当然、そうだったってことは分かってますけど・・・でも規則は規則ですので・・・」「ああ~そうですか・・・しかしなるべく・・・主に俺の失態だったって報告で・・・お願いします」 いいながら頭を下げる。 そういわれて困ってしまった受付のお姉さん。「それほど大きな問題にはならないと思いますよ? バニングス先生のことですから・・・」「いや、俺はいいんですよ、問題は高町の方で、彼女は悪くないのにですねぇ・・・」「あら?」 なんか意味ありげに微笑むお姉さん。「いきなり顔を見るなり泣き出したのは、別に法律違反では無いですけど・・・そこに問題があったのは事実だと思いますよ?」「・・・む」「あぅぅ・・・」 言葉に詰まる俺。下を向いて赤面してしまう高町。 確かに高町のその唐突な行動が無ければ互いにこういうことにはならなかったのだが・・・ そんな俺たち二人を見て、微笑ましいわね~って顔して、お姉さんはにこやかに。「大丈夫ですから、悪いようにはしません、安心してください」 むむ・・・確かに元からそれほど大して悪い事ってわけでもないし、大丈夫そうな雰囲気ではあるのだが。 なんか。 それとは別のところで大いなる問題がおきそうな気がするのはなぜだろう・・・ それじゃあ後は若い二人に任せて、邪魔者は退散しますね~とでも言いたそうな感じで部屋から出て行くお姉さん。 残された俺たち二人はなんとなく顔を見合わせて・・・ とりあえず。 研究内容の説明を・・・再開することにした。 これは後日談になるが。 確かに、大した問題にならなかった、不法侵入ではなく事故的に過失で入ってしまっただけって扱いにしてくれたらしい。 それは助かったのだが・・・ 同時期、管理局の事務職女性たちの噂のネットワークに・・・ バニングス医師と、高町二尉が「できている」という情報が駆け巡り・・・ ほとんど確定した話みたいに扱われるようになってしまったのは・・・勘弁して欲しい所だった・・・ 結婚引退したエイミィさんから確認のメールが来たくらいだからな! なんで地球住まいのエイミィさんの所までその噂が行くのかと、あの受付のお姉さんを問い詰めたい! エイミィさんには違う! 誤解だ! と返事しておいたのだが。 これあげるから本当のこと教えて! と結構多数の画像データが送られてきて。 ぶは! これは・・・! フェイトさんのギリギリお宝画像・・・! ダメだ! こんなものは消去せねば・・・! 寝起きの無防備なフェイトさん、寝乱れて見えそうなフェイトさん、風呂上りの美味しそうなフェイトさん・・・! 大丈夫だよマシュー君、18禁になるような画像は絶対無いから! ちょっときわどいくらいの写真を持ってても罪にはならないよ~ 気にせずに受け取ってね、気に入ったらまた送るから、それでそれはそれとして、なのはちゃんとの仲は・・・ だから本当に違います、何も無いですってばと繰り返しやっと納得して・・・くれたのかな? しかし、実にけしからん画像だ、実にけしからん! すぐに消去せねば! 本当に、すぐに消去せねば! もしもこんなもんが八神に見つかったらとか想像してみろ! 死ぬぞ! だが消す前に一度だけ、本当に18禁な画像が無いか確認してみる必要はあるのでは無いだろうか。 もしもそんな写真がエイミィさんに撮られてたらフェイトさんが可哀そうだからな、うん、あくまでフェイトさんのためだ! 仕方ないから確認しよう、うむ、仕方ない。 湯上りのフェイトさんのパジャマ姿の胸元アップの写真など火照った肌と、わずかにのぞく鎖骨のラインが実にけしからん! 制服姿のフェイトさんが玄関で靴を履こうとして腰をかがめてるのを後ろから撮った写真など、タイトなスカートで無理やり包まれてる豊満なヒップとか実に実にけしからん! とりあえずじっくりとチェックするために、俺の病院寮の部屋の私物のPCにデータを転送しておこう。 デバイスの中の分はきちんと消しておかねば・・・デバイス内部は人に見られる危険が万一でもあるからな・・・ オホン、それはともかく。 高町が研究所に通うのはわずか二週間程度の予定だった。 その間、あれこれ精査するわけだが。 そう二週間程度だ。 だから普通は何も無いはずだったのに。 それでも高町がいるということが、事件を呼び寄せることになるんだろうかなあ・・・ 研究所の別棟に運び込まれていた、とあるロストロギア。 「レリック」絡みの事件に俺が関わったのは、それが最初であり。 そして最後では無かった。(あとがき) なのはさんのターンですので戦闘イベント付随する次回。一緒に切り抜けて、その過程で気持ち整理できるかどうか。 切り抜け方で大いに分岐する所かな? このままスカルート一直線という選択肢もありそうな部分。 「週刊実録!クラナガン」の今週号に「エースのお相手は幼馴染の若手医師?!」という記事が載ったかどうかは定かでは無い。