マシュー・バニングスの日常 第四十二話□×年△月×日 中3になったのだが。 在学中と、二年前の高町の退院後と、二度にわたって出されたリンカーコア障害治療に関する論文の功績で、俺の拘束年限は小6から中2までのわずか3年間となり、ついにこの度、見事に年季が明けてしまった。 終わってみれば早かったし、意外ときつくもなかったな。 まあ俺自身のリンカーコア形成異常については未だ治療法が見つからないので・・・まだミッドで研究する必要がある。だから研究棟を自由に使う権利を与えてくれている本局病院の方はやめる気は元々無かったのだ。地上本部の病院はどうすっかなーと正直迷ったのだが、上の方の人が日々入れ替わり立ち代りして頼むやめないでくれと頭を下げてきて・・・ そもそも海の本局には、リンカーコア障害治療部がちゃんとあり、そこにはギルさん始め優秀なスタッフが揃っており、研究設備も完備、この方面ではトップであると断言できるわけだが・・・陸の本部の病院にはスタッフも少なければ、設備もどうも一段落ちる、予算も少ないらしいし・・・なんなんだろうなこの格差は。俺は陸では内科の中の第3課という、実質上俺のためだけに新設された課に所属しており、そこでチーフって役職まで貰って待遇も良いのだが、それも陸には専門のリンカーコア治療部ってのを作る余裕が無いって事実の裏返し。 つまり海は俺が居なくてもある程度まわるが、研究設備の関係で俺はそちらにちゃんと所属したい、陸は俺がいなければ話にならないので必死に俺を引き止める、という状況なわけだ。 しかし本当に陸はなんとかしないといかん・・・ 予算が少なく設備もいまいち、優秀なスタッフもいないのならば・・・ そして予算と設備については劇的な改善など、決して望めないというのが実情であるならば・・・ 優秀なスタッフを育てる以外に方法は無いわけだ。 いや海の本局病院にはいるんだけどね・・・そっから引き抜くってのは難しそうです。俺が陸に顔出すようになったのは、俺の名前がまだ売れてなかった頃に気まぐれで呼ばれて縁ができたって関係だから。んで行ってみれば、犯罪者相手の激務で魔力中枢をすり減らしまくってる人がたくさんいて、継続治療とかしてると辞めるわけにもいかなくなって、そのままって感じなんだよな。しかし今になってあらためて海から人材引き抜くってのは・・・いや派閥争いってほんとアホらしいねえ・・・「あの」有名な海の本局病院リンカーコア障害治療部のスタッフってのは既に引く手あまたなのであり、その人材争いに陸も参加するってのはかなり困難なのだな。 陸の人たちも分かってるし俺自身も分かっちゃってるわけだが、陸に顔を出し続けているのは、はっきりいって俺の厚意による部分が非常に大きいのである。だからこそ情に訴えてお願いに来るわけなんだが・・・ ☆ ☆ ☆ 例によって八神の家で。「治療途中の人もいるし、一月に一回はちゃんと体内の魔力調整ケアしなくちゃいけない人も多いし、だから顔を出し続けてんだけど、そうなるとまた新しい患者さんが来て、またつながりが出来て続けざるを得なくなるし・・・このままではズルズル行くなあ・・・」「マーくんは辞めたいん?」「患者さんの面倒は見たいよ。治せる人は治したい・・・でも今のままだと効率悪いなあ・・・」「本局病院のほうに来てもらうわけにはいかへんの?」「本局指定病院だと、本局所属者は医療費が割り引かれる。同様に地上本部指定病院だと、地上所属者は医療費が割り引かれる。保険の管轄が、海と陸でスッパリ別れてるんだよ・・・陸の人に海の病院に来いとか・・・気軽に言えないのよ。」「それは初めて知ったわ。そっか、それやと難しいなあ・・・」「ああ~もうなんでこんな無意味な分割してんだか・・・効率悪すぎるだろ全く。」「地上では、リンカーコア治療のスタッフさんは育ってないん?」「ある程度は育ってるんだけどさ・・・これもなんか効率悪いんだよな。医者の方はそこそこ育ってきたような気もするんだが、医療てのは医者だけじゃないだろ? サイドスタッフもきちんと育ってくれなくては話にならんわけで・・・ところがそのサイドスタッフの候補として送り込まれてくるのがだなあ・・・」 本当にこの件だけは相当鬱憤が溜まってたのでついグチをこぼす。「なーんかいわくありげな怪しい人ばっか、入れ替わり立ち代り来たりしてさ。俺の技術を盗みたいっていうならそれは良いんだよ、それで治療法が普及するのは本望だ。でも誰にでもできるよう標準化された治療法と、その補助とリハビリとかをマジメに覚えようって言うよりは、俺自身の特殊スキルが前提にある直接整形術ばっかり興味示して、そんなもん必要ない圧倒的多数の患者さんへのケアを適当にするようなのが多かったりしてさあ。あれは腹立ったんで陸の上に抗議してやったが・・・」「どうなっとるんやろね?」「少将さんだったか准将さんだったかが謝りに来たけどさ、謝るくらいなら初めからするなってんだよ。送り込まれた変な連中は全く変としか言いようがないやつらだったし・・・」「どんなんやったん?」「ん~八神は知ってるよな・・・ナカジマさんちの娘さんみたいな・・・」「ああ・・・」「体の中が異常に機械だらけの女性が来てさあ・・・別にそれだけならね、ナカジマさんちみたいな?っても俺は良く知らないわけだが、まあ何にしても事情あるのかなって思ってスルーしとこうと思ったのにさあ・・・怪しい行動しか取らないもんで、やる気ないなら辞めろと怒鳴ってやったな。それからも二人くらいだったか似たようなのが来て、やることも同じ、全員追い出したよ。 そのうち自分の外見を常に魔法?・・・なのか何なのか・・・まあ魔法ぽい何かで偽装してるなんつー最高に怪しいやつが来たんで、お前ら一体なんなんだいい加減にしろと、そいつも追い出して、上に文句言って、これ以上変なやつしか寄越さない気なら辞めてやるぞと怒ってやって、それでやっと普通のスタッフが来るようになってさ。全くなんだったんだか・・・」 八神は少し考え込んだ。「それは確かに変やなぁ。ちゃんと治療スタッフを揃える方が重要やろうに。ちなみにその上の人って名前は?」「ほら、あの陸の有名人、レシアス・ゲイズさんだったっけ。」「レジアス・ゲイズさんやで。・・・まあ暇なときにでも、ちょっと調べてみるわ・・・それは確かに変や。」「仕事忙しいんだから無理すんなよ。」 ☆ ☆ ☆ 八神の家にある俺のPCを立ち上げてメールチェックしてみたら、おお、スカさんからメール来てるわ。 スカさんは外科系の医療研究者だそうで、本名は知らないがその圧倒的な知識には常に感心させられる。本局のリンカーコア治療部のホームページに何度も専門的な質問とかして来てた人で、メールやり取りしてるうちに親しくなって個人アドレスも互いに教える仲になったのだ。真っ当な病院勤務だけでは知ることが出来ないような、なんかアングラな医療行為に関する知識も豊富だったり。 何者なのか不明だが、とにかくホントに凄い人ではあるのだ。 まだ若く未熟な俺は相談とかにも乗ってもらったり。俺のリンカーコア形成異常についても相談してみたのだが、それは外科的治療で治せるものではないだろう、できるとしても君しかできないだろうし、そのために協力しても良いよと言ってくれたし。 この前、やっと陸のリンカーコア治療体制も軌道に乗りそうだ、ほんと上の人間の考えることは分からんみたいなグチを送ったのだが。 スカさんからの返事によると、恐らく君の技術を個人的に知りたい権力者などが強引に手駒をねじ込んで来たのだろう、陸も一枚岩では無いし、どこがどうつながってるか分からないからね、だが君は余分なことなど考えず、今、歩んでいる医者としての正道を進むことだけ考えていくのがいいよ、とアドバイスしてくれた。 うむ、スカさんはいい人だなあ。 怪しいやつらばかり来て困る、あんなに分かりやすいのにバレないつもりかと憤慨したメールを送ったときも、相手のマヌケさを笑っていればいいじゃないか、流しとけって言ってくれたし。 しっかしほんとマヌケだったんだよ。人の体見抜くのが仕事の医者相手にあんな怪しいの送り込んできたら120%バレるっての。そゆこと考えたバカの顔を一度拝んでみたいもんだよきっと見るからに抜けてるんだろな~ いやあ、そこまで言ってしまえるのは気持ちいいね。君じゃなければ分からなかったレベルだったから、他の人は騙されてしまったのだろうに・・・ただ、妙な人間に目をつけられてるのは事実だろうから身辺に注意をしたほうが良いかもね・・・□×年△月$日 ユーノが通話してきて、今度こそ高町をデートに誘うので協力して欲しいと要請された。「頼む! 今度こそ一歩、踏み込みたいんだ!」「今、あいつ教導隊に移ったばかりであっちの仕事に夢中だぞ。時期が悪いなあ。」「前、君も言ってたじゃないか。なのははきっと仕事は辞めない。いつも忙しく仕事を続ける。それでも付き合えなくちゃダメなんだ。」「あ~なるほど。それは正しいかも。」「なのはは仕事が何よりも楽しいみたいだけど・・・僕もそれに並ぶくらいに一緒にいて楽しい存在になるんだ。」「それが出来たら、お前のもんだわな。で、どうすんの?」「映画とか遊園地とか動物園とか水族館とかショッピングとか、いろいろ考えた。」「ふむふむ。」「そこで僕が考え付いた答えは!」「なんだ? 意外とお前の分析も面白そうだな。」「頼む! 君とはやての都合のつく場所にして、一緒に来てくれ!」「・・・は?」「だから、君とはやての都合で良い! 一緒に来れる場所ならどこでもいいから!」「・・・つまり、俺と八神に付き合って欲しいって所が重要だから、場所は俺たちの方の都合で良いと?」「その通りだ!」 自信満々に断言してるその内容はどうなんだと・・・しかし逆向きかも知れんが振り切ってるのは確かだな。 八神に相談してみると、高町は仕事仕事で趣味らしい趣味が無い、どこに出かけるにしてもきちんと着飾る服やアクセサリ、化粧品なども驚くほどに全く持っていない。ここは一度、そういうものを一通り買わせるためのショッピングツアーが良い、自分も前から高町には一回そういうものを揃えさせておいたほうが良いと思ってた、ということなので。 八神が今度ヒマな時に一緒に買い物に行かないかと高町を誘う、二人で休みを合わせて出かける約束をする、それにさらに俺とユーノが休みを合わせた上で、八神が高町に二人も一緒で良いかと聞く、という・・・まるきり八神頼みの作戦が実行された。 ユーノよ・・・これじゃいかんだろと思うのは俺だけか・・・ 場所はミッドの繁華街ということになった。こっちの方が集まりやすいという以外に、例えば姉ちゃんなどの第三者の乱入の可能性が低いし、高町が自由に使える金はミッド通貨の方が多いので、買い物させるにはこっちの方が好都合ってのもあるし。 八神は集まる前に高町家に連絡を入れ、高町が制服とかで来ないように念を押したとか。 女の子らしい買い物をさせるという八神の方針に大賛成した桃子さんの手によって、今日の高町は可愛い格好をしている。 さらに、高町はミッドでは有名人なので変装の意味もあって、髪型を変えて、いつものサイドでまとめているのを止めて自然に流している。エース高町と言えば写真は全て、サイドのツインテールに白いバリアジャケット、手には赤基本で装飾もついた派手な杖。 今日の高町は背中にかかるくらいの長さの髪に、ピンク系でまとめられた服装、手には普通のハンドバッグ。この程度の違いでも、直接の面識が無い人なら、まず分からないもんだ。 いつもと違う高町に、会った瞬間から、既にユーノはドキドキしてる・・・ どうなるか分からんが・・・とりあえず八神の先導で4人は歩き出した。 ☆ ☆ ☆ ブティックにて。「ほらマーくん、このスカート似合う?」「んーお前はもうちょい丈が長いほうが似合うんでね?」「このデザインがええんやないか。わかっとらんなあ。」「いや、あんまり脚出すのはさ・・・」「あーそういうこと? 私があんまり露出高いとイヤなんや~。」「違うわいアホ。俺は純粋にデザインの話をだなあ・・・」 とか俺たちが話してるうちに・・・高町はあっさりテキパキと会計まで済ませていたらしい・・・ 事前に桃子さんから、最低限このくらいは買っときなさいよと言われただけの数のみスパンと選んで買ったとか。 全く迷わずユーノに相談とかもせず・・・こういう日常の行動がどーにも高町は軍人ぽい。「な、なのははあんまり買わないんだね。」「うーん、私としては買ったつもりなんだけどね。」「そ、そうなんだ・・・」「今日は、はやてちゃんたちのデートに付き合うつもりで来たからね。」「そ、そう・・・」 とか言われてるのも知らず俺たちは色々と話してたが・・・気付いたら既に高町はブティックでの用件は終えて手持ち無沙汰。 もともと八神は結構、色んな服も持ってるので新たに買う必要性も少なく・・・二着くらい買うだけで済ますことに。 一時間もせずにブティックを後とすることになった。 ☆ ☆ ☆ 化粧品売り場にて。「ほら、なのはちゃん、一通り教えてもらったほうがええで?」「でも化粧なんて、ちゃんとしたことが・・・」「ええ機会やないか。女なんやから知っとかんとな。」「はやてちゃんと違って、あんまり使う機会ないしな~」「まあそう言わんと・・・」 ん~・・・ ここでは男はヒマだ。 しかし会話の内容から察するに、八神は普段、化粧とかしてるのか? 全然、気付かなかったが・・・そういうメイクとかあるのかね。 だが、やはり高町の方はなんか乗り気じゃないなあ・・・「高町は化粧する機会は無いそうだ・・・まずは意識させないことにはな・・・」「わかってるよ・・・」 んで、二人が色々とメイクしてもらったりした後を見て何とか褒めようとしたりしたのだが・・・ 正直言おう。 分からん。 確かに唇の色は若干、鮮やかになったかな? くらいしか・・・ 大体、二人とも若いのだ。だから濃い化粧とか必要無いわけで、当然、する化粧もごく薄いもので・・・ その微妙な違いは男には分からんぞ・・・ そういう俺の態度に対して八神の方はごく冷静。いつも気付いてへんしな~全く、とか言ってた。 ユーノは一生懸命、高町を褒めるのだが・・・ああ~・・・こいつも男だ、俺と同じレベルで本当は良く分からんと見た。 ゆえにどこを褒めれば良いのだとかそういうポイントがさっぱり分からんわけで・・・ 高町の反応も薄く・・・どーも化粧にちゃんと興味を持つって所にまでは至らなかったようだ・・・ それでも最低限これだけは持っとけみたいなのは八神の勧めで買っていたようだが。 ☆ ☆ ☆ 宝飾品売り場にて。「あ~ほらマーくん、このネックレス結構ええと思わん?」「ベルカの剣十字に似てるかな。んーペアでこの値段か。」「ええと思うやろ?」「分かったってば。これ頂きます。支払いは・・・」「やったー。お揃いや。大事にするな~♪」 八神が何か欲しがるとかあんま無いしな。ついでだし買っとくか。 しかし俺たちが盛り上がっててはいかん、ユーノを援護せねば・・・ と思って二人の方を見ると・・・「な、なのはは何か欲しいの無い?」「アクセサリは特にね~着ける機会も無いし。」「そういわずにさあ・・・ちょっといいな~って程度でも・・・」「特に無いかな。」「そ、そう・・・」 いかん高町はマジ興味無さそうだ。 このままでは例によってユーノが撃退されて終わってしまう。 俺と八神は念話をユーノに飛ばす。「(バカ! ユーノ! そこは押せ!)」「(ユーノ君! そこで引いたらこれまで通りやで!)」 俺たちの念話を受けて、ユーノは頑張って踏み込もうとする!「なのは! このブローチとかいいと思わない?!」「そういうデザイン嫌い。」「そ、そう・・・」 一刀両断・・・ ああ・・・ユーノよ・・・ 結局・・・ 涙無しには語れない、ユーノ惨敗の一日となった。高町が全く意識して無いことだけが明らかになってしまって・・・ 後日、八神の所に、この前はデート邪魔しちゃってゴメンナサイ、二人きりのほうが良くなかった?というメールが届いた。 ユーノは哀れであるが、そのメールを見て、またこの前買ったネックレスを見て、八神の機嫌は良いから・・・ 俺的には問題なし。「・・・僕は諦めない・・・」 頑張れユーノ。(あとがき) ユーノは将来報われる・・・かな? 実は基本的にはその方向で考えているんですが・・・ ん~でもうまくいくとしても晩婚カップルとかになりそうかな・・・ さすがにそこまでは描かない可能性がw