マシュー・バニングスの日常 第四十話□×年△月%日 高町は思い込んだら一直線、視野の狭くなるやつである。 現場で頑張る!と決めたら本当に頑張る。脇目も振らず頑張りまくる。 近頃は教導隊での研修とかも増えてきて、特にそっちの仕事は目新しいので新鮮で面白くて、夢中になってしまって・・・ また例によって過労気味に。 訓練場に乗り込んで、いつものように叱る。いい加減にしないとそろそろ強制休暇を取らせるぞ! その場に教導隊の人たちも結構いたのだが、医者だと知ると治癒魔法でいいのがあったら教えてくれないかと頼まれた。 さすがに武装隊上がりの人たちなので、誰もが治癒魔法はそれなりに使えるし、よりよい術式を求めて各自勉強もしてるようだ。 話を聞いてると、ケガに対する治癒魔法はかなりよく知ってる。だが病気に対するものは知らないなあ。 そこで、風邪っぽい程度の軽い体調不良や過労に効く、俺命名「カゼ薬」の魔法を教えてあげた。そのままとか言わないように。 体内の36箇所の魔力のツボを極微の治癒魔法でほぐしてまわるというもので、プログラムの容量も軽く、戦闘用デバイスの空き程度の容量にも無理なく入る。ちょっと体が重いなあって時に、寝る前にかけるのが効果的だよと使い方もレクチャー。 もちろん最終的には医者にかかって欲しいけど、医者にかかるヒマもない連続作戦行動のときなどには使えるだろう。 この時は皆さん、ピンと来なかったようだが・・・後で教導隊・武装隊から正式な感謝状を貰った。 相当、使えたらしい。 で、高町はどの程度の治癒が使えるんだと聞いてみると・・・なんと「今すぐはちょっと使えないんだけど・・・」との返事。 もしかしてと思って・・・ 基本的な探査魔法くらいは使えるよな? ・・・それも今は・・・ 基本的な結界くらいは、張れるよな? ・・・今すぐは無理で・・・ 事前準備をちゃんとすれば、同じ世界の中なら・・・固定された場所の間程度の転移はできるよな? ・・・えっとね、その・・・ そして治癒魔法も、今すぐやれといわれれば出来ない・・・一つもか? ・・・うん・・・ 空を飛べること。防御が硬いこと。そして何より圧倒的な砲撃の破壊力。こいつはそれだけで勝って来た訳か・・・ いや、レイジングハートの中には一通りの魔法データはあるよ? あるけど・・・ほぼ使われていなかったのでどんどん記憶部分の奥の方に奥の方にと押しやられて何度も何重にも容量軽くするための圧縮変換されてたりして・・・解凍に手間取るほどの状態で・・・ 俺は教導隊じゃないからよく分からないけど、どんな魔法でも一通りは使えるくらいじゃ無いと、教える側としてまずいんでね? お前は教導隊に将来は行きたいんだろ? と問いかけると高町は黙り込んでしまった・・・ ちなみに・・・高町のこういう状態を、周囲の皆さんも初めて気付いたそうで・・・ それからしばらく得意の砲撃・防御・飛行さえ制限され、他の魔法の特訓をされたそうである。 俺でも最初に基礎は全種類を一通り試すところから始めたものなのに・・・最初から撃ち合い殴りあいの実戦だった高町は、そういうことをしている時間は無かったのが、そのまま来てしまったらしい。そういう補助系魔法は、相方だったユーノ(補助系が得意)とか、フェイトさん(万能型・バランス良く何でもできる)とかにまかせっきりだったとかで・・・昔は少しだけ使えたりもしたが、そのうちどうせ不得意だしと全く使わなくなり忘れてしまったとか。 レイジングハートの主要操作インターフェイス部分の容量内訳を見ても、砲撃3割、その他の攻撃2割、バインドなど準攻撃1割、防御2割、飛行1割、空き1割とかの無茶苦茶偏った配分になっていたそうだ。砲撃・攻撃のバリエーションの多彩さなど、完全に実戦仕様なのは間違い無いのだが。 しかし・・・このときに苦手分野も一度徹底的に特訓したことは高町にとって大きなプラスとなり・・・ しばらくして教導隊に正式に入った頃には・・・ついにランクSなんつー存在になってしまった・・・ もはや管理局所属魔導師の中でも、上位2%くらいしかいないレベルである・・・ 正に魔王w□×年△月○日 中2ももうすぐ終わるかなって時期の話だが。 八神が上級キャリア試験に余裕の一発合格しやがった。実につまらん。一回くらい落ちやがれ。フェイトさんを見習って笑いを取るんだ、それでも関西人か、と言ってやったら、最後のところだけはちょっと考えてしまったようだ。 私は笑いをとる目的で落ちたんじゃないよ!とか横で言ってる金髪少女は華麗にスルー。 合格祝いに、また皆で集まって騒いだ。 管理局は、大まかにいうと「前線実働部隊」と「中央管理組織」に分かれているとも言える。 前線では、武装隊とか執務官、さらに艦長とか、管理世界の支部長、そして艦隊の提督とかには、なれるわけではあるが、そのまま普通にしてれば基本的に、中央で全体を管理する部署には入れないのだ。 提督クラスでも中央の命令を聞く立場である。それでも噂の「伝説の三提督」とかいう管理局体制初期から活躍してるような人にまでなれば中央においても強大な発言権を有しているそうなんだが、これはその三提督の方が例外なのである。 本物の管理局の中央最高指導部・・・「最高評議会」直属の組織が中央管理部なのであり、八神はそこに参加することを許されるという資格を今回得たわけだ。しかしこの「最高評議会」も謎の多い組織で・・・というか実情は組織というものではなく、「評議長」と「書記」と「評議員」(一名のみ)の3人しかいないとかいう話もあり・・・そしてこの3人はいつから生きてるか誰も知らないほどに昔から生きているそうで・・・この3人の権力基盤の裏付けとか法的根拠とかもどうにも曖昧であり・・・ここにも管理局の権力構造の不透明さが出ているわけなんだがな。 まあそれはともかく。 八神はこれまでも、管理局の中枢に所属する捜査官であったが、これは中央としては下っ端。今回、上級試験に合格したことによって本格的に中央組織内部でのキャリアを積むことができるようになり、さらに絶大な指揮権も実際に振るえるようにもなり、まあこれからどんだけ偉くなるんだか分からんわって状態である。 そもそも八神ってやつは・・・ まずこいつは、実際には4つもデバイスを持ってる。まずは「剣十字の杖(シュベルトクロイツ)」、八神のデタラメな魔力放出に耐えるためだけのアームドデバイスで、これを使っての広範囲攻撃が得意技だ。さらにデータ蓄積用の魔導書型デバイス「夜天の書」、これまでに蒐集された膨大な魔法のデータが載っておりその情報量はハンパじゃねえ。そしてユニゾンデバイス、リインフォースⅡ、もしかしたら正式に登録されてるユニゾンデバイスなんてリインくらいしかいないんじゃねーかというレベルの超レアな存在だ。さらにリインが使う「蒼天の書」、これは夜天の書とリンクして、その膨大な情報の中から有効な情報を検索して一時保管する、いわばサブのデータ倉庫でもあり、情報解析用のOSとも言える存在で・・・ それだけのデバイスを以ってしても八神の全力には届かないとか言ってたような気もするし・・・ 本来のリインフォースⅠは、この4つの機能を一身に兼ねてしかも総合力では上回ってたとか・・・どんだけだよ・・・ さらに、強力な4体の守護騎士たちの主であるわけで・・・少なく見積もっても、この4人は4人だけで、通常の武装隊などに換算すれば下手すれば一個大隊クラスの戦力を有してるのでは無いかと思われるほどであり・・・なにせ4人は組んで戦う経験が長いので、コンビネーションが絶妙に上手いのだ、八神の支援も受ければ果たしてどんだけ強いことか分からん・・・実際に八神の協力なしでもアースラという一隻の艦全体の戦力をキリキリ舞いさせたりしてたしな・・・ そしてなんつっても八神自身が生来持っている魔力量ってのは・・・はっきり言って規格外。高町やフェイトさんと比べてさえデタラメ。別に特別なデバイスが無くても八神自身の持つ異常な魔力だけで、すでに「歩くロストロギア」と呼ばれるほどであり・・・ あと、夜天の書が、古代ベルカの秘宝であった関係から、聖王教会との強固なコネも持つし・・・教会トップでも屈指の名家であるグラシア家との縁は公私ともに深く、特に管理局員兼教会騎士であるカリム・グラシアさんあたりとは姉妹同然だし・・・ ついでに言えば、これまでだって幹部候補生の特別捜査官としての功績を確実に積み上げてきており、別にこのまま捜査官の仕事をしていても将来は保証されていて、今の若さで既に一尉であって、同期で比肩する者など既にいない出世振りなのであり・・・ そして、さらにさらに・・・今回、見事に上級試験にも受かったわけで、八神ってやつは色々と凄すぎるのである、が・・・ 女の子同士ではしゃいでる八神に近づいて、声をかける。「八神~ちょっといいか。」「ん? なに?」「高町、フェイトさん、姉ちゃん、月村さん、ちょっと八神借りるね~。」 軽く腕を取って歩き出す。八神は抵抗もなくついてくる。 テラスに出る、一応ベンチはあるので並んで座る。腕を取ったまま座ったから微妙に近いが八神だとなんか平気だ。「とりあえず合格おめでとさん。」「んーありがとな。」「しっかしよ、八神。正直言うとだなあ・・・」「なに?」「大丈夫かよ、お前。そこまで頑張ることも無いような気がするんだけど・・・」「大丈夫やで~好きでやっとることやから。」「いや、お前さ、管理局にあんまり深入りすると・・・抜けられなくならね?」「今は、引くことは考えてへんねん。」 こいつに限って分かってないってことはないはずなんだが・・・「・・・管理局がさぁ、悪い組織だとは思わないよ? 人間の作る組織なんだから、良いところも悪いところもあるのは当たり前。でもだなあ八神。地球生まれのお前が、そんなに無闇に踏み込むことも・・・」「わかっとる。うん、わかっとるでマーくん。」「管理局で働くのは別にいいと思うんだよな。実際、俺も一応所属してるし? だけど、あんま深入りしないほうがさ・・・」「・・・マーくんが何を気にしてるのかも、多分、分かっとる・・・」 そう。 こいつに分かってないはずが無いんだ。 だけど敢えて自ら踏み込もうとしている。深い所まで。危険を承知で。 それは何故なのか・・・ その理由を聞かねば、八神の真意は分からない。 だけどきっと、それは八神の心の一番奥底にある気持ちで・・・ そこまで踏み込んで訊くことは・・・ 俺には出来なかった。 俺は、それを聞いたところでどうすることもできない。 助けることは出来ない。俺はまず俺の体を治さねばならない。 これが俺の第一で絶対の目標で・・・これも俺にとっては譲れない事なのだ。 もしも八神に全面的に協力するなどということに決めてしまうと、俺の体の問題は当然後回しになるだろう。 それは自分の身を犠牲にして誰かを助けようという行為であり・・・そういうことは俺は絶対しない、約束した。 また八神自身もそんなことを望むはずがない。逆に俺がそんなことをしようと言い出したら力尽くでも辞めさせるだろうな。 生まれて持った体だから今さら悲観的になる気も無いし・・・昔の半死人状態に比べれば今は劇的に改善されてるが・・・ しかしやはりまずはそこをクリアしなければ・・・ 俺にとっては何も始まらないのだ。 だからせいぜい俺に言えたことは・・・「ほんとに・・・大丈夫か?」 って程度だった。「大丈夫や・・・」 八神も変わらない平然とした口調で答える。「そうかよ。」 軽く肩に腕を回して、八神を引き寄せた。ほとんど無意識にそうしてた。やっぱ心配なんだろな。その気持ちが素直に表に出たのか。 八神の心の奥底までも、本当に全てを支えることは出来ないけれど・・・ 今このときだけなら、少しだけ、寄り添って、八神の重荷を気持ちだけでも軽くすることは出来るかも知れない。 八神は素直に俺にもたれかかった。「あ~マーくんに心配されるなんて、私も落ちたもんやわ・・・」「悪かったな。」 八神は軽く俺の肩に頭を乗せる。ふんわりと良い匂いがした。「悪いで~いつの間にか私より10センチ以上も背ぇ大きくなりよって・・・」「自然な成長だ。」「腕力は未だに信用できへんけどな・・・」「うるせぇ。仕様だ。」「情けないことで何を胸張っとんねん。」「でも八神ひとりくらいの体重なら、支えられるようにはなってるぞ。」 八神は少し微笑んで・・・より深く俺にもたれて、体重を預けてきた。今の俺は普通に支えられる。 しばらくそのままで黙っていた二人だが、やがてポツリと八神が言葉を漏らした。「・・・もうちょっとだけ頑張りたいねん。もうちょっとだけ・・・」「まあいいさ。お前がそうしたいなら・・・」「あ~なんか落ち着くわ~」 俺が肩に腕を回すと、片腕で軽く覆えるほどに、八神の肩は細かった。やっぱ女の子だわ、それもこいつは小柄だし・・・ 普段のバイタリティを見てると、あんまそうは思えないんだけどな。 しかしその小柄な体で・・・こいつはまるで焦っているかのように仕事をこなしキャリアを積み試験も突破して・・・ より高い所へ・・・より深い所へ・・・挑もうとしている・・・ 協力することは出来ないけれど・・・「・・・まああれだ、そばで見てるくらいはしてやるよ。お前の頑張るところをな。」「見てるだけかい。」「ああ~・・・ギリギリ譲歩して・・・いざとなったら一緒に逃げてやる、くらいかな・・・それまではスルー。」 あ・・・なんか言っちゃったかも。と気付いたのは後日だ。「ほんまに?」「それまではスルーするのは本当だ。」「そうやなくて・・・」「あ~うるせぇ。とりあえず・・・あんま無理すんなよ。」「うん・・・」 俺たち二人は肩を寄せ合って、互いの体温を感じつつ・・・いつしか時が経つのを二人とも、忘れていたかもしれない。 ☆ ☆ ☆ 野次馬たちはカーテンの陰に隠れながら、小声でエキサイトしていた。全く気付かなかった俺もどうかしてた。「ちょっとちょっと凄くいい雰囲気よ! いつの間にあんな関係になってたの?」「あれで付き合ってないとか言ってんだよね。誰も信用しないっての。」「週3で泊まってるらしいしな。どこまで行ってんだか。」「うわ~・・・私てっきりマシュー君は、なのはちゃんかと思ってたけど・・・」「ちょ! それはないよ! うん絶対ない!」「なんだか、はやて幸せそう・・・」「あの雰囲気になることが家でもあってな・・・私達も困っている。」「ほんと自重してほしいよな・・・」「もともと距離が近いのに、さらに接近してることを・・・マシューだけが気付いていない。」「あああ・・・はやてちゃん可愛いわぁ・・・」「お二人とも幸せそうですぅ。」「うーん、はやてか・・・まあいいけど・・・うん、祝福してあげなくちゃね・・・」 姉ちゃんは皆に聞こえる声でそう言ったらしい。確かにそう言ったらしい。重要なことなので二回言いました。(あとがき) あ~・・・先のことは知らね・・・もうあれっす、どうしょうもないっす。 この二人は距離近すぎる何も無い方が不自然だ・・・ しかし・・・まだだ・・・まだ言葉に出してはっきりしたとかじゃないし・・・何とかギリギリで・・・