マシュー・バニングスの日常 第三十四話△&年○月X日 夏休みは例の事件に、八神の機嫌を直すので終わり・・・二学期になってしばらくしてだったかな。 地上本部の病院での出来事なんだが・・・ ナカジマさん一家って人たちが診察に来たんだわ。 お父さんはゲンヤさん。お母さんはクイントさん。娘さんは上がギンガさん、下がスバルさん。ギンガさんで俺より2つ下くらい?スバルさんはそれよりさらに二つ下。娘さんは両方ともお母さんそっくりで、とても仲良さそうな一家であった。 しかし中島源也さんに、中島銀河さん、中島昴さんと来たか・・・まるきり日本人だな、おい。ただしゲンヤさん自身、先祖が日本人らしいとしか知らないらしい。それでも日常生活の習慣などに日本人ぽい部分が残ってたりするそうだ。 ゲンヤさんは八神の教官だったこともあり、八神も日本人、微妙に思考法とか似てる部分があって互いに取っ付き易かったそうで、今回、俺のところに来たのも実は八神の紹介によるものだ。ナカジマさんご夫妻は地上勤務の陸士部隊だそうで、それも前線での激務に耐えてる最も消耗の激しい位置にいるそうで・・・それを八神が心配したというのが理由の一つ。 リンカーコア障害治療部がある海の本局と違ってだなあ・・・陸は事実上、俺が出張してきてるみたいな本部病院内科第3課、つまりここしかリンカーコアの最先端のケアは受けられないのだ、そして海と違っていろいろ充実していないので、陸の人たちはここの予約を取るのは非常に大変なのだ。この人たちが優先されて診察を受けに来たのはちょっと事情があって・・・まあ早い話が八神に頼まれたんだけどね。どーも事情が色々あって・・・まあそれが無くとも、実働部隊で消耗してる人を治療することは俺の本意でもあるし。 だがまあ実際には、ご夫婦はお二人とも非常に頑丈で・・・リンカーコアに日常的な消耗はあったものの病的な部分は無く、あっけない程に健康であるってはっきり分かっただけであった。それでも一応、念のために、一通り体内の走査・微細治癒などを施し、「未病」の状態をも解消させると・・・普段から体を使ってる人たちだからだろう、驚くほどに楽になった、疲れていたと気付かなかった場所まで回復してくれたのかと大層感動してくれた。しかし奥さんはともかくゲンヤさんの方は大した魔力は無いし・・・指揮官タイプの人か、なるほど八神の知り合いって感じだわ・・・ちなみに俺の腕は上がっているので以前のような妙な感覚を与えることも無い。 そして事情ってやつなんだが・・・ 八神によれば「娘さん二人が少し特殊・・・でも何も言わずに診察してやって欲しい」とのことで・・・ なるほど特殊だな・・・ 体の中が機械だらけ・・・大きな事故にでもあってそうなったのかと思ったが・・・なんか違うな。負傷を取り繕ったなどという感じでは無い。むしろ最初から肉体を強化することが目的で、改造でも施したかのような・・・筋骨自体の強度が常人レベルでは無い、これは有機的強化の範囲内なのか?・・・いや機械は機械だ、しかしナノマシンが集合して機械の集合体なのに有機物に近い構造を持ち、しかもそれら機械部分の動力源は・・・信じられんがもしかして糖分か? 血中のグリコーゲンを利用してんのか? まあ糖というのは燃焼するからそれをエネルギーにすること自体は可能だろうが、それだけでこんな複雑な機械を維持できるものなのか? いや機械部分自体は、自律的に動くわけでも無いのか、脳の命令と本来の筋肉の動きに従い、動きを補強し、さらに強度自体を上げることに徹してる?・・・維持するための消化器など内蔵系も強化されてる、消費カロリーとか多そうだな・・・リンカーコアは普通にあるな・・・その周辺は無理に弄くられたりはしていないし・・・ん~・・・この改造が為されたのは、ギルさんと俺たちでのあの論文が出される前だな・・・あの論文を読んでれば、肉体を効率よく魔力的に強化するために、こんな単純に機械的に強化するだけでなく、抑えるべきポイントとなる体内の魔力のツボみたいな部分への干渉を行ってるはず・・・ただ全体で言えば、体内にこれほどに手を入れて機械だらけにしているのに、見事にバランスが取れていて、日常生活に問題があるとも思えん。なんつーか信じられない程に見事な改造・・・自然の調和と均衡を崩しているのに、それとは別の調和と均衡を作り出してるんだぞ・・・ しかしまともな医療行為では無いよな・・・むしろ非人道的な人体改造技術みたいの? なんでこんな体なのか・・・しかし見るからに母親そっくりだし、実の親子にしか見えないし・・・ まあいい。事情は聞かないと約束した。 俺は、よし問題なし、健康そのものだよ、と娘さん二人に笑いかけて、まず二人を先に帰して・・・ ナカジマさんご夫婦に向き合った。「日常生活レベルでは何の問題も無いでしょう。これは保証できます。」「・・・では、そうでない状況では?」 ゲンヤさんが真剣な口調で尋ねてくる。「余りにも高度で専門的な技術が結集していて・・・その・・・正直に言いますと・・・」「うん、言ってくれ。」「作った人間、専門のメンテナンス・・・失礼、治療が出来る人間で無くては、いざという時の負傷治療などは困難でしょうね。」「・・・というと?」「例えば、腕なども筋骨のレベルから異なり非常に頑丈であるわけですが・・・その腕が失われたりした場合。普通に生きている細胞の部分から培養して、自然な状態の腕なら再生できるわけですよ。しかしそれは昔の腕では無い。昔の頑強さは失われているだけでなく、肉体全体のバランスで考えても、いきなり片腕だけが普通に戻ることによる悪影響なども考えられる・・・絶妙なバランスで娘さん方の肉体は成り立っており・・・やはり専門家で無ければ対応できない部分は多々出てくる可能性があるかと・・・」「そうか・・・」 ゲンヤさんはしばらく黙考していたが、そのうち目を開けて、クイントさんと目を見交わして頷き合い・・・「ありがとう、よく分かったよ。娘たちは俺が守れば良いわけだしな・・・先生、今日は本当にありがとうございました。」「本当にありがとうね。はやてちゃんから無理言って頼んでもらったって聞いたし・・・」「いや、いいんですよ。ではお大事に・・・」 ナカジマ一家は帰って行った。 ん~たいしたことは出来なかったなあ。 ていうかあれはもはや医学ではなく工学の領域で・・・ 娘さん二人に一体何があったんだろうか・・・△&年○月□日 その日は最悪に気分の悪い日だった。 まず夢見が悪かった。心臓が止まり全てを失う夢。そして誰もが俺を置いていってしまう夢。 真っ青になって目が覚めて、心臓が動いていることを確認する。そのとき左手首のリミッターに右手が触れて・・・衝動的にリミッターを外したくなった。いったいいつまで俺は「誰かのおかげで生かされてる」状態を続けなくてはいかんのだと・・・考えないようにしてることに考えが及び、気分は超鬱だった。 食欲は無いどころか吐き気がする。バイタルが悪いわけじゃないから心理的なものか。俺はちょっと落ち込んだだけで、ものも食えなくなるわけか、さらに気分が悪くなった。 姉ちゃんも今日は朝から出かけていて顔を見ることも出来なかった。姉ちゃんがいてくれさえすれば・・・と姉ちゃんに依存しようとする心を自覚。いつまでも俺はこのざまか、何の成長も出来ていないんだな、情けない。 本局病院の仕事に向かったが、朝一で来たのは、どっかの金持ちのしつこい勧誘。ミッド有数の大企業、ランキングはなんたら総資本はどれだけ、うちに来てくれたら収入は最低でもこれだけ保証します・・・いい加減にしてくれ。それでも研究設備とか整えてくれるなら意味はあるが、実はこのバカ金持ちは、前に俺が軽いリンカーコア障害を治してやったときに、副次的に及ぼされたマッサージ効果の方に興味を持ち、それを金儲けのタネにしよう、具体的には金持ちの年寄りをマッサージして儲けようとか・・・アホなことを考えてるだけなのだ。その技術を教えてくれたら幾ら、特許登録して登録料も5:5で渡しますとかもう・・・耐えられない。俺は俺の命を保つために必死に治癒魔法を磨いているのに、こいつには商売のタネでしかないわけだ。俺の探査治癒は簡単に人に真似できるものでは無いし、それでも俺以外にもある程度模倣できるようになるまで工夫して訓練してとか出来るかもしれないがそれはそれで一つの大仕事だ、大層手間がかかるだろう。俺はそういうことをしてる暇は無いんだ、何より我が身の治療が出来ていないのだから。 この男は間違いなく既に大金持ちだ。年も壮年、50くらいで十分元気・・・なのになぜさらに金を儲けるために、俺が俺の命を保つための努力を妨げてまで、自分に協力させようとするのか? 理解が出来ない、いやこいつが理解していないだけか、俺が見た目だけは健康な状態になったことの弊害、昔を知らないやつは俺を普通に健康だと思い込んでる。だけど仮に健康だったとしても興味が無いとこれだけ何度も繰り返して断ってる人間に、こうまでしつこく勧誘するってのはどうなんだ?! しかしこいつは管理局に対しても多大な金銭的貢献をしている大口支援者であるのも事実で、だからわざわざ俺が治す必要も無い程度の症状だったのに俺が治療するハメになったのであり、それで興味を持たれてしまって付きまとわれてしまうことになったのであり、俺がどれだけムカついても、こいつを今すぐここから転送してミッドの海中3000mに叩き込むというわけにもいかない。 だけどもうそうしてやるかと本気でサウロンに手が伸びたとき、また来ますから考えといてくださいね~と一欠けらの誠意も無い営業スマイルを浮かべて帰っていった。次は殺す。もしもあいつを今度受付が通したら本局病院やめてやる! 一時間も無駄に取られた・・・もう最悪だという気分のとき、次の人。 今度は本局の退役提督であった。管理局の仕事とは別にもともと資産家の生まれで大層なカネがあり、孫にカネを奪われたくないから墓の中まで持っていこうと真剣に考えている恐るべき老人だ。偏屈で、人の誠意も善意も信じない、およそ患者として最悪のタイプだ。なんだ若造、早くせんか、おい少し痛いぞ、もっと慎重にやらんか、今度は何も感じんぞ、ほんとは何もやっとらんのじゃろう、採血は嫌いじゃ、全部魔法でやれ、点滴もイヤだ、なんだこのヒモは? センサー? 冷たいぞ。必要ない、はがすぞ文句ないな。はがさないでくれ? センサーなど必要ないと言っとるじゃろう。若造のくせにわしに逆らうのか! お前なんぞクビにするのは簡単なんじゃぞ!魔法を使うのは極力控えるのが正しい? そのほうが回復が早まる? バカモノ! 魔法こそが至上である! 貴様のようなヤブ医者になにがわかる! わしは管理局の正義のために50年間戦ってきたのじゃぞ! その末に今のこの体がある、刻まれた傷は全て、名誉の負傷じゃ。医者ふぜいにはわしに意見をいう資格などはない! お前のような病気のつらさも知らんような若造にわしのつらさがわかるものか! 健康そのものの若いバカ面をさらしおって! 病気のつらさがわかっていればもっと誠意ある対応をするじゃろう! ほら早く治療せんか! このヤブ医者。 ああああああ。死んでくれ。マジで死んでくれ・・・ ギルさんが割って入って、爺さんを連れて行ってくれなかったら、爺さんの心臓止めてたかも知れん・・・ 午前中、最後に来たのは、高町の上司だという、武装局員のおっさんだった。 俺が渡した座標データとかが凄かったし、探査も確かに腕がいいんだろうから、戦闘魔道士としてのランク取得を考えないかとか寝言をほざいてくれた。鬱憤も溜まってて、すんげえムカついたので・・・ 俺のリンカーコア異常と9歳までの半死半生状態だった経歴、心臓停止に、リミッター外したときの出血履歴まで・・・ 徹底的にこと細かく教えてやった。 青ざめて謝罪して帰って行ったが許してやる気になれん。 ああいう無意識に皆が健康だと信じてるようなやつがいるから、世の中から病気も怪我もなくならないのだ。 あのおっさんのリンカーコアが壊れても治療してやらんとまで思った。 駄目だ、今日は世界全てを呪いたい気分だ・・・ 午後も困った患者ばかりだった・・・つまり俺が直接整形術に成功して有名になってしまったことの弊害であるわけだが・・・金があり本局病院にコネがある、そういう立場の偉いさんで、大した症状でも無いのにわざわざ俺を指名して無理やり俺に治療させるという困った人たちばかりが来たのだ。本当に深刻な痛みや障害を抱えている人たちを押しのけてまでやってくるこの手の人種ってのは全く・・・そもそも年をとればある程度リンカーコアも自然老化するもので若い頃のようには行かないのは当然、その際に昔は感じなかったような軽い違和感とかも普通に起こるものだし、若い頃と同じような強力な魔法行使をしようとすれば、場合によってはたまに軽く痛んだりするのも当然。そうだ当然だ、治療もクソもない。年なんだから無理しないでとそれだけしか言えない! その程度の症状とも言えない状態のを、完全に治せってあんた等、それはあんた等を若返らせろって言ってるのと同じなんだよ無茶苦茶言うな! という旨を何とかオブラートに包んで四苦八苦しながら表現し、何とかかんとか分かってもらって、その度に「なんだその程度か」みたいな無理解な失望した表情をされて、そしてそういう人たちばかりが5人も連続で来て、そして午後の診療も終わった! 死んだ・・・もう嫌だ今日は帰って寝る・・・ ふらふらと八神の住む教会の一角に向かう。そこにキッチン・寝室・客室複数・居間などがセットになった八神のスペースがあるのだ。今日は騎士たちはいなかった。暗い表情の俺を見て、気にかけてくれたものの、今は八神の気遣いすら何だか重く感じる・・・ 悪いなと思いながらも無愛想なままで食事を食べ終えて・・・そこに高町からの通話が入った。 高町は午前中に自分の上司が俺のところに勧誘に行き、無神経な提案をしてしまったと上司が後悔していること、それを改めて謝罪したいと彼が思ってるので自分が仲介したい旨を伝えてきたのだが・・・生憎俺の気分は最悪絶不調でだなあ・・・ てめえら健康な連中は病人のことなんて本当はどうでもいいと思ってるんだよな、所詮は全く分かっていない、お前にしても喉もと過ぎれば熱さ忘れて、また反省の無いハードワークして体を酷使、それが許されると思ってやがる。俺は今でもリミッターを外せば長時間生きている自信すらない。お前らは健康で、健康であるってだけで無神経なんだよ。ああ謝罪はいい。俺にははっきり分かってるんだよ。お前には分からない、健康だからってことがな。 かなり乱暴な口調で感情をぶつけて、通話をぶち切る。うわあ俺最悪だな・・・「どうしたん? マーくん、らしくないで・・・」 いつの間にか後ろに回っていた八神に、背中からふんわり抱きしめられた。「あ~・・・確かにな。高町には悪いことしたな、今度謝らないと・・・」「なんでそんなに腹が立ったん?」「・・・今日は最悪でさ・・・いやなことばかり続いて・・・それに俺の体についてもさ・・・やっぱ劣等感は、あるわ。焦りもある。高町のコアは治せたけど俺のコアは無理だし・・・一体いつになったら・・・」 俺は他人のコアは治せる。しかし俺が俺に手術するってのはどう頑張っても無理だった。 八神は後ろから俺を押して、ソファーの近くまで来させると、ポスン、と座らせた。 そして俺の前に回り、肩を掴んで俺の目をじっと見て・・・「大丈夫やで。マーくんなら絶対にできる。大丈夫や。」「・・・根拠ねえだろ・・・」「私が大丈夫やって言うんやから、大丈夫。」「なんだよそれ・・・」 八神は静かに俺を抱きしめてくれた。 やべえ涙が出そうだ・・・ 少し震えた俺の体を、八神は力をこめてぎゅっと抱きしめてくれた。 そのまま静かに時が過ぎ、顔を上げた俺は、八神の瞳をじっと見上げて・・・「はやてー! 出張が思ったよりも早く済んだんだ! 今日の夕飯・・・」「主はやて、ただいまかえりまし・・・」 前触れも無く、部屋に入ってきたヴィータとシグナムは俺たちを見て固まった。 俺は苦笑して八神から体を離し・・・おかえり~とか軽い口調で言うことが出来た。少し立ち直ったかな・・・ この頃、俺が感じていた怒りと焦りは、実はこれまでは感じたことの無いものだった。なぜなら俺は常に諦めていたから。 しかし俺も、この頃になってやっと、生きることに執着し、健康でない体に焦るようになってきたのだ。 これこそ健康になってきた証だろう。 そのことに気付いたのはかなり後だが。 八神は俺に体を離されると・・・ニコニコと表面的には笑っているとしか見えないのに迫力があるという不思議な笑顔を浮かべて、ヴィータとシグナムに問いかけた。「今日は帰らへんって連絡あったよな・・・」「も、もうしわけありません!」「いや、帰って来てくれたんは嬉しいで? でもチャイムくらい鳴らしてから入ってくるべきちゃうんかなあ・・・」「ご、ごめんはやて!」 その後、シグナムが苦手な料理を食べさせられてたり、ヴィータの分のアイスまで八神が全て食べてしまったりしていたが、まあ些細なことである。俺は気にしない。 今日は厄日だったが、まあ終わりは悪くなかったかな。 翌日にはすぐ高町と、彼女の上司にも謝れたし・・・八神にはホント感謝だな。(あとがき)だ・・・だめだ・・・この距離感の幼馴染で・・・なんも無いとか・・・無理だ・・・不可能だ・・・このままでは・・・ひっついてイチャイチャ路線にいってしまうかも・・・い・・・いかん・・・自重しろ俺・・・上手く行ってしまったら話が続かんぞ・・・