マシュー・バニングスの日常 第二十八話△□年#月△日 とうとう高町のデバイス、レイジングハートを返す日が来てしまった。魔力リハビリ開始の日である。正直、嫌々渡す。 カートリッジやら体に負担がかかるシステムをガリガリ削ってやろうかと思ったが、考えてみたら武装局員として結構なミッドでの収入を持つ高町は、やろうと思えば私的にデバイスを改造することも出来るのでムダだろう。 なーに使用履歴はちゃんと残るので、無茶な使い方してたらまた取り上げてやる。 俺からレイジングハートを受け取った高町は、感極まって泣いてしまっている。どんだけ嬉しそうなんだよ。 魔力リハビリルームに移る。高町は松葉杖でえっちらおっちら歩いているが、心なしか弾んでるみたいに見える。「とりあえず注意事項を言うぞ。良く聞いてくれ高町。」「う、うん♪」 まーだ浮かれてんな~。ちょっと冷静になってもらおう・・・「まずだな・・・お前は胸部に6発の殺傷設定の攻撃魔法をモロに食らったわけだが・・・」「ううう・・・」 嫌なことを思い出さされて苦い顔。「その割には、胸骨にも肋骨にもヒビが入っただけで、骨については実は完治が一番早かったし後遺症も無い。ではダメージが少なかったのかと言うと、そんなことは無い。胸部へのダメージは主に、お前のリンカーコアに集中したわけなんだ。」「・・・」「リンカーコアはエネルギー体に近く、本質的には魔力の塊だ。だが間違いなく肉体の一部でもあり、とっさの衝撃に反射的に反応して、お前の胸部へのダメージを吸収し、お前の命を守ったわけだな。仮にお前が魔力など持たない人間であった場合は、攻撃は貫通し、より致命的なダメージがお前の胸部に与えられたと思われる。」「・・・どのくらい?」「ヒビが入る程度では当然済まず、胸にある骨が全部粉砕するくらいで、しかも同時に心臓および肺がグシャっと行くくらいかな。」「うわ・・・」 どれほど危ない橋を渡ったのか今さら理解して青ざめる高町。ちょっと事実をありのままに言い過ぎかとも思ったが・・・魔法が再び使えるということで浮かれてる気分は何とか牽制できたみたいだな。「で、だ。そのダメージを食らわずに済んだのは、お前のリンカーコアのおかげなわけだが、だから当然、お前のリンカーコアには大きなダメージが残っている。分かりやすく言えば、はっきりとしたヒビが入ってるみたいな状態かな。」「そうなんだ・・・」「ここ数ヶ月寝ていたことでもちろんリンカーコア自体がある程度、自然治癒している。またリンカーコアの負傷により体内の魔力の流れが変わってしまい、それにより各所にかかった負担などは適宜治療している、これは俺の専門分野だからな。」「うん・・・」「そしてだな・・・現在の技術では・・・リンカーコア自体の損傷については、リンカーコアの自律的回復に大きく頼る以外の方法がほとんど・・・無いんだ。医者側でできるのは、それにより起きる肉体への負担を癒すこと、それだけになる。 だから魔力リハビリってのも、お前のリンカーコアが自力で治りやすいような状態を作るように導くって方向性になる。」「どうすれば良いの?」「具体的には・・・リンカーコア自体に刺激を与える。平たく言えば、お前が魔法を使うってだけだけどな。お前が魔法を使い、魔力を消費する、するとリンカーコアは当然、疲れるわけだな。そして可能な限り魔力を使い切って、あとはぐっすり休む。するとリンカーコア自体が自らの疲労を癒そうとして魔力代謝が活性化し、治って行くということになる。超回復現象に似てるわな。」「えと、私が魔法を使えばいいだけ?」「ただし、だ。」「なに?」「特に最初のうちは・・・相当痛むぞ。立ってられないくらいの激痛が走るかも知れない。」「え゛・・・」「だから、あらかじめ麻酔を使うって方法が考えられる。どこに負担が行き、どこが痛むか、その辺も大体予想できるから。胸部各所を中心に全身の魔力ポイントに魔法的な局部麻酔を施し、痛みを和らげるわけだな。」「そっか・・・」「ただし、この方法だと、当然だが・・・魔法の感覚を取り戻すまでは時間がかかるだろうな。安全だが遠回りな道ってことだ。」「どのくらい違うの? その・・・麻酔しなかった場合と比べて。」「せいぜい一ヶ月? 長くても二ヶ月ってとこかな。しかし遠回りの方が安全なもんだし、俺としては麻酔アリのコースを推薦したいわけなんだが・・・どうする?」 高町は考え込んだ。 こういう説明のしかたをすれば・・・当然、高町は麻酔なしで行くと言い出すだろう。それを予想してるんだったら最初から何も言わずに麻酔してから始めればよいじゃないかと思うかも知れないが、実際、予後経過とか後遺症の程度とかの臨床データを見ても、麻酔は使わないなら使わないに越したことは無いと言うことははっきりと分かっているのだ。ゆえに麻酔なしで行けるなら行くほうが良い、それがベストであるのは確かであるのだ。だからそういう方向に高町を誘導したのは事実である。「うん、じゃあ麻酔なしでまずはやってみる!」 予想通りの答えであった。「了解。んじゃこっち来て。」 魔力リハビリルームの一角にある柔らかい椅子に座らせる。椅子の周囲も衝撃吸収素材の床で出来ていて・・・「・・・ここなら幾らでも倒れられるわけだ。」「怖いこと言わないでよ・・・」「ま、やってみれば分かる。展開して良いぞ。」「うん!」 痛みがあると聞かされても、それでも実に嬉しそうだ。レイジングハートを握り締めた高町は・・・「レイジングハート・セットアッ・・・プ!?」 確かに一瞬は展開できた、バリアジャケットも発動した。しかしすぐに解けて・・・高町は宝石に戻ったレイジングハートを、床に取り落としてしまい、さらに胸を押さえて真っ青な顔になってしまった。 荒く息をついて痛みをこらえている高町をしばらく見て・・・俺は冷静に声をかける。「どうする? やっぱり麻酔ありで行くか?」 高町はキっと俺に鋭い視線を向けて・・・「大丈夫! 大したこと無い!」 うーん。凄い根性だ。「んじゃまあ、とりあえず。午前中あと二時間、限界まで展開を繰り返してくれ。頑張れよ~」 あえて気楽な口調で促す。 高町はしばらく息を整えて、覚悟を決めてから再び展開。だがまたすぐに解ける。蒼白な顔、歯を食いしばって再び展開、だがまた解ける、今度は椅子に座ってるのも無理になって床に崩れ落ちてしまう。「う・・・うううああ・・・」「休みながらで良いからさ。落ち着いて、覚悟が決まったら展開するって感じで。」 ゼーハーゼーハーと息をつく高町は、もはや答える気力も無いようだ・・・ それでも最後まで麻酔してくれとは言わずに耐え切った高町は、昼になって食事を取ると同時に倒れるように熟睡してしまった。 体を走査して、負担がかかってる箇所を的確に治癒して、と・・・ 本人はそうとうきつかったようだが、そもそも痛いのは健康の証だしね。なんつっても高町は若いので回復力も優れているし。 ん~痛がっていたわりには実は内出血とかも起こってないし・・・疲労と神経の極度の緊張ってくらいかな・・・固まった筋肉をほぐして・・・緊張しきった神経網にも軽い治癒をかけて・・・あと魔力を体内に流したことで負担がかかった箇所・・・うん、予想の範囲内・・・慣れてる作業だ、得意の微細治癒・・・よし完了・・・一通りチェックして・・・うん問題なし。目が覚めたら少なくとも今朝よりは状態は改善しているだろう、まあ薄皮を剥ぐように少しずつしか進まないだろうが、そこはしょうがない。 目を開けると横に八神がいた。「マーくん、お疲れさん。」「ん~やっと魔力リハビリの段階で、ここからが俺の専門だしな。多少は疲れる。」「でも今日は、なのはちゃんも相当きつそうやったなあ。」「脊髄のリハビリで半分、リンカーコアのリハビリで半分だからな。峠は越したけど、まだ半分あるんだよ。」「そっか・・・でも相当痛そうやなかった?」「麻酔使わずにやった方が治りは早いって教えたら、絶対に麻酔なしでやるって押し通してさあ・・・いや凄い根性だ。」「う~ん。なのはちゃんの場合は、ゆっくり治したほうがええかもって気もするなあ。」「痛みを体に刻み込んだほうがいいかもって俺は思ったわけだわ。」「なるほど。」 実は今回のリハビリに限らず・・・高町の治療は出来る限り痛くしてやろうとか企んだりはしていない。 していないったらしていない。△□年#月□日 痛みで体に気合が入ったのだろう。足のほうは順調に回復して杖なしで歩ける状態まで来た。 魔法の方は、2週間かけて、なんとかバリアジャケットを展開しても、耐えられるくらいにまでなった。 でもズキズキと痛むらしく、それに耐えながら立ってる姿は、かなりきつそうだ。 俺は魔力リハビリルームの一角を指差して、軽い口調で言う。「ほれ、そこに的があるだろ。直射砲、撃てなくなるまで撃て。魔力尽きたら休憩な。」 高町は恨めしそうな顔で俺を見て、痛みに耐えながらそろそろと的の前に進んで、直射砲を撃ち始める。 本来の高町の砲撃に比べたら、せいぜい牽制用の豆鉄砲程度のものだが、それでも一発撃つごとに痛みで眉をしかめている。 ていうか、まだ相当痛いはずなんだけどなあ・・・良く耐えて、魔法行使まで出来るもんだわ・・・ 息を整えて、苦痛に耐えながら、何分かに一発ほどのペースで頑張って、一時間ほど撃ち続けて、砲撃がしばらく途切れた。 肩で息をして、ぜいぜい言って、地面に膝を付いている。「ふむ、今はこんなもんか。」「・・・」 高町は疲れ切って声も出せないようだ。「まだ昼まで、一時間あるな。15分休んだ後、再開。」 俺の非情な宣告を聞いた高町の目つきは、この野郎殺してやるってなもんだった。うわ怖いw 昼に食事を摂りながら、いろいろ話す。「お前は元々、スポーツとかで鍛えたことないよな。それなのになぜ、あんなにハードワークで魔法行使し続けられたのか、分かってるか?」「え?」「親譲りの頑丈な肉体があったからなんだよ。士郎さん、恭也さん美由希さん、あの人たちの体力って人間じゃねぇってレベルだろ。お前は運動神経については受け継がなかったかも知れないが、頑強で壊れにくい肉体と、疲れにくい優れた基礎体力ってものを、なんの努力も必要とせず、生まれつき持ってたんだよ。」「そうだったんだ・・・」「確かにお前は魔力量も生得の天才だが・・・同時に尋常ならざる体力を持っていた。その二つが合さって、空のエースと呼ばれるほどの実績、功績を上げることができた、あれほどのハードワークに耐えることが出来たんだ。 しかし一度、お前はそれを壊してしまった。 だから今度は自力で取り戻さなくてはならないし、今度は意図的に体力も鍛えなくてはならない。」「うん・・・」「足も動くようになってきたからな。明日からは午前中は体力作り、午後が魔法リハビリ、治癒とマッサージは夜ってスケジュールで動く。かなりハードだが、今の調子でいけば・・・退院まで一月は短くなるかもな。」「分かったよ。頑張る!」 次の日から俺は、ひーひーいいながらロードワークを頑張る高町の前を自転車で気楽に走り・・・ もう無理! と泣きが入った後で、じゃあラスト50な、と筋トレを続行させ・・・ 魔力が尽きて倒れ伏す高町に水をぶっかけて、リハビリを強制的に再開させ・・・「鬼でした。悪魔でした。いつか殺すって本気で思ったのは初めてでした。私が苦しんでるのを見て、彼は絶対に笑ってました。面白がってました。元気になったらまず一発殴るって固く決意してました。」 高町なのはさんの後年のお言葉である。 俺はあくまで怒らせて他のことを考える余裕とかなくしただけである。そう、治療の一環であり、他意など無いのである。 ちゃんと理学療法士の先生の作ったメニューに従ってるし。 弱ってる高町って面白いなーとか、あと1キロ走れと言われたときの絶望的な目がたまらんとか感じてはいなかったのである。 それに、士郎さん譲りの「人間じゃねぇ」体力は、やはり高町の体の根幹にちゃんとあったようで、持久力も筋力も、怪我する前と比べても遥かに上になったんだよ、最終的には。やはり問題ナッシングだな、うむ。(あとがき)猛獣なのはに容赦なくムチを入れて調教するの巻。でも元が頑丈なのでやっぱり頑丈になるばかり。いつか逆襲されるかも・・・