マシュー・バニングスの日常 第二十七話△□年#月○日 脊髄再生術を終えてから、二ヶ月と少しが過ぎた。 高町は驚異の執念でリハビリに取り組み、すり傷を毎日作りながら根性で頑張り、ついに松葉杖を使って立てるようになった。 ゆっくりとなら歩ける。 歩けるようになったら、真っ先に家に帰ると言っていただろう、まずは一時帰宅しろと諭す俺。 それに対して高町は一刻も早い本格的なリンカーコア治療、魔法リハビリの開始を望んだ。 たかが数日くらいでは何の差も無いんだから、何日か実家でゆっくりしてこいってば・・・ 私は早くまた魔法を使いたいの! 空が飛びたいの! その調子で無茶して体をぶっ壊したわけだろ、焦るなってば・・・ 焦ってるかも知れないけど、でも私は魔法が! だからほんの数日の差だって言ってるだろう・・・ だったら逆に今すぐやってもいいじゃない! 数日だから・・・ だったらすぐに!・・・ 八神が割って入ってくれるまで30分は同じ内容の押し問答をしていたかも知れない・・・ その後、わずか15分の八神の説得によって高町は結局丸め込まれて一時帰宅を承諾。いや凄いわ八神マジで。 高町は実家に帰ったら帰ったで、抱きしめられて泣きじゃくったり、大はしゃぎで笑顔全開だったり、すごく居心地よさそうにしか見えないわけだ。みんな高町のことを心底愛していて、とくに父・兄の溺愛っぷりは危険性を感じるほどだ・・・ もう大丈夫かな・・・高町と家族の間にあった微妙な隙間は・・・もう無いか、あっても前より小さくなったのは間違い無い・・・ と思うが、うん、正直言おう。 無理だって。患者の全部を全部、治そうと思うのは。ギルさんも言ってたが医者は神様じゃあないんだ。俺に出来ることはせいぜい、リハビリに付き合ったり、リンカーコアについてはきちんと治す、それだけしか出来ないのだ。そしてそれ以上のことをむやみにしようとして、心の問題やらご家族の問題やらに踏み込んではいかんのだ。少なくとも俺はそう思うようになっていた。 しかしまあ、魔法へのあのこだわりだけはね・・・どうにもこうにも心配になる・・・ もちろん俺も魔法へのこだわりも執着もある、しかしだなあ・・・ 得意な魔法が探査、好きな魔法は治癒という俺と違って・・・高町は、得意な魔法は砲撃、好きな魔法は飛行。 うまく探して治癒するというのが俺の魔法の使い方だが・・・高町は、空から砲撃を地上にぶっ放すってわけで・・・ 高町が好きな魔法と得意な魔法を、全力全開で使える局面は・・・どう考えても物騒な局面しか無いわけだ・・・ どーなんだろうね・・・ それから数日は高町を中心にお祭り騒ぎになったが、その間も高町とご両親は何度も真剣に話し合っていたそうだ。 高町から改めて、無茶と勝手をしたことへの真剣な謝罪。ご両親はそれについては許したが、今度からは第一に連絡するようにと何度も厳しく念を押し、高町も承諾。今度同じようなことをしたら魔法の道に進むことを認めませんからねといわれると高町も一言も無い。 それじゃあ高町が魔法の道に進むことは許してくれるのかと問えば、士郎さんは苦い顔で、桃子さんも仕方ないと言った表情で、それについては認めざるを得ないと答える。家族だからこそはっきりと分かっていたことだが、高町は三年生時の魔法に出合ったあの日から、魔法に夢中にのめり込んでいる。そこまで熱中して大好きなものを、取り上げるということは出来ないとお二人は答えた。 けど、まあ・・・ 士郎さんはもちろんこの際、魔法を禁止して普通の小学生に戻って欲しかったわけだ。ところが士郎さんは自分自身が昔、娘以上に危険な世界で生きていたという事実があり・・・実際、士郎さんはボディーガードの仕事で人を斬った数も十人や二十人では無いそうで・・・だからこそ娘に危険な世界になど足を踏み入れて欲しくないという思いは強いのだが・・・ 桃子さんによれば、「子供は親の言うことを聞くんじゃなくて、することを真似るのだ」との事で、恐らく、娘がそういう生き方をする事自体は何をしても止められないだろう、それにこれは単に娘が魔法に夢中だというだけの話ではなく本質的には、娘が自立の道を求めて模索している過程なのだと理解していた。「少し早いけど・・・これはなのはが自立しようとして足掻いて努力して頑張ってるということなのよ。親は自力で立とうとしている子供を見守るしか出来ない、きっと手を貸しちゃダメなのよ。怪我したのは魔法のせいでもあるけどそれだけじゃない。魔法であろうと何であろうと、夢中になりすぎて周りが見えなくなって暴走しちゃって転んで怪我するってことは、ありがちなことだと思うわ。私たちのするべきだったことは、夢中になり過ぎていた娘に注意してあげることだったし、それはこれからも変わらない。そこに気をつけて、暴走しないように注意して、後は、見守ってあげる・・・それが一番正しいと思うの。」 だからって場合によっては怪我するような危ない道に進むことは無いだろう、なのはなら将来は喫茶店を継ぐとかもアリだし、それ以外にも平和的な生き方をすることはできるはずだと士郎さん。 確かにそれはその通り。では実際問題、なのはから魔法を取り上げることが出来るか、取り上げた場合はどうなるかを考えなくてはいけないと桃子さん。なのはは私たちが強く命じて、仕事を切りの良い所で辞めること、デバイスも然るべき筋にでも返却すること、どちらもさせることは可能だろう。だがそれでなのはは魔法を忘れるだろうか? その可能性はほとんど無い。デバイス無しでも効率は下がるが魔法は使えるそうだし、あれだけ好きだったものをスッパリ諦めるなんて事実上不可能、おまけに学校の同じクラスには魔法の世界で生きているフェイトちゃん、はやてちゃん、マシュー君がいて、彼女たちの間で魔法の話題が出ることもあるだろう。その度に未練は募るだろうし、悲しくなるだろう。仕事を辞めさせる、デバイスを手元から取り上げることは出来ても・・・魔法を本心から諦めさせるということは不可能なのだ・・・例えば警察官に子供がなりたいと言い出したら、それを危険だからと止めるのも何か違うし、なのはの進みたい道も同じようなものなのでは無いか・・・ しかし子供だ。なによりもなのはは子供だ。子供にそんな仕事をさせるわけには行かない、と士郎さん。 だから子供であることは優先させる、子供のうちは魔法を第一に優先するような生き方は許さないようにすると桃子さん。 お二人の激論がどれほど続き、どういう経緯をたどったかなど正確には分からないが・・・ 結局は、桃子さんの意見に士郎さんが渋々承諾。 条件付ながらも魔法の道に娘が進むことを認めることにしたようだ。 ともあれ・・・ 高町が条件とは何かを尋ねると・・・ まず学校である。これまでは余りにも疎かになっていた。エスカレーター式の私立聖祥学園は、中学から入るなら受験が必要な学校で、つまり義務教育のうちとは言っても成績基準は公立より厳しいのだ。高町は6年生は入院でほとんど通わないことになるし、しかもそれだけでなく、それ以前から仕事ばかりで学校の成績は下降の一途。はっきり言おう、クラスでも成績最低集団の一人に数えられるほどの存在に成り果てていたのだ。3年生までは理系はトップ、文系も平均くらいは取っていたのに。実は今でも理系の成績はマシではある。しかしそれでも数学なら得意だから問題無いのだが、単に計算だけで済まない生物とか化学系は最低限の知識も覚えてないからダメだし、文系なんか最悪であり見事に全滅。漢字は読みも書きも苦手、文章を使ったロジックも苦手、歴史の知識は壊滅的で徳川家康と漢字で書くことすら出来なかったし、地理に至っては海鳴がどこにあるか日本地図で探し当てるのにも手間取るという体たらく。聖祥は小学校から簡単な英語教育もあるのだが、これも単語とか全然覚えてないしダメ。 お前はどこのおバカタレントだって状態だ。 日本とは本来、縁もゆかりも無いフェイトさんよりも、国語も社会も下だってのはどうなんだと・・・ 本来、魔道士であるならそれだけで頭は普通よりよいはずなのだ。魔道士には分割思考と呼ばれる技術があり、これは魔力を用いて自分自身の思考力を明確に区切り、完全に別の事を複数同時に並列して思考できるという一種の魔法だ。勿論得意不得意はある、意外と八神は苦手だったりするが、高町はこれは得意な方で、飛行して移動しつつ盾も張りつつ十以上の誘導弾を制御しつつ直射砲も連発できるなど実に見事なものである。これらの並行する作業それぞれに分割した思考を充てているわけだから。 俺も広域探査などでは探査球を同時に百近く操るのに使ったりと得意である。これを勉強に応用すれば、目で教科書を読みながら耳からは別教科の学習テープを聴き、さらに協力者がいれば同時に念話でさらに別教科の講義をしてもらったりなども可能であるわけだ。しかし、しかしだ。あくまで元の思考力を分割するに過ぎない訳だから、二つに分割されたならその思考力はそれぞれが元より理解力等は劣るわけで、さらに分割すれば比例して一つ一つの理解力は落ちていく、当然だな。 得意な分野でその知識も無意識に思い出せるくらいに体に染み付いてるような内容の思考なら、分割した思考でも対応できるものだが、苦手な分野だとどうなるか。しかもその知識もまともに知らないようなものだと・・・当たり前だが分割した思考で対応するなど不可能になる。例えば高町が苦手な国語などは分割する以前の高町の全部の思考力でも対応が追いつかないのだから論外である。高町の分割思考可能分野とは、大好きで大得意な砲撃・飛行・防御の魔法制御に極度に偏ってる・・・というよりそれ専門であるとすら言えるのだ。 それでも口頭での会話と、念話とを分割してこなす程度は高町は出来るが、それは誰でも出来るレベルの話。 まあこれは俺もそうだが・・・やっぱ得意不得意ということからは逃れられないのだ、苦手なことはやっぱり苦手。それに対応するには全思考力で頑張るしか無い。情報処理系の分割思考が得意中の得意である俺とは違い、実戦用魔法制御の分割思考が得意である高町は、勉強という分野ではどうしても苦労することとなる・・・ まあそれはともかく 恐らく高町の学校復帰は、良くても二学期の終わりに間に合うかどうかくらいになると思うが・・・ その後、3学期のテストでは平均点を取ること。さらにそれ以降も、必ず最低でも平均点をキープすること。 これがご両親の出した第一の条件。 高町は顔を青ざめさせて、頷いた。 最終的には、科目個別で見るのではなくて、総合点で見てくれと高町が泣訴して、なんとかその線まで妥協されたらしいが・・・ 次の条件とは、徹底的な体調管理である。放っておけばどれだけ無茶するか分からないんだから、ちゃんとしたスケジュールを作って、それを厳守すること、そのスケジュールは高町を良く知っている医師に作ってもらい、その医師から高町がスケジュールを守っているかどうかも知らせてもらうという体制を敷く。 それでまあ結局、なぜか俺はスケジュール作りとか体調管理とか士郎さんと桃子さんに頭を下げて頼まれてしまったのだが・・・ お二人が言うには、自分たちでは魔法を使った場合とか魔法によるダメージを負った場合とかの疲労度とか損傷の程度とか良く分からない場合が多い、何よりマシュー君なら良く知ってるし信頼できる、と言ってくれたのだが。 ん~つまるところ必ずしも地球の価値観が通じない世界で働く娘について、地球の価値観で対応して心配してる人間でしかも医師なんてのは実際俺しかいないに等しく、選択の余地が無いしなあ。仕事量も、最初にスケジュールを相談しながら作り、後は定期健康診断の時に話しあったり見直したりする、そして内容をご両親に連絡するってだけで大した手間でも無いし。 そういうことで俺はご両親の依頼を聞くことにした。 こうして、俺は高町という猛獣の首輪から伸びるリードを持つことになってしまった。 最後にご両親は、少なくとも学生である間は、学校や日常を第一とし、魔法は二番目にするようにと厳しく言い渡す。 高町は・・・まあ何とか頷いたようだ。 だが勿論、ご両親も分かっていたことだが、高町の内心では今でも魔法が一番であるわけで・・・ この後に頻発した高町家の親子喧嘩のタネは、常にこの問題で、その度に俺も証人として喚問されたりしてしまって・・・ あー・・・やっぱ高町って苦手かも・・・嫌いじゃ無いんだけどね、付き合いきれんというか・・・(あとがき)ああ~士郎さんと桃子さんが何故、なのはが魔法の道を進むことを許したのか・・・考えても考えてもキレイな結論とか出ないなあ・・・結局、こんな感じになりました・・・