マシュー・バニングスの日常 第二十五話△□年☆月△日 大きな手術も終わったし、経過も順調だし、ご両親や友達とも再会できたし、高町についての大きな懸念はかなり片付いた。 高町からは先日までの思いつめた雰囲気も失われ、対応するのもグっと楽になり、こっちも一安心。まあだからって、気を抜くつもりも無いけれど、高町自身が自分の体を動かすリハビリに入るまでは大してやることがない。整体療法の専門家の方たちがマッサージとかして少しずつ、高町の脚の最低限の反射と感覚を取り戻そうと頑張ってらっしゃるので、その結果を待つしかない。 それなりにヒマも出来たある日。 オコジョことユーノ・スクライアから呼び出された。 こいつは高町が魔法関係の戦いに巻き込まれたきっかけを作ったやつだそうだが、正直あまり詳しく知らない。 俺たちと同じ年で、今は図書館みたいなとこで司書みたいなことをしてるそうだ。調べ物が得意らしい。 理性的で繊細な顔立ちをしている。高町の方が遥かにワイルドだなと正直思う。いや顔立ちは高町は可愛い系であるが、なんつーか雰囲気がね、あいつは虎とかライオンみたく肉食獣の類だとマジ思う、幼いうちは可愛いというのも似てるだろ? それに比べると、こいつはいかにも学者って感じだな・・・インパラかガゼルか、まあ草食動物系だな・・・ 俺を喫茶店に呼び出したユーノは迷いの無い表情で、こう断言した。「僕はなのはが好きなんだ。」 ほほう。それを俺に言ってどうしようと言うのやら。「今は、君が一番、なのはに近い。だから君に聞きたい。君はどう思っているのか。」 好きだなんだと・・・まだ小学生なんだけどなあ。 とは言っても、ミッドチルダを中心とする世界とは、恐ろしく多様な風俗・習慣を許容する世界でもある。 結婚は登録制であり、生物学的に子供が作れる男女なら、双方の同意の下に、結婚できるって制度になっている。 一夫多妻とか一妻多夫とか、そういう習慣を許す世界も、管理世界の中には存在し、そこに移住してしまうことも可能で。 まあつまるところは事実上、なんでもありである。 ただミッドの中心部については、婚姻可能な年齢が生物学的に決定される以外は普通に一夫一婦のようだ。結婚の平均年齢も、実際には20前後って所で、まあ地球よりは早めかもだが、普通な感じがする。やっぱ実際にはそういう自然な感じに落ち着くんだな。 俺は高町の担当の内科医の一人であり、さらに魔力リハビリ担当でもあり、ついでに今回はリハビリ計画全体を診る立場にも加えてもらっている。だからして、高町のことは本当に隅から隅まで知っている。 具体的に言うと、高町の生理の周期まで知っている。小6だし別に早くも無い。 ユーノは真剣に高町が好きだそうだ。こいつの肉体的成長具合は知らんが、近い将来にマジで結婚できるって可能性もある。まあ双方の同意があって場所がミッドならって条件でだけど。 だがまあまずはユーノの質問に答えるとしよう。「患者は患者だ。女の子としてとか見れなくなるんだよな正直言って。心配してるなら無用の心配だ。」「本当に?」「本当だよ。たださぁ・・・俺思うんだけど。」「なにかな?」「俺に言う前に高町に言うべきだろ。」「・・・なのはは僕のことを・・・」「まー友達としか思ってない雰囲気?」「だからいきなり男女としてどうとか・・・」「俺も同様にただの医者だっての。」 元々は生きることを諦めていた虚無感みたいのは今でも俺の心の奥底に残っおり、たまにそれが表に出ることがあるようだ。そういう時俺は年齢不相応の異常に冷静冷徹な表情になるらしい。俺は基本的に年相応の感情を持ってはいるとは思うが・・・それでもどこかに昔、命を諦めていた時代の・・・死の冷たさを受け入れてしまった何かが残存しているような気がする。 さらに今でも俺は見た目だけの「偽者の健康」しか持っていない。昔から俺は周囲の「健康な人たちの世界」ってのは俺にはどうしても届かない別の世界みたいに感じていたが、今でも所詮はリミッター頼りで生きてるわけで、本当に健康な人たちの世界ってのは俺とは全くとは言わないが、やはり余り関係が無い感じがどうしてもするというか・・・ 俺の興味の対象は正直言って圧倒的に、俺自身の肉体を治すための医学・魔法に偏っており・・・後は姉ちゃんを筆頭とする少数の大切な人くらいしか俺の心の中にはいない。高町も大切な友人の一人だが、完全にその範疇に収まってるし。 とにかく俺には惚れた腫れたの方向に感情を向ける余裕が無い状態だったといえるかも知れない。ピンと来ない。 だからいきなり色恋話を持ちかけられた所で・・・せいぜい感じたのは軽い好奇心程度? 無責任な野次馬として対岸の火事を見守る心境といいますか・・・ そんな俺の心境を知ってか知らずか・・・ユーノの話は続く・・・「どうしたらいいのか・・・ちゃんと告白するべきなのか・・・」「さーそれは俺もよく分からんわ。頑張れってくらいしかいえん。」「応援してくれるのか?」 正直言うとどうでも良いのだが・・・まあ少し考えてみれば・・・「・・・あいつは魔法依存症で、これからも戦いを求め続けて、多分また怪我するし、仕事は絶対に続けるし、平和で安らかな家庭とか築けないタイプかも知れないと思うし、彼氏は絶対に苦労するだろうとは思うけど、それを全部承知した上で支える覚悟ができてる人でもいてくれれば、それは良いことなんじゃないかと思う。」「・・・そんなに大変?」「間違いなく。でも頑張って欲しいとは思う。具体的な策もあるけど聞くか?」「是非!」「今の高町はまだ魔法もまともに使えないし下半身も動かない。強引にガバー!っと・・・」「ふ、ふ、ふざけないでくれ!!! そんなことできるわけがないだろう!!!」「まあそれは冗談として。」「当然だ!!!」「でもさ、お前は、言葉で伝えてあいつに同意してもらってからとかの普通なこと考えてるんだろうが、お前も知ってるだろ、あいつは『お話しよう』と言って砲撃をぶっ放すやつだぞ。『お話』=『砲撃』という肉体言語しか理解できないやつだ。どこかでお前が強引に行かないと、絶対にお前の気持ちはあいつに伝わらない、たとえはっきりと好きだと言ってさえ伝わらないんじゃね?」 まあ適当な推測だけど、間違ってはいないと思う。話し合おうとか言うわりに実際にはいざとなると話が通じなくなるやつなのだ。「でも・・・僕は・・・」「よし分かった。いきなりガバーっといけってのはハードル高かったな。まずは、そうだな、抱きしめるくらいから挑戦してみっか。」「冗談じゃなかったのかよ・・・それはともかく、どうするんだい。」「あいつはこれから歩くためのリハビリをするんだ。何度も転ぶだろうし、体勢がふらつくことも多々あるだろう。お前がその時、介護すれば、自然に抱きしめる機会も増える。体を治すため必死に頑張る少女、それを助ける少年・・・王道だな、絶対うまくいく。」「いい! いいねそれ! 頼むよ、その日は仕事サボってでも行く!」「よし、それじゃあまた連絡するわ。」 まあ高町のリハビリがある程度、進んだ段階になってからだな・・・ 気を使わずに済むユーノとの話は、それなりに気晴らしにもなり俺もそこそこ楽しかった。 同年代の男友達との気楽なバカ話ってのも良いね。いつもは周りは年上ばっかりでさ。△□年※月○日 理学療法士の先生(中年の人の良いおばさんである)とも色々と相談したのだが・・・ 高町のリハビリは、まず脊髄、次にリンカーコアだ。感覚を取り戻し立ち上がるまでが第一段階、魔法を主に使った魔力リハビリが第二段階。完全に立ち上がれるようになれば、そこからは魔力リハビリだけだから俺の専門となるが、最初の段階だと普通のリハビリが主になる。しかし俺も都合の付く限りはリハビリを見学させてもらうことにしていた。勉強にもなるし、やっぱ心配だし。 実際に高町が体を動かすリハビリの初日は、先生と俺が二人とも立ち会った。 高町はベッドの上に起き上がれるようになったし、両腕にも力が戻ってきたが、足の感覚はまだ戻っておらず、足を引きずるようにしてベッドの上を這うのが限界って状態である。 理学療法士の先生は、まずは車椅子をベッドの横に置き、介添えしながら高町を車椅子に座らせた。次に再びベッドに介添えしながら戻す。一連の作業を丁寧に、段階を踏みながら行った。 高町の第一の目標は、今、介添えされながら行った、ベッドから車椅子、車椅子からベッドという移動を確実に自力で行えるようになることだ。 そう言われて、独りでやってみますと無謀な宣言をする高町。無理せずにという言葉もあんま聞こえてないな。「うう・・・ああっ!」 バランスが取れずにベッドの横に転げ落ちてしまう高町。泣きそうである。 しかし床もベッドも車椅子も、転んでぶつかってもケガしない高度な衝撃吸収素材で出来てる。どれだけ転んでも大丈夫だ。「はいはい、無理せずにね。」 先生は手を貸そうとするのだが、高町は諦めない。今度は床から自力で車椅子に這い上がろうとして・・・ できない。車椅子に登る程度のこともできない。ベッドの上にも戻れないだろう。 下半身に力が入らない上に、高町は別に体を鍛えていたわけでも無い、おまけに一ヶ月以上寝たきりで筋力は衰えまくっている、自分の体重を両腕だけで支えるなんてのは初めから無理だ。「そんなに簡単には出来ないわよ? とにかく焦らないで。やはり腕力の強化もメニューに入れたほうが良いかしらね・・・」「ううう・・・お願いします、出来るまでやらせてください!」 意地をはる高町を適当に宥めながら、先生はリハビリを続けるのだが・・・ 午前中は結局、自力で車椅子に登ることさえも出来なかった。 ダダをこねる高町に強制的に手を貸してベッドに寝かせ食事を取らせる。食後の休憩と昼寝を挟んで、午後のリハビリとなる。 食後に少し落ち着いたところで、軽く高町の体を走査し、強くぶつけた場所などを軽く治療。催眠誘導で眠らせる。 午後3時から二時間、同じリハビリ。まだ出来ない。 夕飯前に八神が来る。必死に車椅子に上ろうとしてる高町を見て、「手を貸したら・・・やっぱあかんのやろな。また後で来るわ。」 と言って一時退室した。 ベッドから車椅子、車椅子からベッドと自力で動けるようになるまでには一週間かかった・・・ それでも予定より早かったのだが。 どうも八神が車椅子を使うときの体のコツとか教えたらしい。所詮は慣れだし、力というよりは技だとか。 リハビリを終えた夕食時、そろそろ帰るという俺に、高町が真剣な口調で質問してきた。「マシュー君、魔力のリハビリはいつごろから始められるの?」「そうだな。松葉杖を使えば歩けるってくらいになったら、本格的な魔法リハビリ、魔力中枢治療を始めよう。」「わかった。頑張るね。」「ああ頑張れ。」 やはり魔法のことが本当は一番気になってるんだろな・・・△□年※月△日 筋トレや車椅子での移動などを経て、数週間後・・・ 車椅子から届く程度の高さにある、手すりに捕まっての捕まり立ちに挑戦中。 全く足に力が入っていない。一回、勢いを付けて無理やり立ち上がろうとして、手すりにしがみついて5秒くらいはもったが・・・ すぐに限界が来て倒れ伏す。 と、そこにユーノがやって来た。もちろん偶然では無い。 高町は床から体を引きずり起こして、また車椅子に座り、さらにまた手すりに捕まって立とうと試み・・・ また失敗する。 それが繰り返される。二時間経って、リハビリ終了。今日も立てなかった。 リハビリ中は、なんかビビって近づいて来れなかったらしいユーノがやっと近づいてきて高町に声をかける。 しかしリハビリで疲れきっている高町からは、はかばかしい返事も返ってこない。 さらに「出来ればリハビリ中は来ないで。」と、素気無く切り捨てられてしまった。 こういうところが高町は、まるで野生の獣のようと言うか・・・弱ってるところを見られるのを本能的に嫌うのだ。 でもそこは乗り越えろよユーノ。強引に行かないと無理だってば。 夕食後、一緒に帰ってユーノと話してみたのだが・・・ ユーノは、高町の必死な表情、思ってたよりもずっと苦しそうなリハビリを見て、下心なんて持ってたのが恥ずかしくなったとか。 そして自分には何も出来ない無力感・・・かける言葉が見つからなかったそうだ。 まあそういうことなら気持ちは分かるけどさ・・・ でもさあユーノ、多分だけど、こんなに弱ってる高町って下手したらこのあと一生、拝めないかも知れないぞ? 言い方は悪いけど、こういう機会はきっと二度と無いぞ? 頑張って強がってはいるけれど内心は不安なのは間違いない、その不安を支えてやるのは別に悪いことじゃないべ? お前が下心だけとは思わんよ、本当に高町のことを想ってるわけなんだろ? リハビリに手を貸すのは、本人のためにならないからダメだけど、終わった後に優しい言葉でもかけて手を握るくらいのことは出来るんじゃあないか? ていうかそのくらいしないと、何も進展しないんでね? 一回来るのを断られたくらいで諦めずに、何度も来て、高町を見守って、夕食時まで付き合って話をしたり、とにかく共有する時間を長くするよう工夫するとかさあ・・・ いくら言ってもユーノは暗い顔で頭を横にふるだけだった。 まあ俺も男女の機微とか全く分からんから想像で言ってるだけだけどさ~ それにしてもユーノは学者ぽい外見通り、ちょっと押しが弱すぎるような気がする・・・ 間違いなくいいやつなんだけどなあ。こいつが高町を一番近くで心身共に支えるって言うのなら・・・それって良いことじゃね?(あとがき) リハビリ編ということで気楽に行ければなあと思っております。 無人の荒野を進みつつ、なんとか半渡は叶ったようです。 あー・・・なのはを完治させちゃうなあそれでいいのかなどと・・・悩んでます。