マシュー・バニングスの日常 第二十四話△□年▽月×○日 結論は一言で言える。つまり、さすが姉ちゃん。これに尽きる。 俺も八神もご両親も全員が考えすぎて煮詰まって動けなくなった状況を一刀両断して解決に導いたのは完全に姉ちゃんのおかげである。 姉ちゃんは圧倒的な迫力で押し切って、八神に、無理やり高町とご両親を会わせるという計画に同意させた、そうだ。 俺は担当医だから、この計画からは外す。あくまで八神・姉ちゃんの私的なラインで行われた計画ということにする。 バニングスの家に設置されてる転送設備は使わずに、新たに月村さんの家に転送設備を置く、その手配は八神が行う。 俺の診察日の把握は八神が、家とミッドの行き来のペースは姉ちゃんが完璧に把握してたし。二人で協力すれば俺に全く気付かれずに事を進めるのは容易だったみたいだ。 全ては俺に隠蔽して行われ・・・俺が気付いたのは・・・ ある日の午後、何も気付かないまま、体調チェックしに高町の病室に入ったその瞬間になってからだった。 桃子さんの胸に抱かれて泣きじゃくる高町の姿・・・ 士郎さんもいる。八神もいる。姉ちゃんに月村さん。さらにフェイトさんにユーノまでいた。 みんなが涙ぐんでいる。桃子さんだけでなく士郎さんもこらえきれずに涙をこぼれさせ、ただ高町の頭を撫でている。「いつの間に・・・」 俺が呆然とつぶやくと八神が答えてくれた。「ゴメンなマーくん。本音言うと、一刻も早くちゃんと会わせるべきやって思っとってん、私も。」「そうか・・・」 高町は涙を流して泣いている。ああ、そういえば・・・入院してからこっち、影のある笑顔を何とか浮かべる程度で、ちゃんと泣いたところも見たことが無かったな・・・そんなことに今さら気付いた。「お母さん! お母さん!」 と、他の言葉を忘れたかのようにそれだけを繰り返し、高町は桃子さんの胸で思い切り泣いていた。 桃子さんと士郎さんの、やっと再会できた愛娘を見詰める目は・・・そっか、今さら思い出した。別に何をしてくれるわけでも無く、ただ姉ちゃんに見守ってもらうだけで、心臓が楽になったもんだ、あの時の姉ちゃんの目と似てる。そういう目で見てくれる人を、俺はわざわざ遠ざけていたわけか、俺はどんだけアホなんだ・・・丸きり何も分かっちゃいなかったな・・・ 本音で言えば、どちらも会いたかった、そんなことは分かりきってたんだ。 だから会わせる、それだけで良かったのか・・・ 姉ちゃんはフンっと鼻を鳴らして俺を見た。「今さら気付いてんじゃないわよ。大体、なのはが頑固で頭固いなんて分かりきってる話でしょうが。ワガママ言ったことない?なに言ってんだか、なのははいつでも人に善意を押し付けてまわる傍迷惑なすっごいワガママなやつよ。ワガママが過ぎてただけなんだから、なのはの言葉なんて無視してガツンとやってやる、それで良かったの。」「まーそれで結果的に上手くいったみたいだからいいんだけどさ・・・」「・・・悪かったわよ・・・」「いや・・・こっちこそすまね・・・」 俺の判断とか無視して悪かったという姉ちゃんに、分かってなかったわスマネという俺。 本当はどっちが正しくてどっちが間違ってたとかも、分からないけどさ・・・ まあでも・・・ 医者も患者のことを考えていろいろ決めてるわけなんだし、その指示が優先されるべきだってのは確かに原則だが。 娘が傷ついて泣いているので、駆けつけたいと思うご両親の気持ちまで堰き止めるのは正しいのかとか。人として。 だけど本人の希望もあったし、悪化する可能性があるならば現状維持のほうが安全だというのが医者側の判断だったのだが。 そして俺も高町の心の傷を重く見て、悪いほうに考えていて、高町を信じるってことは出来なかった。 しかし高町の心の強さを信じていた姉ちゃんは、あっさり会わせる方が良いと判断。 結果論だが、姉ちゃんは知っていたんだな。高町本人の強さと、家族との絆を・・・ だがまあ俺は、できれば医者側の立場に立った慎重な行動をしたいと思うわけだが・・・ 家族側の立場に立った、そちらからの視点での行動を完全に止めるってのは必ずしも正しくないんだよな、今のように。 今後に踏まえて活かせる様に努力するくらいしか俺には出来ないな。所詮、俺は未熟なガキか・・・ しかし俺も医者としての立場から行動してるつもりではあったけど、本当に医者に徹するならば、そもそも勝手に家族に事情を伝えに行くってこと自体が褒められた行動では無かったわけで・・・つまりどちらにせよ半端だったか・・・ まあともかく・・・「悪いほうに転ぶ可能性もあった」という理由で、「現実に出ている良い結果」を後から非難するのは難しい。それも賭けの内容は命に関わるようなものじゃなくて、元から高町の心理的問題だけだったからな・・・もちろん心理的な問題も命に関わる可能性があるものだが今回の場合は、果たして本当にその可能性があったか? ミッドの価値観を持つ医師たちはともかく、俺でもやっぱり、ご家族は勿論、長年の親友である姉ちゃんと比べても、高町の心を理解するって点では丸きり劣っていたってことなんだろうな。高町のことを本当に良く知っていれば、こうするべきだったというのは明らかで・・・俺は未熟なだけでなく無知でもあったか・・・ 結果オーライで上手くいったので、俺は主治医の先生にちょっと怒られるくらいで済んだ。まあそれも、意図的に俺を計画から外して、俺の立場も考えてくれた姉ちゃんに、今回の件の主導者ですと自ら主張した八神の二人のおかげで・・・ま、実はあくまでミッドの医師である先生にとっては、どちらにしても余り重要なことではなかったのかも知れないが・・・管理外世界の風習には一定の理解は示すがあくまで一線を引いて接するタイプだからな、あの先生・・・元からこの件は高町を11歳の子供と見なす地球の価値観と、既に一人前の大人であると見なすミッドの価値観の相違が根底にあって、11歳であれば保護者にちゃんと伝えるべきと考えた俺の主張へのスタンスも「まーそういう考え方が君たちの世界の主流であると言うなら、患者に悪影響が出ない範囲で好きにしたまえ」って感じだったし・・・ 桃子さんと士郎さんも、今は何も言わずに抱きしめて安心させてあげているだけで・・・そしてそれが高町に与えた心理的効果は・・・分かりきっていたこととはいえ、やはり、圧倒的なものだった。 到底、医者では及びも付かない。 実際に、バイタルもメンタルもこれ以降、不安定になることがほとんど無くなり食欲も増進、笑顔も明るくなって・・・ 劇的な治療改善効果があったわ・・・ 愛されてると信じていても、愛してると行動で示されることが、これほど大きいものなのか・・・ 考えてみれば近頃の俺も、前ほどには姉ちゃんとコミュニケーションもスキンシップも取ってないな。特に高町の一件があってからは心理的にもこれに集中してしまって、地球に居ても上の空だったろうし・・・家族の愛情の重要さが見えなくなってたのは俺もか。「人の振り見て我が振り直せ」って言葉が頭に浮かんだ。 全く反省することだらけだわ・・・情けない・・・だが今は、今後のリハビリ計画だけに集中して・・・高町が元気になったあと、思う存分、後悔も反省もするとして、そこまでは頑張ろう・・・ 脊髄再生手術は、何の問題もなく完璧に終わったことも付け加えとく。△□年☆月○日「それじゃあこれからはリハビリが主になるってことなんだね。」「はいそうです。外科的処置は終わりました。」「ふむ、それにしても魔法だって言っても、そう何でもできる訳では無いんだね・・・」「そうですね。骨折の治療なんかにしても、やろうと思えばいきなり強引に繋ぎ治すってことは可能なんですが、それは緊急措置で、やらないに越したことは無いって臨床結果が出ています。それをしてしまうと以前よりも一回り骨が細くなってしまうんですよ。それを治すためには、今度は一度切り開いて、わざともう一度折って、自然治癒させるなんて手間が必要になってしまいまして。代謝の活性化による治癒魔法も最低限に留めて、あくまで自然治癒を後押しする程度しか使わないのが理想的ですし。まあそれでも、完全骨折でも3週間、亀裂骨折なら1週間と少しで治せるんですが。ただ今回のなのはさんの場合、一番重かったのは腰椎の粉砕骨折でしたから、一ヶ月以上かかってしまいました。」 翠屋に顔を出して、士郎さんたちに報告するのは、既に俺の習慣となってしまっている。 クリームやバターを余り使わない、軽い焼き菓子を俺のために用意してくれるようになった。紅茶も薄めに入れてくれてる。「なのはの腰は・・・大丈夫なの?」 桃子さんが心配そうに問いかけてくる。「繋ぎ直すのでは無くて、砕けてしまった骨を集めて、形だけ整える、これは魔法で行います。あくまで形だけに留めて、後は自然に骨細胞が再結合するのを待つわけです。そのために魔法的ギプスをつけていました。これからもリハビリが終わるまでコルセットは外せないでしょうね。機能回復については、過去のデータから言えば、同様の手術を受けた場合の回復率は90%を超えています。」「90%・・・か・・・」「すいません。100%とは言えません・・・」「いや分かってる、そういうものだ。100%なんてことがありえるはずもない。9割成功するってだけで凄いよ。脊髄損傷に、腰椎の粉砕骨折・・・地球だったら一生車椅子ものだからな・・・」「これからのリハビリ計画はどうなってるの?」「脊髄を繋ぎなおしたばかりですので、まずは寝たままで介護されて足を動かしてもらったりマッサージを受けたりが最初ですね。自律反射が戻ったら、まず自力で車椅子に乗れるように訓練させて・・・手すりに捕まりながら歩く訓練を開始するまでに大体、二週間程度を見込んでいます。正直に言っておきますが・・・このあたりはかなり過酷なリハビリになると思います。一定の時間は何度、倒れてもまた起き上がらせて、繰り返すような・・・必死にならなければ、自分の足をもう一度取り戻すってことは出来ないんですよ・・・その・・・横から見てるとかなりツライような、そういうリハビリになります。」「確か前に、半年で治る、と言っていたな。ということは、そのリハビリだけで、これから数ヶ月もかかるということか・・・」「はい。そうなります。やはり脊髄損傷は・・・重いんです。」「そうか・・・」 俺は菓子を食べ終え、紅茶を飲み終えた。少し冷めてもとても美味しい。「なのはさんからの伝言なんですが・・・」「なにかしら?」「『自力で歩けるようになったら、まず一番に家に帰る。だからしばらくは来ないで欲しい』だそうでして・・・」「そうか。」「その・・・まあ本当に行かないかどうかは・・・お二人に任せますよ。今は面会禁止令も出てないですし。」「分かった。ありがとう。」 伝えるべき用件は終わったが・・・そこで俺はしばらく沈黙する。 何かを言い出そうとして、言い出せない俺の様子を、お二人は見て、また心配そうな顔を・・・違う、こんな顔させてどうする! 腹を据えて立ち上がり、椅子の横に立ち、お二人に向かって思い切り頭を下げた。「先日は言い過ぎました! 真に申し訳ありませんでした!」 実際に病院に来て高町を抱きしめていたお二人を見てしまえば・・・俺のあの日のご両親への説明はどうにもこうにも後悔ばかりが残るもので・・・謝らずには気がすまなかった。そういう心自体が未熟と言われればそれまでだが、とにかく謝罪だけはしたかった。 俺の唐突な謝罪に戸惑った様子の士郎さんは、少し考えて・・・「先日・・・って、ああ、君が病状を説明に来てくれた日のことか?」 士郎さんはなんでもないような口調で尋ねる。「そうです! その・・・勝手なことばかり言いまして、ご両親の気持ちもちゃんと考えず責めるようなことを・・・」 俺も高町を心配して、心配する余り気持ちが先走ってたんだろうな。実際には俺なんかと比較にならない程に深く高町を心配してたのはご両親なんだって当たり前のことを、実際に病室で会った高町と士郎さん、桃子さんを見るまで分かっておらず・・・「はい、ストップ。」 桃子さんが、俺の口の前に人差し指を立てて、にっこり笑って俺を黙らせた。「何を謝るのかも分からないわよ? ねえあなた。」「全くだな。」 士郎さんも余裕の微笑だ。本当に意外なことを聞いたって顔で・・・「そもそも君はその義務も無いのに、わざわざ俺たちに伝えに来てくれたわけだしね。なのはのこと、そして俺たち家族のことを本当に考えていてくれてたのは分かってる。感謝するならこちらだよ。あの時、伝えに来てくれて、本当にありがとう、マシュー君。」「そうね。本当に助かったわ。あの時はありがとう、マシュー君。」「いえ・・・! でも・・・!」「いいからいいから。何も気にしてないよ。君も気にしないでくれ。でもそうだな・・・どうしても気になるなら・・・」「はい!」「なのはのリハビリを頑張って面倒見てくれれば、それでいいさ。」「それは仕事ですし勿論ですが・・・」「それだけで良いのさ。俺たちはそれ以上のことも、それ以外のことも、何も望んでいないんだから。」「ええそうよ、マシュー君。なのはのこと、お願いね。」「・・・はい。」 涙が出そうになったが何とかこらえ・・・俺は深く深く一礼して、翠屋を後にした。 しばらく歩いて人通りが少なくなったところで、俺は思い切り自分の頭を殴った。 あ゛~~~~ ダメダメだったな、俺 結局、士郎さんと桃子さんに甘えさせてもらっただけだ あ゛~~~~情けない でもこれを教訓に出来なかったら本当にダメだ 頑張るしか、無いか・・・ さらに自分の頬を平手で叩いて気合を入れてから、俺は家に戻り、高町のリハビリ計画書をもう一度見直し始めた・・・(あとがき)なんとか一段落。次からリハビリっすね。どーもやはり原作の情報の極度に少ない人跡未踏の荒野を進むのはアレだ・・・それでも、なのは完治・退院・小学校卒業までは何とか描き切るのが当面の目標でございます。