マシュー・バニングスの日常 第十四話 次の日、俺は、リンディさんに呼ばれて、一緒に高町さんの見舞いに行った。 そのとき、俺専用の演算処理特化ストレージデバイスを渡された。 高町さん、フェイトさん、クロノ、リンディさんが見守る中、初めてのオリジナルバリアジャケット展開! これまでの既製品は武装局員の制式のものだったから、武装局員の制服だったからな。 そこで満を持してオリジナルジャケットを展開したのだが・・・ ううむ。俺の想像力が貧困であるゆえか・・・ みなさんはロード・オブ・ザ・○ングという映画を見たことがあるだろうか。 その中にガ○ダルフという灰色の魔道士が出てくる。 ちょうどあんな感じである。 中世的な魔法使い。男バージョン。 デバイスも、もとから少しゴツイ杖って感じのものが展開して、かなりゴツく身長より高い杖になってる。曲がりくねってはいないが長い木の杖に見えないことも無い。先のほうは太くなって盛り上がってる。ここに演算処理機があるんだけどね。 なんつーか・・・爺さんになれば似合うのかも知れんが・・・ まだガキの俺では、見習い魔法使いって感じだなあ。まほらの子供先生かい、俺は。「なんていうか・・・渋いね、マシュー君・・・」 高町さんは何とか褒め言葉を捜している。「うん、そうだね。その・・・かっこいい・・かどうかはともかく、なんか風格があるよ!」 フェイトさんは自爆しながらも何とかまとめようとしている。「活動的な服装では無いな・・・まあ完全後衛型のお前には丁度よいか。」 クロノの評価は妥当だと思う。「あらあら、なかなかいいと私は思うわよ?」 リンディさんはいつものように、にこにこと笑ってる。案外本気で言ってるのかも知れん。この人のセンスは計り知れないからな。 そして俺はというと、そこそこ気に入っていた。クロノの言うとおり俺は完全後衛型なのだ。殴り合いになる前に、得意の転送でサッサと逃げる、後ろのほうから探査したり、治癒したりと援護するというのが俺の役割なのだから。 灰色のローブに、2M近くありそうな長い杖。まるきり魔法使いのコスプレのようなスタイル。 これが似合うような爺さんになるまで、長生きしたいものだな・・・将来、ヒゲでも生やそうかな。 ちなみに大きなフードもついていて、それで頭をスッポリ覆うと、外から顔がほとんど見えなくなった。ううむ怪しいw 俺は杖に「サウロン」と名づけた。ほら、指輪物語の世界で塔の頂点にあった冥王サウロンの目が周囲全てを見通すみたいなシーンがあったじゃないか。俺の探査能力に似てないかな。サウロンすなわち「冥王の目」。俺的にはノリで名づけたカコイイ名前って感じだったのだが、後にシャレで済まないほどに名前どおりになるなんてことは・・・この時点では気づけたはずも無い。 まあ、ストレージデバイスにとって名前は、インテリジェントデバイスほどには重要ではない。この話はおいておいて・・・ 「武装局員もどき」から「灰色の魔法使い」にクラスチェンジした俺は、結構浮かれて訓練室に赴き、魔法を色々試してみる。 転送は封印されてるから試せないけど・・・ 探査・・・前は半径数百Mくらいしか「見え」なかったが、これだと同じ労力で3kmは「見える」な。こいつはすごい。 結界・・・封鎖結界、捕縛結界、そしてあらゆる種類の結界破り。ベルカ式も網羅した。前のような不覚はもう取らない。 治癒・・・これはせいぜい効率1.5倍というところかな。デバイス変えただけでそれだけ効率向上するのも凄いんだけどね。 そしてフェイトさんたちに付きあってもらって、他の魔法も試す。「んじゃ行くよ、フェイトさん。」「うん、いつでもどうぞ。」「バインド!」 フェイトさんが光のロープに捕らえられる! しかし!「えい。」 プツン、とあっさりバインドは破られた。「えーと・・・バインドブレイクとか、使った?」「ごめん・・・普通に力入れただけでなんかプツンと・・・悪いけど、紙みたいな触感だったような・・・」 ふふふ・・・デバイスを変えても、こよりバインドに変化なしか・・・「よし、次は砲撃だ! アルフさん、シールド展開しといてよ!」「ああ、いつでも来な。」「シュート!」 俺の前の小さな魔方陣が出来、そこからシュルルルル~と花火よりはマシ程度の細い火線が走り・・・ アルフさんのシールドにぶつかり、プスン、と音を立てて消えた。「・・・」「・・・」「なあマシュー、今の本気で・・・」「すまん、言わないでくれ。泣きたくなる。」「悪い・・・」 花火砲撃も変わらずか・・・「よし、今度は防御だ! シールド展開するから攻撃を」「待って」「待ちな」 フェイトさんとアルフさんが同時に止める。「あのさ・・・まずはシールド展開してみて。その強度を見てから、攻撃するかどうか決めるから・・・」「適性が無いとは聞いてたがここまでとはね・・・悪いが下手にあんた殴ると死んじゃうからね、慎重に行かせてもらうよ。」「・・・わかったよ。では・・・シールド!」 俺の前にボワワ~ンと半透明の半円型の膜が現れる。 スタスタとフェイトさんとアルフさんは近づいてきて、俺のシールド?を慎重に眺める。 そのうちアルフさんが、何の術式展開もせず、素のまま指でシールドを突いた。すると・・・ ブスッ 突いただけで穴が開いた。「わ! フェイト、これ面白いよ! ほら、突けば突くだけ穴が開く! こんなシールド見たこと無いよ。アハハハハハ!」「ちょっとアルフ。悪いってば。そんなに笑っちゃ。」「いやこれは一つの才能だよ! ほら、なんかティッシュを重ねたような触感! こんなのマネできるやついないだろね。」「え? ああホントだ。ティッシュが重なったみたいな・・・なんか面白い・・・」 二人はしばらく指先でついただけでプスっと破れるシールドの感触を楽しんでいた。「あれ? マシューどこいった?」「あ。ほんとだ。マシュー君、どこー?」 紙シールドまで従前通りだった俺は傷心を抱えて部屋に引きこもって寝た。 いいんだ~いいんだ~攻撃とか防御なんてどうでもいいんだ~ ちっくしょうこうなったら転送魔法を徹底的に極めて、1秒以下どころか0.1秒以下の本物の瞬間展開を目指してやる・・・ 俺の探査できる範囲内ならどこでも自由自在に瞬間転送できる真のテレポーターになってやるぞ・・・ しかしどの道、攻撃力が皆無だなあ俺・・・ やはり結界の応用かな・・・人が入ってこないだけとか、中の人を逃がさないだけとかの結界は甘すぎる! 中の人を眠らせるとか、それに近いけど麻痺させるとか・・・いやダメだ。空気に干渉してそういう状態を作っても、バリアジャケットが展開されていれば、大抵は防がれる・・・ 魔道士は魔力さえあれば、その程度の逆境は跳ね返してしまうものだ・・・ そうか魔力か・・・ 魔力を封じる、完全に封じられなくても減衰させる、対魔力結界・・・研究の余地があるかもしれん・・・ そういえば前に魔力を人から吸収できたような感じ・・・もしも魔力吸収というのが本当に出来れば・・・結界の中に閉じ込めた人たちから自動的に魔力を奪い続け、しかもそれを俺の力にするような・・・ でもそれでも弱らせるだけって感じだなあ・・・俺には決定力が無い・・・ 事件の進展のほうだが・・・ 前回の作戦失敗で、敵は完全にここらに時空管理局が出張ってきているということを知ってしまった。 そうなると敵も警戒する。 それ以降のリンカーコア蒐集事件は、地球からかなり遠く離れた世界で起こるようになってしまった。 どの世界を選んで蒐集するかは、向こうが決められるわけだ。事件が起こったと聞いてから、現場に急行したところで、とっくの昔に敵は消えうせてしまっているので捕まらない。 さらには、4体の守護騎士以外の、彼女たちに味方する謎の仮面の男の存在もある。 ここに来て事件解決の糸口は全く掴めなくなった。「そういうわけで長期戦になりそうなんだわ。」「う~ん。じれったいわね・・・」 姉ちゃんは機嫌が悪い。ディスプレイの向こうで腕を組んで、指を規則的にトントンと動かして落ち着きが無い。「大体、管理局ってどうして船一隻だけしか寄越さないのよ? 捜索するべき担当範囲が広すぎて追いつかないなら、人員を増やすべきでしょうが。そんなに人手不足なのかしら? それでよく時空を管理するとか大口を叩けたものね。」「そだね~それは俺も思った。」 クロノから闇の書の話を聞いてる俺は、この事件が相当大きいことは理解していた。状況証拠だけで、未だ決定的とは言えないものの、悪名高い闇の書事件の可能性が高いという報告が上にいってれば、もう少し人員が送られてきて然るべきだろう。確かにここには不自然さを感じる。本当に人員不足で人手が割けないのか? 上の人にとっては世界の一つや二つどうでもいいのか? それとも・・・なにか別の理由でもあるのだろうか?「でもさ~今度、厳重な警戒をしながらも、一時帰宅が許可されたし。」「できれば犯人が捕まってからのほうが良かったんだけどね・・・」 あまりにも状況が動かないので、そういうことになったのだ。なんと護衛としてリンディさんとクロノがついてくるという豪華護衛陣である。しかも近くには局員も控えてる上に、あえて存在を隠さずに誇示することで、どこからどうみても囮に見えるように演技して、かえって敵が近づきにくい状況を作る予定だ。俺も転送封印を解除されてる上に、リミッター限界内の探査も許可される。 この辺がリンディさんが本質的には善人であると感じる理由だ。する必要の無い苦労を自ら買って出ているわけだし。 ただ条件として、俺、高町さん、フェイトさんは可能な限り一緒の行動をとるように念を押されてる。俺が一番先に気付くし、結界に対処できるし、超長距離転送もできる。高町さんとフェイトさんは敵の前衛が出ても簡単には負けない。3人いれば切り抜けられるだろうとの判断である。 とりあえず二日は高町さんの家に泊まり、さらにその後二日はバニングス家に泊まる予定である。この際、俺たち3人、リンディさん、クロノは同一行動をとる。 ちなみにリンディさんが一行の最強の実力者である。実はむっちゃ強いと聞いても大して意外には思えなかったのはなぜだろう。 まずは高町さんの家に5人で向かう。 高町さんの家はご両親と、お兄さんとお姉さんの5人家族だそうだ。ご両親には一年生の時以来、何回か会ったことある。 しかし今日は、高町家以外にも、姉ちゃん、月村姉妹が勢ぞろいしており大賑わいだった。月村さんのお姉さんは、高町さんのお兄さんと婚約しているそうで、見るからにお似合いであった。 久しぶりに実際に会う姉ちゃんは、俺よりかなり背が低くなってた。再会した瞬間抱きつかれて、しばらく泣かれたのは参った。4ヶ月と少しくらいしか会ってなかったのだが、その間に俺は背が伸びて肉付きも良くなり、姉ちゃんに抱きつかれても何とか受け止められるくらいになっていた。寝たきりの骨と皮だった状態と比べれば雲泥の差の現状。姉ちゃんはすっごく喜んでくれた。 その後のパーティも、まだ俺は重いものは食べられなかったが、普通の人の食べる範囲内で消化の良いものなら食べられるようになっていたので大いなる進歩である。 リンディさんは高町さんのご両親や月村さんのお姉さんと話して、状況を説明して、なかなか事態が解決できないことをしきりと詫びていた。しかしどう考えてもリンディさんたちはベストを尽くしてるように思えるんだけどなあ。問題はなぜかリンディさんたちだけに仕事を任せてる上の人にあるわけであって・・・「なにか言いたいことがありそうだな、マシュー。」 グラス片手に話しかけてきたのはクロノである。まさか酒飲んでないだろうな。「いや、リンディさんに出来る以上のことは、誰にもできないんではないかな~と。どうして・・・」「どうして、なんだ?」「どうしてあんたらだけに押し付けられてるのかってことよ。」 急に姉ちゃんが割り込んできた。「どうしてなのよ、あんたら。人員が足りないなら上に頼んで追加派遣してもらえばいいじゃない。それともそんなこともできないくらい人員不足なの? どうなってるのよ時空管理局ってのは。偶然、現場の近くにいた部下にだけ厄介ごとを押し付けて、後は現場だけに任せて放置ってわけ? そうだったらロクな組織じゃないわね。」「おいおい姉ちゃん、まあそのへんで。」「耳が痛いな。その通りだ。」 クロノの目が据わっている。あ、こいつワイン飲んでるぞ。「確かにおかしい。巨大な組織だからね、手続き上の問題で対応が遅れるということは、遺憾ながらも良くある範囲のことなのだが、それにしてもノーリアクション、こちらの要請に対する形式的な対応すら返ってこない。おかしい、何かが起こってる。それは確かだ。」「あんたらが上に嫌われてるとか、そういうことはないでしょうね。」「それも考えた。不仲な上官もいるし、妨害してきそうな同輩もいる、しかしそういったことは織り込み済みで、それでも上手く意見を通すのが母さんの、艦長の得意芸であったはずなのだ。これではまるで・・・」「まるで・・・なに?」 姉ちゃんは静かにクロノの言葉を誘導する。うまい。「どこかで誰かが、積極的な妨害工作を・・・犯人側に味方しているものが管理局内部にいるとしか・・・」「あらあらクロノ、酔っ払っちゃダメよ。」 笑顔のリンディさんがいきなり割り込んできた。口元に腕をまわして強制的に黙らせてる。「ふーん。管理局も所詮は人間の組織で、一枚岩じゃないわけね。」 姉ちゃんはクールに言葉をつむぐ。「そうね・・・でもそれはどこでも同じことよね。」 リンディさんも軽く返す。「まあいいわ、リンディさん。このさい、はっきり言っておくけど。」「なにかしら?」「私の弟や、友達が、管理局に関わったことが原因で不幸になったら、許さないからね。」「分かったわ。肝に銘じておく。」 睨み付ける姉ちゃんの目を、リンディさんは静かに・・・同時に誠実に受け止めた。 4泊5日の滞在中、一番困ったことは・・・4泊とも姉ちゃんが一緒に寝ると強硬に主張したことであった・・・ 俺は赤ん坊の頃から集中治療を受けてあちこちまわっており、姉ちゃんと一緒に寝たという経験がこれまで一度も無かったのだ。 やっと一緒に寝れるくらいに元気になったということで、そうするってことは以前から(一方的に)決めていたらしい・・・ 結局、高町家では、皆が余計な気をまわしてくれて、部屋に二人きりで姉ちゃんに抱きしめられて眠ることになり・・・ バニングスの家では、俺の部屋に姉ちゃんが襲来して、また同じベッドで眠ることになってしまった。 仕方なかったんだ・・・一緒に風呂に入ろうとするのは何とか阻止できたんだが・・・ でも、朝になって起こしに来た高町さんによると。 俺の頭を胸に抱え込んで抱きしめて眠る姉ちゃんは、見たこともないくらい幸せそうな顔をしていたそうだ。 まーそれならいいかな、と思わないでも無かったり。 さて、以前の俺がリミッターなしに無意識に放った探査魔法は、海鳴全域を軽く網羅しただけでなく、集中すれば衛星軌道上まで探査を広げることさえ出来たわけだが。 今の俺は自分を中心にして3km程度しか感知できない。なおリミッターの効果は、範囲の限定だけではない。肉体に負担がかからないように抑えるということがリミッターの目的である以上、出力が落ちて範囲が狭くなるだけでなく、制御プログラムも肉体に負担がかからないように甘く精度の粗いものになってしまっており・・・具体的に言うと、以前は封印されたジュエルシードさえも感じ取った俺だが、今はそこまでできない、魔法の発動や魔道士の存在くらいなら感知できるだろうが、それも精度が落ちてる。 それでも通常の魔道士の探査魔法の数倍の探査力であるというから・・・意外と魔道士ってのは「見えない」もんなんだな・・・と素直な感想を言うと、クロノに「お前が例外なんだ」と苦い顔で言われてしまったが。 とにかくそういうわけで、俺は海鳴滞在中に、他の魔道士の存在を感じ取ることもできず、なんらかの異常も感じ取ることもできなかったのだ。後になって思えば、このとき、病院にいってお世話になった先生にでも挨拶しようと考えていれば、いきなりビンゴを引き当てたかもしれないのだが・・・病院にいって地球医学での現状検査をするのも、八神と久しぶりにあって話し込むのも、どちらもちゃんと時間が取れるようになってからと考えていたのが裏目に出た。 せっかく地上に来たのに、何の収穫も無く再びアースラへと帰ることになった・・・(あとがき)デバイスげっとだぜ~「冥王の目」として活躍するのは結構あとになっちゃうんだけどね~次か、次の次くらいこそは八神が登場するはず・・・