マシュー・バニングスの日常 第十二話 クロノの説明によると・・・『闇の書』は古代ベルカの遺産で、大層危険なロストロギアらしい。ジュエルシードの場合は「悪用することもできる」って程度のものだが、闇の書は、記録に残る限りでは、「悪用されて大惨事になった」前例しか存在しないという。 闇の書は、魔道士に取り付いて魔力を食らい、同時に4体の「守護騎士」という人間型プログラムを生み出す。守護騎士たちは周囲の魔道士たちを襲ってリンカーコアから直接に魔力を抜き出し、闇の書に蓄える。襲われた人間は死ぬ場合もある。 そして一定の魔力が闇の書に蓄えられると・・・その次元世界ごと滅ぼすほどの破壊力を発揮する。実際に、そうして崩壊した次元世界は存在するという。 最新の記録では、完成寸前になった闇の書を、その周囲を巻き込んで戦艦砲「アルカンシェル」で吹き飛ばして、なんとかそれ以上の被害を食い止めたという。「吹き飛ばしたんでしょ? そこでおしまいでは。」「そこがやっかいなんだ。闇の書には自動転生機能がついていて、ただ吹き飛ばしてもいつの間にか復活して、また別の魔道士に取り付く。次元世界ごと滅びた事例でも復活してきたんだ。」「なんとまあ・・・」 そして近頃、魔道士や、魔道士以外のリンカーコアを持つ生物などが襲われて、魔力を奪われるという事件が幾つかの次元世界に分散して起こるようになったという。事件の起きた世界は多数あるが、その分散具合を見ると、もしかしたら地球のあるこの世界が彼らの拠点である可能性もあるという。 しかもついさっき、高町さんとフェイトさんは謎の魔道士に襲われた。彼らは明らかにベルカ魔法を使うベルカの騎士(そういうふうに呼ぶそうだ)であり、使われていた結界も今時見ないベルカ式。「杞憂であったなら、それはそれでいいのさ。しかしもしもこれが闇の書がらみであった場合・・・」「この世界まで危険になる可能性があるわけですか。」「その通りだ。」 ふむ。俺は俺の命には大して執着が無いのだが・・・姉ちゃんに危険が及ぶ可能性というのは冗談では済まんな。「ありがとうございます。クロノさん。」「ん? なんだいきなり。」「そんな事態であるってことを、別に話す義務もないだろう俺に教えてくれて、ありがとうございます。この世界に危険が及ぶ可能性、・・・ていうか姉ちゃんに危険が及ぶ可能性があるなら、全面的に協力しますよ。」「そうか、頼む。」「いやあ事情が事情ですからね。しばらく大人しく養生して、本気の探査が出来る体力を蓄えますよ。」 どうせ多少血を吐くだけですむし。今の体なら。なーに死にはしないだろ多分。「・・・ところで闇の書絡みで俺に協力を頼むって話は、リンディさんも許可してるんですよね?」 ビクっとクロノの体が硬直した。「・・・いや、僕の独断だ。君の協力が得られれば大きく事態は好転することは間違いないのだから。」「俺はいいんすけど・・・リンディさんの説得はもちろん、やってくれるんですよね?」 クロノが冷や汗を複数、額に浮かべた。 まあいずれにしても先の話になるし、俺は医師に回復魔法を胃にかけてもらい、自分も軽く魔法かけて微調整、自慢にもならんが胃壁が破れるのは慣れてるので治すのも慣れている。また怒られるかもしれんがとりあえず起き上がって、クロノと二人でブリッジに向かうことにした。 ブリッジではリンディさんが通信スクリーンを広げて困惑した表情で話しこんでる。 高町さんとフェイトさんもその周りにいるようだ。 近づいてみると・・・ 鬼の形相をした姉ちゃんがリンディさんに凄い勢いで噛み付いていて、リンディさんは何とか姉ちゃんを静めようと頑張っていた。 高町さんとフェイトさんもたまに口を出すが、焼け石に水のようだ。 スクリーンに映らない位置に慎重に退避した上で、しばらく話を聞いてると、同じ内容の押し問答をしてるので話は分かった。 魔道士を狙う事件が近頃、付近で頻発しており、今日も実際に高町さんたちが襲われている。安全を確認するまで、俺たちはアースラのほうに留まったほうがよい、と主張するリンディさん。とても理性的な大人の意見である。 対して姉ちゃんはかなり感情的で支離滅裂、しかし迫力だけは凄い。数ヶ月ぶりにやっと弟が帰ってくるのだから、こっちはパーティの準備も大掛かりにしてるのだ、それをいきなり直前に中止とは言語道断、大体治安維持はあんたらの役目なんでしょうがこの給料泥棒! とリンディさんで無ければ怒ってるんでは無いかというクレーマーっぷりだ。 穏やかに理性的に説得を繰り返すリンディさんにもさすがに疲れが見える。 感情優先で怒りをぶつけてくるクレーマーの相手はきついようだ・・・ 仕方ないので俺が出てくことにする。「おう姉ちゃん、久しぶり。」「マシュー! 元気だった?」 俺の顔を見るなり、表情を一変させて笑顔になってくれるのは嬉しいのだが。「その・・・なんだ、パーティーの準備とかしてくれてたんだって?」「そうなのよ! やっとマシューが一時帰宅できるっていうから気合入れてたのに!」「うん、ありがとう。ほんと嬉しいよ。でもさあ・・・」「なによ!」「リンディさんも言ってたけど、魔道士を狙った通り魔みたいのが出てるってのも、今日、高町さんたちが襲われて、結局は無傷で切り抜けたんだけど、それでも結構、危なかったってのもホントなんだよ。」「それは何度も聞いたわよ・・・でもせっかく・・・」 涙目になる姉ちゃん。 ううむ。リンディさん相手なら怒ってたんだが、俺が相手だと泣いてしまうのか。 どっちにしても感情が激しいんだよな。まあそれが姉ちゃんのいいところなんだが。 しかしリンカーコアを抜かれるというのは・・・ 健康な人でもしばらく寝たきりになるそうだ。 不健康な俺だとどうだろう・・・即死するかもしれん・・・ しかししかし、それを言って姉ちゃんを黙らせるのもなんだしなあ。「えと、リンディさん。」「なにかしら?」「やっぱり俺と高町さんとフェイトさん、3人で警戒するから、何時間かだけでも帰る、ってのも・・・無理っすか?」「ごめんなさい・・・実際に負傷する可能性がある以上・・・許可は出来ないわ。」「やっぱそうすか。」 まあそうだよね。言葉を濁して「負傷」といってくれたが実は俺に限っては死にかねないし。無理やりでも引き止めなくてはいけないくらいのレベルだろうなあ。 しかしどうしたら姉ちゃんは納得してくれるだろうか・・・いや聡明な姉ちゃんのことだから既に頭では分かってるんだ。ただ感情が治まらないわけで。その感情をなだめる、気持ちを落ち着かせるにはどうしたらいいのやら・・・「え~と、姉ちゃん、そんな状況なんだよ。」「分かってるわよ・・・」「その・・・なんだ、可能な限り早く事件を片づけて、すぐに会いにいくから。」 地雷を踏んだことに俺は一瞬気付かなかった。 急激に姉ちゃんの表情が変わる・・・般若の形相に・・・なんかまずったか・・・「あんた、いま、なんていった?」「え・・・」「あんたが! 事件を! 『片付ける』! とか言ってなかった? 聞き間違いかしら?」「えっとだな、その、少しくらい協力したら、解決に役立つかもと・・・」「寝てろ!!! 動くな!!! あんた病人でしょうが!!!」「あーうー。」「リンディさん・・・今でもリミッターで何とか命を保っていて、少し動けば血を吐くような弟を、無理やり働かせるような真似はしませんよね?」「もちろんよ。そんなつもりはないわ。」 リンディさんは迷いなく即答。ほんとにそんなつもりは全く無さそうだ。「なのは! フェイト!」「「はい!」」「マシューがバカやりそうになったら、後ろからぶん殴って強制的に止めて、睡眠薬でも使って眠らせておきなさい! 私が許すわ。力ずくでも止めること、いいわね!」「「はい!」」 高町さんとフェイトさんは完全に迫力に呑まれてる・・・敬礼しそうな勢いだ。 姉ちゃんはしばらく額に手をあてて考え込んでいた。急速に冷静さを取り戻しておりこのへんはさすがである。 目を開けて、静かに俺を見ると、おもむろに姉ちゃんは口を開いた。「なるほどね・・・分かったわ。」「えと、なにがでしょう、お姉さま。」「私がゴネたら、あんたのことだから、私のためにとか思って、その妙な事件に首突っ込む可能性があるってことがわかった。いい、マシュー。こっちの都合なんて気にせず、安全が確保されるまでは絶対に! 絶対に! 船から降りちゃダメよ!分かったわね。」「あー・・・でもさあ。」「わ・か・っ・た・わ・ね・?」「はい・・・分かりました・・・」「なによその歯切れの悪い口調は、もう一度! わかったわね!」「はい! わかりました!」 元から俺が姉ちゃんに対抗などできるわけがないのである。 さて、ここで一旦、通信は終了し、俺は毎日状況を姉ちゃんに報告することを義務付けられた上で、また部屋に戻って寝てろとブリッジから連れ出されてしまった。なお一緒に来たのはリンディさんで、クロノとなんか話す隙も無かった。念話という手もあるだろうと思われるだろうが、あれは、周囲の人が念話での内緒話に無警戒だった場合に限り、有効になるものなのである。 念話してんじゃねーかと疑ってかかりさえすれば、傍受は結構簡単なのである。 よほど秘匿に気を使って傍受不能に近い上級念話を使うということも可能だが、これだと魔力が漏れる。聞こえないけど、なんか話しているということはバレるのである。結局、本当に内緒話したければ、どこかに隠れて、肉声で話すのが一番なのだ。 妙に念話を使うことで、かえって傍受されてバレということも多いのである。 まあ少なくとも俺が相手だと、念話での内緒話は非常に困難である。探査が得意なのと同様、俺は念話傍受も実は異常にうまく、その気になればアースラ全体の念話を、部屋にいながらにして盗聴する自信がある。疲れるからしないけどね。 さてリンディさんに俺の個室まで引きずって来られた俺は、強制的に寝かしつけられた上で、デバイスを取り上げられ、転送機能を封印されてしまった。俺の転送は異常に発動が早いので、俺が転送を発動しようとしてから止めようとしても難しいということはすでにお見通しであった。魔法の訓練は事件中もしてよいが、転送以外のものをしてろとのこと。俺がこれまで使ってた、管理局の武装局員の標準デバイスは、上級者の権限により強力な封印ができるものであったそうだ。艦長権限での封印は、デバイスを作ってる専門家のマイスターでも簡単に解けるものではない、と念を押された。ううむ、そんなに信用できないか・・・ さ~て、どうするかね・・・(あとがき)主人公、ちょっとカコイイ決意をしてみるもののすぐに却下される。姉ちゃんに危険が及ぶなら何かしたいのだが、姉ちゃんに命令されたら無条件で言うことを聞いてしまう。すぐ死にそうなマシューがいるのでアースラの対応は慎重になってます。