「俺は紗羅(さら)の相談に乗っていただけです」
曹仲徳が、息子に対して「悩み事があるなら言ってみろ」とたずねた時の答えは、こうだった。
「ほう、いつの間にか、そんなに中が良くなっていたか?」
「父上…紗羅は、周りに姉妹が多すぎるから、とにかく、男で真面目に話を聞いてくれそうな相手を探しただけです」
「それで、お前か」
「日頃の父上の役目がら、そう思われた処もあるでしょう」
仲徳の現在の立場は、皇帝の個人的な話し相手であり、
公的な場では、あえて、そういう立場からの助言を行う、というものである。
「天の国」の同性という、特異な「属性」によるものだった。
この場合、息子も、同世代から相談相手に適当と見なされる原因にも成りえたらしい。
「そもそも、父上は、どうして俺自身のそういう問題に持って行きたがるのです」
「近頃のお前を見てるとな、お前の母上の事で悩んでいた時の俺も傍目には、あんなふうに見えた、という感じだったんだがな」
「そうでしょう。今だに“ばかっぷる”ですからな。「天の国」の言い方で言う。おおいに悩まれたでしょう」
恋愛結婚が普通の「天の国」から生まれ変わって来た曹仲徳らしい、いかにも「普通」な結婚生活を送って来たものである。
それを見て育っている息子だけに、今回の紗羅の「悩み」はこの時代の青年にしては、深刻に受け止めてしまった。
それが、いかにも自分の事で悩んでいるように、父親には見えてしまった訳だった。
「それで、関平もとい紗羅は、恋愛問題で悩んでいるのか。まあ、真面目な娘ほど、いざ、その時には悩むだろうが」
「確かに、真面目だから悩んでいるみたいです。つまり、阿斗さまの選んだ相手を自分も好きに成らなければならないかとか」
「おい…それは…」
流石に仲徳は、単純な恋愛問題ではない事に気付いた。
現在の帝国の体制、そして「漢末三国」の乱世を収束させた手段からいって、紗羅の悩みは的外れとも言い切れない。
いずれにせよ仲徳は「公人」としても、紗羅に合って見る必要があると考えた。
………。
……。
…さて、紗羅を探していた仲徳だが、姉妹の中で1番中が良いはずの鈴音に聞いたところでは、玉琳と月蓮に連れて行かれたと言う。
「よりによって「この」問題で悩んでいる時に「問題」の2人か」
もしも、次世代でも現在の体制を維持するために、
「天の御遣い」と「無双」の乙女たちの、その娘たちが、親たちのような「後宮」をつくるとしたら、
最低でも、阿斗と玉琳と月連の3人が「必要人員」のはずだった。
しかも、玉琳はどうやら母親以上に「クール」に、この件に関しては「政略」で割り切っている節がある。
月蓮にいたっては…
「どこかで楽しんでいるんじゃないかと、疑えそうなんだよな。やれやれ」
阿斗はといえば、案の定というか「普通」過ぎる。少なくとも、事態の主導権を握って振り回す側ではなさそうだ。
いずれにせよ放置も出来ずに、鈴音に教えられた方向へ仲徳が向ってみると、紗羅が自分で戻って来た、なぜか憤慨しながら。
仲徳が憤慨した事情をたずねてみると、こうだった。
………。
……。
…紗羅が連れて行かれた先では、玉琳と月蓮が「ご主人様」の候補者をすでに何人か見繕っていて、
ああの、こうのと検討していた。
「なぜ?阿斗さまではなく、私を連れて来た」
「可愛くないわね。母上もてこずった訳だわ。簡単な話よ。貴女が認めなければ、阿斗姉さまにも近付けないでしょう」
「あの方を姉と呼べるのは……」
彼女たち「姉妹」の家族関係からすると、こういった問題は言い出したら切りがない。
で、この問題は1時だけ棚上げにして、ああだ、こうだと検討していたが、
「紗羅ったら、貴女の“ご主人様”を探しているみたいじゃない」
月蓮の1言は、頭にタライでも落ちて来たようだった。
それで、ついにキレてしまったという訳だった。
一応、同父異母の姉妹とはいえ(孝行を問題にする社会だから「姉」に対する礼儀はあるが)
魏と呉の、それぞれ次期女王でもある相手に対する礼儀を何とか保って、その場から退散して来た処で、
さて、曹仲徳に出くわした。
………。
……。
…「それはそれは、一応、叔父としては謝っておくが」
謝りながらでは無礼かも知れないが、仲徳としても、微笑と苦笑と溜息を同時には我慢できなかった。
「しかし、その1言のどこに、そこまで憤慨されたのかな?」
「それは……」
「あえてこう呼ぶがな。俺は、こうした問題での北郷の気持ちが理解できるつもりだ」
少し、次の言葉はためらう。
「残酷に聞こえたら謝るが、それと、さっきの続きでこう呼ぶけど、おそらく「桃香さんと阿斗ちゃん」だけの「家族」で、アイツは本来、満足できた」
「承知しております。“天の国”ではむしろ、仲徳殿のような家族が当たり前なのでしょう」
「ああ、だからといって、紗羅たちにも悪い父親じゃないだろう」
「とんでもない。だから、悩むのです」
「「・・・沈黙・・・」」
少しして、仲徳から沈黙を破った。
「俺の姉さんなんかと、君の母上たちとは、また微妙に事情が変わっている」
玉琳や月蓮の母親たちには、王だから後宮に入れた、
その手段に訴えたから、極小の犠牲で太平を手に入れられた、という側面が確かにある。
「そういう政略的な言を言い出したら、君の母上たちは元々「妹」だったよな」
そういう発想が無かったとは言えない後宮入りだった。
こうした処で、発想が異なっている。恋愛結婚以外は、むしろ不純と解釈されかれない「天の国」とは。
その「天の国」の発想が抜け切れない父親が後宮の主であるため、紗羅のような真面目な娘ほど、
いわば「ダブルスタンダート」に悩む結果になったわけだ。
仲徳が結局、指摘したのはそこだった。
「どっちの基準を選ぶのも、結局は紗羅なんだ。自分で選んで、自分で後悔するしかない」
「その通りですが…」
「だから、紗羅は自分で、自分の心に忠実な答えを出すしかないんだ。特に、こういう問題はな」
「…は・い…」
「君の母上たちも、多分、そうしたと思うぞ。自分がどうしたいかを、先ず自分に確かめるんだな」
真摯(しんし)に考え出した紗羅を見て、ひとまず「この」問題は片付いたと思った曹仲徳だったが、
この後は、帝国の将来と太平に関わる問題が待っている。
(…真面目にやっていると、切りが無い問題だな。帝国を統治する、という問題は。やれやれ…)