まるで天上世界から人の世界を見下ろそうとの欲望でも抱いたか、大気圏の外からの人工衛星による偵察技術が発明された頃の事だった。
中国南部の、どちらかと言えば都市から離れた場所の衛星写真に、分析官たちが驚愕した事があった。
集合住宅(?)とかなら数十家族が生活出来そうな大きさの、円環形状の人工物。
まさか地下に配備された弾道ミサイルの発射口か、と疑惑を持ったのだ。
真相が判明してみれば、本当に「数十家族が生活する住宅」だった。
そして、その歴史と伝統文化によって『世界遺産』に登録された。
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中国も南部、発射口と錯覚された『世界遺産』が存在する辺りは4000年前からの「中国」だったか、とすれば微妙である。
例えば「三国時代」の頃、三国の1つ「呉」の拠点である江東と同様に中国化していたか、どうかは中華の「正史」だけが主張している。
そして、その反対側。中国の北には明確な国境が存在していた。
『万里の長城』
その向こう側からは、何度も天下太平を破壊する略奪者が襲って来た。
中国の歴代王朝は自らの腐敗で倒れなければ、長城を越えてくる略奪者によって倒れた。
その結果、中国大陸が南北に分断されるか、あるいは最初は異民族の略奪者だったのが中国化して新しい王朝が生まれたりした。
そうして、北から「乱世」が襲って来る度に、故郷を消失した人々の中から新しい故郷を求める人々が南を目指した。
そうして何度かの時代に別れて、黄河を越え長江を越えて北から南を目指した人々を、より以前から「南」にいた人々は「移民」の意味で呼んだ。
『客家』と
元々が難民だった『客家』の人々は、非常の時には砦と成る様な独自の住宅で、寄り添う様にして生活してきた。
まさか、ミサイル基地と誤解される、などとは思いもしなかっただろう。
そうした『客家』の中には、中国の北の方での古い家系を後世に伝えている例が存在していても、不思議では無い。
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皇帝に成って仕舞った「天の御遣い」は、自分が初代と成った後漢王朝の次の王朝を、どうやって太平にするかを考えていた。
その場合「天の御遣い」だけが知っていた。正確には、彼と「天の国」の記憶を共有する数人だけが。
ある時、皇帝は「天の国」の知識で相談の出来る貴重な側近でもある、転生者の夫婦と「密談」していた。
※
『五胡十六国時代』
「正史」では「三国時代」の終わりが太平の始まりには成らなかった。
「長城の向こう側」を故郷とする筈の「騎馬の民」によって、中国の北半分が幾(いく)つもの小国に分裂した「三国」以上の乱世。
「三国」の勝者だった筈の統一帝国は、結局は「1人の名も無き人が天命を全うする」程度の太平しか持続出来なかった。
後漢王朝以来の永続する統一と太平を回復させたのは、『西遊記』の元ネタの1人とも成った唐帝国の太宗皇帝、李世民だった………。
……。
…中国の歴史上、何度もあった北から南への苦難の旅。
後世『客家』と呼ばれる人々の祖先を押し出した、何度かの「時代」の1つが、この「五胡十六国時代」だった。
※
<それ>が「天の御遣い」の“知っていた”歴史だった。
しかし「今」皇帝の目の前にある「時代」は異なっている。
「三国」の乱世は「正史」よりも早く、より少ない犠牲で収束していた。
この太平を永遠とまでは、不可能だとは分かっている。
それでも、1人でも多くの名も無き人が天命を全うするまで、あるいは1年1日でも長い太平を。
そのために、今日出来る事をしようとしていた。
そのための協力者ならば、何人でも存在していたのだから。
現実問題としては「長城のメンテナンスを真面目に地道に」が皇帝と、そして曹仲徳と袁望月の結論だった。
時は流れ、人の諸行は歴史と成って行く………。
……。
…祖先が難民だったから、そして辿(たど)り着いた場所で生きて行かなければならなかったから、
だからこそ『客家』の人々は社会に人材を送り出し続けて来た。
そのために、教育にも熱心だったりする。
彼らが寄り添いながら生活して来た「トリデ」から、更に留学生を送り出しても来た。
そんな『客家』伝統の集合住宅『土楼』の1つから、今年も1人の留学生が旅立った。
この辺り、いくつかの『土楼』に寄り添う『客家』の人々。
中国の歴史上、何度目かの動乱を生き延びて、ここに定住した祖先を持つ人々は「その時」の乱世以前からの古い家系を伝えていた。
中国の歴史に何度もあった動乱と、そして英雄の時代の1つ。
その時代の人々の諸行が歴史と成ってからは『恋姫無双』の伝説で語られた時代。
その時代に伝説を残し、そして少なくとも数世代の天下太平をもたらした「天の御遣い」と『恋姫』たちの子孫が、
1800年後の「現代」も寄り添い、その家系を伝え続けて来た。
英雄の時代を駆け抜けた『無双の乙女たち』
彼女たちが「天の御遣い」の後宮で『恋姫』と成って、天下太平の後半生を全うした。
そして「天の御遣い」との間に残した子孫たち。
その子孫たちは、その後の1800年の「歴史」を、ついに生き抜いた。
遠い南の土地で『客家』と呼ばれながらも、祖先たちの伝説と家系を伝え続けて来たのだ。
そんな『客家』の村から東の国へ、
「その」東の島国こそ「天の御遣い」が遣って来た「天の国」だ、とも知っていたか(?)曹月華は旅立とうとしていた。