「かずピー。ダブルデート行かへんか?」
あのな、及川。俺はお前を映画に誘ったつもりなんだがな。
「男2人で映画なんて、何オモロいんや?お互いカノ持ちやんか」
それはそうなんだがな…女の子連れで見に行く様な映画じゃない場合もあるだろう。
「あ~あ、この「三国志」オタが~。ええやろ、この映画で妥協してやるわ。ただし、お前が責任持てよ」
おい、何の責任だ。
「俺の彼女までキッチリ楽しませる責任や」
何で俺が。いや、そもそも俺は「この」映画を見に行こうと言ったんじゃない。人の話を聞け。
「ええわ。ええわ。やっと出来た彼女に、自分の趣味を理解して欲しいんやろ」
だから、俺は「レッド・クリフ」なんかに及川を誘っているんじゃない。
大体、俺自身、気持ちの整理が付いていないんだ。こんな映画は生々し過ぎる。
「何が生々しいって。まあ、ハリウッドらしい超大作やしなあ」
だから、勝手に納得するな!
………。
……。
…そして、当日。
案の定だ。上映が始まっていくらも経たないうちに、俺の隣では涙ぐみ始めている。コイツは刺激が強過ぎる。
今は、劉備軍の退却戦の場面だ。
「スクリーン」の中では、“趙雲子竜”が大立ち回りだ。
背に赤子を負って、曹操軍の敵中を突破して行く。
ついに、再会した主君“劉備”に、守ってきた幼君“阿斗”を差し出す場面まで来ると、俺に抱きついて大号泣だ。
BGMにすら匹敵する程の大号泣を、劇場内に響かせてしまった。
「ぐす…ごめんなさい…ふえん」
まだ泣き止まない「俺の彼女」を、何とか映画館から連れ出し「聖フランチェスカ学園」直営のカフェレストラン「黎明館」まで連れ戻していた。
「いや、桃香にあんな映画を見せた俺たちがいけないんだ。すまない」
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「よせ。やめろ何が起こるのか分からんぞ。俺たちにも「正史」にも分からん。何をしようとしているか、貴様には分かっているのか」
「俺は信じる。この「世界」は、この世界で生きている桃香たちのものなんだ。それを取り戻す」
もう1度。桃香とうなずき合う。
「1、2のチェスト――!!!」
北郷一刀と桃香がほとんど同時に振り下ろした、雌雄一対の名剣に打たれ4つに割れた銅鏡が跳ね飛んだ。
白い光が爆発して、すべてを包み込んでいった。
………。
……。
…白光が消えた時、そこは『聖フランチェスカ学園』だった。
…… …… …… …… ……
何の、かんのと言っても「この」世界は平和で豊かで便利だ。
「三国」時代の戦乱の世の中から見れば、それこそ「天の国」に他ならない。
帰って来て実感出来た。“それ”がどんなに貴重かを。
そんな幸福な世界で、1番大切な桃香と生きている。
俺自身のエゴから言えば、これ以上無い幸福の筈なのに……
……俺は、どうしたいんだ。
「貴方はどうしたいの?一刀ちゃん」
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「ご主人様…ご主人様?お目を覚まして下さい」
その声に目を開き、突っ伏していた顔を上げた。どうやら、うたた寝していたみたいだ。
目の前に居る桃香は『フランチェスカ』の制服姿ではない。いや「天の国」のどの服装でも無い。そして、胸には阿斗を抱いていた。
桃香と阿斗だけでは無い。愛紗や鈴々、朱里、雛里たちも、華琳や雪蓮たちも居る。
(…そうだ。俺はあの時…)
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白光がすべてを包み込んだ時、北郷一刀の脳内に“謎の美女”の呼び掛けが響いていた。
(…貴方はどうしたいの?一刀ちゃん…)
(…どうしたいだって?俺は桃香たちを守りたいんだ…)
(…それで好いのね…)
まるで走馬灯の様に、桃香と暮らす『聖フランチェスカ学園』での一刀の生活が、脳内を駆け巡った。
(…一刀ちゃん本人の幸せor不幸せなら、こっちの方が幸せかもよん。それに少なくとも1番大切な桃香ちゃんだけは幸せに出来るわよん…)
(…桃香が本当に幸せだと思うか?劉備としての使命を放棄させて。妹たちや仲間たちや多くの人々を、阿斗まで見捨てさせて…)
(…貴方は、そう思うのねん…)
(…俺は「この」世界で劉備として、一生懸命生きている桃香を幸せにしたいんだ…)
(…それで好いのねん…)
………。
……。
…何も起こっていないかの様だった。白光が1瞬、爆発した後は1見して。
北郷一刀と桃香は、雌雄一対の名剣を構えたまま「間抜け面」とすらいいたい顔を見合わせていた。
「貴様。後悔していないな」
「何を後悔するんだ。この「世界」を、桃香たちの世界を守れたんだろう。何も起こっていないみたいに見えるって事は」
「しかし、貴方からすれば『聖フランチェスカ学園』のあった、あの「世界」を消したのも同然ですよ」
「まさか、本当にフランチェスカが無くなったのか」かすかに動揺する一刀だったが。
「向こう側の「世界」は世界で存在しているでしょうねん」ニコニコし続ける貂蝉。
「もしかしたら「この」世界の“後世”にも『聖フランチェスカ学園』が設立されるかもねん」
……少しだけ迷って、しかし北郷一刀は言い切った。
「それならいいさ」
「あら、向こう側では、一刀ちゃんは失踪したまま戻って来れないのよ」
「俺には戻れるところがある。桃香たちと一緒に戻れる。それでいい」
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うたた寝から「現実」に戻って来た処へ語りかけて来た。
「疲れてるのかな?流石に準備が大変だったか」曹仲徳は恋人の手を引いていた。
「いや、これからは先輩ぶった口もきけないですな。皇帝陛下」
「そんな。これからも宜しく頼みますよ、先輩」
そう、ここは帝都「北宮」
いよいよ数日以内には「天の御遣い」が皇帝に即位する。
(…これからも宜しくな。桃香…)
蜀王にして「新」皇帝の第1妃でもある劉備玄徳。
そして、北郷一刀にとっては、いつまでも最愛の恋人である桃香。
その桃香が劉備として生きる「この」世界で、一刀は共に生きて行く。