以前、この短編集にて『銀英伝と恋姫の小ネタ』という短編を投稿させて頂きました。
その時の繰り返しに成りますが、あくまで短編小ネタです。
例えば、ラインハルトが華琳になっているといった大それた作品では、決して有り得ません。
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ローエングラム王朝の初代皇帝、ラインハルト・フォン・ローエングラムは、確かに自ら皇帝と成った。
そして、その玉座は一子であるアレクサンドル・ジークフリードに継承された。
だが、皇帝ラインハルトの言動には、同時代の臣下と後世の歴史家の疑惑を招く要素が存在した。
所詮、ローエングラム王朝は一代限りと見切っていたかも知れず、
心底では、権力の世襲や、その目的のための手段とされる後宮制度などを憎悪すらしていたのでは無いかと………。
……。
…結局の処、ゴールデンバウム王朝に於ける帝国軍幼年学校の役割とは、貴族が平民を支配する道具の1つだった。
幼年学校の卒業生は、本人の志願を建前として、卒業と同時に下級士官として任官出来る。
士官学校への入学年令と、ほぼ同じ年令で。
つまりは、下級貴族や平民出身の士官学校卒業生よりも、貴族の息子たちを先に昇進させるシステムとして役立っていたのだ。
そうした目的の反映なのか、たとえば一般教養としての歴史の授業でも、
地球時代のいくつかの帝国で、名君と呼ばれた皇帝たちについて教えるのに熱心だったりした。
その日も、ほぼ1時限分を消費して、1人の皇帝についての歴史が講義された。
古代チャイナ帝国に於いて「天の御遣い」と呼ばれた皇帝についてである。
授業自体は、生徒たちも神妙に聴いていた。
金髪と赤髪が目立つ、学年首席と次席の生徒もである。
だが、その翌朝・・・・・
「済まなかった。キルヒアイス」姉と友人だけに見せる素直さで謝っていた。
「同室が私で好かったですね。ラインハルト様」癒される様な笑顔だった。
その遣り取りの間も、2人部屋の後片付けが進行していた………。
……。
…皇帝と皇妃がベッドの中で会話しているのは、別に不思議な事でも無い。
「余は、あの時“も”キルヒアイスに迷惑をかけてしまった。実際、他の同室者が居たら、余の首席などは同日に終わっていただろう」
「陛下」
「だが、キルヒアイスに迷惑をかけた事は後悔出来ても、あの夜、余が荒れた事は別な話だ」
遥か過去の人物であっても、そしてゴールデンバウム王朝ならば晴眼皇帝など数人しか居なかった程の名君であっても、
どうしても、ラインハルトには認められなかった。
戦争と新時代の建設を含めたラインハルトの価値観は、
あの時代の英雄たちの中では、おそらく魏の曹操が近いだろう。
その曹操を含めた、いくつもの野望と可能性を「天の御遣い」は封じ込めてしまった。
それも、ラインハルトとしては最も認めたくない方法で。
旧王朝の制度の中でも、最もラインハルトが憎悪した制度である筈の「後宮」という方法で、だ。
「天の御遣い」を認めてしまっては、
ラインハルトには否定と克服の対象でしかなかった旧王朝を認めてしまう事につながるのでは無いか、
幼いラインハルトは、その可能性に恐怖すらしたのだ。
「皇妃。あの時の余が幼かった事は、現在では理解しているつもりだ」
「天の御遣い」が曹操たちの野望を後宮に閉じ込めなかった場合のシミュレーションは、すでに何度も行われている。
古代チャイナ帝国の安定期には人口5千数百万を数えながら、
あの時代の戦乱と分断は、最悪の場合には戸籍人口500万前後まで激減させただろう。
だが「天の御遣い」は、その5千数百万の過半を救う結果を残した。
「その結果が、あの男を正当化したのだと、オーベルシュタインなどは言うだろうな」
「陛下。おそらくは、ヤン・ウェンリーも」
そういえば、ヤンの直系祖先は、古代チャイナ系統の筈だった。
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ユリアン・ミンツが編纂したヤン・ウェンリー=メモリアルの『原典』が、
どういった媒体に、何時、どの様な経緯でヤン本人が記録したものなのか、
と言った事は、ユリアンよりも後世の歴史家の興味を時々は引いた。
最もユリアン当人は、隠すつもりも無かった。
『原典』は、ユリアン自身を含めたヤンゆかりの人々の回想であり、その中でのヤンとの対話だった。
それゆえの正確度について、重箱の隅をつつく批評家もいない訳でも無い様である。
そんなユリアンとヤンとの対話集の中の1節である。
「私は『最悪の民主共和政治でも最良の専制政治よりはマシ』という信念を持っている」
「提督でも信念と言う言葉を使うんですね」
「だからといって、個別の政治指導者の評価は結果責任だ、と言う事も知っている。矛盾しているかな」
ユリアンは少し考えて
「提督の信念では、政治体制というものは道具だという事でしたね」
「そうだよ。道具という事は、目的のために選択する手段だという事だ。民主政治の良点は、その選択の幅が広い事にある」
「だから、手段ではなく、目的で評価するんですね」
「流石は優等生だよ。ユリアン」
「だから、皇帝であっても、例えば銀河帝国の晴眼皇帝の評価は、ゴールデンバウム王朝の体制自体の悪とは別だと」
「その通りだよ。特に、民主政治の経験が少ない国民には『宝の持ち腐れ』になる可能性がある。いや」
ユリアンを含めた数人だけが知っている、賢者を思わせる表情をした。
「われわれは、直近に民主政治の自殺例を知っている。経験なら豊かだった筈なのにね」
それが遠い歴史でない事を、ユリアンたちの前では隠しもしないヤンだった。
それから、ヤンは歴史上の何人かの皇帝、特にヤン自身の直系の祖先が被支配民だったろう、
古代チャイナ帝国の皇帝について、評価した。
「この「天の御遣い」と呼ばれた皇帝の評価も分かれますね」
「そうだね。特に、自分が女性であるという理由だけで非難する場合も多い」
イタズラ小僧の様にクスクスと笑った。
「危ない。危ない。男2人だけの話で無かったら、性差別主義者と誤解されたかな」
「でも、皇帝としての評価ならば、手段に対しての非難なのですね」
「その通りだよ。ただ…」まるで真面目すぎるのが不真面目みたいに見えた。
「どういう目的のためであれ、こんな手段を取った事自体、許せない女性は居るだろう」
「そうですね」対話の相方も、微笑しか出来ない。
「皇帝というだけで許さないのが民主主義だ、というみたいにね」
しかし「天の御遣い」が、“女性として許せない手段”を選択した、その目的については、
後世の歴史家のシミュレーションは、ほぼ定説化している。
人口5千数百万の、その過半数を救った、のだと。
「シェーンコップ中将やポプラン少佐の評価も聞いてみたいですね」
「友だちは選べよ。そう言えば…」
「ポプランとコーネフみたいな友だちが「天の御遣い」にも居たかな?」
…後年、後世の歴史家たち、と言う意味での後世ではなく、ユリアン・ミンツとしての後年の事。
ヤンゆかりの人々の回想からの「メモリアル」の収集と蓄積をほぼ達成したユリアンは、
蓄積したメモリアルの編纂に仕事の比重を移した。
その段階での、一番の協力者が人生の伴走者でもあったが、
流石に彼女に手伝わせる訳にもいかないメモリアルも存在したかも知れない。