蜀の成都。今日も昨日と変わらない、だが、変わらないこそ大切な1日が更(ふ)けて行く。
「益州州牧」の執務室では、どうやら今日の予定分は終わった様だった。
「「ご苦労さん」」主君“たち”が退出する部下たちを労(ねぎら)って、さて、
北郷一刀は私室へ下がるべく、桃香を補助して立ち上がらせた。
「「ヨイショ」」などと、掛け声を合わせて、重く成った身体を奥へと運んで行く。
どこの名も無い「夫婦」でもありそうな、微笑(ほほえ)ましい光景。
そうして私室に近付いた時、ふと桃香は気が付いた。
「ご主人様。それは「天の国」の歌でしょうか?」
『数え役萬☆しすたぁず』が居る位だから「この」世界での「歌」は、北郷一刀の認識に近いだろう。
だからと言う事でも無いが、最近の一刀は、ふと気付いた時に口ずさんでいる歌があった。
「ああ…これは(隠す必要も無いな)」
完全に母性的に成った身体の桃香を労(いた)わる様な姿勢に落ち着かせると、今度は歌詞が聞き取れる様に歌い始めた。
『こんにちは赤ちゃん』だった。
何故か「パパ」「ママ」に当る単語は、中国語でも似た様な発音をする。
「そうですね。ご主人様は、阿斗ちゃんの爸爸(パーパ)なんですね」
今更ですが~乙女大乱~の「世界」に「天の御遣い」が落ちて来ていたら、
少なくとも、翠ちゃんが第一席で懸けられた、無実の疑いだけは無かったでしょう。
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††恋姫無双演義††~黄権伝~ 第6席を、ヒロイン視点からSideOutしてみました。
現在、劉備玄徳と「天の御遣い」の下に結集していた「義軍」は、進軍中だった。
袁紹と曹操が呼び掛けた「反董卓連合」に参加するため、公孫賛軍とともに進軍する途上で、宿営の準備をしていた。
そんな頃合、北郷一刀と桃香、愛紗、鈴々、朱里と雛里たち1同が集まっていた天幕に、公孫賛(白蓮)の側近の兵士の1人が遣って来た。
その兵士は、白蓮に命じられた事だけを告げると、1人の少女を置いて行った。
見た目は可愛らしい、しかし例によって武将姿の少女。
年齢的には、鈴々や朱里、雛里たち位にも見える。
例えるなら『太正』帝都の“世界”で「宝塚」と「RPG」を融合したシリーズに登場した巴里の海賊公爵を、
今の見た目ぐらいに逆行させて中華風コスプレをさせたら、丁度こんな感じだろうか。
成長途上ながら将来有望な「玉の肌」を、むしろ強調しそうなデザインの甲冑の外側に、サラサラのロングストレートが流れていた。
ところが、しゃべり方だけが、それこそ「お爺さん」だ。声自体は見た目そのママだが。
「私は荊州襄陽城にて「三顧の礼」を目撃いたし、わが「真名」を捧げる御方は只1人と定めました」
「ほう、嬉しい事を言ってくれるではないか」愛紗らしい反応だ。鈴々は何時も通りの「マイペース」
愛紗と鈴々の向かい側にいた朱里と雛里も「はわあわ」言いながら、「水鏡女学院」に出入りしていた事を確認する発言をした。
さて、正面に桃香と並んで座っていた一刀は、少しばかり驚愕する事に成る。
膝を付き拳を握り合わせた「礼」の姿勢を崩さないままの少女が、あらためて名乗りを上げたのだ。
「わが姓は黄、名は権、字は公衡。そして、真名は霧花と申します。この真名を只1人の御主君に捧げます」
「黄権だって?!」
『三国志』ファンの一刀ならば、少しばかりの驚愕の理由も在った。
黄権、字は公衡
関羽や孔明に比較すれば、人気的にはマイナーかも知れないが、劉備とは深く信頼し合っていた。
正(まさ)しく断末魔の劉備にすら「裏切ったのは黄権ではない。黄権が主君に裏切られたのだ」と言わせ、
黄権の側も、魏の捕虜として余生を送りながら「旧主」劉備への信頼と信義を保持し続けた。
逆に、魏の帝王2代すら、その姿勢を信頼させたと言う。
だが、ついに「関羽千里行」の様には帰還出来ず、魏で天命を終えた………。
……。
…桃香の声で、一刀は自分の思考から呼び返された。
「ご主人様?」「いや、桃香には、話す時にはちゃんと話すから」
「わかりました。ご主人様を信じます」
(…微妙に生暖かいホホエミだな。年の割にはマセた?…)
そう黄権を観察しながらも、たった今までの自分の思考には正直に弁護していた。
「これだけは言えるよ。「黄権」なら多分は信頼出来る」
一刀の断言に笑顔で返した桃香は、まだ何か言いたそうな愛紗を片手を上げて押し止めると、
その手で黄権を立ち上がらせた。
「私は桃香よ。よろしくね。霧花ちゃん」
ポロポロと涙を流す霧花を見て、愛紗たちは苦笑したり微笑したりしていた。
北郷一刀はと言えば、『正史』の「黄権」の悲劇を知っているだけに、違和感は無かったが。
「天の御遣い」に違和感が無い、と言う事には、実は大きな違和感が有る筈だったという「真相」までは、未だ知らない。
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中国は広い。そして人口も多い。したがって食文化も様々だ。
極めて大雑把に2分すれば、北の「黄土地帯」と南の「長江流域」に分かれる。
大雑把な話を続ければ「黄土地帯」では、小麦粉を加工して主食にし、家畜をタンパク源にする。
1方の「長江流域」例えば「蜀」や「呉」その中間の荊州とかでは、米を主食に魚をタンパク源にする。
そして、この「長江」から「弥生式土器」を作り始めた頃の島国に、食文化が伝わったと考えられている。
後漢13州の1つ、荊州の主城、襄陽。そして、長江に合流する漢水を挟んで、襄陽とは双子都市の樊城。
その樊城の郊外に、現在の劉備軍は駐屯していた。「益州侵掠」の準備中である。
そんなある日。
「玄徳。ちょっと好いか?」
文官として劉備軍に同行していた、桃香の幼馴染でもある簡雍が彼女を呼び出した。何時もの幼馴染らしい気安さで。
「実は、兵士たちに少しずつ不満が出来始めている」
「でも、朱里ちゃんや雛里ちゃんは何も言わないけれど」
「あの娘たちは、それこそ「ここ」の出身だからな。それこそ、喰い慣れた好物を喰っているだろうな」
桃香も何を言われているかに気付いた。桃香や鈴々、簡雍は幽州涿(たく)郡の出身だ。そして、最初に義勇軍を募集したのも。
「そうなんだ。確かに、お米を炊いたのと、お魚ばかりだったな」
少し考えて、相談するように隣を振り向いたが、
「ゴメン、桃香」「ご主人様?」
「実は俺の国の食文化は、どちらかと言えば、幽州や洛陽よりも荊州とか、多分、蜀とかの方に近いんだ。俺も全然、気が付か無かった」
結局、愛紗や星、更には「今は只の“めいど”なんだけど」と言う詠にまで相談した結果、
どうしても故郷の「味」が忘れられない兵士には、この際、帰ってもらう事に成ってしまった。
それでも「蜀」まで付いて来る者が少なく無いのだから、桃香もとい劉備の魅力が恐ろしい処である。
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~乙女大乱~第十席より
とりあえず1ケ所だけ突っ込んでみたくなりました。
愛紗ちゃんに江東丸をあげた時、「ネコミミ」の事は聞いていた筈です。「趣味」というセリフは出ないのでは無いでしょうか?
そんな訳で、以下の様な小ネタを思いついてみました。
「ちょっ、何それ?反則よ」義勇軍の仲間たちを除く、軍議の場の1同が客人には失礼な態度に成ってしまった。
「…関羽どのから話だけは聞いていたが…実際…この目で見てしまうと…」
と言うか、孫家に伝わる江東丸が効かなった?という疑問は出なかったのだろうか?
「稟ちゃん…ちょっと、笑い過ぎなのです」
「…けど…いくら何でもネコミミなんて…いったい、どういう神経…あ」
どよーん
「ちがうわよ。貴女の場合は、猫を被っているのでしょう」
「稟ちゃん…それはトドメなのです」
…ようやっと話が進行し始めて…
「もう1つ、お聞きしても、よろしいでしょうか?」「うむ、なんじゃ」
「出立前の餞別として、その御耳モフモフさせてもらう訳には参りせんか?」
桃花村の仲間たち、特に江東で身近に「お猫様モフモフ」を目撃してしまった愛紗は、真剣に思った。
(…解毒剤を飲ませる前の、猫化が進んだ状態を見られて無くて、本当に好かった…)
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草原の遊牧民族たちは、衣食住の大きな部分に家畜を利用する。
飲酒に限っても、農耕民の様には、穀物や果物から酒を造る機会に恵まれ無い。
21世紀のモンゴル民族にとっても、酒といえば馬乳酒である。
騎馬で移動する間、鞍から下げた皮袋を揺らして醗酵(はっこう)させておいた馬乳酒を、天幕の中で開封する。
それが、草原の騎馬の民の生活だった。祖先から。
後漢13州の1つ涼州は、後漢王朝の建前からは長城の南、玉門関の東であっても、やはり騎馬の民たちの暮らす草原だった。
その涼州の出身者たちは、幼少から(アルコール度の小さい)馬乳酒で育った者が多い。
そして、その涼州出身者が「天の御遣い」の後宮に入れられた「恋姫」たちの中にも何人か居た。
大長秋である華恋は、日々の職務をテキバキと遂行していた。
その中には、后妃たち、それぞれの好物を提供する事も含まれる。
国家を傾ける程の贅沢は論外だが、後宮に入れられる以前には日常的に飲食していた、本当の意味の好物ならば当然の職務だった。
1方で「後宮長官」である大長秋が、本来ここまで細かく目を配る必要が有るかどうかも、別の問題としてなら在るが。
「?」
そうした嗜好(しこう)品の中で、ある1品目だけが、消費量を最近に成って伸ばしていた。
「馬乳酒か」
実のところ后妃たちの中で、馬乳酒などと言った草原の飲食物を好む涼州出身者は数人であり、
更には、その数人の中で「酒飲み」と呼ばれる様な者は、更に少数だった。食事量全体の多大なる者はいたが。
「控えて頂くかどうか」
実のところ馬乳酒は、例えば華恋自慢の孫が発明した酒ほどには、酒としては強く無い。
草原の民にとっては、酒よりもむしろ食事の1部分に近い。
その点に思い至った華恋は、もう1度、品目としての馬乳酒全体の消費量では無く、個別の摂取量を確かめた。
「栄養を欲しがっておいでか」
そこまで確認した上で、華恋は后妃の1人を呼び出した。
現在は後宮の1員であると共に文官としても仕えている。
そして、馬乳酒を欲しがっている、より高位の后妃は彼女の「旧主」だった。
「御2人分の栄養を必要としておいでの御様子です」
詠の引き起こしたPanicには、流石の華恋も、少しばかり驚愕した。
建前として、彼女のような立場で皇帝に向かって言うべきでも無い言葉を発して、備品の幾つかを破壊してしまった。
「あんた、月に何て事を」
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後漢帝国の帝都である洛陽の直近を流れる洛水が黄河に合流する、
その少しばかり(あくまで中国的スケールでの)下流で黄河に合流する「官渡水」とも呼ばれる運河は、
最終的には長江まで連絡している。
その官渡水と黄河の合流点に設営された「食糧備蓄基地」敖倉(ごうそう)。
帝国の各地で徴収された年貢米を集積しては、順次、帝都へと送り出して「百万都市」を養って来た。
当然、田舎の県城などよりはずっと立派な城壁に守られた、その内側には巨大な「半地下式タンク」が立ち並ぶ。
1つの「タンク」を壊(こわ)せば、10万人の兵士に3日分の給料を支給できる計算に成る。
その「タンク」が、ひたすら立ち並ぶ。城壁の中1杯に。「中華帝国」の権力を、視覚的に理解させる光景だ。
「三国志」において、曹操VS袁紹の「天下分け目」と名高い「官渡の戦い」は、
その官渡水を堀として防御陣地を固める曹操軍と、攻撃する袁紹軍との攻防戦だった。
そして、曹操が勝負を賭けたのは、袁紹軍の「食糧基地」烏巣への奇襲だった。
10万余りの大軍だからこそ、烏巣の食糧を失えば、袁紹軍は1撃で飢える。
それだけに、袁紹軍の別働隊とかに、敖倉を占領されたら…
そのため、袁紹の大軍相手には貴重な兵力と信頼する勇将、夏侯惇を烏巣へと配置していた。
「うう、うむ(罵詈雑言(ばりぞうごん)のため自主規制)」
春蘭には忍耐力を試される試練だった。
目前で黄河と合流する官渡水。この同じ運河を挟んで、文字通りに華琳が死闘を続けている。
その袁紹軍の大軍に突入したい1心を必死に押さえ込んでいた。
華琳だって、春蘭を攻撃に使いたいだろう。しかし、敖倉を占領されるだけで負ける事が分かり過ぎていた。
そのため、いささか卑怯な命令の仕方をしていた。
「関羽だったら、孔明辺りの作戦と分かっていて、劉備の命令には逆らわないわよ」
いわゆる「千里行」の記憶は、まだ生々しい。
「その命令が「敖倉を守れ」だったら、死んでも動かないでしょうね」
こんな命令の仕方が、ある意味で春蘭の心を弄(もてあそ)ぶ事など、華琳に理解出来ない筈も無い。
それでも「目的のためにこそ手段を選ぶ」
そこまで、この覇王も追い込まれたのが、今回の決戦だったのだ。
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~乙女大乱~第九席より
袁紹(麗羽)の人望の無さから、諸侯の軍が集まらない。結局「恋姫」たちだけが参戦。
いくら「外史」でも、これはあんまりな気がしました。
『正史』の「反董卓連合軍」は、名門袁家の名声が頼りで、曹操も「それ」を当てにして挙兵しました。
『演義』に至っては、太守・刺史クラスだけでも17軍も集まった設定に成っています。
あらためまして††恋姫無双演義††は『演義』に習わせて頂きました。
例によって、前任の太守が黄巾に追い出された後に派遣された新任の兗(えん)州陳留(ちんりゅう)郡太守、張孟卓は、
兎も角も任地の安全を保証して「黄巾の乱」を乗り切っていた。
しかし、天下の太平は既(すで)に消失している。袁紹や曹操による「反董卓連合軍」が呼び掛けられた。
これに対して、陳留郡太守の張孟卓は、自分の部下で地元の「名士」でもある衛茲に兵を率いて参加するよう要請した。
彼女自身は、と言うと、陳留よりも東から参加する諸侯の軍を迎え入れ、送り出す“後方支援”を請け負った事から拠点を守っていた。
袁紹や曹操と張孟卓は、帝都で学生をしていた頃からの親友だった。
例えば、曹操と袁紹が、何と花嫁泥棒なんぞをしでかした時「アリバイ証言」をしたとか。
それだけの関係が有るから、今回の連合軍に対しても、部隊を参加させるだけで無く後方支援まで請け負っている。
尚、曹操の「現職」は予州潁川(えいせん)郡太守であり、陳留よりも更に帝都洛陽寄りに位置していた。
したがって、張孟卓の派遣した衛茲の部隊の方が、潁川の拠点である許昌で曹操軍に合流した。
その張孟卓の陳留郡を、次々に通過して行く諸侯軍の中でも、比較的に大軍が遣って来た。
淮河以南を拠点とする袁術軍だった。
黄河以北から来るため陳留を通過しない袁紹軍を除けば、兵力は最大だったろう。更には、江東から孫呉軍を同道させていた。
数量的にも、後方支援の負担は今回が最大だったが、張孟卓個人の送り出した後の感想は、
「麗羽とは昔からの友だちで好かった。あの姉妹に慣れていて」だった………。
……。
…袁術軍と孫呉軍も到着し、連合軍の集結地では軍議が開かれていた。
当然の様に、麗羽は上座を占めて、更には美羽を膝に乗せている。
その前面左右に、華琳たちが席を占めて、さて先ずは到着した各軍の確認と紹介から始められていた。ここまでは順当だろう。
「後、来る予定の軍は?」華彬の質問も、また順当だ。
「斗詩さん」「幽州から来る公孫賛軍が残っています」
「ホホ。あの地味な軍ですわね」
「そう」華彬はチラリと1人分下座の弟に視線を移した。
「例の「義軍」たちは、未だ1緒かしら(あの美しい関羽も)」
途中から姉の声が小さく成った後は、聞こえ無かった事にした。