あいも変わらず、小ネタばかりを思い付いて居りますが、
サブタイトルだけでも気分を変えてみました。
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「天の御遣い」は皇帝としての後宮生活に、物心ついた頃から慣れている訳でも無い。
その事も有って、普段は経験豊富な“大長秋”を信頼していたのだが、
ある時、問い合わせてみた。
「華恋さん。「北宮」の人手は大丈夫なの?」
「何とか成っては居りまする」
「だったら…税金を無駄に使うのは論外だけど、仕事が有って、不足している人手の補充なら認めるよ」
そつなく1礼して退出すると、さて、皇帝の意志を実務化した。つもりだったのだが………。
……。
…伝手をたどって募集してみれば、
「何を感ちがいしたのやら」
人から世話された経験しか無さそうな名家の箱入り娘とか、
祟(たた)っている邪教の神への貢ぎ物みたいにガタガタ震えて居たりとか。
「主上の御困りに成られた笑い顔は、恐れ多くも可愛かったな」
後宮を取り仕切る“大長秋”の1人言としては、不敬なのか貫禄なのか微妙な発言だった。
大長秋としての華恋にしてみれば、実は大真面目な話なのだが。
「まあ、この程度の不測の事態なんぞ、昔も何とかしたわ」
今度こそ、誤解も十戒(?)も無い様に募集したつもりだったが。
そうして遣って来たメイドたち、あくまで純粋な意味でのメイドだが、
彼女たちが見分したり関係したりした「後宮の小ばなし」は、また別の講釈である。
※ 設定と致しましては『真・恋姫†無双』公式キャラは後宮入りさせて、他では無体な事はしていない、と言う設定のつもりです。
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以下の話は「原典」『三国志演義』に存在しながら、軽率にも没ネタにしてしまったエピソードです。
「離せ―えぇなのだ―!!」ジタバタ、バタジタ。
「こんなヤワな牢屋なんか、ぶっ壊してやるのだ。お姉ちゃんの先生が大変なのだ―」
とは言え、鈴々の首根っ子をブラ下げている愛紗の方も、もう片手の大刀がブルブル震えている。
かくも桃園の姉妹たちを、何が激怒させたかと言えば……
後漢王朝に仕える正統の官僚と自他ともに認める盧植だったが、朝廷に巣食う宦官どもに逆らって失脚した。
故郷の幽州涿(たく)郡に戻って私塾を開いていたが「黄巾の乱」が起こると、将軍として呼び戻された。
こうして、黄巾「賊」を追跡しながら戦っていた処へ、とある義勇軍が駆け付けて来た。
「先生!お久し振りです」「桃香か。いや劉玄徳と呼ぶべきかな」ところが………。
……。
…視察に遣って来た宦官の「謎々(なぞなぞ)」を黙殺した。確信犯的に。
結果、盧植は檻付の馬車に乗せられて帝都に呼び戻され、鈴々はジタバタしている。
「伏竜鳳雛」ですら、何の知恵も出ない。
ポロポロと涙を落す桃香に、北郷一刀は言葉を向けた。
「大丈夫だよ。桃香。こんな見え透いた罪には、いくら何でも落せないよ」
「天の御遣い」だけが言える言葉だった………。
……。
…無実の罪は、帝都に戻って晴れた。
それでも、将軍に戻すには、宦官たちも面子があった?
結局、帝都で文官として復帰した盧植は、自分の代わりに弟子の1人で地方軍閥の公孫賛を推薦した。
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その頃、劉備の義勇軍は…。
「交代の将軍は、并州刺史の董卓らしいでしゅ」
「伏竜鳳雛」の軍師力は、水鏡先生から繋(つな)がる「名士ネットワーク」の情報力にもある。
朱里と雛里の報告を聞いて「天の御遣い」は
「やっぱりな」と思った。
当然ながら「盧植事件」の次のエピソードも思い出していた。
「この戦場からは転進した方が好いだろうな」後で思い出して後悔したりする。
かくて、義勇軍は流浪した。
転戦する間に、新しい情報を入手した。
「盧植将軍は、弟子の公孫賛太守を推薦しました」
「白蓮ちゃん?」
「それは真名ですか?そうか…姉上の姉妹弟子に当りますな」
「白蓮ちゃんが盧植先生の仇を討つんだったら、お手伝いに行きたいな。だけど、みんなは?」
反対意見は出なかった。
「あの?ご主人様は、どうでしょうか」「公孫賛で無難だろうな」
かくて、義勇軍は、公孫軍に合流する。
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政治家としての曹操は、実父よりも、その父親を養子にした血の繋(つな)がらない祖父からの「遺伝」が指摘される。
科学的には「ホモ・サピエンス」という種属は、DNAよりもケタちがいの情報を、神経回路に書き込める様に進化している。
曹氏の家族で論じるような、人の資質・個性・才能・性格・内面と言ったものは遺伝ではなく、学習するものなのだ。
幼少の曹操の脳と心が創り上げられた時、育てる責任者は祖父だった。
「大ムジナ」祖母の華恋に対する、曹仲徳の評価は1言に尽(つ)きる。
もっとも、中世以前の中国での孝行教育ならば受けている。
恋人の玉羽と「天の御遣い」
要は「天の国」の価値観を共有している相手にしか、明かしては無い。
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(注)最低R15ネタです。年齢的に微妙です。
「父親が居なければ、娘は生めない」
そういう訳で、時には好奇心を持ったりする。そんな、ある時の雑談。
「祭は孫堅の代からの、呉の将だったよな」「如何にも」
「雪蓮や蓮華、シャオの『お父さん』を知っているよね」
「あれは、水蓮様と海賊退治をしておった頃の事じゃったな…」少しだけ遠い目をした。
「さる江東の名士の息子が誘拐されての。救出を請け負ったのじゃが」
「ありそうな話だね」
「いやあ、斬りまくったぞ」
とにかく海賊どもを斬りまくって、太湖(長江下流に近い湖)の蝦(えび)と仲良くさせてやったわい。
斬りまくって、生き残った海賊どもが降参して。
さて、真っ赤に成った甲板で、人質だった御坊ちゃまは目を回しておった。
それを助け起こした水蓮様だったが、流石に斬り過ぎたかの、虎が得物を前に尻尾を振る様な笑顔をされての。
「まあ、いい男だったのは確かじゃったが」
「…何となく…想像出来そうだな」
「そしての、雪連どのが生まれたわ」
※ 雪蓮(大)で想像しました。
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宦官が存在する意味は、後宮は皇帝以外は男子禁制が建前だから。
それが何処まで厳密(げんみつ)か、について細かい事を議論したら切りが無いが、
そうした建前のため、後漢時代は「北宮」の警備まで宦官だった。
宦官でありながら武器を持ち、兵士としての訓練を受けたりしたりした。
新しい皇帝は「宦官は無用」とした。
そして「半分は外なんだから、門番の兵士まで宦官か女性兵士にする必要も無いだろう」
という理由で「南宮」と同様の男性兵士を「北宮」の各門に配置した。
もっとも「当時」の後宮に対して警備を必要にする様な、命知らずも居なかったかも知れないが。
1度だけ、曹仲徳が「やれやれ」と言って来た事が有った。
「俺が執金吾を務めていた頃の『3人娘』が、警備の仕事を取り上げられた、と抗議して来たんだ」
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(注)度々ですが、最低R15ネタです。年齢的に微妙です。
華恋は、大長秋としての職務を、テキパキと勤めていた。
と、そこへ何故かヨレヨレに成った部下が報告に来た。
「最重要会議」の書記役をさせていた女官だった。
「貴妃様が娣々様を御誘いに成られまして…」
「天の御遣い」の後宮は、毎晩の寵愛が2人組とか3人組に成るのが普通だった。
とは言え「こういう事」でもあるから、大体の「組」は何時の間にか固定されていた。
只「会議」の度に、異なる相手に誘いをかけるのが居て、それが皇后に告ぐ貴妃だ、
と言うのが、時々「会議」を長引かせた。
とは言え、華恋“お祖母さま”が「この」問題に介入したら「外戚」だ。
「それで娣々様は?」
古代より中国の上の方の階級は多妻だった。また家同士の縁を重視したりする。
そのため、第1夫人が嫁ぐ時、第2夫人や第3夫人を連れて来る場合を意味する漢字とか、
それが同じ家の妹や姪だったりした場合を意味する漢字とかが、それぞれ存在したりした。
この女官も、第1夫人である皇后が「お姉ちゃん」とか「姉上」とか呼ばせている女性が、后妃の内に居た場合の呼び方をした。
「黒髪を逆立てられまして、まるで将軍としての場合の御様子で」
そこへ、もう1人、書記役をさせていた女官が報告に来た。
「皇后様が貴妃様を御説得なされました。淑妃様も御加勢なされまして」
「それでは「会議」は進行し始めたのか」
「はい」
説得の詳細までは問わなかった。
「ならば、早く『当番表』を仕上げて来い。早速(さっそく)今宵(こよい)の準備が間に合わんぞ」
同時刻「南宮」では、
皇帝が、天秤に竹簡を乗せていた。
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『三国志演義』での役柄は、軍師孔明の陰に消えるモブ文官の扱いだが、
簡雍(かんよう)字は憲和は、劉備の最も古い幼友達だった。
張飛も同郷だが未だ生まれていない、まして関羽以下は巡り会っていない劉備の子供時代を、簡雍だけが知っていた。
桃園の3兄弟が4兄弟であっても不思議でも無い。
それどころか「桃園」当時の劉備たちは「名士」簡雍の伝手で用心棒家業をしていた様なものだった。
劉備が蜀の帝王と成っても、簡雍だけは、幼友達の付き合い方を変えなかった。
まして、孔明以下の「その後」に参加した「新参」たちには、気安い態度に終始した。
それでも、誰にも憎まれ無かった、と「正史」に書かれる愛嬌の持ち主だった。その意味では、如何にも劉備の古い友達らしい。
古代中国の官吏は「洗沐(沐浴して髪を洗う)」と言う名目で、5日交代の休日を取っていた。
その「洗沐」が明けて、さて簡雍が出仕すると、皇帝から何気無しに聞かれたことが有った。
「桃香の子供の頃の事なんだけれど」
「『天の御遣い』様でも御存知無い事が御有りですか」
「いくらでも有るよ。例えば、白蓮と学友に成る前の本当に子供時代とか、そんな事は簡雍しか知らないだろう」
「他愛も無い普通の女の子でしか有りませんでした。この『雍ちゃん』の知る桃香は」
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「華恋どの。貴女の様な老大に「娣々様」などと呼ばれると…」
黒髪の先端がゾワゾワする感触が、中々抜け切れ無い愛紗である。
もっとも相手は、4代の皇帝に仕えて、何の問題もなかった「大ムジナ」である。ソツが無い。
「今の貴女様に対しては、こちらは仕える立場でございます。それに、お呼びの仕方には、皇后様との御関係もございます」
“娣”とは、後宮が在る時代の中国で王族ともなれば、同じ家の姉妹での輿入れも有り得た。その場合に使う漢字だ。
実の処「現在」の後宮では、姉妹同士の后妃たちは他にもいるし、愛紗当人よりも順序の高い姉妹も居る。
流石に「元」国主を、天下太平と引き換えに後宮入りさせた、と成れば。
それでも「元」国主とかを除けは、愛紗の順序は高い方なのだが。
結局の処、愛紗の「娣々様」には(義理姉妹にしろ)皇后を長姉とする3姉妹の次妹と言う立場が表れていた。
「その様な、言っていたら切りの無い事よりも、いか用か?」
「おトボケに成りなさいますな。貴女様は只の将軍では、もはや無く、そして「ここ」は後宮にございます」
「な(汗)」
「恐れ多くも、主上の御目を楽しまなされるのも后妃様方の御役目。我々の御奉公」
「な、何を着せるつもりか知らないが、わたしなんぞに似合う筈が無かろう!他に何人でも似合う誰かが…」
「その様な、本当に勿体(もったい)無い事をおっしゃる御方に、ご自分の美しさに目覚めて戴(いただ)くのも御奉公に、ございます」
“こすぷれ”を覚悟しながら、やっぱり「大ムジナ」が華琳(大)に見えた。