五虎大将軍の1人、黄忠の子である黄叙に付いての「正史」の記述は簡単である。
「若くして黄忠より先立ち、他の子も無かったため、家系は断絶した」
…… …… …… …… ……
この”史実”の知識がある「天の御遣い」は、璃々に何かある度に、華佗とかを呼びつけたものだったが……
「良い加減にした方が良いんじゃ無いのか」とうとう、そんな事を言われだした。
「そもそも「正史」通りだったら、とっくに死んでいる筈の誰とか、かれとかがピンピンしているじゃないか」
「でも先生…それは、乱世のためで、言わば“殺された”人物たちです」
「そうかもな」
「俺が「天の御遣い」として、その歴史を改変したから生きていると言う事も。俺の思い上がりかも知れませんが」
「黄叙が夭折したのも、その乱世の中だろう。中国全土の戸籍人口が5000万から500万になる様な」
「それはそうですが」
「その4500万の1人だったんじゃないか。黄叙も。別に病死したとも「正史」には書いて無かったんだろう」
「全く不明です」
「あの子は健康だよ。むしろ、これ以上に過保護に育てたら、それこそ、ひ弱に育ちかねない」
………。
……。
…後年、といっても明治以前の日本でなら「元服」と言われただろう儀式が行われている。
真名、つまりは幼い日の間は1つだけだった名は璃々、今日よりは黄叙。「正史」には不詳だった字もしっかり名付けられた。
名付けたのは「天の御遣い」
生母の後宮入りに伴って、皇帝の義子と成っており、また主君でもある。他の「名付け」など存在しないだろう。
しっかりと健康に成長した「黄叙」は、帝都警備の武官職に、意気揚々と就任した。