『雑談版』にて、バレンタインについてのスレッドを見つけました。思い付きました。
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後漢王朝からの禅譲を受けた「天の御遣い」は、吉日を選んで、皇帝に即位する儀式を挙行した。
その年も暮れて、翌年の1月も末の頃。
皇帝と、相談役でもある友人は、政務の合間に『飲茶』で雑談していた。
「そろそろ2月か」
「2月ですね。先輩」皇帝に成っても、この言い方を変えないのが「天の御遣い」らしいといえばらしい。
「そういえば…先輩は、この季節に成ったらワクワクしませんでしたか?」
「もう忘れたよ。俺は転生してから何年も経っているし、だいたい、同じ2月でも暦が変わっているし」
「でも(何故かニッコリ)玉羽ちゃんが居るでしょう」
「…。…まあ…「向こう側」に居た頃は、俺の方が「ペット」みたいなもんだったしな。おねだりぐらいしたさ」
「『こちら側』では?」
「フン」
この時は、この話はそれまでだった。
ただ、曹仲徳は「こんな『笑い話』はありましたよ」位のミヤゲ話は、帰宅後にした。
「それで?チョコレートが欲しいの?」
「まさか(笑)カカオ豆があるかどうかもアヤしい時代なのに」
仲徳や玉羽も、終わった話のつもりだったが、………。
……。
…何日も経たない日、玉羽が後宮に招待された。
「許婚」の姉や実姉たちが後宮に居る、それも后妃たちの内での順位は高い方であり、
しかも玉羽自身は女で、まだ「真名」しか名乗っていない年齢となれば、後宮への出入りにも余り五月蝿(うるさ)い事は言われない。
元々、余り五月蝿い事を言わない皇帝だったが。
「あの…華琳お姉さま?何のお話でしょうか?」
華琳だけではない、美羽や麗羽まで揃(そろ)って、何故か微妙なホホエミを浮かべている。
「玉羽。「天の国」の2月には何か風習があるの?女に向って男が「おねだり」が出来る様な」
「(…バレているわね。やれやれ…)」
「『天の国』の暦での、2月14日は、女から男に贈り物をしても良い日という言い伝えがありました」
「それだけ?」
「『天の国』に居た頃の「御遣い」様の様な、若い男の子には重大事だったでしょう。
つまりは、贈り物を貰えるような恋人が居る、居ないが。
そんなこんなで騒いだりしたな、その程度の思い出話だった、はずです」
「ふぅん…それだけ?」
「それだけでしょう」
「それで、玉羽はどうだったの?」
「『天の国』に居た頃の彼には、ねだられた事もありましたが。今更」
「それは薄情ではありませんの?」上の姉が、急に割り込んできた。
「そうじゃ、そうじゃ」中の姉までが尻馬に乗る。
「でも「ここ」にはカカオもありませんし」
「なに?それ」華琳は、聴き慣れない単語の方に興味を持った様だ。
「『天の国』しかない豆の1種です。それを原料にした御菓子が、贈り物として普及していました」
「この国には無いの?」
「南蛮でも、おそらくは無理でしょう」
「そう…残念ね」ところが、華琳の眼力は玉羽の態度から、まだ何かあると見抜いた。流石は曹操。
「玉羽。貴女は、それ程、残念そうでもないわね」
相手は「乱世の奸雄」曹操だ。身近で見せ付けられて来た玉羽としては、無駄な抵抗はやめた。
「先程のチョコレートというお菓子は、むしろ恋人を求める女性が、意中の男性に告白する場合に贈ります」
「女から男へ?」華琳たちでも、儒教時代の女性の建前ぐらいは知っている。実行するかどうかは別だが。
「すでに相思相愛と成った恋人同士ならば、例えば、マフラーと言う物の方が喜ばれます」
「まふらあ?何じゃ?それは」?を頭に載せているのは、美羽だけではない。
「毛糸で編んだ、頚に巻く防寒具です。2月なら「天の国」の暦では、まだまだ寒いですから」
「そんな物で良いんですの?何処にでも有りそうですわよ」麗羽の感覚ならば、同然の疑問かも知れなかったが。
「『手編み』と言う処に、贈る側の心が籠(こ)められるのです」
何故か、それから数日の間の後宮では、編み物が流行した。
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2月14日の1ヶ月後は、3月14日である。
皇宮に相応しい厨房の片隅で、「天の御遣い」と、相談役の曹仲徳は2人だけで奮闘中だった。
こういう場合には、当てに成る援軍も「恋姫」たちの内にはいないことも無いが、今回だけは本末転倒だった。
現在、3月前半。
太陰暦2月半ばとなれば、そろそろ暖かい。
そんな時節に、何十本もの「マフラー」に埋まる羽目になった上に、今度は粉まみれに成って、クッキーに挑戦である。
太陰暦3月の陽気で、竈(かまど)を前にしての攻防戦は、料理人を尊敬したくなるものだった。
………。
……。
…。
…ポリポリ…
「どうやら、クッキーらしく成ったな」
カカオ豆の様な特殊な材料は必要としない。せいぜい砂糖の代わりに蜂蜜を使用するくらいだった。
「未だ「今の」“彼女”1人分なら、この分量程度だろうな」
挑戦、また挑戦の間に、思春期未満の1人分くらいは確保している。
玉羽1人分で良い曹仲徳としては、ここで撤退しても目的は果たした事に成るのだが、
「これも友情かな。やれやれ」
「天の御遣い」の方は、これから本格的なクッキーの大量生産が残っていた。