19 「Ahead」******「うわぁ……どろっ、っていうかぬるっ、っていうか……変なカンジだ」 シャーリーさん、泥レスですね、解ります。 嘘。 解りません。 Me262に足突っ込むときって、その妙な抵抗が気になるよね……どういう仕組みなんだろう。 他のストライカーユニット履いた事無いからオレは解らないけど、やっぱシャーリーから見ても変な感じなのか。「少し装着の勝手が違うから……練習次第で早くは出来るのでしょうけど、やっぱり即座に出撃しなければいけない状況では不利ね」「そんな感じだなぁ……足をきちんと収納するだけで10秒くらいかかってるし」「アタシも履いてみたい!」 ミーナ、シャーリー、ルッキーニと各々勝手な感想を述べてくれる。 ルッキーニにも履かせてやってもいいんだが……まぁ、今日は我慢してくれ。 とりあえずミーナさんがルッキーニに何か言い聞かせてるのを横目に、現状を確認する。 格納庫。 本来なら戦闘機を並べる予定だったのだろう広大なスペースには、ストライカーユニットの懸架台が並んでいた。 外ではなんかペリーヌがうろちょろしてたが、空を見上げてたので大方美緒さん鑑賞会といったところだろう。 あるいは豆ダヌキ視殺会。 一応魔女だから洒落んなって無いかもしれん。 そんなこんなで、隅っこでやることも無いので、オレのMe262…… えーと、A-1a/U4だっけか、と一緒に練習機にしている通常型を真ん中に引っ張り出してきている。 このときも軽量化の魔法が役に立ったね。 いっそのこと終戦迎えたら引越し屋でもやるかな。 っていうか、このU4って何よ……普通の奴と何が違うんだ? 整備用のマニュアルざっと見たけど、ほとんど一緒だったぞ? シャーリーがMe262(通常版)を履いてる隣で、オレも一緒に装着の準備。 エーリカやバルクホルンのときにも同じことをやった。 オレ、別に人に物を教えるのが特に得意とかそう言うわけじゃないからな…… 隣で範例を見せながらやれば、わかり易いと思ったのだ。 まぁ、喋りで丁寧に教えるのが普通に不可能だと思ったのもあるし。「足……入った?」「ああ、入ったよ。 うーん、こういったちょっとの違いがなんか新型って感じで良いなぁ!」 ニコニコしながらこっちを見てくるシャーリー。 興奮してる所為か、頬がすこし上気している。 そのうえウサ耳さんである。「…………」 ……ハッ、いかんいかん、やべぇ可愛すぎた……落ち着けよオレ。 こういうときは素数を数えるんだ、1,2,3,4……いきなりミスってるじゃないか! 首を振って雑念を払う。 今は、集中することがあるだろうに。 「ボーとしたと思ったら突然首振って……大丈夫か?」「……なんでも、ない」「何処か、調子でも悪いの?」 ミーナさんもすこし心配そうにそう聞いてくる。 とりあえず、本当になんでもないと返しておく……が、まぁ調子が悪いといえば悪いんだよなー。 なんか腹の調子が治らないし。 変なもんでも食ったかなぁ? とりあえずオレも足をMe262に通す。 冷たい、滑らかな内布――ヴィルヘルミナさんがスオムスという寒冷地で試験運用していた所為だろう――に触れる感覚。 滑らかなのに、両足がゆっくりと飲み込まれていく違和感。 意識を向けて。 魔法を使う準備――使い魔との合一。 頭頂部付近と、尾骨の辺りにむずがゆい感覚が生まれる。 ん、と吐息を吐いて我慢。 この耳と尻尾が生える感覚は何時まで経っても慣れない……妙な声を上げる事はなくなって来たけど。 毎回自分の吐息にドギマギしてたら魔法の練習すら出来ないからな。「じゃあ……魔力を、少しだけ……通す。 ……サイドの……装甲板が」 目を閉じて、魔力を通す。 相変わらず正しいんだか間違ってるんだかわからない方法だが、枝葉を、血管をストライカーに伸ばして絡ませるイメージ。 太もものサイドにある小さな整流翼の付いた装甲板が勢いよく閉まって、足を強く固定してくれる。「……閉まる」「オーケイ」 時々間違ってるんじゃないかと不安になるが、まぁ動いてくれるんだからいいか。 原理を理解して無くても扱える、ってのが工業製品だしな。 ストライカーユニットが魔法なんていうすこしふしぎパワーを利用してることはこの際無視だ。 多分、科学的になんか解析されてるんじゃね? 別にオレは魔法研究者とかになるつもりはないからどうでも良いけど。 シャーリーも気分よさそうに目を閉じて。 その身体が薄く青く光り始める。 魔法使ってるんだな……オレもああいう風に光ってるんだろうか。 こういうときに不謹慎だけど、青く光るとチェレンコフ光を思い浮かべるんだよな…… ウィッチってガイガーカウンターに反応しないだろうな? などとまったくどうでも良い事を考えていると、装甲板がしまる音が聞こえる。「……? あれ、なんか変じゃなかったか?」 シャーリーが首を傾げる。 うん、なんか変だった? なんというか、音が違うというか……なんだ? 「そうね、少し、音が違ったかしら」「んー、ヴィルヘルミナのはガチン! って音だったけど、シャーリーのはバチン! って感じだったよ」 ……ルッキーニ、その二つ、全然大差ねえよ。 でも、確かにそんな感じではあった。 普通の人間なら聞き流してしまえそうな、その程度の差だ。 それこそ、ちょっと当たり所が違ったとか、その程度の誤差。 オレやシャーリーはまぁ、機械いじりしてる人間だからだろう。 バイクとか、ほんのちょっとのエンジン音の違いが気になることとかあるしな。 ルッキーニもシャーリーと大体一緒にいるから、門前の小僧なんとやら、という感じで気になったのかもしれない。「なんというか、そう…… シャーリーさんの方は、勢いが弱かったというか……そんな感じかしら」 そして音楽系を志していたはずのミーナさん。 そう言う意味ではサーニャと並んで耳が肥えてるはずだよな、この人。 しかし、勢いが弱いねぇ……バネか何かがヘタってんのかな? 飛んでる最中に外れたら割と洒落にならないので、装甲板がしっかり固定されてるかどうか確かめてもらう。「んー、大丈夫だな。 きちんと固定されてるよ」 それなら良いか……まぁ、単なる誤差だろ。 カールスラント系整備員のおじさんお兄さんたちの実力を信じるとしよう。「よし、じゃあいよいよエンジン始動だな! 全力で行っちゃっていいのか?」「駄目」 即答です。 卒倒しちゃうぞ、全力で行ったら。 えー? と聞いてくるシャーリーに、ミーナさんが説明してくれる。「出力がなかなか伸びないのに際限なく魔力を飲み込むから、全力を込めてはは絶対に駄目よ」「……ゆっくり、蛇口を……ほんの少しだけ、捻る……」「ふぅん……わかった」「がんばれ、シャーリー!」 シャーリーは珍しく神妙な顔つきで、そのストライカーユニットに意識を集中させ始めた。 ルッキーニが彼女に送る声援を聞きながら、オレも一緒にMe262を始動させる。 伸ばした枝葉に水を、伸ばした血管に血液を、流動させて吸い上げさせて、ゆっくりゆっくりと。 随分と慣れたけど、やっぱり一分以上かかるんだよなぁ、このプロセス……焦ってるともっと時間かかりそうだ。 やがて、オレのストライカーユニットから、独特の、甲高い音が響き始める。 よしよし。 頷いて、回転数を一定まで上げてから、少しづつ落としていった。 回転数落としても疲れるもんは疲れるんだが、五月蝿いしな。 フレームアウトさせないように普段より集中してないと駄目だが……まぁ、練習一杯したし。 シャーリーのほうを見れば、まだ起動してないようだ。「ねー、ヴィルヘルミナ」 直ぐ側からルッキーニの声。 見てるだけじゃ手持ち無沙汰だったんだろう。 オレの懸架台を弄って遊んでいたようだ。 ま、ミーナさんが直ぐ側にいるから悪さはしないだろうが。「これ何?」 その手に持っている物を見やる……え、何それ? 彼女の手には、簡単な装飾を施された、鋼色の塊。 長さは60cm程。 総金属製の……金槌?「ああ、それはヴィルヘルミナさんの武器よ」「へー、そうなんだ」 ミーナの言葉。 へー、そうなんだ……っておい、なんか突然珍妙な代物が出てきたな! 日曜大工品で戦ってたのかよヴィルヘルミナさん……え、何、ネウロイのコアに釘でもぶち込むの? で引き抜いちゃうとか?「魔力の通りを良くしたウォーハンマーね。 欧州のウィッチは接近戦はあまりしないからこういう装備は珍しいけれど…… ほら、ペリーヌさんもレイピアを持ってるし、美緒も刀を持ってるでしょ? あれと一緒よ」 魔力を込めて投げつけたりするのよ、というミーナ産の説明。 へー、と納得しているルッキーニから金槌……ウォーハンマーを受け取る。 ずっしりとした重さ。 確かに、ウォーハンマーと言われてみれば、槌の逆側は釘抜きではなくピックの様に鋭くなっていた。 これでネウロイ殴りつけるのか……大型ネウロイにはあまり意味なさそうだなぁ。 美緒さんみたいな刀だったら切り傷付けたり、ぶった斬ったり出来るけど、ハンマーじゃなぁ。 結構重いけど、流石に質量負けするか。 魔法をかけてみる。 軽く重ーく、重く軽ーく…… 体感する重さは全く変わらないが、徐々に手の中の手応えが重厚な物へと変わっていく。 ん、おお……魔力を通りやすくしてるってだけあって、椅子とかベッドよりかなり楽に魔法がかかるな。 まぁ使う機会もあるかも知れない。 手札は多いに越したことはないはずだ。 再びシャーリーの方を見やる。 うーん、未だ起動してないか。 他国の機種だからな、肌に合わないのかも知れない。 ま、初めてだからな、こんなモンだろう。 ……と、思ってたのだが。 それから五分強。 それだけ経ってうんともすんとも言わない。「うーん……何がいけないんだ?」「うー、壊れてんじゃないの?」 シャーリーが首を傾げる。 ルッキーニが文句を言う。 ミーナとオレは顔を見合わせる。 ストライカーユニットの起動自体はシンプルなものだ。 足を突っ込んで魔力叩き込む、以上。 というかそうでなければオレなんぞに扱えるわけもない。 知識の無かったオレや芳佳でも起動は問題なく出来る安心設計です。 エーリカ達が問題なく起動できたのも、Me262と旧来のユニットのその辺に大きな差は無いという証左になる。 配線ミスとかかなぁ……カールスラントの整備員のみなさん、怠慢だよ怠慢。「どう……する?」「なんかのミス……かなぁ。 でも、これ整備してるのってカールスラントの奴らだろ?」「ええ、そうよ」「だったら整備ミスってのは、にわかには信じがたいなぁ……でも起動しないし……うーん」 信頼されてますねカールスラントの技術力。 オレ速攻疑っちゃったけど。 装甲板開いて、中を見せて貰えば解るかも知れないけど、と続けるシャーリーさん。 流石にそれはミーナさんが困りながら却下してる。 シャーリーも無理だって解ってたんだろう、ゴネたりせずにどうしたものかと首を捻っていた。「もう一機……予備機……そっちで……やって、見る?」「そうするか。 まぁ仮に故障部分が有るとして、飛べないのならそれでよかったよ。 飛んでる最中に不具合が起きるのが一番怖いからね」「そうね、じゃあ、ええと、予備機の方は……」 そう言って、他のユニットが駐機されてる懸架台の方を見やるミーナさん。 つられてそちらの方を見るオレ。 何とはなしに、空の懸架台の数を数えてしまう……あれ?「……四機」 「ん、どうかしたのか、ヴィルヘルミナ?」「ん……今、空に上がってるのって……」「ああ、少佐達だけど?」 美緒さんたち……だよな。 三機じゃねーの? ああ、いや、美緒さんの指導、基本はロッテ-シュバルム戦術に基づいた奴だから四機でいいんだよな。 三機だと一人あぶれるし……あれ、でも。 こういうのに大体付き合ってるペリーヌって確か。 格納庫の外、積み上げられた木箱に持たれかかりながら空を見上げる人影。 ペリーヌはそこに居て。 ……って、事は。 まさか。「美緒と宮藤さんたちと、トゥルーデが今上がってるけど……どうかしたの?」 美緒の提案で、芳佳とバルクホルンでロッテを組んで飛んでいる、等ととんでもない事実を口にするミーナさん。 バルクホルンと芳佳がペア組んで飛んでるだと……やべぇ、今日か、ネウロイ!?「今日……だった?」「え、何?」 懸架台で遊んでいて傍に居たためか、エンジン音にかき消されかけていたオレの呟きが聞こえたらしいルッキーニが問いかけてくる。 が、すまん、ちょっと相手に出来るほど余裕ないわ。 手で何でもない、と合図を送ってから懸架台のロックを解除。 格納庫の床に降り立つ。 ストライカーを履いていてよかった。 スクランブル発進なんて事になったら、準備に時間のかかるオレは確実に置いていかれる。 予備機の懸架台を探しているミーナに、バルクホルンと連絡をつけてもらう為に近づいて。 そして、時間切れを告げる警報の音が鳴り響いた。****** 体に染み付いた経験が、意思よりも早く体を動かす。 いつの間にか切り替わっている思考のスイッチ。 そんなまさか、と思う暇も無くミーナは格納庫の壁に備え付けてある通話機に駆け寄った。 毟り取るように受話器を引ったくり、指揮所へと連絡を取る。 約5分前、ガリア上空のネウロイの巣から、大型のネウロイが出現、ブリタニア方面へと侵攻中。 出現直後のため、最終目的地は定かではない。 しかし、これまでのパターンに照らし合わせると、高確率でブリタニア首都、ロンドンへと向かう模様。 誤報であって欲しいとの期待は、耳に聞こえてくる報告が何時もどおり容易に押し流してくれる。 ネウロイに関する事象で、彼女の望み通りになってくれた事など両手で数えられるほどしかないのだ。 はしたないと思いつつも、誰も見ていないのを良いことに舌打ちをしてしまう。 誰が責めることも無かろうが、指揮官である以上、不快感や不安は出来るだけ表に出してはいけない。 そう、自分に言い聞かせていた。 通信機越しで、ミーナの指示を待っている気配。 受話器を耳に当てたまま、情報整理、作戦立案、討議、その全てを瞬き一つのうちに行い、決断。 幸いな事に今、空には美緒たちが上がっている。 芳佳とリネットも良い感じに仕上がってきているとの報告もあり、特に芳佳はこの辺でちゃんとした形の初陣を経験させてもいいと判断。 トゥルーデのコンディションが気になるが――ここは自分が出ればいい。 彼女のことをよく知っている自分なら、いざという時のフォローも上手く出来るはず。 これで五機。 定数には一機足りない。 視線を走らせるミーナの目に、まず最初に映ったのはシャーリーだ。 それに気づいたシャーリーは頷いて。「中佐、いけるよ……って、うわっ、脱げないっ!?」 Me262から足を引き抜けずにつんのめっていた。「くそっ、おい、ルッキーニ、引っ張ってくれ!」「わかった!」「いいえ、イェーガー大尉、貴女はルッキーニ少尉と残って、残留組の指揮をとって」 Me262を脱ぐときにも若干時間がかかる事はミーナ自身も経験してわかっていた。 予定外の侵攻の、予想外の早期察知が出来たことは不幸中の幸いである。 前回の陽動と奇襲から、警戒度を上げていたのが功を奏した。 何時もどおりなら洋上迎撃になるのだが、出来ることなら地面のあるところで迎撃したい。 そして、報告された敵の予想巡航速度から、今回はそれが可能であるとミーナは判断した。 撃墜される気も、させる気も全く無い。 しかしそれでもリスクコントロールは指揮官の役目。 それに、シャーリーは先日大尉になったばかりだが、これは辞令が遅れに遅れていただけに過ぎない。 トゥルーデやペリーヌは彼女のいい加減さを気に入っていないようだったが。 ミーナは彼女の本質的な面倒見のよさ、場の雰囲気を重視する所、そして時折見せるドライな側面を信頼している。「……了解。 ルッキーニ、手伝わなくて良い。 とりあえず先に戻って、エイラとエーリカ、起きてたらサーニャを呼んどいてくれ」「わかった!」「サーニャは無理に起こさなくてもいい。 多分使えないだろうし、四人居ればなんとか体裁は整うから」 基地内へと駆けて行くルッキーニを見送ってから、シャーリーは再びMe262から足を引き抜く努力を始めた。 その姿を見たミーナは、自分の判断は間違っていないと確信。 次に格納庫の外を見る。 こちらに駆け寄ってくるペリーヌの強い視線に、頷きを返した。 ペリーヌがそのまま走る方向を微調整して、VG39――彼女のストライカーユニットの懸架台に向かうのを確認。 保持したままの受話器に向かって必要事項を連絡する。「ロンドンの防空隊に念のため連絡……もうしてくれた? 流石ね。 後は……ブリタニア海軍に連絡。 大丈夫だとは思うけれど、前回の轍を踏まないように洋上の警戒は必要以上に密にしてもらうよう、要請してもらえるかしら。 ……ありがとう。 これよりウィッチーズ隊は迎撃に出ます。 現在訓練飛行を行っている四機に加え、私とクロステルマン中尉の六機が――」「……ミーナ」 警報の音にまぎれて気づかなかった、叫び声のようなエンジン音。 それにかき消されるような、重い金属がこすれあう音。 そして、そのどれにも負けない存在感を持った、淡々とした声がミーナの耳朶を打つ。 Me262を履き、MG42とMk108を背負い、バッグを肩がけにして、腰のラッチにウォーハンマーを据え付けたヴィルヘルミナが目の前に居た。 二人の視線が絡まりあう。 一寸の逡巡も無くミーナはプランを修正、一瞬中断されていた言葉の羅列を再開。「――私とクロステルマン中尉、バッツ中尉の七機が出撃します。 残留部隊の指揮はイェーガー大尉に委任、基地防空の指示は彼女に仰いで」 了解、御武運を。 最後に聞こえたその言葉をしっかり受け取ってから、受話器を戻して。 自分のストライカーユニットへと駆け寄っていく。 ――まだ、日は高い。 ****** 風を切る音と魔道エンジンの音がイヤホン越しに鼓膜を叩く。 編隊飛行。 眼下には二列縦隊を取っている皆の姿が見えた。 使い魔情報によると――針をくるくる回すその回数を数えた。 ちょっと目が回った――みんなは高度16000フィート辺りを飛んでるらしい。 オレはさらに上、18000フィート辺りを飛んでいる。 やはり、加速に高度を利用しろ、という事なのだろう。 ミーナさんの指示。 試用のお陰か高度の指示に前回のように淀みが無かった。 敵はなんか15000を侵攻中らしいから……うん、基本的に戦いは上を取ったほうが有利だからな。 結局オレなんてゲームの経験しか判断基準が無い。 きちんと勉強したミーナさんの自信ありげな指示は安心する。 ありがたい事です。 前衛はバルクホルンとペリーヌ。 中衛として美緒さんと芳佳。 後衛にミーナとリネット。 さらにその下には、昨日見たと思しき森林地帯が広がっている。 すでに、大陸上空だ。 『最近奴らの出現サイクルにはブレが多いな』『カールスラント領で何か動きが有ったらしいけど……』 美緒さんの苦々しげな呟きにミーナさんが応える。 今まで当たり前のように通じていた予測が通じないんだ、そりゃ嫌だろう。 準備に利用できる時間が解ってるのと解らないのとでは、色々大きく違ってくるだろうしな。 その点、オレはある程度は解るはずなんだ……今回みたいに直前まで気づかないのは駄目だろ。 くそ、何やってんだよオレは……気まずいとか言って避けてる場合じゃなかっただろうに。『カールスラント……』 バルクホルンの呟きは、切り裂いていく風の音に消えそうで。 しかし、イヤホンははっきりとその音を拾う。『どうかしたか、バルクホルン』『いや……なんでもない』 何でもない訳、無いだろ。 だが、ここでオレが何か言ってバルクホルンに通じるのか? ……解らない、分の悪い賭けだ。 戦いは避けられなくて、バルクホルンのメンタルは多分最悪だろう。 これ以上オレが何か言って余計悪化させたら目も当てられない。 頭の痛い問題だ……う、本当に少し頭痛くなってきた。 ……ロジカルに考えろ。 最低条件は、誰も傷つかないことだ。 バルクホルンの心情は二の次でいい。 安全なところでそれこそ殴り合いでもして解決すれば良いんだ。 とりあえず、此処を乗り切るにはどうすれば良いか? アニメのことを思い出せ、その通りに行くとは思わないが、参考くらいにはなる。 ……確かあれは、ペリーヌがミスって、バルクホルンにぶつかったのがいけない……はずだ。 あれさえなければ、バルクホルンだって腐ってもエースだ。 気分が悪かろうが全力のオレよりよっぽど上手く飛ぶだろう。「……芳佳」『はい?』 ペリーヌ一人に何か言っても恣意的過ぎる。 とりあえず、宮藤を利用して、さり気なさを装わせてもらうことにする。 芳佳はきちんとした編隊戦闘は今回が初めてのはずだし、何か言ってもおかしくは無いだろ。 ……ああ、オレも今回が初めてだけど、どうせMe262のトップスピードじゃ編隊戦闘とか無理だから気にしない方向で行く。「……大丈夫、前回より……楽だから」『え?』『おいおい中尉、楽観するのは良くないな』 よし、美緒さんも乗ってきた。「美緒少佐も……バルクホルンも……ミーナも……みんな、居る……から」『味方を過大評価するのは良くないが……ふむ。 確か、前回は二人で後の無い状況を守り抜いたんだったな』『ええ、そうね……本当に、よくやってくれたと思うわ。 ヴィルヘルミナさんは、今回は皆が居るからあの時ほど緊張しないでいいって言いたいのよね?』「……そう……」 まぁ概ねそんな感じですミーナさん。 流石指揮官組だね、きちんと意図を汲んでくれる。 どうせ表層的な意図だがありがたい事に変わりはない。 今はバルクホルンのことが一番気になってはいるが、芳佳やリネットに限らず、皆無事で終わらせらることが出来れば良いと思ってるし。『ありがとうヴィルヘルミナちゃん。 私、大丈夫だからっ!』『芳佳ちゃん、私もちゃんと援護するからね』『うん、よろしくね、リーネちゃん!』『必要以上に気を張る必要は無いが、実戦では一瞬の判断が必要とされる。 気を抜くなよ』『『はい!』』 短期間でびっくりするほど仲よくなってんなお前等。 いや、女の子ならこんなもんか。 さて、本題だ。「ペリーヌも……無茶……」『……言われずとも解っておりますわ。 宮藤さん達とは違うんですのよ』『バッツ……お前は他人よりも自分の心配をしていろ』 バルクホルンに怒られた……だが、これでいい。 というか、これしか出来ない。 何か気をつけるように言われたって事だけ覚えていれば良い。 行動判断のプロセスに少しでも引っかかってくれれば、それだけで少しは気をつけてくれるだろう。 『よーしお前達、お喋りはそこまでだ……敵機発見、一時の方向、高度は予想通りこちらより下……距離約12000、大きいぞ』 美緒さんの魔眼がネウロイを見つける。 っていうか12キロ離れた相手見つけるとか本当半端無いな……視力20.0以上ありそうだ。 まぁ魔法なんだけれども。『バッツ中尉、先行して敵の進行速度の低減と注意を引き付けて頂戴。 ……出来るわね?』「……ん」 ミーナさんの指示。 出来るわね? とか聞いてくるが拒否権なんて無いですよねー。 前に話し合った、先行して誘引、本隊が奇襲を行いやすくする……ってアレですね。 単機で行かなけりゃならないのがかなり怖いが、大丈夫のはず。 どうせすぐに皆も追いついてくれる。 たった数分から数十秒耐えればいいだけの話だ。 身体を傾けて軟下降、同時に抑えていたエンジンの回転数を上げる。 風の音が強くなったことと、眼下に見えていた皆の姿が後ろに流れていくことで加速を実感。 オーケー、スイッチ切り替えるぜ、オレ。 要らない無茶はしない、皆を生かして帰る。 それだけを考えれば良い。 空を翔ける。 対照物の無い高空では、自分の速度を理解し辛い。 だけど、生身に近い状態で空を飛ぶオレは、身体を撫でていく風の強さでそれを実感できる。 青い空に、黒点がポツリと一つ――ネウロイだ。 背中のMk108を引っ張り出す。 弾種は何時もの薄殻榴弾。 ストックを肩に当て砲口を進行方向に向ける。 射撃体勢を整えた瞬間、ネウロイが赤く光った。 ……反応早いな!「……ッ、く」 一瞬で光度を増す赤光を見て体が震える。 ……おいおい、一度撃ち落されかけたくらいでビビってんじゃねーよオレ。 これから何万発もこの隙間をかいくぐって行かなきゃならないんだ、ビビッて泣きじゃくるのは当たって死ぬ時に取っとこうぜ? ……だが、うん、怖いものは怖い。 チキンだな、とは思いつつもシールドを展開しながらロール、身体を横に流す。 神経を逆撫でする物凄い音を立てて、数秒前までオレがいた空間を無数のビームがなぎ払っていった。 流石にこの距離だと当てて来る気は無いよな。 牽制のつもりか。 そう思っている間にも、ネウロイの大きさは視界の中でどんどん大きくなっていく。 まるでロケットのような姿に、先端近くにプロペラのような長大な翼が三枚。 その三枚の翼を回転させながら悠々とその巨体を此方に進めるネウロイ。 ハロー、トリープフリューゲル……だっけか? こんにちは、そしてもうすぐさようなら、だ。 オレが耐えられればの話だが、当然耐えさせてもらうしな。 ビームの冷却だかインターバル中なのか、あるいはこっちが一機なのを確認して侮っているのか。 どうでも良い。 隙を見せたらぶん殴る、それが喧嘩の鉄則。 射撃姿勢は整っている。 ならやることは一つ。 交差する瞬間。 トリガー。 慣れ始めた爆音と衝撃が耳と肩を叩いて、弾丸が吐き出されていく。 相手が如何に巨体だろうと、相対速度は速く、交差は一瞬だ。 至近距離なのにトリガー引くタイミングをミスって何発か外したが、ネウロイの表面が爆発に焼き払われる。 黒い装甲が砕け散って白く輝くその中を突っ切った。 ネウロイの絶叫が響く。 ほれみろ、油断してるからそうなるんだぜ。 ちらと後ろを見てみれば、その全身の赤い六角形――ビーム砲座を、さらに真っ赤に輝かせるネウロイ。 うげ、やべ、旋回――は無理だから落ちる! 身体を傾ける。 Mk108の軽量化を中断するのと同時に質量を増幅。 揚力が死に、身体は即座に質量と重力に引かれて下降。 直後、今度はコンマ数秒の誤差でビームが大気だけを撃ち貫いていく。 ひぎぃ、とか言いたくなる嫌な匂い。 大気が焼ける匂いなんて嗅ぎたくない。 下降する身体を持ち直して、相手のビームのインターバル中に旋回軌道に乗る。 基本的に水平方向か垂直方向に移動する物体には、点の攻撃である射撃は命中させ辛い。 そもそもの火点の多さのお陰で面制圧射撃になってたり、偏差射撃でどうにかなるのだが。 レシプロ戦闘脚に慣れてるお前らにはオレの速さは厳しいはず。 体重とユニットの軽量化。 最小限の速度ロスで高度を奪い返す。 ネウロイは機首を持ち上げ、空中で直立。 全方位に自在にビームを放てる体勢だ。 動きは止まり、一度に照射できるビームの本数は減ってしまう。 しかし、相手がどの方向に居ようと迎撃できる――つまり、腰をすえて殴りあう姿勢。 オレは圧倒的な優速で相手の周囲を旋回。 敵の侵攻を止めるという第一目標は達成。 後は美緒さんたちを待つだけである……が、此処に来て厳しくなってきた。 腰溜めにしたMk108を適当にぶっ放すが、慣性のお陰か全然当たらない。 ジャイロ付きの照準器とか欲しいです。 そして一度に飛んでくる本数は減ったが、間断なく飛んでくるビームの束。 ネウロイの周囲を周回中なので、必然的に相手の迎撃能力を発揮させてしまう。 速度と上下移動のお陰で当たってないが、だんだん至近弾が増えてきた……って、ゲェ! シールド展開。 数回の衝撃がオレの身体を揺さぶって、最後の一発でシールドがはじけ飛んだ。 シールドで逸れたのか、あるいは最初から直撃はしないコースだったのか、オレの右腕上方数十センチの距離を突き抜けていく光線。 相変わらずオレのシールド脆いな! ちょっと漏らしそうになったよ!『ヴィルヘルミナ、上昇をかけろ!』 インカムから美緒さんの声。 随分久しぶりに聞いた気がする、なんて思いながらも逡巡する前に従う。 いくら重量を軽減できるからって、上昇するには速度を犠牲にしなきゃいけない。 だから加速の弱いMe262で急上昇なんてしたくは無い――のだが、美緒さんが言うなら、理由はあるはずだ。 自分の事を犠牲にしたがるきらいのある人だが、その経験は偽りじゃないはず。 相手の周囲を螺旋を描きながら急上昇。 相手より上にあるということは、相手の全貌を見渡せるということで。 それは同時に、多くの火点の射角に入っていくことになる。 今までの優に四倍を超える数の光がオレに狙いを定めて。 ――ネウロイの側面が破裂した。 それも、二回。 うひょう……この威力はリネットか! 金属をかきむしるような音が響き渡り、ぱっと見百条を優に超える数のビームが放たれるがその多くは見当はずれな空間を薙いで行った。 至近弾は、余裕を持ってシールドで防ぐ。 流石に一発や二発じゃ貫通されなかった。 ……貫通されなかったの初めてじゃね?『ヴィルヘルミナさん、大丈夫ですかっ!』「……リネット……ありがと」『バルクホルン隊、突入。 坂本少佐、援護をお願い。 リーネさんは私の指示に従って』 ミーナさんの指示。 各員の了解の言葉がインカム内を駆け抜ける。 ようやっと来たか……一時間くらい一人で戦ってた気がする。『よくやったな、ヴィルヘルミナ。 少し離れて体勢を整えて来い』「……了解」 美緒さんの言葉にそう返して。 やっと小休止か……ふう、緊張したぜ。 一旦距離をとるため、大きな旋回軌道を取る。 そのお陰で、皆の戦いの様子が良く見えた。 ペリーヌを引き連れたバルクホルンがアホみたいに鋭い軌跡を描いて接近。 リネットの作り上げた傷を二丁のMG42とブレンMk1が抉りぬく。 それに気を取られたネウロイが即座に離脱しようとする二人にビームを放ち始めれば、別方向から接近した美緒さんと芳佳が追撃を加えた。 ネウロイは離れていくバルクホルンたちに向けていた火線を緩め、至近に居る美緒さんたちに火力を集中しようとする。 しかし今度はミーナの指示を受けたリネットが二人に一番近いビーム照射部、そして最初の傷を撃ち抜いた。 痛手に悲鳴を上げるネウロイが自己修復に意識を向ければ、必然的に対空砲火は薄くなる。 すでに切り返してきていたバルクホルン組が再接近。 離脱を開始していた坂本組はその速度を緩め、さらなる攻撃を加える。 おお……すげぇ、ネウロイがフルボッコだな。 これ、オレ要らないんじゃね? ……いや、そんな事無いか。 美緒さんも言ってただろう、味方を過大評価するなって。 空になっていたMk108の弾倉を交換。 空の弾倉をバッグに仕舞うついでに、水筒を取り出して水分補給。 気づけば、随分と汗もかいていた。 ……半分以上冷や汗だな。 初撃が一方的だったこともあり、戦闘のイニシアチブはこちらが握っているように見える。 このまま何事も無く終わってくれればいい……んだが。******「く、速い……わたくしが着いていけないなんて……ッ」 凄まじい機動と、雷光のような切り返しで間断なく連続攻撃を仕掛けるトゥルーデ。 その僚機、ペリーヌは無意識にそう口走る。 本音を言えば、増長していた。 自分はまだまだ未熟だと自戒する。 ペリーヌはトゥルーデと組む事はあまりなかった。 何時もは一歩離れたところからトゥルーデとエーリカのロッテを眺めていて。 緩急の付いた流水のような攻撃と、流麗な機動、息の合った連携は素晴らしいと認めていたし。 その境地に――出来うるならば美緒と共に――近づきたいと思っていた。 同時に、自分ならばトゥルーデ、あるいはエーリカに着いて行くことも可能だと信じていた。 その為の努力は常日頃から当然していたし、彼女は自身の才能を微塵も疑っては居ない。 だが、それはとんでもない思い違いだったと思い知る。 あるいは、僚機であるエーリカの地上でのあまりのだらしなさに、知らず侮っていたのだろう。 緩急の付いた流水のような? まさか。 まるで吹き荒れる嵐だ。 流麗? とんでもない。 全ての動きが次の、その次の、そのまた次の攻勢の為に計算された攻勢。 連携など望むべくも無い。 着いていくだけで。 いや、先ほど自分で言ったとおり、着いていくことすら難しい。 なまじ理解出来てしまうが故に、合わせようとしてしまう。 それが余計にペリーヌの心身に負担をかける。 それでも。 喰らい着いていく。 美緒は、ペリーヌが全幅の信頼を寄せる上官は、トゥルーデと組めと言った。 それはつまり。 ペリーヌならばトゥルーデの――この化け物のような戦闘機動を行うカールスラント・ウィッチの僚機に相応しいと言っているのだ。 評価をされていることは嬉しいし、その期待に応えたいとも思う。 だがやはり、出来ることならば美緒と共に飛びたい。 美緒が何故か目をかけている小娘、芳佳を押しのけて彼女の後ろを飛びたいのだ。 何回目かも解らぬ離脱。 回数を数えることに意識をまわす余裕は無かった。 本来なら神経をすり減らす至近戦から逃れ、追撃のビームを避けながら一瞬でも息がつける瞬間。 しかし、長機であるトゥルーデはすでにターンを開始している。 今から同じ軌道でターンしていたのでは置いていかれる。 幸い、トゥルーデのターンは何度も見たことがあるため、アプローチ位置の予測は出来なくもない。 そこに合わせる。 彼我の位置を確認するため、ネウロイに視線を向けて。 砲座の一つに攻撃を仕掛けている二人組の姿が見えた。「あの豆狸……ッ、坂本少佐と一緒に!」 芳佳を引き連れて攻撃を行っている美緒の動きは、何時もより鈍く、あるいは単純に見えて。 あきらかに、僚機である芳佳に遠慮しているのが見て取れた。 美緒の隣に自分ではない、ただ同郷というだけのぽっと出の新参が居る。 美緒の僚機が自分ならば、あのように遠慮した動きはさせないはずなのに。 その事実と自負が、疲労したペリーヌの頭に血を上らせていく。 無茶はしないで――ヴィルヘルミナが言った言葉。 これから行うことは無茶なんかではない、自分の能力の範疇で。 ネウロイは憎き敵であり、容赦や余裕など見せる必要は無い。 何より、ヴィルヘルミナ自身、無茶をしてばかりではないか。 そのような人間の言うことは聞けないし、あの中尉は目上に対する敬意が足りない。 訓練でしかやった事のない、45度以下の鋭角ターン。 ストライカーの出力に物を言わせて、強引に速度を保つ。 雲と思しき白い塊が一瞬で通り過ぎて。 漆黒の塔にも似たネウロイがペリーヌの視界に飛び込んだ。 完成直前でガリアが陥落したために、海を越えたブリタニアで生を吹き込まれた愛機、VG39の魔道エンジンが唸りを上げる。 前進。 狭まっていく視界の隅、ペリーヌはトゥルーデが飛び込んでいくのを確認。 予想通りの位置。 大丈夫、自分はやれる。 それを、美緒に、芳佳に見せつけてやる。 ミーナが何かを言っているのがペリーヌの耳に届くが、意識を回している余裕はない。 ネウロイから放たれた光の隙間を縫うようにして接近。 バルクホルンが射撃するのに合わせて、その周辺に弾丸を叩き込んだ。 目の前の赤い六角形の集合体、ビーム砲座が光を帯び、即座に砕け散って煙と悲鳴を噴き上げる。 確認するまでもなく、リネットの援護射撃。 流石ミーナ中佐、と内心で感謝しながらペリーヌはバルクホルンとは別方向に機を流した。 各所から煙を上げるネウロイ。 最後のあがきとばかりに、生きている照射部から赤光を数を頼りに乱射する。 あと少し。 攻勢を乗り切れば、その後には必ず隙が出来る。 波状攻撃は数によって行われる物であり。 膨大な火力を誇るネウロイとはいえ、単機で後先考えずビームを乱射しすぎれば息切れをするのは解っていた。 その間に、美緒が魔眼でコアの位置特定を行えば勝てる。 誰もがそう思い、シールドを展開しながら若干距離を取る中。『ちっ……バルクホルン! 焦るな、近づきすぎだ!』『トゥルーデ、前に出すぎよ!』 攻撃の手を緩めようとしないバルクホルンに、美緒とミーナが警告を投げつける。 ペリーヌにもそれは聞こえていたし、そうするべきだとも思った。 手負いの獣が暴れているその側に、わざわざ近寄る愚を犯す必要はない。 だが、彼女の長機は前に進む。 ならば、そうせざるを得ない。 前に出ている彼女も、ペリーヌが付いてこれると。 そう判断しているはずなのだから。『バルクホルン大尉……ッ』 悲鳴じみた声を絞り出しつつも、答えはなく。 その後に必至に付いていく事しかペリーヌには出来ない。 赤い灼熱が先行するトゥルーデの、そしてペリーヌの周囲を焼き払って。 その熱さにたまらず瞬きした瞬間――前触れ無くトゥルーデが横に滑った。「――ッ!?」 ペリーヌの眼前が赤く染まる。 その光量に反射的に瞼が閉じられるのと、無意識の、そして使い魔の反応がシールドを編むのは同時だ。 防御陣の展開に必要な集中も時間も不十分。 目を閉じていたのが幸いしてか、ビームに対して角度の付いたシールド。 貫通されず、しかし衝撃を殺しきれない。 ペリーヌは大きくはじき飛ばされ――その先にはトゥルーデの背中が。「きゃっ!?」「ぐぁっ!?」 小さな二つの悲鳴。 支えのない空中、運動エネルギーの多くはトゥルーデへと伝わる。 旋回中だった彼女はそれを支えきれない。 そのまま姿勢を大きく崩す。 今日初めての、大きな、そして致命的な隙。 ネウロイは脅威を排除する機会を見逃さない。 一番の痛打を与えているのはリネットの対戦車ライフルによる狙撃だが。 その傷を抉り、広げ、それ以上に多くの弾丸を放っているのはトゥルーデだ。 気付いたトゥルーデがシールドを張るが、その守りはあまりにも遅く、薄く、小さい。 空に出鱈目な放射模様を描いていた赤い光が一転、トゥルーデへと向けられる。 その数48閃。 シールドに守られていないウィッチなどユニットごと蒸発させてあまりある熱量が迫り。 「…………!」 声にならない叫びを上げて直上から落下してきたヴィルヘルミナに押し出された。 爆発が起こり、二人の人影が煙の中から吐き出される。 一人は一瞬ふらついたもののなんとか持ち直し、離脱軌道を取る。 しかしもう一人は――バルクホルンは体勢を回復させる様子がない。 そのまま重力に引かれて落ちていく。 『大尉!』『ヴィルヘルミナちゃん……バルクホルンさん!』 先の一撃が息継ぎ前の最後の攻撃だったのか、ネウロイから放たれる光の数が大幅に減少する。 その隙間を縫って、ペリーヌと芳佳がバルクホルンの後を追った。 二人の姿が小さくなって、森へと消えていく。****** 糞ったらぁ! 痛い! 痛すぎる! 顔とか左手とか下腹部とか痛すぎるんだよ! 痛すぎて意識遠のいたし。 とりあえずネウロイから少し距離をとって水平飛行。 制服とシールドを突き破って左腕に半ば刺さった小さな金属片が二、三。 フリーになった右手で摘み抜いてそのまま捨てる。 左頬もなんか痛いから触ってみたら切れてた。 まぁこっちは火傷で元々見れたもんじゃなかったからいい。 なんであの砲火の中突っ込んだりするんだよバルクホルンの野郎、もとい女郎。 アニメの万倍分厚い弾幕だったよ! 馬鹿なの? 死ぬの? っていうかオレごと死にかけたよ! 危ないと思った瞬間、体が動いていて。 直上から落下して、そのうえ自分の体重軽くして、質量増やしたMk108を踏み台にしてギリギリ。 Mk108を捨てるのは最後の瞬間の思い付きだったけど……やらなかったと思うとぞっとする。 たぶん今頃バルクホルンと一緒に仲良く蒸発していた事だろう。『トゥルーデ……! く、宮藤さん、バルクホルン大尉は……』『爆発で、金属片が……出血が多いです、動かすのは無理です!』 ミーナさんの悲鳴のような問いかけに芳佳が答える。 ここで治療しなくちゃ、という言葉に、泣きそうなペリーヌの懇願の声が続いた。 金属片……オレと一緒か。 時速900km超えでバルクホルンに体当たりをかけたら流石にお互い無事じゃないのは分かってた。 だから、バルクホルンが張ったシールドにオレのシールドを当てる感じでぶつかった。 結果として、バルクホルンもオレもビームの射線からはなんとか外れたんだが…… ビームにうまいこと弾倉部を焼かれたMk108が爆発して、その破片をモロに浴びる事になったわけだ。 オレのシールドはなんとか残ってたけど……バルクホルンのシールドは無理だったか、角度が悪かったか。 というかそのおかげで結局バルクホルンに怪我させちまったとか……糞、最悪だ。 歯軋りの音がイヤホン越しに響く。 美緒さんだ。『ヴィルヘルミナ、お前は無事か!』 大丈夫なはず。 どうせ腹痛なんてたいしたこと無い。 手を持って行く。 制服越しに下腹部をまさぐって。 ……え?「…………」 掌に、ぐちゅり、と湿っぽい感触。 手を眼前に持ってくる。 破片を抜き取ったり、頬の傷をなぞったりした時とは違う量の赤い液体が付着していた。 血だ。 誰の? ――不味い。 自覚するな。 理解するな。 そう思っても、頭は勝手に疑問を解決していく。 これが自分から流れ出た物だと理解した次の瞬間、腹の内側から、激痛が。 くぁ――なんだ、これ、内臓系の痛みだぞ……ッ!? ヤバイ、ヤバイ、苦しい。 傷つけちゃいけない部位っぽい!『どうした! ヴィルヘルミナ中尉!』 美緒さんの声がやたら遠くから聞こえる気がする。 興奮していた頭が一瞬にして零下まで冷え切った。 一気に血の気が引いて、肌寒さすら感じてきて。 そのくせ、脂汗が全身を濡らしていく。 だけど。「……大丈夫」『そうか……また暴れだすのかと心配したぞ。 ――よし、宮藤はそのままバルクホルンの治療を、ペリーヌはその護衛に当たれ。 それで良いな、ミーナ?』『……ッ、ええ』 美緒さんとミーナのやり取り。 リネットは時間稼ぎの牽制を行っているのだろう。 彼女の対戦車ライフルの音が断続的に、遠雷のように聞こえてくる。 今、空に居るのはこの三人。 一瞬にして部隊の半数が居なくなったんだ、このままだと下手すれば瓦解する。 意識があって。 とりあえずもうしばらくは満足に動けるはずのオレ。 そして、この戦いをさっさと終わらせれば終わらせるほど、オレの生存率は高くなる。 怖い。 歯の根が鳴る。 骨折とかそう言うレベルの比ではない、死が近いという恐怖。 ハ、なぁに……簡単な事じゃないか。 美緒さんが魔眼でコアの位置特定して、誰かがを狙い撃ちするまで飛んでりゃ良いんだ……楽勝楽勝。 銃もまだある。 ハンマーだってある……行ける行ける! 男の子だからな、見栄の一つや二つきったってバチはあたらん! 震える奥歯をかみ締めて無理矢理押さえ込んで。 息継ぎを終えようとしているネウロイを視界に納める。 てめぇ、よくもオレの命の恩人蒸発させてくれる所だったな…… 今から万倍にして返してもらうからな、覚悟しておけよ……!****** 暖かい力が流れ込んでくる。 その感触で目が覚めた。 身を捩ろうとして、腹部に激痛が走る。「ぅく……っ」「バルクホルンさん、気が尽きましたか! 今、治しますから」 うめく私に応える声。 霞んでいた視界が焦点を結び、私を覗き込んでいる少女を映し出す、 ――宮藤芳佳。 何処か妹のクリスに似た、坂本少佐が扶桑からつれてきたウィッチ。 不安そうに私を覗き込みながら、治癒魔法をかけてくれていて。 その向こうでは、ペリーヌが降り注ぐネウロイの攻撃をシールドで防いでいる。 その姿を見て、身勝手ながらも安堵を覚えた。 よかった……ペリーヌ、無事だったのだな。 私の無茶につき合わせて、悪い事をした……「大丈夫です、さっき一番大きな破片は抜きましたから……あとは魔法で」「離れろ……」「え?」「私に張り付いていては……お前たちも危険だ。 だから、離れろ」 眉をひそめる宮藤にそう指示する。 ウィッチは脆い。 シールドが有るとはいえ、私たちにとって基本的に攻撃は避けるものだ。 私に構って、動かないでいたらいい的だ。 遅かれ早かれやられてしまう。「私なんかに構うな……その力を、敵に使え」 こんな……こんなミスで落ちるような私の為に、力を、戦力を割く必要など無い。 ペリーヌはあんな無茶な動きをした私に合わせてくれるほど優秀なウィッチだ。 宮藤も、未熟とはいえ坂本少佐によく鍛えられている。 空ではまだ皆が戦っているのだ。 早くそっちにいって、これ以上被害を出さない為にも、戦って欲しい。 私は、もういい。 自分の身を危険にさらしてまで助けてくれたヴィルヘルミナには悪いが…… 無茶してばかりで……記憶を失っても馬鹿な奴だ。 いくら勲章を貰ったってエースと呼ばれたって、私に成せる事などほとんど無いというのに。 「嫌です! 必ず助けます。 仲間じゃないですか」「敵を倒せ……私の命など捨て駒で良いんだ」「貴方が生きていれば、私なんかよりもっと、もっと大勢の人を守れます」 ああ、そんな顔でそんな事を言うな、宮藤……もう、無理なんだ、私には。「無理だ……皆を守ることなんて、できやしない……私は、たった一人でさえ」 あの日、妹を、クリスを……一番大事な人さえ守り切れなかったその日に、思い知ってしまったんだ。 私には何一つ守れない。 出来るのはただ、ネウロイを倒し続ける事だけだと。 そして今、私はネウロイを倒す事すら満足に出来なくなってしまった。 ――私にはもう、何も無い。「もう、行け……私に、構うな」 言葉を切り、目を閉じて。 宮藤の疑問の声に耳を傾ける。「何で……?」「……」「何で、バルクホルンさんも、ヴィルヘルミナちゃんも、諦めてるんですか……?」 その言葉に、目を開ける。 私が……諦めている。「皆を守るなんて、無理かもしれません。 夢物語だっていうのも、わかります。 それでも私、諦められません、見捨てられません。 傷ついている人たちを、一人でも多くの人たちを守りたいんです。 だって、きっと、私の力……私たちの力って、その為にあると思うから!」 ああ……眩しい。 なんて眩しいのだろうか、この子は。 私が忘れていた物、無くしていた物を思い出させてくれる。 坂本少佐が選んだのも、今なら理解できる。 才能とか、血筋とか、そういったものじゃない。 この子は……宮藤は、ウィッチとして一番大事なものを芯に持っている。 「宮藤……」「お願いです、バルクホルンさん……だから、もう行けなんて、悲しい事言わないでください」「……わかった。 頼む」 悲しそうだった顔が、一転して綻んで。 その表情は、もう何年も見ていない妹の顔を思い出させた。 クリス……駄目な姉を許してくれ。 でも、もう忘れたりはしないから…… 私の力は、お前や宮藤、ウィッチーズの皆、そして一人でも多くの力のない人を守るために……!「宮藤さん、早く……っ、もう、あまり持ちませんわよ……!」「あと、少し……あと少しだから!」 ペリーヌの苦悶に満ちた声に、宮藤が応える。 見れば、宮藤の額には大粒の汗が光っていた。 宮藤の限界も、ペリーヌの限界も近い。 空では相変わらず黒い塔のようなネウロイが猛威を振るっていて。 三枚の回転する翼の先端から光条が放たれる。 塔の基部で一つにまとまったそれが、これまでに無いほどの輝きを見せて。 それがヤツの主砲なのだと理解する。 狙いは――私たち。 頼む……誰か、誰でも良い。 あと少しだけ、私たちに時間をください――****** ”それ”は少なくとも自身の存在が無駄に終わることはないと確信していた。 自分の周囲を飛び回る羽虫のような存在――ウィッチ。 ”それ”とその仲間にとっては天敵とも言える、絶大な戦闘力を発揮する脅威。 戦闘開始後しばらくは良いように攻撃を受けていたが。 破れかぶれで放った攻撃が功を奏した事が、”それ”を調子づかせていた。 ウィッチは脅威であるが、”それ”は知っている。 サイズ比を無視した絶大な性能を持つ代わりに、数が少ないのだ。 金属資源さえあれば幾らでも増えることの可能な”それ”達との一番の違い。 たとえ自身が壊されようと、その数を減ずることが出来るなら。 それは決して無駄ではない。 次の、次の次の、あるいはさらに次の”兄弟”達への礎となる。 地上に降りたウィッチは三個体。 撃墜された個体を回収に向かったのか、降り立った場所から動かない。 動かないだけなら無視しても良かった――引き続き攻勢を仕掛けてくる方の優先度を上げるだけだ。 しかし、そこから放たれた魔力の大きさに、”それ”は恐怖すると同時に幸運を感じた。 ウィッチ達にはそもそも攻撃を当てるのが難しい。 それが、動きを止めていて――そのうえ、位置まで知らせてくれている。 好機。 対空砲火に回していた熱線の何割かを地上に向ける。 ピンポイントで狙うことは不可能だが、構わない。 周囲の地形ごと吹き飛ばすつもりで火線の雨を降らせた。 一向に消える気配のない巨大な魔力に焦りを覚えたものの、なんということはない。 ビームによって視界の開け始めた空間には、シールドを張るウィッチの姿が認められた。 相手の姿が見えてしまえば、後は簡単だ。 全力で排除すればよい。 三枚の回転翼の先端からエネルギーの照射、誘導。 機体下部で収束、増幅。 ”それ”の持つ最大の攻撃力。 命中精度も申し分ない。 放つ直前。「かぁぁぁああああッ!」 急速に上方から接近する大きな魔力。 地上で確認されている物ほどではないが、見過ごすには大きすぎた。 咄嗟に注意をそちらに向ける。 今日、一番最初に接敵したウィッチ。 規格外の速度で常に戦場を飛び回っていた個体。 それが、青白い魔力の尾を引くT字型の金属塊を右手に急降下、投擲した。 そのサイズから威力は低いと判断。 爆発物反応もない。 速度も銃弾等とは比べるべくもない。 致命的な損傷は受けないと判断。 脅威度を低に設定。 主砲の発射シークエンスを継続。 そして、その一撃が放たれようとする直前に。 ”それ”は存在し始めてから初めて意識――そして巨体をを揺さぶられる衝撃を受けた。 重金属が同質の存在とぶつかり合い、打ち砕かれ、引き裂かれる音が響き渡る。 爆発ではない。 最速の個体が最初に放っていった攻撃など比べるべくもない衝撃力。 傾いた姿勢から放たれた主砲が見当違いの所に飛んでいく。 先ほどの金属塊だ。 サイズからは考えられないほどの巨大質量が装甲殻を砕き、内部構造まで到達している。 即座に自己修復を試みて――失敗。 魔力を良く帯びた金属塊が傷口に食い込み、再生を阻害している。 同じ理由でその金属塊を取り込む試みも徒労に終わった。 何よりも”それ”に再生を急がせた理由。 重金属塊が砕いた装甲殻はコアの間近であった。 自己修復阻害の効果はコアを守るべき部位にまで至っている。 今、守りを剥がされたら、不味い。「見つけた……ッ! コアはあの周辺だ! ヴィルヘルミナの槌を目印にしろ!」 目を赤紫色に光らせたウィッチが何かを叫ぶ。 その内容など、”それ”に理解できるはずもない。 しかし、それが己の崩壊を招く言葉であろう事を。 直後にウィッチ達の攻撃がコア周辺に集中しはじめたことで強制的に理解した。 なりふり構わず弾幕を張る。 必至の抵抗もむなしく、コアが露出していく。 もはや地上の事など構っては居られない。 第一に、地上の魔力反応は消失していた。 後顧の憂い無く全火力を空中に傾ける。 金属塊の魔力はすでに薄れはじめているのだ。 倍に増やされた弾幕はウィッチ達の接近を許さない。 あとほんの十数秒も耐えれば、装甲殻の修復を開始できる。 そのはずだった。 そのはず、だった。 コアを、”それ”の心臓であり脳である部位を、未だ周辺に残る装甲殻ごと弾丸の嵐が削り取っていく。 何処から、という疑問はすぐに晴れた。 下からだ――巨大な魔力が消えたことで注意を逸らした地上から、コアめがけて一直線に飛翔する矢。 二丁の重機関銃を携え、その射撃音にも負けぬほどの叫び声を上げながら迫るそれは。 一番最初に撃ち落としたはずのウィッチ。 此処に来て、ようやくあの巨大な魔力が何をしていたかに気付いた”それ”の意識体は。 しかしそれを何ら役立てることもなく。 毎分1300発×2という狂気じみた破壊の奔流を受けて、粉微塵に吹き飛んだ。****** ネウロイが白く輝きながら砕けていく。 ふ、う。 なんとかなった……バルクホルンもなんとか立ち直ったみたいだし。 ……アニメ通りの展開なのが気にくわねえが……終わりよければ全て良し。 しかしあのハンマー、全力で魔法突っ込んだらもの凄い重さになったが……投げた手首が痛い。 痛いと言えば、腹も痛けりゃ頭も痛い……痛すぎて死ぬる。 怖くてそんな激しい運動しなかったけど、別にモツとか出てないよね……? モツとか出たら痛くて動けないはずだ、よ、ね? おそるおそる手を下腹部に伸ばす。 服の上からまさぐる。 相変わらず血でどろどろだが……ん? おかしい。 皮膚……ちがうな、表面的な痛みが一切、見あたらない。 あれ、おいおい、まさかこれって――マジかよ。 そのことを考えた途端。 なにかが千切れる音と共に、オレの意識はブラックアウトした。****** 雪のように砕け舞うネウロイの残骸の中、トゥルーデは空中に静止していた。 まだ少し腹部が痛みを訴えるのを、これも罰だと思い甘んじて受ける。 背後から誰かが近づいてくる。 聞き慣れた音だ。 ミーナのメッサーシャルフのエンジン音。 トゥルーデの胸にあるのは感謝と、謝意。 どのような事を言われようと仕方がない身、甘んじて受けよう。 そう思い、振り返ろうとした彼女の耳に届いたのは、リネットの叫びだった。『ヴィルヘルミナさん!?』 ヴィルヘルミナ。 あの瞬間、最後の数秒を稼いでくれた友の名。 周囲を見回して――上から落ちてくる小柄な影。「ヴィルヘルミナ!」 飛び出す。 ミーナも慌てて後ろに付いてくる気配を感じた。 落下速度を合わせて受け止めたその小さな身体は、驚くほど冷たくて。 擦過傷のついた顔は蒼白で。 衣服の暗い色で目立たないが、その下腹部から内股にかけて多量の出血でより暗く染まっていた。『どうだバルクホルン?』「馬鹿な! この出血で、戦っていただと……!?」『何だと!? 宮藤、聞いていたか宮藤ィ!』『は、はい! 応急処置くらいなら、行けます!』 美緒の問いかけは。あるいはこの事態を予想していたようだったが。 バルクホルンの答えまでは予想外だったらしい。 幸いにして、宮藤は多少の余力を残しているようだった。「すぐそっちに向かう、少しでも休んでいろ宮藤!」『美緒、リネットさんと一緒に周辺警戒を』『了解した』 長年扱い慣れたフラックウルフ。。 トゥルーデはヴィルヘルミナを抱えたまま限界速度で降下、否。 落ちていく。 地上に近づくにつれ強引に減速。 芳佳の前に降り立った。 その挙動を見て芳佳が慌てて諫める。「だ、駄目ですよバルクホルンさん、けが人をそんな乱暴に扱っちゃ!」「す、すまん。 あ、いや、謝るのは後だ! こいつを……ヴィルヘルミナを助けてやってくれ!」 大丈夫です、やってみせます。 そういう芳佳の顔は疲労の色が濃いものの。 もはやバルクホルンを心配させるような物ではなく。 芳佳の小さな手が、バルクホルンが抱えるヴィルヘルミナにかざされ。 暖かい青い光が彼女を包み込み――「ぇ……あれ?」 芳佳が首を傾げる。 その訝しげな表情のまま治癒魔法を続け。 数秒後、光が消え去る。 そのまま芳佳は俯いた。「どうした宮藤、限界か?」「いえ、違うんです……」「……なら、まさか!?」 癒し手が、治癒を諦める。 それはつまり、そう言うことだ。 最悪の状況を思い浮かべて、トゥルーデの顔がさっと青ざめる。 それを察したのか、芳佳が反射的に顔を上げた。 芳佳の眉根は困ったように寄せられていて。「ちっ、違います!」「じゃあ、何故止めるんだ!?」「こっ、これ……私じゃ無理ですっ!」 その頬は何故か赤らんでいた。------のべらいず のべらいず戦闘シーン大好きです。 っていうか大丈夫だよね? 解りにくい所無いよね?完全装備ヴィルヘルミナさん大出血サービスの巻。 そしてチート武器Mk108喪失。鈍器大好きなのに加えて、レイピア=突、刀=斬、と来てるから、残りは打=ハンマーだろう、というTRPG的発想。展開が なんか マンネリ化してきた 気分。あ、芳佳さんの活躍が見たい人はDVD借りて来て見るが良いと思うよ。