「ひ…酷い目にあったのだ…」
張飛がばてた様な表情で、言い放つ…先ほど食堂で食事をとった後…
誰も金品を持っていなかった事が判明して、店員達にたこ殴りにあった。
――――ラオウは抵抗しなかった、が…全く堪えていなかった。
そのため、劉備達は皿洗いをする羽目となったのだ。
「ごめんなさい…天の御遣い様だから、お金を持っているものかと…」
「気にはせぬ…あの程度の作業で許されたかと思えば容易い」
そう言い放つラオウを信じられない目で見る劉備達。
それもその筈、何故なら…
「樹の丸太を素手で両断していたのが容易い…」
「先の盗賊の件といい…本当に凄いお方だ…」
見た目は伊達じゃないんだろうという理由で薪割りをやらされていたのだが…
近くの樹を素手で両断し、一瞬にして数百もの薪をつくりあげていたのだ。
「み、見た目以上に…豪快な人だよね」
「豪快さだけじゃないと思うのだ…」
お店のおばさんもその豪快さに驚き、その影響かどうかはしら無いが
劉備達は比較的短い時間で、皿洗いから解放されたのだ。
ついでに凄いものを見せてもらったお礼にとお酒まで渡された。
「こほん…食事中にも話していたと思うけど…」
空気を変える為に劉備が軽く咳払いし、口調を変える。
「私たちは弱い人達が傷つき、無念を抱いて倒れる事に我慢が出来なくて
少しでも力になれるのならって、そう思って今まで旅を続けてきたの」
しかし、その強い視線も次第に弱弱しくなっていき、声も小さくなる。
「三人だけじゃもう、何の力にもなれない…そんな時代になってきてる」
その劉備の言葉に続けるように関羽が言葉をつむぐ。
「官匪の横行、太守の暴政…そして弱い人間が群れをなし、
更に弱い人間を叩く。そういった負の連鎖が強大なうねりを帯びて
この大陸を覆っている」
元気なイメージのある張飛も落ち込んだように話し始める。
「三人じゃ、もう何も出来なくなっているのだ…」
「当然だ、いかなる武人や武道家といえどたった数名で
状況を覆そうなど、不可能なのだ」
ラオウが非情に言い放つ、だが、その雰囲気はけして完全に馬鹿にしたようなものでは無い。
そのことを見抜け無いほど、劉備達はおろかではないため、相づちと認識していた。
「確かにそうです…でも、そんな事で挫けたくない。無力な私たちにだって
何か出来る事があるはずなんです。
だから…ラオウ様!」
そういって、劉備は勢い良くラオウの手を握る。
「…」
「私たちに力を貸してください!」
そう、大声で言い放った。
「天の御遣いであるあなたが力を貸してくだされば、
きっともっともっと弱い人たちを守れるって、そう思うんです!」
「戦えない人達を…力無き人たちを守るために。
力があるからって好き放題暴れて、人のことを考えないケダモノ
みたいな奴らを懲らしめるために!」
真っ直ぐで強い意思とやさしさを持つ瞳。
その瞳を興奮によって少し潤ませながら、劉備はラオウの手を握る。
そこから伝わるのは、真心そのものである。
ラオウは目を閉じ、何かを思案していた…おそらく、自分の居た世界と
今の状況を比べているのだろう。
劉備の力には人を惹きつける様な力が感じられる。
「だが、先ほども言ったとおり、俺は天の遣いなどではない
あくまで天に挑む者、そのような男がそのような役に当てはまると思うのか」
人を助ける…言葉で言えばそれはとても簡単な事。
ラオウの実力であれば、天の御遣いを名乗るのは適任だろう。
だが、ラオウはあくまで最強の男を目指す野望…それこそ、天に居る
神すらも打ち倒すという大きな野望を持っていた。
ケンシロウに敗北し、凶悪な面は無くなったとしても、その野望のみは健在。
「確かにあなたの言葉も正しい。しかし正直に言うと…
ラオウ様が天の御遣いでなくても、それはそれで良いのです」
「そうそう。天の御遣いかもしれないのが大切な事なのだ」
「知名度か…」
「えぇ、そうです。我ら三人は僅かばかりながらそれなりの力はあるのです
…あなたの様な力はありませんが」
盗賊との戦闘を思い出す関羽…あの光景を見せられては自身の力量に不安を
覚えるのも当然だろう…おまけに食事中のとき、本気を出してないといっていた。
何なんだあんた。
先程の様子(ラオウの薪割り)を見ていた通行人がそんな奴がごろごろ居てたまるかと
心の中で突っ込みを入れた。
「でも、ラオウ様の言うとおり、知名度や風評みたいな人を惹きつける為の
実績が無いの…」
「山賊を倒したり賞金首を捕まえたりしても、それは一部の
地域でも評判しか得る事が出来ないのだ…」
「本来ならその積み重ねが大事なのですが…」
そこまで聞いて、ラオウも話の本筋を理解し始めてきたようだ。
「今の時代の状況が許さないという事だな?」
「そうです、一つの村を救っても、他の村では泣いている。
もう、私たちだけではどうしようもないんです」
「だからこそ、天の御遣いの存在の評判を利用し、大きくこの乱世に
躍り出ようというのか…」
確かに、三国志の舞台であった後漢時代ならば、そういった神がかり的な評判は
劉備たちには大きな力となるだろう。
迷信や神への畏怖が人の心に強く関係していた時代だ。
……この中に約一名恐れていない存在が居るが…
天の御遣いが柳眉の傍に居るというだけで人々は劉備に畏敬の念を抱き
其の行動を注視するようになるだろう。
注視するようになれば劉備に共感する人間や心服する人間が飛躍的に増えていく。
それが知名度であり、名声というものだ。
ケンシロウとの戦いの後、全てを託し悔いなく天へと向かったはずのラオウ。
それが、何故こういう状況になったかはわからないが、しばし話を聞いていた。
劉備たちの話を聞いている内にこの乱世の状況を考えていた。
世紀末の世の中とは違うが、この乱世も混沌としたものである事が劉備達の話から
察せられる。
(それにしても…)
劉備の表情を見る、強い意志とやさしさを感じられる。だが、それだけではなく、
もろさも持ち合わせている。
そういうところは歳相応の少女といったところだろう。
天の遣い…天へと向かった身であるが故に遣わされたという表現は
間違いでは無いだろう。
そして、空を見上げる…一度瞑想した後。
一度は死んだ身…第二の生だがもはや、恐怖の覇王として君臨するのは
愛・哀しみを背負った身では資格は無いだろう…
だが、覇道を諦めるのは惜しい…ならば、天の御遣いという大義名分を利用し
恐怖によるものではなく、救世主としての覇者となろう…
「引き受けてやろう、その役目」
そして、ラオウ達は今、桃園に立っていた。
因みに主人についてはラオウは否定しなかった…が、ご主人様は肌に合わないといったため
ラオウ様のままになった。
「それにしても・・・美しい場所だなここは…」
懐かしむような目で周囲を見回すラオウ。
劉備達は知らない…世紀末の世では花がほとんど咲いていないことを…
だが、誰も言葉を発さなかった、今この場はラオウが空気を席巻している。
その場を濁す事は誰にも許されないと…
「…さて、ここに集った理由は何だ?」
一通り桃の樹を眺めたラオウが劉備達に問う。
その言葉を待っていたかのように、劉備が口を開く。
「さっきのおばさんが教えてくれたんだけど、白蓮ちゃんのところで盗賊退治の義勇兵を
集めているんだって」
「それで、そこへと向かっていたのですが…その前にやりたい事がありまして
ここへ来たのです」
そう言って、杯を取り出し自分を含めた五人に配る。
そして、先程ラオウが貰った酒を全員に注ぐ。
「ここに来た理由は姉妹の契りを交わすためなのだ」
「桃園の誓い…か…」
一名男が混ざっているが姉妹の契りらしい。
(ふ、また義理の家族が増えるのか…)
そういえば、ジャギ・ケンシロウを含めると(トキは実の弟のため除く)ラオウは
劉備たちを含めて六人の義兄弟妹ができる事になる。
ラオウは、義弟の二人の事を考えて感慨にふけっていると…
「どうしたの?ラオウ様」
劉備がじっと、ラオウを心配そうに覗き込む。
「前を向き一つ一つこなしていくしかないだろうと思っただけだ」
一時とはいえ、乱世の多大な部分を平定した事のあるラオウが吐く言葉。
その言葉にはどのような思いが込められているのかは、まだ過ごした期間が
短い劉備達にはわかる由も無い。
ラオウはこのような言を吐いていたが、世紀末の世では
迅速に平定する必要があった。
劉備達の世界では、確かに迅速な対応が必要だったが…世紀末とは違い、
一つ一つの村でもきちんとした秩序はあり、世紀末の世よりも多く正義も志を持つ者が居る。
それゆえに、事態はそれほど深刻ではないのだ。
「その通りなのだ、立ち止まって考えていても、物事は何も進展しやしないのだ」
後に続く、張飛の声にラオウは表情を和らげる…ある程度警戒心は解かれたのだろう…
だが…
「やはり…覇者を目指すのですか?」
「当然だ…一度覇権を目指した身…完全に諦めてしまえば天が哂う…
…だが、恐怖による統括をしようとは思わぬ」
「…しかし」
「今の王は民の心を握ってはおらぬ、そのような不安を取り除くような存在と
なるのも、この乱世を救うためには必要だ」
「…どのみち、そういう世の中を作るには一番上に立たなきゃダメなんだよね」
「…分かりました、その件についてはそれで納得する事にします…それと
もうひとつ…」
「何だ」
「ラオウ様は我らの主となられたお方、それゆえに真名で
呼んで頂きたい…」
「真名とはなんだ」
関羽の言葉に疑問を口にするラオウ。
ラオウの居た時代にはそのような風習が無かったため、知らないのも当然だろう
「我らの持つ、本当の名前の事です。家族や親しき者にしか呼ぶことを許さない
神聖なる名…」
「その名を持つ人の本質を包み込んだ言葉なの。だから親しい人以外は
例え知っていたとしても口に出してはいけない本当の名前」
「だけど、ラオウ様にはちゃんと呼んで欲しいのだ」
三人が説明をし、その説明をしたうえでラオウに要求する。
三人がこういうからには、ラオウは信頼を得ているという事だろう。
そのような風習が無いラオウは、自身に期待されている事を知る。
ラオウもその期待に沿おうと―――
「…聞かせてもらおうか、うぬらの真名を」
そう口に出した。
「我が真名は愛紗」
「鈴々は鈴々!」
「私は桃香!」
「愛紗、鈴々、桃香…」
三人の名を静かに呼ぶラオウ。
「一本の枝では簡単に折れよう…だが、四本の枝であれば…
簡単には折れぬ…」
そう言って全員に、手ごろな枝を四本づつ配る…全員折るのに苦労しているようだ。
そして、ラオウの手元に集中している。約二名は折りそうになっていたが…
「…ここで折っては台無しだろう」
全員の視線に対してラオウが応える。
むしろ手ではなく…指で折れそうだから困る。
「まぁ、それはおいておいて結盟だね」
そう言って場の流れを元に戻す。
「あぁ」
ラオウが準備したのを確認し、関羽が杯を上げる。
そして…
「我ら四人!」
「姓は違えど、姉妹の契りを結びしからは!」
「心を同じくして助け合い、みんなで力無き人々を救うのだ!」
「生を受けた年月は違えども!!!」
「「「「死す時は同じ!」」」」
「「「「乾杯!!!!!」」」」
そうして、この外史は本格的に動き出す事になる。
その後、ラオウは姓を【北斗】字を【拳王】と名乗り、真名はそのままに【ラオウ】とした。
おまけ:
「で、折れるのですか…?」
「折りはせぬ…ただ…」
ラオウが四本の枝から手を放すと…
「くっ付いてるのだ!?」
「圧縮されてる!?」