-幽州啄群・五台山麓-
「愛紗ちゃん早く早くー」
「お待ちください、桃香様!どう考えても変です
このような昼間から流星が落ちるなど」
「そうなのだ、あれはきっと危ないのだ」
荒野を駆ける三人…桃色の髪を風に晒しながら先頭を走る優しげな瞳を持つ少女を
残る二人、鋭い目つきを持ち長い黒髪をサイドにまとめた少女と
活発で、紅い短髪の少女が追いかける形だ。
「でもでも、あれがきっと編芭さんの言っていた天の御遣いの
兆しかもしれないよ」
「あのような占いは戯言です…」
「そうなのだ、あの編芭って男の言っていた事は胡散臭いのだ」
「それに、確かに乱世を平定する天の御遣いと言っておりましたが…
その後に続く言葉も勿論覚えていらっしゃるんでしょうね」
流星の落下地点あたりになって来た為、桃髪の少女を抑えて、
進行するペースを落とす。
「覚えてるよ…確か、暴凶星だっけ…その者は力による
絶対支配を敷くであろうって…」
「そうなのだ、そんな奴は悪い奴って相場が決まっているのだ!」
「鈴々の言うとおりです―――」
「でも…私たちにはもうそれに賭けるしかないんだよ?」
明るいその表情を暗くしながら、他の二人に語りかける。
その言葉を聞き、それきり三人はもくもくとその地点へと脚を進めた…。
そして、流星の落下したと思われる地点へとたどり着いた三人…
そこには、衝突によるクレーターは存在せず
「愛紗ちゃん…この人大きいね」
「それに…物凄くごついのだ」
「桃香様お下がりください…まだ、安全とは決まっておりません」
一人の大男が倒れていた…当然のことながら、歳は近くなさそうだ。
三人の少女が、一人の眠っている男たちの前で話をしている。
そして、ジーッと大男を見つめていた。
「でも、純粋な悪人には見えないのだ」
「うん…どこか優しい感じがするよ?
確かに厳しい雰囲気はあるけど…」
「何故、疑問系なのですか」
二人の暢気なやり取りに、黒髪の少女が呆れたように
溜息をつく。
すると、その溜息に反応したのか…男がわずかに身じろぎをする。
「く…」
「お、眼を開けそうなのだ」
「本当だ」
「だから、お下がりください桃香様」
「ぬう…」
そして男は目を覚ました。
目の前の風景を見渡し、それから三人の少女へと目を向ける。
少女を警戒するような視線ではなく、ただ無言で…。
「…」
「「「…」」」
驚いた顔、警戒した顔が並んでいる。
マトモな話をしそうなのは、桃色の髪の少女と、黒い髪の少女
だろうという目算をつけて男は口を開いた。
「ここは何処だ」
男は小さい少女から視線を外し、二人の少女に話を振る。
「幽州の啄群、五台山の麓です」
「…聞かぬ名だ」
黒い髪の少女が間髪入れずに答えたのに対し、
男も間髪入れずに答える。
といっても、三秒ほどの間があったため、
間髪というには少し長かったが…。
「うぬらは何者だ」
「劉備だよ、字は玄徳」
「鈴々は張飛なのだ!」
「関雲長とは私のことだ」
男の問いに間髪入れずに次々と自己紹介をしていく少女達。
そして、少女達は自己紹介を終えた後、じっと、男のほうへと顔を向ける。
「お兄さんの名前は?」
「もうそんな歳でもないのだが…ラオウだ」
「羅王?」
「違和感がするがそうだ…聞いた事は無いのというのか?」
と、男…ラオウが名乗った事でラオウ自身が一番驚いている。
自分を知らない者が居るとは到底思えなかったからである。
「えっと…じゃあ…何処の出身なの?」
「修羅の国…其処が我が故郷」
何所か感慨深げに、しかし淡々と語りだすラオウ。
その目線は少女達を捕らえておらず、ただ何処かを見つめる視線だった。
「聞かないね…」
「凄い名前の国なのだ…」
確かに国には適さないような名前だろう…。
ラオウはそのような事よりも、周りの風景を見ていた。
辺りには草が多少生えているのが見受けられ…木々も見える。
少なくとも木々が茂るのは数年の期間が必要だ。
ラオウの視線を気にする事無く、劉備が尋ねる。
「何所の州なの?」
「州とは何だ?」
「幽州とか荊州とか何だけど…もしかして洛陽出身?」
「知らぬな…」
其処まで聞いて、ラオウは一つ確信したらしい表情になる。
少なくとも、目の前の少女達は嘘はついてはいないようだ。
(あの国とは違うな…あれは夢ではなかったというわけか…ならば、俺は何故生きている…
あの時俺は確かに自ら天へと帰った筈だ…)
「もしかしてお兄さん、この国の事何も知らない?」
「…全く知らぬな」
「やっぱり、思った通りかもしれないよ、鈴々ちゃん!愛紗ちゃん!」
突然、劉備が大喜びの表情で、声を上げる。
しかし…関羽や張飛は警戒心を大きくした…。
「この国の事をぜんぜん知らないし、知らない国の名前を言ったし、
何より、雰囲気がそれっぽい!
この人がきっと天の御遣いだよ!この乱世の大陸を平和にするために舞い降りた
愛の天使様(?)なんだよきっと!」
?が付いたのは、きっと纏う雰囲気やガタイのせいだろう…確かに天使には見えない。
こんな天使が居たらきっと愛の素晴らしさを伝える伝道者や救世主などではなく、
筋肉の素晴らしさを伝える伝道者や覇王ぐらいなものだろう。
「私には、天の覇王に見えるのですが」
「鈴々もそう思うのだ」
(…乱世…やはり同じ世界か?いや、この服装は見たことが無い上に
聞かぬ名前…しばし、様子を見るか)
「それに、アレはエセ占い師の戯言では?
ここまでの経緯からすると…後の言は特に外れて欲しいところですが…」
「うんうん。鈴々もそう思うのだ」
「でも、雰囲気はまさにって感じだよ」
「確かに、物凄く頼もしそうな体格なのだ」
「まぁ、英雄たる雰囲気がひしひしと感じ取れますが…
天の御遣いにしては…ちょっと雰囲気が…」
「そうかなぁ?悪い人には見えないけど…」
ラオウはいろいろと失礼な事を言われているが、特に気にした様子も無い。
ラオウは動じる事無く、少女達の会話を聞いていた。
そして…
「…天の御遣いとは一体何のことだ」
疑問に思った事をストレートに聞いた。
確かに疑問に思うだろう…その言葉のさす意味がよく判らなかった。
「この乱世を平和に誘う天の使者。…自称大陸一の天才
占い師、編芭の言葉です」
どこかで聞いたような名前が出てきたが、特に気にも留めずに無視した。
そして、もう一つ疑問をぶつける。
「乱世とは、核戦争後の世界の事か?」
少なくともラオウの過ごした乱世で知らぬものは居ないであろう忌まわしき戦争。
ありとあらゆる秩序を破壊しつくし、弱肉強食の世を復活させた戦争である。
「カクセンソーは知らないけど、今の世の中は、漢王朝が腐敗して弱い人たちから
たくさん税金を取って、好き勝手しているのだ。それに盗賊たちも一杯一杯いて
弱い人たちを虐めているのだ!」
「そんな力ない人たちを守ろうって立ち上がったのが、私たち三人なんだよ。
だけど、私たち三人の力だけじゃ何も出来なくて…」
「どうすれば良いのか、方策を考えているところで編芭と出会い…」
「その占いを信じ、ここに俺が居たという事か」
ラオウの言葉に三人の少女はコクリと首を縦に振る。
三人揃って首肯されると何だかなぁという気分になるところだが、
特に気にした様子も無いラオウ。
「そういったもので断定されるか…ただの人間かもしれぬぞ」
自嘲するような表情で応えるラオウ…どうみてもただの人間には見えません。
本当にありがとうございました。
「それでも!あなたがこの国の人間じゃないっていうのは
隠しようも無いはずです!」
「確かにそうだが」
「でしょでしょ!だからあなたは天の御使いってことで確定です♪」
三段論法にも成っていないのだが、ひとまず溜息をつくしかなかった。
そして、ラオウは…立ち上がり、拳を構えた。
その様子に、劉備は驚き…関羽と張飛は各々の武器を構えた。
「残念だが、俺は天の遣いなどではない…天に挑むものだ」
「く…あのエセ占い師…腕は確かだったようだ…」
「愛紗…このラオウという男…倒せるのか?」
武器を構えたものの、関羽と張飛の二人はラオウから感じ取れる闘気の量に絶望していた。
「世を救うという大業は結構…だが、うぬ等はそれを実現しうる力があるのか?」
ラオウは闘気を纏い、三人を威圧する…世紀末覇者ラオウ、彼はこの乱世に躍り出るというのか…。
しかし…ラオウは関羽達に放っていたわけではなかった。
「そこの者共…居るのは既に知っておる…出てくるが良い…」
ラオウが気迫十分に言い放つと、そこには百数十もの盗賊集団がいた。
「うへへ…気づかれていたか…我らの群青暗殺拳・隠蔽を見破るとはたいした奴!」
「な!?こいつら…」
「こんな人数が隠れていたのに気づかなかったのだ!」
「バレテは仕方ないが、女三人と男一人ではこの数はどうしようもないだろ!!」
ケタケタと笑う男たち、その目には弱者を嬲る様な視線しか持ち合わせていなかった。
「…うぬらの力、見せてもらおう…話はそれからだ」
「ひゃっはー!オメーラあの村を襲う手始めだ!!男は殺せー!女は●せー!」
「「「ひゃっはー!!!」」」
「そうですね…関羽長!参る!!」
「桃香お姉ちゃんは退がっているのだ!でやーーー!」
夜盗集団の突進に合わせてラオウ、関羽、張飛の三人が駆け、二つの勢力がぶつかり合った。
「…自業自得ってこういう事を言うんだね…」
劉備の感想通り…戦闘自体は呆気ない物だった…
いや、それは戦闘と呼べるものではなく、只の掃討に過ぎなかった。
それも、三人の戦力で…数百人の盗賊達を…だ。
「北斗剛掌波!!」
「「ぐぎぇ!」」
剛拳から発せられる圧倒的な闘気を放ち、制圧をして行くラオウ。
そして至近距離では、自分の拳で打ち砕いている…一応、秘孔を突いてはいるものの
拳の破壊力が凄いため、まったく気づかれていない。
「なんて野郎だ…切りつけても剣が欠けちまう!」
「ば、化け物だ…」
一方、関羽と張飛のコンビも凄まじいものがあった。
関羽が斬り付け、その隙を突こうとしてきた賊どもを張飛が討ち取る。
「てりゃりゃりゃりゃりゃー!!」
「はあああああ!!!」
「ひぃ…なんだよ、化け物じゃねぇか…に、逃げ…」
「ふん!!!!!」
ラオウが腕を大振りする、すると夜盗どもは動きを止め…
その後、爆散した。
「獣に堕ちたモノどもが…許されると思うな」
「す、凄い…」
ラオウはすぐに劉備に振り向き…無事を確認すると…
関羽と張飛は警戒した表情でラオウを見ている。
ラオウの圧倒的な力を見てはいたが…いや、見ていたからこそ
信用できなくなったのだ…占い師のあの予言の事が頭に過ぎったからだ。
そんな時…
くー……
まるでこの場の雰囲気をぶち壊すような可愛らしい音が鳴り響く…
その音の主の劉備は恥ずかしそうに顔を伏せている。
「わ、私たち…朝食を食べてなかったよね!」
「そそうなのだ!」
「と、とりあえず、近くの町に行きませんか…」
そう言って劉備達が歩き出し、ラオウはその後ろを着いていった。
ところで先程の言からすると、関羽と張飛もお腹がなったらしい。
劉備達に着いて行くラオウ…その表情には凶悪ではないものの…覇者としての顔があった。